リレー小説5
<Rel5.エルミタージュ美術館8>

 

 

 

  ロシア連邦、北西連邦管区上空
  ミルヒシュトラーセ
  ドゥネイール、ライーダ

 

「…詰まり問題は絶対正義が無いという事だ」

白き翼のペイントが為された航宙艦ミルヒシュトラーセの控え室にて、
アルベルト・ジーン、紅葉、ライーダの3人は目的地到着までの暇潰しとして雑談に興じていた。
片手に持ったドリンクの缶は碌に口も付けられず温くなってしまい、
早々に飲み切った紅葉だけが退屈そうにしていた。

「難しい話は嫌いなのー」

「絶対正義が無い…其れが原因という事ですか?
 目指しているものは一緒の筈なのに…」

前支配者とSFESの追求を目的としていたセレクタは、
マーズ・グラウンドゼロ…即ちSFES元総裁ネークェリーハとの決戦で全滅の危機に陥った。
其れを助けたのが細川小桃であり、
ミスターユニバース、ごとりん博士、ガウィーらセレクタ初期創立メンバーの行方不明を良い事に、
組織を半ば乗っ取る形で吸収してしまったのである。
セレクタ副司令である細川小桃、細川隆は言った。
「司令達は行方不明なれどセレクタの目的に何ら変わりは無い。
 彼等が戻るのを待たずSFESと前支配者に対し、二の矢、三の矢を放つべきである」
そもそも彼等は前支配者やSFESに反する目的だけで集った烏合の衆。
気力のあるものは其の提案に間髪入れずに乗った。
土台、ユニバース達の事を胡散臭く考えていた者も多かっただけに、
セレクタからドゥネイールへの移行は比較的スムーズに行われた。
前支配者とSFESの追求が出来るのならば、頭が誰に挿げ代わろうが関係ないという理屈だ。

併し其れに応じない者達も居た。
ネークェリーハとの戦いで心を圧し折られてしまった者達、細川を信用していない者達…
結局、セレクタの時に比べ大幅に弱体化してしまったと言わざるを得ない。
瓦解するよりは遥かにマシとはいえ、此処まで衰えてしまった事に驚いたライーダが、
何故、こうも人の意思がバラバラになってしまうのか…という話題を振った為に起こった議論が、これだ。

「百人に百人の正義がある。
 人類が個々の正義を行使し主張し合った結果が『いずれも正しい』という利己的な正義を生み出し、
 世界を正義で埋め尽くし、其の中で本来の正義の意味すらも失われようとしている。
 他者の権利を蹂躙する罪人が己の権利を盾にし、無限の解釈は全ての不合理を合理と看做す。
 故に…必要なのだ。
 誰をも納得させる絶対正義が。異論を挟む余地も許さぬ絶対正義が」

アルベルトが己の信じる『絶対正義』にて締め括る。
彼の信条はマーズ・グラウンドゼロを経ても何一つ変わってはいない。
そんな傲慢さを厭うライーダが露骨に懐疑的そうな声音で問う。

「そんなものあるんでしょうか?絶対正しいなんて…」

「本当に正しいかどうかは問題ではない。人間の社会を保つ為の正義に正しさは必要ない。
 必要なのは絶対正義という共通にして不変の物差しだ」

「……」

押し黙るライーダを他所に尚もアルベルトは続ける。

「私が聞く限り、世界構造の改革を謳うニコライ大佐も同じような考えだろう。
 既存の世界に不満があるのは結構。誰だってそうだ。
 だが世界を構成する虚偽を糾弾したならば、其れに取って代わる別の真実を世界に齎さねばならない。
 其れは新しい虚偽であっても構わん。絶対正義にさえなるのならばな。
 …果たして彼は其れを為せるか…見てみるのも悪くは無い」

「ドゥネイールに期待はしていないんですね」

「ああ、滅んだSFESに取って代わって世界を運営する程の力も意志も無い。
 既に世界はSFESを失った際に生じた歪みに四苦八苦している。
 セレクタ…いや、シュタインドルフ皇太子が影響力を行使出来れば良かったのだが…
 確かユニバース達同様に行方不明となってしまっていたな」

やはり、この人とは話が合いそうにもないと結論付け、
ライーダは紅葉の手を引き其の場を後にしようとする。

「紅葉さん、別の部屋に行きましょう。
 この部屋は空気が良くありません」
「そーなの?」

純粋ながらも強大な力を持つ紅葉がアルベルトの理屈に感化されてはいけないという考えと、
これで自身が支持されていない事を見せ付け、少しアルベルトの目を覚まさせてやろうという考えから出た行動だ。

「小僧。お前の正義は何処にある?
 お前の行いは何に基づいたものなのか…考えてみると良い」

アルベルトの言葉には反応せず、
ライーダはただ「失礼します」とだけ言って紅葉と共に出て行った。
執筆者…is-lies

空腹を訴える紅葉を食堂へ残し、ライーダは独り医療ブロックの通路を歩いていた。

「やっぱり…駄目だよ」

アルベルトとの会話で堰を切らんと荒れる感情の波に、更なる波が沸々と現れる。
其れは細川小桃への不快感であった。

ネークェリーハ・ネルガルとの戦いで起こった大爆発から、細川小桃は少なくない命を救った。
ライーダや紅葉、アルベルトも其の中に含まれたが故に両の脚を備えたまま、この航宙艦に乗船している。
いわば小桃は命の恩人といったところなのだが…

(欺瞞だ!)
ライーダは小桃の感情の無さを知っている。
自身を庇って死んだビタミンNに何ら情動を表す事も無く、
何の心も篭らない謝罪を行った小桃の姿は決して忘れられない。
セレクタ時代にビタミンNを慕っていたライーダだからこそ、小桃を許せない。
更に其の小桃はセレクタを乗っ取ってドゥネイールに吸収させ、
ライーダ達を部下として扱うというのだから、ライーダが怒りを感じるのも当然だろう。

「こんな…所で…やっていける訳が…!」

湧き上る激情に表情を歪ませ、
行き場の無い怒りに流されるまま壁に拳を打ち付けようとした其の時…

「落ち着いて」

幼い少年の声と共に、爽やかな心地良い香りがライーダの鼻腔より脳へ直行し、
頭の中に渦巻いていた不快な滞留を一瞬で押し出し消し去ってしまった。
ハッとして振り返れば、
薬草を調合したような粉末の入った袋の口を広げた少年と、金髪の女性がいた。

「貴女達は?」

少なくともセレクタ時代の仲間ではない。ライーダにはどちらも見覚えが無い。
ドゥネイールか…この航宙艦ミルヒシュトラーセを貸し与えた協賛組織側の人間なのだろう。

「リズニア。細川お抱えの医師よ。
 其の子は見習いのフィル。
 此処に駆り出されてからは精神科と神経内科も齧ったけど専行は心療内科。
 要はメンタルケアの担当よ。宜しくね」
執筆者…is-lies

「そう、辛かったのね」

結局、ライーダは胸の内をリズニア達に吐露する事となった。
あのような悶々とした気持ちで今後の活動を行える訳がないからと、ライーダなりに理屈付けたが、
実際にはビタミンNを失い理解者に飢えていたからに他ならない。
生真面目な性格が災いして弱音を吐ける相手を見付けられなかったライーダにとって、
このメンタルケア担当医から接触してくれた事は幸運といえた。
気付けば、ドゥネイールのこれから、アルベルトの事、小桃の事、
そして師匠であるクリスの事に到るまで打ち明けてしまっていた。

「……」

小桃の件について話した際、リズニアが表情を僅かに変える。
何かを言いたい。併し其れを躊躇っている。そんな逡巡の表情。
心の機微に別段敏い訳でもないライーダでも其れだけは解った。

「クリスさんが以前、何をしていたかは知っている?」

「僕の師匠として力の使い方を伝授して下さいました。
 後、大戦終了直前まで欧州委員長を努めていたそうですが、そっちの方は良く知りません」

「能力者と非能力者の融和に尽力していたそうよ。
 大戦の最中っていう一番危険な状況にも怖気付く事無く活動を続けたわ。
 能力者を卑怯な犯罪者と叫ぶ非能力者、非能力者を滅ぶべき古い種と看做した能力者、
 これらの間に割って入って…融和の芽を育んだ功績は計り知れないわ」

何故、そんな話を此処で振るのか…ライーダは直ぐに思い当たる。

「人類の融和を進めた師匠に倣い…
 思想の融和を理解すべきと?」

「詳しくは言えないけれど…
 小桃ちゃんは事故で感情の揺れが少なくなっただけで、誰かに悪意がある訳ではないの」

ライーダも薄々は気付いている。小桃という少女には悪意を感じられない。
だが其れ故に…理解し難く許せないのだ。
何故、あんな態度を悪意も持たずに行えるのかライーダには全く解らず、
己が理解し易いように解釈した結果が…これだった。

「…そういうフリをしているだけなんじゃないんですか?」

悪意が無い振りをして責任を回避しようとする卑怯な少女…
其れが今のライーダに於ける細川小桃の姿であった。

「先生が騙されているっていうの!?」

小桃の本性がライーダの言う通りであれば、
リズニアはまんまと騙されているピエロであるという事になる。
師を間抜け呼ばわりされているように感じたフィルが叫ぶも、
当のリズニアはフィルの口に軽く手を添えて続く言葉を遮ると、
表情一つ変えずにライーダの目線まで屈んでから話を始める。

「ライーダ君…
 決して優しさを失わないで。
 弱い人を思い遣り、互いに助け合おうとして、
 どんな考えの人とでも仲良くなろうとする其の気持ちを忘れないで」

「其れは相手に問題がなければの話ですよね」

「ううん、問題があると判断する心自体を見直すべきじゃない?」

「心?」

「心を蔑ろにしないで。
 人の世界は常に形を歪めて、決して本当の姿を見せてはくれないの。
 だから人は、世界を見ている積りで自分自身の中にある世界を投影しちゃう。
 常に意識して、物事を色んな角度から俯瞰して見て。
 益体の無い妄想や流言飛語を其のまま受け入れるなんて事はしないで、
 考える事を…信じる事を……決して止めないで」

リズニアの願いはライーダにとって受け入れ難いものだった。
善い者は善い者であり悪い者は悪い者…そう決定する事を批判されているように感じたからだ。
確かにライーダ自身、短慮な思い込み、根拠のない決め付けで小桃に嫌悪感を感じていた点は否めない。
だが其れでも小桃の無感情さが何某かの事故であるというリズニアの話を受け入れてしまえば、
尚も心の奥底で燻る怒りの感情を何処へやれば良いと言うのか。

「(事故だから許される?事故だから仕様がない?馬鹿げている!)」

「…私達の目に映る世界は常に自分自身の内面。世界は自分を映す鏡なの。
 世界を変える為には自分の内面を変えなきゃいけない…
 どうか、小桃ちゃんについて考えてあげて頂戴。
 貴方の心の中の小桃ちゃんと真正面から向き合って解釈してあげて」

無言で立ち尽くすライーダを残し、リズニアとフィルは其の場を後にした。

「(…リズニア先生の言っている事が『正しい』のは解る……
  自由と平等と友愛と…でも、だからといって…
  アルベルトさんや小桃さんとは…)」

出来る訳がない。
ライーダの胸中を満たす言葉が其れである。
正義であろうとするが故に相容れぬ者を理解する事が叶わない。
正しさを遵守する己は正しい為、そんな正しい己の理解の外にある者は正しくない。
悪徳を憎む正しい人間が誤った人間と解り合える訳が無い。
仮に、アルベルトや小桃と打ち解ける事が出来るかと問われても首を横に振るしかないだろう。
何しろ…相手は不正な存在…悪人なのだ。
悪人に自由は不要。悪人に平等は不要。悪人に友愛は不要。
悪人でさえなければ…改心さえすれば快く、これらを与えても良いのに…
其処まで考え、ライーダは己の思考に違和感を感じる。
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区上空
  ミルヒシュトラーセ
  ドゥネイール、リズニア・ウェセリーザ

 

リズニアは大戦末期のクリス欧州委員長の行いを知っている。
確かに彼は能力者と非能力者の融和に尽力した偉人ではあったが、
大戦末期には、己の信じる世界と現実の世界の落差に失望して遂には非能力者を見限ってしまったのだ。
其れを知っていながらリズニアはライーダに真実を明かす事をしなかった。

「卑怯だと思いますか?」

リズニアの問い掛けは、隣にいるフィルに対して向けられたものではなかった。
彼女の目の前に立つ長髪の男…デルキュリオスに対するものだ。

「いや、あれ以上はアイツに要らないだろう。蛇足と言う奴だ。
 頭の良い奴だ。其の程度はすぐに自力で辿り着き自分なりの答えを出す」

「デルキュリオスさん…でしたね。
 随分と遠回しですけれど、あの子の事を気遣ってくれて有難う御座います。
 …安心しました。セレクタにも貴方のような人がいたんですね」

ミスターユニバースの創設した反SFES・反前支配者組織であるセレクタは、
良く言えば馴れ合いをせず、悪く言えば安心感の無い殺伐とした組織だった。
ライーダがあれだけビタミンNの一件を重視するのも、
そんな組織の中で得た数少ない味方を失ったからなのだろう。
今のライーダに必要なのはビタミンNと同様の理解者に他ならない。

「あいつは…まだ感情の制御が巧くない」

「ええ、あの年頃は自分と社会…周囲の差異に敏感な子が多いですから」

其処で一旦切ってリズニアはフィルへと向き直る。

「…フィル君、良ければ…さっきのお兄ちゃんとお友達になってあげて。
 年もそんなに離れていないし、気の合う話し相手がいれば落ち着いてくれると思うの」

「は、はい。
 でも先生…さっきのライーダ君、かなり不安定な様子でした。
 今回の作戦っていうのが何なのか詳しくは知りませんケド…止めさせるべきじゃ…」

飽く迄、リズニアとフィルはメンタルケアの担当であり、ドゥネイールの作戦行動とは無関係なのだ。
そんなフィルにも今のライーダが出撃する事の危うさを察知している。
其れは気遣い云々別にして考えても深刻な問題だ。
精神力を武器とする魔法使いライーダの精神が不安定という事は戦力にそのまま影響を与えかねない。

「そうだな…今回は休ませておくか」
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区上空
  ミルヒシュトラーセ
  ドゥネイール、紅葉

 

ライーダと別れ、一人食事をとっていた紅葉。
その食べる量は半端ではなく周囲を驚かせ、食堂のおばちゃんからは食いっぷりがいいと絶賛されていた。

「解せぬなの」

紅葉はぼそりとつぶやいた。
ナナシがいると聞いて(実際には同じDキメラがいると言われただけ)ホイホイとドゥネイールとかいうよく分からない組織の一員にされた上、
出会ったのは長髪オールバックの黒スーツのむっつりした顔の男。
おまけによくわからない話をされた上、一緒にいたライーダとかいう小僧はへそを曲げて自分を連れて部屋を後にしていった。
そして耐えられない空腹感に襲われライーダにダダこねて一人で食事する羽目に・・・

「(・・・紅葉ですの・・・。周囲の空気が悪い上ナナシがいなくてイライラするとですなの・・・)」

机の上でうつ伏せになって、ずんぐりとしたオレンジ色の変な猫らしきキーホルダーを転がせながら紅葉は頬を膨らませながら頭の中で文句を垂れていた。

「・・・原初に生まれし3の命、破壊、維持、再生の3の輪を周り続ける・・・」

うつ伏せになった状態で何やらぼそぼそと呟く紅葉。
その直後、紅葉は顔をがばっとあげて、目を丸くさせた。

「今の・・・なんなのよのさ・・・?『よのさ』?」

いつもと違う自分の口癖にさらに驚く紅葉。
『いつもと何かが違う』自分の中の違和感に紅葉は首を捻っていた。

「KK‐100」

不意に自分の頭上から声がした。紅葉が顔を上げるとアルベルトが紅葉の座る机の前に立っていた。

「あちきは紅葉なの。KKなんたらとかそんな名前じゃないなのー。」

口をとんがらせ、いかにも不満ですよという顔してそっぽ向く紅葉。
そんな紅葉にお構いなしにアルベルトは紅葉に話しかける。

「Kナンバー、別名ムーンナンバー。そしてKKとはクリシュナナンバーとも言われる」

「・・・??」

唐突に紅葉のナンバリングの意味を言い出すアルベルト。
紅葉は何を言っているのか分からず、ただぽかんとするのみ。そんな紅葉にお構いなしに、アルベルトは話を続ける。

「Dキメラは大抵は他のDキメラと番と言われるペアを組まされることが多い。
 だがムーンナンバーはその無邪気ともとれる狂気ゆえに番を、捕らえた虫を子供の如く嬲り殺す事から番を組まされることは極めて稀である。」

「さっきから何を言ってるかわかんないなのよ・・・。紅葉は難しい話は・・・」

ドクンと紅葉の心臓が波打った。
幼き頃の記憶・・・遊び道具と言われ、逃げ惑う人間を追い回し、そして足をもぎ、腕をもぎ、最後には生きたまま喰らう。
その様子を子供のように笑いあう仲間達。

そして仲間と言われたモノと遊んでいたら、それが動かなくなった。
先生達は「その子は壊れた。だから新しい子を用意する」と言ってはまた新しい仲間がやってくる・・・。

そのような日常が繰り返され、気づいたらKナンバーは紅葉と他数名のみとなっていた。
紅葉はその事を忘れ、今まで生きてきたのだ。
いや忘れさせられていたのだ。

「あ・・・」

紅葉はアルベルトの顔の傷をみて何かを思い出した。

「思い出したか。俺はお前と以前、番を組まされた。そしてお前に壊された番の一人だ」

アルベルトの顔の傷。それは紅葉が幼き頃のアルベルトに負わせたもの。アルベルトはその直後、紅葉によって壊されたのだった。

「壊れてなかったなの?」

そんな事を思い出しても、紅葉は悪い事をしたなど微塵と思っていなかった。なぜなら・・・

「やはりお前には善悪の区別を付ける能力が欠けているようだな。」

「んでー?一体なんのようなのー?紅葉は過去より未来に生きる女なのー。昔の男には用はある時にしかないなのー」

頬を膨らませ、腕をパタパタ動かし、うっとおしそうにする紅葉だった。

「率直に言う。俺と来い」

「はえ?」

アルベルトの突拍子もない台詞にハテナ顔になる紅葉だった。 
「俺はいずれ、この組織を抜ける。絶対正義を貫くためだ。
 そのためには俺一人でいきがった所でどうすることもできん。そのための仲間が必要だ。」

アルベルトは、善悪の区別がつかない紅葉を自分の仲間に引き込もうというのだ。だがしかし・・・

「だが断る」

あっさりと拒否された。

「難しい事はわからんと言ったろうなの!
 大体紅葉にはナナシがいるなのよのさ!お前なんて丸めてポイなの!」

「ナナシ・・・JK‐112の事だったな。あんなクズなどには正義など理解できるわけがない」

「ナナシはクズじゃないなの!お前にナナシのなにがわかるってのよのなのさ!」

ナナシをクズ呼ばわりされ、アルベルトに指をビシっと指し激昂する紅葉だった。さらにアルベルトは口を開く。

「では聞く。お前はあいつの何を知っている?」

「全身が真っ白なの!」

答えにすらなっちゃいなかった。

「俺は知っている。あいつは落ちこぼれだ。
 だがまだそれだけであったのなら俺はクズとは思わん。あいつは・・・」

アルベルトの口から語られる演習所にいた頃のナナシ。

紅葉に壊され、脱走をした後アルベルトは捕らえられ、脳を弄られたあとアルベルトはナナシを見たことがあったのだ。
そのアルベルトがみたナナシはというと・・・

「やつは番となった奴に焼いた西瓜をぶん投げてぶつけていた」

「何故に西瓜」

「そして高津の部屋に行っては鼻くそを飛ばしたり、フケを落としていったりしていた」

「・・・・・・」

「そして高津が留守の間に高津の部屋で排泄行為も行っていたのだ」

「さすが、ワイルドなの」

流石の紅葉もちょっとドン引き内容だった。

「やつのあまりにも不可解すぎる行動ゆえにやつの番は次々と奴との番を解消するように申し出る始末だった・・・」

数え上げればキリがない。
アルベルトはここらへんでナナシの奇行の話を中断した。

「ということだ・・・。俺は確信した・・・やつはつまり・・・馬鹿なのだ!」

「な・・・なんだってーなの!!」

その後もアルベルトの紅葉勧誘は続いたが紅葉は一切首を縦に振らなかったという・・・ 
執筆者…R.S様

  ロシア連邦、北西連邦管区上空
  ミルヒシュトラーセ
  ドゥネイール、ナオキング・アマルテア

 

《ドゥネイールか…
 まぁ私は大した変化も無いがな。今まで通り細川の傘下だ。
 其れよりもナオキ、大丈夫なんだろうな?》

「オロオロオロオロオロオロオロオロ」

マーズ・グラウンドゼロで細川小桃に救助されたタカチマン、ナオキング、ジョニーだが、
スポンサーが細川である事に変更は無いし、活動が地下に移された事を除けば今までと何ら変わりなかった。
…そう、彼等の活動は地下に移された。
細川達は秘密裏に組織ドゥネイールを構築し、裏から結晶捜索に介入しようとしているらしく、
表向き自分達はマーズ・グラウンドゼロで死んだと思わせたい様子で、
或る程度顔の売れているタカチマン、ジョニーはドゥネイールの本部で研究に従事する事になった。
よって今回のニコライ派救出作戦にはタカチマンもジョニーも不参加であり…
こうしてオロオロするばかりのナオキングが此処にいた。

「きゅ…救助って……
 えっと…なんで?どうして?ニコライ派ってテロリストですよねねねね???!」

完全にキョドってるナオキングに、携帯の画面越しから溜め息を吐きかけるタカチマン。
このままでは話が進まないとばかりにタカチマンの隣からジョニーが割って入る。

《あー、もう落ち着かんかい。
 ドゥネイールのリーダー(細川隆)の友達(ルークフェイド)の一味(ハウシンカ達)を保護してる組織(ニコライ派)!
 だから助ける!…OK?》

「そ、そんな、大体なんで僕が一人で!」

《我々は広く顔が知られているからな。
 忘れたか?トルやトリアの存在を》

火星でSFES代表創立者代理トリアが存在を示唆した世界管理者トル・フュール…
常に世界を監視しており、強大な力を見つけ次第潰してしまう。
そんな恐ろしい相手に、彼等は火星のクレーターという力の痕跡を残してしまっている。
あれは異形と化したネークェリーハ元SFES総裁の力によるものなのだが、
当時、現場はS-TAの大結界にて封鎖されていた。
詰まりトルは、誰がマーズ・グラウンドゼロを起こしたのか知らない。
S-TAの大結界展開前に其の場にいた誰かの仕業と看做しているかも知れない。
詰まり危険なのだ。
表立って姿を表し、トルの監視に引っ掛かってしまえば……どうなるか解ったものではない。
何しろSFESの研究成果を排除する為だけにリゼルハンク本社を完全壊滅させ、
アテネ市自体にも大混乱を巻き起こしたような…尋常ならざる判断を即決出来る人外なのだから。

とはいえ…タカチマン達ドゥネイールの誰かがトルに潰される可能性は殆ど無いとも見ている。
今まで監視していた以上、彼等があんな大規模な破壊活動を行えない事も知っているだろう。
詰まり現実的に考えれば…トルが鉄槌を降ろす先は……実行犯トリア以外有り得ない。
此処までならば問題は何も無い。
害虫が害虫を駆除してくれる願ったりな展開だ。
問題はトリアがトルとは異なり魔力断絶とは無縁の神出鬼没な存在であり敵であるという点だ。

表立ってドゥネイールが姿を現し、トリアが其れを嗅ぎ付けて今度こそはとドゥネイールに迫ってくれば、
其れだけでドゥネイールがトリア諸共、トルによる粛清の巻き添えを喰らう可能性が高まる。
トリア自身、トルの危険性は把握しており、其れ故にS-TAの大結界などを使った訳だが、
ドゥネイールを滅ぼす為、敢えて自分を餌にトルを誘導する…などという事も有り得なくも無い。

故にドゥネイールが下した方針が、自分達は死んだ事にする…というものだった。
トリアに『あの集団は結界の中で全滅してしまったに違いない』と判断させる為、
表立って行っていた活動の全てを秘密裏にする事に決めたのである。

《……(死んだフリ……まさかSFESもそうなのか?やはり我々はSFESの軌跡をなぞっているに過ぎないのか?)
符合の一致ですらない。SFESが存続している証拠など丸で無い。
にも関わらずタカチマンは半ば確信していた。
ゼペートレイネは今尚生きていて、同じようにトルをやり過ごしているのだろうと。
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区上空
  ミルヒシュトラーセ
  白き翼、セルディクス・ヴェーリッヒ

 

セルディクス・ヴェーリッヒ…降下部隊の現場指揮官を努める若手将校は、
デルキュリオスとアルベルトに引率された紅葉、ナオキングらを前にし、
ただでさえ頼りない戦力が、更に一人欠いたかと頭を抱える。
不調を理由にライーダの本作戦参加が見送られ、改めてドゥネイールという組織に不安を感じる。
(まぁ、コイツらが失敗しようが何しようが構いやしないのだが)
とても指揮官の其れとは思えぬ本音を胸の奥に仕舞い込み、表向きの仕事をこなす。
現在のテロリストの状況説明、美術館の見取り図、要救助者の顔写真の提示、
そして怯えながらも具体的な活動について聞くナオキングへの指示。
「お前がやるのは、この艦の防御がメインだ。
 甲板へ出て敵の動きを把握、攻撃が来たら得意の魔法で艦を護れば良い。
 下に行ってドンパチやらかすのは俺、デルキュリオス、アルベルト、紅葉。
 まぁ、と言ってもニコライ派の連中が艦に乗り込むまで時間稼ぐだけだから大した事は無い」

大した事は無い。
多少の差はあれど其れが彼等の共通認識だった。
ロシアの特殊部隊に攻撃されているテロリストを救出するという、ただ其れだけの作戦。
D-キメラである紅葉、アルベルトが参加しているし、
セルディクス達は知らないがサーヴァントであるデルキュリオスもいる。
故に楽な仕事なのは間違いない。
間違いないはずだったのだが、
『流れ』はまるで其れそのものが悪意を持っているかのように蠢き、駒を弄びに来た。
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区上空
  ミルヒシュトラーセ
  白き翼、カーデスト・レスター

 

ミルヒシュトラーセのブリッジで顰め面を浮かべながら書類に目を通すカーデストに、
周囲の白き翼構成員達は普段よりも近寄り辛い刺々しい感触を覚える。
「ドゥネイール…こいつらマーズ・グラウンドゼロを読んでいた…?
 いや、遅かれ早かれ似た展開になると見ていた…だな。
 そうでなきゃ説明出来ない…こいつらの動きの速さは」
ドゥネイールの協賛組織として彼等に援助を行っている白き翼だが、
まるで火星での一件を見越したかのようなタイミングで現われ、
セレクタ組織など美味しいところを一気に持っていったドゥネイールの事は全く信用していない。
ヴァイスフリューゲルの時と同じく身分を明らかにするような真似はせず、
更には飽く迄カーデスト個人の協力であるという形に偽装していた。
「表舞台に出ていたエンパイリアンが潰し合うのを待っていた…とするなら、
 随分と用心深い連中だな」

 

 

カーデストら白き翼情報室がドゥネイールに接触したのは、単にLWOSの代替だからという訳ではなかった。
幹部機関である七大罪の内4人もが行方不明となってしまったマーズ・グラウンドゼロ…
其の真相を内偵していたレイティノが火星帝国に捕らえられた事で、白き翼は一時火星を脱出しなくてはならなくなった。
とはいえ行方不明の4人を捨て置く訳にもいかない。
レイティノが最後に送ったマーズ・グラウンドゼロ直後を撮った写真には、現場を離れる謎の車輌が写し出されていた。
火星現地での調査がままならない状態ながらも何とか人伝に情報を集め、
遂には車輌の特定に成功し、人の流れを辿って行き着いた先が謎の組織ドゥネイールだった。
其れはドゥネイール側も同じで、調査している事がバレてしまうが、
カーデスト自らドゥネイールの代理人を名乗る女ヨミと対面し、慎重にドゥネイールと言う組織を見極める所から始めたのだ。
カーデストは言った。
「我々は革命の為に貴方々を援助したい」
いきなり「マーズ・グラウンドゼロの真相を探る目的で貴方々に接触した」とは言えない。
ヨミとの対話の場に、D-キメラと思しきドゥネイール構成員を発見し、
即興で、何か勘違いしたテロリストを装い援助の名目で接点を持ち、ドゥネイールに探りを入れるのだ。
対してヨミは言った。
「有難い。火星であれ地球であれ獣人差別はまだまだ深刻だ。共に革命を成功させよう」
カーデストは其の時思った。こいつら一筋縄じゃいかないな。

ドゥネイールは獣人解放戦線の一派と名乗りはしたが、そんなものを信じるカーデストではない。
中々尻尾を出さないドゥネイールとの化かし合いは長期戦になると考えたのであった。

 

 

「一刻も早くアイツらの消息を聞きたいってのに…ままならないもんだ。
 …此処が終わったら、隔離区の新入りのトコにも寄らないといけないし、手早く済ますぞ」
ドゥネイールに協力する姿勢を示す為に今回の作戦に参加したカーデスト達だが、
ブリッジ内こそ白き翼の人間で占めてはいるものの、怪しげな組織の一員を乗せている事には変わりがない。
監視も厳重に行っているが、D-キメラを保有するドゥネイールの力は未知数…胃に悪い仕事である。

「サンクトペテルブルク市内に入りました。
 エルミタージュ美術館の真上に到着後、ヴォイドステルスと高度を維持したまま待機し、RR氏の合図を確認次第、回収作業に入ります。
 ステルスのチャージが必要になったら一旦離れ……」

「待て、誰かいるぞ…」
カーデストはモニターに映るサンクトペテルブルクの町の中に違和感を覚え、其れを見付けた。
ロシア軍に封鎖されて一般市民が入れない其の領域を駆ける3人の内1人…

「あれは…神野!?」
白き翼がネークェリーハ捕縛作戦に投入し、マーズ・グラウンドゼロで行方不明となった男…
元SFESの生体兵器SS『骨』の男、神野緋貝に他ならなかった。
「総帥、行方不明になっていたSSの神野がいます。
 やはり間違いなくドゥネイールはマーズ・グラウンドゼロ絡みの組織です」
即座にカーデストは白き翼総帥リヴァンケへと通信を入れる。
万全を期して七大罪の4人を派遣したネークェリーハ捕縛作戦で起こったマーズ・グラウンドゼロ絡みというのだから、
今回此処でいきなりカーデストが音信不通になってしまう可能性も考慮した迅速な対応だった。
《これはチャンスかも知れませんね。
 未だにLWOSは情報を勿体ぶっていますが、此処で神野を捕えれば謎を解き明かせるでしょう。
 カーデスト、貴方の力は隔離区のユリアンを補佐するまで使わないように命じましたが、
 これを撤回します。全力で神野を捕えマーズ・グラウンドゼロの真相を聞き出すのです》
カーデストは了解と答え、対SS用拘束具であるバームエーゼルの準備を指示する。
七大罪級ともなればSSを強引に捻じ伏せる事も不可能ではないが、抜かりなく最適な道具を用いる。
ネークェリーハ捕縛作戦の二の舞を避ける為、カーデストに取れる手段は全て取らねばならない。
「以後、情報は常にリアルタイムで総帥の元へ届ける。
 火星での過ちを繰り返すな!」
だが指示を飛ばすカーデストの下にオペレーターから更なる戦況が伝えられる。
「美術館に巨大生命体確認!I-ショゴスと酷似したロシア側の生体兵器と思われます
 何てデカさだ…美術館を覆い尽くそうとしているぞ!」
「カーデスト様!美術館を包囲しているロシア軍の中に、機動歩兵多数!
 エーテルグラフィー無効!コイツは…間違いない!例のSFESの…エインヘルヤルですっ!」
予想すらしていない状況だった。厄介な事になったと眉間に皺を寄せるカーデストの前で、モニター越しに総帥リヴァンケが呟く。
《…どうやら、『流れ』の最先端にぶつかってしまったようですね》
登録者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、エルミタージュ劇場2F
   魔女の茶会、神野緋貝

 

「あらよっと!」
 劇場の壁を蹴破り、侵入に成功する三人組。
 正確にはニーズヘッグの能力で壁の表面を削り、神野の蹴りが壁に大穴を開けたのである。
 ……シュトルーフェとしては、もう少し穏便かつ静かな手段で侵入した方が良いと考えたのだが、
 そう進言する前に壁をブチ破られてしまい、途方に暮れた。
「成功! ホネ、おまえなかなかやるなぁ!」
「お前はもうちょっと自分の能力の有用性を自覚しろよ。
 この厚さの壁、俺だけだったらもうちょい時間かかってたんだから」
 当の二人はそんなことお構いなしに、互いを賞賛していた。仲がいいものである。
「…………この美術館そのものが『白い秤』だったとしたらどうしていたのか、聞いても?」
 シュトルーフェの問いかけに、
「いや、この程度で壊れるのが『白いナントカ』なわけがねぇだろ。本気出してねぇし」
「ホネお前、さっきの本気じゃなかったのか!?」
「そりゃ当然、俺が本気だしたら一日でこの美術館全破壊出来るぜ」
「すげぇ!?」
 仲がいいものである。

 劇場内部はすっかり荒れていた。
 何やら焦げたような痕があり、爆弾でも爆発したのだろうか。その中心には炭と化した死体が転がっている。
「……こりゃなんだ? キメラか?」
 神野はその死体が気になるらしい。
 シュトルーフェもその死体を見るが、上半身は人間に近いのに、下半身がどう見ても蛇か何かのようであった。
 生命反応は感じられない。シュトルーフェは無視してようものと判断し、ニーズヘッグも興味が無さそうだ。
 だが神野は何か思い当たることでもあるのか、何事か考え続けていた。
あいつの趣味だよなぁ……あいつ人外スキーだし……」

 

 劇場から出ると、道が三方向に分かれている。
 シュトルーフェは事前に調べておいた館内地図と照らし合わせる。
「右手に行けばレオナルド・ダ・ヴィンチの間、左手に行けばラファエロのロッジア、
 まっすぐ進めば下へ行く階段だ。……どうする?」
「手分けして行くか。じゃ、俺は右な」
 真っ先に神野が手を挙げた。
「理由は?」
「どうせなら高いモンが傍にあれば向こうも戦(ヤ)り辛いだろ?
 あれだ、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵って凄い高いんだろ」
 この男、最悪である。
 この美術館の主が聞いたら憤死しそうな発言に、
 少なからず芸術への理解を深めてようと学習中のシュトルーフェは怒りを通り越して嘆きたくなった。
「あ、それじゃ、あたしも右な!」
 次いでニーズヘッグも手を挙げた。
「あ? なんでだよ」
「ねえさまがな? 『ホネのヒトを見張りなさい』って」
「え、お前、俺の監視役だったの? アホの子なのに?」
「誰がアホだ! アホって言うやつがアホなんだぞこのアホ! アホのホネ! アホネ!」
「略しすぎだろ。まぁ足手まといにはならなそうだし、行くか」
「おう! ところで『れおなるどだびんち』って誰だ?」
「お前そんなことも知らねぇのかよ、常識だぜ? いや俺も詳しく知らないけど」
「やっぱりホネってアホだろ」
 ……仲がいいものである。
「……では小生は左へ行こう」
 そうシュトルーフェが言うと、神野が思い出したように言った。
「俺とハインツは知り合いだからいいとして、お前、ハインツに会ったらどうするんだ?」
 ようはハインツ・カールと面識の無いシュトルーフェが、ハインツ側からの信用をどうやって得るのか、ということだろう。
 シュトルーフェはコートの袖から、携帯端末を取り出した。
 三次元投影立体映像型携帯電話。割と高価だが、一般人に手が届かない代物ではない。
「これで主リライと直接会話可能だ。当然、盗聴などの対策は済んでいる。これをもって信用の証とする」
「まぁそれで十分か。じゃ、行くか」
 右手側に踵を向ける神野に、ぱたぱたと音を立ててついていくニーズヘッグ。
 それを見送り、シュトルーフェも左手側へ向かった。
執筆者…夜空屋様

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮3F、ベゼクリク千仏洞壁画廊
  ニコライ派、ニコライ・テネブラーニン

 

ニコライ派とザロージェンヌィエ・ポコーイニキの腕山との戦闘は尚も続いていた。
腕山の創り出した異形群がフロアをほぼ占領している為、
ニコライ派は戦力を分散し、屋上への道を手早く確保しようとしている。
階段は破壊されているものの、ニコライ派の身体能力であれば窓からすぐに屋上へ向かえる…
が、其れでは流石にディーカヤ・コーシカの的になってしまう為、
天窓のある部屋を探そうというのがニコライ大佐の示した方針だった。

「あぁああ!もうヤケクソだぁあ!」

トカゲ異形との戦闘で、武将姿の神仏を描いた壁画を勢い余って粉砕してしまったハウシンカが、
開き直って、美術品の保全とかウゼェとばかりにトカレフをぶっ放し始める。
旧世紀、異教徒達からの破壊を免れた幸運も今回ばかりはどうしようもなく、
ハウシンカと対峙していたラプトル型異形諸共、
西トルキスタン出土の仏教美術品やパンジケント都市遺跡のソグド美術品が宙を舞っては粉屑となって散り行く。

「馬鹿娘が」

釈迦牟尼前世の誓願を描いた『プラニディ(誓願図)』壁画の前で、
直立歩行するワニ型異形の群れを槍の一閃で仕留めていくドルヴァーン。
狭い通路で長物を得物にしながらも周囲の壁画には掠りもせずに敵だけを排除していく。
其れを尻目に、第三次大戦の英雄として猛威を振るった腕は健在だなと考えつつニコライ大佐は、
蛇頭をした人型異形の爪による猛攻を、バックステップで軽やかに回避していく。
片手は常に腰に回し、もう片手で葉巻を吸う余裕すら見せ、
大夏国(トハリスタン)様式を見せるアジナテペ仏教遺跡出土の塑像を盾に、
最低限の動きで異形の動きを見極める。

「これが一番素早く強い個体のようだが…
 精々、プロランクのD+からCだな。もっと精進し給え」

盾にされた塑像から爪が抜けなくなった蛇頭異形の額にニコライ大佐が葉巻を押し付ける。
其れが合図であったように、電磁警棒を構えたツァウドルによって蛇頭異形は即座に処分された。

「と、まぁ…個々の戦力は大した事が無いが、
 この数だ。厄介なものだよ」

先の蛇頭と同じ形の異形達がぞろぞろと通路奥から集まって来る。
こうした物量作戦はシンプルながらも効果的なものだった。
如何に強靭なニコライ派の兵達であっても、一度に相手取れる数には限度と言うものがある。
大量破壊攻撃を得意とするヒオヤやキリフェナ、
或いは腕山と同系統のビルクレイダならば、この状況も抑え込めるものなのかも知れないが…

「ふぅーんー、やぁるものぉですねぇ。
 でも逃がす時間を与える訳にも……」

其の続きを腕山が囀る事は無かった。
ニコライ大佐達のいる方向と逆側から現れた援軍の銃撃に、下僕達が次々と倒されていくのを認めた為だ。
腕山にトカレフをぶっ放しつつ、援軍の顔を見ようとするハウシンカだったが、
鉛雨街で培われた彼女の動体視力を以ってしても、其の姿は殆ど見えない。

「はっや…何アイツ?」

「レゼフェイ中佐。私の右腕だ。
 あのスピードには、私も足下にすら及ばないよ」

レゼフェイは超スピードで縦横無尽に廊下の壁、天井まで利用しピンボール宜しく跳びながら腕山へと迫った。
豪奢な漢代の経錦、モンゴル匈奴ノインウラ古墳群の出土品はレゼフェイの靴で蹴られた瞬間に壁ごと粉微塵に砕けて煙幕と化す。
廊下を埋め尽くした煙幕と共に近付くレゼフェイに、腕山は下僕の異形達を壁の様に集めて対抗しようとするが、
レゼフェイの目にも留まらぬ銃捌きの前に、腕山を守護する万里の長城は呆気なく蹴散らされ、
其の動きに翻弄されるがままの腕山に、二挺のリボルバーによる曲射、続きマシンガンの掃射がトドメを刺す。

腕山の死と共に下僕の異形達が一斉に崩れ落ちて真っ黒な砂山となっていった。

「遅れて申し訳ないねニコライ大佐」

「無事だったかレゼフェイ中佐。
 そっちは…ユディト准尉か」

信じられない事にレゼフェイ中佐は、気絶したユディト准尉を片手で抱えていた。
小柄な少女とはいえ人間一人担いであれだけの動きをしてみせるレゼフェイ中佐は間違いなくバケモノの類であり、
其の外見(15歳前後の少年のそれ)と相俟って頼もしいと言うよりも恐ろしい手合いとしてグレナレフ達の目には映った。

「まじっつーか、人間の可能性っつーか…だねぇ」

「馬鹿娘。あれは人間の域に無い。
 覚えておけ。強化人間というものだ」

「はは、流石に英雄のドルヴァーンさんは見慣れていた哉?
 …とまぁ其れよりニコライ大佐に取り急ぎ連絡があります。『白い秤』を発見しました」

レゼフェイの報告に、ニコライ大佐が僅かながらも眼の色を変える。

「ほぅ?僥倖と言うべきか。
 この土壇場になって見付かるとはね。
 で、何処にあるのだ?」

「エルミタージュ・プラネタリウム。都合の良い事に天窓のある部屋です。
 但し…とても易々と運び出せるような大きさじゃないよ」

こうなるとカプセルJを破壊された事が痛恨の極みだ。
あれさえあれば多少サイズが大きかろうが問題なく持ち運び出来たというのに。 
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、新エルミタージュ2F、16世紀後期〜17世紀前期オランダ芸術の間
  ニコライ派、ヒオヤ・カネマサ

 

「やれやれだねぇ…
 もうちょっと早く通信くれても良いんじゃない?」
《不運だったわね》

ヒオヤが肩で息をしながら通信結晶に向かって愚痴る。
冬宮へ直行しようとしたのは良いのだが、
冬宮に到る小エルミタージュ南側がとっくにLLによって占領されてしまっており、
其の無限増殖する巨体に成す術も無く退散する破目になってしまったのだった。
そして、どうもヒオヤよりも一足先に冬宮へ向かおうとしたユヴァヤとキリフェナが、
これまた一足先にLLの洗礼を受けて同じように追い返され、
LLから逃げている途中のヒオヤに「デカブツがいるから其処は通るな」と通信を入れたのであった。
つまり数分遅かったのである。

《ぼやくな。其れより先程、ニコライ大佐から屋上集合の命令が出た。
 スペースクルーザーが敵に潰された為、ルークフェイドの仕込みを使うそうだ。
 冬宮三階から屋上へ向かい、包囲部隊の有する対空脅威を排除する》

「此処の天窓から上がれれば楽だったんだけどねぇ。
 何かあのデカブツ、屋上にまで広がってたし…
 かといって外に出て壁を這い上がるってのも絶好の的になるし…」

《だから少し遅れるが一旦一階に下りて冬宮へ行き三階まで行く。
 ニコライ大佐達が天窓のある部屋を確保しているから、其処で合流だ》

だがヒオヤは先ほどまで魔犬オルトロス相手にあっち行ったりこっち行ったりの戦闘をしており、
一時的に美術館の見取り図をド忘れしてしまっていた。

「あー…近くの階段って何処だったっけ?」

《お前のいる部屋から東に向かえば右手に階段がある。
 俺達が安全を確保しているから早く……
 …いや待て…やっぱり来るな》

いきなりユヴァヤの声が緊張感を増した。
ヒオヤも言い返さずに次のユヴァヤの言葉を決して聞き逃すまいと神経を尖らせる。
ユヴァヤもヒオヤも、其の反応力は人間の域を完全に超えており、
こうして何か危機を感じる時の感覚に小賢しい理屈など必要としない程に。

《何か気配がする…
 ヒオヤ、お前は北に向かって評議会の階段を使え。
 お前が最初に待機を命じられてたパビリオンの間から連絡路を挟んだ部屋だ》

屋上から敵の対空脅威を一掃する今回の作戦には大規模な破壊能力が有用だ。
ヒオヤとキリフェナ…2人纏めて足止めを食らう事になるくらいなら、
分散して、どちらかが先に作戦を開始出来る方がマシという判断であった。

ヒオヤは短く了解を示し、一息整えてから北側へと疾走する。
早くしなければ膨張する化け物LLが評議会の階段まで迫って来てしまいかねない。
風を切って先程の激戦地レンブラントの間を越え、
評議会の階段を其のまま飛び降りようとした其の時…
横手から伸びてきた触手の束にヒオヤは吹き飛ばされる。
紙一重で…LLの膨張の方が早かった。
肉塊に埋め尽くされる評議会の階段を遣る瀬無い思いで見つめつつ、
ヒオヤが吹き飛ばされた先は、13世紀〜15世紀前期イタリア芸術の間であった。

「くっそ、あの階段はもう使えないかぁ…
 別の階段を探すっきゃないね」

そして彼女は多少ショックの残る頭を抱えつつ隣の部屋の扉を開けた。
扉絵に鼈甲、象嵌細工を用いた豪華な其の部屋はレオナルド・ダ・ヴィンチの間。
トードストール王国の前身であるイタリアの旧世紀ルネサンス期を象徴する万能人レオナルド・ダ・ヴィンチのコレクション展示場だが
この美術館に本来所蔵されていたレオナルドの絵画は『ブノワの聖母(1475-1480)』『リッタの聖母(1490-1491)』のみであった。
というのも芸術家として名高いダ・ヴィンチだが、其の作品数は17以下(内、幾つかが弟子の作品とも言われる)と大変少なく、
異常なまでの希少価値を有しているからであった。
だが、今のこの部屋の賑やかさは全く異なっていた。
リスティーと其の先祖達が色々と買い集めたのか、この部屋の蒐集品は相当の規模に膨れ上がっていたのだ。
時価百億円もの値がついた『糸車の聖母』、これもリスティーが買い漁った物だ。
またヴァチカン市国が健在だった第四次大戦前に収集したと思しきヴァチカン美術館蔵の『聖ヒエロニムス(1480-1482)』、
イギリスが崩壊しベルトンに変わって大規模な焚書や旧時代文化破壊活動が起こる前に入手したのであろう、
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵の『岩窟の聖母(1503-1506)』『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ(1499-1500)』もある。
計6作品。其れを一個人が手にするという空前絶後の暴挙であった。
周囲には斑石から造られた円柱が並び、更に厖大な数のスケッチがケースに入れられ展示されている。

そして其処に…2人の闖入者がいた。
一人はボロボロの黒いスーツを纏った髭面の男こと神野緋貝。
ヒオヤが知るメンバーの誰とも一致しない…外部の人間である事が明らかだった。
ついでに面白そうにニヤついた其の佇まいは、一切の言葉を挟まずとも敵対者である事も明らかだ。
もう一人は全身にフィットする紅色のボディースーツを纏った少女ことニーズヘッグ。
男の方と同様、面白いものを見たような笑顔をしてはいるが、
何の混じり気もない無邪気な子供の其れであるという点が大きく異なる。

「何だ、こんなトコにもいやがったかいゲテモノ」

作戦に遅れる訳にはいかないと、ヒオヤは刀を構えて2人と対峙する。

「…おー、すげー殺気…っつーか人間?じゃねーな」
「おいホネ!あたし、あれ知ってるぞ!サムライだろ!?」
「んだがなサムライのねーちゃんよ。ちょいと此処を見てみろよ。
 ほぅれ、高価そうなモンがゴチャゴチャと…」

何か余裕綽々の神野に向かって問答無用でヒオヤの斬気砲が放たれた。
周囲の美術品への配慮?
何それ美味しいの?
執筆者…is-lies
「うおォッ!? うわっビックリした!」

 ヒオヤの飛ばした斬気砲を、受け流すように回避する神野。
 あービックリしたー、と胸をなでおろす姿は、素人が見たならば、たまたま運よく回避出来たようにしか思えないだろうが、
 その視線、動きは明らかに運よくとかギリギリとかいう言葉を鼻で笑うような、常人離れした動きだった。
 思いがけず出現した強敵に昂ぶりつつ、今は戦ってる暇が無いことを惜しむヒオヤの顔は、少しだけ苦笑染みたものになっているだろう。
 ちなみに斬気砲は神野の後ろにあった『岩窟の聖母』の聖母子の首を両断した。神野がそれを見て、わざとらしくため息をつき、

「うわーもったいねー! サムライのねーちゃんよ、お前、もっと物大事にしろよ!
 あれだぜ? 物を大事にしろって近所のオッサンとかから説教されなかったのかよ?」
「あいにくそんな親切なオッサンには今まで会ったことないねぇ」
「ようし、なら俺が代わりに言ってやる! もっと物は大切にしろ……ってなァ!」

 不意打ち気味で放たれた神野の蹴りが、空気を裂き、暴風となってヒオヤを襲った。
 それを間一髪、韋駄天脚を瞬間的に使うことで回避、伸びた神野の脚めがけて刀を振るう。
 だが、足の筋肉の隙間を通り、確実に切断出来た斬撃は、鉄の塊でも打ったかのようにはじかれた。

「残念、俺の身体は特別製でね」
「ハッ。なかなか骨のありそうな奴だね」
「まぁ骨だし」

 ふと、神野が何かに気付いたように、苦笑いした。

「あー……さっきの蹴りか」

 どうやら先ほどの神野の蹴りで、ヒオヤの後ろにあった絵が壊れたらしい。
「まぁいいか」
 時価百億円相当の名画、『糸車の聖母』を完膚なきまでに破壊した神野は悪びれもせずに、まぁいいかで済ませた。
 物を大事にしろとか、お前が言うな。
 世界中の誰よりお前が言うな。

 ふとヒオヤの感覚が、右から気配を感じ、考えるより早く回避した。
 瞬間、ヒオヤの先ほどまでいた位置に、右から小さな赤い拳が飛び込んできて、地面を抉り、
 そのまま壁まで突っ込み、『ブノワの聖母』を一瞬で塵へと変えた。

「……もう一人の方か!」
「うわー、サムライってすばやいんだな!」

 ニーズヘッグである。心底楽しそうな顔で、ヒオヤにしっかりと視線を定める。ついでに塵と化した聖母を足蹴にする。

「おまえ、あたしらに攻撃するってことは、敵でいいんだよな?」

 クラウチングスタートに似た、飛びかかる獣のように構えるニーズヘッグに、ヒオヤはどうやって突破するか考える。
 正面には所属不明の二人組、背後には絶賛増殖中のLL。すぐにでも冬宮三階に行きたいのに、戦況は厳しい。

「(まいったね)」

 本当に、どうしようもない。
 依然変わらず厳しいというのに、この状況をどこか楽しんでいる自分もいるのだから。
執筆者…夜空屋様
 だが其のまま返す刃を、東口からの声で遮られる。

「おい!今すぐ戦闘止めろ!」

「あ?」

「ユヴァヤ、どういう事だい?」

現れたのは…先程ヒオヤが通信したばかりのユヴァヤ、キリフェナ、
そして神野が別れたばかりのシュトルーフェである。

「…お前、どうしてそいつ等と一緒にいんの?」

神野もヒオヤも全く状況が掴めない。
ヒオヤは明白な仲間意識をニコライ派の同志に持っている為、多少落ち着いてはいるが、
仲間意識など全く無い神野は、これもリライの仕込みか何かかと勘繰る始末であった。

「状況を説明する。
 先程、この2人…ニコライ派と鉢合わせとなるが我々の目的を明かし交渉した結果、
 ハインツ・カールを連れ去るならば行動を阻害しないと一時同盟を成立させた」

「そういう事よ。ニコライ大佐も了承済み。戦う必要はないわ」

「ちょいと待ちなよ。こいつらはロシア軍じゃないの?」

ヒオヤの問いにユヴァヤが答える。

「ロシア軍側のハインツ・カール…さっき俺達が相対した敵指揮官の一人だが、
 この連中は其のハインツの身柄を確保したいテロリストだそうだ」

「ハインツ・カールは今までロシアの研究学園都市に篭ったままで、攻めあぐねていたのだ。
 だが今回のロシア軍の行動でハインツを連れ去る余地が生まれた」

其のシュトルーフェの言葉に嘘偽りは無い。
彼等はハインツの居場所を特定し、彼を擁するノヴォシビルスキー・アカデムゴロドクをずっと張っていたものの、
ロシアの最高機密ともなる、この都市を落とす手立てが見付からないまま、
ともすれば暴走しようとする神野を宥めつつ時間を無為に過ごす事しか出来なかった。
併し、此処に来て突如メドヴェージェフによって学園都市の実験体達に出動命令が下り、
こうして容易に手出し出来る場所にまでハインツが現れた。
故にシュトルーフェ達はこれを千載一遇のチャンスとして侵入を開始したという流れだ。

「なぁシュトルーフェ。目的って…」

もう一つあったよな?と言い掛けたニーズヘッグの口を、シュトルーフェの手が塞いだ。
シュトルーフェは『白い秤』の奪取についてはニコライ派に喋ってはいなかった。
今回、何故美術館がこのような状況になっているのかは詳しく知らないが、
遺産である白い秤が此処にあるらしいという情報は握っていた。
規模からして白い秤が絡んでいるであろうというシュトルーフェの読みは正鵠を射ており、
馬鹿正直に其れをバラしてニコライ派を敵に回す可能性を排除し、一先ずハインツ奪取に注力する事にしたのだ。

「ふーん、まぁ要するにテロリストと政府のド付き合いン中お邪魔しますって状況は解ったが、
 で、テロリストが御目溢し下さるから、ハイそうですかと大人しくしてると?
 この俺が、こんな上物を前にして?
 んな訳ゃ…」

ヒオヤの戦闘能力を目の当たりにし、戦闘狂の血が滾って来た神野が、
同盟なんか知ったこっちゃねーとばかりにバトル続行させようとするも、
これまたゴチャゴチャ抜かすなとばかりに西口からLLの触手が殺到して来た。 
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮、屋上
  ニコライ派、ジェスケン・リュクトフ

 

「…済みません大佐、これ以上は持ちそうにありません」

3mもの体躯を持つエインヘルヤルをアッパーで仰け反らせながら、ジェスケンが通信を入れる。
フルオーターら並の機械兵なら其の一発で完全に破壊出来る程の威力を持つ拳だが、
エインヘルヤルの装甲に亀裂は愚か歪みの一つも出てはいない。
僅かに塗装にヒビが入るのみであり、逆にジェスケンの拳が悲鳴を上げ始めていた。
相当に頑丈だ。一対一なら投げ飛ばしたりで時間稼ぎは可能だが、
次々と屋上に上がって来る物量は、そんな余裕を与えてくれそうにも無い。

「お前達、レミエット殿を下階の大佐達と合流させてくれ。
 もう屋上は護り切れん。俺が殿となる」

「馬鹿な!如何にジェスケン曹長といえど持ち堪えられる訳が無い!」

「随分と俺を軽く見てくれるな。
 大丈夫だ。どうしても、こいつらを止められない場合は敵本陣に突撃する。
 こいつらを操っているのは十中八九、あのイポーンカ(日本女)だ。
 撹乱くらいはどうとでも出来る。其れでこいつらの動きが少しでも鈍れば御の字だ」

尚も食い下がる部下に背を向け、ジェスケンはエインヘルヤルの群れと対峙する。
この群れを相手にするにせよ、敵本陣に突撃を仕掛けるにせよ…
危険を伴うなどという言い回しも滑稽な程の自殺行為でしかない。
エインヘルヤルを足止めするほどの膂力を持たない兵達が己の無力に歯噛みしながらも、
レミエットを背負って後退せんとした其の時、

空から何かが落ちてきた。
其れはエインヘルヤル達の真ん中へと降り掛かり、周囲の鉄機兵を衝撃波にて横倒しにする。
目を白黒させるジェスケン達が見たのは…

「ドゥネイール傘下のアルベルト・ジーンだ。
 遅れた事を詫びよう、ニコライ派」

空に現れた巨大戦艦ミルヒシュトラーセの威容と、
其処から飛び降りた挙句無傷で着地を決めた3人の人間…いや、間違いなく人外の類だ。

黒髪長髪に黒スーツのD-キメラ…アルベルト・ジーン。
狐のような耳と尻尾を持つ小柄なD-キメラにしてSS…紅葉。
白い外套を纏ったサーヴァント…デルキュリオス。
組織ドゥネイールの主力級がエルミタージュ美術館屋上に揃い踏む。

「ふん、これがルークフェイド殿の脱出手段か。
 大仰な事だが…寧ろ有難い!」

喜色ばむジェスケンが手近なエインヘルヤルを殴り飛ばし、戦闘再開のゴングを鳴らす。
突如の乱入にも機械的な対応で黙々と排除に掛かるエインヘルヤル達の前に、
紅葉が躍り出て己の力を一気に爆ぜさせる。

「こんな雑魚達に構ってる暇なんて無いなの!」

其れは空間を一挙に飲み込み世界の動きを停止させる能力であった。
これで動けなくなった敵を軽く蹴散らして…と考えた紅葉だが…

「動く?…!ミスリルなの!」

エインヘルヤルの装甲に用いられたミスリルは、エーテルを打ち消す性質を持つレアメタルだ。
空間の全てを凍結させるも自分は自由に動けるという紅葉の凄まじい能力も、
其の魔力をミスリルに拡散されてしまえば何の効果も持たない。
予想外の展開に舌打ちしながらエインヘルヤルに拳を打ち付ける紅葉だが、
羽毛とも形容される程の軽さとドラゴンの鱗の硬さをも備える装甲に決定打を与える事は出来ず、
其の機体を吹き飛ばすのが関の山であった。
敵は動けるのに味方は自分しか動けない。
これでは能力が全く不利にしか働いていないと判断した紅葉は渋々停止を解除する。
敵がミスリルで構築されている。
其の結論にアルベルトとデルキュリオスもすぐに到った。
空間ごと攻撃できるアルベルト、光の魔法を使いこなすデルキュリオス…
彼等の特殊能力も通用しなかったのだ。

「こいつら…雑魚じゃないらしいな。
 カーデストという奴が言っていたよう厄介な事になっている」

「…セルディクスが来なかったのは英断だな。庇う余裕も無いぞこれは」

アルベルトが剣を構える。
ドゥネイールが保持する遺産の一つ魔剣グラムである。
ミスリルさえもバターのように斬り捨てられる其の剣を恐れず迫り来るエインヘルヤルの一体に、
アルベルトが擦れ違い様に一瞬で5つもの太刀筋を刻み込む。
金属音と共に弾かれる剣の感触にアルベルトが目を見開き、すぐさま飛び退く。
先のエインヘルヤルが何事も無くレーザーによる追撃を仕掛けてくるのを見遣り、事態の評価を更に修正する。
厄介どころではない。

「これは…ミスリルだけではない!」
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館前、宮殿広場
  ロシア軍、ディーカヤ・コーシカ

 

 

ロシア軍の本陣で今までの経緯を見守ってきたオセロットだが、
本格的に戦況が変わって来た事もあって、先読みし難くなった展開を何とか把握しようと観戦に徹していた。
まずは屋上で敵の戦線を後退させているエインヘルヤル。
これがいなければ、敵の増援に狼狽し観戦どころではなくなっていただろう。

「ミスリルにアダマンチウムか、あれは?
 エインヘルヤルはアダマンチウム製だったと聞いていたが。ミスリルの塗装まで施すとは」

「良く知っているではないか。
 アダマンチウム製の試作機以降はリゼルハンク崩壊もあって、其の方らも知らなかったであろう。
 これがプロダクショングレードよ」

六反田の説明に、成程とオセロットが納得する。
別に仕様の変化云々に納得した訳ではない。
エインヘルヤルという採算を完全に度外視した異常な兵器の立ち位置が見えて来たのだ。
破壊不能の防御力に加え今回は更にミスリルの魔力拡散…
実にオーバースペックな其の兵器が、実の所ただの目晦ましでしかないという仮説にオセロットは到っていた。

「君がSFESの中で特別視されていた理由がこれか」

「…其の方にも幾つか推論があるだろうが、其れは祖国の為、墓まで持っていくが良い」

もしオセロットの仮説が正しければ六反田の能力は、
其れを知るだけでも世界のバランスを…殊更金融・経済面でのバランスを崩壊させてしまいかねないものだ。
関わり合いになるリスクが計り知れない。
オセロットは無言で頷く他無く、別の話題に切り替える。

「ところで…だ」

其の視線の先は、エルミタージュ美術館上空に浮かんだ巨大な鳥の如き機体。
白き翼の空中戦艦ミルヒシュトラーセがあった。

「これは想定外だったよ。
 ヴォイドステルスで隠れている事は予想していたが、此処まで大物を持って来るとは」

「あの形、宗太郎めが使ったアマノトリフネと同じ『遺産』だろう。
 巧くやればネズミの巣を特定出来るかも知れんぞ?」

詰まり、此処でニコライ派を捕まえる事を諦め、
あの機体にロシア兵を忍び込ませるなりして、敵本拠地を一網打尽にしてしまえないかという話だ。

「奴等がニコライ派の仲間である事は疑いようがない。
 だが今回の包囲戦力は、ニコライ大佐を捕縛する目的で結成されていてな…
 あのような物を追い掛けられるような力は無い」

「ならば何があっても逃がす訳にはいかんな」

「…ロシア第一に考えるならば、潔くニコライ派の力に対する認識不足を認め、
 今回の作戦よりも、今後の作戦の為に動くべきなのだが…」

其の時は其の方、バイカル湖底の泥を浚いにでも行っているであろうが
そう。ラスプーチン大統領肝煎りの今回の作戦に失敗は許されないし、
KGB長官から念を押されていた事を忘れてもいない。
だからこそ再編したナシャ・パベーダ、ゲテモノ部隊ザロージェンヌィエ・ポコーイニキまでも投入したのだ。
其れでニコライ大佐を逃し、剰えアーティファクトも奪われたとなれば…覚悟を決めねばならないだろう。

「プーサン長官の口振りでは、寛大な処置など望めそうにも無かったしな。
 一先ずは、あの空中戦艦には早々に御退場願いたい所だ」

其処へ戦況の報告にキュアスターリンが駆けて来た。

「同志オセロット隊長殿に御報告申し上げます!
 先のニコライ派からの攻撃で対空兵器、多数損壊!
 使い物になりそうなのは精々、ツモク(レールガン)が3輌。ズメイ・ゴルイニチ(多砲塔戦車)4輌、
 後、レックス…いえ、カローリ(二足歩行戦車)が2機くらいです」

本来ならば、これら派手な対空戦力を使う前に館内で決着を付けたかったオセロットは、
まだ何か手段はないかと頭を捻る。

「六反田君、あのエインヘルヤルのレーザーはどうだ?
 あの空中戦艦を攻撃出来そうか?」

「無理だ。それにアマノトリフネ型であろう?
 スペックも相応だとすれば光学兵器用のバリアシールドがある。素直に其の方らのレールガンを使え。
 屋上に陣取っていた小癪な連中は、妾の手の者が相手取っている。
 今の内に攻撃を集中させるべきだ」

この期に及んで出し惜しみも出来ないかとオセロットは観念し、
対空兵器によるミルヒシュトラーセ攻撃を命じるのだった。
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク、
  エルミタージュ美術館上空、
  ミルヒシュトラーセ
  ドゥネイール、ナオキング・アマルテア

 

「ひぃ!?き、来たぁあ!何か来ましたぁあ!!」
眼下のサンクトペテルブルク市内に展開されていたディーカヤ・コーシカの対空戦力が動き始めた。
パトリオットのミサイル発射機トレーラーのような車輌や、幾つもの砲塔を備えた巨大戦車、
逆関節型の脚で二足歩行する重装甲の機動兵器などが一斉に其の鎌首を擡げ、
ミルヒシュトラーセを下界より見上げ、天より引き摺り下ろさんと其の砲身を向ける。

本来なら、ミルヒシュトラーセが此処で出て来る事は無かった。
対空兵器が残っている内に出ては、こうして絶好の的になってしまうのは火を見るより明らかである。
だが慎重なカーデストらしくなく、どういう訳か、
ヴォイドステルスのチャージに向かう事も許さず速攻で仕掛けるべしと火蓋を切った。
恐らく、其れこそがドゥネイールとは異なるカーデストの思惑なのだろうと考えながら、
タカチマンは携帯から送られて来た敵兵器群を見遣る。
《ロシア製の兵器か。レールガンを装備しているようだが…
 どれ、専門家に換わろう。おい…》
タカチマンに呼ばれて顔を出したのはドゥネイールの研究員シュリス・キリウ…
元は火星帝国立ロボット技術研究所の人間だったが、マーズ・グラウンドゼロ後にドゥネイールにスカウトされ、
所長のウェッブ博士と助手南天と共に下ったのであった。
考古学や機械工学にも精通する男であり、今回のロシア入りに当たって、
ロシアの兵器に何か思うところでもあるのか、自ら兵器アドバイザーとして名乗りを上げたのだ。
…ナオキングどころかタカチマンさえ知る由も無い。
このシュリスこそが嘗てはロシア軍部で数々の兵器開発に携わった天才である事など。
《もしもし?ナオキング君?
 どうやら相手はズメイ・ゴルイニチにカローリみたいだね。あー…あっちにツモクもあるや。
 んー…というかカローリはちょっと違う?マイナーチェンジ?まぁ良いや。
 使って来るのは多分、狙撃用のバスターライフルとレールガン。
 どれも発射に時間が掛かるから先手必勝でやるべきだな。
 リアクティブアーマー装備してるから生半可な攻撃するくらいなら君の魔法で凍らせた方が効率が良いよ》

と言われたものの相方となる筈のライーダを唐突に外された事もあって余計にプレッシャーの掛かったナオキングは、
どれを優先するの??時間って何分何秒?凍らせるってこの距離を?生半可な攻撃ってどの程度?と混乱しながらブツブツ呟くばかり。

「落ち着いて狙え。
 其れに安心しろ、すぐ終わる」
そんなナオキングの隣に腰を下ろす男がいた。
左目を隠すように茶髪を垂らした黒いコートの男の顔に、すぐ思い当たる。
この戦艦の所有者でありドゥネイールの協力者…カーデスト・レスターであった。
大物に隣に来られて言語崩壊を起こしたナオキングの叫びを無視し、
カーデストは特製の銃架を設置し、其処に巨大な…大砲の様なサイズのライフルを備え付ける。
「ちょっとした野暮用が出来てな。
 下の対空戦力を殲滅し次第、俺は美術館に降下する。
 お前は其処で適当に援護してくれりゃ良い」
言うなり、甲板の最端で座り撃ち体勢を取ったカーデストが、
彼専用にチューンされた対物(アンチマテリアル)ライフル『リ・アルクバリスタ』に其の怒号を響かせる。
発射された大口径弾は標的となったズメイ・ゴルイニチを一瞬で跡形も残さずに消し飛ばした上にクレーターさえも形成した。
尋常ならざる破壊力に見合う反動を抑え込み、この不安定な足場で、更に長距離狙撃を成功させるカーデストに気圧され、
ナオキングは絶句し一先ず頭を落ち着ける時間を確保する。
「ほれ、今壊した奴のすぐ側だ」
「ひ…はぁ、はぁいいいっ!!」
言われて気付き、砲口を此方に向けたツモクに冷気弾を連続でお見舞いするナオキング。
レールガンの発射準備に入っていたツモクが砲身を凍結させられ行動不能に陥る。
ナオキング本人はツモク全体を凍らせる積りで撃ったのだが、流石に距離があり過ぎて命中したのはほんの僅かだった。
(…うぅ、大丈夫なのかなぁ…)
執筆者…is-lies

 

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