リレー小説5
<Rel5.カイト・シルヴィス2>

 

 

「気に入った。此処に決定」

仙人カイト・シルヴィスが指先からレーザーのようなものを出して書類のサインを完了させる。
秋葉原解放区の経済を牛耳る支配者V・N・Fは、
カイトに背を向け、大型端末に向き合って株の動きにゴーグルのモノアイを左右させながら、
黒服が持って来た書類を一瞥する事もなく言い放つ。

「交渉は成立です。
 秋葉原解放区は貴方々を歓迎しましょう、
 仙人カイト・シルヴィス、そして2人の子供達よ」

「これからまぁ色々世話になると思うが、
 そこらは持ちつ持たれつつってやつで一つ宜しく頼むよ。
 …差し当たってはさっきの書類の嗜好品条項の履行を可及的速やかに」

「仙人様…ちょっと、目が怖い……」
仙人カイトの気迫に、彼の連れである2人の少年、クリルがちょっとビビる。

解放区での調整があって今すぐに利用出来る訳ではないが、
特産品であるゲームやアニメやフィギュアや漫画等を破格で購入する権利をカイトは与えられていた。
勿論、火星でお尋ね者同然の身となってしまった仙人カイトに、
そんな権利を与えるのに吝かではない対価が解放区側にあっての話だ。
カイトが解放区に売り込んだのは自らの実力、技術、そして何よりも遺産に関わる自身そのもの。
ネオス日本共和国が秋葉原隔離区浄化プランを前に自衛隊を動かす姿勢を見せた流れに乗って、
解放区へ自分を傭兵兼技術者としてまず売り込み、更に出自についても答えた。
如何にSeventhTrumpet教団の力がまるで及んでいない秋葉原解放区とはいえ、
教団から大々的に指名手配されているカイトを受け入れるには難色を示したが、
其れも彼が超古代火星遺産に関わる『守護者』であると聞いては一転、受け入れを決定した。
第四次世界大戦で世界を手玉に取った大名古屋国の例を見ても、
古代火星文明遺産の影響力の強さが解るというもの。
そして其れ以上に、SeventhTrumpetの教祖であるサミュエル・スタンダードが、
破滅現象を食い止める為、古代のアーティファクトを捜索すべし…
…という法王の見解を伝えた事で、遺産への関心は更に高まったのだ。

よって解放区側がカイトを歓迎するのは不思議な事ではない。
SeventhTrumpetからは睨まれるであろうが、海外の諸国家は基本的に秋葉原解放区に否定的だし、
そもそも秋葉原解放区が生まれてしまった原因の一つは、
創作活動を極端に規制するネオス日本のメディア浄化法であり、
其のメディア浄化法を後押ししていたのは海外の無責任な、批判という名の責任転嫁だったのだ。
ネオス日本が有害な創作物を野放しにしているから世界の犯罪発生率は低くならない。
まるで自分達が、たかが創作物に即感化されて犯罪に走る脳味噌皆無の劣等生物であると主張しているかのような、
奇妙で訳の解らない暴論に反対する者も居たが、彼等は皆『犯罪者予備軍』のレッテルを張られて言論を封殺された。
物証は不要であると断じられ、感情論のみに従いメディア浄化法が成立した。
各国も、そしてネオス日本そのものも第三次世界大戦の傷痕が生々しく、国民の不満は高まっていた。
生きるのも難しいのだから、創作活動などといった娯楽は削って当然。まずは当面の生活が第一。
そう考える事の出来ない『少数派』の町が、この秋葉原解放区なのである。

「仙人様…もうちょっと自重した方が……」

「良いじゃないかー。
 人はパンによってのみ生きるのではなく、
 (廃)神の言葉、そして萌によって生きるのだよ」

V・N・Fを支える幹部、白水・加奈人が軽薄そうな見てくれそのままに言ってみせる。
ネオス日本共和国のライフラインが断たれている秋葉原隔離区が、
町としての機能を維持しているのはV・N・F以上に、
この加奈人の縁にプロギルドがあるというところが大きい。
カイトが収集した情報によるならばプロギルドマスター白水・東雲の親類縁者である可能性が高く、
世界中で活躍しているプロギルドの財力が秋葉原隔離区を後援していると見て良さそうだ。
というか、そうでもなければ今日まで独立して街を栄えさせる事など出来はしないだろう。

「そうそう。
 世の中の偉人って奴ぁ自分の趣味に没頭したり萌えを追求したヲタなんだよ。
 まずヲタありき。そして世が評価するような結果を出した奴が偉人になる!
 そんな偉人の作品を見る訳だから悪影響なんざありゃしないって」

「何かすっごい強引な気がするけど」

探求者は全員オタクと言わんばかりのカイトの発言に、
暁とクリルは呆れ顔を浮かべるが、V・N・Fの反応は違った。

「面白い事を言いますね。確かに思い当たる節があります。
 結果を欲して物事を行う…ではなく、物事を行ったが故に結果と成る。
 其の始まりは飽く迄、自分の為のものであり、
 探求と研鑽の末…或いは其れそのものが勝手に評価の対象となる。
 当然のように思えて実はこれが一番肝心…
 結果を求めるあまりに手段を選ばず暴走する者、
 結果に縛られるあまりに自分を見失い歯車と化す者、
 …結果ありきで動く人間というのは、どうも淀み濁り易いものらしいですから」

「ま、向こうも規制あるなりに頑張ってるみたいだけどね?」

そう言って加奈人が紙袋から取り出したのはネオス日本のファンタジー系漫画であった。
表紙に描いてある戦士達のイラスト一つとっても奇妙な代物で、
鎧を纏った女勇者キャラクターの武器は刀身の無い柄だけの棒切れで、
精悍な顔付きをした巨漢の戦士も両手に盾を持って武器らしきものは何も無い。
アーチャーと思しき少女が手にしている矢はラバーカップのようになっており、
老齢の僧侶らしき男の服には『暴力反対』『戦争反対』とか書かれている。

「うぉおお!行くぞ魔王!
 でも暴力はいけないから話し合いで決着だ!
 ……金出します土下座します靴舐めます股の下潜ります、だから魔王様は改心して下さいおながいします」

この後、更に勇者は魔王の要求に従い、
戦士とアーチャーと僧侶を本人同意の上、奴隷として差し出し和平を結びハッピーエンド。
男女比は平等、女性差別への対抗として主役は女性が好ましく、
流血表現禁止、死亡表現禁止、タバコや薬物禁止、
キャラクターの人権を尊重する…其れがネオス日本の創作物であった。

「これは…これで新鮮だな。てか新鮮過ぎるだろ」

「因みにこれ規制に引っ掛かって発禁になった奴ね。
 人類と魔王の対立構造を描くのは野蛮だとか、
 このキャラクターの同意が作者による強制であった可能性があるからだとか」

「突っ込みどころが狂ってら。
 だが、こういう形ででも残るとは…逞しいというか何というか。
 これで本当にネオス日本の連中って満足出来てんのか?」

「最近、規制を緩めたから幼女ブームが起こっているーって吹聴しているけど、
 実際には幼女の定義を変更した婆様ブームらしいよ。70歳のロリっ娘とか」

「……………」

もう何が何だか解らない。
カイトも流石に想像して気分を悪くする。
其れでもネオス日本の若者にとっては住めば都程度なのかというとそうでもない。
あまりの惨状にネオス日本を脱したのが5割。
半ば自虐ヤケクソとネタでババアに熱狂しているのが2割。
スポーツや勉学・仕事を新たな娯楽としたのが2割。
新たな娯楽を見付けられず無気力化したのが1割(更に少数は首を吊った)。
そして本当に適応してしまったニュータイプが極少数。

「若者の健全な成長を促し、弛んだ精神を叩き直す意味があるって規制を進めたけれど、
 対象が幼女から婆様に変わっただけみたいだし、無気力さにも拍車が掛かってるっぽいよ。
 ま、旧世紀から二次元やフィギュアに没頭してきただけあって反動も凄かったって事だねー。
 確かに創作側もレーティングのチキンレースをやり過ぎた感はあるし、海外からの陳情もあるんだろうし、
 言うように仕事に真面目に取り組む勤勉な人も増えたとはいうんだけれど、
 少なくとも僕達は嫌ぁーだねぇ。まだまだ好きな事してたいもん」

社会に相応しい人間として振舞うのは、社会に出てからで充分であり、
其れまでは好きに遊んでいたいという加奈人の言葉は、本来ならば褒められたものではない。
だが其れこそが秋葉原解放区に住まう大半の意思であるし、
各国に創作物を流す事で糧の一つとしている秋葉原解放区での正しい生き方だった。
ならば部外者であるカイト達が口を挟めるようなものではない。


今現在、カイトを指名手配しているのはSeventhTrumpet教団ではあるが、
彼等の教祖であるサミュエル・スタンダードが火星法王庁で法王代理となった為、
火星法王庁のSeventhTrumpet化が急速に進んでいる。
彼等が力を増してカイトを本格的に攻撃してくるのにそう時間は要らないだろう。

そして嘗てカイトが破門した弟子であるユリアンもまたカイトに宣戦布告している。
彼は組織『白き翼』のバックアップを受け、カイトを住処のオリュンポス山から下山せざるをえなくした。
…タイミング的に、火星法王庁へ根回しをしたのもユリアンかも知れない。

白き翼については何もかも不明ではあるが、
強大な軍事力、科学技術を保有した秘密結社のようなものらしく、
其れだけの力を持ちながら存在を隠し通せている事が其の実力を裏付けている。

「(あの魔女っ子少年は『白き翼』を煽っただけっぽいし、
  ひとまず
  『SeventhTrumpet』『白き翼』『其れを扇動した連中』
  の3つが俺を狙っているって事だよな。
  …ま、胸の内はこの解放区の連中と大差無いんだろうが)」

比較的、手を出し難い場所に来はしたが、
其れでも尚、彼等が向かってくるなら叩き潰すのみ。
鬱陶しくはあるが、来たら来たで退屈はせずに済む。
不老不死の仙人たるカイトにとって最大最悪の敵とはやはり退屈であり、
そういう意味でも秋葉原解放区には与する価値があるのだ。

「さて、やっと落ち着いた訳だが…
 暁、クリルきゅん!
 ……ちょっと服でも買いに行こうか
執筆者…is-lies

  ネオス日本共和国、秋葉原隔離区

 

《火星法王庁のサミュエル・スタンダード枢機卿は、
 ラ・ルー・ヌース法王が新たな神託を受けた事を発表しました。
 世界を救う為の神具の収集を妨害せんとする悪魔王の到来を予言し、
 この悪魔王『変態好色魔王』の討伐と、
 フォボス遺跡調査隊の派遣の二点を各国に要請する運びとなりました。
 この変態好色魔王については人相書きを発表しており、
 近年の誘拐事件の大半が、この魔王の仕業であると断定しました。
 火星法王庁舎前に、我こそはと協力を申し出る志願者が殺到し、
 近日中に『変態討伐義勇軍』が編成される運びとなっております》

「碌でもない奴がいたもんだな!」

秋葉原隔離区の結晶街口にある老亀本店ビル壁面の街頭ビジョンに流れるニュースを見て、
仙人カイト・シルヴィスは、自分の顔そっくりの人相書きを冗談交じりに罵ってみせる。

「これ…仙人様なんじゃ…」

「だろーなー…
 (まぁユリアンの仕業だな)」

不安げに指摘する暁少年にもカイトは、
当事者であるというのに、まるで我関せずと余裕の態度を崩さず、
「古色蒼然とした御約束の運びだ」と苦笑する。

「酷い…これSFESのやっていた犯罪も仙人様の所為にされてます」

クリル少年の言う通り、
闇組織SFESが行っていた人体実験の廃棄物…
詰まり大量の人骨がリゼルハンク関連施設から発見されていたが、
まるで其れらが好色魔王ことカイトの仕業であるかのように報道されていた。
…オリュンポス山の麓にあるイオルコスでは、カイトは仙人として崇められており、
イオルコスの外では『イオルコス影のドン』とまで噂されていた。
併し顔を信頼できない人間に晒した事などそうはない。
こんな人相書きを出せる人物は極めて限られている。
というか、ぶっちゃけユリアンくらいしか心当たりがない。
そして火星法王庁のSeventTrumpetが、人相書きを出してきた以上、
ユリアンとSeventhTrumpetが繋がっている可能性が高くなったのだが…

「どーでもいーよ、ンな暇人共は。
 ……其れよりも…だ」

事情を或る程度伝えてある隔離区の中にあっては外界での指名手配とてどうという事もない。
そんなものよりも仙人カイトの興味は、目の前の2人に向けられていた。

「似合っているじゃあないか」

コスプレや奇抜なファッションが日常茶飯事なこの街に於いて、
こういう服装の方が溶け込める…とか何とか吹聴して2人の少年に着替えを要求し、
其の結果がこれだった。
暁少年は、フロントの開いたノースリーブの赤い上着にミニスカートとニーソックスという、
隔離区のアニメ『サンマ』の魔法少女スタイルである。
今現在、隔離区に於いて圧倒的な隆盛を見せるP-RANE社の社長が凝っているらしく、
其の影響で『サンマ』グッズの品揃えが増し…カイトの目に留まったという次第だ。
「似合うっていうか何ていうか…
 あー…でもクリル君のはちょっと可哀想な気が…」

クリル少年は髑髏を設えた鍔広の帽子、レザービキニとホットパンツの肌色面積極大の衣装で、
こちらは偶然居合わせた大手芸能事務所員によるコーディネートとなる。
当然、こんな恰好をしたクリルは頭を沸騰させて前屈みになりながら両肩を抱いて縮こまっていた。
そんな彼の醜態を眺めつつカイトが呟く。

「ふむ、胸強調のポーズか…(キリッ」

「違いますっ!
 せ、せめて別の服に…」

「折角の住人の好意を袖にするなよ。
 俺的にも露出過多は趣味じゃないが、
 これから一緒に過ごす住人との関係は出来るだけ良好にしとかないとな」

「此処の人達との良好な関係って、何か不健全っぽいような…」
大量の薄い本や、丸めたポスターを詰め込んだ紙袋を両手に提げたカイトの姿を、
白い眼で凝視していた暁少年だが、
ふと何やら閃いたように表情を悪戯な其れに一変させる。
「っていうか仙人様も着替えようよ!」
「そ、そうです!
 ボク達にだけこんな格好させていないで、
 仙人様も何か着てくれないと不公平ですよっ!」
「は? 俺?」
執筆者…is-lies

「ネタに走ったキワモノでも良かったんだが、
 折角だからお前達に合わせてみたぞ」

「…仙人様?」

疑問符が付けられるのも致し方無し。
暁達の目の前に現れたのはカイト…のようなそうではないような……
カイトの面影を残した、暁達と同年代位の少年だったからだ。
首から提げた、漆黒の宝石をあしらったネックレスに、
黒いパンツ一丁という殆ど裸身に近い恰好は、
何の誤魔化しも無く、カイトの体型そのものが変化している事実を誇示している。
前頭部と後頭部の髪をピンと立てた其の髪型から、
詳しい人間なら古典アニメ登場人物のコスプレをしているという事だけは解ったのだろうが、
暁もクリルも其処までディープな知識を持ってはおらず、
ただただカイトの変貌振りに困惑するばかりだった。

「さっきまでの体型じゃ、このコスプレは厳しいからな。
 ちょいと体を変えてみたんだ。
 ……っと、お望みなら口調も変えようか?」

「声まで全然違う……」

改めてカイトの何でもありっぷりに呆然とする暁とクリルだったとさ。

(ま、種も仕掛けもシンプルなもんだがな。
  このボディーにゃ碌な武装もないが…まぁ此処ならそう心配もないか)






 

「ふふン…この辺りも随分と洗練されて来たもんでしゅね」

秘書の青年を従えて往来をゆくのは30p程のヌイグルミ…
青い帽子を被った緑色の球体に、短い手足が付いているというマスコット染みた容貌だが、
唯のヌイグルミなどではあろうはずもなく、
秋葉原隔離区に大きな影響力を持つ玩具会社P-RANE社の社長『書多(ひさな)ポピー』其の人である。
近々、秋葉原隔離区で同好の士を招いたオフ会を予定しており、
其の下見を終えて散策中なのであった。

「ちょっと前までの判子絵マンネリ設定の美少女一辺倒から脱却し始めたと言っても良いでしゅ!」

ヌイグルミの体躯に程良くマッチした口調だが、
何故、彼がこのような姿をしているのか…詳細を知る者は多くない。
古代から続く少年愛文化の開祖たる神の一柱であるとか、
ショタコンを拗らせたあまり人間を辞めてしまったクリーチャーであるとか、
憑依系の能力者が子供への悪戯目当てにヌイグルミに憑依して出られなくなったとか、
総じて碌でもない噂ばかりが独り歩きしている。

「♀が♂に変わっただけじゃねーの?
 デザインとか見てもXXX付けただけだろ?
 要するに貧乳XXXXの1ヴァリエーションじゃん」

ショタコンもののポスターが溢れる街並みを見渡して興奮を隠せない様子のポピーとは逆に、
眼鏡を掛けた秘書の青年フォーミィがやや冷淡に呟いてみせる。

「其処は追々って奴でしゅよぉ。
 大事なのは…男の子はカワイイ!!
 この真理が一般受けし始めたって所にあるんでしゅ!
 世界が漸くボクに追い付いてきたんだにぇ!」

「ぽぴゅっちって案外大らかだな。
 節操無しとも言うのか?」

「失敬な。
 これでも一人称や……」

そんな秋葉原隔離区に於いては「和気藹々とした」と表現も可能な実のところ、
一般人ドン引きな会話に入り込んでくる猛者がいた。
仙人カイト・シルヴィス。
少年の話題ともなれば、この男が黙っている訳もなし。

「面白そうな話してるじゃないか」

「ムッ……」

突如、書多ポピーが其の眼に歴戦の戦士を彷彿とさせる鋭さを宿す。
少年の姿になったカイトの本質を一瞬で見抜き、ショタコンである事を看破…
其の潜在能力をも瞬時に測定する。

(推定、窈力(ようりょく/おさなきあなのちから・女性の場合は腐力)1500以上は確実……
  
……やる…!
  し、しかも……)


ポピーの眼がカイトの両脇、
暁少年とクリル少年へと照準を移し、
…何と言うか……戦慄顔となる。

(リア充……だと………ッ!!?)

執筆者…is-lies

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