リレー小説5
<Rel5.第三次世界大戦3>

 

 

  アメリカ合衆国、ニューヨーク州、マンハッタン、
  新生国際連合本部、
  安全保障理事会室

 

「機能不全」を理由にマイケル・ウィルソン大統領が戦乱のドサクサにパワードスーツで粉砕した旧国連本部跡に、
この新生国連本部ビルは建てられた。
各国から寄贈された美術品の数々は人類混乱期で失われてしまったが、
ノルウェー寄贈の安全保障理事会会議室…そして其処の油彩壁画は完全に復元されている。
描かれているのは、灰から飛び立とうとする不死鳥…象徴は再建。
そして穀物を量り分ける人々…象徴は平等。
イーストリバー側にあるタペストリーが象徴するのは信頼、希望、博愛。
…今や其の全てが白々しい。
安保理の席に座っている各国重鎮の表情は、つい数時間前までナクラト大統領が浮かべていたものと同じ。
世界再建を象徴する場に集う有力な指導者達の其れではなかった。

「……」

《残り1分…
 ハーグウェイディユによるS-TA攻撃を停止させられる機会は其れにて尽きる。
 …貴方々の要請があれば私は即座に停止を命じる積りだ》
ホワイトハウスにいるナクラト大統領のホログラムが言う。
だが彼は別に己の行動を止めて欲しい訳ではない。
止めれる筈がないと確信しているにも関わらず、わざわざ言っている。
実際のところ安保理の面々は、
アメリカの奥の手であるところのハーグウェイディユが更なる混乱を招くのではと考えていた。
ナクラト大統領が言及したハーグウェイディユの情報はあまりにも常識離れしたもので、
たとえS-TAを止める事が出来たとしても、タダで済むはずがないと怯えていた。
其れ程までに圧倒的だったのだ。

「…こんなもの、知らなければ良かった」
「何故我々に…そんな事を教えたのだ…」
「恨むぞ、ナクラト大統領殿…ッ!」

義憤に駆られたナクラトが独断でハーグウェイディユを使用し、事を終らせてくれていれば、
何が起ころうが起こるまいが全ての責任を押し付けられた。
併しナクラト大統領は安保理の席でハーグウェイディユの情報を公開し、
其れを止めさせる選択肢を彼等に与えたのだ。

《残り30秒》

「………」

だが誰も止めない。
クリス欧州委員の反乱で命令系統の重大な混乱が発生し、
今現在に於いて安保理が採り得る選択肢は限られていた。

《真に申し訳無いが、私一人では…背負い切れない。
 己等がこの時この場所この瞬間に立ち会っているという現実を受け入れて欲しい。
 そしてどうか…共に、この罪を背負ってくれ》

安全保障理事会は国連憲章に従い、国際平和を維持する責任を果たす事を是とした。
執筆者…is-lies

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、大統領府

 

《オグドアス・メンバー候補者『アーデルハイト』が死亡しました。
 オグドアス・メンバー登録作業はキャンセルされます。
 権利者アデルが死亡しました。
 オグドアス、ヘプドマスは新規権利者を選出して下さい》

アナウンスを聞いてS-TA重鎮達は一先ず胸を撫で下ろす。
実際、どのような遣り取りがあったのかは知る由も無いのだが、
アナウンスから「アデルが八姉妹候補を用意していた」、
「八姉妹候補とアデルもゼロ達によって倒された」程度に彼等は理解していた。

「アデルめ…八姉妹候補を用意していたとは。
 だが、どうやらゼロ達が間に合ってくれたようだな」
「英雄ゼロか…
 瞬間移動能力者がこれ程とは思わなかったよ」
「警備のジャイアントアルビノペンギン部隊も役に立たなかったな。
 いや、今回の場合は寧ろ素早く来てくれた事を歓迎すべきだな」

アデルの暴挙を止められて、安堵から脱力するS-TA重鎮達。
既に大戦の疲弊もあるS-TAが、外部の同胞も巻き添えにして勝利を収めたとしても、
其の先、立ち行く訳が無いし、
反感を持った同胞が内部からS-TAを崩壊させてしまう事すら考えられた。

「これにて一件落着か。
 取り急ぎ非能力者側に連絡を取りたいのだが」

デリングがダメモトで通信機を弄りながら言う。

「S-TAの大結界が外部との通信も遮断しているから此処では無理だ。
 大結界の部分解除を行うから少し待て。
 そっちの話がつき次第、我々も降伏の意思表明を…」

突然、会議室の立体モニターが砂嵐を映し出す。
下々が何か報告でもしに来たのかと一瞬思う重鎮達だったが、
モニターの隅に表示される発信場所を見て目を丸くした。
其れはS-TAの大結界の外部…
大結界攻略の糸口を見出せないまま包囲を続けていた国連軍艦隊のいる海域だった。
「馬鹿な…S-TAの大結界があるんだぞ?
 非能力者側の通信など来る訳が」

「これは…ドルヴァーン…!一体どういう事だ」

「知り合いか?」

「S-TAの元同志…途中でアデルについていけなくなって非能力者側に付いた連中の一人だ」

砂嵐の映像が収まるにつれ、筋骨隆々の男が姿を現す。
其の人外の力でもって非能力者側を大いに助けた「竜王ドルヴァーン」だった。
背後の景色を見たところ艦橋らしい事は窺える。

《…アデルはいないのか?
 ミラルカ、他の連中でも良い。
 よく聞け。今から直ぐに南極大陸から逃げろ》
「どういう事だ、何でお前が通信出来るんだ!?」

《良いから逃げろ。
 新生国連軍は、人類を滅ぼしかねない遺産の存在を知って最後の手段に出た》

デリングは何も解らないが、S-TAの重鎮達はドルヴァーンに違和感を感じていた。
彼等の知るドルヴァーンは常に冷静沈着であり表情から其の内面を窺い知る事の難しい男だったはず。
…今のドルヴァーンの表情からは焦燥…悲壮感のようなものが容易に見て取れる。
《アメリカ合衆国の最終兵器が投入された》

「最終兵器だと?」
重鎮達は少し肩透かしを食らう。
核攻撃にも容易に耐え得るS-TAの大結界を前に、今更何を…
併し其処まで考え、やはり危ないのかと気を引き締める。
こうしてドルヴァーンが外部から通信してきたという事は…

《S-TAの大結界がアレに対して効果を持っていない事は、
 私がお前達の所にアレを挟んで交信している事が証明している》

どうやら想像とは違い、S-TAの大結界が無効化された訳ではないようだ。
併しドルヴァーンの口振りを見るに「アレ」とやらは既に大結界を素通りしているらしい。
ともすれば南極各所に配置してあるS-TA基地が黙っている筈が無いというのに、何の連絡もない。
《アレは間違いなく遺産…
 お前達が今まで戦地に投入して来たものとは完全に桁の違う代物だ。
 システム・セイフォート級…
 規模からして間違いなく、新生国連軍は南極大陸ごとシステム・セイフォートに係る全てを始末する積りだ》
執筆者…is-lies

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、大統領府前

 

またしても一人のS-TA兵が衝撃波を食らって粉々に消し飛んだ。

「汚ねぇ花火だぜ!」

英雄達に同行してS-TA入りしていたヴェジータ・ディートリッヒ特務将校は、
大統領府前でS-TA兵達相手に無双していた。
他の場所でも同様にミリア、豪が戦っており、
其のお陰で突入したデリングやゼロ達は対S-TA重鎮、対アデルに専念出来た訳だが、
このヴェジータの目的はミリア、豪らとは又違うところにあった。

「もう終わりか。所詮、S-TAの雑兵など束になって掛かろうが、
 純正アーリア人であるオレの敵ではなかったな。
 さぁて、また雑魚達が来たり、ゼロ達が戻って来ても厄介だ。
 其の前に全部終らせてやろう」

ヴェジータが其の好戦性を隠しもせずに言い放った相手は…内通者リヴァンケ。
S-TAが人類を終らせようとしている事をゼロ達に告げた張本人であった。

「仲間達に隠れて私に何か用ですか?」

「大した事じゃない。
 オレの主は新生国連軍と違ってアデルだの何だのには興味無くってな。
 『レイジア』だったかな?此処にそいつがあるんじゃないかってんで、オレ…と役立たずのナノハを派遣したんだが、
 アンタのタレコミで其れが現実味を帯びて来たんだ。
 タレコミにあったシステム・セイフォートとやらがレイジアの事だと睨んでいるのさ」

「成程。貴方は『ビッグヘッド』側ですか。
 マハコラにも参加せずコソコソと何をやっているのかと思っていたら…
 併しレイジアとは…思い掛けない方向で動いていたようですね」

「今は新生国連軍も動けないだろうし、
 ゼロ達がアデルと戦っている間に俺がレイジアの元へと至ってやる。
 さぁ…案内して貰うぞ」

…彼は知らない事だが、システム・セイフォートとレイジアはイコールではない。
ついでにリヴァンケも知らない事だが、
アデルとゼロが対峙した其の場こそがレイジア種封印の間であった。
要は、近道する積りが盛大な遠回りをしてしまった形だ。
いや…遠回りも何も目的地に辿り着く事すら無くなってしまった。
何故なら、そんな重大な事をリヴァンケに明かしてしまったのだから。

「やれやれ…
 チカラに群がるボウフラがまた沸いて出て来たというところですか。
 駆除も面倒ですが…身の回りは綺麗にしておかねばなりませんね」

「何だとぉ…?」

「大勢の『一族』…エンパイリアンを見て来ましたよ。
 火星でトル・フュールの粛清から逃れ、地球で再起せんと試み、
 子孫代々に其の怨み辛みも交えて技術と知識を伝え、
 時にカルナヴァルと名乗り、時にマハコラと名乗り世界の暗部に巣食い続けて来た彼等ですが…
 相応に己の力で道を切り開こうという意思は見て取れました。
 ビッグヘッドは其れにも劣る。
 横手から割って入って奪う事しか考えないハイエナ…
 私の知るエンパイリアンの中でも最低のカス。軽蔑に値します」

「劣等民族の分際でぇ……
 賢しらに……主を語るなァァアーーーーッ!!
 くぉの蛆虫共がぁぁああああああああっ!!!」 

吼えながらヴェジータは己の能力をリヴァンケに向かって解き放とうとするが、
そんな間も無くリヴァンケの右手はヴェジータの首をいとも容易く捕まえていた。

「ば…馬鹿な……純正アーリア人の俺が…見えなかった…だと………」

ヴェジータが周囲に張り巡らせていた無数の防御結界は、
何故かリヴァンケの右手の前に何ら効果を発揮せずに霧散してしまった。
どうした事かと目を白黒させるヴェジータだが、
リヴァンケの右手より生じた『影』のようなものに瞬時に飲み込まれ、
絶叫を上げることすら許されず、其の場に崩れ落ちた。

「対ビッグヘッド用の手札を増やしておくとしましょう。
 レイジアまで知っているとなると、少々用心しなければなりませんからね」

ボロクズのような姿に成り果て倒れたヴェジータから視線を外し、
リヴァンケは荒れ果てた周囲を見回して溜め息をつく。
リヴァンケにとっては雑魚としか言いようのないヴェジータではあったが、
S-TAの大結界に胡座を掻いた最近のS-TA兵には難敵だったらしく、
周辺は其の無様な骸で埋め尽くされてしまっていた。

「訓練不足も甚だしい。情けない限りですよ」

味方の兵が誰も生き残っていない事を確認し、
背後で一部始終を眺めていた老人へと向き直る。

「計画は成功ですね。
 アデルは最後の最後でシステム・セイフォートに縋ってしまいましたが、
 彼の理想など…どう転んでも実現出来なかった事を知らずに逝けたのは幸いだったでしょうね。
 
「先走って欠陥のあるシステムに縋った結果よ。
 連中は拙速に過ぎた。
 出遅れたカルナヴァルの教訓もこうなっては逆効果か。
 まぁ…前支配者の制御に失敗し、飼い犬のS-TAにすら見限られた時点でマハコラはこうなる定めであった」

「バルハトロスも逃げたようです。生体兵器分野の資料が殆ど持ち出されたそうで。
 …こうしてマハコラの神霊研究は私、
 生体兵器研究はバルハトロス、
 そしてアカシックレコード研究は『ヴァンフレム』…貴方が引継ぎ、
 古きマハコラの殻を脱ぎ去り、それぞれ新たな流れを形成する……
 これも『流れ』ですか?」

リヴァンケの手から生じていた『影』が大きく膨らみヴェジータを其の場に吐き捨てた。
解放されたものの相当のショックを受けたのか、
ヴェジータは全身を痙攣させて立ち上がる事すらままならない状態だった。

「ビッグヘッドの手先ですよ。ドイツを根城にしていたという噂は本当だった様子で。
 能力は精神寄生…喰らっていれば私も危なかったかも知れませんね」

「よりにもよって君を支配下に置こうだなどと、
 ビッグヘッドも無謀な部下を持ったものだな」

リヴァンケと老人…ヴァンフレムが暢気に話している間に、
最早、戦意の欠片も無くなったヴェジータは地を這って其の場を離れようとする。

「に…逃げるんだぁ…勝てる訳がない! 勝てっこない!
 やはり伝説の(スーパー)アーリア人になれなければ」

「おい、汚いから片付けておけよ其のボロクズを」

ヘタレたヴェジータを指差してヴァンフレムが言うが、
リヴァンケはトドメを刺すまでもないと無視する。
そうこうしている内にヴェジータの姿は死体の山の向こう側へと消えてしまった。

「…ビッグヘッド向けの刺客かスパイか…君も随分と思い切った事をする。
 で、本物の方はどうする積りかね?」

ヴァンフレムの視線は、膨らんだ『影』に向けられたまま。
其れを見たリヴァンケは誤魔化せる相手ではなかったかと『影』を解いた。
中から現れたのは先程逃げたヴェジータ・ディートリッヒ其の人。
リヴァンケは己の能力でヴェジータのコピーを作り上げ、
本物は手中に収めたまま、彼の主『ビッグヘッド』にコピーを送り返したのだった。

「ヴァンフレム、やはり貴方は他の連中と毛色が違うようですね。
 今回の騒動も其の殆どが貴方の掌を出ていない。
 貴方のシナリオに協力した私も含めてなのでしょうか?」

「買被り過ぎというものだ。
 己の目的に他者を利用する…誰でもやっている事だし、君も今やったではないか。
 其れに君とはたまたま目的が一致したから協力したに過ぎんよ。
 権謀術数で出来る事など高が知れているし、人を操る傀儡師を気取る積りも無い。
 其の場其の場で出来得る手を打ったに過ぎん」

「いえ、S-TAを崩壊させる今回の作戦に留まりません。
 日本で貴方は獣人を開発した。
 其れが今や能力者に代わる使い捨てとして注目されている。
 新生国連軍の非能力者と能力者の融和が進み、
 捨て駒の椅子には獣人とS-TAが座らされる事になった…」

「『アズ・リアン』。君には事象共を線で結び付ける趣味でも?
 各々何ら意味無きものを積み木のように弄り回し、
 好きな図形を造り上げるというのは確かに面白そうな遊びではあるが、
 君、そりゃ庶民の遊びだよ。貴族の遊びとは違う」

リヴァンケの事をアズ・リアンと呼んで其の主張を一笑するヴァンフレム。
オカルトやトンデモに傾倒し有り得ない妄想を抱いていると揶揄しているが、
其れでもリヴァンケはヴァンフレムの思惑通りに事態が推移していると感じていた。
既にヴァンフレムは終戦後の行動も含めて計画を練っており、
其れを悟らせないようにしていると見ているのだ。
やや考え過ぎと思われるような読みではあるが、
この老人ヴァンフレム…そして彼と組んでいるオルトノアは、
其れくらい用心せねばならない相手とリヴァンケは看做していた。
S-TAと心中する形となった組織マハコラを裏切り脱した以上、
既にリヴァンケはエンパイリアンの『流れ』の最先端…其の一つ。
同じようにマハコラを脱したバルハトロス、ヴァンフレムと最先端同士、鎬を削り、流れを制さなければならない。
「果たしてそうでしょうかね。
 確か韓国のソウル大学に貴方の息が掛かった女科学者が出向していましたが、
 私には其れすらも貴方の計画に見えてしまうのですよ。
 何しろアデルがシステム・セイフォートの使用を決断した一因に、
 短期間で大量のクローンを拵える技術が……」

「其の程度にしておき給えアズ・リアン。
 君もこれからワシやバルハトロスと陰惨な争いを長ぁく行う事になるのだ。
 こうして語り合える最後の時間をもっと有意義に使うべきではないかね?
 妄想ごっこで終らせる事も無いと思うのだが」

飽く迄、己は無関係だと言うヴァンフレムに、
リヴァンケが更なる発破を仕掛けようとする前に、
S-TA大統領府…否、エルダーシングシティー中に放送が響き渡った。

《将軍ゼノキラである!
 S-TA全戦闘員は即刻交戦を停止せよ。これ以上の交戦は認めない。
 繰り返す…》

予定通り、S-TA首脳陣は降伏で一致したらしい。
非能力者側が余計な蛮行に走らない限り、
ゼノキラや玲佳らは非能力者側に与して能力者と非能力者の融和に向けて動き、
ミラルカや宗太郎、ミスターユニバースといった連中は潜伏する事になるだろう。
彼等は知る由もない。
今回のシステム・セイフォートに関わる一件は、
無駄な抵抗をズルズルと続けるS-TAにトドメを刺すべく、
オルトノア、リヴァンケ、ヴァンフレムによって仕掛けられた単なるブラフ…
アデルがどう足掻こうがシステム管理者たるオルトノアによってシステムは停止させられていた。
アデルの理想など最初から叶いはしなかった。
リノーアとは一体何だったのであろうか。

「そろそろ頃合か…
 S-TAのシステム・セイフォートは実にリスクが高く其の割にメリットが少なかった。
 やはり如何に絶大な力でも使い手が怖気付いて疎遠になってしまう程のものでは意味が無いし、
 一部の暴走で行使され破局の引き金になってしまうというのも御免蒙る。
 欲張り過ぎて逆に使えんお荷物になってしまったわ。『次』はもっと違う形でセイフォートを運用する事にしよう。
 より高度な管理体制を敷くのは当然として、
 行使可能な事象の抽出を更に細分化・限定した上、其の範囲内に於いて自由に使わせる…
 これならば恐れのあまり疎遠になる心配も無く理解に容易く進歩も早まるかもな。
 アズ・リアン、次に君と会う時には其れなりの形を整えさせて貰うよ」

背を向け、立ち去ろうとするヴァンフレムだったが…

「…時間を有意義に使う事が出来ました。
 こうして面と向かって話し合ってよぉく解りましたとも。
 バルハトロス程度なら後に利用出来るでしょうが、
 貴方のような人間を捨て置くと後で少々面倒になりそうだ。
 今此処で後顧の憂いを断たせて貰いましょう」

リヴァンケは不安要素の高いヴァンフレムをこの場で始末する事を選んだ。
ヴァンフレムとオルトノアが密かに築いていた新組織SFESは、
既に火星の大企業リゼルハンクに寄食し、火星開拓団代表レオナルドとも繋がりを強めに来ている。
今を逃せば易々と手出しが出来なくなってしまうかも知れない。
今こそが、ヴァンフレムを下す最初で最後のチャンスになるかも知れないのだ。
「ほう、思っていたよりも決断が早いな。
 だが……」

《今現在、アメリカの最終兵器がS-TAに対し攻撃を行っている。
 これに対しS-TAの大結界は効果を発揮していないと思われる。
 沈黙した沿岸基地と侵攻速度から考え、
 エルダーシングシティーへの到達も時間の問題と判断す。
 全市民は訓練通り落ち着いて誘導に従い既定の…》

「…待て、妙だな」

「アメリカの最終兵器?」

放送された内容を聞くと、
どうやらS-TA側は最終兵器とやらの姿すらも拝めていないらしい。
詰まり落とされたと思しき基地は、通信の余地も無く瞬殺されていっているという事なのか。
もうすぐ南極の中央部である、このセントラル州に来るとなると相当の侵攻速度を予想させ、
単に通信が妨害されているという以上の危機的な状態にあると理解出来る。

「……」

リヴァンケはそんな事を可能にする超兵器について心当たりがあった。
『ビフレスト』
アメリカ合衆国が火星から密かに発掘した超巨大機動戦艦である。
其れこそ大結界すら凌駕するような超古代の遺物をわんさかと搭載したバケモノだ。
このビフレストならば…現状も有り得るのかも知れない。
併し其れは其れこそ断じて有り得ない。
何故ならビフレストは、大戦のドサクサに紛れてリヴァンケが奪取したからだ。

リヴァンケもヴァンフレムもお互い距離を取ったまま、
放送にあった謎の兵器に疑問符を浮かべる。
其の時、ヴァンフレムのポケットからアラーム音が鳴り響いた。
「通信?」
「失礼、部下の新作試作品だ。
 確か…ジェミニ結晶を用いた通信システムだったか。
 もしもし?」
ポケットに入れたままの小型装置に手をやると、
其の場に大音量で半ベソの情けない声が届けられた。
《ヴぁ…ヴァンフレムさん!
 あた、あたた…あたしです!ゼペートレイネです!
 今そちらに…あ、あれは無理…無理無理無理!!
 逃げて、今すぐに!あれはもう無理ッ!!》

ヴァンフレムの部下であるこの研究員は、
遠く離れたランデブーポイントでS-TAの研究資料をしこたま詰め込んだ脱出用戦艦を準備して待機している。
どうやら『最終兵器』とやらを目撃したらしく、相当に狼狽えている。

「落ち着け、一体何を見たというのだ?」

《……そ……空飛ぶバウムクーヘン……?》
執筆者…is-lies

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  S-TA領内マハコラ・エーテル研究学府最高機関、最重要区画

 

 

「御見事。あのアデルさんを一蹴とは豪快な事ですね」

アデルを葬った零土達に、拍手しながら話し掛けてきたのは、
戦闘開始前からアデルの後ろに控えていた獣人のような女だった。
巨大なゲテモノをあっという間に叩きのめした英雄達に対する恐怖も無く、戦意の欠片も感じられない。

「…手出しをして来なかった所を見ると、アデル側の人間ではないようだが」

「あらあら、これは失礼。申し遅れました。
 名はユズノハ…S-TAには一種の利害関係の一致から滞在させて貰っています。
 アデルさんの私兵でもなければS-TAの人間でもありませんのでご安心を」

…この部屋がどういう所なのか、デリングがS-TA重鎮から聞き出してくれていた。
システム・セイフォートに共に禁断の力とされる、超絶を極めるエネルギーを秘めた存在『レイジア種』の封印地だ。
暴走したアデルは非能力者皆殺しの為、システム・セイフォートを起動させ、
保険なのか同時にレイジア種の力も借りようとしてこの部屋を訪れたらしい。
そしてS-TA重鎮はこの部屋に『来客』がいる事にも触れている。
『封印の一族』を自称する者達であり、
レイジア種の封印を自分達に守らせる事を条件に、S-TAへ古代遺産の情報を提供していたという。
何ゆえS-TAがこれ程までに超古代火星文明の遺産を使えたのかという疑問はこれで晴れるが、
では其の一族とは何なのかという更なる疑問が浮上してしまう。
とはいえ零土達にとってはどうでも良い話でしかない。
S-TAが降伏した今、非能力者側の調査隊が其の辺りも含めて根掘り葉掘り調べ尽くすだろうが、
零土達にとっての目的である終戦を成し得た以上、後の事に興味は無かった。

「お前が来客という奴か。
 以前にも『S-TAの大結界を素通りした連中がいる』という噂を聞いた事があるが、
 もしかしてお前がそうなのか?」

「あー、惜しい。
 同族ではありますが別人ですね。私達はそんな無作法しませんよ。
 ちゃーんとS-TAの皆さんの許可を取って入りましたから。
 …併し、そちらの…ゼロさんでしたっけ?貴方は本当に別格ですね。
 なんだか人外っぽいというか人間っぽくないというか」

もう何度聞かれたかも解らないような問い掛けだった。
豪には及ばないもののボリも小泉も零土との付き合いは長く、
こんな質問もいい加減に飽き飽きしていた。

「良く言われるが、彼は正真正銘のホモ・サピエンスだ。
 ああ、此処の連中にはホモ・タレントゥスと言った方が良いのか?」

「どうでも良いだろう。其れより早く」

これ以上、無駄な時間を過ごす気は無いとばかりに話を切り上げさせようとする零土だったが、
彼が言うまでもなくS-TA首脳陣による通信が入り、其れまでの話を一蹴してしまった。

「!?」

アメリカの最終兵器投入の放送を受け、流石の零土達も驚きを隠せずにいた。
零土達は自分達が待機命令を無視してS-TAに乗り込んだ事を正当化する積りは無い。
指揮系統の混乱する中、これが最善の行動であったと確信してはいるが処罰もやむなしと考えていた。
遅れてやってきた友軍からの無差別攻撃に晒される程度の覚悟もあった。
だが…これは早過ぎる。
此処まで迅速に動かせる超兵器の存在など聞いた事も無い。

「アメリカめ…プラスロウザにも出し惜しみしていたという事か?
 戦争はもう終ったというのに、
 兎に角、私達で可能な限り被害を減らし衝突を収めねばならない。
 私は非能力者側にS-TA降伏を伝えに…」

其処でミリア、豪、デリングの3人が駆けつけて来た。
見たところヴェジータ特務将校の姿は無いが、其れを問う暇は与えられなかった。

「ゼロ!大丈夫だった!?」
「何だか良く解らんが状況やばいんじゃないか?」
「ゼロ、大至急リノーアを連れて来るぞ!」

…ミリアと豪は兎も角、デリングは来るなり訳の解らない事を叫ぶ。
いまいち現状と繋がらない。
この場に居合わせていなかったデリングは知らないのかも知れないが、
もう既に宇宙に捨ててしまったリノーアを欲してどうするというのか。

「リノーアなんてどうでも良いよ。其れより今は…」

流石に本当の事は言い辛く、いつも一緒にdisってる調子で小泉が誤魔化そうとするが、
どういう訳かデリングは必死になって食い下がる。

「いや、どうでも良くない!
 今はリノーアが必要なんだ!
 あれは…あれはもうS-TAでもどうにもならん!
 八姉妹になる条件を揃えているリノーアが…」

デリングは二の句を継げなかった。
彼等の全身に強烈な悪寒が走る。
戦場で幾度も感じた死神の足音である。
其れを聞き取る力、そして其の力故に彼等は誰もが賞賛を惜しまない英雄として此処に居る。
だが今回のは其れまでのものとまるで格の違う戦慄…
心臓が鷲掴みにされたかのような危険信号を小泉達の脳は発し続ける。
詰まり…
エルダーシングシティーは全ての時間を使い切ってしまった。

 

 

半ば本能的な危機感から零土、豪、ミリアは即座に魔力を込めた多重結界を張った。
巧く説明出来ないし説明する暇も無いという刹那の判断は正しく、
其の瞬間、眩い光と共に彼等の視界は妨げられる。
凄まじい爆音と同時に結界の大半が一瞬で吹き飛ばされてしまう。
すぐに新たな結界を張りに掛かるが、其れもコンマ以下の僅かな間しか耐えられないと言う有様。
如何に魔力を練る時間がないとはいえ人類の英雄…
最強の能力者達の複合結界がこうも容易く破られるなど本来ならば有り得ない話だ。

「ぐぉっ!!?」

結界に亀裂でも入ったのか運悪くボリが光に晒される。
ボリの横腹がごっそりと消え去った。
切断面はまるで高熱で焼き切られたように塞がっていて出血こそ無いものの、
血反吐を吐いて倒れた彼が危険な状態にある事に何ら変わりは無い。

「ボリ!しっかりしろっ!!」

小泉がボリへと駆け寄る
同時に結界を今まさに全て消し飛ばさんとした光が止んだ。
豪達も小泉に続こうとするが…

「……あ?」

壁も上のフロアも既に崩れ去って、周囲は瓦礫の山となり、
S-TAの結晶技術で相当に緩和されているとはいえ尚も冷たい南極の風が英雄達に吹きつける。
光の洗礼が土煙も吹き飛ばして見晴らしを良くしていた為、英雄達は自然と『それ』を目の当たりにした。

英雄達の複合結界が破壊されるのに要した時間は、ほんの数秒。
ささやかな時間ながらも、小泉は疾うに心を圧し折られてた。
何が起こっているのかは解らないが、自分が太刀打ち出来るような状況ではないと。
そして『それ』の姿を見たと同時に豪、ミリアも同じ思考を辿った。


「…何だ……これは…」


S-TAの大結界以外に何も見えない筈の空は、
今や、途方も無く巨大な何かが占領していた。

ドーナツ?バウムクーヘン?
チャクラムの如く中央部に穴のある円盤…というよりは車輪のようなものが7枚、
其々間隔をあけて重なり、速度も方向も異なる横回転を続けている。
そして各車輪の真ん中にぽっかりと開いた穴の中には、異形の巨体が悠然と佇んでいた。
其れは一見、巨大な機械…宇宙船のようなものにも見えたが、
無機質な外見にそぐわぬ荒々しく攻撃的な意志を英雄達は感じ続けていた。
これは最早アメリカの新兵器云々というレベルの存在ではない。
超古代火星文明の遺産だのといった完全に住む世界の違う代物…
というより人間にこんなものを作れる訳がない。

 



其の零土の読みは正しかった。
超古代火星文明遺産について熟知しているユズノハが其れを肯定した。

「驚きですね。超獣の本体を復元してくるなんて想定していませんでしたよ。
 レイジアの封印を壊される訳にもいきませんし、かといって相手にするというのも…」

いつの間にやら、ユズノハに3人程の小柄な影が付き従っていた。
犬のような耳はやはり獣人のようにしか見えないが、これらもユズノハ同様の『守護の一族』である事は想像に難くない。

「レイジア大戦の記録と少々異なった姿ですね。
 5つ車輪がありません。『運命の車輪』も『輪廻の車輪』も無い。
 …って、マズ!」

「!」

意識が徐々に薄れていくのをデリング達は感じた。
巨大な車輪の一枚が其の回転速度を徐々に増していくのと同じように。
其の速さに比例し、エルダーシングシティーを中心とした南極大陸中に、
じわじわと…デリング達の感じ取った死神の気配が広がっていく。
誰一人逃げられない。
S-TAに居た全ての人間は姿無き死神の鎌にて其の魂を刈り取られる事を防ぐ力を持たなかった。

 

執筆者…is-lies


 

  2414年

 

  ロシア連邦、極東連邦管区、ヴァストカヤスク、
  トヤオーズィラ、トヤパレス

 

 

「HAHAHA!
 大衆は未だにS-TAが存在していると思っている。
 鎖国中の魔女国家S-TA?
 ないよ。そんなもの。
 S-TAの大結界の中にあるのは、
 『OX-96』の病原菌に満たされた死の大地…
 そして…当時の人類の罪たる悪魔の兵器『ハーグウェイディユ』だけだ」

アメリカ合衆国大統領デリングは、ネオス日本共和国総理大臣・小泉と共に、
トヤパレスのベランダにてヴァストカヤスクの風を受けながら過去の回想を終える。
嘗てエルダーシングシティーで受けた南極の凍てつく風とは比べるまでも無く温い風ではあるが、
其れでもデリング達はこの風からS-TAの最期をどうしても思い出させられてしまう。

「…リン、
 やはりあの時、リノーアを切り捨てるべきではなかったのだよ。
 システムセイフォートの決議でハーグウェイディユを退ける事も出来たかも知れない。
 何しろ同じ神代の兵器なのだからな」

「エンド、其れは未来人の理屈だ。
 あの時はリノーアごとでもアデルを葬らねば、
 其のシステムセイフォートで人類が滅ぼされていたかも知れないのだ」

「アデルが本気だったとでも?
 脅しを掛ける程度の積りだったのかも知れないぞ」

「本気ではなかったとでも?
 常に最悪の想定をして備えるのは基本ではないのか?」

「殺さずとも何とかできたはずだ」

「そんな状況ではなかった。
 気の狂ったリノーアは私達に攻撃を仕掛けようとしていたし、
 アデルの八姉妹化も完了しようとしていた」

「お前達の思い込みではないのか?」

「最早其れを証明する事は不可能だ」

「…………
 …ぷっ、くくくくくっ!
 全く…小学生レベルの幼稚な理由で反目し合って来たが……
 其れももうオシマイだな」

「そうだな。そんな事どころではなくなってしまった。
 お前が我々に齎した世界の真実…
 レイジア種とトル・フュール、そしてエンパイリアン。
 これらが織り成す『流れ』は今尚も世界を支配し続けている。
 こうして私達が連中の対策に走る事すらも『流れ』の一部であるかのようだ。
 『流れ』か…定型を持たず常に変化し続け、決して捕らえ続けられない。
 よく言ったものだ」

「…滑稽だと思わないか、リン?
 当時の世界正義が己等の破局をも掛けて封印した罪を、
 現在の世界正義たる我々が地球の為に利用しようというのだから。
 移ろい行く価値観、移ろい行く状況、これらが『流れ』…つまりは『変化』を生み出し、
 我々の世界を安定させる事を許さない」

「其れに対応してこその我々政治家だろ。
 世界に変化が無ければ政治家など必要ない」

「にも関わらず、世界に変化が無いように見せるのも政治家の仕事…だな。
 リンよ、お前が先ほど各国首脳を前にこう言ったのも、そういう事だろ?
 『ハーグウェイディユが我等と共にS-TAを倒した事に異論を持つ者は居ない』…だったか?
 お前はまだ当時の連中に義理立てしているのか?」

「エンド…其れはお前も同じだろう?
 明かす必要の無い真実…無用な混乱を齎す真実…そんなものを無意味に晒すべきではない。
 心の奥底に仕舞った方が良い物というのは確実に存在するのだ」

「ふん、まあ良い。
 ところでリン…」

デリングが取り出した携帯端末から立体映像で…
何というか、まあデリング趣味丸出しなお約束の魔法少女モノアニメが映し出された。

「?これは?」

「お前のトコで発禁になったアニメ『サンマ』だ。
 秋葉原隔離区では人気でな。
 ちょっと見て感想を聞かせてくれ」

 


総理視聴中…

 

「首ちょんぱの残酷描写、欝展開、悪堕ち、アンチヒロイン…
 …成程、我が国で発禁になっているだけはある。
 まぁ、この程度ならメディア浄化法が出来る前であれば放映されていたかも知れないがな」

「ふぅむ、だが規制を解くなり隔離区を救済するなりする気は無いと?」

「…其の話か」

「本当に秋葉原隔離区を攻める気か?
 お前のところの戦争アレルギーが最早過去の話だという事は理解している。
 大名古屋国との戦いもあったしな。
 だが其れを抑制もせず暴走させるがままというのは…
 私の知っているお前からは想像出来ない事だ」

「世論が加熱している。もう何を言っても無駄だ。
 これでも穏便に済むよう尽力してはいるのだがな」

大嘘だ。秋葉原隔離区と鉛雨街の丁度中間部にある古代火星文明縁と思しき遺跡の調査…
其れこそが彼の目的なのだ。
確かに世論の加熱は彼が操作したものではない。寧ろ小泉達与党を敵視する勢力の働きが大きく、
小泉は其れを利用したに過ぎない。いざという時にはサンドバッグにしてしまえば良いのだから。

「…サミットが終わったら即座に秋葉原隔離区攻めだそうじゃないか。
 あまりいじめてやるな。私も楽しみが減ってしまうし、
 金豚の目論見通りにされても…お前だって嫌だろ?」

そう言ってデリングはベランダを後にした。
彼はネオス日本の内情を、小泉が思っていた以上に把握しており、
今回の隔離区攻めに於ける小泉の真意が遺産関連である事、
そして隔離区攻めがゴールドマサデイのシナリオに沿っている事を見抜いた上で、
其の点は充分気を付けておけと注意を促したのだった。

「エンド……
 世界の真実を知って尚、お前は抗える器なのか?
 レイジア種、トル、エンパイリアン…お前はどれだけとやり合う積りでいるんだ?
 何故、そんなにも自信に満ち満ちている?
 お前は第三次世界大戦を自分にとっての転機だと言ったな、
 あの後、お前に何かあったとでもいうのか?
 解らない…やはりエンド、長年共に戦って来た筈のお前が解らない」

 

執筆者…is-lies

 

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