リレー小説5
<Rel5.リゲイル2>

 

 

パラシュートで減速しながら、リゲイルは白雪の上へとゆっくりと着地する。
用済みとなったパラシュートの留め具を外しすぐさまその場を離れると、ホルスターから拳銃を抜いて構え、周囲を見回す。
光学ステルスは未だ有効であるが、先の狙撃手の件もあって、視認出来ないという事は何の気休めにもならない。
大きな音を立てぬよう最新の注意を払いながら、
リゲイルは周囲の建物の屋根から屋上まで丹念に観察しつつ、壁沿いに移動していった。

 

スヴァローグ研究所は島南側の半分近くを占める大型の研究施設であるが、その規模に反し、
軍や政府においてもその内情を知る者は非常に限られており、謎が多い。
上空から見ると横長のT字型をしており、南側に港湾施設と発着場、
西側に電源施設と監視塔、東側に本棟と研究棟が存在し、東端には大型の格納庫が置かれている。

直前に偵察用無人機によってもたらされた情報によれば南区域は兵の配備が薄く、敵戦力の多くは西と東に集中していた。
その為、ナシャ・パベーダが先行して研究所へと空挺降下、少数の遊撃部隊が東区域へ侵入し囮となって時間を稼いでいる間に、
残りの戦力で西区域に対し集中攻撃を仕掛け、電源施設と監視塔を制圧。
研究所全体の機能を麻痺させた後、南区域の港湾施設及び発着場を確保し後続する海軍の上陸部隊の為の橋頭堡を築き、
合流してきた上陸部隊と共に東区域へと総攻撃を仕掛け、物量をもって反乱部隊を制圧するという作戦が立てられていた。

それ故、東区域に潜入する遊撃部隊には最低でもニコライ率いるセンチュリオンズを相手取りながら、
対抗までは行かずともその猛攻を掻い潜り撹乱し、出来る限り時間を稼げるだけの実力者が必要とされていた。
また同時に敵方がその裏を掻いて別の区域に戦力を配置する可能性を想定し、
最低でも西区域には相応の戦力を投入する必要もあった。
その為、反乱に参加しなかったセンチュリオンズ――リゲイル、ルージェント、ユヴァヤら3名の内から1名を、
西区域の制圧部隊に回す事で、万が一の事態が発生した場合に対しての備えとする事になった。

無論、この程度の戦力でどうにかなるなどと誰も考えてはいない。敵の事は自分達が一番良く知っているのだから。
しかしながら戦力の過半が反乱によって離脱した現状ではこれが限界であった。
あまつさえ、現在のナシャ・パベーダは反逆者を出した能力者部隊という汚名を背負っている。
ロシアのお国柄を考えれば、作戦のバックアップはおろか、寧ろ捨て駒として使い潰される危険の方が大きい。
現に作戦立案の段階よりナシャ・パベーダは各方面から掣肘を受け、その活動は著しく制限を受けており、
こうして光学迷彩を用いた降下作戦を行う事が出来た事さえ、最早奇跡と言っても過言ではなかったのである。
執筆者…鋭殻様
軍人として洗練された考えを持つリゲイル達は割り切っているが、
相手が元ナシャ・パベーダであるという今回の作戦については流石に毒の一つも吐きたくなる。
生半可な装備や人員で止められるような相手ではない事を知りつつ、尖兵であるリゲイル達の事すら信用出来ずにいる上層部。
勝てる勝負にだって勝てやしない。
これに、世論を無責任に煽るマスコミと無思慮に叫ぶ国民が加われば末期と言って良い。
とはいえナシャ・パベーダとしての矜持もある。命令に従い最善を尽くさねばならないのだ。
ユヴァヤもルージェントも既に行動を開始している。
遅れてなるものかとリゲイルは慎重さは其のままに歩みを速めて行く。
やがて銃声や怒声といった戦場の空気が強まる。
どうやら先行したメンバーも中々張り切っているようだ。
リゲイルはそんな勤勉な仲間の姿を、施設すぐ傍に停めてある雪上車付近で目撃する。
先の狙撃によるものか、応急処置を受けたらしいナシャ・パベーダの猛者達が敵と交戦していた。

「(こいつらに関しては、交戦への影響は然程無しか。
  やはり…致命傷を避ける様な所ばかり狙撃されたようだな)」

超長距離からの狙撃を難なく行える敵が、まさか手心を加えている訳でもあるまい。
考えても答えが出るようなものではないが、
ひとまずリゲイルは「生かさず殺さずにして手当に人員を割かせる策」と看做し、
友軍に助太刀すべく雪上車へと駆け寄るものの…

大口径ライフルと思しき射撃音と同時に、目の前の同僚が倒れる。
武器に掠っただけらしいが其れでもショックの為、すぐに戦闘継続を出来るような状態ではなかった。
降下中の部隊を襲った狙撃手を警戒していた為、反射的にリゲイルは直ぐ近くにあったコンテナの陰へと隠れる。

「隠れても無駄だぞ愚かなるリゲイル中尉ぃいい」

聞いた声に動じる事無く慎重に、銃撃のあった施設の奥…雪上車ガレージの方を見遣ると、
ライフルを構えながらサディスティックな笑みを浮かべた男が出て来るではないか。

「華麗にして荘厳にして高貴なる大ヤロスラフ卿の御出座しだ。
 愚昧な尉官風情が頭が高いぞ、控えろ。平伏せ。靴を舐めろ。
 何をしている愚か者、早くし…」

パララララッ!

「え?あ……ぎゃー」

リゲイルの放ったアサルトライフルの弾丸が、ヤロスラフと名乗った男の額を撃ち抜いていた。
頭部の内容物をブッシューっと噴き出しながら、何をしに来たのか解らないままヤロスラフは即死した…

「じゃなあぁああいッ!!何をするか愚か者ォ!?」

…ら面白かったのにと舌打ちするリゲイル。
弾丸はヤロスラフの足下へと撃ち込まれ、単なる牽制に留まっていた。

「誰かと思えばヤロスラフ少佐殿じゃあないか」

リゲイルは嘲るような口調で『少佐殿』と強調して言う。
このヤロスラフ・スタルク元少佐は、
親である政府高官のコネで強引にナシャ・パベーダへと入隊した場違いな男であった。
大した実力がある訳でもないのに度々ナシャ・パベーダの活動に口を挟んでは混乱を起す上、
親の七光りでニコライ元大佐に匹敵する権限を持つ、嗜虐的で傲慢というボンボンの最悪進化系であった。
当然の如く隊内での信望などあろうはずもなく、最大の問題児として通っていたのだ。

「親の七光りが、肝心要の親さえ敵に回してどうしようってんだ?」

「愚か者。愚問である。
 あのような愚かしい低脳が親であるなどという悲劇…!
 私を高がナシャ・パベーダの少佐にする程度の力しかない!
 其の様なもの七光りでも何でもない。当たり前にすら届いてはいないのだ!
 せめて…私に最低限相応しい将軍…!この程度も満たせぬ!いと愚かなり」

ごめんちょっとなにをいってるのかわかんない
リゲイルの心境は其の一言に尽きるのだが、ヤロスラフは尚も続ける。

「そもそも私が愚物の下にいるなどという愚かしい現状こそ是正されるべきである。
 そう…高貴で偉大なる比肩する者無き私こそが帝王に相応しい。
 あの愚かで下劣で凡愚の暗愚が大統領などという誤謬、
 エカチェリナ家やオーディア家のような、なんちゃって成金が大きな顔して皇帝気取りという誤謬、
 …私が現政府を転覆させ其の全てを正してやるというのだ!有難く思うのだな、てーへんの愚者共!」

「帝王ってお前…身の程を少しは考えてみろよ。
 高がボンボンがどうやってロシア帝王になるってんだ」

「プークスクス!愚かなる愚考なり愚昧なリゲイル!
 ロシア帝王などという愚劣な矮小など願い下げよ!
 私の最終目的は『宇宙の帝王』だ!
 地球国連は当然、月のLWOSも火星のレオナルドも私の前に平伏すのだぁああ!!」

「…もう付き合いきれん」

「愚かな愚民達の中でも取り分け愚劣な底辺の愚か極まりないリゲイルよ。
 お前には…私が宇宙の帝王となるまでの階段の最初の一歩…足場になる事を命ずる!」
ヤロスラフが手にしたライフルを放ってコンテナに無駄弾を注ぎ込む。
コンテナの強度的に問題は無いのだが、此処でヤロスラフ如きに時間を取らされるというのも愉快ではない。
単調なライフルの射撃間隔を見切り、反撃に転じる。
既に其れが罠だった。
此処でヤロスラフが出娑張る意味を考えるべきだったのだ。
ヤロスラフ隣からの精密狙撃がリゲイルを待ち構えていた。
馬鹿のヤロスラフで相手を油断させたところで、
先程降下中を狙ってきた件の狙撃手が迎え撃つ。そういう段取りだったのだ。
「ざまぁあああ!!!糞愚かしぃい!!
 其の愚挙こそ貴様が愚か極まる下愚な愚連隊に過ぎん証明であーる!
 愚鈍な衆愚の中でも凡愚且つ愚痴愚昧なる分際で、このヤロスラフを愚弄した報いを受けよぉおお!」
執筆者…is-lies
「ッ!!」
直感的に白雪積もる大地を蹴り、間近で響く銃弾の飛翔音を耳にしつつ、滑り込むようにして雪上車の陰へと飛び込む、が。
「無駄だァッ!!」
ヤロスラフの声と共に、再び銃声。同時にリゲイルも車体の陰より飛び出せば、雪上車ごと撃ち抜き銃弾が間近に迫る。
「チィッ……!!」
跳躍しつつ空中で身体を捻り体勢を崩す事で回避。そのまま受け身を取りつつ着地する。
起き上がりざまに前方を見渡せば遮蔽物は少なく、あったとしても到底銃弾から身を守れるサイズではない。
――と、数秒にも満たない現状確認をしていると、再び発砲音が鳴り響く。呼応するようにリゲイルも飛ぶ。

こちらの動きが予め判っているかのような射線を描き次々と飛来してくる銃弾。
側転、跳躍などを織り交ぜた縦横無尽の回避動作に、それでも駄目なら身体を捻ってでも射線から身体を逸らす。
狙撃と言うには余りに発射間隔が短過ぎるそれらを、リゲイルは紙一重の所で回避してゆく。

「(――この距離で、なんて際どい所を撃ってきやがる……! 一体何者だアイツは……!?)」

能力者特有の超人的な身体能力――しかもセンチュリオンであるリゲイルの――を持ってしても回避は紙一重。
それ程の狙撃技術を持ったナシャ・パベーダ隊員など、リゲイルの知る限りでは敵味方のどちらにも存在しない。
そもそも、これ程の狙撃の技量を持っている隊員であればとうの昔にセンチュリオンに抜擢されている。

「(これ程の狙撃手を用意してたって事は……
  ニコライめ、立て篭もるのも含めて随分と前から計画を練ってやがったようだな、畜生が……!)」

部隊の指揮を執る裏で着々と自分達を裏切る準備を整えていたかつての上司に内心毒づきながらも、
足を休める事は無く飛来する銃弾を右へ左へ上へと回避、少しずつ距離を詰めてゆくが、ヤロスラフと狙撃手の許へはまだ遠い。
現状は未だ相手の間合い。撃てば弾は届くだろうが、当たるかは極めて疑わしく、その為に隙を生じさせる気には到底ならない。
かといってこのまま回避を続けていてもジリ貧になるのは目に見えていた。
(……初っ端から面倒な事になるとは、大戦以来だな、全く……!!)
執筆者…鋭殻様
「ええい、小娘ッ! あのような雑兵一匹に何を手こずっている!?」
リゲイルが回避に全神経を集中している一方で、狙撃手の少女は非常に苛立っていた。
原因は言うまでも無く先程から隣で喚いているヤロスラフである。ただでさえ先の降下部隊への迎撃の件でで苛立っていたのだが、
更にこの誇大妄想狂のお守りを押し付けられた事でその苛立ちは頂点に達そうとしていた。
幾ら敵を油断させる為とは言え、この男はあまりに傲慢で、口喧しく、そして目障りだ。
しかし彼女はそんな不満はおくびにも出さず、喚くヤロスラフを無視して銃爪を引き続ける。

「キサマ、何とか答え――」
「我々の目的は足止めです。お忘れですかスタルク少佐」

無視を決め込もうとしたその態度に激発しそうになったヤロスラフへと、冷ややかに言葉を叩き付ける。勿論狙撃姿勢を崩したりはしない。
言葉に詰まったらしいヤロスラフの姿を横目に認めると、反論を前もって封ずるべく更に言葉を続ける。

「それに宜しいのですか、ひと思いに殺してしまって。少佐は宇宙の帝王とやらになられるおつもりなのでしょう?
 そのような御方を軽く見た男をただ撃ち殺すだけで済まされるなど、温情が過ぎると思われますが」
執筆者…鋭殻様
「むぅ、其れもそうだな。
 よぅし下愚なりに頭を使ったな小娘。
 愚かなリゲイルの愚かな命を奪うような愚かしい真似は控えよ。
 攻撃は両手両脚に留めるのだ!」

「……」

勝手に無茶をホザくバカに脳が煮え立つ想いを禁じ得ない少女。
確かに彼女の技量は卓越している。今のオーダーにしても本来なら難無くこなせる。
だが今回の相手はナシャ・パベーダの精鋭…リゲイル・エックハルト。
現に紙一重とは言え彼女の放った弾丸は悉く回避されているのだ。人間業ではない。
此方が超人ならば相手も超人…其処まで手を抜く余裕などありはしない。

「併し解らん。
 ニコライは何であのような愚かしい雑兵達を生かしておくのだ?」

呼び捨てにするなバカと内心で舌を出すものの、
其の疑問に付いては彼女も同意だった。というかついさっき同じ事をニコライ大佐に問うた。
結局はぐらかされてしまった悶々が再び再燃してしまう。
元々ナシャ・パベーダでも何でもなかった彼女が、このような戦場に身を投じているのは、
偏に己を認め、拾い、生きる術を叩き込んでくれたニコライ大佐への感謝と尊敬の念あってのものだ。
ニコライ大佐の計画も知らされているし、其れを全力で支えようと決意もしている。
だが…どうもニコライ大佐は彼女にも何か隠している様子で、計画には彼女が窺い知れないものがあった。
自分は認められているはず。にも関わらず何故…
其の様な思考…感情の乱れから成る隙を戦士としての決意で押さえつける狙撃手の少女だったが、
リゲイル・エックハルトにとっては其の程度であっても、活路を見出すに充分な間隙となった。
「!」
其れなりに距離はあったはず。
だが其の全ては、一呼吸の間に踏破され、隣に居たヤロスラフの顔面にリゲイルの靴底が減り込んでいた。
詰まり…彼女との距離も最早ゼロ。
まるで時間を止められたとしか思えないような一瞬の出来事である。

(ガキだと!?)チィ!」
すぐ側に置いていたサブマシンガンに手を伸ばす少女だったが、
其れを撃つより早く、リゲイルのチョップが彼女の腕の関節に叩き込まれていた。
……ぐっ!
本当なら始末しているところだったが、
彼女はあまりにも幼かった。13、14…其の辺りの少女を躊躇い無く殺せる域にリゲイルは居なかったのだ。
とはいえ命のやり取りを行う場で油断をする程、甘くもない。
少女の戦闘能力を奪ったと同時に、次は意識も奪うべく首筋目掛け手刀を打ち込まんとする。
…後、ほんの僅かな時間があれば其れも出来ただろうが、
其処まで巧く有利を得れる程、敵もまた甘い相手ではなかった。
ユディト准尉、御無事ですか!」

敵の増援が施設から援護射撃を始める。
数はそう多くないもののサブマシンガンで弾幕を張られ、リゲイルは咄嗟に回避せざるを得なくなる。
手持ちの拳銃を破壊されてしまうものの、少女が使っていたライフルの鹵獲、被弾ゼロを瞬時に成し遂げるのは流石と言えよう。
リゲイルの隙を見て少女は、未だにパニクってるバカの手を引いて後退する。
普通逆だろと胸の内でツッコミつつ、リゲイルは落ち着いて増援の排除を始めた。

「(やり難ぃ…野郎、ガキを巻き込むとは…
  見りゃアイツと大差ない年じゃないか)」

アイツ…とは、リゲイル・エックハルトの妹である『レミエット』の事だ。
先天性の歩行障害を抱えており、補助器具の支えが無ければ歩く事すらままならない妹…
彼女を、よりにもよって敵兵と重ねてしまう。精鋭ナシャ・パベーダにあるまじき思考だと頭の靄を振り払う。

「(だが…ユディト准尉……か。
  …………やっぱ知らねぇぞ、そんな奴。こんな隠し玉が他にもいるのか?
  一応、脱臼させといたが…すぐ復帰してくるだろうな。
  あれを屋外で相手にするのはもう御免だし、増援が来ても面倒だ。早々に施設内に侵入しとくか)」

そんな思考を巡らせつつ敵増援を的確に捌いていくリゲイル。
敵兵達もナシャ・パベーダであり一筋縄ではいかないのだが、精鋭リゲイルとの力量差は大きい。
更なる増援まで持ち応えられず撤退に追い遣られるのも時間の問題であった。
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、アルハンゲリスク州
  ノヴァヤゼムリャー北方海域

 

 

「歯痒いな…」

潜水艦の中で中佐が溜息を吐く。
ニコライ元大佐側による傍受を恐れ、衛星から送られる現地の映像を眺める事しか出来ない。
ほんの僅かな情報でも与えてしまうと何をされるか解らない。其れ程用心せねばならない相手なのだ。
少なくとも鎮圧主力の上陸部隊の到着までは微塵の情報も与えないように徹底されていた。
元大佐の離反により、急遽新司令官として抜擢された『ミハイル・エゴロヴィチ・ルーチェフ』中佐は、
再度の溜息の後、周囲の誰にも聞こえない程に小さな声で呟く。

「…ニコライ大佐………無益だ…『流れ』に挑むなど…
 こんな事をして何になる…」

そんなミハイル中佐へ、隣で携帯端末を操作している少女が声を掛ける。

「お父さ…いえ、中佐。
 バルフォール・カプランベリヤ様から緊急回線で連絡です」

端末のモニターに眼鏡を掛けた男が映し出される。
ナシャ・パベーダ離反で離れた大統領の信頼を現在掌握している秘密警察の制服を纏い、
詰まらない物を見るような目をミハイル中佐に向けている。

「…カプランベリヤ殿か」

バルフォール・パーヴロヴィチ・カプランベリヤ…
ロシアの治安と警察権力を統轄する政治将校だ。
ナシャ・パベーダの活動を制限し続けた一人であり、今回の無謀な作戦もこの男の注文を聞いたが故の結果だ。
幼い一人娘がいるというのに若い少女とふしだらな遊びを続けるなど、
ぶっちゃけ漁色家のロリコンであり、私的な欲望の為に拉致や殺人を繰り返しているという噂まである。
要は兎も角、評判の悪さが目立つ男で、ミハイル中佐も内心で反吐を出しそうになっていた。
《御苦労、ミハイル中佐。
 例の部隊ですが…確か傍受されるとかで通信は控えているそうですね?
 一言二言でも無理でしょうか?》

「相手はニコライ元大佐です。万全なる備えと覚悟なくして立ち向かえはしないでしょう」

《…少々厄介な玩具をニコライ達が手に入れていたようでね。
 忠告と…新しい任務を伝えたいところなのですが…》

「玩具?」

《詳細は此方でもまだ把握出来ていませんが、
 下手をすればセンチュリオン級の戦力を新たにニコライ達が獲得しているかも知れないという事です》

「センチュリオン級って……そんな…」
唐突に齎された敵新戦力の情報に言葉を失う少女。
ただでさえナシャ・パベーダの大半…精兵揃いの中でも更に突出した実力を備えたセンチュリオンがほぼ丸ごと敵に回っている。
其の上、更にまだ似たような戦力が加わるというのだから、驚くのも無理はない。

「…カプランベリヤ殿、新たな任務と仰ったが其れは…」

《生け捕り対象の追加ですよ。
 ニコライ大佐に加え、この写真の人物も生きたまま捕らえて欲しいのです》

バルフォールが、ボロボロの写真と、最新のものであろう衛星写真を提示する。
年齢に差はあるが恐らくは同一人物と思しき少女の姿が其処にあった。
…リゲイルと交戦したユディト准尉である。
「子供…ですな」

《質問は受け付けません。この国にニエット(NO)と言える者は不要です。
 王の物は王の下へ…指導者同志の物は指導者同志の下へ…マルコの福音書。
 連絡手段は君に任せます。可及的速やかに新たな指令をナシャ・パベーダへと伝えるのです》
リゲイル達の両手両足に錘を付けている一味のような癖に、よくぞしゃあしゃあと無茶を宣う。
結局は良きに計らえという事だ。
ただでさえ生け捕り目的だなどと敵に知られてはマズいというのに、
生け捕り対象を追加の上、速やかに連絡を取れと来た。
自分の都合で好き勝手に連絡を封じたり要請したり忙しい事だと悪態を吐こうとする娘を手で制し、
ミハイル中佐は敬礼で以ってバルフォールのオーダーに応じるのであった。
執筆者…is-lies

 

 

其の頃、スヴァローグ島にロシア艦隊が接近しつつあった。
これこそがロシアの真打ちであり、ニコライ大佐達を制圧する任務を帯びた主力部隊を乗せた艦隊…
そのものも圧倒的な攻撃力で知られる『タスダーカム艦隊』であった。

無数のフラグ(旗)を堂々と立てた艦隊旗艦、
最強無敵不沈戦艦の名を恣にする『シャルンホルスト=タイタニック』のブリッジでは、
ニコライ大佐制圧の手柄を、輸送艦に詰め込んだ主力部隊に譲らねばならぬ事を遺憾とする乗組員達が愚痴っている。
潜入したナシャ・パベーダの破壊活動に加え、大量の機動兵器や能力者軍を一斉に投入する物量作戦は、
ロシア側が把握しているニコライ大佐達のスペックであればものの数十分で完全制圧可能な程のものであった。
詰まり揚陸させた時点で勝利は約束されるのだ。
折角、大戦の英雄でもあるニコライ・テネブラーニンを討ち取るという、
大きな武勲を上げられる場だというのに、其れを主力部隊に譲らねばならない。
この艦隊がやる事と言えば、主力部隊揚陸を妨げる敵戦力を排除し、主力部隊が武勲を手にして戻るまで留守番する程度だ。
不満も尤もと言えよう。
機雷も無ければ航空戦力の出撃も無く、
あまりに順調に進み過ぎたが為、危機感が抜けているというのもあり、
ニコライ大佐の首級が簡単に手に入ると思い込んでいるのだろう。

「!…誰か居るぞ!」

そんな無謀なる者達の前に、其の認識を改めるべく立ち塞がったのは敵…
ナシャ・パベーダの元隊員にしてセンチュリオンの称号を与えられた精鋭中の精鋭、
『ヒオヤ・カネマサ』准尉であった。
スヴァローグ島コンテナターミナルに立つガントリークレーンの先端に佇み、
ポニーテールを風にはためかせながら愛刀の鍔に手を置いているではないか。

「あいつは…!センチュリオンのヒオヤだ!」

「各艦に通達!速度を維持したまま狙撃手観測手配置!
 スタビライザー注入後ヴォジャノーイからバーンニクまで順次狙撃!
 援護射撃は不要だ!弾幕に紛れた反撃を許す!絶対に奴に剣を振らせるな!
 魔導師団はスヴァローグに向かって防壁の用意!
 其の間、艦載バスターライフルをチャージ。場合によっては埠頭ごと…」

「まぁ待てコクサ(航空参謀)
艦隊の総指揮官であるタスダーカムがしゃしゃり出て来る。
顔に十字のペイントをした禿頭の厳つい顔を愉悦に歪ませ、航空参謀からマイクを奪い自信満々に捲くし立てる。

「命令を変更する。小細工など無用だ!
 狙撃手、観測手、魔導師団は出撃不要!バスターライフルも要らん!
 どの道…ナシャ・パベーダ如き、我が新兵器ドラの前ではターキハントの七面鳥でしかない。
 私の計算では我が軍の勝率は99.9998%程だな。勝つのはあまりにも容易い。
 だが奴等の無謀さに敬意を表し、主力部隊の半分だけで相手をしてやろうではないか。
 ついでに其の主力部隊は全員、一歩も動かず左腕一本で戦わせてやろう。
 そうでもしなければ『いじめ』になってしまうからなぁ。まぁ其れでも負ける気はせんが!
 さぁ全力を振り絞れナシャ・パベーダ!そして其れでも尚敵わぬという絶望を思い知らせてやろう!
 見える!見えるぞ!目を閉じれば瞼の奥に我等の勝利のビジョンが!
 どう揚陸し、どこから攻め入り、どのように連中を始末し、
 どうニコライを詰めるか…其の全てが鮮明にッ!完璧にッ!み…見えるぅぅううウッ!!
 ナシャ・パベーダをやけに高く評価している将軍に「貴方様が出るまでもありません」と啖呵切って来たからな。万が一の失敗も無いよう完璧な罠を用意しているのだ!
 これで、これまでの失態を帳消しにして貰えるだろうよ!
 まぁ「これが最後のチャンスだ」と言われてはいるが…なぁに断じて負けなど有り得ない!
 …これで全てが終わる。
 思えば色々と迷惑を掛けたな…弟のバツダーカムワンダム…
 あ、そういや俺、故郷に幼馴染みがいて帰ったら結婚する事になってたな。
 彼女の為にも俺、この戦争が終ったら小さな店を開いて共に平穏に暮らすんだ。
 ああ、そう考えただけで力が沸いて来るみたいだ!!
 身体が軽いっ、もう何も怖くないぞ!!」

命令に従い輸送艦の甲板に主力部隊が右腕を後ろに回した状態で現れる。
本当に左腕一本だけで倒そうというのだ。

「冥土の土産に主力部隊の力の片鱗を目に焼き付けて逝けぇ!
 此処が貴様の墓場だッ!!地獄に堕ちろナシャ・パベーダぁ!!
 死ネエエエェェェェェェエエエエエエエエエッ!!!!!

タスダーカムの叫びと共に、主力部隊の重火器、魔法が一斉にスヴァローグ島コンテナターミナルへと殺到する。
盛大に爆音と土埃を上げ、ヒオヤを乗せたガントリークレーンが煙に包まれた。

「やったか!?」
執筆者…is-lies
爆音の残響が鳴り響く中、己を包む煙を吹き荒れる雪風に吹き消され、ガントリークレーンが再びその姿を現す。
叩き付けられた暴力の嵐に、巨大な機械装置はその原型を留めぬ程に燃え、融け、砕け、穿たれ、崩れ落ち、無残な姿を晒している。
この有様ではその上に佇んでいた人間など一溜まりもない。髪の毛一本残っているかすら怪しい所だろう。

逆徒の誅滅を確信し、タスダーカムの口の両端が吊り上がる。
愉悦のあまり、顔に描かれた十字ペイントが歪んでギリシャ文字のΨにでもなろうかという程に。

「フハハハハハハッ!! 見たかニコライ!! 見たかナシャ・パベーダ!! これが我らが力よッ!!
 全軍突撃ィッ!! このまま島の逆徒共も殲滅し――」

……その瞬間、前方に位置していた輸送艦の艦橋が「ずり落ちた」

 

 

「ったく判ってないねェ、あの馬鹿十字。あんな攻撃でアタシを殺れるとでも?」
艦橋が海へ落ち、飛び散った水飛沫が雨の如く降り注ぐ中、残心を取りつつヒオヤは愛刀を鞘に納め、輸送艦の艦首部分へと着地する。
「あの新入り……エヴレーシュだったかユディトだったけか。
 アイツはリゲイル兄(にい)かルージェントの旦那と殺り合ってるだろうってのに、アタシはこんな雑魚掃除。
 こういう仕事はキリフェナ姉(ねえ)の方が効率だったろうに――さッ!!」
はぁと溜息を吐こうとして――雨霰の如く飛来した銃弾と魔法を跳躍し回避する。
艦橋を斬り落としたとは言え、船体は未だ健在。艦橋の滑落に巻き込まれなかった甲板の兵達は先程の光景による衝撃から立ち直り、
ヒオヤを討たんと火力を一点集中させている。艦内にて待機していた兵達も続々と加わって来ており、その勢いは秒単位で増していく。
                 
「あー、こりゃ正面からは骨が折れそうだね。足元から攻めるとしますか」

空中にて独りごち、重力に任せて逆さまの体勢で海面に向けて落下しつつ、腰元の鞘に手を掛ける。
そして水面への距離が残り数メートルという所にまで迫った所で――。

 

 

半月切りにされた輸送艦がバランスを失い、崩壊してゆく。
タスダーカム以下、シャルンホルスト=タイタニックの艦橋要員はあまりに非現実的な光景に言葉を失っていた。
百メートルをゆうに超える軍艦が数分足らずでバラバラに斬り裂かれ、海の藻屑と消える。
甲板上の兵士達は船体が傾く中ズルズルと海へと滑り落ちるか、さもなくば宙へと投げ出される。
念入りに斬り分けられた為に、艦載の機動兵器も脱出する間も無く艦の崩壊に巻き込まれ沈んでいった。

「……ッ! 各艦に通達! 先程の提督の命令は解除! 総員全力を以って目標へと火力を集中させろ!
 狙撃手、観測手、魔導師団も出撃! 兎に角火力を集中させて目標の動きを制限するんだ! 回避に専念させて攻勢に回らせるな!
 その間に主力部隊は揚陸艇でスヴァローグ島へ向かえ! 定員オーバーでも構わん、出来る限りの人員を載せろ!」
数秒の沈黙の後、最初に正気を取り戻したの航空参謀であった。彼はマイクを取ると矢継ぎ早に命令を下してゆく。

が、その時再び轟音が鳴り響く。見ればまた一隻、輸送艦がズタズタに斬り裂かれ、海へと沈んでゆく所であった。
執筆者…鋭殻様

 

増援を一掃し施設内への侵入を果たしたリゲイルだが、其の表情に弛緩した色は一切無い。
それどころか先程よりも慎重に…ともすれば臆病にさえ見えるような警戒振りで一歩一歩進んでいく。
まだセンチュリオンの一人さえも姿を現していないというのに、
リゲイルら撹乱部隊は殆ど無力化されてしまったのだから無理も無いだろう。
あの未知の戦力…ユディトさえ居なければ結果はまた違ったものになっていかたも知れない…

「(いや…ニコライ大佐率いるナシャ・パベーダの元同僚が相手なんだ。
  この程度は想定していなきゃやってられないだろうよ)」

まさしく。
リゲイルとも肩を並べるような歴戦の勇者達(センチュリオン)が挙って敵に回っている今回の戦争では、
通常の兵はおろかナシャ・パベーダの精鋭であっても戦力としては心許ない。
現に先程の戦場では、マトモな戦力として残ったのがリゲイルだけだったのだから。

「(ユヴァヤやルージェは大丈夫だろうが、こりゃ骨が折れる仕事に…)」

其処でリゲイルは立ち止まり耳を凝らせる。
一歩一歩近付いて来るものの覚束無い感覚の足音…其処まで把握した時点でリゲイルは其れが誰なのかも解った。

「馬鹿な…」

数分前に利き腕を脱臼させたユディトであった。

「…お前…!」

潰された腕を其のままに、無事な方の手で拳銃を握りリゲイルに狙いを定めている。
無論、そんな弾丸がリゲイルに当たるはずも無い。

「此処から……先には…絶対に進ませない…ッ!」
(ニコライっ!これが目的か!?
  俺が手を出し難いように……ッんの腐れ外道がぁ!)

今度こそ、この哀れな少女を戦場より遠ざけてやらねば。
ニコライ大佐への怒りに沸騰したリゲイルの頭は以上の思考により、
体を直ちに少女の許へと疾走させ、一撃で彼女を気絶させるであろう手刀を振るう。

 

確かにリゲイル…アルリゲーレ・エックハルトという男は優秀だ。
穎脱した才を持っているばかりか実戦経験も其の年にしては豊富であり、
又、己の力に溺れる事無く肉体鍛錬、精神修練に努めて来た。
だが彼は単純で綺麗な戦闘に慣れ過ぎていた。
其処をニコライ大佐に巧く利用された事を彼は次の瞬間に理解する。

 

少女の許へ跳んだ其の時に、横手からの殺気に気付く。
だが気付けただけだ。
視界の端に、己の背後に向かって伸びる手が見えるのみ。

「な……ルプルー…ザ…!」

其れが嘗ての同僚ルプルーザであると気付くも、時既に遅く、首に鋭い一撃が叩き付けられていた。
…リゲイルの意識は其処で闇に落ちる。
執筆者…is-lies

 

 
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