リレー小説5
<Rel5.アリオスト1>

 

  中東、メディナット・シオン

 

嘗てイスラエルと呼ばれていた其の国は、
旧世紀に英国の統治下にあったパレスチナに大量のユダヤ人が移民して建国された……が、
現地パレスチナ人との衝突が頻発。其れも其の筈。
ユダヤの教義に於いてはユダヤ人こそが神に選ばれた約束の民であり、
異邦人を殺す事も騙す事も搾取する事も罪にはならない。どころか神への奉仕として善行の扱いである。
ユダヤ人が高利貸として成功したのも当然ならば、他民族と衝突が絶えないのも当然。
寧ろ、ユダヤ以外を畜獣と見做し、国際法を猿の戯言と蔑む連中と衝突が起こらない訳がないし、
人類混乱期の民族浄化合戦に巻き込まれない訳もなかった。
旧世紀の建国直後に中東戦争で勝利しパレスチナ人を追い出し、大量の難民を周辺国に押し付けたイスラエルは、
其の憎悪のツケをイスラム原理主義集団に払わされる破目になった。
敗北……そして占領。イスラエルは即刻解体されるも、
其処で大統領マイケル・ウィルソンが介入。
イスラム原理主義集団を追い散らしてユダヤ人が祖国を奪還、
メディナット・シオンとして新生した……
そう、イスラエルという名を捨てたのだ。

……旧約聖書のヤコブは天使と格闘し、
「イスラエル=神に勝つ者」という名を得、あらゆる者に勝利するだろうと言われた。
ヤコブの子孫を称するユダヤ教徒の国としての、そんな由来のある国名を捨てた。
有り得ない。
マイケル・ウィルソンがイスラム原理主義集団を追い出した後に戻って来たのが、
本当に元のユダヤ人達だけであれば……ではあるが。



「……ふぅ」

外套に身を包んだ小柄な男は、
目の前に延々と広がる砂漠に眩暈を起こしながらも、
黙々と靴跡を残しながら目的地のオアシスを目指して歩み続ける。
炎天下ではあるが空気は乾燥しており湿度はない。
汗も何もすぐに乾いてしまう為、最初は暑苦しいとさえ思っていた外套さえ脱ぐ気にはなれない。
全身が日陰に入る事による快適さの方が遥かに勝る。

メディナット・シオン北東部に広がる砂漠は、
旧世紀に於いてシリア国の領土であり、輸送の要所でもあったが、これをイスラエルが奪取。
嘗てから犬猿も啻ならずの交戦関係にあったシリアに大攻勢。
シリアを実質崩壊にまで追いやった……までは良かったが、
其の背後をイスラム原理主義集団に攻撃されて敢え無く敗戦という締まらない結果に終わった。
イスラエルがメディナット・シオンになってからも旧シリア領はメディナット・シオン領として存続し、
度々攻撃を仕掛けて来るイスラム原理主義集団との小競り合いが日常化する危険地帯となっていた。

「漸く、辿り着いたか」

待望のオアシスを見遣る男。
遺跡の直ぐ近くにあるオアシス……というより、
オアシス目当てで人が集まり、建物が作られ、其れが遺跡と化したという代物。
堀に満たされた水面を囲うようにナツメヤシが林立し、充分な日陰を提供してくれている。
だが男は水には目もくれなかった。
其処に屯している集団の誰もがそうしているように。
此処で漸く外套のフードを脱ぐ。
小柄な男ではなく、少年だった。
ぼさぼさの黒髪だがアラブ系ではなく、コーカソイド。
子供らしからぬ帯剣を咎める大人はいない。
今は第三次世界大戦の真っ最中であり、
強力な能力者が絡む戦場に於いて年齢など物差しの一つに過ぎない。
少年も、此処に集まった大勢と同じ傭兵家業であり、
メディナット・シオンに雇われ、シリア砂漠の戦闘に参加すべく集合したのだ。

やがて少年は一人の男と対峙する。

「お前がリーダーか?」

少年の問いに、男は莞爾とする。
片目に眼帯を付けた痩躯の男の笑顔に応えてやろうと、
少年が頬を緩めた瞬間、其の顔面に眼帯男の裏拳が減り込んだ。

ひでぶっ!?
鼻血を盛大に噴き出す少年。
グロッキーになって体勢を崩したところ、今度は頭を抱え込まれてDDTあべしっ!?

ひっくり返った鳩尾にエルボー、叩き落としてフットスタンプ

たわらばっ!?

理不尽な連撃を喰らった少年は遺跡の石畳に這い蹲り呻吟。
少年を見下し、黙って一連の暴行を終えた眼帯男が沈黙を破る。

「遅刻してきた分際でなぁにが「お前がリーダーか?(キリッ)」だっちゅーねん。
 何様の積りかってンです、この小僧わ?」

捲し立てる眼帯男っていうかリーダーっていうかチンピラ。

「てめ、何しやがるっ!?」

少年の反抗をチンピラの怒声が遮る。

「はい其処ォー! 口答え厳禁! 中二病なカッターシャツ!
 鞄潰すなオン・ザ・眉毛〜!」

何言ってんだコイツ頭大丈夫なの? 変なヤクでもキメてんのか? ヤベえ奴じゃね?
意味不明なチンピラの叫びに、何か恐怖を感じて後退る少年。
其の脳裏を過ぎっていた感情は、クリオネの捕食プラナリアの再生を初めて見た時の、
こんな生き物がこの世に実在するなんて……というアレなのだが、
其れを知ってか知らずか、チンピラは沈黙した少年を見下し悦に入った笑みを浮かべる。
「身の程が分かったか雑魚め(くわっ!)という感じの。

「私は極東ニホンの鉛雨街を統べる支配者『ネークェリーハ・ボーデン』……
 此度の傭兵団を指揮します。
 詰まり貴方達は悉く私の下僕に過ぎんのです。
 身の程を弁え、言動には気を付ける事ですね」

眼帯男ことリーダーことチンピラことネークェリーハの名を聞き、
周囲の傭兵達が一気に騒めく。少年とて例外ではない。

「鉛雨街だと!?」
「あいつが噂の鉛雨王の子か……」
「非能力者側についたのか」

「ふっ……こんな中東にも私の名声が知れ渡っていましたか。
 嗚呼、恐ろしい。天の星々さえも羨む私の溢れんばかりの才覚が恐ろしい……!」

恍惚とした表情で涎垂らしながらイっちゃってるネークェリーハ。
鉛雨街とは日本国の旧ヤマノテ放置区。
人類混乱期でスラム化してからというものの、食い詰め物共や闇組織の坩堝と化し、
銃弾の雨霰が降る無法地帯として鉛雨街という名を付けられ、
遂にはサイタマへの首都移転にまで事態を発展させた札付きのサファリパークである。
異常なまでの優れた身体能力者や、結晶能力者が多数輩出される事でも有名であり、
鉛雨街に犇めく組織の中でも特に巨大な組織を仕切る『リー・ボーデン』も、
そんな鉛雨街の顔役として世界中で名を知られている。
因みにネークェリーハの知名度といえば……
あ、そういえば其の超有名なリー・ボーデンさんに息子がいるっぽいよ。ネ何とかさんだっけ?
……そんな感じだ。

「そんな超☆有☆名!な、ネークェリーハ・ボーデン様主演のォ、
 ブロックバスター映画のモブとして出演できる栄光を噛み締めなさーい!」

「けっ! 監督はウーヴェ・ボール18世か? Z級映画として喜ばれそうだなオイ」

内心の空吐きを隠しもせずに悪態をつく少年。

「……さっきから何だオマイわ?
 おう小僧。お前ぇ名前なんつーんです?」

『アリオスト・シューレン』だ。
 言っとくが、あんたが鉛雨街のボンボンだろーが俺には関係ないぞ。
 指示が的確じゃないと判断したら勝手にやらせて貰うからな」

堂々としたものである。
ネークェリーハは「あ゛〜ん?」とか言いながら、
口を逆三角形にして、眉間を狭めた変顔でアリオスト少年にガン垂れながら其の周囲を回り始める。
「あー」とか「おー」とか「えー」とか五十音順のあ行以外の語彙が脳内から滅却されたかのように唸りながら、
其のキモ面を色々とアングル変えたり微調整しながらアリオスト少年を威嚇してみせる。
まるっきりチンピラっていうか野犬である。

「……何だよ」

保健所に連絡して捕獲して貰おうかなどと割りかし本気で考えたところ、
アリオストの顔面目掛けて唐突にネークェリーハの痰飛ばし。

「食らうか、バカ!」

どうせそんな事だろうと予想していたアリオストは、
華麗に上体を横へ捻じって痰を回避する。
だが其の為にネークェリーハ側に突き出す格好となった右肩の服をネークェリーハの左手が掴む。
同時にネークェリーハがアリオストの足元を狙うよう右足でのローキック。
自然と右肩を引っ張られ、より体勢を崩したところに足狙いかと、
アリオストが股を大きく開いて踏ん張ると、
其れこそが目当てだと言わんばかりに、ネークェリーハの蹴りは地に、そして入れ替わるよう左足がアリオストへの金的にシフト。

「(……っの野郎!)」

アリオストは目の端でネークェリーハの左足が自分の股間を叩き潰そうとしている間に、
右足が確りと地を踏み、更に自由な右手が自分の左肩に組み付こうとしている事を確認。
金的の成否に関わらずアリオストを投げ飛ばそうと目論んでいる。

「調子こいてんな、オッサン!」

抜刀一閃。
ネークェリーハの右足狙い。
アホっぽいチンピラのネークェリーハも、
流石にじゃれ合いで体の欠損を許す程、分別が無い訳でも無く、
両手を離して大地へ、金的に向かった左足を曲げて刀に、右足も投げ出して刀に……
両足による白刃取り。剣を手放して全体重を込めた肘鉄をアリオストが見舞う直前に、
横へ転がるようにして離脱。互いに距離を取って睨み合い。

「ちィ、礼儀知らずのコゾーの分際で、
 少しは……ほんっの少しは使えるようですねェ……」

鉛雨街。やはり世界から注目されるだけはある。
こんな量産型チンピラみたいなしょーもない男でも、
少年兵として戦地を転々としていたアリオストが自身と同等の力を感じ取っていた。

「っていうかオッサンって何ですか!?
 私はこれでもまだ……」

三十路だろ、とっくにオッサンだっつーの!」

「何……だと……!?」

地球平面説を頑なに信じてた田吾作が、アポロ13号に同乗し、
宇宙に浮かぶ青い宝石を目の当たりにしたかの如き驚愕顔のネークェリーハ。

「馬鹿な……私ゃまだ25……!
 いやいや、其れより、そんな事より30でオッサンとか有り得んでしょ!?」

コイツ年を気にしてるなと直感したアリオスト少年の胸中に暗い愉悦の感情が到来。
相手への不快感もあって、自制心やら良識やらを考慮する間もなく口を開いていた。

「ふふ、認めたくないのは解るけどな。
 もう立派なオッサンだぜ。まだ若い積りだったの? 現実逃避すんなよ。
 其れとも三十路間近で一足先にボケちまったか?
 ダッセー! ぷーくすくすニヤニヤぷーくすくす!
 おっと、お〜〜っとォ〜!
 頼むから鯖読むような無様な真似だけはよしてくれよな?
 若さに縋る未練たらしいオッサン程、見るに堪えないモンはねぇぜ?
 っていうか臭うんですけど〜?
 三十路の加齢臭がプンプン漂って来るぜ? アークッサー!
 ちょっと、どうにかしてくンねぇ?
 鼻が曲がっちまって俺のイケメンフェイスが台無しになっちまうだろ。
 ッったく! これだから三十路のオッサンは迷惑だっつーんだよなぁ!
 ん? まだ25だっけ? まー大差ねーよ。
 あ、もしかしてオッサン……
 17歳教団みてーなカルト御用達の年齢ジェネレーターとかで自己満してる?
 アイタタタタタタタ、マジちょーーーウケるんですけど〜? プーーゲラゲラ!
 ん? ん? 何? 何何? 何オッサンくなってんの?
 保護色? 此処赤くねーけど?
 もしかしてシャアザクの真似? 3倍速になったりすんの?
 老衰3倍速? ハゲ散らかしちゃう?
 其れともオッサンがオッサンって呼ばれて何か不都合あったっスか?
 ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち?
 何黙りこくっちゃってんの? 返事返事〜!
 ヲーーーーーウィっ!
 加齢臭キっつい未来の三十路オッサン反応してコーーーーーウィっ!」

 

上機嫌にくっちゃべってたアリオスト少年はふと気付く。
此処に集まった傭兵達の視線から殺意うん、大体皆三十路越えだね。
執筆者…is-lies

テントの中で、主の前に平伏す黒衣の兵は、
今し方、結晶封入の双眼鏡で確認した光景を仔細に報告し終えていた。
主……クーフィーヤ(アラブ圏の男性用頭巾)を被った美男子は、
好機の到来を認め、静かに口元を緩める。

「ほぅ……メディナット・シオンの傭兵達が仲間割れ?
 はっはっは、どれ程の手練が集まったかと思えば、とんだ烏合の衆らしいな。
 異端者が異端者と殺し合ってくれる分には大いに結構。
 共倒れになってくれれば最高だが……
 其処までアッラー(神)の御手を煩わせる訳にもいかない」

美男子が右手で髪を掻き上げる。其の目に獰猛な輝きが宿る。
其れは敵意、憎悪を余す所なく詰め込みながらも、決して理性と知性を失っていない。
故に……其れ故に、彼の狂信を克明に物語っていた。

「出陣だ! 姉上の本隊を待つまでもない。
 醜悪な異教徒の走狗共をアッラーの名の下に掃討せよ!」

号令の直後、大地に激震が奔る。
空を飛翔するガンガル(人型機動兵器)群が、地を駆けるフウイヌム(騎乗用異形)と其れに跨る騎兵達が
神の敵を滅ぼす聖戦士としての使命に燃えてオアシス目指して殺到していった。
執筆者…is-lies
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