リレー小説5
<Rel5.LWOS1>

 

宇宙港を備えたセンタードームを中心に広がる月面基地は、
旧世紀の宇宙開発計画時に建造された月面都市ベギナーズとして知られている。
30年程前にジェールウォント・カディエンス財団代表が、
ベギナーズのものぐさ女市長を口車に乗せて、
彼女をネトゲ廃人にし、都市の実権をまんまと掌握したのだ。
そして第三次世界大戦終結後にジェールウォント財団が入れ込む組織…
『LWOS(Living Weapon development Organizations/生体兵器開発機構群)が、
ベギナーズに根を下ろし…本格的な基地化を推進したのであった。
地球の月見死守同盟を筆頭とする反月開発団体などと敵対する事になってしまったものの、
そんなものは月基地が齎す莫大な利益の前では塵芥も同然だし、
其の矛先は殆どがベギナーズに集中し、LWOSやジェールウォント財団への攻撃など微々たるもの。
嘗ての闇組織SFESがリゼルハンク社を支配していたのと同じ事だ。

 

(…ふん、ラスアーク・アズ・リアン…あいつの裏切りさえなければ、
  そもそもLWOSなどという新たな流れを作る事も無かった。
  セファリエ…やはりラスアークは駄目だ。
  君に最も相応しかったのは、やはり私だけだったのだ)」

セファリエ…
片思いしていた女へと思いを馳せるLWOS最高責任者バルハトロス・レスター所長。
学生の頃の記憶を元に妄想が構成され、何度も繰り返し夢想したifの世界が広がる。
部屋は妄想に塗り替えられ、小奇麗な大学の研究室となり、バルハトロス本人も其の姿を変えた。
顔や手に刻まれた皺は失せ、白髪は色を取り戻し、若々しい在りし日の姿となる。
そんなバルハトロスの前に、妄想のセファリエが現れた。
ガラス越しに陽光を受けて輝くセミショートの金髪も、
小さく愛らしい顔も、優しさを湛えた瞳も全てが学生時代と変わりない。
ニューヨークのロッズチェルドー大学で知り合い、
バルハトロスが一目惚れした其の優しい微笑みを浮かべながら、
妄想のセファリエは小首を傾げて問い掛ける。

「どうしたの、レスター君?」

セファリエ・ライエンは明るく社交的、聡明で研究者としても将来有望な才媛で、
暗くて内向的な学生だったバルハトロスにとって一際眩しい存在であった。

「いや、セファリエ。
 能力者のクローン生成による能力の継承について、ちょっとね…」

美しさと知性と優しさを兼ね揃えたセファリエ…
学生の事から傲慢な天才であったバルハトロスは彼女に恋をし、
天才である自らの考えが間違っている訳が無いという理由で、彼女の全てを肯定、
彼女を神格化してしまう程にまで一途に想いを募らせた。

「駄目よ、レスター君。
 教授に怒られたばかりじゃない。クローンは国際法で禁止されているって」

2305年、
人類混乱期で国家と看做されない程にまで人口が激減してしまった大韓民国は、
人口を人類混乱期以前のレベルにまで戻そうとしてクローンに手を出した。
2億を超える人口の爆発。
新生国連から非難されたが其れも内政干渉と突っ撥ねれば良いとばかりに無視し、
其の勢力を称え国名を超韓民国と改めた……は良いが、
当然の如く、超深刻な食糧不足土地不足仕事不足に見舞われ、
結局クローン1億7千万人を都市部から即・放逐するという暴挙に出た。
全世界でウケを取った茶番だったが、周辺国は笑ってばかりもいられない。
飢えたクローン達が超韓のみならず周辺国にまで大挙して押し寄せて来たからだ。
これによって日本では西側の反超韓感情が増大し、
後に西日本に成立する事になる極右国家・日本皇国の土台を築き上げた。
因みに中国では其の時期、餓死者が極端に減ったという。
各宗教勢力の圧力によって続いていたクローン人間国際禁止法は、
この事件の混乱もあって、旧世紀よりも更に徹底されたものとなったのであった。

「でもセファリエ。
 宗教や極一部の例を理由に、科学の発展が妨げられるなんて健全じゃないよ。
 君だって同じ考えだろう?
 其れに能力者の能力がクローンにも現れると仮定するなら重要能力者だって…」

始まりの結晶Hope到来による能力者誕生と、
其の解析による結晶技術に期待が寄せられている時代。
能力者の誕生による様々な混乱や犯罪の発生にも関わらず、
多くの国で能力者が尊重されている理由が其処にある。
彼等は見返りとして結晶技術の発展に寄与し、
持ちつ持たれつつの関係を築き上げていたのだ。
だが能力者も平等ではない。
結晶能力は能力者本人の資質以上に、
其の思想や経験などによって力が決定付けられるケースが多く、
結晶能力に対する理解と研究がまだまだ未発達であったこの時代では、
『一般的』な大勢の能力者よりも『変り種』な稀少能力者が優遇され、
また『臍で茶を沸かす力』を持つ稀少能力者であったとしても、
研究や技術発展に対する寄与が極端に低く需要に合わない者は冷遇された。
非能力者と同様、能力者もまた『変り種』で『需要のある』者が引っ張り凧となった。

「心臓が破損しても無事な能力者なんてのがメキシコで確認されたそうだし、
 不老不死だって夢じゃないかも知れないんだ。其れを…」

セファリエと話す事それそのものが楽しいとばかりに、
バルハトロスは普段の無愛想さが嘘の様に快活に喋り続ける。
この会話は実際にバルハトロスが過去に行ったものとは異なり、
バルハトロスの主観と願望が混ぜ合わさった妄想でしかないのだが、
其れでも彼の記憶が元になっている事に変わりは無く…
少しでも気を緩めれば妄想を破って真実が顔を出してしまう。

「セファリエ…ちょっとこっちへ来てくれ。
 さっきの霊魂学の話だが……」

「あ、今行くわね」

いつの間にか近くに来ていた青年に呼ばれ、セファリエがバルハトロスに背を向ける。
世界が急に精彩を欠き、闇に包まれていく。
其れこそが真実。バルハトロスの本当の過去
「ラスアーク・アズ・リアン…っ!」

青年の名を苦々しく呟くと同時に、
バルハトロスの手に力が篭る。

あ、ああああああああっ!
回想の世界が、劈く悲鳴によって打ち砕かれて元の姿を取り戻した。
病んだ眼をした中年に戻ったバルハトロスが現状を把握する。
肉と脂に塗れた解剖衣に身を包んだ己と、手にしたミスリル製超振動メス。
目の前の台に連なるよう横たわり、
胸部を切開させられ、拘束用の触手と一体化させられた手足を震わせている少年少女。

バルハトロスは執刀中だった。
闇組織SFESより支援を受けていたハーティス博士製作D-キメラの解剖。
彼等の力の源であるの切除が其の目的なのだが、
ハーティス博士の造り上げたD-キメラの生命力ときたら、
既存のあらゆる動植物、エネミーを含む異形、獣人などの超人兵器、
其れまでにSFESが扱っていたD-キメラすらも及ばない代物で、
肉体が欠損しても、周囲の物質を取り込む事で己の肉とする力を持っていた。
最初に耐久テストを試みた時も、この機能によって所員が何人か負傷している。
周囲の物体を取り込む事については、
最初から其の餌をキメラの肉体に接続してやる事で解決したが、
再生する前に核を取り出す必要もあり、
其のままでは解剖もままならないという事で彼等はまず下地を整えた。
大量の投薬に絶食、結晶能力による封印や催眠。AMF。
そしてハーティスD-キメラの再生能力といえど痛みや疲労が変わらない事から、
肉体的精神的な暴行を繰り返す事で其の力を僅かでも磨耗させようとした。
解剖中にも常に体に負荷を与え続け、養分や血を吸い続け、
肉体の保持に必要な最低限のものしか残さなかった。
結果、彼等の超再生能力で傷が塞がれる前に、其の核を取り出す事に成功したのだ。
力の源であった核を失った少年の肉体は改造人間程度のものとなり、
肉体のあまりの負荷に耐えられず其の意識は瞬時に途切れた。

「…能力者は実験体2に延命処置を。
 所長、実験体3の核切除はもう少し慎重にやってみては?」

「1体や2体、実験体が毀損した所で何を怖気る?実験を続行しろ。
 重要なのは核だ。肉体など幾らでも替えが利く

残った1人のD-キメラ少女が、暴力や催眠や投薬で朦朧とした意識の中、
近付いて来るバルハトロスを呆然と眺める。彼の手に握られたメスを認識する事も出来ない。
そんな時にスピーカーからバルハトロスの待望していた報告が入る。

《所長、ベリオムセンサーを連れて参りました》

「おお、やっと来たか。
 3体目の核切除はお前達で済ませろ。
 私はセンサーを見に行く」
執筆者…is-lies

「良くぞやったベリオムよ」

廊下でバルハトロスを待っていたのは、銀髪の男ベリオム。
人間の姿をしてはいるが、LWOSが開発したオリジナルタイプの生体兵器である。
LWOSが主力商品としているLWH(Life-Weapon "Human" Version 2.30)は、
優秀な軍人や能力者の遺伝子をベースとして生み出した人間型生体兵器で、
人間レベルの枠組みは外れてはいないものの超人といって良い身体能力に、
良好な安定性と生産性…そして何より汎用性に優れる商品であった。
ベリオムは其の第二世代。
通常のLWHどころかLWOS全体のレベルから見ても頭一つ抜きん出た力を持ち、
単独でLWOS主戦力の一角を担い、LWOS最強と呼ばれる事すらある。
彼はバルハトロスの体に染み込んだ臭いを感じ取り、
内心、吐き気を催しながらも表面は冷静を装うべく心掛けようとするが、
考えが顔に出る性分故に…どうしても眉間に皺を作ってしまっていた。
とはいえバルハトロスにとっては、そんなものどうでも良く、
今ベリオムがストレッチャーに乗せて連れて来た人物の方が最重要と、
ベリオムの表情など気にも留めてはいなかった。

「これがルーラー…いや、トル・フュールのセンサーか」

ストレッチャーに乗せられた黒髪の少年は、投薬で深い眠りへと落ちている。
協力組織でもある白き翼と共同でLWOSが監視を行っていたこの少年は、
第四次世界大戦の英雄『フライフラット・エース』。
だがバルハトロスは、エース少年が重要であると知りつつも確保しようとしなかった白き翼に業を煮やし、
結局、秘密裏に拉致する事を選んだ。

「ふふっ、ベリオムがマーズ・グラウンドゼロから生還した事は白き翼とて知らぬ筈。
 出し抜いたぞ…!
 トルの存在を知るのは私と白き翼のみ…其のセンサーは私の手に…!」

バルハトロスの部下であるベリオムがエース少年を拉致したのは、
火星帝国が精鋭を掻き集めて作った軍が、闇組織SFES総裁であるネークェリーハを捕縛すべく集まった地…
其処で起きた事件は巨大なクレーターと共に軍を消滅させ、生存者は皆無と看做されている。
だが、マーズ・グラウンドゼロと名付けられた其の場所から生還を果たした者が居た。
1人はベリオム。
1人はベリオムが拉致したフライフラット・エース。
1人はベリオムの同僚であるアレット。
1人はベリオムと同行していた手伝いの少女オルフィエ・ルゥエル
エース以外、全員LWOS側。
バルハトロスが、この事件に於ける勝利者が自分であると思うのも当然と言えよう。
「生憎だがバルハトロス、
 其のトルってヤツの事…SFESのトリアは知ってたみたいだったぞ?」

「ああ、そうだったな。お前の報告書も目を通させて貰った。
 ルーラー即ち『動かざるトル・フュール』とな…古代火星文明の支配者…か。
 合点がいったというものだ。
 これこそが一族の彼岸であったとは」

一人勝手に納得するバルハトロス。
どうも彼の一族とやらに関わる話らしいが、そんなものベリオムは知らないし知りたくもない。
「そしてSFES代表創立者代理トリア…恐らくそいつの正体は、
 八姉妹オルトノア…其のクローンだろう」

「八姉妹のクローンだぁ?」

「聖女だ何だと祭り上げられたところで結局は能力者…
 SFESが其の力を求めて複製を造り上げていたとしても不思議は無い」

其れは非能力者であるバルハトロスだから言える事だとベリオムは思った。
能力者にとって八姉妹や結晶は単なる力などではなく、
深層意識に刻み込まれた抗い難い何か…なのだから。

「所長、お待たせ致しました」
手術室から所員達が出てくる。
どうやら最後の核切除も無事に成功したらしく、
所員の持つ、保存液が満たされた3本のシリンダーにそれぞれ核が浮かんでいた。
Cの字状に湾曲し、穴のようなものが1つ開いている宝石のような物体…
其れこそが核。
D-キメラ全てが持つ心臓部であった。
「…くくく……ハーティス・ポルフィレニスの遺物達の解析も進み、
 其の内部にある核も……この通りだ。
 ハーティスの研究所で抑えた端末を解析して得た情報によれば、
 これら遺物達はDNGナンバーと呼ばれるハーティスオリジナルのD-キメラであり、
 通常のD-キメラ同様、超獣の核を使用している事が明らかになった」

「………」

「そして其の機能は、
 ベリオム。お前の超再生機能と同等のものだ。
 …くくく、解るか?
 詰まり…私の研究は…
 古代火星文明の遺産をほぼ牛耳ってきたSFESの研究成果と同等であったのだ!
 しかも私は其れを超獣の核などを使用したのではなく、
 私の理論で独自に開発する事に成功したのだ!」

超古代火星文明の遺産である『超獣の核』を使用したSFESの生体兵器D-キメラDNGナンバーの力と、
開発に於いて生物学、霊魂学、魔導科学の3方向からアプローチを行なって拵えたLWOSの生体兵器ベリオムの力。
其れが同等である為、LWOSの方がSFESよりも生体兵器面で優れているという考えは頷ける。
だがベリオムは…マーズ・グラウンドゼロを生き残った者達は知っている。
SFESはもっと異様で強大で…八姉妹同様、言葉で上手く説明出来ない存在を生み出していた事を。
追い詰めたSFES総裁ネークェリーハが、SFES代表創立者代理トリアによって変異させられた成れの果て…
この事はベリオムもバルハトロスへの報告書に記載してはいたが、
ベリオムやオルフィエは実際に戦った訳ではないし、アレットも陽動程度しかしていない。
異形化したネークェリーハのスペック予想については単なる妄想に寄る所が大きく、データも収集出来ていない。
報告書に載せた情報から其の…どうしようもないまでの力差を読み取る事はバルハトロスに出来なかった。
(オッサン…SFESが舞台を降りたとして…アンタは其れに成り代われるのか?
  夜郎国の王サマがどんだけ自慢話したところで現実は何一つ変わりゃしねぇ。
  トル・フュールって現実にアンタは本当に立ち向かえる器なのか…?)
執筆者…is-lies
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