リレー小説5
<Rel5.ダンテ2>

 

 

  イスラム共栄圏、モルディブ共和国、ニヴィヤニ

 

「棺桶が四つ転がってる茶会ってのもシュールだな、オイ」
 円形のテーブルを囲む一団のうち、椅子の一つに腰を掛け、
 紅茶にも茶菓子にも手を付けない男がぼやいた。
 無精髭を生やし、退屈そうに足を組むその姿は、晴れ渡る空の下の茶会にはあまりにそぐわず、
 どこか湿った街中の裏通りの方が似合いそうな空気を放っている。
 そんな男に対し、同じく円卓を囲む一人、全身が青一色の女騎士が不満げに睨む。
「……何か文句でも?」
「喧嘩腰はダメだよ、青薔薇」
 男を睨む女騎士を、黒衣の少女がたしなめる。
 同じく円卓を囲む一人で、円卓の上に無造作に置かれたチェス盤を、ぼんやりと眺めていた。

 男は円卓を見回す。やや大きい円卓を六人の男女が囲んでおり、円卓の上にはティーセットやら茶菓子やらが丁寧に並んでいた。
 その円卓の横には棺桶が四つ並んでいた。
 冷凍保存型の棺桶で、死体をいつまでもその形のまま留められるという代物らしい。
 生体機能を維持したまま保存するHC(ヒッポリタスカーボネイト)処理とは異なり、
 生体機能維持は出来ないが、その分安価で出来るのだと、男は友人から聞いたことがあった。
 死体を燃やしたり土に埋めたりせず、あくまで生前の形を残し続けるというのは、需要はあるのだろうが、あまり趣味がいいとは言えないだろう。
 皮肉を込めるならば、いい趣味をしているのだろうが。
 一つは黒い紳士服に身を包んだ老人だ。いかにも、といった風のイギリス紳士のような装いで、不思議とそれに不自然さを感じさせない。
 一つは薄汚れたゴシックロリータ調のドレス姿の少女だ。穏やかな表情で眠るその顔はまだ幼さを残している。
 一つは薔薇の髪飾りを付け、女物のドレスの上に軍服を羽織った少女、いや、少年だ。男はこの少年の顔に見覚えがあるような気がした。
 一つは男物のタキシードを着た女だ。同じく薔薇の髪飾りを付けている。ドレスに軍服の少年と顔は瓜二つで、やはり男はその顔に見覚えがあった。

「で、これは何の集まりなんだよ。ただ茶ァ飲みに来させたってわけじゃねぇだろ」
 男がそうぼやくと、対面に座る黒衣の少女は、そうだね、と呟いて。
「『お茶会』のメンバーの紹介と、お仕事を一つ頼みたいんだ。聞いてくるよね、『骨の人』?」
 背筋がうすら寒くなる笑みを浮かべ、黒衣の少女──リライは、そう言った。

 

「まず私から行こうか。
 知ってるとは思うけど──リライ。リライ・ヴァル・ガイリス。
 『闇』って名乗ったりもするけど、まぁ、リライで構わないよ。
 そして、チェスの『プレイヤー』ってところかな」
 リライは次に自分の左隣、男から見てリライの右に座る女騎士を指して、
「彼女は青薔薇。ブルーローズ・アイアンクローバー・ワンダーグラウンド。
 一応A級プロとしての立場も持ってる。私の騎士ってところだよ」
 不満そうな顔の青騎士の左隣、男の右隣に座る、無邪気に茶菓子を頬張る紅色の少女を指して、
「彼女はニーズヘッグ
 D-キメラだよ。廃棄されかかってたところを私が貰ったの。私の戦車ってトコ」
 自分を紹介されたことに気付いたのか、ニーズヘッグはバッと顔を上げ、
「おおう! ニーズヘッグだ! よろしくな、えーと、ホネ!」
「おーうよろしく」
 天真爛漫な笑顔を向ける少女に、男は、こういうガキは苦手だな、などと考えながら、適当に返した。
 今度はリライの右隣に座る、老獪な空気を持つ少女を指して、
「会ったことはあると思うけど、彼女はダンテ。
 アレフの魔女の娘、そして私の師匠で、私の女王」
「タルシスモーロック以来ですね。よろしく」
 たおやかな微笑を浮かべるその眼は、どこか小さな子供を愛おしく見つめる老婆のようで、男にとってこの女は苦手な部類にいた。
 全容がつかめないというか、元レギオンのはずだが、実力が垣間見えないような居心地の悪さがあった。
 そして最後に、ダンテの右隣、男の左に座る、全身をコートのようなものに身を包んだ、奇妙な風体の男?を指して、
「彼はシュトルーフェ。
 私の僧侶で、『守護者』……モドキだよ」
「は? モドキ?」
 男がシュトルーフェと呼ばれた存在を見る。
 全身を覆う灰色のコートは、どうやら耐火性の高い防護コートらしい。
 そのフードの中から見える顔は暗いが、辛うじて赤く輝く眼が見えた。
 微かに聞こえる関節の駆動音から、そのシュトルーフェという存在が人間では無いことは既に気付いていた。しかし、モドキとはどういう意味なのだろう。
「……小生は、シュトルーフェと申す」
 一人称が小生、らしい。
「古代火星文明の時代に造られた戦闘用アンドロイド、彼はその模造なんだけどね。計画自体が頓挫しちゃって、私が貰ったの」
「非力ながら、我が主に忠誠を誓った身。よろしく頼む」
「あー、うん」
 なんとなく暑苦しそうだな、そんな印象を持った男であった。

「ここにはいないけど、私の騎士がもう一人と、王様がいる。後で紹介するよ。こんなところかな」
 一通り紹介し終わり、リライの視線は男に向けられた。暗い、嫌な眼だ。
 男は思う。この女と初めて会ったとき、こんな眼をしていただろうか?
「皆に紹介するね。彼は……神野緋貝。
 『骨の人』。私の戦車になってもらう予定だよ」
「戦車ねぇ。まぁ、騎士とかよりは合ってるな。どーも、そこの黒くて陰険な女の犬ですワンワン、よろしくねー」
 男、神野がおどけて言うと、ブルーローズは不機嫌に睨み返し、ニーズヘッグはきょとんとした顔で、
「イヌのホネなのかー?」
「ちげーよ」

 

「それで、お仕事をお願いしたいんだ。
 骨の人。シュトルーフェ。ニーズヘッグ。明日、ロシアに行って欲しいの」
 一通り紹介も終わり、リライがそう切り出した。
 神野は嫌そうに顔を歪め、ニーズヘッグは無邪気に眼を輝かせ、シュトルーフェは寡黙なまま、
「粛清大好き女装野郎とか洗脳大好きヒゲ野郎とかイカれた連中が上にいるようなところじゃねーか……何しに行けってんだよ」
「ロシアって雪国だよな!? 雪とか積もってるんだよな? かき氷とか食えるかな!」
「承った。主よ、明日までにロシアの地理情報を入力しよう」
 三者三様に返ってくる反応に、リライは薄く笑みを浮かべる。
「お仕事の内容は、勧誘それと余裕があれば、回収または撃破ってところ」
「主、詳しい内容の説明を」
 シュトルーフェの言葉に頷きながら、一枚の写真を取り出す。
 そこに映し出されている金髪の青年に、神野は思わず声を上げた。
「……オイ、マジか? あいつ生きてたのかよ」
「そ。……彼の技術やつながりが欲しいんだ。彼の昔の経歴、骨の人なら知ってるでしょ?」
「そりゃ幾つかの組織を転々として……って、確かあいつの専門って」
「そういうこと」
 くすくす、と笑うリライに、神野は震えを覚えた。
 ──こいつ、一体どこからそんな情報を仕入れてるんだ?
 そういえば、と、神野はかつて組んだことのある胡散臭い情報屋を思い出す。
 いや、あいつは無いだろう。目の前の少女の底知れ無さは、あいつでも相手取れるものではない。
 もしこの蛇のような暗黒に相手取れるとしたら、そこまで考えて、やめた。
 神野は元々頭を使うのが苦手なのだ。だから実力はあっても隊長の役を任せられたことが無いのだ。
「ってことは、ねえさま、このヒトを『かんゆー』すればいいのか?」
「そのとおりだよ、ニーズヘッグ」
「えへへー。あたし、えらい?」
「うん、えらいよ。よしよし」
 空気が違う。リライとニーズヘッグの戯れを眺めながら、神野は呆れた顔を作った。
「……で、リライさんよ。勧誘は分かったが、回収と撃破ってのは?」
「そうだね。『白い秤』って知ってる?」
「古代火星神話の十一行、甘露を求める鷲が八人の娘を出産する際に食した、赤い土、紫の石に並ぶものと記憶している。
 俗説としては古代火星文明を統制する管理システムとも、高純度の超結晶とも云われているが、
 そもそも実在しないという意見の方が強い」
 シュトルーフェの解説に、神野は眉をしかめる。
「そんな眉唾物が存在するから探しに行けってか? 形状も何もわからないのにか?」
「無理だと判断したらすぐに引き上げていいよ。正直期待してないし。それにトリアの気配もするしね」
 さらりと答えるリライの言葉に、うげ、と声をもらす。
「……撃破ってそれか」
「そういうこと。……骨の人は、経験済みだもの、ねぇ?」
 くすくすと笑うリライに、神野は舌打ちした。
「まぁ大丈夫だよ。危なそうなら逃げても構わない……あ、でも、アイツにはあの結界があったか……ごめん、逃げられないかも」
「オイこら待てや!」
「大丈夫だよ、骨の人は強いし。それにシュトルーフェとニーズヘッグも実力は高いよ?」
 神野はシュトルーフェとニーズヘッグを見る。
 ニーズヘッグは外見こそ少女だが、話に聞いたD-キメラだというならば、それなりに強いのだろう。
 それにシュトルーフェも、その立ち振る舞いは機械的ながら、何処にも隙が無い。
 機械的な合理性とでも言うのだろうか、こちらもそれなりに力はあるのだろう。
 だが、相手がトリアだというのならば、中途半端な力はあっさりと踏みつぶされる。
 元総裁ことネークェリーハ。あの男がトリアによって変質させられた、あの巨大すぎる暴力。
 神野の得ている力から一歩先に進んだ、──あまりにも遠すぎる一歩は、神野の中にある生存能力が警鐘を絶叫するように鳴らし続けている。
 ならば。
 ならばこそ、リライにはあるのだろうか。あの圧倒的な災禍を打倒できる何かが。
執筆者…夜空屋様

 しばらくして、シュトルーフェがスリープ状態になったのか動きを止め、
 ダンテがあくびを浮かべるニーズヘッグを連れて、傍に建てられたコテージに行き、
 円卓には、リライとブルーローズ、そして骨の男が残された。
 会話は無く、リライはチェス盤をぼうっと眺め、ブルーローズは神野を警戒してか、剣に手をかけている。
 警戒されている当の神野は、相変わらず円卓の隣に並ぶ棺桶を眺めていた。
 紳士風の老人と、ゴスロリ少女は、記憶には一切無い。だが、女装少年と男装少女は、どこか見覚えがあるのだ。
 どこで見たことがあるだろうか。タルシス・モーロック?
 いや、こんな整った顔をしている奴は、タルシスでも割と珍しかったから、いたら覚えているはずだ。
 では何処だ? パルテノンのチャリティコンサートか? そこまで思考して、ふと、連想した。
 そういえば、と、あのコンサートには元同僚の姿があった。そして思い出す。
 確か元職場には、必ず部下に薔薇の髪飾りを付けさせた奴がいた。
「……もしかしてコイツら、レギオン?」
 そう呟くと、リライが顔を上げた。
「元、だよ。その二人は姉弟で、二人ともレギオンにいたんだ」
「ふーん」
 疑問が氷解して、興味も湧かずに適当に相槌をうつ。
 すっかり話を聞き流す態勢になっている神野に、だからこそリライは、独り言をこぼすようにぽつりと呟きはじめた。
「姉のランクラウンと弟のランポイント。私の戦車だった。
 弟が味方の攻撃の巻き添えで死んで、姉が後を追って自殺しちゃったの。私たちになんの言葉も残さないで、さ」
 リライの表情を視界の端で捉える。いつもの薄く笑うような顔が、何かに耐えているようにも見えた。
「隣の女の子がエナーヴァ。私の僧侶だった。
 未来視持ちでね、自分の最期は見えてたはずなのに、私たちに何も言わずに殺されちゃった。チンピラに散々嬲られて、さ」
 棺桶の中の、エナーヴァと呼ばれた少女の姿は綺麗なもので、そんな哀れで惨めな最期を迎えたとは思えなかった。
「隣のお爺さんがK.T.ヴォーダー。私の僧侶だった。
 私のチェスの先生でさ。老衰って言っていいんだろうね。……チェス、まだ途中だったんだよ」
 リライの前には、対局を中断されたチェスの駒たちが、もういない指し手を待ち続けている。
「……神野さんは、遺言くらい用意しておいてね?」
「あー? あー……『バトることと飲む喰うヤるだけしか能の無いアホがここで野垂れ死にましたごめんねー』とか、墓碑に刻んでくれよ」
「話聞いてないでしょ」
『人の話聞かないアホここに眠る』も追加で」
「……明日はよろしく。行くよ、青薔薇」
 まったくもう、と呆れが混じった息を吐き、ブルーローズを連れてリライは席を立った。
 ふと、神野は先ほどの会話に妙な発言が混じっていたことに気が付いた。
「おいリライ、さっき──」

 顔を上げた頃には、もうリライはいなくなっていた。
 円卓に一人取り残され、神野は、

「……で、この棺桶どうするんだよ」
執筆者…夜空屋様

「……いいのか? 信用は出来ないぞ?」
「青薔薇には悪いけど、私は信頼してるよ。
 彼に戦いの場を用意したなら、それに応えてくれる。必ずね」
「私が言いたいのはそうじゃなくて……」
「大丈夫。嘘を見抜く術はダンテに教わったからね。彼は裏切らないよ」
「だから……っ」
「──心配してくれたんだよね。……ありがとう、青薔薇」
「……今の、ちょっと、卑怯だ」
「くすくす」
執筆者…夜空屋様
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