リレー小説5
<Rel5.マチルダ・レム・ホワイトローズ1>

 

 

 










第三次世界大戦





 

《御覧頂けているか、愚昧なる非能力者諸君》

空は赤く染まっていた。
人々の見慣れた、太陽の生み出したものではない。
其の様な美しさとは無縁の……醜悪にして凄惨極まる光景……
天空に、炎に包まれた瓦礫と死体の山が投影されているのだ。
地球の裏側でも全く同時に同じ光景が展開されている。


《諸君等の空に映し出されているのは不甲斐無きギリシャ政府の末路だ。
 融和の象徴にもなるかと思われた八姉妹すらも迫害の憂き目に遭った今、
 能力者と非能力者の共存など夢物語だと思い知らされる結果に終わってしまった。
 だが、其の結果は寧ろ歓迎されるべきだと我々は判断する事にした。
 即ち……どちらかが消え去る他に道など無い!》

次に空が映し出したのは、赤い長髪の……3、4m程もあるデカオ。つか筋肉達磨。

《私の名はアデル。能力者による能力者国家S-TAの首相である。
 今、ミッシングリンクの謎は解き明かされた。
 地球へと飛来して能力者を誕生させた始まりの結晶『Hope』こそが其の正体だったのだ。
 生き延びるべき種と、滅ぶべき種はこの瞬間、決定付けられた。
 我々は結晶に選ばれた。
 旧人類ホモ・サピエンスに取って代わる新人類ホモ・タレントゥスとして。
 これらは結晶の…世界の意思だ。
 世界は非能力者の絶滅を望み、我等、能力者に生き延びる事を望んでいるのだ。
 我等を駆逐しようとする愚かな旧人類ホモ・サピエンスに世界の鉄槌を下し、
 新時代の幕開けを担わんとする能力者達よ、ホモ・タレントゥスによる千年国家S-TAに続け》

南極に築かれた魔女国家S-TAと、非能力者の新生国連との戦争…
第三次世界大戦の幕が切って落とされた。





  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  S-TA領内マハコラ・エーテル研究学府最高機関、バイオ部門研究所

 

組織マハコラ……
嘗てはカルナヴァルと呼ばれた其の組織は、
時のアメリカ合衆国大統領マイケル・ウィルソンの手によって崩壊した。
機密中枢であるセイフォート決議機関ヘプドマスこそ逃げ延びたが、
組織の幹部であるカルナヴァル四天王が全滅しては、カルナヴァルの維持など出来る筈もない。
事実、末端などは四天王こそがカルナヴァルの支配者だと信じ込んでおり、
四天王壊滅と同時に蜘蛛の子を散らすように離散してしまっていた。
丸裸となった黒幕になど何の力も無いのだ。

 



…………


……そしてカルナヴァルの流れを受け継ぐ組織マハコラが生まれた。
相変わらずヘプドマスが頂点であるなど、
やはりカルナヴァル色の濃い組織ではあるが、人間社会への浸透率は以前の比ではない。
知る者からは、世界制覇に最も近い組織とさえ評され、
非能力者と能力者の対立さえ抑えられていれば、事実そうなっていただろう。

「ウムデレベの仕上がりはどうですか?」

魔女国家S-TAのバイオ部門研究所では、
マハコラバイオ研究所長バルハトロスの指揮の下、バイオ兵器の開発・改良が進められていた。
八姉妹マチルダ・レム・ホワイトローズは其の生命工学の知識と技術を以て主任研究員となり、
非能力者達を攻撃する新型生体兵器の開発に注力している。

其れこそがウムデレベ。
ミサイルに種子を搭載し、着弾点に発芽……
土壌や天候などで多少の差はあるが大凡1週間以内で無限増殖する毒木が発生する。
其の土地を汚染し、より大量の毒木が発生する悪循環を生み出し、敵国の兵糧も人員も土地も根こそぎ奪う。
そして不要になればアンプル一本でウムデレベの自滅因子を活性化させ、
土地の浄化=ウムデレベの死滅に転換させる事も出来る。
火星テラフォーミング技術の応用であった。

ウムデレベの発想そのものはマハコラの一研究員が出したものだが、
自滅因子の覚醒に関し致命的な問題を抱えていた為、実戦投入はなされていなかった。
だがマチルダは其れをいとも容易く数度の助言で解決させてしまったのだ。

「これはこれは……!
 マチルダ様に御教授頂いた通りでした。もう問題はありません」

「マチルダ様には感謝してもし切れません。
 S-TAという最高のバスに乗り遅れた我々オーディア家を受け入れてくれたばかりか、
 このような充実した研究環境を……」

白衣を着た2人の男女が、マチルダにぺこぺこと頭を下げながら謝辞を述べる。
この2人こそがウムデレベの生みの親であるオーディア家当主夫妻だ。
莫大な富を以てロシアに絶大な影響力を持つに至った大手のエンパイリアンなのだが、
レム家当主マチルダに遜った其の様子から、彼等の成功振りを想像する事は難しい。

「何を仰いますか。
 オーディア家からの援助はマハコラにとって無くてはなりません。
 飽く迄、Win Winの関係ですわ」

「これで娘にも、より大きな力を残してあげられます。
 本当に何とお礼を言って良いのやら」

アホじゃね? コイツら。
微笑みを湛えた仮面の内側でマチルダはそう呟く。
確かにオーディア家は経済面では大成功した。マチルダのレム家さえも足元に及ばぬ程だ。
だが、トルに対抗するというエンパイリアンの使命を考えれば、
金など幾らあっても打倒トルの切り札にはならない。
組織を整える、支援するという裏方以上の立場にはなり得ない。
ではオーディア家に、経済力以上の力があるのか?
答えはノー。オーディア家の当主夫妻揃って生命工学を軽く齧った程度。
マハコラに属してトルを打倒するどころか、
非能力者達との戦闘に成果を出せるレベルでさえもない。
だからエンパイリアン組織に地位を持つマチルダが主導権を握ったのだ。
そうしたらオーディア夫妻揃って自ら進んでマチルダを神聖視して傅いてきたのだから、
あまりの不甲斐無さにマチルダの方が呆れを覚えてしまった。

「(ま、利用価値がある内は精々私の為に働いて下さいな。
  もうオーディア家なんてレム家の召使みたいなもんだけどね)」

別にエンパイリアンは互いを蹴落としたい訳ではないし、
トルを倒す競争をしている訳でもない。
ただ……トルを倒すに相応しい力を得る過程に於いて、
争ったり、滅ぼしたり、吸収したり、されたり、そんな事を続けていただけだ。
中には使命を変質させて妙にズレた連中や、、
同じエンパイリアン同士で争うのは不毛だと考える者達や、
より強力なエンパイリアンに進んで従属して庇護下に入る者もいる。
オーディア家はそういった典型的な「雑魚」だったのだろう。
マチルダにとってオーディア家の認識はその程度であった。

「ふふ、最初の攻撃目標はロヴァニエミが良いわ。
 ゼノキラ将軍に進言してみましょうか」

そう。マチルダも例外ではなかった。
彼女もまた、そういった多少のズレを発現させたエンパイリアンの一人。
度重なる世代交代の終局に生まれ出でた脳髄は、悍ましく捻くれ、
トル・フュールと同時に、自分にエンパイアの使命を叩き込んで人生のレールを敷いたレム家をも憎んでいた。
マハコラに誘われずS-TAに来る事さえ出来なかった他のレム一族など、
マチルダにとっては利用価値さえないクソザコナメクジに過ぎず、
この戦争のドサクサに紛れて滅ぼしてしまえれば、さぞ愉快だろうと常々思っていた程だ。
其の機会がこんなにもすぐ訪れた事にマチルダは内心小躍りしながら自室へと向かう。
其れまでの彼女であればこのような軽挙、頭の中の妄想のみに留めておいただろうが、
マハコラに入り、八姉妹となって内情を知った今はそうでもない。

「(……やっぱりツいているわ。
  このマハコラ……エンパイリアン組織だっていうから、
  私の知らない、レム家の歴史から抜け落ちてしまった情報があるかと思えば、
  『トルの事さえ知らない』とは!)

マチルダとは別の方向でマハコラという組織もまたズレていたのだ。
エンパイリアン最大の使命を忘れ、隠匿の教えと技術だけしか伝わらなかったのか、
少なくともマチルダの目には『目的を忘れたのに、力だけは馬鹿みたいに蓄えた肉牛の群れ』にしか見えなかった。
これだけの技術と資金と能力がありながら……掲げているのは『能力者国家』の樹立のみ。
他にトル・フュールの事を知っている人間がいないかと、
マチルダは密かに他の八姉妹や原初の能力者達にそれとなく探りを入れてみたが、
結果は、他の八姉妹も殆どが確実に白。
バルハトロスのレスター家も白。
アズ・リアンやヴァンフレムは不明なれど、ヘプドマスも大体は白確定。
マチルダは得心した。
こんな力だけしか引き継げず持て余してしまった有象無象共だからこそ、
迫害される能力者に感化されて能力者国家などというものを掲げて声を上げたのだろうと。
そしてこれはマチルダにとって好機でもあった。
トルという明確な敵・脅威の存在を伝えている一族が、
最早、現存するエンパイリアンの中では自分達レム家くらいしかないとなれば、
このエンパイリアンの存在意義に関わる重要使命を今まで伝えて来たレム家が……
いや、レム家当主でありマハコラ最高幹部である八姉妹の自分こそが、
マハコラという最高の力を持った組織を乗っ取って支配する事が出来る。
存在意義を失ってしまったマハコラに、再び其れを与える救世の女神に……自分がなる。
『白薔薇の女王』と讃え崇められる偉大な指導者となり、トル・フュールに鉄槌を下す。

(うふふふ、あっはははははははっ!
  私こそが女王! 全てを支配しトルを滅ぼす救世主よ!)
大手のオーディア家を支配したばかりか、
現代に於けるエンパイリアンの集大成のような組織マハコラをも支配する。
此処に来て己の野望がまたとない伸展を見せる様に、マチルダは酔い痴れ狂喜した。
執筆者…is-lies

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  大統領府、会議室

 

S-TAの大統領府の会議室内では、
敵国攻撃に関する各作戦・兵器の進捗状況報告が為されていた。
……敵国。
現在、S-TAは其の定義について意見を対立させていた。
能力者迫害の度合いが高い国家、
取り分けロシア、サウジアラビア、ALG保護領、レブレラント、ソレッタ・アザディスタン。
或いはS-TAの脅威となる武力を持った国家、
取り分けアメリカ合衆国、中華人民共和国。
そう。
能力者というあまりにも広い括りは、S-TAの意思統一を困難なものとしていた。
飽く迄も専守防衛に留め、他国には可能な限り友好的にすべきだという穏健派から、
非能力者は全て敵だという過激派までS-TAという新興国家に押し寄せたのだから然もありなん。
能力者の数が数だった。とてもマハコラが一手に管理できる規模ではない。
結局、遅きに失したカルナヴァルを恐れるが余り、今度は逆に拙速……
マハコラという限りなく黒幕として成功した類の組織も、こうなっては型無し。
市民達が無軌道に暴走しないよう纏める為、
そもそもそういった『偶像(アイドル)』として結成された八姉妹がいるにはいるが、
彼女達は戦前の『聖女』というイメージが兎角強固であり、
戦中に於いては違う方向性の……より強硬な権威・武力が求められた。
其れがアデル。
S-TA最強級の能力者だ。
そしてアデルの支配によりS-TAは反・非能力者の過激派が台頭し、
後にプラスロウザを八姉妹に加える事によって戦争は加速する。
またマハコラも流れとは無縁ではいられなかった。
市民達への対応策に気を向けるあまり、マハコラ内部に入り込んだ異物に気付けなかった。
本格的な開戦を行う前から、済し崩し的にS-TA・マハコラ崩壊の流れは整っていたのだ。

「ヴァンフレム、其れは本当か?」

S-TA将軍・オグドアス……ゼノキラ。
強力な精神感応魔法や幻術でもってギリシャ特殊部隊『聖ント』を出し抜いた猛将だ。
だが戦前は其の能力を利用して人々の心の傷を癒し、精神を崩壊させてしまった廃人さえも救済し、
八姉妹の『聖女』というイメージを作り上げた代表的な一人であった。
彼女が問い掛ける先は……ホログラフによって浮かび上がる老人の顔。

《はっ、ゼノキラ様。
 我々霊魂研究部だけでは難しい問題でしたが、
 バイオ研究部のバルハトロス殿や、神魔研究部のリヴァンケ殿が協力に応じてくれた為、
 幾分、見通しが明るくなったものと考えております》

マハコラ幹部・霊魂研究所副所長・八姉妹オルトノア麾下・ヘプドマス……ヴァンフレム。
世に産声を上げようとした霊魂学を握り潰して独占したマハコラに於いても、この学問を理解する者は少ない。
ヴァンフレムは其の少ない霊魂学者の一人だ。
日本国の生体研究所に潜伏し、密かに非能力者達を相手に人体実験を行い、
其の研究データをS-TAへと流し、同時に日本側の研究を妨害する事でS-TAに貢献している。
……というのが表向き。
S-TAの重鎮は知る由もない。
このヴァンフレムが日本で非能力者に与する研究をも行っており、
其の成果『獣人』によって後々戦況が引っ繰り返されてしまうなど。

「……バルハトロスぅ?
 珍しいな。貴様等が組むなど」

S-TA将軍・オグドアス……ミラルカ。
何処か悪魔染みた派手な格好の少女の姿をしている上に、
何か可愛らしい蝙蝠のヌイグルミを持っているなど、アイドル感の強い八姉妹だが、
実際には其の異能故か外見の年齢を感じさせない老練な印象を接する者に与える。
出身は東欧のワラキア公国。
結晶『Hope』到来直後、自らが人外『吸血鬼』である事を明かした国だ。
能力者達の発生によって、隠れ続ける事が出来なくなったと見たのか、
或いは異能を得た人類に融和の可能性を見たのか……
動機は最早解りようもないが結果だけは明らかだ。
ロシアによる侵略。
彼女がこのS-TAにいるのは全く自然な成り行きと言えよう。

ミラルカは怪訝そうな面持ちでヴァンフレムの映像を見遣り、
次に視線を、着席中のバルハトロスにスライドさせる。
ヴァンフレムとバルハトロスとリヴァンケが協力する……
リヴァンケは兎も角、ヴァンフレムとバルハトロスの不仲は周囲の皆が知る所だ。
一体どういう風の吹き回しか、気になるのも無理はない。

「……」

マハコラ幹部・バイオ研究所長……バルハトロス。
マチルダにあれこれ口出しする目の上の瘤でもある。
能力者の国であるS-TAに於いて極めて特異な存在であり、非能力者ではあるが、
其の類希な才能と知識を買われてマハコラの幹部にまで登り詰めた男だ。
惜しむらくは、同時期・同地域に其れ以上の天才達が生まれてしまった事である。
其の一人がヴァンフレム・ミクス・セージム。
バルハトロスは彼とヘプドマスの席を争って……やはり又しても敗北を喫していた。

「単なる利害の一致だ。
 『七つ首の前支配者』……超古代火星文明時代に於けるヘプドマスとでもいうべき者達。
 もし本当に、こいつらの意識がまだ残っているのだとすれば、
 何か有益な情報を聞き出す事が出来るかも知れん」

バルハトロスの言葉に……、
まるで其の言葉が不可視のハンマーとなって振るわれ、打ち据えられたように、
引き攣ったような声を上げたのは、マチルダ・レム・ホワイトローズだった。

「? どうしたマチルダ?」

「い、え……何でもありませんわ……っ!」

輝かしい未来の予定表に罅が入る音をマチルダは聞いた。
マハコラを支配するという栄光が、横から湧いて出て来た何かに奪われようとしている。
マチルダの目に炯々と……負の感情を秘めた光が灯る。

「……で、ヴァンフレム殿は何処からそのようなものを?」

マハコラ幹部・神魔研究所長・ヘプドマス……リヴァンケ。
謎の多い仮面の男だ。
マチルダが手を尽くして調べ上げても其の素性は結局謎のまま。
エンパイリアンである事は確実であり、更に極めて優れたナノテクノロジーの知識を持ち、
超古代火星文明の『遺産』についても並の学者を凌駕する碩学を誇る。

《ふふ、何処で手に入れたかなど、どうでも良いでしょう。
 肝要なのは我々が超古代火星文明の遺産を解明する日が近いという事実のみです》

恐らく日本。
日本で何かを手に入れたに違いないとリヴァンケは直感するも、
前支配者と日本を結びつけるようなものなど彼の記憶の中には存在しない。

「ちょっと……いい?」

マチルダにしては控えめな挙手。

「其の……前支配者っていうのは、
 今、どういう状態なの?」

《精神体のままですな。
 意識はありますが、我々に対して何かの表現をする方法が無いという状態です。
 よって肉体となる触媒を用意し、召喚する必要があります。
 其の辺りは神魔研究部のリヴァンケ殿とバイオ研究部のバルハトロス殿に任せる形となります》

「……そうなの、ふぅん……」

必死に表情を取り繕うも、内心は穏やかではない。
前支配者などという古代の遺物が何かを知っているという保証もないが、
万が一……トル・フュールや、エンパイリアンの其の後などを知っていたならば、
マチルダの野望にとって、あまり面白い関わり方はして来ないだろう。
そんな彼女の心境を他所に、会議室の上座で不敵な笑みが零れた。

「ふふふ、頼もしいではないか」

マハコラ幹部・S-TA首相・覇王アデル。
組織マハコラ最強の能力者であり、S-TAの力の象徴として頂点に君臨する支配者だ。
彼がいなければS-TAの建国もままならなかっただろう。
……そしてマハコラの崩壊後の流れがあれだけ複雑になる事もなかっただろう。

「伝え聞いた話では、七つ首の前支配者は様々な特権を持っていたという。
 全てを滅ぼす力、力を与える力、絶対の肉体……
 もし昔話を聞く事が出来ずとも、そういった力の片鱗でもS-TAが得られれば上等よ」

寧ろ、そちらの方が前支配者……嘗てのヘプドマスを呼び寄せる主な理由だった。
前支配者達の誕生には、今でいうシステム・セイフォートが関わっているという。
同じ機構を有するマハコラにとって、其の解析に繋がりそうなものは無視できない。
そう、組織マハコラにとっては過去など最早重要ではなかった。
S-TAにしても自分達が超古代火星文明から連なる存在であるという自覚さえない者達が大半であり、
過去の優れた力を持った遺産を、如何にして未来の為に用いるか……其れが全てとなっていた。
……尤も、これがマハコラの総意であろうはずもないが……

《魅力的な話ですね》

マハコラ幹部・霊魂研究所所属・セイフォート管理者・オグドアス……オルトノア。
前髪を目元まで垂らした陰気そうな少女のホログラフがクスクスと笑う。
ヴァンフレム同様、希少な霊魂学者ではあるが、
彼女も、トルの存在どころか自分達エンパイリアンが超古代の一族だなどと知らない、
マチルダから見ればカス同然の存在。
だが一応、超古代遺産であるシステム・セイフォートに関する第一人者という事から、
マチルダが多少の警戒感を持って接している相手の一人でもある。

《もっと検体多くしてとか、予算増やしてとか言いたい事は一杯ありますけど、
 取り敢えず前支配者の情報を一刻も早く手に入れて欲しいですわ。
 ヘプドマスやオグドアス……このシステム・セイフォートの議会が、
 正に世界を左右する程の力を持てるようになる……クスクス、待ち遠しい》

やはり一番の興味は其処にあるらしい。
……マチルダはオルトノアに対して侮蔑や警戒の念を持っているが、
其の源泉はというと、オルトノアの得体の知れなさから来ている。
霊魂学者であるというのは一応解る。
謎の多い学問ではあるが、そういう専門の連中がいる事は理解は出来る。
だがオルトノアは其れに加えて、
システム・セイフォートという更に意味不明な超古代の遺物の管理者もやっている。
詰まり、繋がりが見えないのだ。
況してや……

《ああ。忘れるところでした。
 ごとりん博士の協力でフルオーターの量産体制が整いましたわ。
 素晴らしい戦力になってくれる事でしょう。クスクス》

フルオーターという人型の汎用ロボット兵の開発者でもあるのだ。
無論、独力ではないのだが……
マチルダが幾ら頭を捻った所で理解不能な『こいつ何をしたいの?』振りである。
『機械』『霊魂』『遺産』
残念ながらマチルダがこの三つの点を線で結ぶ事は……遂に、最期までなかった。

《まぁ、あまり過信はせん事じゃ。
 フルオーターの戦闘力は非能力者相手なら十分だろうが、
 能力者が武装して来たら抑えられる保証はないぞい》

S-TA生命操作技術研究所長……ゴトリン。
マハコラの人間ではないが生命操作技術の広い見識と、飽くなき探求心を見込まれたマッドサイエンティストだ。
生命操作技術だけあって、マチルダとは話の合う方だが、
結晶関係の研究もしつつ、ロシアで機械兵器研究を行っているという多芸さ、悪く言えば節操の無さで、
オルトノア同様、マチルダからは胡散臭い目で見られている。

「む?」

其処に来てS-TA中枢へのホットラインが開いた。
会議場に新しく表示されたホログラフは、眼鏡を掛けた男だった。
大半のメンバーにとっては見覚えのない顔だったが……

「おお、クリスか」

欧州委員長クリス……
マハコラに所属せずS-TAにも参加していないエンパイリアンであり、
其れどころか非能力者側陣営に属している……要はS-TAの敵である。
今回の戦争には否定的であり、
可能な限り能力者・非能力者の被害を抑えて早期にS-TAと和平を結ぶべく奔走している。
其の平和に掛ける思いは本物だ。

《……アデル、もう止めよう。
 こんな事をしていても能力者の未来は作れない。
 其れにホモ・タレントゥスだと?
 我々は皆同じ人間ではないか。世界を再び分断する積りか?》

「いや、我々は悟ったのだよ。
 今の旧人類などというものは我々新人類が進化の過程で排出して来たフケ垢に過ぎぬとな。
 『Hope』の到来により、我々はホモ・タレントゥスとして覚醒した。
 我々は結晶によって選ばれたのだ」

これはアデルの持論だ。
マハコラのエンパイリアンに非能力者のバルハトロスがいるよう、
エンパイリアンとしての使命や技術を継承したからといって、能力者にまでなれる訳ではない。
同時にエンパイリアンとしての使命や技術を忘れたからといって、能力者にまでなれない訳ではない。
だがマハコラは能力者の力を欲し、彼らが非能力者を支配する形で世界を統一する方を選んだ。
そして其の方針に最も沿ったアデルがS-TAを支配する指導者となった。
エンパイリアン集大成とでもいうべき最大規模の組織であるというのに、
エンパイリアン色の最も希薄な組織に変貌してしまった事は皮肉であった。

「クリスよ、
 いい加減、意地を張っていないで早くマハコラに加われ。
 お前ほどの大魔導士が、下賤な非能力者側について一体何時まで扱き使われる積りだ?」

マハコラに加わっていないエンパイリアンは多い。
現在の人類の内、自分がエンパイリアンだという自覚を持っている者は極僅か。
其の上、自覚を持っていてもマハコラに合流せず、己の力を非能力者側の社会の為に使う者達も少なくない。
トル・フュールという大敵の存在を欠落させてしまえば、
受け継がれてきた知識や技術の使い方に疑問を覚えてしまうのは至極当然。
マハコラ、S-TAは其れを能力者の世界を築く為としたが、
クリスの一族などは非能力者と能力者融和の為に其れを使った。そういう事だ。

《……どうやら、もう戻れないようだな。
 我々は互いに憎み合い殺し合い戦争を行う為に力を付けていた訳ではない。
 この力は未来の為に……我々の子供達の為に安穏とした平和な世界を築く為のものだ》

クリスの信念。
だが現実は違う。エンパイリアンの力はトルへの憎悪。
トルを滅ぼし復讐する為のもの。
未来全てを戦に投じる憎悪の産物。
だが『其れが有る理由』など、極めて個人的な話に過ぎない。
仮に自動車に自我があるとする。
自動車は人間が交通の為に創造したのであって、自動車の為ではない。
だが自我のある自動車からすれば、己が生み出された理由が何であれ、
其れに服従しなくてはならないという道理は無い。
エンパイリアンもそういった意志の『流れ』と無関係にはなれなかった。
複雑に捻じ曲がり、分れ、統合し、巨大な濁流と化す。

「ほう? EUでお前の罷免が話題に上がっているというのに健気なものだな。
 断言しても良い。お前は必ず裏切られる。
 卑劣な非能力者共はお前の公徳に無法と流血で以って報いるだろう」

《……》

沈黙で以って答えるしかないクリス。
アデルの言葉は後の真実を掠めていた。
的中した訳ではないが……
近い内に非能力者陣営はクリスを失望させ離反の道へと追いやってしまう。

「なに、互いに知らぬ仲でもない。気が変わったらいつでも言え。
 このホットラインは其のままにしておくからな」

《……アデル。
 私は今、ベイルス家ディノラシオール家を相手に交渉している》

「!……」

今度はアデルが言葉を失う。
ベイルス家とディノラシオール家はイギリスに於ける最大級のエンパイリアンだ。
ディノラシオール家は蓄財に走ったという点においてオーディア家に近いタイプだが、
成功の度合いはオーディア家に及ばず、勢力規模も其れほど巨大ではない。
問題はベイルス家である。
ベイルス家は勢力をまるで持たず、イギリスにある屋敷から出る事も無い。
だが其の的中率90%を超える『予言』能力によって世界各国の重鎮を手懐け、
勢力こそ無いが、最も力ある家の一つとしてエンパイリアン達に知られ畏れられていた。
よってS-TAの中でもイギリス攻撃を唱える者は数少ない。存在そのものが抑止力と化しているのだ。
そんなベイルス家と交渉……

《クリス殿よ、ベイルス家の連中が今更動くとでも?
 貴方にしては聊か読みが甘過ぎるのではないか?》

S-TA将軍・ヘプドマス……宗太郎。
日本の大商社・本田グループに子飼いを潜入させるなど対アジア戦略に重きを置いており、
今は超韓民国で消息不明になった八姉妹『玲佳』の捜索を、件の子飼いを通して行っている。
そんな彼の声は、併し将軍の肩書に比して力強さにやや欠けていた。
ベイルス家は30年以上も前に「血が薄れた」とだけ言って屋敷に引き籠っている。
国家元首級の来訪さえも黙殺、宛ら世捨て人のような暮らしを続けているという。
だがクリスは『交渉している』と言った。
あのベイルス家と?

《いいや、私も驚いたが両方の家が話に応じてくれている。
 諸君らも御存じだろう。ベイルス家の力は》

「……本気か、クリス?」

《私も覚悟を見せねばならないという事だ。
 如何なる手段を用いようと、この戦争は止める。
 ……気が変わったらいつでも言ってくれ。
 このホットラインは其のままにしておくからな》

そしてクリスとの通信は終わった。

……

S-TA重鎮の間に動揺が広がる。
恐らくベイルス家の力はS-TAのアデルをも凌駕する。
況してや彼等には、数多の権力者達を平伏させた予知能力がある。
これからS-TAが何を考えて何を行おうが、
其の全てがベイルス家の手の上の出来事になるかも知れない。
いや……もう、そうなっているのか?
クリスの嘘を疑うのは容易い。事実バルハトロスなどは「ハッタリだ」と笑ってさえいる。
だがクリスをよく知るアデルは違う。
このまま何もせず、何もできずに終わるしかないのか?

カチリ

歯車の噛み合う音は、マチルダの頭の中で起こった。
執筆者…is-lies

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  S-TA領内マハコラ・エーテル研究学府最高機関、バイオ部門研究所

 

S-TAの問題となったのはベイルス家。
一部では『神』とまで呼ばれる、この絶大な力を持った一族の介入を受け入れてしまえば、
遅かれ早かれ第三次世界大戦は終結する。
其れもS-TAの大幅な妥協をもって……という形でだ。
当然、アデルにとっては受け入れ難いし、他の重鎮にとっても納得しかねる。
だがベイルス家と争う程の蛮勇を持つ能力者もまたいなかった。
存在そのものが抑止力と化す『神』を相手に、楯突く力の無さ故に。

其処で八姉妹マチルダが言った。
『ベイルス家をも超える力さえあれば……』

後はトントンだ。
復活させようとしていた前支配者が話題に上がり、
マチルダも其れとなく……いざとなったらマハコラを切り捨てられる程の距離を心掛けて協力し、
マチルダ、バルハトロス、ヴァンフレム、リヴァンケによる前支配者復活が計画された。

……マチルダは前支配者を早々に消しておきたかった
トルの話を出される前に御退場願いたい。
前支配者の召喚計画とベイルス家対策を絡め、計画を前倒しにさせる。
自分を売り込み、肉体の生成に関する席を確保。
緊急を要するとして前支配者召喚計画を粗雑に進ませ……セキュリティーに穴を作り上げる。
そして生命工学の技術を駆使して、前支配者の肉体に仕掛けを施す。
対・ベイルスを装って其の実、対・前支配者。
肉体に検閲装置を仕掛けてもいいし、何なら前支配者を自滅させるように仕向けても良い。
ベイルス家が前支配者を倒してしまっても良いし、相打ちにでもなれば万歳。
マチルダが思い描いていた絵は、大凡そんな感じの代物だった。
併し、マチルダは知らなかった。
彼女のそんな保身の企みを見抜き、あろう事か利用してしまう悪魔の存在を。

「ほぅ、その様な方法で肉体に制限を設けられるとは。
 実に斬新、流石はマチルダ様ですな」

「全くですね。マチルダ様の見識の広さに敬服するばかりです」

「ええ、素晴らしい……素晴らしい発想ですわぁ」

ヴァンフレム、リヴァンケ、オルトノア……
この3人に褒められたところで嬉しくも何ともないばかりか不快なだけだ。
己の前に平伏し「自らを生贄として捧げ忠誠を示す」とか言って其の身を差し出すゴキブリがいたとして、
其の存在を誇らしく思い喜んで食す人間は、恐らく絶無だろう。
この3人は方向性こそ其々異なるが、
得体の知れない優秀な奴……という共通点がある。
そして其れはマチルダの嫌いなタイプとも合致している。
……彼女自身に自覚は無いが、
其れは曲がりなりにも今日まで継承に成功した血のなせる業だった。
決して関わり合いになってはいけない存在への警告。
これを単に『馬が合う合わない程度のものに過ぎない』と深く考えなかった事が、
マチルダの今後を大きく決定づけてしまった。

万が一の前支配者の暴走に備え、
リヴァンケの神魔研究部、バルハトロスのバイオ部、オルトノアとヴァンフレムの霊魂部は、
前支配者の肉体、精神、霊魂に一定の制約を課す方針でいた。
決して前支配者の超絶を極める力が、マハコラの方へと向かないようにと。
可能ならば完全に洗脳したいところだが、
どうも前支配者の知能的に、見破られ反感を買うリスクが高いという。
確かに、小細工を弄して怒らせ挙句、こっちが滅ぼされでもしたら寧ろ喜劇だろう。
飽く迄も相互協力関係にあるという点を強調し、
『マハコラへの攻撃不可制約』を前支配者に受けれて貰わねばならないというのがマハコラの立場だ。

「(念の為、バレない範囲で私の有利になるような機能も付けておきましょ。
  私限定の通信機能も良いわ。他の連中に気付かれず前支配者を動かせるしね)」

だがマチルダにとっては対ベイルス家よりも前支配者を沈黙させる方が優先された。
こうして前支配者の肉体生成に席を得られたら、後は具体的な方法を捻り出さねばならない。
執筆者…is-lies

  S-TA、セントラル州、
  首都エルダーシング・シティー、
  S-TA領内マハコラ・エーテル研究学府最高機関、機械工学部門区画

 

現在マチルダが一番目を付けているのがウイルス『JHN』だ。
宗太郎が投入を予定している化学兵器であり、感染対象に『特殊な属性』を付与してしまう。
そして其の『特殊な属性』は一定の音波にのみ反応し、
其れを利用して対象を或る程度コントロール出来るのだという。
詰まりJHNだけでは意味が無い。
前支配者が体の仕掛けに気付いたとしても、JHNだけでは害意を証明されようがない。
お誂え向きだ。

幸いにもマチルダはJHNの入手に成功していた。
JHNはひとたび広がれば止める手立てがないので、
アデルおよびオグドアス(八姉妹)とヘプドマス(原初の能力者)には、
特権的にJHN側で効果を発揮しないよう措置が為されていた。
そうでもしなければ防げない。
マチルダは其の時からJHNの力に着目し、方々へ手回しをしてJHNを確保したのだ。
後は……JHNを操作する音波発生器さえあれば前支配者の記憶を操作する事が出来る。

「(誰か……ゴトリンやオルトノアの近くにいる機械工学者……そうね、が良いわ。
  私の手駒に仕立てて、音波発生器を秘密裏に私へと献上させる)」

男の扱いは慣れている。
白薔薇の女王である自分がちょっと突いてやれば、
この世のどんな男であろうと、蕩け切った馬鹿面を晒して平れ伏すのだ。
外面を幾ら飾り立てようが所詮、男などという生き物は下劣で惨めな存在。
雄である以上は女王である自分に逆らえず媚び諂うのみ。
己への絶対の自信をもって、マチルダは機械工学部門の研究所周辺を散策し、
目ぼしい男はいないものかと物色していた。
そして……

「おや? マチルダ様じゃないですか。
 どうしてこんな所に?」
「こんな所では難だ……どうぞ、此方へ」
「ほぉ……極秘に、ねぇ?」

やはり呆気ない。
マチルダが適当についた嘘をフムフムと真面目に聞き入る男の姿に、
内心、吹き出しそうになるマチルダだったが、
これで前支配者を裏から操る全ての準備が整うとほくそ笑む。

「成程、そういう事でしたら……私にお任せあれ」

「有難う御座います。
 ああ、そういえばお名前は?」

男は朗らかに笑って名乗った。

カリプソと申します。
 今後とも宜しく、マチルダ様」
執筆者…is-lies
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