リレー小説5
<Rel5.ナナシ3>

 

 

モニターに映し出された、物見櫓のような鉄塔の並び立つ宛ら城壁という感じの光景を前に、
暫し、何から言うべきかと口篭っていたナナシだったが、
乗っているトレーラーが何の躊躇いもなく其の物騒な要塞に入ろうとするのを見、率直に聞く事にした。

「………何ここ?」

「地球のネオス日本共和国ネオ東京都の秋葉原隔離区だよ」

「ネオス日本の政権与党ジオン党が推進する創作物規制に反対したオタク共が占領支配している。
 こいつらは此処の事を解放区と呼んでいるから、隔離区とか言うとネオス日本のスパイと思われるぞ」

「じゃなくって…俺は行くなんて一言も言ってねぇぞっ!?」

火星のドゥネイール本部でヨミと会ってから以降の記憶が曖昧だ。
ヨミと話を進めている内に、祖母派の重要人物らしき老婆と出会い、アーティファクト捜索について持ち掛けられ、
ナナシも協力してくれるかという話になったから当然断ったらヨミのジャーマンスープレックスが…
…うんそうだね、今までノビてたんだね。

「学習しろ。ナナミを助ける為に高津達を追うにせよ俺達の協力無しでは立ち行かないし、
 そんな立場の弱いお前が俺達の要請を断るなんて出来はしない」

全く仰る通りと反論出来ずに押し黙るナナシ。
彼にとって最大のチャンスであった列車の一件をしくじってさえいなければとも一瞬思ったが、
感情的になったところでヨミには歯向かえないし、過ぎた事をどうこう言っても時間の無駄だと悟る。
結局、ヨミ達の作るレールの上を走る事しか出来ない。ナナシ自身の無力さ故に。

「…どうしてヨミ姉達やスマウグまでも一緒なんだよ?
 火星でゆっくりしてりゃいーじゃねーか」

トレーラーはヴァイスフリューゲルが使っていた指揮車と同型であり、この荷台部分にナナシ達は集まっている。
外の光景を映し出すモニターやコンソールだらけの壁と向き合っているヨミ、時田、
其の後ろで粗末な椅子に腰掛けたナナシ、アシュリー、ゴウ、
そして邪魔にならないように端っこで固まっているのがスマウグだ。運転席にはググがいる。
合計7名。
ぶっちゃけ狭い。

「ナナシ君、我々は細川財団(ドゥネイール)に有用な人材として庇護される身であってタダ飯食らいでは…」、

「うっせぇぞスフィンクスヘッド!」

あべらっ!?
よせば良いのに口を挟んで来た時田を、例によって例の如く張っ倒すナナシ。

「ンな事ぁ解ってら!
 遺跡調査ったってスフィンクスヘッドが居りゃ十分だろーが!
 俺だけじゃ護衛にも力不足って言いたいのかよ!?」

「じゃあ、お前…スフィンクスヘッドと2人きりの方が良かったのか?」

「……其れはイヤだな。
 …いやいや、先にこっちへ寄越された連中がいるんだろ?
 確か…エーガだっけ?」

「盗み事で役に立ちそうな奴等だ。
 そいつらと俺達で秋葉原隔離区と鉛雨街の境界…オンボロ神社を捜索する。
 気を抜くな?近付いた人間が悉く死体になって今や誰も近付かなくなったような場所だ」

「だーーーかーーーーらーーーーーー
 俺の話を聞……いて欲しかったりしなかったりするって事だけ覚えとけよな、解ったか」

これ以上は話すのも面倒とばかりにヨミが鎌へと手をやるのを見るやいなや萎縮するナナシ。
顔だけは不快そうながらも決して弱みは見せないように気取ってはいるが、体の方はガクガクブルブルと小刻みに震えている。
全然駄目じゃん。

「(何か愚図るような事になったら鎌を手に取るか)」

ヨミはパブロフの犬を眺め、より簡単な制御方法が見付かったとばかりに、そんな事を思う。
だが其の思考に口を挟む者がいた。

「(だが、いつまでも通じる手ではないぞ。
  こいつの性格は知っているだろう…其れにがあの狼竜ときた。
  …細川の連中から聞くまで分からなかったとは我ながら不覚だが、
  前にお前が言っていたように手懐けるのは危険が過ぎる。
  ヨミ、今からでも遅くはない。考え直せ)
ヨミの相方たる機械竜スマウグだ。
互いに思念で遣り取りを行えるヨミとスマウグは、ペアで運用される『守護者』として設計されており、
コネクトする事で其の本領を発揮するという、
超火力を誇る『守護者』の中でも特に戦闘能力が重視されているのだ。
何故それほどの過剰な力が必要とされたのか…今は伝える者もいない。

「(そうだな…スマウグ、お前の言う通りだ。俺の思考回路も同じ見解だ。
  だが、併しだ……)」

「(リゼルハンクの演習場でも思ったが、最近どうかしているぞ。
  何がお前を其処まで駆り立てるというのだ)」

「(俺達は所詮、エンパイリアンが用意した駒でしかない。
  この時代に目覚めた事すらもエンパイリアンの予定調和…
  何から何までプログラムなのか最早俺には窺い知る事も出来ない。
  造られた者でありながら自由な意志を持ち、併し使命は与えられず…苦痛でしかない。
  何を目当てに造られたのが解らないというのは堪えるんだ。身を引き裂くほどにな。
  だからこその…プログラムされていないハートに一縷の望みを持ちたい…
  …ああ、我ながら不可解な思考だが…言語に変換するならば其れが当て嵌まりそうだ。
  根底にあるのがエンパイリアンへの反抗心なのかどうかも解らない。俺にとって何の意味があるのかすら解らない。
  ただ漠然と揺らぎが欲しい。
  何もかもを押し流して行く流れに僅かでも…たとえ無力であったとしても
  そして其の揺らぎを俺が作り出す事が出来るのであれば、最高に愉快なのかもな)」

「(ヨミ……その感情すらもプログラムであるとは考えないのか?
  お前の言ったとおり我々はエンパイリアンの駒。駒の思惑などにどれ程の値打ちがある?
  我々の目覚めもプログラムであるならば其の我等の働きもまたプログラムではないか。
  思考回路の無駄な稼働に過ぎん)」

「(其れを言うならお前の忠告も同じだろう。
  コギト・コギト・エルゴ・コギト・スム(我思うと我思う、故に我ありと我思う)…
  いかんな、出口の無い思考の迷路に閉じ込められる。
  …とはいえ当面の目的は得られている。其れが齎されたのもナナシが切っ掛けだ。
  スマウグが危険と判断するのも理解はするが…今はまず…な)」

「(…そうかもな。ナナシが我等を現代のエンパイリアンへと導いたのは確かだ。
  そしてお前の問いに答えを持てるのは…奴等を於いて他にいないだろう。
  ならば、やる事は一つしかない。そうナナシだけではない。我々とて選択肢など持っていやしないのだ)
執筆者…is-lies

  ネオス日本共和国、秋葉原隔離区、西門通り

 

秋葉原隔離区に溶け込む為であるとしてコスプレをさせられたドゥネイール御一行様は、
人が溢れかえる歩行者天国横目に歩道を練り歩きながら、秋葉原隔離区の西端…鉛雨街との境目に向かっていた。
色々不満はあるし一寸たりとも理解出来ないし納得も出来はしないが、
人生とはそういったものとどれだけ折り合いを付けて過ごせるかが肝要…
…などと苦く唇を歪めているナナシ・コールは、
鍔広の三角帽子…要は魔女帽子を被り、黒いエプロンドレスに身を包んでいる。
どうせなら格好良いヒーローもののコスチュームの方が良かったのだが、
この街で調達出来る衣装となると、かなり方向性が偏ったものとなってしまう。
肺に溜まった空気を盛大に溜息として放出するナナシだったが、
隣を歩くアシュリーが其の様子を面白がって突っ掛って来た。

「うっわぁ…へたれてるw
 同じD-キメラとしてちょっと恥ずかしいんですけどー?」

アシュリーは黄色い生地の服に、緑色のスカートを着用し、
胸の辺りに目玉を模したようなアクセサリーを付けていた。
其の衣装も、ナナシの衣装も、秋葉原隔離区で巨大な勢力を築いている同人ゲームのキャラコスだそうだが、
ナナシには全く理解できない世界の話であった。

「うるへー。
 大体お前ホントにキメラかよ? 俺と違い過ぎんだろ」

ナナシの知るキメラは、例外なく身体の一部に獣のパーツを有しているが、アシュリーにはそんなもの一切ない。
ナナシにあるような長い耳も、尻尾もなく、外見だけでは普通の人間と区別できないだろう。

「キメラって一口に言ってもさー、製作者が違うし。
 高津式とハーティス式じゃ体の基本構造からして別物なのよ。
 まー、耳や尻尾のあるハーティス式もあるけどね」

「?
 高津式ってのは、あの高津の野郎が作ったって事だよな?
 …ハーティスって誰? 土台、何がどう違うんだ?」

「いい? 高津式っていうのは君みたいに『母体から核を付与されて生まれたキメラ』で、
 ハーティス式はあたし達。『人間をベースに改造したキメラに、核を直接移植して生まれたキメラ』」

要は、核を持った状態で生まれたか、
生まれてから核を移植したかの違いなのだろうと見做したナナシが、
では差別化されるだけの違いが外見以外にも何かあるのかと疑問に感じ、
『自分の価値観で』解り易い解説を求めたのは自然な流れだった。

「ふーん。
 で、どっちが強いんだ?」

「ハーティス式に決まってるじゃない。
 高津式も怪力とか超再生とか色々あるけど所詮、既存生物の範疇内、
 ハーティス式は『不死』が基本理念。
 生物にとって逃れ得ないと考えられてきた『死』を克服する存在。
 どっちが勝つかっていったらハーティス式よ。
 まぁ…数の上では不利は否めないけどね。
 高津式は幾つもの核を所持して一体一体に核を丸ごと一つ使ってるけど、
 こっちは1つの核を7分割して使い回しだもん。
 けど其の分、大本の核の質には気を付けているから要するに結論としてハーティス式圧勝ね♪」

弾んだ調子で得意気にぺらぺらと捲し立てるアシュリー。

「ほー、ほー」

棒読みで返すナナシだが、
自分=高津式キメラを低く見られているようで不愉快だという本音は、
知らず知らずの内に声に混ぜられていたらしく、
アシュリーの後ろにいたゴウがノートパソコンの合成音声で以て彼女を咎める。

《アシュリー、ちょっと黙ってようね》

ゴウはアシュリーの着ているものと似た…しかし色違いのコスプレをしており、
帽子は被らずにヘアバンドをし、何故か『小五ロり』と書かれた名札を胸に付けていた。
この少年もアシュリー同様のハーティス式キメラらしいのだが、やはり外見から其れを窺い知る事は出来ない。
口を噤んだまま、ノートパソコンの合成音声だけで会話するという奇特な少年ゴウもまたD-キメラではあるが、
やはりアシュリー同様のハーティス式であり、外見から其の正体を見抜く事は出来ない。
戦闘能力を追い求めて人外の肉体を露わにする高津式と、
人のまま死を克服せんと試みたハーティス式の差が其処にあるのだろうか。
悪びれもせずに「はいはい」とだけ返すアシュリーに、
如何にもチンピラが喧嘩を売るような訛声で食って掛かろうとするナナシだったが…
《ナナシ、其の恰好似合ってるね》
「そ…そうかぁ?」
《語尾に「だぜ」って入れると、もっと良いよ》
「だぜ? そういうキャラなのかこれ?
 えーと…ナナシだぜ!…って感じか?」
《そうそう、似合ってる似合ってる》
あっさりと話の流れを逸らされてしまう。
「というか似合ってて嬉しいの?」とツッコミを入れるアシュリーをも気にせず、
暫く上機嫌に大股歩きで通りを進み、
漸くというべきか、ふと自分が何をしているのか気になり、先頭を行くヨミに今回の目的を尋ねる。
「で、ヨミ姉よぉ…
 このキモオタが占領してる街で何するんだって?」
太陽の意匠の入った三角帽子を被ったヨミは、
跨ったスマウグ(痛車ならぬ痛竜Ver)を立ち止まらせる事無く背中越しに淡々と告げる。
「アーティファクトの調査、入手、或いは奪取だ」
「あーてぃふぁくとぉ?
 確か『遺物』って意味の言葉だよな?
 やっぱりアレか? 古代火星文明のやつか?」
ヨミが属する細川祖母派の組織ドゥネイールが、
古代火星文明の流れを汲んでいる事は先刻承知だ。
「お前にしては察しが良いな。
 この隔離区の隣に鉛雨街という区画があってな…能力者のメッカとして畏怖されているんだが、
 其処の幾つかの物件を調査し、遺産の類を発見次第回収ないし奪取する。
 …とまぁ、簡単なお仕事だ」
「皮算用だろ? ンなあるんだか無いんだかも解んねーよーなもんに良く…」
「対象物件@旧都庁…元SFES総裁ネークェリーハのシマがあった辺りだ」
「は? …SFES?」
獲らぬ狸の〜などとはもう言えない。
一気に怪しさ大爆発。
古代火星文明の遺児エンパイリアンの総本山のような連中だったSFES絡みとなると、
何が出て来ようが驚くに値しないだろう。
当のナナシ…D-キメラ自体、SFESのマッドサイエンティスト高津とルクレツィア及びハーティスによる作品なのだから。
「対象物件A旧皇居…滅んだ日本皇国の連中みたいなのが守護しているらしい。
 対象物件B骨董・静水屋…妙な幻術使いがいるそうだ。
 対象物件C此処と鉛雨街の境目にあるオンボロ神社…近付いた連中が悉く死体になっている。
 対象物件Dパナフィール研究所…地下の宗教団体らしいが詳細は不明。
 これをメインに後、細かな対象を200件ほど早急に調査する。
 そして何があっても無くてもスピード解決して即座に退散だ。そう長くは居座れないからな」
「なして?」
秋葉原隔離区に宿も取ってあるし、
何日かは滞在する事になるというのは解るが、
ならば腰を据えてじっくりと取り組めば良いではないか。
「ネオス日本共和国がアーティファクト入手を急いでいる。
 秋葉原隔離区を浄化するという名目で軍を動かそうとしているんだ。
 規模からして一緒に鉛雨街にまで踏み込み調査し尽す積りだろうよ。
 こいつらに先を越される訳にはいかないからな…手早く済ますぞ」
「詰まり…競争相手がいるって事だよ。
 ネオス日本共和国が動き出したら時間切れさ」
ナナシに強制されスフィンクス像の着ぐるみを纏う破目になった時田が纏める。
流石に、はまり役である。
「おーけぃ。んで最初は何処に行くんだ?
 一番怪しいのは旧都庁だろうけど、近いのは神社ってとこか?」
執筆者…is-lies
「そうだな・・・身近な場所から潰していくのがセオリーだろう。
 あそこは不気味な人形が陳列されているというから分かりやすいだろう。」

 「あのーヨミおねーさま?」

 淡々と語るヨミにアシュリーが恐る恐る声をかけた。
 「何か?」

 「スカタン(ナナシ)がいなくなりました。」

 「・・・・・・」

いつの間にかナナシの姿が綺麗さっぱりと消え失せていた。
ヨミはそうか・・・と呟くと眉間を抑えブツブツとつぶやいた。

 《さっきヨミさんが語ってる間にヨミさんの財布からお金だけとってトンズラしたようだけど。》

そうゴウに言われるとヨミは財布の中身を確認。
ヨミの財布からはヨミの所持金の半分は抜き取られ、店の割引券、ポイントカードとかもきれいに抜かれていたのだった。
 「あいつ・・・いつの間に・・・」

クレジットと銀行カードを抜かれなかっただけでもマシ。
そう思いたいところだがそんな事よりナナシの居場所を見つけなければ。

 「すぐに探すぞ。」

 「あーもうめんどくさ!」

4人と一匹は失踪したバカヤロウを探すという新たな目的を引っさげて秋葉の街を歩き出した。

 「おーい・・・みんなどこだー」

 遅れて古代ローマ人風という全く違和感のない服装でググがやってきたが既にみんな行ったあとだったという。 
執筆者…R.S様

一方失踪したナナシは・・・
《オッティンカー!オッティンカー!》

 「ウギャー!ウギャー!」

ゲームセンターHAGEと書かれたテカテカした看板を掲げた、
 大きなゲームセンターに入っていた。
そして「ザエンペラーモンスターファイターズ」略して
「ザエモン」をプレイしていた。

 「おおー!21連勝!」
 「タダモンじゃねえぞ!あの白黒の!」
 「きめぇ!!」
 「きっとロクな大人になんねえぞ!!」

 「おい!誰だ!今きめぇっつったの!!あとロクな大人になんねえは余計じゃい!!」

 外野からの賞賛と中傷の声を浴びながら中傷にツッコミを入れながら快進撃を続けていた。

 「やっぱ秋葉原に来たからにゃゲーセン行かねえとな!
  資金だったらヨミ姉から貰った(盗んできた)しなあ。」

 「ザエモン」は地球火星規模で大人気の格闘ゲームであり
毎年秋葉原で世界選手権が開かれるほどである。
そしてこのゲームセンターHAGEはその会場でもあるのだ。

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!
そしてナナシの対戦相手がものすごい勢いで癇癪を起こしている。
 「フッ。ああいう癇癪持ちほど負かすとおもしれえんだよなあ」
その様子をヘラヘラと笑いながら見つめるナナシ。
ほんとーにロクな大人になんねえなコイツ。
そして・・・

 ガァン!!
 「うおおおお!灰皿ソニックだああああ!!」
灰皿ソニック・・・それは癇癪持ちの最終兵器であり最終必殺技である。だが大抵はその対戦相手には当たらず、後ろのギャラリーに命中するものである。
だが・・・

「ってぇーな!この負け組が!さっさと消ねや!」
ナナシにはその法則を無視して必ず命中するのだった・・・

「ったく・・・これぞゲーセンの醍醐味ってか?」
とかなんとか言ってるうちに22連勝を遂げるナナシだった。

「へぇ・・・22連勝かい?」

突如野太い声がゲーセンに響き渡る・・・
「あ・・・あいつは・・・!」
ゲーセン内のオタクたちが驚愕の声をあげる。
「んあー?」
ナナシはアホ面引っさげて声の主を確認しようとした・・・ 
そして直後に後悔した。
見なきゃ良かったと。
無視を決め込んでりゃ良かったと。
人垣を掻き分けて野太い声の主は2m近い大男…
獅子の鬣を彷彿とさせるオールバックの髪を、
全身から放たれる圧倒的なオーラに戦がせながら、
人の海を割るモーセ宜しく悠々とナナシの向かいの席へと歩み寄る。

「面白ぇじゃねぇか。
 ちょっくらお邪魔するぜェ」

そして今なお癇癪大爆発状態でキーキーと猿のように喚き続ける負け組男の襟首を片手で掴み…
…無造作に投げ捨てた。
人一人を空箱か何かのようにあっさりと放り投げたというのに、
件の大男は呼吸さえ乱すことなく泰然と、無理やり空けた席に座り込む。

「じ…自演乙! 自演乙じゃないか!」

オタク達が驚愕と感動に打ち震えつつ騒ぎ出す。
大男は秋葉原隔離区最強の戦士『範馬☆自演乙☆雄一郎』その人であった。
筋骨隆々の逞しい肉体は巌の頑強さとゴムタイヤのような弾性を兼ね揃え、
腕などは、ちょっとした樹の幹ほどもある。
最強の名を恣にするのも頷ける。
飽く迄、人間の範疇としては…であるが。
だがそんな最強の肉体を包む衣類は、どうした事か。
中年の大男が着込むには冗談キツ過ぎる、
アイドルのようなフリフリの衣装であった。

「何だ、その格好…ぷ…ぷぷぷ!」

お前が言うな。

「へっ、『ザエモン』の麻倉ウテナだ。
 最新版のコスだから解んねぇか? 駄目だろうがオタクとしてよ」

ニタリと猛獣のような牙を覗かせて笑いながら、範馬が筐体に硬貨を投入する。
戦闘力で隔離区最強の範馬は、ゲーマーとしても隔離区最強であり、
快進撃を続けるナナシに闘志を刺激されて乱入して来たのである。

「まぁいっか。
 でもロハってのも詰まんねぇし、負けたら何か罰ゲームな」

「上等…喰うぜ」

 

 

…………

 

 

「!ッ…これが小童の操作だとォ!?」

範馬☆自演乙☆雄一郎が画面に食い入りながら驚嘆の叫びを上げる。
ナナシが操る「草薙テンクアドリオン」が、範馬操る「麻倉ウテナ」を一方的に追い詰める。
筐体に遮られている為、範馬からはナナシの手元を見る事は適わないが、
もし覗かれていれば…ナナシが獣人の範疇からも外れた存在であると看破されていたかも知れない。
人間の反射神経を遥かに超えた…
其れでいてゲーム機の反応にはギリギリ合わせた操作は、
火星でググが取り付けた義腕による繊細な調整も加わって、
いわばTASのようなものと化しており、
如何に範馬が熟練且つ病的且つ変態的なゲーマーであったとしても太刀打ち出来る道理は無かった。
種族の差。
其の文字通り別次元の力を何の躊躇もなく勝負に使って俺TUEEE出来るナナシの、
何ともアレな精神性さえなければ、範馬の面子も或る程度は立てられていた事だろう。

「ほぉーれ? 圧勝しちゃうぞぉ?
 勝っちゃうよ? 勝っちゃうよ?
 負けたらどうしてくれるんだっけか、地上最強の生物(笑)さんよぉ?」

「ぐ…ぬぬぬっ!
 だが知るが良い…この世には筐体をも超えるプレイがあるという事を!!」

要は場外乱闘じゃねーかよ。
そんなツッコミを一々するのも面倒臭いと言わんばかりに、
範馬の放つ闘気を真正面から受け切るナナシ。
お前らゲームやれよ。
だが、ナナシが範馬とリアルファイトをやらかす直前、
キメラ少年の襟首がむんずと掴まれた。
騒ぎを聞きつけたヨミが背後にまで来ていた事を悟ったナナシは、
恐怖に身体を硬直させて脂汗を垂らし始めた。

「ググの造ってくれた義腕の調子は良いみたいだな?
 何か色んな機能を付けたとか言っていたが…
 こんな仕様も無いものもあるのか」

腕だけマジンガーハンドとか出来るようになったものの、
其の威力を此処でヨミに披露してやろうという蛮勇など思い浮かぶ筈もなし。

「さぁ御遊びはもう十分だろう?
 とっとと…」

「待て!」

完全に戦意喪失したナナシを引っ張っていこうとするヨミの足を、範馬が止めた。

「小童ぁ…名は?」

歯をガチガチと鳴らすばかりのナナシに代わってヨミが返答する。

「こいつはナナシだ。
 御楽しみの所を悪いが、此方にも仕事があってな。
 続きは又の機会にしてくれ」

「名無し? ふん、ノーネームという事か。
 この俺がゴングに救われるとはな…
 …覚えたぜ」

執筆者…R.S様、is-lies

「全く…余計な手間を掛けさせてくれる」

袋叩きにされて泡を吹き気絶中の簀巻きナナシをロープで引き摺りながら、
ヨミ一行は秋葉原隔離区の中央通りへと出た。
そう、最初の中央通り。
フケたナナシの捜索で
隔離区に入ってからまだ最初の一歩というところで躓いてしまい、
今日中に神社と旧都心関連の物件を粗方洗おうと思っていたヨミにとっては手痛い展開となった。
スケジュールの大幅な修正が必要かと、彼女は脳内で調整を始めるが…

「あ、ヨミおねーさま!
 あれあれ!」

何か見付けたらしいアシュリーが歩道を指し示す。
ヨミ達が見遣ると、其処には一人の老人が茣蓙(ゴザ)を広げて座り込んでいた。
「私は大名古屋国大戦で脚を失った退役兵です。
 職にも有り付けず日々の生活にも困っています」

そう描かれたダンボール製の立札を置き、義足らしいものを脇に抱えている…詰まりは物乞いであった。

「ほら、この人…可哀想ー、
 ちょっとお金あげてき…」

「やめとけやめとけ、其のジーサンって怪我の理由が日替わりなんだぜ」

自らカモになりに行こうとしたアシュリーを、
後ろから軽い調子の声で制したのは、金髪ロン毛の青年だった。
妙にレトロな青銅鎧に身を包みつつも軽い調子で手をひらひらさせている彼の顔を知る者は、
この中では一人のみ。

「新顔もいるみたいだが、
 先ずは…久し振り…って言える程の付き合いもねーか。
 セレクタの指揮下で、あのデカブツと戦った位だしなぁ…」

そうヨミへと言い放つ青年こそは、
組織ドゥネイールが吸収した組織セレクタの元・構成員。エーガである。

「紹介する。
 ドゥネイールに恩義を感じて助力してくれているエーガだ」

ヨミの言に苦笑するエーガ。
細川小桃の瞬間移動能力でマーズ・グラウンドゼロから脱したエーガには、
確かにドゥネイールに対して借りがあるとはいえ、
実際の所、ドゥネイールに拘束されたくなくて地球行の任務に志願しただけに過ぎない。
そのまま雲隠れする筈が、隔離区の警備の厳重さを軽く見てしまった結果、
出るに出られず成り行きでヨミ達と協力せざるを得なくなったのだった。

 

 

 

蚊帳の外になった物乞いの老人が所在無げにしていたところ、
其の隣に義手をこれ見よがしに掲げたナナシが座り込む。

「…………
 ……何だ、嬢ちゃ…いや、獣人の坊主?」

黒い魔女風コスチュームのナナシに、性別を一瞬間違える物乞い老人。
もっともキメラの存在を知らないからか種族に関しては獣人と誤解しているようだ。

「いや、俺も義手だし。
 ちょーっと小遣い稼いで、かっけえフィギュアでも…」

「じゃあもうちょい離れろや!
 商売の邪魔だぞ!」

やはりプロホームレスだった。

「商売?」

「かー!
 弱きなる者、我が身を術為らしめよ。然らば其人弱者に能はず。
 …ってな。
 欠点や短所でも巧く使えばオマンマのネタくらいにゃなるってこった」

「何か含蓄あんな。乞食…つーか詐欺師の分際で」

「やかましゃあ! とっとと消えろや!」

「だが断る。
 このナナシが最も好きな事の一つは……」

プロホームレス弄りにシフトしたナナシの首筋を、ビームサイズの切っ先が軽くなぞる。

「……俺に折檻されて無様に失神痙攣する事か? ん?」

背後に回ったヨミの声が続き、有無を言わさずナナシの全タスクを強制終了させた。
暴虐の傷跡は癒えども恐怖は根強く残っており、
結局、何もできないままヨミの制裁を受ける事になる。

「エーガと合流出来た。
 だがお前のアホな行動で起こった皺寄せがあってな…
 其の辺も含めて調整するから今度こそ大人しくついて来い。
 解ったな?」

ヨミの右手で両腕を掴まれ、足で足を踏まれ、
詰まり背伸びをした格好にさせられたナナシは、
空いたヨミの左拳で釣瓶打ちにされて、
解ったな?などと問い掛けられても、
其の口は血の泡を垂れ流すのみで何の言葉も紡げはしない。
ヨミも返事など期待してはおらず、
5秒前までナナシだった物体Xを担いで其の場を後にするのだった。

 

残されたプロホームレスが、ヨミ達の去った方向へと首を曲げながら呆然と呟く。

「……何だったんだありゃあ?」

誰かに答えを求めた訳ではないのだが、律儀に返答する者がいた。

「『守護者』に『数多の渾沌』の分子……」

銀髪の少年だった。
いつの間にやらプロホームレスの真正面に中腰で陣取っている。
掛けた眼鏡も、左右非対称な色の服も、ヨミ達がしているコスプレと同作品のものだ。

「おっ、こりゃリクさん!
 どうも御世話様です」

プロホームレスが畏まったように会釈した。
結晶能力の発展は外見での価値観を大いに揺るがした。
子供の姿であっても実力者、年長者などざらにいる。
況してや、このリクと呼ばれた少年の体からは、
人間では認識し難い程度の、ほんの僅かな駆動音が漏れている。
サイボーグ特有のものであり、
其れだけでもリク少年の素性がただならぬものである事が窺い知れる。

「今の連中、関わり合いにならない方が良いよ」

「え? ああ、おっかねぇ奴等っしたね。
 仰る通り今日は店仕舞いにしまさぁ」

執筆者…is-lies


結局、ヨミ達は其の日、何処も調査出来なかった。
先行していたエーガ達が手近な所を或る程度調査してくれていたのを不幸中の幸いとし、
エーガ達が滞在している安宿へ共に宿泊する事となったのだ。

「ヨミ、ナナシはもう寝たか?」

「ああ。寝たっていうか気絶したままだ
 朝になっても起きないようならブン殴っておく。多分それで目が覚めるだろう」

ヨミにとっては完全に家電のスイッチON&OFFの感覚であった。
彼女の感覚が正されるのが先か、ナナシがくたばってしまうのが先かという有様だったが、
其処に異議を挟むような慈愛を持つものなど此処にはいなかった。

「……面目ない」

「何がだ?」

「孤児の件だ」

「……」

火星でナナシがSFESに襲撃されて拉致された際、
スマウグは同居していた時田と孤児達を連れてSFESの魔手から脱した。
そしてアテネ北部郊外まで逃げたところで、
火星帝国MJF第三大隊に発見され拘束されてしまったのだ。

ヨミ達は知り得ない事だが、
この第三大隊は、火星帝国の保安総監……詰まりはサーヴァントの命令を受け、
遺跡から発見されたものの搬送途中で覚醒し逃走した異形竜を捜索していた。
スマウグは其れに間違われたのだ。
電撃銃を受けたスマウグは、SFESとの戦闘で負った負傷もあり一時的に活動停止。
スマウグに乗っていた時田や孤児達も揃って気絶してしまった。

そうして火星帝国の手に落ちそうになった其の時、細川の組織が現れたのだ。
祖母派のドゥネイールではない。
祖父・春英派の組織……詰まりSFESの協力者だ。
火星帝国の部隊を煙に巻いてスマウグ達を奪取したのである。
だがSFESそのものに捕えられた訳ではなかったのが幸いした。
当時、既に反SFESに動いていた祖母派ドゥネイールが手を回して身柄を確保したからだ。
……尤も、ヨミとの再会はマーズ・グラウンドゼロ以降となってしまったが……

「良いじゃないか。
 時田もイオもスフレも皆無事だった」

時田は今回同行しているし、
イオをはじめとする孤児達も今ではドゥネイールで面倒を見ている。
ナナシがSFESから救出した少女スフレも同様だ。
誰一人死ぬ事無くSFESの魔手を逃れたのだから、
ヨミとしてはスマウグを責める理由はないも無い。

「だが…」

スマウグは恐れていた。
既に自分達はドゥネイールの敵対者である春英派に接触してしまった。
しかも気絶した状態でだ。
直ぐにドゥネイールに救出されたものの、
空白の時間帯に何があったとしても可笑しくはない。
勿論、何かの仕掛けを施されてはいないか検査を行い、何もない事を確認してもいるのだが、
其れでも不安は拭えない。

スマウグがその一向に進まない思考を続けている間に夜は明け、神社の調査が開始された。

執筆者…イスリス

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