リレー小説5
<Rel5.白き翼3>

 

  ビフレスト

 

「総帥、後戻りは出来ませんよ」

「今更ですね。
 ロシアに姿を現した時点で……いえ、
 ビフレストを動かした時点で賽は投げられています」

超古代火星文明の遺産にして白き翼の移動拠点ビフレスト内の司令室にて、
白き翼総帥アズ・リアンが、怖気付く団員に事も無げに言い放つ。

「例のドゥネイールはビフレストの存在までは知らないようです。
 相手がロシアの一件を調べている内に我々は迅速にLWOSを出し抜かなければなりません」

白き翼の状況はマーズ・グラウンドゼロを境に急変している。
行方不明となった七大罪ルージェント、フレディック、クレージェ、ミルディール、
最高幹部七大罪が4人も音信不通となってしまったマーズ・グラウンドゼロ。
謎に包まれた其処よりLWOSは生還を果たしたどころか、
トル・フュールに至ろうとする白き翼の重要ファクターであるセンサー『フライフラット・エース』を先んじて確保していた。

「……LWOSが月から出て来る前に、白き翼の優位を戻す……
 難題ですね」

「ええ、難題ですよ」

アズ・リアンとバルハトロスの確執は根深いが、力関係は歴然としていた。
技術者としての力ではない。情報量の差である。

アズ・リアンは一度、エンパイリアンから連なる流れを途切れさせてしまったが、
同じエンパイリアンであった白き翼の前総帥『リヴァンケ』によって流れを取り戻した。
リヴァンケを襲名し白き翼の総帥としてトル・フュールの存在に迫るアズ・リアンと比べ、
他のエンパイリアンはというと……実に冴えない。
長い年月の中で伝えるべき使命の大半を欠損させ、
当時、最も大規模なエンパイリアン組織であったマハコラさえも、
トル・フュールの情報をまるで共有していなかったという体たらくだ。
白き翼の存在を伏せてマハコラに参加したアズ・リアンが調べた結果、
マハコラ重鎮達やマハコラの傀儡であったS-TA重鎮の中でもトルの存在は殆ど抜け落ちていた。
彼等が主に継承していたのは古代火星文明の技術……過去の栄光だ。
今考えればSFESに繋がる流れであるオルトノアやヴァンフレムはカードを伏せていたのだろうが、
結局、現存するエンパイリアンの流れの持つ情報に、
当の古代火星文明を滅亡に追い遣った張本人であるトルの存在が無かったのだ。

マハコラが崩壊した後、白き翼が優位を取れたのは、
このトルという情報……他のエンパイリアンには抜け落ちた情報を握っていた事が大きい。
LWOSのバルハトロスなど面白いように食い付いてきた。
正体不明の白き翼をLWOS内部で受け入れる程に。
そして白き翼の総帥が仇敵アズ・リアンであると知ってさえ一応は協力してきた。

併し、こうしてトルという情報を伝えて来たリヴァンケの流れも十全ではなかった。
……レイジア。
トルより更に以前の流れにある存在だ。
リヴァンケの流れからは欠落していたし、
アズ・リアンも多くのエンパイリアンの情報を統合してさえ長く実態が掴めないでいた。
マハコラ時代までは。

組織マハコラが能力者の理想郷S-TAを建国したのは、突発的な事態に対応しての事だ。
マハコラの前身である組織カルナヴァルは大きな失敗を犯した。
マハコラと同じく力による世界革命を豪語する組織でありながら、世界変革の流れに遅れてしまったのだ。
世界改革のタイミングを東南アジア出の馬鹿一号に奪われ、
一時は其の馬鹿を影から補佐する脇役にまで成り下がった。人類混乱期と呼ばれる時期の出来事だ。
そしてマハコラ時代でも似たような状況が発生した。
其れこそが馬鹿二号、ギリシャのメトディオス修道院長だ。
このままではカルナヴァルの失敗を繰り返してしまうと懼れたマハコラは、
八姉妹を擁立し南極に魔女国家S-TAを建国、非能力者達に宣戦布告……第三次世界大戦の勃発である。

何故、南極大陸なのか。
手付かずになっていた超古代火星文明由来の遺跡が其処にあったからだ。
トル・フュールへの叛逆計画を考えた極一握りの古代火星人が地球に持ち込んだ技術の宝庫。
其の中でも最大級の遺物をマハコラは発見していたのだ。

『レイジア種の封印』という遺物を。

そして現れたのが『守護の一族』。
レイジア種の封印を自分達に守らせる事と引き換えに超古代火星文明の技術情報をS-TAに齎した。
カルナヴァル時代とは比較にならぬ程の発展・飛躍。世界を相手に戦える程の力。
レイジア絡みの話に対応したのは主にマハコラのオルトノアとアデルであった上、
アデルのガードが固く、白き翼には『守護の一族』の齎した技術の一部しか継承されなかった。

「(……やはり、あの時が……様々な意味での分水嶺でしたか)」

そしてマハコラ時代を乗り切った白き翼は、
LWOSとSFESとセレクタという、マハコラより生じた3つの流れを密かに監視し情報収集に努めた。
何しろマハコラでの観察で、少なくともオルトノアの一派が侮れない事を知ったのだ。慎重にもなろう。
セレクタには割と早い段階からミスターユニバースに匿名の助力をして反SFES用の情報源に仕立て上げようとしていたし、
LWOSに関しても人材を提供する協力組織として接触しつつも組織の正体については隠蔽出来ていた。
……此処までなら大した問題は無かった。
問題は此処からだ。

「本当に難題です。
 『箱舟』への襲撃が終えた直後にバルハトロスから聞いた『箱舟』修復工期は既に過ぎた……
 というのに、まだ月での作業は継続中。
 ……『あの情報』はアタリだったと見るべきでしょうね」

SFESが、自覚無きスパイとして送り込んだ前支配者をノコノコ受け入れたLWOSが、
真相に気付いてブチキレ、『箱舟』を火星のリゼルハンク本社に向けて侵攻させた。
このままではLWOSはSFESに敗れ、白き翼の存在に繋がる情報がSFESに流れてしまう可能性まであった。
よって白き翼は情報漏洩を阻止すべく、『箱舟』に侵入してチャッカリ自分達の情報だけを抹消した……
後はSFESが『箱舟』ごとLWOSを皆殺しにでもしてくれれば良かった。
……が、SFESは何を思ったかLWOSの降伏を受け入れ、火星侵攻の暴挙を国連から擁護し、
月に於ける『箱舟』の修復……否、改造計画にも協力したのだ。
『前支配者を通してLWOSの情報を粗方得たからSFESは冥土の土産としてネタバラしをした』
という、白き翼の予想を裏切る結果となったのである。
何故、SFESが情報的に絞り粕同然のLWOSを採算度外視で傘下に収め庇護したのか……

「想定された一手です。
 我々がセレクタを手駒にしようと介入したのと同じく、
 SFESはLWOSを手駒とすべく介入したのでしょう」

白き翼の諜報部がLWOSから入手した極秘情報の一つに、
LWOSの拠点であるコロニー『箱舟』の大規模改装計画があった。
バルハトロスが抱え込んだ元SFES技術者達の影響もあるのか、
元の『箱舟』とは似ても似つかぬ……もはや別物とさえ言える程の大改装に加えて重武装化。
コロニーと言うより、其れそのものが巨大宇宙戦艦と言った方が良いという程だ。
資金の出所は相変わらずのジェールウォント・カディエンス財団だが、
当のLWOS副所長ジェールウォントは、SFESと結託していた事が判明している。
リゼルハンク崩壊後、ジェールウォントの行方は不明だが、
其の秘書であり、理事秘書に異動後、現在の財団を実質的に仕切っている人物……
『ルイーズ・フェミリィ』が『箱舟』大規模改装計画に一枚噛んでいるらしい事から、
この計画そのものにもSFESの意図が見え隠れしていると白き翼は睨んでいた。

「案外、ヴァンフレムらは『箱舟』の中で客分として……」

「或いは、そう思わせ白き翼を孤立させる積りか……
 如何にもヴァンフレム辺りのやりそうな手です。
 ……いや、今の白き翼とLWOSの力関係を見るにライズ辺りでしょうか」

いずれにせよ今現在、白き翼が踏破しなければならないのはLWOSだ。
SFESそのものなのか、SFESの駒なのか、LWOSのままなのかは判断しかねるが、
センサーことフライフラット・エースを得られない以上は、味方の面をした敵でしかない。
『情報』『目的物』の2つがLWOS側にあり、現在でも圧倒的な不利だというのに、
そこへ『箱舟』大規模改装計画が終わってしまえば『戦力』さえも怪しくなりかねない。

……そう、白き翼が擁する遺産ビフレストさえも揺るがしかねない規模の改装なのだ。
遺産を超える現在兵器。
常識的には考え難いが、LWOSにはベリオムという成功例もある。
如何にベリオムがLWOS専攻の生体兵器分野であるとはいえ、
『箱舟』改装計画の事を笑い話にする程の余裕は、もはや白き翼に存在しない。

LWOSが月から出て来る前に優位を得なければ、
白き翼の『流れ』は此処で途絶えてしまう。
マーズグラウンド・ゼロに於ける七大罪の欠損さえなければ、
LWOSの武力制圧も視野に入れていたかも知れない。 
執筆者…is-lies
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