リレー小説5
<Rel5.EU1>
人工天体『アトラス』 EUアトラス本部ビル、本会議場
宇宙空間に悠然と佇み地球を睥睨するのは正八面体の衛星… 地球・月間渡航の優位性を逸早く確保しようとしたEUが建造を行っている人工天体アトラスである。 この1辺40kmの巨大建造物は中継衛星として設計され、 500隻の宇宙船を積載出来、100万を越える人間が暮らす事が出来るという。 其の都市区画中央部に聳え立つEU本部ビルの本会議場では、 各議員が所属する会派ごとに左側から右側に議席が配置されていき、一部の小規模会派は外周に配置される。 最前列に座る各会派代表の視線を一身に受けながら、ファンロンパイ欧州議長が現状の説明を始めていた。 「…詰まり、破滅現象の沈静化があったとはいえ、 現状はあまりにも惨憺で立て直しは困難を極めるものと言わざるを得ません。 アメリカでは証券大手のシルバーバーグリンチが経営難からバンケアに救済合併されましたが、 幹部年収問題や滅茶苦茶な大麻の蔓延やらの諸問題もあって当のバンケアが財務悪化、 シルバーバーグリンチの女CEOが其の角でリョナ要員化している話は皆さんも良く御存知かと思います」 眩い光と共に、一定空間内の全てが消滅してしまうという謎の現象… 第三次世界大戦末期に旧イギリス…ベルトンのイプトで観測された其れは破滅現象と名付けられ、 第四次大戦後、急速に活発化して一時期は地球をも滅ぼしてしまうとさえ言われたが、 いざ地球の各国が避難を決めた直後に沈静化し、とんだ空騒ぎとなってしまった。 とはいえ未だに破滅現象が消え去った訳ではなく、飽く迄沈静化。指を咥えて見ていられる訳も無い。 併し其れと同じくらいに重要なのが経済・産業の再構築である。 アメリカのデリング大統領が提唱する八姉妹の結晶を用いた破滅現象克服に成功したとしても、 大戦や破滅現象での騒動でもって壊滅し掛かった経済・産業を…3年以内に復帰させなくてはならない。 「ああはなりたくないね。 リゼルハンクバンクはもう機能していないも同然だし、 アメリカじゃシスターマリン証券の破綻を皮切りに、 サクセス・ゴルディオン、ShittyBank、アーンスランド・スタンレーにも信用問題が発生しているというし、 まぁ…アメリカが進んで我々のモデルになってくれるのだから、やはり助かる」 「ベルトンもビーアンビーの国有化だとか酷い状態だそうじゃないか」 「あんな国どーでもいーだろ」 「EUではベニルクスでメガバンクに取り付け騒ぎが発生しています。 これがトんだ場合、中国平和保険出資者が被る損害は甚大なものになるかと。 ニーダラントが現在、全力でファルティス国有化を纏めているところです」 「あそこら辺はお花畑脳なのに、こういう時だけは耐性が無いな…」 「ドイツは大丈夫なのか?ハイポ・イマジナリィ・エステートの救済に失敗している!」 「…企業倒産の規模はアメリカのと同規模くらいか? こりゃアイリッシュを笑えんね」 「そういやネクロランドってどうなったっけ?」 「アルゼンチンタンゴを踊ってるよ」 「イスラム共栄圏は宗教的な理由で銀行業務を直接運用出来ないし、 何処もかしこも銀行債相場も急落している…世も末だ」
「抜本的な金利引き下げに取り組むべきだ。 今や破滅現象に匹敵する世界の敵として、 意味不明なインフレ恐慌に陥っている中央銀行マン共が加わってしまった。 特に妄想狂のECB。この責任は無論、追及されるべきだが、 当面の問題である自立的債務デフレの解消も同時に行わねば。 勝手にリフレして抜け駆けする事の無いよう、連携は今まで以上に密にする必要がある」
議場のざわめきに乗って各国の不穏な噂が飛び交う。 破滅現象の脅威に怯えて一度は見捨てたはずの地球だが、 其れでも一部の者達にとっては未だに支配の対象である事に変わりは無い。 あの手この手で保全を考えなければならない。
「中央、南部、東部を切り捨てたいところではあるが…」 「うちの大義名分は欧州統一だぞ?無理無理。 其れにルキア帝国はリスタコス・パイプラインの大事なインフラが通っている。 ロ連がEUに戦争を仕掛けてきた以上、ルキア帝国はEUに無くてはならない。 彼等と共に投資先を拡大させてな……」 「其れこそ混乱の素になりかねん。 我々は冒険をすべきではない」 旧世紀のフランク王国をモデルとした国作りを目的に作られたEUだが、 地域大国オスマン・ルキア帝国を加入させた事によるEU全体の機能不全、 第三次世界大戦の発端となった移民排斥運動と、大戦によるイギリス壊滅、 起死回生を掛けた『アトラス』建造による疲弊、 破滅現象激化から真っ先に動いたのにも関わらず、 騒動の沈静化によって結果的に読みを誤り無駄な出資を行ってしまった事、 そして何より巨大連合体故の認識・行動の遅れが被害を拡大させ、瓦解の恐れすら高まっている。 設立時の理念は失われ、連合の維持のみ奔走する破目となっていた。 必要なのは話を纏めてEU全体の利益へと繋げられる人員… だがEU同士の足の引っ張り合いでEU議会の人選は一向に良くならない。 今の喧々諤々とした議場を収拾出来ないEU大統領ファンロンパイなどが其の最もたるものであった。 「ネオス日本は外貨切り崩しを匂わせているぞ、これは宣戦布告だ」 「そりゃ野党のカンガンスだっけ?名前は良く覚えてないがどうでも良い奴の発言だろ? 連中の吹聴してる埋蔵金とやらが外貨準備高なんぞとホザく時点で終わってる」 「いやいや、小泉は反デリングだから野党の寝言でも、もしかしたら本当に…」 「馬鹿。反デリングであって反アメリカじゃないだろ。 其れに個人の感情で欧州全土…いや世界まで巻き添えにするアホがいるか」 「輸出企業も円高の進行で首切りが横行し結果、景気も悪化するだろうし其処は弁えているだろうよ」 「中国への金、あんなにいらないだろ?」 「遠い中国なんかよりも身近な脅威であるロシアを…ですな」 「おいおい、其のロシアを牽制する為にも、中国には頑張って貰わなあかんのよ」 「併し…よりにもよって中国とは… サンサーラの件もあるし、今の弱体化しきった中国ではロ連を…」 「其処を感じさせないハッタリが中国にはある。現状維持には充分だ」 「維持は其れで良しとして、捨て置く事は出来ないぞ。 ロ連に飲み込まれたのは紛れもなくEUの一部… ラスプーチン政権は解放させる気など毛頭無いし、 民はロ連の強請りに辟易し切っている。武力行使以外に道がない」 「そんな力が残っていたら、ロ連の蛮行を見逃す事もありませんでしたがね。 いや、そもそも我々が落ち目だと睨んだからこそロ連が暴走を始めたのでしょう」 「口惜しい…あの結晶『Hope』の到来さえ無ければ、 アトラス建造によって我等EUの威信を世界に知らしめられていたというのに…!」
そんな様を議場の外周にある公聴スペースから眺めているのは黒いドレスに身を包んだ少女。 隣には場違いなまでに薄汚れた姿をした中国系の少年が所在なげに控えていた。 「こんな所に連れて来て…何だって言うの?」 少年が少女へと問う。 顔こそ整っていて美少年と言って良いが、陰気な態度や身なりが其れを台無しにしている。 いや、身なりという以前に其の体には目立たない程度に幾つもの痣があり、 半ズボンから覗く脚の膝にはまだ新しい絆創膏が貼られている。 中国やロシアに溢れ返るストリートチルドレンのような少年であった。 「助けてくれたのは感謝しているけど… こんなものを見せられても何も解らないし何も言えないよ」 議場の会話になど全く付いていけないと言う少年に、 ドレス姿の少女は抑揚の無い口調で答える。 「この世は回り廻るものでしかなく。 今の主役が次の主役である保証は何処にもありませんわ。 アトラス計画で復権し掛かっていたEUのこの有様…こうはなりたくないと思いませんか?」 「…ぼくは…良く解らない。 何でこんな事になったのかも、どうすれば良いのかも」 「…『Hope』の到来による能力開花がアトラス計画の存在感を無くし、 結晶技術の急速な発展で計画そのものの意義を揺るがしてしまったからだと…彼等は言っていますわ。 『Hope』さえ無ければ宇宙航行の利権はEUが掌握していただろうと…」 EUの目算は間違っていなかった。 嘗てアメリカ合衆国のマイケル・ウィルソン大統領が提唱した様、 火星開拓事業の為に月・火星への航行量は増加し、 其れをサポートする為のアトラス建造は誰もが注目し、EUへの期待も高まっていた。 だがプランの巨大さによる長期化とEUの体質である行動の遅さ、 進まない火星開拓への失望による冷え込みなどから徐々に注目は薄れていった。 其れでもアトラスが完成さえすれば良いカンフル剤となる…はずが、 始まりの結晶『Hope』到来で全てが台無し。 結晶能力、結晶技術の出現。 最早、アトラスなど誰も見向きもしない。 「仕方ないんじゃない? だって『Hope』が来るなんて当時の人達に予想出来た訳が無いもん。 この人達にとったら不幸な事故だよ。『Hope』を不幸呼ばわりするのも難だけれど」 当時には当時の考えがあった。 少年の其の答えは至極真っ当であり大人だった。 だが、少女の切り返しは違った。 「予想出来ていたとすれば?」 「え?」 「…察知は不可能ではありませんでしたわ。 彼等がアウヤンテプイの一件をもう少し重要視さえしていればね。 ほんの僅かな好奇心…貪欲さが彼等には欠けていた。だから今こうして喘いでいる。 逃げ惑い生き延びるのに精一杯な草食動物には解らないのでしょうけれど。 常に心掛けなさいな。 弱者に身を窶したくなければ永遠に勝ち続けるしかないのだと。 常に恐れなさいな。 強者であり続ける為には只管に貪欲であらねばならないのだと」 「勝ち続ける…永遠に……? 死ぬまで?」 「死んだら永遠ではありませんわ。其れはただの負け犬。 わたくしは死など認めない。摂理など認めない。運命など認めない。 死や摂理や運命が真実であるというのであれば…真実など認めない。 死はわたくしが決める。摂理もわたくしが決める。運命もわたくしが決める。 真実も現実もわたくしが決める。 確かなのはわたくしだけ。 自由なのもわたくしだけ」 あまりにも傲慢で貪欲。 眼に映る全てを家畜程度にしか考えておらず、 眼に映らない全てを、ならば眼に映して捻じ伏せようとする。 世界が、自らを小さな歯車でしかないと証明したならば、 他の歯車を押し退け破壊して自らが世界の中心へと居座るような傲慢さと貪欲さであった。
「全ては過ぎた事… 重要なのはヴァストカヤスク・サミットでどれだけEUを立て直すように進められるかだ。 海外事業で残った金主が金融再編の為のキーであると考える。 もう後れを取る事は許されない。読み違いも許されない。 フランスとドイツとトードストール… 特に結晶先進国のトードストールには、アメリカの唱える結晶捜索事業に対し適切な役割を果たし、 結晶捜索事業のみならず地球復興計画そのものを有利に進める事を期待する」 「トードストールは女王自らがサミットに出るそうじゃないか」 「ブリタニア・オーストラリアやエジプト以外は実質的な指導者が集るよ」 「…あそこは……だよなぁ……」
「そう…ヴァストカヤスク・サミットですわ。 デリング大統領が八姉妹の結晶捜索事業を組み込んだ地球復興計画を披露し、 史上最高の大統領と称えられたマイケル・ウィルソン以来の、 パクス・アメリカーナ(アメリカの下の平和)を宣誓し、世界の力を一手に収めるとされるイベント。 マイケル・ウィルソン時代に冷や飯を食わされる破目になった連中にとっては、 何が何でも此処で結晶捜索事業のイニシアチブをアメリカに握られる訳にはいかないでしょうね」 「ふぅん…良く解らないけれど、ぼくはおねえちゃんと会えれば其れで良いよ。 ねぇ、行くんでしょう…次はネオス日本に?早く用事終わらせようよ」 「御免なさいね。 ネオス日本に行く前に…ちょっとロシアに寄らせて貰いますわ。 ……少しだけ…目障りな連中を潰さないといけませんから」
執筆者…is-lies