リレー小説5
<Rel5.白き翼2>

 

  LWOS月面基地

 

元は月面都市の市長室であった其の部屋は今現在、LWOS所長バルハトロスの執務室として機能していた。
ファイルだらけの棚が並ぶ中、ぽつんとある机の上に飾り気の無い端末が一つという実に殺風景な部屋だが、
部屋の主たるバルハトロス本人は何ら寂寥感を抱く事も無かった。
どんな装飾品であろうと彼の心を埋めてくれはしない。
全ては所詮、器。
其の中身…決して目には見えないスピリチュアルな所にこそバルハトロスの求めるものがあった。

「…どうした?」

「実験体の逃亡です!あのサーヴァント類似検体が脳改造直前になって逃げ出しました!
 他10体程の実験体が一緒に脱出ポッドで地球へと…………所長?」

「……?…!ああ、コロニー連盟からの拾い物か。
 興味深い検体だった事は確かだが、今はどうでも良い。捨て置け」

バルハトロスは部下からの報告を殆ど聞き流していた。
センサーの入手という大快挙の前に他全ては色褪せて見えてしまう。
大敵であるSFESが滅び、目的であるセンサーを手にした事で、
バルハトロスの行動原理の大半を占めていた『復讐心』が鳴りを潜めていたのだ。
即ちSFESのヴァンフレムに対する劣等感、白き翼のリヴァンケに対する劣等感である。
勝利…
本来ならば最上の美酒となるであろう其れを、
実のところバルハトロスは素直に楽しめてはいない。
確かに最初は爽快だった。
SFESはトルに滅ぼされ、ヴァンフレムも死亡したという。
SFESの研究成果はLWOSのベリオムより劣るものであるという確信も持てたし、
白き翼に先んじてセンサーを独占する事も出来た。
だが…よくよく考えてみれば全てが成り行き…たまたまそうなっただけであり、
本当の意味で相手を…ヴァンフレム、リヴァンケを叩きのめし出し抜けた訳ではない。
そして現状で満足する訳にもいかない。センサーの入手など所詮は通過点。
真の目的の為の一過程でしかないのだ。

「其れよりも今はセンサーだ。
 フライフラット・エース…奴の解析はどこまで進んだのだ?

「凄い事になっていますよ。
 まず、あの少年ですが…肉体の全てが1人の人間を素材に再構築された作り物です」
「そして霊魂解析の結果、センサー素体の実年齢は30代半ばという結果が出ています」

「再構築だと?
 センサーは1から作られたものではなかったのか…だが何故態々そんな事を」

「恐らくルーラー…今やトル・フュールと呼ぶべきでしょうか?
 彼はセンサーに何か特殊な条件を必要としたのではないのでしょうか?
 詰まり、彼はトルに選ばれた特殊な人間ではないかと」
「1から造るよりも自然に人間社会へ溶け込み易くする為でしょうかね、興味は尽きません」

実験体の逃亡と言う一大事を伝えに来た部下は茫然と立ち尽くす他無かった。
LWOSが行っていたのは表沙汰には決して出来ぬ人体実験であり、其の実験体が逃亡するというのは大変危険な問題なのだ。
SFES程の影響力があるのならばまだしもLWOSは未だ其の域には至っておらず、
後援組織であるジェールウォント財団も代表ジェールウォント・カディエンスの行方不明で混乱が少なくない。
そんな状況の中に於いても目的以外に無関心なバルハトロスの態度に、部下は薄ら寒いものを感じる。

《所長、白き翼のリヴァンケ様がお見えになりました》

「来たか。通せ。
 くれぐれも気取られるな」

リヴァンケ到着の報を受け、バルハトロス達は気を引き締め直す。
LWOSと協力関係にある組織『白き翼』だが、決して其の仲は円満という訳ではなかった。
トル・フュールに到るという同じ目的を持つ以外には何から何まで水と油…
気長な監視に明け暮れるリヴァンケら白き翼と、
即刻センサーの確保を唱えるLWOS…というかバルハトロスの協調など長続きしようはずもなく、
結局、LWOSはドサクサに紛れてセンサーを確保し、白き翼をハブって調査を開始するという有様だった。
適当に相手して適当に協調し適当に美味しいトコだけ貰い、
併しセンサーに関わる一切合切から遠ざけ外様にしてしまおうという魂胆なのだが…

「センサーを発見した事を何故報告しなかったのですか?」

開口一番で心臓を撃ち抜かれたようなものだった。
リヴァンケの冷徹な…併し怒りを含んだ口調で放たれた言葉に、バルハトロスがしどろもどろになって誤魔化そうとする。

「…ばっ…何を……何を言っている…!?」

「下らない誤魔化しは結構です。
 …既にセンサーの調査も行っているというではありませんか」

言い逃れ出来る状態ではなさそうだとバルハトロスは頭を抱える。
何処で情報が漏れたのかと眉間に皺を寄せながら周囲の部下を見渡すも、
当然の如く部下達は一様に首を横に振って何も知りませんアピールを行う。

「バルハトロス所長…私はセンサーに関する貴方の判断を非難しに来た訳ではありません。
 寧ろ賞賛さえしています。
 あのままでは確実にセンサーもマーズ・グラウンドゼロに巻き込まれ消滅していたでしょうからね」

だがとリヴァンケは仮面より覗く眼光を鋭いものにする。

「ですが、このような不義理を働かれては…とても今後の協調路線を維持し続けられません。
 これは貴方にとっても不利益な話なのですよ?
 我々は一蓮托生…そう言ったのは他ならぬ貴方ですバルハトロス。
 『OX-96』治療法の目処はまだ立っていないのでしょう?
 LWOSと白き翼が協力し合わなければ、とても打開出来るような問題ではないと思うのですが」

「……」

「兎も角、今回のような事が繰り返されないよう、LWOSは白き翼より派遣される監視員を受け入れて頂きたい」
リヴァンケの隣に控えた白き翼の構成員2人が一歩前に出、一礼してから名乗りだす。

「リガルエ・アルトギーユ。LWOS監視員を拝命した」
「護衛のルトネシカ・リュクトヴァです」

焦げ茶色の顎鬚を蓄えた禿頭の男、銀髪ポニーテールの少女の2人だ。
リガルエと名乗った男についてはLWOSも聞いた事がある。
既に解散した先代白き翼最高幹部機関『五柱』の一員でもある超大物…
白き翼は、最高幹部である七大罪の大半がマーズ・グラウンドゼロに巻き込まれ行方不明となり、相当混乱しているのだが…
にも関わらず大物幹部を派遣するという…
其れだけ事態を重く見ているという意思表示なのだろう。

「…そうだな。勝手が過ぎた事を深く陳謝しよう。
 そして今後の協調路線に何ら変わりが無い事を、其の2人を受け入れる事で証明しようではないか」

バルハトロスにしては随分と大人しい対応だった。
流石に現状で白き翼と物別れしては、最悪敵対してしまいかねない。
センサー入手などという初期段階で新たな敵を生むのは無益という他に無い。
最終的にどうするかは兎も角、今はまだ利用できるのだからとバルハトロスは内心で舌打ちする。

「まだルーラーとの感応は行っていないのですね?」

リヴァンケの問いにバルハトロスが「当然だ」と首肯する。
LWOSと白き翼が求めるルーラー=トル・フュールへと到る道筋として、
トルに外界の情報を送信している端末『センサー』を確保し、
逆探知の要領でトルの居場所特定を試みる案が採択されている。
もしこれが可能であるならば、そう遠くない内にトルの所在を確認出来る事になるが…

「良いですか、センサーの調査に関しては現状のままLWOSに任せますが、
 ルーラーの追跡については然るべき時に我々が共同で行います。
 リゼルハンクを滅ぼしたというルーラーの力は決して単独でどうこう出来るものではありません。
 万全の準備を取った上で慎重な対応を行わねば、我々が一瞬で消し飛ばされるかも知れないのです」

神の如き力を持つ人ならざる者との接触に、
徒手空拳で挑む蛮勇はバルハトロスもリヴァンケも持ち合わせてはいない。
幸いにもトルの力に限界がある事を彼等は確認している。
現在の世界を監視しているトルの力は、AMFなどの魔力断絶で遮断する事が可能であり、
其の応用でトルからの逆探知対策などの安全策をまずは徹底させる事で、
LWOSと白き翼は方針の一致を見たのであった。
執筆者…is-lies

「貴方の読み通りでしたねカーデスト」

LWOSとの対話を無事に終え、スペースクルーザーの中でグラスを傾けるリヴァンケに、
モニターに映った青年…白き翼情報室の長・七大罪の一角たる怨念のカーデストが応える。
《…奴が…バルハトロスがセンサーの消失で意気消沈するような男じゃない事は良く知っています。
 絶対にセンサーを確保して秘密裏に事を進めているに決まっている》

バルハトロス・レスターは知っているのであろうか。
己の許を去った実の息子レギウェル・レスターが、今ではカーデストを名乗る白き翼の幹部となっており、
今尚バルハトロスに対して並々ならぬ怨念を抱いているという事を。

「事実でしたね。…ああ、LWOSはもう駄目ですね。
 とても協力関係を維持出来そうにもありません。
 保険を掛けておいて本当に良かった…」

《セレクタ…いや、今はドゥネイールですね。
 既にミルヒシュトラーセで彼等の活動援助を開始しています。LWOSのパージ(切り捨て)を早めても良いのでは?》

「…LWOSの持つ技術は惜しいが、協力出来ないなら邪魔なだけですしね。
 ですがセンサーは彼等の掌中…不本意でも今は関係を崩す訳にもいかない。
 やれやれですね」

《ですが監視員を置いた以上、そう好き勝手は出来ないでしょう。
 二人とも腕は確かですから消される心配もまずありません》

「くれぐれも監視を宜しくお願いしますよ。
 彼等LWOSが先走って下手にルーラーと接触しては何が起こるか解ったものではありません」
そう。トルとの接触は慎重に慎重を重ねて当たらねばならない。
だが『流れ』は其の様な計算の及ばぬ所で、
別の思惑を平気で動かし全てを押し流してしまう。
執筆者…is-lies
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