リレー小説5
<Rel5.ヂリノフスキー1>

 

   ロシア連邦、ヴァストカヤスク

 

 

「おー、良いねこれ。
 うん。こんな感じで良いかな」

議場に置かれた風神雷神屏風を見ながら何度もうんうんと頷くチンパンジーの獣人は、
近年、北方領土問題に宛がわれた政治家「康田・福夫」である。
手柄は独り占めせず仲間全員に齎す為、周囲の人間からは受けが良いものの、
割を食わされる側からは、其ののらりくらりとした態度諸共に酷評を受けていた。

「いやぁー、ヴァストカヤスクの皆さんにはお世話になります。
 洞爺湖サミットが開けるのも皆さんのお陰ですよ」

ロシア南方領土ヴァストカヤスク…嘗ての道央部、道南部の一部を含む元・日本領である。
日本の東西分裂と同時に市長が無防備都市宣言を下し、
其の日の内にロシアに取り込まれてしまったものだが、
康田はそんな事など全く気にもしていないという様子で上機嫌に振舞っている。

「なぁに、礼ならば同志ユスプーチ…いや、佐藤君とムネヲ君にすると良い。
 ネオス日本とロシアの友愛を唱えて長年尽力して来た彼等に心打たれての協力だよ」

そう言うとヴァストカヤスク総督ヂリノフスキーは、
片手に持ったウォッカ瓶を口に傾け一気飲みにする。
議員当選後、超能力者の助けで票を得たとか訳の解らない事を言ったり、
無防備都市宣言された札幌一帯を武力制圧した後、
ヴァストカヤスクをロシア領と認める旨を織り込んだ平和条約を結ばなければ、
ネオス日本に核攻撃を仕掛けると、本末転倒な事を言った男である、
因みにアメリカにもアラスカ返還要求をしており、
アラスカ州知事であるバラクーダからは「アホの子」呼ばわりされている。
そんなヂリノフスキー総督に、
アーティファクト捜索に関する国際サミットでの洞爺湖使用が認められた時には、
ネオス日本も交渉のあまりの呆気無さ警戒感を持ったものであった。

「色々と米国のブタ共からある事ない事言われているようだが、
 これでも私はネオス日本共和国との友好と共存を強く願っているのだ。
 ネオス日本の立場を踏まえ、最大限の努力をしている。
 其れにラスプーチン指導者同志はアーティファクトの奪取…いや、捜索に重きを置いていてね。
 ネオス日本の秋葉原隔離区浄化プランに大層喜んでいたよ。
 あのヘタレのネオス日本がようやっと強硬手段に出る事を覚えたかとね。
 超結晶捜索は世界の問題でもある。
 ネオス日本がちんたらやって足を引っ張らない様、サミットで調整して欲しい」

失言を失言とも思わぬヂリノフスキー。

「秋葉原隔離区…ねぇ。
 寧ろこれを期に色々やるのも悪くないでしょ。
 東西分裂以降、こっちも結構そういう話は出来るようになったし、
 対皇国用と言いさえすれば非核五原則だって破れたしね」

非核五原則とは、持たない作らない持ち込ませない言わせない考えさせないという自重である。
飽く迄、国会決議による自重であって法的な縛りは無いものの、これを破れば大きな批判に晒された。
だが日本が東西に分裂し、西日本…詰まり極右の国粋主義者達の集りである日本皇国や、
愛知一帯がどさくさに紛れて独立した大名古屋国を相手取る際には、
これらの原則を無視したところで寧ろ正当化されてしまうという奇妙な状態にあった。

「ほぅ、色々とな?
 中国が黙っていてくれれば良いがね」

「いやいやいや、
 別に軍備増強とかそんなのに興味は無いですよ?
 中国を刺激しても良い事なんてありませんしね。
 ただ議論出来るというのは其れだけで充分なものかなと」

ヂリノフスキーは彼を、良くも悪くも日本人体質なのであろうと結論付ける。
秋葉原隔離区浄化プランの採用が、
アーティファクト捜索の為の方便である事は、周知の事実。
康田がロシアの政治家を前にして、こんな事を言ったのも、
アーティファクトの横取りに対する牽制なのだろう。
今現在、秋葉原隔離区にスパイを潜伏させている勢力は4つ。
ネオス日本共和国、中華人民共和国、ロシア連邦、イスラム共栄圏。
最初はアメリカ合衆国もスパイ『パトリシア』を忍ばせてはいたが、
現・内閣総理大臣である小泉が、アメリカ側の勢力を粗方国内から叩き出した為、今回の勢力図には加わっていない。
反米と聞いた野党側がこれを期に小泉と協力した為、
正に電光石火の早業でネオス日本共和国はアメリカ依存からの脱却を進めた。
尚、野党側は其の後にアジア共同体構想を実現しようとしたらしいが、
アメリカを追い落とした直後、小泉から一方的に手を切られてしまった為、
以前よりも与野党の足の引っ張り合いは激化の一途を辿っていた。

「(まぁ…大名古屋国がアメリカに取られたからネオス日本も必死なのだろう)」

第三次世界大戦後のドサクサに紛れて西日本が日本皇国となった際、
愛知県一帯もまた大商社・本田グループによって独立国・大名古屋国となった。
本田グループ総裁である本田宗太郎は第三次世界大戦で敗戦したS-TA重鎮の落ち武者であり、
能力者だけの世界を求め、今度こそ非能力者を根絶せしめんとして第四次世界大戦を引き起こした。
領土も兵員も取るに足らない大名古屋国が世界を相手に立ち向かえたのは、
記憶撹乱ウイルスJHNやアマノトリフネを初めとしたD兵器を大量に保持していた点に尽きる。
D兵器…Dateless兵器……詰まり古代火星文明の未知なる技術の産物であった。
其の強大さに各国は万策尽きて平伏す事を余儀なくされ、
大戦の英雄達が現れて本田宗太郎を討ち取らなければ今の世界は存在していなかっただろう。
この第四次世界大戦後、
何故、大名古屋国がD兵器を大量に保持し、
あまつさえ其れらを自由自在に扱う事が出来たのか…
…という疑問を解消すべく、大名古屋国の調査に各国が動いたのも道理であろう。
其の答えとなるべき者…
本田宗太郎の娘である本田ミナとアンドロイド・リリィを確保したアメリカ合衆国大統領が、
連合議会議長として大名古屋国を正当な国家と認め、
其の主および連合議会議員として本田ミナを認め、
そして大名古屋国の復興を支援すると表明した其の瞬間、大名古屋国はアメリカの手に落ちた。
小泉にとっては敵国が隣に出来たも同然で非常に歯痒い思いをしているという。
勿論、大名古屋国の秘密はアメリカの独占状態になるのだろう。
第四次世界大戦時に墜落したアマノトリフネもアメリカ合衆国内に墜落し、
其の後の詳細は非公開とされているのだから、アメリカからしても棚から牡丹餅だったという事なのだろう。

「(…併しアメリカも良く解らない国だな)」

というのも…
火星行きの航宙機101便がジャックされ、自爆テロを試みた事件の際、
搭乗者に本田ミナとリリィが居た事は各国が知るところとなり、
可能な限り交渉すべきか撃墜すべきかを論じていた其の場で、
其れでもアメリカ合衆国は航宙機の撃墜を真っ先に主張したからだ。
D兵器に関する貴重な情報が宇宙の藻屑と化してしまいかねないというのに。

「(アメリカがアマノトリフネの残骸で得た情報はそんなにも大きかった訳がない。
  墜落から1ヶ月も経っていないんだぞ)」

そして101便が撃墜された後、
救命ポッドで脱出したミナ達をアメリカ合衆国が保護した………
……あまりに出来過ぎている。

「(やはりテロリスト達とアメリカが繋がっていたというのが納得出来るな。
  …あの国は敵に回さない方が良さそうだ。
  そういう意味では、アメリカを今回の勢力図から消した小泉首相には感謝をしても良いか)

 

しかし…
執筆者…is-lies
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