リレー小説5
<Rel5.ヴァルカレスタ1>

 

 

  2400年某日
  戦地の片隅にて

 

――酷い悪臭が、漂っていた。
零れ落ちた臓物と撒き散らされた血液から立ち昇る鉄臭さ。
下品な呻きと悲痛な呻き、肉同士を打ち付ける音と共に混ざり滴る汗と体液の生臭さ。
生温く暖められた空気がそれを助長する。

 女達が、泣き叫びながら男達に玩ばれている。
2人の少女が、その母が、幾人もの男に群がられ、嬲られている。
その脇には父親が四肢を撃ち抜かれ腹を切り裂かれた無残な姿で転がっている。
少女達の目に光はなく、涙と微かな呻きを漏らすのみ。
母親は幾度も子供達だけは、と懇願するも、男達がそんな願いを聞き入れる訳もなく、己を獣欲を満たすことに没頭する。
悲劇である。地獄である、が、今の――第3次世界大戦の混沌の下にある世界にあってはありふれた地獄で、悲劇である。

 しかし、そんな家族の有様を見せつけられている少年にとっては、そんなことは何の慰めにもならない。
手足は縛られ、猿轡を噛まされ、背中から軍靴で押さえつけられているが、
それがどうしたと言わんばかりに藻掻き躙って拘束を抜け出さんとする。
殴りつけられ腫れあがった顔は激情で真赤に染まり、
口は噛まされた猿轡を噛み千切らんばかりに噛み締められている。
そんな様子を、彼を足蹴にしている銀髪の男――ヴァルカレスタ・フィンダムは嘲りの色を浮かべながら見下ろしていた。

 「悔しいか、ボウズ? 悔しいよなあ?
 父親はボロクズのように殺されて、母親と妹達は俺の部下共の玩具。
 だがなあボウズ、それもこれもお前らが――お前が弱いのが悪いのさ。弱肉強食って奴だ。判るか」
  部下の蛮行を至って冷静に眺めるヴァルカレスタを、少年は射殺さんとばかりの視線をもって睨みつける。
 「力がないからあんな馬鹿共にいいようにされる。
 弱い生き物は繁殖しなけりゃあっという間に滅んじまうからな。
 隙あらばああいう風にみっともない姿を晒してでも生殖行為に励んじまうのさ、俺は違うがね」

――コイツのXXはオレが先だピナー!! 手前はそっちの中古でも相手にしてやがれ!!
――エイフ、このピザ野郎が!! ナマスに斬り刻まれてえか、アアン!?
――黙りなさいキヴルス!! 貴方の様な短慮な力馬鹿ではすぐに壊してしまうでしょうが!!

  醜い。浅ましい。聞くに堪えない。
半裸で下半身を露出させた男達が息を荒げながら言い争う様は、人間というより畜生のそれである。
しかしそんな人非人共に父は殺され、母と妹達は汚されている。無意識の内に少年の目尻から悔し涙が流れ出す。

「だがまあ、そろそろ飽き飽きだ。お前もそうだろう。――だから、よ」
 ヴァルカレスタの身体から霧のようなものが立ち昇り始め、少年の身体を包み込み始める。
――瞬間、少年の全身に怖気が走った。これは駄目だ。そう本能的に理解する。
今まで折れそうな心を怒りや虚勢、反抗心で表面上は取り繕ってきたが、
これは気構えや心の持ちようだとかでどうこう出来るレベルを超えている。
何が待ち受けるかは判らないが、確実に折られてしまう。

  そんな少年の小さな変化に目ざとく気付いたヴァルカレスタはにい、と笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「おお、判るのか。ガキながら冴えてやがる。出会い方が違えば一流に仕込んでやっても良かったぐらいだ。
 ――ボウズ、お前にゃちょっと実験台になってもらう。
 こちとらまだ覚えたての能力でな、勝手を知るには試行錯誤が必要なのよ。
 ああして見苦しい乱交パーティなんざ見せたのもその一環だ。
 まあアレだ――餌になれや、この俺の」 
 始めは絶叫しながらのたうち回り、しばらくして呻き始め、最後は仰向けに倒れ微動だにしない。
溢れる涙は止め処なく、見開かれた目は焦点があっておらず、何かを見ているかどうかすらも怪しい。
そんな"実験結果"を横目に、ヴァルカレスタは、"後始末"が済んだ部下達がこちらに集まってくるのを待っていた。
「どうでしたかい、ボス。こっちは久しぶりにブッ放せて実に清々しい気分ですがね」
「ぼちぼちってトコだな。この通りアッチ側にイッちまってやがる。
 この威力を戦闘中に出せるたァ思えねえが、まあ雑魚共を散らすくらいなら訳ないだろう。
 『悪夢の鳥籠』。もう感覚は掴んだ。あと何回かやりゃあ完全にモノに出来る」
 黒髪をドレッドロックスにした黒人の部下――ラシャトゥ・ベぺの問いに答える。

 ――『悪夢の鳥籠』。
つい先日、発現したばかりのヴァルカレスタの能力であり、少年を包んだ霧の正体である。
霧状の粒子で包み込んだ相手の精神をゆさぶり、不安や恐怖といった負の感情を基にした幻覚による恐慌状態に叩き落とすというものであったが、
覚えたての能力を使いこなすのは歴戦の戦士たるヴァルカレスタでも至難の業であり、能力の把握と習熟のため、こうした"実験"を重ねていた。
最初の内は一瞬相手を怯ませるだけであったが、回数を重ねる内、こうしてヒト一人を廃人に追い込める程にまで馴染んできている。
ヴァルカレスタ自身が言ったように、完全に能力を制御下に置く日もそう遠くないだろう。

 「そりゃあ結構なこって。んで、このガキはどうするんです? 殺っちまいますかい?」
逆立った金髪に赤い狼の刺青を顔に入れた男――キヴルス・ベサが倒れたままの少年の方を顎でしゃくりながら言う。
その手にはナイフが握られ、脚は癖である貧乏ゆすりを始めている。ヴァルカレスタの前でなければそのまま殺しにかかっていただろう。
「いや待て、そいつも中々良さそうじゃねえか、マグロなのはアレだがちょっと味見ぐらい……ブフッ」
そんなキヴルスを手で制し、気持ち悪い笑いを浮かべるのはエイフラー・バンズラッチ。丸々と肥え太った体躯に、清潔感の欠片もない濃い顎鬚を生やした男である。
その目は先程の蛮行を経てなお、獣欲で滾っているのが一目で判る。
これにはヴァルカレスタもゲンナリとした表情を浮かべる。
「……少しは節制というものを知ったらどうです、エイフ?」
エイフラーの横に立つ長身の神経質そうな男――ピナモク・ハサモクも同感だったのだろう、深いため息と共に呟く。
「……ピナーの言う通りだ、エイフ。こちとら時間をやりくりしてお前らにレクリエーションを提供してやってるんだ。少しは我慢ってモンを――」
知れ、と続けようとした矢先、その表情が一気に険しさを増し、部屋の入口へと視線が向けられる。
いつの間に手にしたのか、その手には大槍が握られていた。
一瞬遅れてラシャトゥが、数瞬遅れてキヴルス、ピナモクが、最後にエイフラーを始めとする兵士達が弾かれるように反応し、戦闘態勢を取る。 
執筆者…鋭殻様
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