リレー小説5
<Rel5.セレクタ2>
セレクタ研究室…… シリンダーの中にはカーボネイト処理されて石のようになったネッパーの生首があるが、 もう以前のように情報を抜き出したりは出来ない。 脳が死んでしまった為、後は魔力や肉体を研究に利用されるだけだ。 前支配者の直属とはいえ、こうなってはもう見るものも無いのだが、 研究室の隅に追いやられた其れは、 ネークェリーハ捕縛作戦の直前に再びスポットライトを浴びる事となった。 「……これが前支配者の直属……ですか? 人間の生首にしか見えませんけれど」 ネッパーの遺骸に光を当てた張本人が呟く。 纏っているのはドイツ陸軍特殊幼年学校の制服である半ズボンの軍服。 服装通り、彼女……カタリナ・シュミットは年端もいかない少女なのだが、 其れでも生首を前にして無様に取り乱したり顔色を変える事も無い。 改造人間ではないとはいえ、ドイツ軍人として遺伝子レベルの選定を受け、 ドイツ結晶能力機関である祖国遺産協会(アーネンエルベ)で育てられたエリート中のエリート。 高々、この程度で狼狽えては純正アーリア人の名折れという訳だ。 「前支配者の直属ってのは、 前支配者から力を授かった下僕でしてな。 元人間というのも結構多いんですわ。 この、ネッパー・ブッドなんかは元々SFESの人間でしたが、 前支配者のヘルル・アデゥスという奴の甘言に乗って直属となったそうです」 セレクタ創立者ミスターユニバースが説明する。 いつも通りの軽薄かつ胡散臭い調子ではあるが、 ゴーグルの奥で細められた眼は、彼の苦渋を物語っている。 こんな予定はそもそも無かった。だが必然とも言えた。 腹の内を明かさぬままSFESと前支配者の追及に感け過ぎ、 支援者であるドイツが、とうとう痺れを切らせ強硬な態度に出たのだ。 セレクタに派遣された監視員カタリナ・シュミット…… 彼女を懐柔しようとセレクタ側も様々な手を打ってはいたが、 この堅物少女は誘惑の全てをけんもほろろに拒み、ドイツ本国へと報告を続け、 遂にはドイツ首相ムーヴァイツレン直々の命を受け「これまで入手した破滅現情報の提示」を要求して来た。 「(口尚乳臭あり。適当にダラダラしときゃ良いものを……)」 カタリナ……というかドイツは、 セレクタがSFES総裁ネークェリーハの捕縛ないし排除で満足し、 以後ドイツにマトモな協力をしなくなるのではないかと危惧していた。 これまで破滅現象対策を蔑ろにしてSFES&前支配者の追及ばかりやってきたのだから、 其のセレクタ評は概ね間違っていない。 「甘言……ですか? 一体、どんな条件を出されたら、 世界を崩壊させる尖兵になどなれるのやら」 「何でも、前支配者共は、 世界崩壊後に新世界を創造するそうです。 んで、直属には相応の地位を約束するとか」 「現世否定の宗教ですか? 思ったよりも俗っぽいですね。 ……其れを実際にやりかねない力があるというのが何とも……」 単なるビッグマウスならどれだけ良かった事か。 この前支配者と言う化物は実際に世界を滅ぼしかねない程の力なのだ。 そんなものを匿っているSFESは狂気の沙汰に違いないが、 曲がりなりにも暴走させずに置いていたのもまたSFES。 「さて、準備は出来たぞ。 そろそろ良いか?」 録画装置を弄っていたガウィーの言葉に、カタリナは「どうぞ」とだけ返す。 この部屋で録画されたネッパー尋問の様子を再生し、 破滅現象に関する情報を得ようというのだ。 まずネッパーの立場、ネッパーが前支配者の直属であるという事、 前支配者の誕生……神々の戦争と四凶なる前支配者と同等の超存在達についての情報が示される。 マクシマスの情報はカタリナも聞いている為、其れほどショックは受けなかったものの、 異界の魔王・前支配者の上に君臨する超存在が、前支配者の直属の口から語られた事実は軽くない。 そして映像は其の先、破滅現象への聴取に移る。 《ネッパーさん、破滅現象ってのは何です? どうやって起こしたんです?》 《前支配者『ゼムセイレス』様の御力『破壊能力』のほんの一部。 極小にまで分割したゼムセイレス様の精神分体を、 我々が活動地域に撒き、前支配者の意思一つで破滅させられる空間を多数設置した。 そして同じく前支配者『アウェルヌス』様が其の融合能力で、 人間共の航宙機101便のレーザー砲とゼムセイレス様の御力とを融合させた。 レーザー砲に込められたゼムセイレス様の御力が地球深くにまで達したと同時に、地球の環境そのものと融合。 大地や大気にゼムセイレス様の破壊能力を含ませ、地球そのものを破滅させられるよう計画したのだ》 《……ゼムセイレス……》 《地球を……か。これまたスケールの大きい奴が出て来たな》 《……で、どうやったら破滅現象を止められるんじゃ?》 《止められるも何も、ゼムセイレス様を含めた前支配者が全員SFESによって封印された今、 前支配者の意思も途絶え、破滅現象は自ずと沈静化してしまうだろう。 だがSFESには前支配者に与する『ライズ』という男がいる。 奴は同志である直属・藤原と、サリシェラとかいう小娘を使って、 前支配者が封印されたカプセルを奪取し、我等に献上すると約束した。 くく……前支配者復活の日は近い。 そうなれば最早、何者にも破滅現象による地球崩壊は防げまい……》 《は? ライズがぁ?》 《……ワシの私見じゃが、100%ホラじゃな。 ライズめ、恐らく前支配者を封印された直属達が暴走せんよう、 言い包めておったんじゃろう》 「破滅現象は自ずと沈静化…… ほほぅ……成程、成程」 カタリナが喜色を露わにする。 「……言っておくが、客観的な情報は得られんぞ。 このネッパーが素直に喋ればひり出てくるであろう情報に過ぎん事を忘れるな」 ごとりん博士が一応、釘を刺すも、 傍から見ても苦しい言い分である事は変わらない。 「ですが前支配者直属の言葉です。 信憑性は高いのでは?」 そう。デルキュリオス発、『青』経由の「前支配者の封印」情報だが、 後に『青』とエドワードによりSFESのアヤコ・シマダからも肯定され、 そしてネッパーという前支配者側の人間からまで裏が取れてしまったのだ。 もう確実としか言いようがない。 そして其処に付随した「破滅現象沈静化」の情報こそドイツが求めていたもの…… この情報を得たドイツが、今後もセレクタに便宜を図るとは到底考えられない。 「(まずったかぁ? ……まぁ頃合いかも知れませんがね)」 セレクタとしても、ドイツという協力者の喪失は惜しい。 だが敵……SFESは謎の崩壊、前支配者は封印状態。 真正面からやり合う予定だったというのに、勝手に敵が酷く弱体化してしまった。 火星帝国との繋がりも強まったし、此処でドイツが抜けても別段問題ないかも知れない。 だからユニバースも、次にネッパーが口にする情報についても止めなかった。 《…いや、地球崩壊を防ぎ得る輩がまだいたな。 可能性があるとすれば『四聖』だろう》 《「『四聖』? まぁ……想像はつくな。 『四凶』と戦った側の切り札か?》 《そう。『四聖』は光なる神々の創造物。 だが『四凶』による汚染を受け瓦解した上、『玄武』『朱雀』の2体は『神域』へと去った。 この世に残ったのは『青龍』『白虎』だが、 『監視する白虎』以外は特に気に掛ける程でもないだろう》 神代の怪物の使徒より齎される神代の情報。 其れを理解するには彼等はあまりにも無知過ぎた。 何百万年以上も前の……恐らく火星の……歴史など知る者さえ居ない。 結局、この人外の話を鵜呑みにする他無く、 真の無知には選択肢一つ与えられはしないのだった。 「……これはムーヴァイツレン閣下に急いで報告しなくてはなりませんね。 有難う御座います、セレクタの皆様。 ホントにこの人達、地球救う気あるのかなーとか、 心の中で詐欺師だのイカサマ野郎だの罵っていたりしましたが、 感動しました。まさか本当に有益な情報を持って来れたとは……」 何か感涙を滂沱の如く流さんばかりの勢いで感じ入っているカタリナに、 ミスターユニバースが朗らかな笑みを浮かべつつ言った。 「はっはっは、張っ倒して良いですか?」 今後、ドイツはセレクタから離れて破滅現象の現地調査に重きを置くだろう。 もしかしたら『四聖』なる遺物の調査をセレクタに依頼する事もあるかも知れないが、 正直、望みは薄いだろう。 ネークェリーハ捕縛作戦の参加も見送るかも知れない。 前支配者の直属から情報を得た彼等からすれば、 最早、SFESの後処理になど興味ないに違いない。
執筆者…is-lies