リレー小説5
<Rel5.マイケル・ウィルソン1>

 

  2105年(超結晶『Hope』到来の220年前)

 

 

  L(ラグランジュ)5、79式コロニー『CICADA』

 

人類は末期的な混乱に陥っていた。
150億を超える人口の増加による需要の拡大に、
住居資源雇用食料に至るまで供給が追い付かなくなり、
遂に優良種のみを次代に残すべきと主張するレイシズム(人種差別主義)の台頭を招き、
地球は、各地でエスニッククレンジング(民族浄化)が行われる阿鼻叫喚の地獄と化していた。

これらの対策を講じるサミットは地球上では行われなかった。
キナ臭さを感じ取った各国首脳部は逸早く地球を離れ、
ラグランジュポイントに建造されたスペースコロニーに移り住んでいたからである。
無論、彼等は地球に残った人間達からは激しい非難に晒される破目となった。
裏切り者、何故見捨てた、どうにかしろ、助けろ、
そういった怨嗟の声も民族浄化が進むに連れて消えていった。
血と肉の宴に酔い痴れる狂人達の闊歩する地…地球。
何もかもが遅過ぎたと各国首脳も半ば諦め気味となっており、
既に事態を収拾するのは不可能であると思いつつも不毛な議論に花を咲かせていた。

「…人口抑制に失敗した今、凍結された宇宙開発計画…
 月計画、アトラス計画、火星計画の再開しか道が無いのでしょうが、
 現在の人類の科学力から見て実現は極めて難しいものと思われますし、
 人類に一致団結を促す必要があります。
 …30年前、我々はこれに着手し遅れ、東南アジアの訳の解らぬ虐殺者に出し抜かれました。
 民衆は手っ取り早く自らの生活水準を向上させる可能性を持った虐殺で一致団結を果たし、
 今日の混沌とした世界を築き上げてしまいました」

各国首脳は人心を握るタイミングを逃した。
そして其の隙に怪物染みた独裁者が指導者の枠に入り込んでしまった。
最初は平等主義・共産主義的な慎ましやかなもので支持を集めていたが、
5年経っても目立った成果を得られず、其の責任を民衆の怠慢に求め、
更に5年経っても何も変わらず、其の責任を国家の怠慢に求め、
更に5年経っても回復の兆しを見せず、其の責任を世界の怠慢に求めるに至った。
自分が不幸であるならば、他人から幸福を奪えば良い。他人の不幸は自分を幸せにする。
世界の国々はこの事態を鎮める術を持たず、何もしなければ死を待つばかり。
ならばこれは何の贅沢でも横暴でもない。生きる権利を行使しているだけである…と。
長きに渡る悲惨な生活で疲れ切っていたという以上に、
想像を絶する思想教育を受け続けていた民衆は、ケモノに戻る以外の道を持たなかった。
自国への対応で手一杯だった各国が、この独裁者の為政と暴走を見逃してしまった事も致命的。
さもなければ此処までの暴走と圧政を続けさせる事にはならなかっただろう。
これだけなら一ヶ国の崩壊程度で済んだのだろうが、
当時、大半の国家が重度の倫理崩壊が横行していたという事もあり、
人口を減らす事は良い事であり、人を殺す事すら大事の前の小事という考えが蔓延し、
結果、レイシストが勢いを増し、各地で信徒を増やして紛争を始め、
辛うじて保たれていた旧態依然とした世界は呆気なく終焉を迎えつつあった。
「まさに『力』が支配するケダモノの世界だな」

「嘆かわしい。人間の尊厳を投げ捨てて畜生に成り下がるなど!」

だが地上で殺戮を繰り広げるまでに追い詰められた人々の胸の内など、
宇宙に逃げて一先ずは衣食住を確保出来た彼等が知る由など無い。
彼の言う尊厳など詰まり、其の程度のものなのであろう。

「アフリカ大陸の国家は軒並み崩壊し、エジプトを含め10ヶ国程しかマトモに機能しておりません。
 アメリカ、ロシア、ブラジル、中国、日本でも混乱が激しく、
 オーストラリア、韓国、イスラエルも危機的な状況に陥っています。
 イギリス、フランス、ドイツはまだ比較的安定しているようですが、
 イタリアはアフリカ側から雪崩れ込んだ海賊の襲撃で崩壊寸前との事です。
 震源地の東南アジアに至っては……絶望的な状況としか言いようがありません」

「まだ首謀者のバカは指導者的立場にあるそうだな。
 奴をどうにかしなければ、この混乱は収まりようが……」

「ちょっと宜しいかな」

其処で一人の男が手を挙げる。

「オーレギ大統領?」

「今現在の地球では人類の未来が危ぶまれる。
 惑星開拓の再開などという話も出ておりますが未だに机上の空論の域を出ておりません。
 …もっと手っ取り早い解決策がありましょう」

各国首脳の視線がオーレギ大統領に注がれる。

「最強種が最多種では生態系のピラミッドが歪になってしまうという事です。
 レイシスト共が偉そうに言うまでも無く、確かに人間は増え過ぎた。
 だからといってレイシズムに基づく大量虐殺など許されはしない。
 併し…今から私の提唱するこのやり方であれば問題は無い。
 それどころか雇用不足、土地不足、食料不足といった諸問題も一気に解決できる。 
 そしてこれは今からでも実行可能なのです!」

腕を広げて大見得を切るオーレギ大統領。
選民思想に基づく虐殺でもなく、諸問題は解決され、今から行える…
オーレギ大統領の余裕の態度もあって、其れは何かと期待を膨らませる各国首脳…だが、

「ニンゲンは…共食いをすべきだ」

そうオーレギが断ずると同時に、
各国首脳が座る円卓を囲むようにしていたセキュリティーサービス達が、
身に纏った黒服と、己の皮膚までをも破って異形の姿へと変貌して行く。

「ひ……ば、バケモノ…!?」

「バケモノ…か。『エネミー』と呼んで欲しいね。
 彼等は今の時代と言うものを良く理解していない人間達の為に用意した敵対者だ。
 人間を殺す事に抵抗があるなら先ず、せめて殺す事に慣れてくれなければ困る。
 このエネミーは人間をベースに原型を残さない程に弄くった一種の改造人間でね、
 こんなナリをしていれば君達でも案外、殺し易いのではないかな?
 ……対話の余地は無い。食うか食われるかだ。
 レイシストは人種で其れを決定するが、私は公平だ。
 本当に優れた者のみが生き延びられるのだからな!」

「…オーレギ大統領…貴方まで…っ!」

「先程、タルタ大統領殿は畜生に成り下がったと仰ったが、人間も所詮は動物です。
 自らを守る為に社会性…其れを堅持する為の法を維持して来ただけであって、
 其れが過剰な人口増加を招いた今となっては…最早、不要のモノです。
 『力』こそが全て!『力』こそが絶対!『力』こそが永遠!
 人類がケモノのルールへと回帰する時がやって来たのです…っ!」

異形…エネミー達がギラついた爪を、牙を、各国首脳へと向け、
突然の事に動く事も忘れている彼等を仕留め其の血肉を貪るべく躍り掛かる。
エネミーの力はオーレギが言及した様、人間でも決して抗えないという訳ではないのだが、
目の前に突如として現れた危機に、
完全に腰を抜かしてしまった各国首脳が太刀打ち出来る道理は無かった。
其の時…

《Let's party!!》

轟音と共に会議場の天井が爆ぜ、
塵煙に紛れて鋼の巨人が錐揉みしながら部屋へと落ちて来る。
回転中に放たれた銃弾はエネミー達へと殺到し、
獲物を仕留めようとしていた最中の彼等を、何が起こったのかすら理解させないまま絶命させる。
危険を察知して飛び退くエネミー達とオーレギ大統領。
果たして天井より現れたのは、全長4メートル程のパワードスーツであった。
「何者か!?」

《お前に名乗る名など無い。
 敢えて言うならば………大統領(プレジデント)!》

「おお…大統領(プレジデント)!」
「大統領(プレジデント)っ!!」

「そうか、で聞いた事があるぞ。
 鉄(くろがね)の武神を駆って世界中を流離い、
 強きを挫き弱きを守る正義の大統領がいるとな…
 お前の事か!」
《残念だ、オーレギ君。
 君には最早、大統領を名乗る資格は無い!》

大統領専用特殊機動重装甲パワードスーツの背に取り付けられたユニットが展開する。
銃火器によって構成された其れは宛ら天使の翼か、或いは神仏の光背のよう。
何処にこれだけ入るのかと訝しめてしまう程に銃火器を詰め込んだバックパックだ。
見る者に畏怖の念を抱かせるであろう威容を前に、
併しオーレギは両手をポケットに入れたまま不敵に笑んで見せた。

「くく…!
 もう手遅れだ!世界は既に力による支配を認めている!
 出来損ないの『法の世界』などよりも磐石なる『力の世界』よ!
 世界が本来の姿を取り戻した其の時こそ、大いなる鷲は飛翔する!
 貴様とて力を以って我がエネミーを屠り此処まで来た筈…
 正義の名の下に力で殺し、血道を開けて此処まで来た筈…!
 ならば解っていよう!
 既に力でしか世界は動かないのだと!
 力なくして動くものも、得られるものもないのだと!
 そして民衆が自ら其の世界を望んだのだと!」

《確かに…
 だが其れも各地で紛争を煽っている貴様等がいればの話だ》

「そうかな?
 愚民共は一度、味を占めてしまったぞ?
 力で奪い犯し殺す事に慣れてしまったぞ?
 たとえ我等を滅ぼしたところで『力の世界』は滅ぼせまい。
 セイフォートは滅ぼせない」

《…人類を舐めるな、エネミー。
 頽廃と暴虐の宴も酣を過ぎれば後に残るのは悔恨の念のみ。
 彼等は決して人の心まで失った訳ではない。
 其の目を覚まさせる為にも私は戦うのだ》

「ふははははっ!
 同胞の血肉を喰らうケダモノ共に、人の心だと?
 人類や心が勝利するなどというのは、映画やコミックの中の幻想に過ぎない。
 やってみるが良かれっ!」

《やらせて貰おう!
 私は信じている、人々の心を…正義の心を!
 国を、家族を、友を想う愛の心を!
 そして決して挫けぬ魂の力を!
 何故なら私はアメリカ合衆国大統領だからだっ!》

鋼鉄の巨人が、エネミーを葬ったハンドガンを棄て、
展開した収納コンテナからアサルトライフルを引き抜く。
対峙するオーレギ大統領も咆哮を上げ、其の本性を現した。
狼と人が混ぜ合わさったような巨大なエネミーと化したオーレギが、
鋭く伸びた爪を広げてパワードスーツを迎え撃つ。
牽制の弾幕を飛び越えて来た小型エネミー達をブースト移動で機敏にやり過ごし、
体勢を整え直す暇を与えず即・反撃にて沈黙させるが、
オーレギは其の動きを読んだ上で、一拍子遅れてパワードスーツへとタックルを仕掛ける。
最初の弾丸など意にも介さずに距離を詰めると、
小型エネミーを倒して新たにターゲットを求める銃身を払い除ける。
其の力は凄まじくアサルトライフルが一撃で拉げ、
パワードスーツも機体を覆うシールドを割られた上、体勢を崩してしまう。

「貴様も、この爪の餌食にしてくれるッ!」

もう片腕の爪が、がら空きとなったパワードスーツの脇腹を貫くべく突き出された。
だがパワードスーツのブースターが点火されると同時にオーレギは自らの軽率さを呪う。
払い除けで崩れた体勢を直そうとするよりも、
其の勢いを乗せて攻撃に転じる事を相手が選んだのだと知ったから。
パワードスーツが一回転して今度はオーレギの爪をアサルトライフルで弾く。
そして其の時にはもうパワードスーツは装備を取り替えていた。

「迂闊…っ!」
《これが大統領魂だっ!》

グレネード弾を至近距離から食らったオーレギは、
腹を爆ぜさせて血と臓物を周囲へと撒き散らせる。
血反吐を滴らせながら一歩下がり其処で膝を突いた。
こんな状態になってもまだ意識があるという恐るべき生命力だが、
其れでも致命傷には変わりないだろう。

《私の勝ちだ。最後に聞かせろ。
 貴様等の指導者…ステイツの新・大統領は何処にいる?》

「……そうか…お前がアメリカの……
 ならば其の機体が…あの『バルドイーグル』だったのか…
 ふっ、良いだろう……
 私にとっては力こそ全て…
 強者たるお前には……私を打ち破った褒美があっても良い…
 ギアナ高地のアウヤンテプイ(悪魔の山)…我等カルナヴァルの根城よ。
 …だが、私は所詮…四天王の一人に過ぎん…
 ……四天王はまだ3人残っている…っ!
 くく……一足先にあの世で…待っている……ぞ………」

息絶えたオーレギを尻目にパワードスーツ・バルドイーグルが部屋を後にしようとするが、
其の背に向けて、サミット出席者の一人が声を掛けて其れを制止する。

「…マイケル・ウィルソン大統領殿……行ってはいけない…」

《どういう意味かな、タルタ大統領》

「………やはり貴方だったか…
 留守中、あの副大統領に嵌められテロリストに仕立て上げられたという噂は本当だったのですね…
 アメリカ合衆国は今や徹底した反対派弾圧で完全に乗っ取られてしまっている」

タルタ大統領が携帯端末を起動させる。
サミットの議題にも上がっていたレイシスト国家の中にアメリカ合衆国も含まれており、
端末に記録されたアメリカ合衆国の現状をバルドイーグル搭乗者…
合衆国の真の大統領マイケル・ウィルソンへと示すのであった。
再生された映像は新政権の政府政策推進部が作成したものらしい。

《親愛なるアメリカ市民の皆さん、こんばんは。
 合言葉は「ノー・モア・バルドイーグル」。政府政策推進部からのお知らせです。
 卑劣な手段を用いて軍の追撃から逃れたバルドイーグルが各地で煽動活動を行い、
 其れに同調する者が増えているようです。
 私はアメリカの一市民として残念でなりません。
 テロリストの首謀者に唆された人々よ…思い出して欲しい。
 『正義の心』を。アメリカの心を…
 今、投降すれば、まだ罪は軽い筈です。
 ですが、もし投降しないのであれば、
 新合衆国憲法により、バルドイーグル賛同者の4親等以内の家族、
 同じ学校の学友、職場の同僚などに該当する人間は、公開処刑される事になります。
 テロリストの同調者達よ…
 貴方達に『正義の心』が残っているならば『其の男』を捨てるのです。
 合言葉は「ウィー・ラヴ・リカルド・ホーク」
 政府政策推進部からのお知らせでした》

そして表示されるハートマークのキモすぎる顔。
独裁者たる新大統領リカルド・ホークの顔を加工したものらしい。

「このハートマーク顔が気に食わないと言って、
 映像の製作者はおろか局そのものが物理的に粉砕されたと聞く。
 新大統領の支持率を御存知か?……100%です。完全な独裁政権です。
 嘗ての大統領とはいえ容赦されますまい。のこのこと出て行ったら……」

《…ご心配痛み入るが……
 先程も言った様に私は人々の心を信じている。国民のアメリカ魂を信じている。
 リカルドは知る事になるだろう。
 恐怖では決して人々の正義の心を封じ切る事は出来ないという事を…
 正義無き暴力が無力であるという事を…正義と自由の灯火は絶えぬという事を…
 そして最後には正義が必ず勝つのだという事を…
 今からこの私がレクチャーしに行ってやる。
 何故なら私は……アメリカ合衆国大統領だからだっ!》
執筆者…is-lies
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