リレー小説5
<Rel5.ミラルカ1>

 

自分と他人は異なる。
肌の色が違う、性別が違う、顔が違う、背丈が違う、生まれが違う、
考えが違う、能力が違う、歩んで来た時代が違う、何もかも違う。
この千差万別の『個性』がある限り『区別』は無くならないし、『差別』も無くならない。
其の当然の理を勘違いしたのか、他に何か理由があったのかは最早解りようもないが、
『Hope』到来による能力者の誕生を期に、元ルーマニア国であるワラキア公国の民は自分達の正体を明かした。
其れは『吸血鬼(ストリゴイイ)』。其れは『人狼(ヴィルコラク)』。其れは『竜人(ズメウ)』。
嘗て……旧世紀の更に古代に『謎の男』から始まった種族『妖怪』即ち『亜人種』の暴露。
全世界が衝撃を受けパニックに陥った。そして巻き起こる排斥運動。
後に妖怪達が徒党を組んで政治政党にまで成長した日本などは極めて稀有な例であろう。
大半の地域では大なり小なり妖怪に対する弾圧が行われたが、
ワラキア程の災禍に見舞われた国もそうはない。
何しろ国家そのものが消滅してしまったのだ。
周辺諸国を意味不明な言い掛かりで支配し始めたロシア大統領ソゴトフの意図もまた不明だが、
飲み込まれてしまったワラキア公国はロシア領ワラキアグラードとなり、
総督ウピルの政策により、ロシアに協力的ではないと見做された元ワラキア国民は容赦なく粛清……
或いは、ビフォーアフターを見せられたら誰もがまず怪しい誇大広告を疑うよーな思想教育を行う矯正施設に収容された。

……そんなロシアへの憎悪が先行したのか、
S-TAに身を移した元ワラキア国民達はロシア打倒をS-TA首相アデルに進言し、
其の先兵としてワラキアグラードに潜入し、総督ウピルを暗殺、密かにワラキアを奪還した。
そしてロシアに対する攻撃を行う為の転送基地の設置にまで成功した。
このワラキア国民達の中心人物であり、元ワラキア公国の忘れ形見であるミラルカの『八姉妹』選出は当然と言えたし、
其の後、長らくS-TAの過激派筆頭として君臨する事になるのも当然と言えた。

 




  第三次世界大戦初期

  新生ワラキア公国、首都ブカレスト。
  カーサ・ポポールルイ
(国民の館)


女は宮殿の窓から統一大通りを眺めていた。
……宮殿。
旧世紀の独裁者が建造させた、この大理石製の巨大な宮殿は、
其の実、ただの議事堂に過ぎない。
この、ヨーロッパ各国の宮殿から豪華さだけを抽出し闇鍋にぶち込んだような建造物は、
独裁者が其の権勢を嵩にして造り上げようとしたものだが、
中途半端に造られた段階で、当の独裁者が革命軍に処刑されてしまい、
破壊するか、完成させるかの二択だけが残されてしまったという経緯を持つ。
国民が望んだ施設ではない。
併し破壊し処分するには相応の金が要る。
結局、完成させた方が安上がりだという理由で建造を再開させたのである。
誰も望まず。何の採算性も期待できない。
そんな未来の無い作業を誰が真っ当に続けられるというのか。
結局、手抜き工事とメンテナンスの不備で、宮殿の大半は廃墟として放置されるに至る。

「……ふん」

装甲車両が燃え盛り辺り一帯を照らし出された統一大通りに巨大な影。
熊みたいにずんぐりとした下半身のケンタウロスといってよいフォルムの機動兵器サムカだ。
八姉妹ミラルカによって鹵獲され、非能力者を阻む最後の壁となっていた其れも、
今や大破した全身のパーツから火花を散らし、擱座を余儀なくされる残骸と化していた。
もう非能力者軍を阻むものは何処にも存在しない。
S-TAの支援によって取り戻された新生ワラキア公国は、再三滅ぶ運命にあったのだ。
いや、最初から死んでいた。
死体をそうではないと言い張って不死者を気取っていただけで、
其の己らへの過信からか、結晶到来を機に世界へと正体を明かすという過ちを犯すに至る。
エンパイリアンの制御さえも離れて能力者排斥を推し進めた非能力者陣営を前に、
妖怪達が為せる事など高が知れているというのにだ。
新生ワラキア公国は死を決定付けられ生まれて来た。

「棺の中の誕生だったな」

棺内分娩とも呼ばれる悍ましい現象は、
妊婦の腐乱死体に溜まったガスが、其の圧力で子宮ごと腐敗した胎児を母体外に排出し、
あたかも死体が死体を生んだかのように見える現象の事を指すが、
このワラキアという国も、国民の館も、正に棺の中の誕生と呼べる有様を呈していた。
死したまま生まれて来た。
ワラキア公国を統べる亜人種の中でも貴族階級にある吸血鬼、
不死種と恐れられる超常種の更に頂点に君臨する、この女……八姉妹ミラルカの言葉には、
己ら不死人に対する或る種の冷笑が込められていた。
不死者を気取りつつも実際には死を克服できず、其れ故ロシアに敗退し故国を奪われた。
……ワラキア公国、国民の館、彼女達。
この失敗トリオが死体として生まれた因子……
旧世紀の東欧圏を冷戦で敗北に追いやった元凶の一つが其処にあった。
『捨て去るべきものを捨て去れなかった』
問題の改善は切実であった。
なのに問題を孕んだシステムそのもののを必要悪として其の擁護に終始し、
周囲に賛同を強要して反対者は弾圧した。
三者が捨て去らねばならなかったのは根拠なき希望
……新生ワラキア公国が再び非能力者軍によって敗退の淵に立たされた時、
彼等は漸く、自らが死して生まれて来た事を悟った。

《S-TAに告ぐ。
 貴殿らの保有する最終兵器サムカは無力化された。
 これ以上の如何なる抵抗も無意味である。速やかに降伏されたし》

統一大通りの上空はロシア軍の航宙戦艦に埋め尽くされている。
最大の障害であったサムカを撃破し、もう恐れるものはないとばかりに高圧的な態度で降伏を迫るも、
スピーカー越しの声音には僅かな緊張の響きが混ざっている。
S-TA将軍ミラルカの圧倒的な力は、人間の兵士で太刀打ち出来る域にはない。
兵など幾らいても勝負にならない。
ミラルカが一瞥するだけで兵達は精神を侵され、
また死体はミラルカの下僕に成り下がる。
瞬く間に、死を克服したかのような軍勢を築き上げ、ロシアからワラキア領土を奪還・防衛してきた実力は本物だ。

だが伝承に違わず陽光を苦手とする吸血鬼である事に変わりはなく、
払暁を迎えようとする今現在、非能力者側の優位は覆らない。放っておけば勝てるのだ。
ロシア軍がミラルカに対して抱いている恐怖とは、戦況を覆される恐れではなく、
自暴自棄になったミラルカが特攻してくるのではないかという恐れ……ただ其れだけだった。

「……此処までか。
 だが部下の撤退は完了したようだ。
 後は……我々だ」

金髪を翻して振り返る。
目の前にはミラルカ配下の男達が並び、主人に己の戦意の程を訴えかける。
着ている服は煤けて所々に負傷も見られるが、中身は意気軒昂。
死を克服してはいないというのに、臆病という病に対する抗体は確かに持っている。
其の佇まいは確かに彼等が誇りに思い名乗っている『不死種』に相応しいと言えるだろう。
不死身のヒュグノア(笑)さんは見習って、どうぞ。

「ミラルカ様、私はまだ戦えます!」

石仮面を被った若い新兵が叫ぶ。

「今は其の気持ちを押し殺せ。
 無謀な決起により端から失敗を約束されてしまった轍を踏むな。
 今死してでも……先を生きよ」

ミラルカが宥めるも、新兵の……石仮面の眼窩から茫々と鈍い光を灯す瞳には、
人類への憎悪と自分への失望が綯い交ぜとなった、苛烈且つ弱々しい……
行き場を失った憤りと悲しみに塗れた感情を湛えたままだ。

「そ、其れでも……っ!
 其れでも私は戦って、一人でも多くの人間をっ……」

猫に破れかぶれの噛み付きを敢行しようという、追い詰められた鼠の心境。
そんな卑賎な情動から出た雑音など聞くにも値しないとばかりにミラルカの叱責が遮る。

「ホザけ。死にたいなら勝手に突っ込んで勝手に死んでいろ。
 だが、お前は死にたい訳じゃないだろう? 死ぬ為に此処に来たのか?
 ただでさえ我らは死体として生まれてきたようなものだ。
 此処で死ねば本当に『そういう事』になってしまうぞ。
 目的をはき違えるな」

石仮面の新兵も流石に黙り込む。
過激派の中の過激派である彼とて、無意味な死など望みはしない。
何時の日か必ず亜人種の国家を築き上げ、旧人類を駆逐してやると固く心に誓う。

「……ミラルカ様、私は悔しい……!
 祖国奪還を果たしながら、またしてもっ!」

続いて呟くのは若きエリート将校の青年だ。
この中では唯一の「ただの能力者」であり、妖怪の類である不死種ではない。

フォノウ、其の悔しさが本物ならば命を有効に使える筈だ。
 今の……死した状態から見事、未来に復活してみせろ。
 お前は人間だが、其れを成せるならば立派な不死者だ。仲間として誇りに思える」

ミラルカの言葉を心に結ぶエリート将校ことフォノウ。
ホモサピエンスにもホモタレントゥスにもデミヒューマンにも大した関心を持たず、
一刻も早い祖国の平和を求める一心でS-TAに与したフォノウだが、
彼に選択を決断付けた最大の要因は英国壊滅……つまりは前支配者の圧倒的な力だった。
既にS-TAから其れが失われていると知ったのは、本格的に参戦してから。
詰まり乗る船を間違えてしまったのだ。
こうなってはS-TAの速やかな降伏こそが祖国の安定と平和に繋がる。
フォノウにとって祖国を支配しているのが自分達ワラキア民であるかロシア人であるかは問題ではない。
祖国さえ平和なら……平和に出来るのなら何でも良かったのだ。
愚直なまでに祖国のみを愛したフォノウ。
そんな彼もミラルカの下に配属され、戦場を共にしていく内に、新たな衝動を自覚する事になった。
愛する祖国と双璧を成してしまうまで……
今やフォノウにとってミラルカの存在は大きく膨れ上がり、
いつの間にやら彼の脳内に居座っていたのだった。
其れはミラルカが言ったような不死者どうこうという理由ではないのだが、
フォノウは余計な事は口にせず、黙って深く首肯する。
軽口を叩く場所でもないし、何よりフォノウ自身が震える目元と口元を制御するのに精一杯だった。

「……行こう、ミラルカ。
 連中が転送基地に勘付かない内に早く」

側近であるグレナレフが急かす。
もうこれ以上この場に留まったところで何もない。
此処には死しかない。だからせめて……

「ああ……
 私はまた戻って来るぞ、我が祖国。
 其の時こそお前が再び生を得る時となるだろう」

ミラルカは、そう言い残すと仲間達を連れて其の場を後にした。


だからせめて、未来に生の可能性を見出したかったのだ。
死の先にも死しかないなど認めたくない。
自分達が、祖国が、永遠の死しか残されていないなど認められる訳がない。

其れは間違っていない。
破壊の後に創造があるよう、死の後に生がある。
死体は糧となり土へと帰り新たな生の土壌となるように。
そして再びの死を得るように。

生と死という……
創造と破壊という……
平和と戦争という……
喜びと悲しみという……
双子の呪いと祝いから永遠に解放されることなく。
『流れ』即ち『変化』は全てを押し流し混沌へと世界を突き進ませる。

執筆者…is-lies
inserted by FC2 system