リレー小説5
<Rel5.リヴァンケ1>

 

 

 

  ハボローネ条約機構、アジンガ帝国。

 

ハボローネ条約機構……
中東から流入して来たイスラム過激派に対抗すべく、
ボモディモ共和国とナミビア共和国が中心となって結成した国家連合体である。
とはいえアフリカは広大だ。
ボモディモやナミビアのような協調性を持った国家ばかりだったのならば、
旧世紀の白人支配にも多少はマシな抵抗が出来たというものだ。
はした金で容易く売国奴となる貧民、
暴力と殺戮と美食の宴に酔う支配層、
肌の色どころか生まれた家で命の価値を決める差別主義者、
結局、マトモな連携を取れぬまま、じわじわとイスラム過激派が南下していくのを眺めるばかり。
其の生殺しの感覚は、このアフリカの地の民にとっては、酷く馴染み深い物だった。
激しく照り付ける太陽の光で生きながらにして蕩け、
乾いた大地に吸い込まれ奈落に落ち行く、其の感覚。

《諸君らは知っているはずだ!》

ハボローネ条約機構最大の問題児とされる失敗国家アジンガ帝国。
アフリカに並み居る暴君・暗君どもをブッちぎりで超越した最強のキ印……
女王『ガウア』の治める脳死判定国家の真っ只中で其の演説は行われていた。

《我等の大地は怠惰なる者に生存の権利を許す程、寛大ではないと!
 今、手に武器を取って戦わない者に明日など訪れはしないのだと!》

拡声器から流れるのは流暢なウンブンドゥ語。
一拍子於いてから内容をキンブンドゥ語、キコンゴ語に翻訳されたものが順次に流される。
公用語であるポルトガル語はそれらの後だ。
粗相をした村人の一家はおろか村の全員を連座で惨たらしく処刑。
滝のように流れる血のシャワーを恍惚と浴びる様はアフリカのバートリー。
齢80を迎えて尚お盛ん且つ異常の極みとでもいうべき性欲は、
カマキリの雌を彷彿とさせる連日のイケメン虐殺ックスで解消。
こんな事をしていては国など成り立つ訳もない……
……というのは滅亡の脅威を知らない人間の弁だ。
女王ガウアの振る舞いを黙認する程……民衆は彼女以上に『外』を恐れていた。
破竹の勢いで南下していき次々とアフリカ諸国を制圧していったイスラム狂信者達を恐れていた。
支配地の人間達にイスラム法への服従を誓わせ、
歯向かえば娯楽か何かのようにヴァリエーション豊かな処刑方で、苦しみ苦しみ苦しんだ末に殺される。
服従すればしたで、次は聖戦士として教育・苛烈な訓練……最終的には仲間殺しが課せられる。
イスラム狂信者の所業は、アフリカのほぼ全土を震え上がらせていた。
其処に来て女王ガウアはイスラム狂信者の攻撃にも果敢に立ち向かい、
策略を以て帝国に勝利を齎したのだから、其の才覚は本物であったと言わざるを得ない。
後はもう少しマトモな人格をしていれば円満解決だったのだが、其れは論じても仕様の無い事だ。
結局、民はイスラム狂信者よりはマシという理由で女王ガウアの支配を受け入れていた。
……今日、この日までは。

《確かにガウア女王は天才だった。
 だが要は、彼女に頼らない程の力があれば良い話だったのだ。
 そして我々は既に、其の力を得ているっ!》

往来の真っ只中に廃材やらを使って即興で建てられた演壇の上で、
扇動者が拡声器を持ったまま右腕を真横へ振るうと、
其の傍らで一歩退いて並んでいたローブ姿の一団が前に出る。

《彼等こそは、白き翼を備えし天よりの使者『インヨニ・イェズル』!
 諸君らの故郷を暴帝ガウアの圧政から取り戻す為に助力してくれる!
 彼等の力は諸君らも見ての通り
 ガウアの誇る忠実な手先である秘密警察ミカシを一蹴だっ!》

見ての通り。
演壇の下は阿鼻叫喚。
オイルをたっぷり入れたタイヤを首に嵌められた上で着火され、
火達磨状態でのた打ち回りながら民衆にダメ押しのリンチをされている秘密警察ミカシの面々が、
一人、また一人と今までの憎悪を存分に晴らす生贄として肉の塊に加工されていった。
同情する者など誰もいない。
正に彼等が今まで民衆にやってきた事を、そのまま返されただけなのだから。

インヨニ・イェズル……
天国の鳥を意味する名の一団は、
つい先程まで此処で見せしめの処刑に精を出していた秘密警察ミカシを瞬く間に制圧……
しかも奇襲などではなく堂々と姿を現した上で、真正面から数に勝るミカシを畳んでしまった。
其れも当然といえば当然の結果だ。
……彼等は今は名を伏せられた組織の一員。
後に『流れ』の最先端の、更に一部は頂点の一角にすら君臨する精鋭達である。

《さあ、武器を手に取れ!
 ガウアはS-TAとの和平交渉材料として生贄を選定中と偽り、いつものお楽しみタイムを満喫中だ!。
 奴の悪政を打破できるのは今を於いて他にない!》

演壇に立つ扇動者……仮面の男リヴァンケの声は、
民衆達の、解放への熱狂を帯びた雄叫びに飲み込まれた。
執筆者…is-lies

 同刻
  ハボローネ条約機構、オムロギ共和国、
  南アフリカ軌道エレベーター『キリニャガ』。

 

火星との航宙機往来が開通したばかりのハボローネ宇宙ステーション『ンガイ』と、
この南アフリカ軌道エレベーター『キリニャガ』の成立要因として、
アメリカ合衆国を代表とする国家の著名な結晶研究機関による大規模な支援が大きな割合を占めていた。
アメリカの結晶兵器開発集団ジュブナイルA、
日本の魔法学院、トードストール王国のドクターM研究所。
エーテル先進国とされる三国の支援なくして、この軌道エレベーターも宇宙ステーションも無かったといえる。
エレベーター基幹部である宙港内の混雑は当然のものだ。
何しろ南アフリカと海を挟んだ南極にS-TAという、非常に好戦的な武装集団が興ってしまったのだ。
しかもS-TAは、様々なものを遠距離に召喚する。
人類混乱期から出現しだしたエネミーという敵性生物を街中へと多数召喚したり、
何処からともなく瞬間移動するようにミサイルなどを放ってくる。
何の前触れも無く突如として領空内に出現したミサイルを、
迎撃する事も出来ずに食らって甚大な被害を被る……そんな国家が次々と出ているのだ。
このハボローネも時期そうなるかも知れない。
もしかしたら地球全域がS-TAの攻撃範囲なのかも知れない。
となれば火星の脱出に人々が走るのは自然な流れでもある。
実際、其れは正しかった。
S-TAを支配する覇王アデルは、
和平を求めたハボローネ条約機構に対し、寧ろ攻撃を指示したばかりなのだから。
だが現在の実情はというと違う。
S-TAによる攻撃は攻撃でも、直接的な武力ではなく、
元々アフリカ内にいた革命的反政府勢力への援助、扇動……其れだけ。
S-TA幹部でありアフリカ攻撃を買って出たリヴァンケの目的は、
アデルが求める人種戦争染みた野蛮なところになど無かった。

ケニア山の頂に設置された軌道エレベーターは、
其の下部のホールからでもアフリカの雄大な景色を一望できた。
其れはS-TAの光景にも似ていた。
アフリカでありながら氷河を戴くケニア山一帯は、
正に……彼の所属する極寒の南極国家に良く似ている。

「……では『ルーラー』の反応を確認できたのですね」

「はい。前支配者の力を検知したものと思われます。
 併し予想通り、前支配者が半ば能力を制限されていた状態だった為、
 直接出て来る事も、『裁定者の鉄槌』を下す事も無く、
 『神の目』を前支配者に集中させて情報収集するのみに留めた様子です」

「充分です。
 不完全とはいえ前支配者の復活でルーラーは反応した……
 これからマハコラが遺産を次々と復元させるにつれて、
 ルーラーの動きも顕著になっていくでしょう」

周囲の喧騒も何処吹く風。宙港ターミナル内のカフェで寛いでいるのは、
このアフリカの騒動を生み出している……
少なくとも同時刻にアジンガ帝国でアジテーションしている張本人である筈のS-TA幹部リヴァンケであった。
だが其の姿はというと全身を修行僧のローブですっぽりと覆った上で軽く変装までしている。
そんな彼の背後の席に座って背中合わせの状態で会話しているのは、
S-TAの何処にも所属しておらず、存在も知られていない男……リヴァンケの個人的な部下であるリガルエ・アルトギーユだ。
……そう、リヴァンケの目的は……このアフリカまで態々出向いた目的は、
アフリカ攻撃などではなく、其れを口実にアフリカ軌道エレベーターに乗る事だった。
S-TAの誰にも知られる事無く一時的に地球を脱し、火星へと出向く必要が彼にはあった。

「ですが一番手っ取り早いのは、やはり前支配者ですか。
 前支配者の制御を外してやるだけで、ルーラーを誘き出せる可能性が高い……
 今は所在不明との事でしたね? 捜索は密にお願いします」

「いえ、総帥。
 其れが……前支配者の力に頼らず、ルーラーを引き出せるかも知れません」

「……其れ程の?」

「はい。
 最新の報告によれば、
 件の『遺産』は、やはり『ルーラーの欠片』である可能性が高く、
 エンパイア時代の遺物の中でも最大級の代物と推定されます」

「……結構。
 成程。其れでこそ私が出向く価値があるというもの。
 遺産の知識を継承した者達を中心に部隊を組んでおきましょう。
 此方は貴方に任せますよ。上手くS-TAを誤魔化しておいて下さい」

「はい。
 現在『影武者』がアジンガ帝国で活動中です。
 ハボローネはおろかヨハネスブルグを除く全てのアフリカ国家で、
 大なり小なり武力蜂起が起こっております。
 成果は充分。S-TAも怪しまないでしょうし、『影武者』を見破れる人間もおりますまい」

「……影武者に使わせている、あの『ベヒモスのマガタマ』ですが、
 現状、術者に負担が掛かり過ぎます。くれぐれも長時間の使用は避けさせるように」

「はっ、承知しております」

「完全適合できる人材さえいれば……ふっ、そう簡単には見付かりませんか。
 ……まぁ良いでしょう。
 此方は盛大に……S-TAの目を眩ませる程、賑やかにお願いしますよ」
リガルエは胸の内で一礼すると、静かに席を立って会計へと進んだ。
残ったリヴァンケは携帯端末を取り出すと、ハボローネの大手動画投稿サイトへと接続する。
やがて黒人のウェイターがリヴァンケのテーブルに料理を持って来た。
テーブルの上に、チャパティ、ギゼリ、ティラピア魚のシチューといったオムロギ共和国の伝統料理が次々並べられるが、
ふと、ウェイターの手が止まる。
リヴァンケの持つ携帯端末を覗き見して其の顔を顰め、そそくさと其の場を離れた。

リヴァンケは一顧だにしなかった。
隠すようなものではない。併し一般人からすれば刺激の強い代物だ。
携帯端末に表示されているのはアジンガ帝国の成り行き。
影武者によって扇動された暴徒達によるリアルタイム配信……
贅を尽くした王宮は焼かれ、女王ガウアの首は槍の穂先で高々と掲げられ嘲罵に晒されている
降伏した側近達、親衛隊達はひたすら亀の様に縮こまって暴徒達の打擲に耐えているが、
恐らく彼等が生き残る事は出来ないだろう。
暴徒達が見るからに燃えやすい枯れ木や廃材を集め始めた辺りで、リヴァンケは静かに天を仰いだ。

「……」

リヴァンケには何を引き換えにしてでも叶えねばならない願いがある。
其の為に汚い卑劣な事も数え切れぬ程行ってきたし、これからも行っていく。
S-TAに所属しているのも、其のS-TAをも欺いて行動しているのも、
全ては『楽園』へと至る為。
『彼女』『彼』と再会する為。
其の為に必要だからこそルーラーなどというものを舞台に引き摺り出そうとしている。
もし、其の存在をS-TAが知ったのならば、リヴァンケの正気を疑うだろう。そして手段を選ばず抹殺しようとするだろう。
其れ程までに危険であり……この世界そのものに影響を与えかねない行動なのだ。
これに比べればアデルがやろうとしている、人種の根絶やしを目的とした戦争ですら児戯にも等しいと断言できる。
詰まるところ、リヴァンケの物差しは殆ど彼以外の全人類にとって理解不能な代物であり、
リヴァンケは其れを理解していながら躊躇せずに世界の危機を招きかねない道を選んだ。
狂人の思想……
その様に断ずるのも容易い。
併しこれは同時に、共同体の大半が許容可能であっても、極少数の許容不可能な人間がいるのと同じ事でもあり、
其の少数の為に大半が変わらねばならない事例は事実として存在している。
其れは社会というものだ。
だが完全ではない。
全体を捻じ曲げようとする個は、全体に対して責任を負わねばならない。
個を捻じ曲げようとする全体は、個に対して責任を負わねばならない。
そこまでやって初めて忠誠・献身を求める事が出来る。
一人は全ての為に……そして全ては一人の為に。
どちらが欠けようが歪な形にしかならない。
どちらが欠けようが都合の良い側の勝手な理屈にしかならない。
そういう視点で見るのであれば……
リヴァンケは……彼は……
「おお〜! 地球や! 久々やな〜!」

馬鹿でかい声がカフェ内に響き渡る。
周囲の客はおろか厨房から黒人コックまで何事かと出て来るほどの声量に、
流石のリヴァンケもちらりと声の主に視線を向ける。何処の山猿だとばかりの心境で。
其処には赤ん坊を抱く中年の男がいた。
此処では珍しい東洋人。白いポロシャツに白髪の白尽くし。
年は兎も角、見るからにエネルギッシュで壮健な中年である。
其の直ぐ後ろで「声が大き過ぎるよ」とか何とか言って狼狽えている若い男女。恐らく夫婦。
大型のキャリーバッグを持っており、一家で旅行しに来たといった風情。
「……うん、混雑しているけど思ったより治安は良いみたいだね。
 確かアメリカが護衛してくれてるんだっけ?」

続いて入店して来たのは金髪オールバックの白人男性。
先の日本人よりは若めの中年で、小振りのタイにセンスが光る。
其の隣にはゴシックロリータ染みた格好の5歳位の幼女が手を引かれていた。
どうも先の一家の知り合いらしい。

「(……こんな時期に家族連れで……
  間が悪いというか、危機意識に欠けているというか……)」

マウンテン・ケニャ・ティーを一啜り。
リヴァンケとしても思う所が無い訳でも無い。
ハボローネに更なる混乱を齎したのは他でもないリヴァンケ自身だ。
この平和ボケしたような連中に憐憫の情くらいは禁じ得ない。
だがS-TAの存在は知らない訳がないし、
地球そのものが危険であるという認識は持って然るべきものだ。
結局、死なざるを得ないが故に死する者なのだ。
アジンガ帝国もそうだ。
リヴァンケが何をしようがしなかろうが遅かれ早かれ崩壊していた。
其れを自分の都合の良いよう、一足先に早めたに過ぎない。
(今更、このような下らない物思いに耽るとは……
  私も老いたという事でしょうかね)
外見の上では20代後半にしか見えないリヴァンケは、
其の実、自分の精神の加齢をそう表現した。
そしてカフェの壁時計を一瞥、もうそろそろエレベーターの準備が整う頃だと、
料理を軽く摘んでから会計を済まし其の場を後にした。
……彼に自覚はないが、
会計へ向かう際にすれ違った先の旅行者集団は、
リヴァンケの胸の内に半ば埋もれた、日々激務に忙殺されている彼にとって甘美に過ぎる記憶を呼び覚ましていた。
家族。
今此処で思い出してしまえば、振り向かずに進むと決めた足さえ動かなくなりそうな記憶を、
再び心の奥底へと追い遣るようにしてエレベーター搭乗ホールへとリヴァンケは向かうのだった。

 

 

 

其の場を後にしたリヴァンケは、
先の家族の会話など聞こえないし、
彼らを出迎えに訪れた人物についても知る事はなかった。

 

 

 

「じゃあ……暫くは故郷でゆっくりさせて貰いましょか」
「ポーランドは初めて行くから楽しみや。
 ハボローネはどうせ4年後にまた来るから、さっさと故郷に案内せぇや」
「……出迎えに遅れてしまったかな。
 地球にようこそ、
 ミスター・ニカイドウ ミスター・シュヴァンクマイエル
「こりゃおおきに、春栄さん。アンタも相変わらず元気そうやな!
 何か前に会うた頃と全然変わってへんのとちゃうんか?」
執筆者…is-lies
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