リレー小説5
<Rel5.ダンテ1>

 

 

  イスラム共栄圏、モルディブ共和国、ニヴィヤニ

 

「何処までも果てしなく続く青い海に、真珠の首飾りと見紛う珊瑚島の美しい事。
 八姉妹によって浄化されたこの世界でも格別の美しさではないか」

水上コテージの張り出しに立てられた日傘の下、
円形のテーブルを囲んで優雅に茶会を楽しむ一団が居た。
近年、厳格なイスラム法(シャリア)を強いるイスラム共栄圏に取り込まれたモルディブ共和国では、
女性が人前で肌を晒す事など到底考えられないのだが、
此処の一団は自分達がそんな国に居る事を知らないかのような装いであった。

満足そうに海を眺め、頻りに其の青さを褒め称え、
其の為、紅茶にも菓子にも丸で手を付けずにいるのは、
青い髪に青い目…のみならず髪には櫛のように挿した青い薔薇、
青い装飾の入った軽鎧という、全身青尽くめの女。
鎧を着込んでいた為にプロフェッショナル…俗にプロと呼ばれる能力者傭兵集団の一員と見られ、
これまでイスラム共栄圏内でも大した衝突を生まなかった事は、
鬱陶しい事が無かったという意味で彼女にとっても幸いだった。
イスラム原理主義の国家連合である上、能力者を神の敵と認定していたイスラム共栄圏も、
第三次世界大戦以降はイスラムに改宗する事で能力者の存在を認め、
プロに関しても、信仰を他者に強要してはならないという原則を破る事は無かったのだ。

隣に座るのは、よれよれの黒いドレスを纏った女顔の少年と、黒いタキシード姿の女である。
二人ともショートの髪に黒い薔薇の髪飾りを付け、軍服を羽織っていた。
軍服には徽章が付けられており、
金縁で囲われた中に二匹の蛇らしきものとリンゴが描かれている。
闇組織SFESの擁する能力者部隊…SFES最大戦力レギオンの隊員である証だ。

其の隣の椅子には誰も座っていない。
座るべき主…ゴシックロリータのドレスを着た中高生程の少女は、
腰にまで届こうという長髪や服が汚れようとも御構い無しといった具合で、
木製の床に寝転がってスコーンや紅茶を楽しんでいた。


茶会の雰囲気に最も馴染んでいるのが紳士服姿の初老の男。
東洋の巻物に描かれた、美女の骸が腐敗し土へと帰り骨と化すという様を眺めている。
この面子の中では最年長であり、見る者は彼こそが茶会のホストと思うかも知れないが…

「…………ねぇダンテ、あなたにお熱な子がやっと来る」

床に寝転がっていた少女が、何かを感じ取ったのか唐突に言う。
彼女の視線の先には茶会のホスト…
旧英国の民族衣装に似たエプロンドレス身を包んだ少女ダンテの姿があった。
怜悧…というよりは老獪という、見た目に全くそぐわない色を瞳に宿す彼女の服にも、
先の軍服少年少女と同じく、レギオンの徽章が入っている。
ダンテが無言でティーカップをテーブルへ戻すと時同じくして、
先程まで何もなかった空間より、予言された来客が現れた。

全身黒尽くめで何処か病的な少女『リライ・ヴァル・ガイリス』だ。

「相変わらず暢気にやってるね。
 この時間だったらアフタヌーン・ティーブレイク?
 イギリスなんてとっくに滅んでるのに」

「ベルトン式というのがあったら其れでも良かったんだけれどね」

「ベルトン式などありはしない。
 連中はティータイム…いや、イギリスの全てを見下している。
 奴等は所詮、卑しい盗人共に過ぎんのだ」

リライとダンテの会話に、紳士服の男が言葉にやや呆れを込めて呟く。
イギリスが第三次世界大戦時、能力者至上主義国家S-TAからD兵器を使用されて滅亡した際、
ディノラシオールという男の一族がイギリスを乗っ取り王族を追放…イギリス改めベルトンが誕生したのだ。
勿論、旧英連邦の各国からは非難の嵐ではあったが、
危機的状況にあった国民を私財で救い圧倒的な支持を受けたという背景…
そして米国による理不尽なまでの庇護によってベルトンは国家承認を受ける事となった。

「敗戦国の文化など歯牙にも掛けないという事か…
 あのディノラシオールとかいう若造には歴史を護るという考えが無いようだ」

「だが其の儚き滅びも美しい…
 長年を掛けて築き上げた歴史と英知の結晶たる文化が、
 新たな支配者の発生によって嘗ての支配者の成果を否定する為に打ち壊される…
 悲しく…哀れで……そして美しい」

「カナダとオーストラリアといえば、
 今、中々面白い事になっているみたいだね」

「両方が旧イギリスの王族を立てて自らが正統なイギリスの流れを汲むと主張しているのよ」

「ブリタニア・カナダブリタニア・オーストラリアか…
 カナダ組は移民で失敗し、相談役を買って出たアメリカに操られている。
 とはいえ新皇帝のシュナイダーは中々のキレ者らしいし、
 為されるがまま…という事にはならないと見るがな」

「オーストラリア組は、あの鯨信者とキナ臭い事になっているし…
 何より向こうの祭り上げた皇帝が…言っちゃ難だけれど凡夫……」

「で、お茶はどっちが美味しいの?」

「ブリタニア・カナダはダメだ。マリファナティーはオススメしかねる」

「どちらかといえばブリタニア・オーストラリアかな?
 トードストール移民で食生活は一新されたらしいし」

「へぇ、じゃあイギリスよりは食事が美味しそうね。
 お茶会もより素晴らしくなっていれば良いんだけれど」

旧英国の末についての話が一段落したところで、
今度は紳士服の男…K.T.ヴォーダーが話題を振った。

「…さっき、ブルーローズ真珠の首飾りと言ったが、
 中国の新しい真珠の首飾りに関連して不穏な動きがあるそうだ」

旧世紀に中国が完成させたシーレーン(海上交通路)通称・真珠の首飾りは、
火星開拓前の人類混乱期で完全に破綻し、
結晶『Hope』到来…そして八姉妹による地球規模での大改革によって、
国家戦略を大幅に見直す事となったのであった。

「不穏な動き?」

「其れまで武器輸出先として良好な関係にあったイスラム共栄圏が、
 中国の八一天安門事件を機に反中へ転じたのは知っているだろう?」

「宗教弾圧も一緒にやっちゃったんだって?
 まぁ…反発されるだろうねー」

「だがイスラム共栄圏は表向き批判しただけだと聞いたぞ。
 いつぞや秋葉原解放区産のキャラクターを叩いた時よりも手緩いしな」

イスラム宗教局が、黄色い鼠型キャラクターの名前の発音が、
「Pick-A-Jew(Jew=ユダヤ人)=ユダヤ君に決めた」に聞こえるからと、
このキャラクターは禁忌(ハラーム)であると宗教見解(ファトワー)を発し、
アニメ放送禁止の上、キャラクターグッズすらも店頭から撤去した上、
国内に残ったキャラグッズを「ユダヤの手先」として処刑するという、
ユダヤ人国家メディナット・シオンと旧世紀からいがみ合ってきた国らしい事件があった。
其れほどまでに信仰度合いの図抜けたイスラム共栄圏であっても、
流石に国家間で摩擦を起こすべきではないと見たのか、
八一天安門事件を受けても遺憾の意を示すのみで随分と寛容であったのだ。

「いや、イスラム共栄圏は中央と民衆の思惑が乖離している。
 独裁者のモハメト皇太子…イスラム共栄圏としては中国と良い関係でありたい。
 国民としては邪悪な弾圧者である中国に鉄槌を…といったところだ。
 今までは巧く宥めていたのだろうが、
 共栄圏の英雄BIN☆らでぃん101便事件で捕縛された事で、
 らでぃ☆すと(らでぃん支持者)達の行動がただでさえ過激化しようとしている」

「ふぅん……テロの危険性があるとでも?」

「加えて破滅現象をSeventhTrumpet教団が終末思想と絡めて宣伝をやった事で、
 地球の法王庁残党が対抗意識を剥き出しにしている。
 近い内、大規模な宗教的衝突が起こったとしても不思議は無い。
 精々、気を付ける事だ。
 滅多に見れない程の滅びが見れるのかも知れないのだから」

初老の男の微笑みには、純粋に滅びに対する期待と恍惚が見て取れる。
執筆者…is-lies
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