リレー小説5
<Rel5.リゲイル1>

 

 

   北極海、スヴァローグ島上空

 

 

スラヴ神話の火神の名を冠するこの島は、近年の地殻変動によって現れた新島であり、
地下資源が豊富であった事から、ロシア連邦が領有権を主張し開発を進めていた。

その上空、雪が吹き荒れる極寒の空を軍用の輸送機が飛んでいる。
側面にはロシア連邦軍のマークに並んで“ナシャ・パベーダ”とキリル文字でペイントされていた。

 

「……」
漆黒の戦闘服を着込んだ金髪の男が、煙草を吹かしているのを筆頭に、
同じ様な服装の兵士達は沈黙を保ちつつ、各々何らかの行動を取っている。
ヘッドホンを付け音楽に聞き入る者、本を開き黙読する者、装備の点検を行う者。
形は違えど、それぞれが適度な緊張感を保ちつつ、これから訪れるであろう激戦に向け、
その精神を緩やかに覚醒させている最中であった。

《本機は5分後に目標ポイントへ到達する。総員、速やかに所定位置に着け》
機長のアナウンスが響くと、それまで静寂を保っていた機内の空気が僅かに動き始める。
「……怖いか?」
「……エックハルト中尉」
金髪の男が、先のアナウンスにも関わらず隣で沈黙を保ち続けている兵士に話し掛ける。
まだ少年の面影を残すその表情は曇っており、瞳には戸惑いの色が浮かび、小刻みにその身を震わせていた。
「自分はこれが初めての実戦です。それなのに何故このような任務に──」
「初陣が反乱部隊の制圧じゃ不満か?」
「いえ、そういう事ではなく、あのニコライ大佐率いる精鋭部隊となんて……」
「そんなもんさ」
「は?」
エックハルトと呼ばれた男は煙草の火を消しつつ、ゆっくりと腰を起こしながら呟く。
「戦争なんてそんなモノだって事だ。何が起こるかなんて判りはしない。
 こっちが手負いだろうがルーキーだろうが、敵は手加減してくれる訳じゃない。
 そんな風に弱音を吐いてるんじゃ、この先、生き延びられないぞ。
 それに──」

すれ違い様、背中越しに彼は言った。
「この任務に選ばれたのはたとえルーキーだろうが“出来る”と認められた奴だけだ。自信を持て」
「は、はい。ありがとうございます、エックハルト中尉」

その言葉に勇気付けられたのか敬礼して謝辞を述べる部下に対し、彼は頭を掻きながら答える。

「堅苦しい呼び方は止めてくれ。アルリゲーレリゲイルで良い」

 

──2分後。

 

所定位置に着き、整列した兵士たちの前で銀髪の男が部下に対し出撃前の最終確認を行っている。

「良いか、3分後に各班は作戦通りに降下を開始しろ。
 ブリーフィングでも確認したと思うがもう一度確認しておく。
 目標の研究施設には対空防衛設備は設置されていないが、敵が何か持ち込んでいるかもしれん。
 その為、ブリーフィングで支給された光学ステルス迷彩を使用する。これは起動後すぐに不可視状態となるが、
 高高度で起動した場合、彼我の認識が困難となり、衝突事故が発生する危険が予測される。
 よって、低高度開傘と同時に起動する。着地後にまだ状態が維持されている場合はそのまま施設内へ潜入して構わない。
 なお、今回使用するのは試作品である為、15分間程度しか効果を持続出来ない。それを考慮した上で行動しろ。
 次に、降下後についてだが――」
「ルージェント中尉、少し宜しいでしょうか?」
「……どうした、アルバトフ伍長」
「ブリーフィングで確認した通り、『彼ら』は貴方とリゲイル中尉、
 それとユヴァヤ中尉に任せてしまって本当に良いんですね?」
「……ああ、そうだ。それがどうかしたのか?」
「いえ、その……」
逡巡する若い部下の様子から、ルージェントと呼ばれた男を始めとしたベテランの兵士は察しがついた。
つまり──。

「……俺達だけで大丈夫か、と言いたい訳だな?」
「ま、ルーキーみたいだし仕方ないだろ」

紡ごうとした言葉は2つの声によって遮られた。
1つはリゲイルの、もう1つはユヴァヤと呼ばれた男のものであった。

「……伍長、アンタは1つ思い違いをしている」
「は……?」
「大丈夫か、大丈夫じゃないか……? そんな事は関係ない、という事だ。
 『出来る』『出来ない』だとか、そういう問題じゃない。俺達にあるのは『やる』という選択肢だけだ。
 ……それが任務だからな」
「ま、早い話が『お前らの気にする事じゃねーよ』ってこったな」
「は、はあ……」
「……まあ、そういう事だ、伍長。リゲイルの言う通り、君が気にする事ではないさ」

そのようなやり取りを挟み、最終確認を続けていると、
再びアナウンスが天井に備え付けられたスピーカーより発せられる。
《目標ポイントに到達。総員、降下態勢に移れ》
「……時間だ。総員、装備のチェックは終わっているな。
 所定の位置に付き、予定時刻と共に順次、降下を開始しろ。
 初陣の者も多いと思うが、敵はこちらの事情など酌んではくれないという事をくれぐれも忘れるな」

そう言って踵を返し、自らも所定の降下用ハッチに向かおうとしたルージェントの横を、
同じくハッチへ向かうユヴァヤが横に並び、ニヤニヤとした顔で話しかける。

「さっきの最終確認といい、様になってんな、ルージェ。こりゃあ次期司令官の座も夢じゃないかね?」
「……軽口を。その前にこの任務で生き残る方が先決だろう。それに俺は偉くなりたい訳じゃない」
「やれやれ、出撃前からもう任務完了後の話か、お前らは。
 ……そういうのを東洋じゃ『取らぬ狸の皮算用』というんだぞ」

続いてリゲイルが合流し、3人となった彼らはそのまま歩みを進めて行く。
始めは軽口を叩いていたユヴァヤも、ハッチを前にする頃には神妙な面持ちとなり、
一言も言葉を発する事なく、自らの定められた位置へと着いた。

「……」

《1800、予定時刻ジャスト。寸分の狂いもない。状況を開始する》

そのアナウンスを皮切りに、機内と北極海の寒空を隔てていたハッチが一斉に解放され、
誰1人として、ベテランもルーキーの区別無く、躊躇する事なく次々と機外へのダイブを開始していく。
そうして遠目で見れば輸送機から黒い点が吐き出されるその光景がやや冗長にすら見えてきた頃、彼らの番が回ってきた。

「さて、行きますかね」
溜息気味の呆れ顔でユヴァヤは呟く。
「同士討ちで命を失うなど愚の骨頂だ。……死ぬなよ」
ルージェントは変わらぬ神妙な表情でポツリと呟く。
「……お互いに、な」
リゲイルがそう零すと同時に、3人はハッチより飛び降りた。 
執筆者…鋭殻様

 

機内も相当に寒かったが、やはり室外の寒さとは比べ物にならない。
その上落下によって発生する風の冷たさは鼻がもげそうになるくらいである。

そもそも、吹き荒れる吹雪の中で空挺を行なうなど、危険にも程がある。
彼ら『ナシャ・パベーダ』でなければ、何人無事に生き残る事が出来るか判ったものではない。

ナシャ・パベーダ(Nasha Pobeda)。ロシア語で『我らの勝利』。
第3次世界大戦中に設立された特殊部隊であり、ロシア連邦には珍しく能力者を積極的に取り入れている部隊でもある。
これには国内の能力者へのガス抜き、能力者という人的資源の有効活用といった政治家達の思惑も多分に含まれていたが、
部隊はそんな事情に関係なく、
設立者であり戦時中は『最高の兵士』とさえ称されたニコライ・テネブラーニンの指揮の下、
数々の重要作戦にて多大な功績を挙げ、ロシア連邦最高戦力の一角と認識されるに至っていた。

故にその錬度は高く、また支給される装備も最先端の技術が注ぎ込まれた精鋭部隊に相応しい物であり、
このような環境下でのダイブであっても確実な目的地への降下が可能となっている。
……筈であった。

《あー、肌に凍みるぜこりゃ。……お前ら、凍っちゃいないよな?》
吹きすさぶ風の中、超小型の通信機を介してユヴァヤは周りの仲間達へと語りかける。

《……喋らせるな。口の中が凍る》

「……右に同じく」

吹き荒れる吹雪は視界を奪い、共に降りた仲間の姿を視認する事すら覚束ない。
おまけに装備も充分に整っておらず、
顔には出さぬものの、各人ともに吹雪の寒さに今にも凍りついてしまいそうな心地であった。
この状況ならサーマルゴーグルを使えば互いの距離も認識出来るだろうが、彼らはそれすら装備していなかった。

第3次世界大戦後、世界各国は大きくその力をすり減らし、軍事すら縮小せざるを得ない状況に陥っていた。
この装備の不完全ぶりは、そのツケがよりにもよって最前線で戦う兵士へと向かった結果であった。
もっとも、今回の場合、この任務の原因となった事件が起こった事による混乱というのも大きいのだが。


《……そろそろ一番下の奴等はステルスを起動してる頃かね。
 ルーキーが多いし、ちょっくら確認してやったらどうだ?》
《彼らとて訓練を受けた兵士だ。そんな事をせずとも計画通りにやっているだろう》
《いやいや、判らねえぜ? この寒さだ、膀胱が冷えるあまり尿意を催し、焦りからミスを……》
《貴様はこの部隊を何だと──》

「あー、少し静かにしろ。ゴチャゴチャ騒ぐな。……少し確認する。それで良いだろう?」
如何にも鬱陶しいといった声で2人の無駄話を遮ると、リゲイルは部下への通信回線を開いた。


────が。


うわああああああああああああッ!!》
《た、助けてくれぇッ!!》
《な、なんでこの高度でッ!!

「!?」
飛び込んできたのは悲鳴であった。思わぬ事態に一瞬リゲイルの表情が凍りつく。
通信機の向こうからは、複数の隊員の悲鳴も聞こえてくる。

「……おい、どうしたアルバトフ伍長? 何があった!」
《リ、リゲイル中尉ですかッ!? ち、地上から、じゅ、銃撃されてますッ!!》
酷く狼狽して、大声で叫んでいる為に通信機が甲高い音を発するが、気にせず冷静に問い返す。

「地上からの攻撃だと……? 状況を詳しく説明しろ!」
《よ、予定高度に到達し、ステルスをき、起動しようとしたところ、と、とと突然下から銃弾がッ!!
 ロギノフ軍曹が肩に銃弾を受けてしまい負傷をッ、
 そ、それでみ、皆パニック状態になってしまい、その隙に5人も被弾を……!!
 じじじ、自分は切磋にステルスを起動しましたが、他の隊員の多くがまだッ!!》
「よし、判った。
 お前は周囲の仲間に呼びかけてステルスを起動させた後、散開しろ。
 出来る奴は被弾した連中のフォローに回れ」
《りょ、了解しました!!》

そう言い彼との通信を切断すると、1つ、溜息をついた後、今度は同僚達への回線を開く。

「……聞いてたな? どうやら情報に無い隠し玉があったようだ」
《幾ら低高度とは言え、普通の機関銃ではマトモな殺傷力を持って届くかどうか怪しい高さだ。おまけにこの気候だしな。
 仮に届く程の威力の代物だったとしたら、軍曹以下6名は今頃挽肉で、新兵達もあの程度のパニックじゃ済まないだろうよ》
ユヴァヤの冷静な考察が返ってくる。

どんなに厳しい訓練を潜り抜けてきたとしても、所詮は未だ新兵であり、戦場に出るのは今回が初めてだ。
もし目の前で仲間がバラバラに吹き飛び四散していたのなら、先程のような会話は交わせなかっただろう。

《だとすれば……情報に無い敵(能力者)が居る、と?》
今度はルージェントの問いが飛び込んでくる。

「確かに……な。だが……」

リゲイルは誰に言うでもなく呟くと、黙考する。
未知の能力者が存在する可能性は当然ある。能力者ならば銃弾をこの高さまで飛ばすという芸当も可能であろうし、
そう考えればルージェントに先だってユヴァヤが語った考察にも一応合理的な説明を付ける事が出来る。
つまり、部下達を狙っているのは能力によって強化された対人狙撃用のライフルか何かなのだと。
これならば、銃撃された者達が負傷しただけに留まったのも、弾が上空へと向かう段階で弾速が落ち、
急所以外の部位に当たっても致命傷には至らないレベルにまで威力が低下した為だと納得出来る。

ただ、それでもリゲイルの中には疑問が1つ残っていた。

「(ならば何故、致命傷を与えうる箇所を狙わなかった……?)
執筆者…鋭殻様

吹き荒ぶ吹雪の中、カタン、カタンとライフルの発射音が誰も居ない施設の屋上に規則正しく響く。
特別製の銃架の支えを受けて銃口をほぼ真上に向けている狙撃用ライフルを構える影が、1つ。
上空より舞い降りてくる敵を狙い撃ちにしていた狙撃手であった。

ふと、規則正しく響いていた音が止んだ。
ライフルの角度に合わせ、寝そべるようにしていた狙撃手は、
起き上がると銃架に手を掛け、ライフルを外し、銃架を畳む。
その顔は深く被ったフードに遮られており、表情はおろか、人相の欠片も窺い知る事は出来ない。
一通りの作業が終わると、狙撃手はフード越しに耳元の通信機へと手をやり、通信回線を開いた。

「……大佐。全弾撃ち終わりました。
 全弾命中。命令通り、致命傷は与えていません。
 間も無く降下部隊の第1陣が基地中央部の広場に着陸し始めると思われます」
《そうか、ご苦労だった。ひとまず君の役目は終わりだ。速やかに基地内へ戻りたまえ》
通信機越しに、低い男性の声が狙撃手に静かに帰還を促す。
が、狙撃手は黙り込んでその言葉に応えようとしない。

《どうかしたかね?》
言葉とは裏腹に、その声には沈黙の意味を悟りきったような雰囲気が感じ取れる。

「……やはり納得出来ません」
ぽつりと、狙撃手は呟く。
「何故、討ってはならないのですか、大佐!
 我々がこれから活動していく上で、我々の手の内を知る者が居ては不都合なだけです!!
 特に、リゲイル・エックハルトを始めとした『センチュリオンズ』の面々……
 彼らの存在は大佐の計画に確実に支障を来たします。それでも生かせと仰るのですか!?」

《──君が心配する必要はない。既にプランは立ててある。》
「ですがッ!!」

俄かに語気を荒げ、問いの声を発した瞬間、一際強い勢いで吹雪が吹き付ける。
吹き付ける雪にチクチクと肌を刺され、狙撃手は思わず顔を顰めてしまう。

「──っ」

《本格的に吹雪いてきたようだな。早く中に入ると良い。
 どちらにせよ、彼らももうすぐ降りてくる頃だろうしな》

「……了解、しました……」

通信機を切ると、一面に積もった雪に点々と小さな足跡を付けながら、狙撃手はその場を去ってゆく。
吹き荒れる吹雪はその強さを一層増しており、狙撃手が雪を踏み締める音も、その足跡も全て覆い尽くしていった。
執筆者…鋭殻様

「……やれやれ、怒られてしまったよ。『何故討たないのか』とな」
何処かの建物の中、ごく一般的な──宿舎や病院か、学校などに良くある──内装の通路にて。
人目に付かない死角で、狙撃手とのやり取りを終えた大佐──ニコライ・テネーブラニンは苦笑を浮かべる。

「そりゃあ何もあの子に知らせていないキミが悪いんでしょ? 同じ立場に居たら、僕だって戸惑うよ? そんな命令」
ニコライの言葉に、傍らに立つ少年は同じく苦笑を浮かべながら言葉を返した。

「そうではあるのだがね……まあ、それは兎も角として、だ」
尤もである返答を受けて、ニコライは数瞬、眉をハの字にして曖昧な笑みを浮かべるが、すぐに真剣な顔つきに変わる。

「……通信によれば降下部隊の第1陣が間も無く基地中央広場に着陸するとの事だ。
 此処からスヴァローグへは少し骨が折れる距離だ。手早く終わらせて、合流地点へ急ぐとしよう。
 計画がそう簡単に揺らぐ事は無いだろうが、無為に時間を浪費しても何の得にもならない」
そう真剣な表情で言うと、ニコライはそのまま踵を返し、通路の方で出て行くと、そのまま奥へと歩みを進めていった。

そんなニコライの後ろ姿を見つつ、少年は独りごちる。
「やれやれ、リゲイルの奴を誘き寄せる為の布石とは言え、こういうのは正直好みじゃないんだけどねェ。
 ま、僕としても今更退く気も無いけどね。最後までついて行きますよ、ニコライ大佐殿」
執筆者…鋭殻様

リゲイル達は既にステルスを起動し、
降下ポイントである中央広場が視認可能な高度まで降下してきていた。
再び通信が来る事も無く、また広場に何も無い事が目で見て判った為に3人は安堵するが、すぐに気を引き締め直す。
《……見えてきたな。着地体勢に入る……先発の隊員達は無事だろうか》
《早速くたばってる奴ぁ居ないだろうな? 始まる前から死なれたら、仕込んだ俺達の努力も無駄になる。
 ……こちとら寝る間も惜しんで教え込んだんだ、出世払いで返して貰うまで死なれちゃ困る》

「……とりあえずは『センチュリオンズ』には出遭わない事を祈るしかないだろうな。
 ……全く、センチュリオン同士で殺し合いとは。お偉方が肝を冷やし過ぎて腹を壊しかねない事態だな、全く」

内容こそ軽口としか受け止められないユヴァヤとリゲイルの言葉だが、その声が纏う雰囲気は重い。

 

 

『センチュリオンズ』。
精鋭の集団であるナシャ・パベーダの中においても突出した能力と実績を兼ね備えた者達に与えられる称号、
『センチュリオン』(Centurion,百人隊長の意)を持つ同部隊のエリート隊員の総称である。
リゲイル達もその称号に与るメンバーであるが、今回の任務においてそれは彼らの心を安定に導く材料とはなり得ない。

『謀反したニコライ・テネブラーニンとセンチュリオンズ率いる反乱部隊を鎮圧せよ』

それが今回の任務であるのだから。

 

 

事の発端は2週間前に遡る。
ニコライ・テネブラーニン大佐以下、彼と、彼の下で演習を行なっていた部隊が突如として失踪を遂げた。
失踪した部隊には現在ナシャ・パベーダに存在するセンチュリオンの多くが名を連ねており、
この失踪の裏に反乱の兆候を察知したロシア政府と軍は国内に張り巡らせた情報網を用いてその行方を捜索したものの、
彼等の行方は杳として掴めず、関係者は不安と恐怖、苛立ちを募らせたまま、無為に時間を浪費していくのみであった。

そして1週間が過ぎようとしたその時、信じられない報がクレムリンへと届く事となる。

ニコライ大佐率いる部隊による、ロシア各地の軍事拠点に対する相次ぐ襲撃。

センチュリオンを中心とした少人数の部隊により、ロシア各地に配置された軍事施設、特に各軍管区の主要拠点が襲撃されたというのだ。

この前代未聞の事態に衝撃を受けたクレムリンは各軍管区に対し反乱部隊の追討を命じるも、
彼らの動きは政府・軍関係者の予想を遥かに上回る速さで行なわれ、多くの部隊が捕捉される事無く行方を眩まし、
追撃部隊の網に掛かった部隊も、難なく追撃をかわしながら追撃部隊に大きな被害をもたらし、姿を消してしまった。

当然ながらこの事態に対し政府上層部は直ちに捜索を開始する様、軍に命令を下したが、
これ程の事態を起こしながらも忽然と姿を消した彼らを見つけ出すのは非常に困難である、
という雰囲気が現場のみならず命令を下した政府・軍高官の間でも漂っており、彼らは見つかりはしないだろうと思われていた。

しかし、予想に反して間もなく彼らは発見される事となる。

このスヴァローグ島において、再び襲撃者として。

軍の研究施設であるスヴァローグ研究所が置かれている以外は何も存在しない絶海の孤島であるこの島は、
軍を煙に巻いた挙句に忽然と消え失せた反乱部隊が立て篭るには些か不自然な場所であったが、
何はともあれ、彼らは突如として島内に姿を現したかと思えば、研究所を襲い、瞬く間に制圧したのであった。

これを受けて軍は直ちに討伐部隊を編成、スヴァローグ島周辺へと展開し、そして今の状況に至る訳である。

リゲイルはこれまでの経緯を思い出しつつ、研究所で待ち受けているであろう元同僚達の事を考える。
知らぬ仲ではない――寧ろ知り過ぎている位の間柄である――彼らが何故、このような暴挙に出たのか。
何が目的でこんな絶海の孤島に立て篭もったのか。果たして現状の自分達の戦力で彼らを鎮圧出来るのか。
次から次へと彼らの行動に対する疑問や懸念が溢れ出て来る。あまりに不明瞭な事柄が多過ぎる。
任務自体に異論を挟む気は更々無かったものの、彼らを良く知る身としては、違和感を感じ得なかった。

しかし、如何なる疑問や懸念、そして違和感があろうとも、自分達は彼らを討伐せねばならない。

「……そろそろお喋りは止めだ。通話音でも拾われて狙い撃たれたらコトだからな」

頭の中に立ち込める諸々の思いを振り払うように呟き、リゲイルは沈黙した。
執筆者…鋭殻様

 

 
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