リレー小説5
<Rel5.白水加奈人1>
《みんなッ!
僕達の人生はッ、後どれだけあるかなッ!?》
隔離区の歩行者天国の中央に、
イベント用の野外特設ステージカーが停まっており、
幾つものディスプレイを合わせた特大画面を背にした白水加奈人が、
カイトに見せた緩い調子とは無縁の熱さで、
マイクを片手に、犇めく聴衆達相手へと語ってみせる。
《人類混乱期の名残や法王庁の圧力で、
延命技術もクローン技術も僕達は発達させられないままでいる。
僕達に残された寿命ってどれくらいあるか解るかい?
そして其の限られた…有限の生で、
どれだけのアニメを視聴できる!? どれだけの漫画が見れる!?
どれだけラノベを読める!?
…僕等ってそんなにも時間あるっけ? そんなに余裕あるっけ?》
「Noooooooooooo!!!!」
「なーーーーーーーーーいっ!!」
「時間くれーーーーー!!!」
解り切った問いに、解り切った反応。
さもなくば秋葉原隔離区などに好き好んで居付いたりなどしない。
《ある訳ないよね。
僕等は飲まず食わずで読み続けられたとしても、
この世にごまんとある娯楽の極々一部すらも知れないまま終わるだろう。
本来なら僕の話なんて聞いてる暇ないよッ! 僕だってしたくないよッ!
にも関わらず、こんな話をしなきゃいけない一大事!
数十年先どころか明日の未来さえも怪しくなってきた!
そう!
ネオス日本共和国が遂に僕達へ銃口を突き付けてきたんだッ!》
バックのディスプレイに次々と表示されるのは、
ネオス日本の国会中継や、隔離区批判のドキュメンタリー番組を切り貼りしたものだ。
明らかな扇動…
だがそうでもしなければ身を守る事さえままならない。
基本、遊びたいという一心で集まった烏合の衆でしかない隔離区の面々が、
ネオス日本共和国の自衛隊を相手取らねばならなくなった現状、
致し方のない処置であった。
《彼等が言うには僕等はテロリストで危険分子らしいけどっ、
こりゃ酷い言い掛かりだよっ!
僕達、ヲタクは殺人をしたり重度の犯罪を犯したりなんかしない!
何故なら毎日アニメを見る為、そんなものに関わる暇なんてないからだ!》
そんなもんだと納得する住民達。
実際に隔離区の犯罪発生率はそう高くもないのだが、
遊び優先で仕事を蔑ろにする人間は多いし、其れ故に娯楽品欲しさの窃盗も多い。
結局、人々の認識する世界は噛み合う事がない。
噛み合わない統計、噛み合わない演繹、噛み合わない真実、
人間の不完全な認識は其の世界の不完全さを齎し、
そして不完全な世界は他の世界を破壊する事でしか真実に成り得ない。
《ネオス日本が自衛隊を動かす以上、僕達も防衛を…》
「お待ち下さい!」
白水加奈人の言葉を遮ったのは、
秋葉原メイド協会会長の笑福亭・呂光(しょうふくていろこう)であった。
「白水さん、貴方ともあろう方が何ですか見っともない!
どうせフリですって。ネオス日本は攻めてなんか来ません。
ただでさえ防衛費が秋葉原の財政を圧迫しているんですよ?
皆さんを変な方向に扇動しないでくれませんかね」
認識する世界の不完全さが齎す歪みの最もたるものが其処にあった。
強権による支配がなければ世界が分断してしまう。
よって支配者は嘘だろうが欺瞞だろうが強権を以って世界を纏めなければならない。
エントロピーの法則と呼ばれる単なる結果論が示す如く、全ては結果的に分断し拡散して行く。
水の下(ひく)きに就くが如し、人も同じく。
「そもそも防衛費なんて1〜2年、0にすりゃ良いんです。
どうせ何処も攻めてなんか来ませんって。
来たとしても竹槍か何かで対処すれば良いよ」
この、他人の広報活動に乗じて自分の独演会を始める輩とて、
隔離区を構成するオタク達の一角に強い影響力を持っていた為、
反ネオス日本の世界を作る為、抱え込む必要があった。
オタクというだけの接点を強調し、其れ以外のあまりにも歪な箇所を無視した。
結果が、この有様だ。
《…実際、自衛隊が動いてる以上、何もしない訳にもいかないんだけどねぇ。
結晶捜索事業も関わっているって話もあるし、
鉛雨街のついでに秋葉原隔離区を狙う連中ってのはネオス日本を抜きにしても結構いるんじゃないかな?
アメリカが肩入れしてる新生大名古屋国も…》
「仮に連中が攻めて来たら、もう黙って殺されちゃえば良いんだと思うんです。
平和を貫いた清く正しく美しいオタク達として後世に語り継がれるでしょうから。
…万が一戦争になったら僕は外国に逃げるけど」
世界が共有できないとは、詰まりこういう事だった。
そんなものを抱え込んだのが誤りだったと言うのは容易い。
群れを成さねば駆逐されるだけという人間の無力さに眼を瞑れば、だ。
《(…こりゃ、もうダメかなぁ?)》
ネオス日本が本格的に動き出してから今更のように、こんな事を始めている…
笑福亭を筆頭とする異分子の排除さえも出来ないままに。
反乱にて築き上げた解放区が、未だに砂上の楼閣の域を出ていない事を思い知らされる加奈人であった。
執筆者…is-lies