リレー小説5
<Rel5.エルミタージュ美術館1>

 

 

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  イサク大聖堂
  ハウシンカ・ドラグスク

 

眼と鼻の先であるイサク広場で行われたキュア・スターリンによる大虐殺で、
イサク大聖堂を根城としていたリスティー達テロリスト一味も潮時を悟る。
併しサンクトペテルブルク市は依然、KGB(ロシア国家保安委員会)による包囲網の中にあり、
ハウシンカ達のスポンサーであるフランスすら容易に手出し出来ない状態が続いているのだ。
テロリストの自称リーダーことリスティーは残り少ない仲間とハウシンカ達を一室に集め、
脱出についての打ち合わせを始めると言う。

「ロシア脱出か…
 やれやれ、しんどい話になったな」

住み慣れた地を離れる事となるドルヴァーンの表情はいつもながら暗い。
対照的にハウシンカなどはやっと火星へ戻れるとはしゃいでおり、
ルークフェイドもグレナレフも対法王庁の作戦をどうするかと頭を捻っている。

「お気楽な奴等だな。思っているよりも厄介な敵だぞ」

以前、KGBの精鋭部隊ディーカヤ・コーシカの隊長オセロットに捕まった事もある為、
傭兵アリオストは「ロシア脱出がそう簡単に出来る訳が無い」と剣の手入れに余念が無い。

「でさぁ、腹括るなら雑魚共蹴散らして逃げりゃいーだけじゃん。
 何で『エルミタージュ美術館』なんて行くの?最後に観光?」

其の質問と同時にハウシンカ達の周囲の空気が変わる。
ハウシンカの疑問は尤もなところだ。
リスティーはロシア脱出をハウシンカ達に告げた其の直後に、
この街の大型美術館を訪問すると言い出したのだから。
併しハウシンカ達は、ある一つの可能性へと行き着いていた。
…サンクトペテルブルク市は完全に包囲されており、フランスによる救援も不可能なまま時間だけが無為に流れ、
遂には包囲にディーカヤ・コーシカまでもが参加したのだ。
そんな矢先にリスティーは脱出を行うと言い出した。何の打開策も無かったというのに。
そして、これから向かおうとする先はリスティーらオーディア家の所有物であるにも関わらず、
少なくともハウシンカ達が行動を共にした段階では構成員の誰も入った事がないという謎の物件…
ぶっちゃけて言ってしまえばハウシンカ達は…
KGBの包囲に降参したテロリスト一味が、自分達を売ろうとしているのではないか?
…と疑っているのだった。
部屋の祭壇に腰掛けていたリスティーは、暫しの逡巡の後に苦々しそうに言ってみせる。
「ええ、其の事なんですけれど。
 其れの説明に先んじて…明かさねばならない真実があるのですわ」

「…何?」

場が静まり返る。
普段の陽気な表情は其のまま、今の間合いなら銃とバットどちらが良いかを考えるハウシンカ。
手入れしている剣を持つ手に力を込めるアリオスト。万が一に備えて精神を落ち着けるルークフェイド。
一歩、後ろへと下がるグレナレフ。微動だにしないドルヴァーン。
………
一呼吸置き、リスティーは決意を込めた強い眼差しとなって真実を明かす。

「実は…わたくし、リーダーではなかったのですわ!(キリッ!」

「「「「「知ってるけど何か?」」」」」

ハウシンカ、ドルヴァーン、グレナレフ、ルークフェイド、アリオストの声が綺麗にハモる。
出会った其の瞬間から看破していたよーな事を今更勿体振って言われて脱力するハウシンカ達を前に、
リスティーはきょとんとして首を傾げ「はて?」とか言ってるが、
誰も彼女なんぞが組織の長であるなどと思っていなかった事に遅れて気付き、
道化を演じた屈辱に真っ赤となって瞳をうるうるさせる。

「ふぇええん!R・Bさぁああん!!」
泣き付いた先は執事風の青年R・B。
常にリスティーの傍らに付き添っており、部下への指示も彼が下している。
詰まり実質的な指導者は…

「で、アンタが其のリーダーなんでしょ?」

「いえ、残念ながら。
 我が組織のリーダーには、これから会って頂きたく思います」

今度こそ呆気に取られるハウシンカ達。
このレジスタンス組織の長は一度もハウシンカ達の前に姿を現していなかったというのだ。
確かにロシアの無茶苦茶振りを前にしては慎重にならざるを得ないのだろうが、
其れが何故、ロシアを脱出する今になって正体を現すのか…見当が付かない。

「リーダーは、ドルヴァーン様のレイジア教調査依頼に関心を持たれたらしく、
 ロシア脱出の打ち合わせも兼ね直接会って話を聞きたいとの事です」
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館前、宮殿広場
  ハウシンカ・ドラグスク

 

エルミタージュ(隠れ家)美術館は元々旧世紀ロマノフ王朝で栄華を極めた女帝の私的サロンであった。
彼女が世界中から集めた美術品を収蔵する為に増築を繰り返し、
400以上の展示室、300万もの作品を所蔵するという世界に類を見ない美術館となった。
歴代の皇帝の住まいである冬宮、小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、
運河を挟んだエルミタージュ劇場…これら5つの建物から成っており
其の壮大な威容を誇る外観、豪華絢爛な装飾は大国の帝に相応しいものであった。
だが其れも今や過ぎ去った栄光。
ツァールスコエ・セローにあったエカチェリナ宮殿同様、
この国営美術館も火星開拓時代に新興財閥によって買い取られた物件だ。

「「この扉を通るもの、帽子と全ての官位、身分の誇示、傲慢さを捨て去るべし、そして陽気であるべし」
 …だってさ。はっ」

エルミタージュ美術館の扉に掲げられた其の言葉を見てハウシンカは歪んだ笑みを浮かべ悪態をつく。
この言葉こそが何よりもの傲慢の表れではないかと。
美術館の現所有者たるリスティーはあまり良い表情をしないが、
R・Bに調べさせてハウシンカの境遇は知っている為、何も言わずに口を噤む。

「リーダーの潜伏先として提供致しました。
 なにぶん大所帯なものでしたので」

「大所帯?」

「きっと驚かれますよ」

リスティーを肩に乗せたR・Bは、それだけ言うとエルミタージュ美術館へと入っていった。
どうもリーダーとやらは別の組織を率いていたようで、其れがリスティーらの組織を吸収した…という構図のようだ。
併し、こんな宮殿を必要とするほどの人数を連れていたとなると一体どんな人物だというのか、
グレナレフらも少々テロリスト・リーダーの正体について気になり出してきた。

「(……まさか、6年前に離反したという……いえ、まさかそんな)
「併し、これで漸く辛気臭いロシアからもおさらば出来る。
 此処のところずっと聖堂で缶詰になっていたからなぁ…出国したら久々に酒場やカジノで羽を伸ばすとしよう」
「…若い内から遊び回っていると何処ぞのバカ娘のレベルにまで落ちるぞ」
「あ゛ーん?何か言いましてぇ、ぱぱーん?」
釘バット片手にドルヴァーンへ絡むハウシンカ。
普通に見れば物騒この上ないのだが、
もうスキンシップのようなものと看做されており、気にする者などいはしない。
「確かアリオストさんは25でしたよね?多少堅実に人生設計を行ってみても…」
「25?…あーうん、そうそう25。まだ若い。
 とそんな話はどうでも良いだろ。其れより此処からロシアを出るとなると、行き先は何処だ?
 北西のカレワラ共和国か?南西のバルト三兄弟国はロシアに支配されてるしな」
話題逸らしってか鯖読みバレバレである。
「其れも含めてリーダー様が決めてくれるってんだから、
 はやく面拝みに行ってやろーぜー」
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、小エルミタージュ、パビリオンの間

 

女帝の私室として作られた美しい部屋の片隅に一人の男がいた。
黒のダブルスーツに黒のネクタイと、白を基調とした部屋の中では一層存在感を主張している。

「大佐、失礼しますよ」

側近の青年が部屋へと入って来た。
部屋の四隅にある小さな噴水を前にして何やら思案している男の姿を見、
男の邪魔にならないよう努めて静かに其の側へと歩み寄る。

「そんな端っこの展示品が面白いんですか?
 中央にあるカラクリ時計の方が面白いと思いますが」

「これはクリミア汗国バフチサライ宮殿にある『涙の噴水』のコピーだ。
 上から『流れる雫が分かたれ、併し来世で再び一緒になる』という趣向の作品だよ」

「ロマンチックな事で」

「…浪漫も結構だがTPOは弁えて欲しいものさ。
 私が正さんとしている『流れ』については特にそう思うよ」

男が葉巻を取り出し、先端をカッターで切ると、青年が空かさずライターで火をつけた。
其れから暫し煙を燻らせながら窓の外へと目をやり、にやりと笑みを浮かべる。
外の物陰からちらほらと見える黒衣の集団を恐れている様子など丸で無い。

「レイジア教とはね…或る意味、私よりも深部…いや、最深部を伝える『一族』がいたとは。
 口伝のみで良くぞ此処まで保ったと驚嘆すべきではないか」

「やれやれ…ディーカヤ・コーシカのみならずリゲイル達まで来るっていうのに」

「予定通りだからね」

「お花畑ちゃん達の訪問までは予定に無いでしょ。
 お茶出して待たせてるけど、正直な話どうするんです?
 其のレイジア教を探っているドルヴァーンという男、『流れ』の一員かも知れない…というか、
 JHNで抹消されたはずのモノを探してる以上、タダモノって線はないでしょ」

「大戦の勇者・竜王ドルヴァーン…
 直接会った事は無いが、三次大戦ではS-TA攻めにも関わったらしい。
 『流れ』との関わりを見極めてみたいし、レイジア教についても詳しく聞いてみたい。
 何より、私は曲りなりにもあの子等のリーダーという事になっているのだからな。
 此処で私達と合流しなければロシア脱出も面倒になろうというものだよ」

「現地のテロリストなんて幾つ使い潰したんだか覚えてすらいませんよ?」

「トードストールとのラインは今のところ途切れて貰っても困る…という事だ。
 口先だけで取り繕う事も出来はするが、信用というのも大事でな」

男が遥か先の盤面を視野に入れて駒を進めている事を知っている青年は、其れ以上の口出しをしない。
結晶先進国であるトードストール王国の力を計画に組み込んでいるという事は、
其のうち相応の派手な展開を迎えるのだろう。青年が高揚感に胸を躍らせる其の時、
部屋へと同胞が駆け込み、簡単な敬礼をしてから…安息の時の終わりを告げる。

「大佐、市長ワスプーチンとキュア・スターリンが動いた旨を伝えた直後に連絡員との通信が途絶えました」

同時に、部屋中央にある孔雀時計が羽根を広げて御辞儀を始める。
旧世紀の公爵が女帝へのプレゼントとして送ったカラクリ時計は午後5時を示していた。

予想していたよりも随分と相手の動きが早い。
其れだけロシア政府も本腰を入れているという事なのだろう。

「ほぅ、どれ…どんな具合かな」

小エルミタージュ2階に作られた空中庭園へ出ると、ひとっ飛びに屋根へと飛び上がり、次の跳躍で隣の冬宮の屋根へと移っていた。
外見こそ人間ではあるが其の力は人間の及ぶところになどなかった。
能力者として見たところで不自然なまでの力なのだが、其れで驚くような者など此処には居ない。
男の部下である2人も難無く同じ事をやってのけているからだ。

 

 

美術館の北側間近にあるネヴァ川にはヴォイドステルス迷彩を解除させた小型舟艇が並び、
船上のディーカヤ・コーシカ武装隊員達が宮殿橋から次々と上陸して来ている真っ最中であった。
「…宮殿橋はとうに抑えられているか。宮殿広場の方はどうかな」
「さっきの来客は普通に来てたみたいですが…」
南の宮殿広場側まで行って眼下を見下ろしてみると、
まるで何時でも攻撃して来いと言わんばかりに堂々と広場中央に作戦本部を立てているディーカヤ・コーシカの隊員達…
そしてディーカヤ・コーシカ隊長の姿があった。
「隊長自ら御出座しかよ。
 後、粛清バカ『餌場』市長に……あっちのイポーンカ(日本女)は何だ?」

「ロシアを縄張りにしていた元レギオンの師団長だよ。
 リゼルハンクが崩壊した今でもロシアでアーティファクトを守護する任務を続けている無駄に義理堅い子さ。
 此処のアーティファクトの奪還でも考えているのだろう」

「アレも一緒に片付けた方が後々楽になりそうですね。
 いつでも攻撃出来ますが如何致します?」

「止し給え。見え見えの挑発だ」

攻撃したところで防御結界やAMFで防がれた挙句、反撃されるに決まっていると、
エルミタージュ美術館の窓を鋭く睨みつけているオセロット達の姿が如実に物語っている。

「敵大将が折角目の前に居るんだ。テロリストらしく宣戦布告でもすべきかな?
 要求を飲まねばアーティファクトを破壊する!といった具合に」

「ご冗談を。そもそも要求したところで刃を交える結果には何も変わりないでしょ?」

「くっくっく…違いない。
 私はリゲイルが来るまで客人達と世間話でもしているから、
 其れまでに無粋な連中が来るようなら相手は諸君等に任せよう」

「了解しました、ニコライ大佐」

青年達が男…ニコライ・アダモヴィチ・テネブラーニンへと敬礼する。
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館前、宮殿広場
  ディーカヤ・コーシカ

 

街中であるにも関わらず、もはや姿を隠そうともしない。
多数の装甲車に改造マンモス、空を飛び回る臼型自立戦闘兵器ババヤーガ、
そしてディーカヤ・コーシカはエルミタージュ美術館を完全に包囲していた。
美術館前広場に急遽設置された作戦本部の椅子に座っているのは、
サンクトペテルブルク市長ワスプーチン、KGBディーカヤ・コーシカ隊長オセロット、
KGBキュア・スターリン、レギオン残党の六反田だ。
ワスプーチンはKGBの2人を前に揉み手を繰り返すものの、
浮かべている笑顔をぎこちなく脂汗をだらだらと垂れ流している。
対してKGBの2人は落ち着き払っている。一番場違いな六反田ですらも。

「だ…大丈夫なのでしょうか。こんな堂々と……狙撃されるかも」

「物理、結晶能力両面で結界防御は徹底させてあるし、
 寧ろ狙撃するくらいの間抜けがいてくれると索敵の手間が省けて助かる。
 其れより同志ワスプーチン市長よ。
 デモ多発の件といい、テロリスト温床化の件といい、不備が目に付くようだが…」

「は、ははぁ!これには深い訳g」
「同志市長は疲れていると見える。
 此処は気分転換にシベリアで木の数でも…
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!!!」
「永久凍土で穴を掘ったり戻したりして遊んでみませんか?
 楽しかったですよウフフ…」
「どうか御許し下さいませぇえ!!」

オセロットとキュア・スターリンがワスプーチン市長に脅しを掛け、
其の度に堪忍して下さいと頭を下げるワスプーチン。
そんな騒々しいやり取りを覚めた目で眺めながら六反田は一人思慮に耽る。
ナントカとハサミは使いよう…といったところか。
  こやつの市政によって町がテロリストの温床となる事を読み、ニコライ達をも誘い込んだ訳だ。
  ニコライ達もこの程度は気付いていようが、にも関わらず包囲完成まで時を待ったとするならば…
  やはり因縁か…面白い見世物ではないか。最高の兵士とまで呼ばれた手腕を見せてみるが良い)
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク

 

市警の検問、そして其の先にあるディーカヤ・コーシカによる封鎖も難なくパスして通るワゴン車が5、6台、
どれもロシア連邦軍のエンブレムを付けた、防弾反魔力仕様の特殊車輌である。
先頭を走る車輌の後部座席に詰め込まれた男達は兵装姿でアサルトライフルを抱いており、
目的地に近付くにつれて高揚する自身の抑制に努めていた。

「もうすぐだな。
 遂に追い詰めた…のか?」

男達の内の一人、顔に幾つもの傷を負った男の呟きに、
助手席に座っていた女がシート越しに答えてみせる。

「というよりも追い詰めさせられた…と考えた方が良いのかもね」

「何しろ、あのニコライだ。
 KGBの力を疑う訳ではないが、決してタダでは終わらせまい」

ハンドルを握る熟年の男の言葉に、後部座席の何人かが唾を飲み込む。
これから自分達が戦う相手が如何に強大であるかは知っていた積りではあったが、
やはり覚悟の足りなさを今更実感するような者もいたという事だ。
スカーフェイス(傷跡のある顔)の男は先が思い遣られるとばかりに白い吐息を漏らすが、
即座に己の目的…そして其の為に失敗が許されない事を思い出して強く自らを戒める。

「知った事じゃない。
 俺は『あいつ』を取り戻すまでニコライを追い続ける。其れだけだ」

そして徐に胸元から、潰れた煙草の箱を取り出すと…

「こら」

煙草の一本も抜き取れぬ内に箱ごと男の視界から掻き消える。
見れば助手席の女がシートから身を乗り出し、
今しがた引っ手繰った箱を片手で弄びながら、ジト目で男を睨め付けていた。

「待てソフィー、酒と煙草は俺のガソリンだ。取り上げられたら困る。
 だからその手に持ってるソレを返してくれ……な?」

「駄目でーす。再編初日からヤニ臭付けたまま出てく気?」

「再編成されたって事は政府だって俺達の有用性を見直して良く理解したって事だ。
 だから或る程度は大目に…!!」

「!わっ!?」

言い掛けて急に身を乗り出しソフィーから煙草を取り戻すべく其の手首を掴んで引き寄せる男。
だがソフィーも負けず、手放してなるものかとケースを握り締め、其れを引っぺがすべくリゲイルの手が重ねられ…
まぁ要は…
「ああああああぁぁぁぁっ!!?お…俺のタバコが……」
クシャっと軽快な音と共にケースは潰れ、其の中身を座席下へとパラパラ散らす結果となってしまった。
流石に気の毒になって何か言うべきか逡巡するソフィーだったが、
彼女が何か口にするよりも早く中年男が降車を促す。既に目的地へ到着していたのだ。
男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、
床の紙屑から比較的原型を保った煙草を数本引き出し、車を降りるのだった。

 

「来てくれたか、元ナシャ・パベーダの諸君。
 ようこそディーカヤ・コーシカの戦場へ。歓迎しよう」
宮殿広場前の作戦本部前にワゴン車の乗員達が全員整列し、
ディーカヤ・コーシカ隊長オセロットとキュア・スターリンが彼等と相対していた。

「『ミハイル・ルーチェフ』大佐です。
 此度は名誉挽回の機会を与えて頂き真に有難う御座います。
 ナシャ・パベーダ(我等の勝利)の名に相応しい戦果を御期待下さい」

「『ソフィー・ルーチェワ』元…いえ、少尉です。
 本作戦のオペレーターを担当致します」

彼等はナシャ・パベーダの元隊員達。
ニコライ元大佐による大規模離反に参加しなかった人間達だ。
大規模離反でもって部隊を疎んだ政府によって一度解体されてしまったが、
ニコライという脅威に対する決め手を得られないまま其の勢力拡大を許してしまった政府は、
此処にナシャ・パベーダの再編を決定し、隊員達を呼び戻したのだった。

「そちらの君が…センチュリオンのリゲイルか。
 スヴァローグ島事件に於ける君の獅子奮迅の活躍は聞き及んでいる」

「『アルリゲーレ・エックハルト』中尉、
 出向命令に従い着任への許可を求める」

「着任を許可する。
 キュア・スターリン、簡単に説明を」
「手短に目的の再確認を行います。
 事前の説明通り、この美術館に立て篭もるテロリスト一味の拘束が目的です。
 ニコライ元大佐だけは殺してはいけませんが、其れ以外の生死は問いません。
 アーティファクトを疑える一切の物品に傷をつける事を許しません。大規模な破壊活動は控えて下さい。
 其れと此処に逃げ込んだとされるリスティー・フィオ・リエル・オーディアは必ず始末しなさい」

ディーカヤ・コーシカ隊員が配る資料で、美術館の構造と標的の顔を確認する。
「テロリストの仲間だって」
「…ニコライめ、あの時から全然変わってねぇ。ガキですら平気で戦争に巻き込みやがる」
「センチュリオンが最低でも7人…しかもニコライは殺すなと来たか。要らん心配だな、これは」

 

 

何やら憤っているリゲイルを肩越しに眺めつつ本部の椅子へと戻るオセロット。
其処には六反田とワスプーチンが資料を片手に彼の帰りを待って佇んでいた。
「全く世の中というのは解らんものだ。
 ハバロフスクの雑魚組織が、あのニコライ達の手下だったというのだからな。
 君の国の言葉で言えば『棚からおはぎ』…だったか?」
サンクトペテルブルク市にニコライ達を誘い込む計画は前々からあったが、
ハバロフスク市のリスティー達を追っている内に其処に辿り着くとはKGBも考えていなかった。
其れから暫くしてニコライ達が潜伏している事を突き止め、
戦力となるナシャ・パベーダの到着を経て今回の作戦へと至る。
やや性急ではあったが、其の甲斐あって包囲から逃げられる前に攻める事が出来たとオセロットはほくそ笑むが、
六反田はそんな彼の上機嫌も一蹴し冷淡な声にて問い掛ける。
「…まだ貴族の処刑が飽き足らぬのか?」
「此処の展示品に遺産の疑いがあるものも多々あるのでな。
 其れにどの道、テロリストの一味。指導者同志も面倒な手続きを経たくないと仰せだ」
ロシア政府は美術館内の品に、アーティファクトを疑える物が数点ある事を確認しているものの、
美術館の所有者であるオーディア家の主リスティーはテロリストに加担する反動分子。
アーティファクトを差し出せといったところで首を縦に振る事は永遠に無いだろうし、ロシア政府も期待しない。
首を縦に振らないならば、横にも振れないようにしてしまえば良いだけの話だからだ。
いつぞや公開処刑した貴族同様、跡継ぎの居ない貴族の土地は一時的に政府に返上された後、競売に掛けられる。
其の間、アーティファクトに手をつける事を阻むものは何も無い。やりたい放題。

「吐き気を催すほど素晴らしい采配だ」
「豪く不服そうではないか。オーディア家と何か縁でもあったか?」
「ほんの一時ではあったが、同胞でな」
其の一言にオセロットの目の色が変わる。
……指導者同志の客人とはいえ、ラーゲリ(強制収容所)送りの理由は充分だな
「勘違いするな戯け者。ロシア・テロリストの同胞ではなくSFESの同胞という意味だ」
「何だ、そんな事か。口には気をつけ給え。
 この場にキュア・スターリンがいたら弁明の時間も無いまま即粛清されていたかも知れないぞ。
 …併し、あれも元レギオンか。君と違って随分と自由にやっているな」
「妾は恩に報いているだけだ。恩に見合う働きをしたならば、躊躇無くロシアを離れさせて貰おう。
 一先ずは…今回の作戦だな。元同胞のアーティファクト絡みとあっては妾も蚊帳の外にされては堪らぬ」
元レギオンのリスティーが所持するアーティファクトという事は詰まり、六反田が守護する対象という事だ。
詰まり六反田は『アーティファクトを横取りするな』と言っていた。
六反田はロシア大統領ラスプーチンと協力関係にあり様々な便宜を図って貰ってはいるが、
ラスプーチンの事は全く信用していない様子だ。
「…恩……か。
 君が其処までのんびりとした人間には到底見えないがね。
 まあ良い。君の言うとおり一先ずは今回の作戦だな。
 同志ワスプーチン市長殿、手筈通りに頼むよ」
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮2F、黄金の客間

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壁一面と天井にウラル山脈の金を贅沢に使った金箔張りの部屋に要人達が集まっていた。
青色の肘掛け椅子に腰掛けたリスティー、R・B、ドルヴァーン、ハウシンカ、グレナレフ、ルークフェイド、アリオスト、
鮮やかなモザイク・パネルを遇ったマントルピース(暖炉枠)を付けた大理石製の暖炉を背にして彼等と相対するのは、
所属していた特殊部隊ナシャ・パベーダの大半と共に祖国に弓引き長年テロ活動を行って来た男…
テロリスト・リーダー…ニコライ・テネブラーニン大佐と其の部下4人だ。
正確には元・大佐なのだが、部下達からは今も大佐と呼ばれている。

「落ち着かないな…眼がチカチカするぞ」

アリオストの科白も尤もだ。
部屋中が金細工の輝きに包まれている上、
幾つもの小さなテーブルの上には其々六角錐のショーケースがあり、
半貴石、アメジスト、ブラックオニキス、瑪瑙などのストーンカメオが展示されている。
いずれも旧世紀から続く歴史ある品々らしく、これ1つだけでも大変な価値があるという。
正に宝の山。
だが、そんな中でもハウシンカの不機嫌は治らない…ばかりか一層悪化している。
数日前に見たストリートチルドレンの姿と、この豪奢な大美術館…
同じ町にあるというのに、これ程にまで凄まじい格差があるという事を嫌でも実感させられる。
聞けば所有者のオーディア家は更に蒐集を重ねて結晶美術品なども持ち込んでおり、
やがては『超エルミタージュ』というセンスの欠片もないネーミングの新館を作る予定だったという。

「なぁ偽リーダーちゃんさぁ」

小声でリスティーに話し掛けるハウシンカ。
今、ニコライ大佐はドルヴァーンにレイジア教に関する話を聞いている真っ最中で、
既に一度、エカチェリナ宮殿で同じ話を聞いているハウシンカは、
彼等の話に耳を傾けるよりも、別の話をした方が有意義だと感じたのだ。

「この美術館って偽リーダーちゃんが所有者なんだよね?
 どうしてこんなモン欲しがったんよ?
 そんだけの金があったら組織もっとデカくする事も出来たんじゃねーの?」

「違いますわー。
 これを買い取ったのは、わたくしのひいひいひいひい…」
《ヒィヒィ言ってんじゃねーYO、牝豚ァ!先祖でいーだろーがーファック!》
「そうですわね。こほん、では改めまして…
 これを買い取ったのは、わたくしの御先祖様ですわ。
 マイケル・ウィルソン大統領の主導で人類混乱期を脱し始めた頃、
 時代の流れに適応出来なかった可哀想な人達は捨て値同然で次々と企業株やお宝を手放していきましたわ。
 ご先祖様は其れを買って今の影響力を……」

「詰まり…チェリーの一族と一緒って事かぁ…
 わっかんねぇなぁ、ああ解らねぇ。
 細川一族もチェリーの家も偽リーダーちゃんの家も、なぁに考えていたんだか」

やがてレイジア教の話…
全ての存在に意味があるとする教義、
光のレイジア及び四聖と闇のレイジア及び四凶の共倒れについての話を聞き終え、
ニコライ大佐は深い溜め息で葉巻の煙を吐き出すと一人満足そうに何度も頷く。

「フム…光のレイジアと闇のレイジア…か。
 中々に興味深い話だったよミスター・ドルヴァーン」

だが話を聞かせた当のドルヴァーンも、何故ニコライがそんなものを気にするのか解らなかった。
だからハウシンカの不躾な質問にも口を挟まず黙っている事を選ぶ。

「あのねオジサマ、幾つか質門あるんだけど良い?
 何だって昔話のカミサマなんぞにそんな楽しそーになれるん?
 脱出の話よりもレイジア教とかゆー訳の解んねーモンに固執してら」

「神話や伝承から過去の人々が何を考え何を畏れ何を胸に刻んでいたかを探るのは楽しいものだよ。
 我々を取り巻く『流れ』と其の源泉を見極める為にも過去を知る事は有益だと思うが、
 ミス・ハウシンカは嫌いかね?過去も…神も…」

ハウシンカの過去など、想起したところで鬱屈とした感情を齎すだけの代物だ。
虐待魔の親、施設暮らし、精神病院、誘拐された友、鉛雨街の仲間の全滅、
鉛雨街で力を得た後ですら法王に利用され、SFESに利用され、フランスに利用され、中国に利用され…
…過去など彼女にとっては唾棄すべき汚物でしかない。
同様に其の様な運命を強いた『神』とやら実在し、もし現れたのならば、取り敢えず頭カチ割る事にしていた。

「でぇーっきらい。
 あたし、そーゆー、神様だのなんだのって興味ねえから」

「即答か。では過去を捨てたいと考える事はあるかな?」

「くっだらねーし」

「くく…そうだな。過去の上に今の君がある事を考えれば当然か。
 呪いつつも其の積み重ねが己を形成しているという点は弁えているようだ、結構結構」

ハウシンカの過去にして今の彼女を形作った親友エカチェリナ、
忌まわしい過去が無ければエカチェリナとの出会いも無く今の己も無い。
このような…エカチェリナを取り戻す為の旅などしてもいない。
其れは程度の差こそあれ、グレナレフ、ルークフェイド、アリオストにも共通する。
ではだからといって過去を受け入れ肯定出来るのかというと断じて否。

「次に…これは興味本位で非常に個人的な質問だが、
 『始まり』に…思いを馳せた事はあるかな?
 過去も突き詰めれば其の原因は『始まり』へと行き着く。
 其れを考え付く限り遡った事は?」

「おいおい、始まりって……ビッグバンとか何とかにまで遡れとでも言うのか?滅茶苦茶だぜ」

「はは、質問が意地悪だったな。
 これの答えは人間の理性に於いて回答不能とされる。
 今、其処のグレナレフ君が言ったビッグバンすらも一過程と看做せてしまえる。
 始まりがあるとしたら、始まりを起す因子は何処から始まったのか、
 其れを誕生させたものの始まりは?其れの始まりは?…といった具合にね。限りが無い」

「あー、こりゃあれだろ?
 たとえ全知全能の神様だのがいたとしても其の神様ですら自分より上位の超存在を否定し切れないって奴。
 理性の限界だったか?」

「そう。
 不完全な人間に、完全など理解出来ないという訳だ。
 不完全な人間の住まう不完全な世界に、完全を持ち込めはしない。
 不完全な世界に完全なる正しさを当て嵌めようとしても誤りにしかならない

「ま、法律とか裁判とか見てもそーだな」
《解ってんじゃねーか蟻っち!法律が完全なら裁判も必要ねーわな!
 法がクソみてぇで一律対応出来ないから不毛な言い争いやる必要が出るって訳だぁ!》
「蟻っち言うな花」

完全を求めて何も出来ないまま終わるよりは、
 不完全であろうとも何かを為す方が良い…そういう事ですよ」

其れが『過ち』であったとしてもね
法廷に携わる身のルークフェイドの言に続いてニコライ大佐が言う。
正義感が強いほど不完全な身故の不完全な対処、不完全な世界を厭い、
其れでも尚、正す事が出来ない現実に絶望するのだ。

「先の質問もそうだが…
 肯定と否定、完全と不完全のみで答えるようなものでもあるまい。
 そういった矛盾の狭間にて移ろう者こそ『不完全なる者』たる人間なのだからな。
 其れより、ロシアを脱するというのならば早々に打ち合わせを始めるべきだろう」

ドルヴァーンの言葉に、はっとなるハウシンカ。

「そうそう、次にあたしが聞きたかったのって其れ。
 どーやって脱出するのさ?
 アタシとしちゃ手っ取り早く強行突破でいきたいんだけどにゃー♪」

「豪快だね。嫌いではないよ。
 我々も大体は同じ考えでいる…だが其の前に少しばかりやる事があってね」

「…さっきからさぁ…嫌ぁーな気配をそこら中から感じるんだけど、やっぱそういう事?」

勘も良い様だとニコライが思った其の時、拡声器のものと思しき大声が響き渡った。

《サンクトペテルブルク市長ワスプーチンである!!
 テロリスト一味に告ぐ!
 即刻武装解除して出て来なさい!》

ハウシンカは即座にニコライ達から飛び退いて距離を取る。
彼女達はテロリストが裏切る可能性をまだ捨ててはいなかった訳だが…

「短気は損気だよミス・ハウシンカ。
 私は君等を売った覚えはないし、大人しくロシア政府に捕まる気も無い」

ニコライ大佐は落ち着いた素振りで、害意が無い事をアピールする。

《諸君等には血を流さずに済む選択を行う権利…
 降伏し裁判を受ける権利がある!
 サンクトペテルブルク市長ワスプーチンの名に於いて、
 諸君等の権利が神聖且つ不可侵なものである事を誓おう》

「裁判ww
 其の場で射殺されて1回死亡、
 被疑者死亡のまま人民裁判やって有罪死刑、2回死亡確定だわwww」

キュア・スターリンが市庁舎前で一般市民の大虐殺やらかしたばかりだというのに、
見え見えの嘘を良く言えるものだとハウシンカすら思わず噴き出してしまった。

「下らん時間稼ぎだ。今更我々に交渉が通じると思うほど連中もバカではない。
 詰まり…」

「つぅまぁりぃ!ヤっちまって良いってこったなぁ!
 所詮テロ活動だ、刺激的にヤろうぜ♂」

ニコライ大佐の言葉を勝手に引き継いでサブマシンガンを掲げるのは、大佐の部下の一人…
其の好戦振りを隠そうともしない筋肉質な男だった。

 「弾薬の無駄よ」

「うるせぇ、俺にあの白豚(キュア・スターリン)を殺らせろ!
 黒豚(キュア・レーニン)も黄豚(シャイニー・トロツキー)もあの世で待ってんだから一緒にしてやろーってんだ!
 大佐ぁ、ちょっくら連中をからかって来るぜぇ!」

仲間の制止も聞かずに言うだけ言って男は部屋を飛び出していく。 

「部下が失礼した。どうも品性に欠ける奴でしてな」

「…ちょっと待て、今あのオッサン…『あの白豚』って言ったけどよ、
 もしかしてキュア・スターリン来てる?ってかお前等それ知ってたのかよ?」

「ちょっとした目的が私にもあるという事ですよ。
 まぁ、この話は追々…今はこの美術館を包囲しているKGBの連中を何とかしましょう」
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館前、宮殿広場

 

宮殿広場に広がるディーカヤ・コーシカ達の先頭に立ち、
先程から拡声器で降伏勧告を続けていたワスプーチン市長は、
喋り続けて痛みを覚えた喉を何度か摩りながら背後…
両腕を組んで椅子に座ったオセロットの方を振り向き、恐る恐る言う。

「ふぅ、……これで奴等、出て来てくれるでしょうか?」

「そうしたら、
 名を掛けて誓いを立てた同志市長殿を屍にして誓いを白紙にしてから連中を粛清ですな」

「………」

絶句するワスプーチンを見、「冗談だ」と鼻で笑い飛ばすオセロットだが、
ニコライを呼び込むという目的を達成させた以上、
サンクトペテルブルク市長の首は挿げ替えられる事が決まっている。
ぶっちゃけ今殺されたって何もおかしくないと萎縮しながらワスプーチンは苦笑いを返す。

「ふん、無駄な心配だ。連中は降伏などするものか。
 其れより…おい、準備は出来たのか?」

「問題ありません、いつでもいけます」

改造マンモスに乗ったディーカヤ・コーシカ隊員がオセロットに応える。
エルミタージュ美術館を包囲している改造マンモスの総数は20。
以前にハウシンカ達を追い回した改造マンモスとは違い、
象牙の部分にミサイルの発射装置を備えた、より戦闘力に優れる個体達だ。
だが普段は地対地ミサイル等が装備されている其処は、
髑髏のマークの付いた奇妙なボール状の物体が取り付けられていた。

「おや、一人出て来ましたね」

キュア・スターリンの言葉に、ワスプーチンが目ン玉引ん剥いたゴッドエネル顔になる。
これでテロリスト側に「降伏する」などと言われては、
次の瞬間、自分の首が落とされるのではと先程のオセロットの言に怯えるが…
彼が心配するような展開にはならなかった。

ディーカヤ・コーシカ達の注目の中、エルミタージュ美術館から出て来た男は、
片手に持ったサブマシンガンを構える訳でもなく歩みを進め、唐突に大声で名乗りを上げた。

「元ナシャ・パベーダのセンチュリオン、
 『ビルクレイダ・ヘクトケール』大尉たァ俺の事よォ!
 おめェら三下共に『ニコライ派』の返答をくれてやっから、
 有難く受け取れやぁああぼおおぁあああおおおおおおっ!!

ビルクレイダが大口を開けると、其の奥から黒い何かが溢れるようにして出てきた。
一瞬、ディーカヤ・コーシカ達は吐瀉物かとも思ったが、色も質感も量も違う。
其の正体は生理的嫌悪感を抱かせるに充分な禍々しい蜘蛛の群れであった。

「うぉ…!?何だコリャぁッ!!?
 助けぇえあwせdrftgyふじこlp;@」

ビルクレイダの口から次々と沸いて出て来る蜘蛛達は、
一番近くで立ち竦んでいたディーカヤ・コーシカ隊員へと殺到し、
足から一気に其の全身を飲み込んでしまった。
数千匹もの蜘蛛の海に溺れたディーカヤ・コーシカ隊員の断末魔の後、
蜘蛛達は其に場に骨と皮だけになった骸を残し、新たな獲物へと襲い掛かる。

「う…撃て撃て撃てぇ!!うわぁああ!?」
「ひぃ、何なんだ一体ぃい!?」

「おーい、俺のしもべ共で手一杯になってんじゃねェよ」

蜘蛛に気を取られた余り、ビルクレイダのサブマシンガンで容易く仕留められていくディーカヤ・コーシカ。
かといってビルクレイダを狙うと今度は蜘蛛に襲われる。
更に蜘蛛は襲った人間の生気を吸い取り巨大化し、既に1m近い蜘蛛すら現れていた。
しかもビルクレイダも蜘蛛も素早く、狙いを付ける事すらままならず、
デタラメに放たれた弾丸の僅かが蜘蛛を漸く仕留めるという有様だった。

「…ッとに歯応えのねェ連中だなァ?
 俺だけで全滅させてやれるんじゃねェの?」

「ひ…ひぃいい!!?」

堪らず一目散に逃げ出すワスプーチンだったが、
蜘蛛達は彼を逃がすまいと黒い絨毯となって其の足下へと追い縋る。
腰の抜けたワスプーチンが其れから逃げ切る事など出来る訳も無く、
10歩も進まない内に倒れて蜘蛛の海に飲み込まれようとした…が。

「お、おっ」

ワスプーチン周囲の石畳が弾け飛び、
其処から銀の輝きを持つ塊が隆起し現れ、蜘蛛達を掻き消してしまった。
蜘蛛達を裂いたのではない。文字通りに掻き消してしまい、破片すら残さなかった。

「はん!お前等かぁ!」

ビルクレイダが横槍を入れたであろうKGB本陣の六反田へと攻撃を仕掛けるが、
無数の銃弾は…やはりニコライ大佐の読み通りKGB本陣に届く事は無かった。
不可視の防壁スカトラ・ミステリオサが其の全てを防いでしまった。

「甘ぇ甘ぇ甘ぇえ!!」

だがビルクレイダは尚もサブマシンガンを撃ちまくって、
スカトラ・ミステリオサの設置されていない箇所を探り当て、
大胆にも其処に自ら身を滑り込ませてKGB本陣に突入を仕掛ける。
ニコライ大佐達と同様の人外の速度を以ってすれば容易い事だった。
獰猛な悦びに全身を震わせ、鷹の様な眼は次なる獲物…オセロット、キュア・スターリン、六反田へと向けられ、
サブマシンガンの銃口から撃ち出される弾丸が3人へと容赦なく襲い掛かった。

「ひ…ひぃい!?来ちゃいましたよ同志オセロット隊長殿ぉお!?」

腰を抜かして怯えるキュア・スターリンを無視し、
オセロットが二挺拳銃を両手にビルクレイダの前へと躍り出た。
普通ならば銃弾を吐き出し続けるサブマシンガンの銃口を前にするなど自殺行為でしかないが、
其れらは正確無比且つ超高速のガンスピン、そして隆起する防壁によって弾き返され、
オセロット達の体に傷一つ付ける事も出来なかった。

「ふん、革新的(Innovation)な能力だが…
 俺の革命的(Revolution)な技術の前では児戯にも等しい」
「下賎が、身の程を弁えよ」

「はん!手加減されてんのも解んねェ低能君低能ちゃんかァ?
 おめェら雑魚共相手に本気なんて出す訳ねーだろォ?」

言いつつ、周囲のディーカヤ・コーシカに包囲される前に手早く其の場を離れる。
好戦的で猪突猛進な振る舞いと裏腹にビルクレイダ大尉の内面は冷静沈着そのものであり、
包囲で数の有利と機動力を殺がれる前にオセロットらを葬るのは無理と判断したのだ。
やはり人間とは思えない跳躍力で美術館の壁へと跳んでへばり付き、
嘗ての二つ名『凶兆の蜘蛛』よろしく屋上まで一気に這い上がる。
慌ててディーカヤ・コーシカ達が銃口を向けるが…

「おいおい、此処傷付けて大丈夫なのかよ?
 お前等の安月給じゃ弁償出来ねェぞ?」

ビルクレイダが嘲笑して言う通り、
万が一内部のアーティファクトに何か起こってしまったら、文字通り命で償う破目になるだろう。
ヴァストカヤスクサミット以降、ラスプーチン大統領はアーティファクトの収集に舵を切り、
場合によってはニコライ達を逃がす事になってもアーティファクトは入手しろと命じていた。
当初はニコライ達を誘い込んで捕らえる目的で開始された作戦だったが、
ニコライが確認された今では既に其の優先度はアーティファクト収奪の方が勝ってしまっていた。
躊躇うディーカヤ・コーシカ達だったが、隊長オセロットの反応は違う。

「やれ」

オセロットの指示を受けたディーカヤ・コーシカ隊員達が端末を操作すると、
美術館を取り囲んでいた改造マンモス達の牙からボール状の物体が一斉に放たれた。
ボールは窓を破って美術館内へと入り込むと、毒々しい色の煙のようなものを噴出しだした。

《テロリスト共よ、良くお聞きなさい。
 今、BC兵器散布弾を使用して
 美術館内にエリチョフ型コレラの菌を撒きました。
 下痢となり脱水死という惨めな最期を遂げたくないのならば
 大人しく出て来る事ですねぇ!》
執筆者…is-lies

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮2F、黄金の客間

 

「ちょっとちょっとちょっと!?
 おい、下痢で脱水死ってマジかぁ!?すぐに逃げようぜ!」
「きゃきゃー!怖いですわ怖いですわー!」
KGBの放送を受けて狼狽えまくるアリオストとリスティーだったが、
ハウシンカ、グレナレフ、ルークフェイドは比較的落ち着いて何やら思案中、
ドルヴァーン、R・B、ニコライ大佐に至っては全く動じていない。

「落ち着き給えミスター蟻、ミス・リスティー。
 このような広い上に窓も沢山あって換気が容易い建物にあんなモノ使えんし、
 そんな建物のすぐ外に連中がうじゃうじゃ居て包囲を続けている時点で細菌兵器など有り得ん。
 ハッタリか…煙幕に乗じての侵入か。
 君達にも連中の排除を手伝って貰おうか」

「つーか、手伝うしか道ねーぢゃん」
「仕方ありません。これだけ広いのだから…何処から侵入するのやら」
「…って、ミスター蟻って俺の事?何これ酷い」
「ぶーぶー!わたくしのお城で狼藉は許しませんわー!」
《生皮剥いで吊るそーぜー!ゲヒャヒャ!》
「くく…さぁて、スヴァローグ島の頃からどれだけ進歩したか見せてみるが良いリゲイル!」
執筆者…is-lies

 

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