リレー小説5
<Rel5.アリオスト1>

 

  中東、メディナット・シオン

 

嘗てイスラエルと呼ばれていた其の国は、
旧世紀に英国の統治下にあったパレスチナに大量のユダヤ人が移民して建国された……が、
現地パレスチナ人との衝突が頻発。其れも其の筈。
ユダヤの教義に於いてはユダヤ人こそが神に選ばれた約束の民であり、
異邦人を殺す事も騙す事も搾取する事も罪にはならない。どころか神への奉仕として善行の扱いである。
ユダヤ人が高利貸として成功したのも当然ならば、他民族と衝突が絶えないのも当然。
寧ろ、ユダヤ以外を畜獣と見做し、国際法を猿の戯言と蔑む連中と衝突が起こらない訳がないし、
人類混乱期の民族浄化合戦に巻き込まれない訳もなかった。
旧世紀の建国直後に中東戦争で勝利しパレスチナ人を追い出し、大量の難民を周辺国に押し付けたイスラエルは、
其の憎悪のツケをイスラム原理主義集団に払わされる破目になった。
敗北……そして占領。イスラエルは即刻解体されるも、
其処で大統領マイケル・ウィルソンが介入。
イスラム原理主義集団を追い散らしてユダヤ人が祖国を奪還、
メディナット・シオンとして新生した……
そう、イスラエルという名を捨てたのだ。

……旧約聖書のヤコブは天使と格闘し、
「イスラエル=神に勝つ者」という名を得、あらゆる者に勝利するだろうと言われた。
ヤコブの子孫を称するユダヤ教徒の国としての、そんな由来のある国名を捨てた。
有り得ない。
マイケル・ウィルソンがイスラム原理主義集団を追い出した後に戻って来たのが、
本当に元のユダヤ人達だけであれば……ではあるが。



「……ふぅ」

外套に身を包んだ小柄な男は、
目の前に延々と広がる砂漠に眩暈を起こしながらも、
黙々と靴跡を残しながら目的地のオアシスを目指して歩み続ける。
炎天下ではあるが空気は乾燥しており湿度はない。
汗も何もすぐに乾いてしまう為、最初は暑苦しいとさえ思っていた外套さえ脱ぐ気にはなれない。
全身が日陰に入る事による快適さの方が遥かに勝る。

メディナット・シオン北東部に広がる砂漠は、
旧世紀に於いてシリア国の領土であり、輸送の要所でもあったが、これをイスラエルが奪取。
嘗てから犬猿も啻ならずの交戦関係にあったシリアに大攻勢。
シリアを実質崩壊にまで追いやった……までは良かったが、
其の背後をイスラム原理主義集団に攻撃されて敢え無く敗戦という締まらない結果に終わった。
イスラエルがメディナット・シオンになってからも旧シリア領はメディナット・シオン領として存続し、
度々攻撃を仕掛けて来るイスラム原理主義集団との小競り合いが日常化する危険地帯となっていた。

「漸く、辿り着いたか」

待望のオアシスを見遣る男。
遺跡の直ぐ近くにあるオアシス……というより、
オアシス目当てで人が集まり、建物が作られ、其れが遺跡と化したという代物。
堀に満たされた水面を囲うようにナツメヤシが林立し、充分な日陰を提供してくれている。
だが男は水には目もくれなかった。
其処に屯している集団の誰もがそうしているように。
此処で漸く外套のフードを脱ぐ。
小柄な男ではなく、少年だった。
ぼさぼさの黒髪だがアラブ系ではなく、コーカソイド。
子供らしからぬ帯剣を咎める大人はいない。
今は第三次世界大戦の真っ最中であり、
強力な能力者が絡む戦場に於いて年齢など物差しの一つに過ぎない。
少年も、此処に集まった大勢と同じ傭兵家業であり、
メディナット・シオンに雇われ、シリア砂漠の戦闘に参加すべく集合したのだ。

やがて少年は一人の男と対峙する。

「お前がリーダーか?」

少年の問いに、男は莞爾とする。
片目に眼帯を付けた痩躯の男の笑顔に応えてやろうと、
少年が頬を緩めた瞬間、其の顔面に眼帯男の裏拳が減り込んだ。

ひでぶっ!?
鼻血を盛大に噴き出す少年。
グロッキーになって体勢を崩したところ、今度は頭を抱え込まれてDDTあべしっ!?

ひっくり返った鳩尾にエルボー、叩き落としてフットスタンプ

たわらばっ!?

理不尽な連撃を喰らった少年は遺跡の石畳に這い蹲り呻吟。
少年を見下し、黙って一連の暴行を終えた眼帯男が沈黙を破る。

「遅刻してきた分際でなぁにが「お前がリーダーか?(キリッ)」だっちゅーねん。
 何様の積りかってンです、この小僧わ?」

捲し立てる眼帯男っていうかリーダーっていうかチンピラ。

「てめ、何しやがるっ!?」

少年の反抗をチンピラの怒声が遮る。

「はい其処ォー! 口答え厳禁! 中二病なカッターシャツ!
 鞄潰すなオン・ザ・眉毛〜!」

何言ってんだコイツ頭大丈夫なの? 変なヤクでもキメてんのか? ヤベえ奴じゃね?
意味不明なチンピラの叫びに、何か恐怖を感じて後退る少年。
其の脳裏を過ぎっていた感情は、クリオネの捕食プラナリアの再生を初めて見た時の、
こんな生き物がこの世に実在するなんて……というアレなのだが、
其れを知ってか知らずか、チンピラは沈黙した少年を見下し悦に入った笑みを浮かべる。
「身の程が分かったか雑魚め(くわっ!)という感じの。

「私は極東ニホンの鉛雨街を統べる支配者『ネークェリーハ・ボーデン』……
 此度の傭兵団を指揮します。
 詰まり貴方達は悉く私の下僕に過ぎんのです。
 身の程を弁え、言動には気を付ける事ですね」

眼帯男ことリーダーことチンピラことネークェリーハの名を聞き、
周囲の傭兵達が一気に騒めく。少年とて例外ではない。

「鉛雨街だと!?」
「あいつが噂の鉛雨王の子か……」
「非能力者側についたのか」

「ふっ……こんな中東にも私の名声が知れ渡っていましたか。
 嗚呼、恐ろしい。天の星々さえも羨む私の溢れんばかりの才覚が恐ろしい……!」

恍惚とした表情で涎垂らしながらイっちゃってるネークェリーハ。
鉛雨街とは日本国の旧ヤマノテ放置区。
人類混乱期でスラム化してからというものの、食い詰め物共や闇組織の坩堝と化し、
銃弾の雨霰が降る無法地帯として鉛雨街という名を付けられ、
遂にはサイタマへの首都移転にまで事態を発展させた札付きのサファリパークである。
異常なまでの優れた身体能力者や、結晶能力者が多数輩出される事でも有名であり、
鉛雨街に犇めく組織の中でも特に巨大な組織を仕切る『リー・ボーデン』も、
そんな鉛雨街の顔役として世界中で名を知られている。
因みにネークェリーハの知名度といえば……
あ、そういえば其の超有名なリー・ボーデンさんに息子がいるっぽいよ。ネ何とかさんだっけ?
……そんな感じだ。

「そんな超☆有☆名!な、ネークェリーハ・ボーデン様主演のォ、
 ブロックバスター映画のモブとして出演できる栄光を噛み締めなさーい!」

「けっ! 監督はウーヴェ・ボール18世か? Z級映画として喜ばれそうだなオイ」

内心の空吐きを隠しもせずに悪態をつく少年。

「……さっきから何だオマイわ?
 おう小僧。お前ぇ名前なんつーんです?」

『アリオスト・シューレン』だ。
 言っとくが、あんたが鉛雨街のボンボンだろーが俺には関係ないぞ。
 指示が的確じゃないと判断したら勝手にやらせて貰うからな」

堂々としたものである。
ネークェリーハは「あ゛〜ん?」とか言いながら、
口を逆三角形にして、眉間を狭めた変顔でアリオスト少年にガン垂れながら其の周囲を回り始める。
「あー」とか「おー」とか「えー」とか五十音順のあ行以外の語彙が脳内から滅却されたかのように唸りながら、
其のキモ面を色々とアングル変えたり微調整しながらアリオスト少年を威嚇してみせる。
まるっきりチンピラっていうか野犬である。

「……何だよ」

保健所に連絡して捕獲して貰おうかなどと割りかし本気で考えたところ、
アリオストの顔面目掛けて唐突にネークェリーハの痰飛ばし。

「食らうか、バカ!」

どうせそんな事だろうと予想していたアリオストは、
華麗に上体を横へ捻じって痰を回避する。
だが其の為にネークェリーハ側に突き出す格好となった右肩の服をネークェリーハの左手が掴む。
同時にネークェリーハがアリオストの足元を狙うよう右足でのローキック。
自然と右肩を引っ張られ、より体勢を崩したところに足狙いかと、
アリオストが股を大きく開いて踏ん張ると、
其れこそが目当てだと言わんばかりに、ネークェリーハの蹴りは地に、そして入れ替わるよう左足がアリオストへの金的にシフト。

「(……っの野郎!)」

アリオストは目の端でネークェリーハの左足が自分の股間を叩き潰そうとしている間に、
右足が確りと地を踏み、更に自由な右手が自分の左肩に組み付こうとしている事を確認。
金的の成否に関わらずアリオストを投げ飛ばそうと目論んでいる。

「調子こいてんな、オッサン!」

抜刀一閃。
ネークェリーハの右足狙い。
アホっぽいチンピラのネークェリーハも、
流石にじゃれ合いで体の欠損を許す程、分別が無い訳でも無く、
両手を離して大地へ、金的に向かった左足を曲げて刀に、右足も投げ出して刀に……
両足による白刃取り。剣を手放して全体重を込めた肘鉄をアリオストが見舞う直前に、
横へ転がるようにして離脱。互いに距離を取って睨み合い。

「ちィ、礼儀知らずのコゾーの分際で、
 少しは……ほんっの少しは使えるようですねェ……」

鉛雨街。やはり世界から注目されるだけはある。
こんな量産型チンピラみたいなしょーもない男でも、
少年兵として戦地を転々としていたアリオストが自身と同等の力を感じ取っていた。

「っていうかオッサンって何ですか!?
 私はこれでもまだ……」

三十路だろ、とっくにオッサンだっつーの!」

「何……だと……!?」

地球平面説を頑なに信じてた田吾作が、アポロ13号に同乗し、
宇宙に浮かぶ青い宝石を目の当たりにしたかの如き驚愕顔のネークェリーハ。

「馬鹿な……私ゃまだ25……!
 いやいや、其れより、そんな事より30でオッサンとか有り得んでしょ!?」

コイツ年を気にしてるなと直感したアリオスト少年の胸中に暗い愉悦の感情が到来。
相手への不快感もあって、自制心やら良識やらを考慮する間もなく口を開いていた。

「ふふ、認めたくないのは解るけどな。
 もう立派なオッサンだぜ。まだ若い積りだったの? 現実逃避すんなよ。
 其れとも三十路間近で一足先にボケちまったか?
 ダッセー! ぷーくすくすニヤニヤぷーくすくす!
 おっと、お〜〜っとォ〜!
 頼むから鯖読むような無様な真似だけはよしてくれよな?
 若さに縋る未練たらしいオッサン程、見るに堪えないモンはねぇぜ?
 っていうか臭うんですけど〜?
 三十路の加齢臭がプンプン漂って来るぜ? アークッサー!
 ちょっと、どうにかしてくンねぇ?
 鼻が曲がっちまって俺のイケメンフェイスが台無しになっちまうだろ。
 ッったく! これだから三十路のオッサンは迷惑だっつーんだよなぁ!
 ん? まだ25だっけ? まー大差ねーよ。
 あ、もしかしてオッサン……
 17歳教団みてーなカルト御用達の年齢ジェネレーターとかで自己満してる?
 アイタタタタタタタ、マジちょーーーウケるんですけど〜? プーーゲラゲラ!
 ん? ん? 何? 何何? 何オッサンくなってんの?
 保護色? 此処赤くねーけど?
 もしかしてシャアザクの真似? 3倍速になったりすんの?
 老衰3倍速? ハゲ散らかしちゃう?
 其れともオッサンがオッサンって呼ばれて何か不都合あったっスか?
 ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち?
 何黙りこくっちゃってんの? 返事返事〜!
 ヲーーーーーウィっ!
 加齢臭キっつい未来の三十路オッサン反応してコーーーーーウィっ!」

 

上機嫌にくっちゃべってたアリオスト少年はふと気付く。
此処に集まった傭兵達の視線から殺意うん、大体皆三十路越えだね。
執筆者…is-lies

テントの中で、主の前に平伏す黒衣の兵は、
今し方、結晶封入の双眼鏡で確認した光景を仔細に報告し終えていた。
主……クーフィーヤ(アラブ圏の男性用頭巾)を被った美男子は、
好機の到来を認め、静かに口元を緩める。

「ほぅ……メディナット・シオンの傭兵達が仲間割れ?
 はっはっは、どれ程の手練が集まったかと思えば、とんだ烏合の衆らしいな。
 異端者が異端者と殺し合ってくれる分には大いに結構。
 共倒れになってくれれば最高だが……
 其処までアッラー(神)の御手を煩わせる訳にもいかない」

美男子が右手で髪を掻き上げる。其の目に獰猛な輝きが宿る。
其れは敵意、憎悪を余す所なく詰め込みながらも、決して理性と知性を失っていない。
故に……其れ故に、彼の狂信を克明に物語っていた。

「出陣だ! 姉上の本隊を待つまでもない。
 醜悪な異教徒の走狗共をアッラーの名の下に掃討せよ!」

号令の直後、大地に激震が奔る。
空を飛翔するガンガル(人型機動兵器)群が、地を駆けるフウイヌム(騎乗用異形)と其れに跨る騎兵達が
神の敵を滅ぼす聖戦士としての使命に燃えてオアシス目指して殺到していった。
執筆者…is-lies

「スイマセン調子こいてました許して下さい御願いします」

傭兵達が輪になって取り囲む一本のナツメヤシの樹には、
フルボッコにされたアリオスト少年が胴の辺りからロープでぐるぐる巻きにされて括り付けられていた。

「ざまぁ! 小童ざまぁ!」

リンチにちゃっかり加わってたネークェリーハ。
フラストレーションを溜めるだけ溜めての解放を味わった為か、
狂喜乱舞のあまり涙まで浮かべている。もしかしたら嬉ションまでしているかも知れない。

「次はどうしてくれましょうかねぇ?
 ケツ穴に爆竹でも突っ込んで……
 いやいや、顔から便器にダイブさせるのも捨て難い」

傭兵集団ともあろう者達が幾ら自陣とはいえ戦場で仲間割れの乱痴気騒ぎ。
そんなナメた態度で生き残れる程、戦場は温くねぇぞという、偉大な先達の諫言が聞こえた者はいない。
斯様な真摯な気持ちを持てないからこそ、こうやって馬鹿をやって馬鹿な目に遭う。

「んでもって全裸で市中引き回しの上、獄門……
 ……っ!?」

ネークェリーハが何かを感じ取ったかのように、
其れまでの上機嫌さをかなぐり捨て、屈みながら疾走。
先程まで彼がいた箇所で、何事かと目を瞬かせていたトンマな傭兵達は、次の瞬間に蒸散。
何が起きたのかも解らず呆然としていた傭兵は流石に少ない。
戦場慣れしていなければ、そもそも傭兵などやってはいやしないのだ。
即座に敵襲を認めて散開。同時に索敵。間を置かずして攻撃の正体を確認。
其れは上空の雲から飛来するビーム砲……
複数の人間を一瞬で蒸発させてしまう圧倒的な出力は個人レベルの武装ではない。
脳内で敵戦力を計算しながら、其の辺の傭兵から武器を引っ手繰るネークェリーハに、
拘束されたままのアリオスト少年が叫び訴える。

「おい縄解けぇ!
 戦力は一人でも……」

だが……ってゆーかやはり。圧倒的やはり。
ネークェリーハの反応は、感に堪えぬといった含み笑いからの破顔一笑と嘲弄であった。

「プゲラ、ダッセー! 
 ねぇお前何しに此処来たの? 死にに来たんですね解りますよぉ?
 だからお前は其処で適当に死んどきなさい!
 死体は野良エネミーが喰いやすいよう細切れにしといてやりますからご安心を!
 ぷーくすくすニヤニヤぷーくすくす! 悔しいですか? ねぇ? 悔しいですかぁ?」

見ればネークェリーハの手にアリオストの武器や荷物……
傭兵がロクデナシのゴロツキである事は解り切っているが、
此処まで盗人根性が染み付いているのも珍しい。
この非常時に子供相手に何やってんだコイツ。

「てんめぇええ!」

「ひーふー……けっ、シケてやがる。
 おっとぉ、これは何だぁ……?
 アリオストFC会員誌ぃ? ケツを拭く紙にもなりゃしねぇな?」

空から降り注ぐ無数のビームを危なげなく回避しつつアリオストを煽る。
どうやらアリオストが目の前で蒸発する様を楽しみたいらしい。
心底ゲスな性根のチンピラだが、流石に鉛雨街の実力者なだけはあって、
アリオストの周囲をちょろちょろし挑発しつつも周囲から武器を調達……
やがて良い得物が手に入ったのか、漸く空の雲……其の背後に隠れた敵へと向き直る。

「おらおら、出て来なさいクズ共がぁ!
 このネークェリーハ・ボーデン様がちょっくら遊んでやルぁ!!」

ネークェリーハが空の彼方に向かって携帯式の対空砲を発射。
常人では雲の奥深くに隠れた相手など見えやしないのだが、
眼帯で隠しているネークェリーハの右目は機械の其れに置き換わっており、
望遠、サーモグラフィー、魔力感知に至るまで対応……
肉眼では到底捉えられない遠距離の標的を既に補足していた。

撃ち込まれた対空砲の一撃を、
隠れても無駄だと悟った敵が迎撃。
ビームサーベルで雲を切り裂くと共に急降下……放たれた弾頭を一刀の下に切り伏せ、
爆炎を背後にして反撃を牽制しながらネークェリーハへと一直線に迫る。

「其れがどうしたよォ!?」

爆発で目が眩み、迎撃出来なくなるネークェリーハではない。
光量調整された彼の眼は、敵の姿をハッキリと捕捉していた。
現れたのは白と青の塗装を施された人型巨大ロボット。
機動兵器ガンガルの中でも特に強力高性能な機体の一つとされるものだ。
慮外の反撃にも即座に対応。
半ば墜落するような形で弾頭を回避。地面スレスレでビームサーベルを一閃。
ガンガルの巨体から繰り出されたとは思えない程の精密な斬撃は、
地表スレスレの所で正確に放たれ、オアシスのナツメヤシや石柱が一気に切り倒される。
だが、其の刃はネークェリーハの命にまでは届かなかった。
アリオストは、バク転でビームサーベルを軽やかにやり過ごしたネークェリーハの表情に目を剥く。
……宙に浮いた状態でニヤニヤとアリオストを眺めていた。
少年の目の前に迫るビームサーベルはアリオストの胸部直撃コース……
この期に及んでアリオストが粉砕される所を鑑賞したいらしい。

「っっざけんじゃねぇクソジジイぃいい!!」

キレたアリオスト少年が罵声と鼻息とを噴出。
アドレナリン・ホルモン大量分泌。綺麗に額へ浮かび上がる怒りの十字ピクピク血管。
火事場の馬鹿力は、腹筋だけで背後のナツメヤシを圧し折る事に成功。
樹に押し倒されるような形で地に伏せビームサーベルを回避。
舌打ちしながらもネークェリーハはガンガルに向けて手榴弾をアンダースロー。
伸びきったガンガルの腕の付け根を狙った攻撃は、併し寸前の跳躍でもって避けられる。
体勢を立て直した傭兵達の集中砲火も何のその。
其の背に現われた光の翼が機動兵器の巨体を滑らかに空へと引き上げ、ただ一発の被弾さえも許しはしなかった。
光の粒子を翼状に撒き散らしながら、目にも留まらぬ速さで空を飛ぶ人型巨大ロボットは、
やがて飛び立ち現われた飛行能力持ちの傭兵達との戦闘に突入するも、
段違いの空中格闘性能で以って、ほぼ一方的に傭兵達をあしらっていく。

《俺がガンガルだ、俺がガンガルだ……》

「むっ……この敏捷性は……
 成程、奴が……」

スピーカーから夢遊病者っぽいパイロットの呟きを漏らしながら、
機動兵器ガンガルは機銃を掃射しつつ空高く上昇、
地上の傭兵達から距離を取って広く視野を確保……傭兵達全体の動きを把握。
無防備な傭兵達がいなくなったと見て、
今度は傭兵達が持ち込んだ戦闘車両やパワードアームの内、
起動準備が整っていないものを優先的に攻撃し始める。

「おい下僕共ォ!
 奴はバビロニアのクルド人少年兵です!
 バビロニアのガンガル対策は頭に入ってるでしょーが、あのガキは特に要注意ですよぉ!」
「あの『クルジスのガキ』か!」

ネークェリーハ達には良く知られた相手らしいが、アリオストには何が何やら。
必死こいてロープを外し、倒れたナツメヤシから這い出たアリオストが叫ぶ。

「何なんだ、あのデケぇロボットはぁ!?
 幾ら俺が強ぇーからって、あんなのは反則! 正々堂々降りて掛かって来……うひぃ!?」

いつの間にやら……空のガンガルに翻弄されている間に、
オアシスの南東からフウイヌムに乗った武装集団が突撃。他のガンガル達も続々到着。
何処から掃射されたのかも解らない弾丸を傍に受け、死に物狂いで全力疾走のアリオスト。驚異のダバダバ走り。
情けない声を上げながら、ネークェリーハ達が身を隠している遺跡の陰へと転がり込む。

「はァ? 小僧……お前、敵が何かも解ってなかったんですか!?」

「え……いや、S-TAとかいう能力者テロ集団じゃなかったのか?」

「其れと、もう一つあるでしょーが!!
 バビロニア共和国だ! バービーローニーアー!!」

新生国連軍に颯爽と現れた期待の星ナシャ・パベーダ部隊によって、
S-TAは欧州から撤退、アジア西端のオスマン・ルキアも奪還された。
新生国連軍が目指す次の標的は、中東の何処かに設置されたS-TA転送基地なのだが……
此処に来てバビロニア共和国が新生国連軍を牽制。
異教徒の軍勢がこれ以上バビロニアに迫るならば宣戦布告と看做すと脅したのだ。

後にサウジアラビアを中心に纏まり、
イスラム教国家連邦である『イスラム共栄圏』として成立する事になるイスラム過激派は、
現在、アフリカ北部からユーラシア南部までの広範囲に点在する小規模武装集団として認知されている。
其の中にあってイスラム過激派が国家の簒奪まで成し得た旧イラク……バビロニア共和国は特別であった。
能力者を神の敵として弾圧し処刑。改宗した者は尖兵とする。
当然、S-TAとは敵対関係であり、新生国連軍と同じ共闘路線も極一部で期待されていた。
そう、極一部だ。
人種戦争を起こしたS-TAを相手取る為、
宗教戦争を起こしたイスラム過激派と手を組むなど画餅にも劣る。
バビロニア共和国に赴いた新生国連軍の交渉人は、
護衛諸共、生きながらにしてライオンの餌となり交渉決裂、大決裂。
そうして此処に新生国連軍&S-TA&バビロニアの三つ巴が繰り広げられる事となったのだ。

「こいつらは『ガルマ・フセイン』が指揮する部隊ですね。
 本隊を待たずして突撃とは、舐められたものですがぁ……
 ふふン、ツいてますよ。 バビロニア突撃機動軍の戦力を削るチャンスです」

「本隊?」

「ガルマ坊やの部隊なんぞよりも、もっと恐ろしいのがいるって事ですよ。
 『キシリア・フセイン』『あの兵器』が来る前に速攻で畳んでやれぃ!!」

巨大ロボットであるガンガルとの交戦でも余裕を崩さないネークェリーハ。
伊達で傭兵達の頭として選ばれた訳もなし。
鉛雨街で年がら年中繰り広げられる抗争を生き延びた生存能力、組織を率いて敵対組織を屈服させる指揮能力……
アリオストや他の傭兵達には無い、暴君の才覚を見抜いての登用であった。
執筆者…is-lies

  旧イラク領、バビロニア共和国。

 

アッラーアクバル(アッラーは偉大なり)。
アッラーとはイスラム圏に於ける偉大なる唯一絶対の神を指す言葉だが、
其の名は第一聖典アル=クルアーンで羅列された、偉大なる神を讃える99もの名の一つに過ぎない。
そして其の99の名は……人間が口にする事を許されたものであり、
最も偉大なる名は、卑しく穢れた人間風情が罷り間違っても口にする事が無いよう人間に知らされてはいないという。
地に頭を擦り付け己の身の程を弁え誠心誠意を以って神に仕える。
其の純真さ敬虔さこそ宗教にとって何よりも大事であり……最大の問題点でもある。
先の99の名にせよ、アッラーこそが最も偉大なる名として他に99の名があるという解釈や、
99以上ある解釈、他の最も偉大なる名を示した解釈もある。
複数の異なる解釈の真実に晒された、純真で敬虔な信徒達がどうなるのか……
其の一例が此処にあった。

「よし、包囲はするな。所詮傭兵……逃げられると思わせておけば容易く瓦解していく。
 ふふふ……ムシュリキーン共は恐怖に恐れ戦いているだろう」

バビロニア共和国を独裁しているフセイン一族の一員であり、
軍の大佐である美青年ガルマ・フセインが、ザクロジュースを片手に指揮を執る。
このように彼等はムシュリキーン(並び立てる者)を相手に日夜戦っている。
……もう誰が何を言っても仕様の無い事だが、
そもそもムスリムの本来的な『敵』ムシュリキーンとは『並べ立てる者』の意であり、
即ち『神と並べて偶像を拝む者』の事を指す。
『多神教徒』や『異教徒』などという意味は元々無かった。
そもそもイスラム教とユダヤ教の根は同じ。
ユダヤ教からキリストの教えが生まれた610年後、イスラム教が派生した。
詰まり其の神話は似ているどころではない。
イスラムの第一聖典アル=クルアーンは正しく旧約聖書のリメイクなのだ。
異なるのは『真の救い主』。
キリスト教は開祖イエス・キリストこそが救世主。
イスラム教は開祖ムハンマドこそが最後にして最大の預言者。
其れ以前は前座。イーサー(イエス)も偉大だけど前座。
未だに一預言者に過ぎないイーサーを崇拝する連中や、
明確なる最高の預言者ムハンマドの言葉を信じずマフディー(メシア)到来を望む連中も異端に過ぎない。
教義を守る為に先鋭化し、あれも敵。これも敵と拡大解釈を続け、
遂には特撮ヒーローや黄色い鼠までをも偶像崇拝と見做すに至り、
神と預言者以外の外来物には、
崇拝どころか憧れの念を抱く事さえもタブー即断即決即死刑とするイスラム馬鹿集団が誕生していた。
はじめ聖典アル=クルアーンが説いていたのは自己責任。
不信者は放っておけ。ツケは死後の裁きにより支払う事になるだろう……
其の辿り着いた境地が、この現在だというのだから報われない。

 

其れはエンパイリアンが『流れ』故に教義を変質させ別物と化したのと全く同じ。

 

では、この地域の三つ巴を成す最後の一つである新生国連軍は?

 

「中々上手くやっているようですね」

「姉上!」

余裕に崩した佇まいを直し、深沈と座すガルマ。
彼が尊敬・敬愛する姉であり軍人の模範と信ずる女傑が悠然と其の場に現われていた。
全身にフィットした紫色のボディースーツは顔の鼻までを覆い、白色のヘジャブを被っている為、
肌を露出させているのは目元のみとなる。
ガルマと同じく異教徒に対する憎悪を孕んだ鋭い眼光は、
併し若さと熱意を含むガルマの其れとは異なり、
見る者を……たとえ肉親であっても震え上がらせる冷徹さに満ち満ちている。
彼女こそがバビロニア突撃機動軍の司令であり、フセイン一族の長女キシリア・フセインであった。

「馬鹿な傭兵達が仲間割れしておりましてね。
 これは千載一遇の好機と……」

「併し拙速でした。
 御覧なさい。オアシスです」

キシリアの言葉を受け、すぐさまガルマが双眼鏡で戦地を確認……
するとオアシスの周囲に集まる傭兵達の姿があった。
イスラームの教えにも水で手を清めるという習慣があるにはあるが、
この状況で水垢離かなどと考える筈もなし。
傭兵達が魔法やらで炎々と燃え盛る灼熱の業火を放ち、
蒸散したオアシスの水が大量の水蒸気と化して周囲に広がっていくではないか。

「……これを想定していたとでもいうのか」

バビロニアの軍用フウイヌム『シェズ』の標準装備である口腔レーザー砲は、
結局のところ、収束された光に過ぎない。
水蒸気で拡散されてしまえば人体を害する程の威力は残らない。
流石にガンガル級の出力さえあれば話は別だが、傭兵達にとっては其れで十分。

「おらおら! 小童ぁ〜!
 少しは使える所を見せてみンさい!」

「くそ……この場を切り抜けたら憶えてやがれよ……!」

哀れ。
この年から将来の三下ネタキャラ枠の素地を遺憾なく発揮し、
炎を纏った剣を振り回してオアシスを水蒸気で満たすアリオスト少年。
だが流石に場数を踏んだ傭兵。金の為に戮力協心。一糸乱れぬ展開。
水蒸気を目隠し兼防壁として一方的にバビロニア先鋒を次々と駆逐。
空で飛び回っていたガンガルも苦戦を強いられ一機、また一機と撃墜されていく。
櫛の歯が欠けていくようにバビロニア軍の被害は広がるばかり。

「あ、姉上……申し訳ありません」

双眼鏡を持った手をだらりと垂らし、
蝶番が錆びた扉が鳴らす小気味の悪い擬音がしそうな感じで振り返るガルマ・フセイン。
だがキシリア・フセインは今尚冷静。
恐怖に怯えるでもなく、悲嘆に沈むでもなく、憤怒に猛るでもなく、
只管に冷えた視線で戦場を睥睨している。

「敵の傭兵共が我々の心理も視野に入れて作戦を立てたのでしょう。
 仲間割れも恐らくは偽装……!」

考え過ぎですキシリアさん。

「併し……それだけの大物でもあるという事。
 今、此処で奴等を仕留める事が出来れば問題ありません」

キシリアが手にした通信機に短く呟く。

「総員、出撃せよ」

同時に強風。
否、ガルマ達の上空を何かが超高速で飛び去っていった。
強烈な砂煙と風切り音を其の場に残し、推進剤の眩い閃光がオアシスに向かって点となって行くのを見て、
ごくりと生唾を飲み込みながらガルマがキシリアに問い掛ける。

「……姉上は、あの技術を……いや、『ノビノ博士』を何処で?
 私はあのようなもの……見た事も聞いた事も……」

ガルマが言葉を紡ぎ終えるより早く、
キシリアが立てた人差し指を彼の口へと向けて沈黙を促す。

「ふっ、知る必要などありません。
 アッラーのお恵みを疑ってはなりません。
 重要なのは、ノビノ博士が完成させた『かの兵器』が異教徒共を殲滅し、
 制空権を……空をイスラムのものとしてくれる。其れだけですよ。
 ……そう、あれらこそが我々の空の守護天使。
 名付けて……」
執筆者…is-lies

光の尾を引きながら迫る『それ』を最初に発見したのは、やはりネークェリーハだった。

「ちぃ、もう来やがったか! まだクルジスのガキを殺れてねぇが仕方ありません。
 総員退避ィ! 逃げろ逃げろォ!
 ノロマは置いてきますからテキトーに戦って殺されていなさい。
 私は其の隙に少しでも遠くに逃げます!」

先程までの好戦性は何処へやら。
撃ち落としたガンガルに向けて今まさにトドメを刺すべく構えていた携帯魔砲を放り捨て、
まだ何が起こっているか解らず立ち尽くす傭兵達を掻き分けて逃走。
傭兵達も一拍子遅れで事態を把握。ネークェリーハを追うよう走り出す。

「え? え?」

唯一、敵を全く知らなかったアリオスト少年だけが其の場に残る。
一体何が来たのかと、ネークェリーハ達が逃げた方とは逆……バビロニア領へと目を凝らすが、
其の光景を……アリオストは一瞬理解できなかった。
其れを適切に示す語彙は、残念な事にアリオスト少年の脳髄には収められていない。
空から迫る大群……
其れは解るが「では何が」と問われると、やはり答えに窮してしまう。
天使だの悪魔だのといった、
地球に『結晶』が齎される以前の旧世紀に於ける詩的な表現など浮かぶ筈もなし。
眼球から送り込まれてきた、この未知なる物体Xを脳が何とか咀嚼して正体を判別させようとする。

オレンジを食べたとして、脳が林檎だと判断すれば、当人にとっては林檎を食べたのと同じ事。
だが実際はオレンジが林檎になってくれる訳ではないし、栄養分も同じく。
プラシーボ効果を天に祈る他無い。
同様に、アリオストの脳が下した其の判断を、常識が幾ら「んな訳あるかい」と却下しようとしても、
実際に迫る危機の正体が変化するなどという事はないし、脅威も同じく。

結論。
状況。
ヒジャブやニカブやブルカ姿の少女達が、
機甲の翼と鎧を纏い、大群を成して空を飛んできたではないか。

「な、なななななな何だコイツらぁああああ!?」

目を見開き大口を開け何かテンパって絶叫するアリオスト。

「名付けて『IS(イスラミック・ストラトス)ッッ!!」

目を見開き大口を開け何かラリって絶叫するキシリアさん。

「アッラーアクバーーールっ!!」
「「「アッラーアクバーーールっ!!!!!」」」

とても現実のものとは思えないし、とても現実のものとは思いたくない。
だが目の前の現実はアリオストが納得する間など当然待ってくれるはずもなし。
アッラーアクバルの喊声を上げながら集団で突撃して来る空飛ぶムスリム少女達を前に、
あれだけ勇壮を体現してみせた傭兵団は脆くも総崩れとなってしまった。

アリオストは「女にゃ手は出せねぇ」とか強がり泣き叫びつつ逃亡。
其の先を走るネークェリーハも「とっ捕まえてヒン剥いてやりたいが」とか不満の色こそ声に滲み出させてはいるが、
彼我の実力差をよく理解しているのか、逃げ出す足は只管一直線に戦線離脱。2人して驚異のダバダバ走り2nd。
結局、このネークェリーハが一番賢かった。
常識や知識云々関係なく戦場で生き残る資質は間違いなく彼にこそあった。
そして彼ほど賢くなり切れなかった数人の傭兵が、
背後から追い縋るムスリム少女達の幼さから交戦を選択。
或いは逃げる時間稼ぎをしたかったのか、ムスリム少女(ムスリマ)達へと発砲。
IS(イスラミック・ストラトス)は、巨大な機械の鎧……パワードスーツのようなものではあるが、
よりにもよって搭乗者である少女達を守る前面装甲の類が一切ない。丸見えである。
傭兵達が「戦って勝てるのでは?」と考えたのも無理のない話だ。
如何に高性能な機体を纏おうとも、搭乗者を直接攻撃出来るのならば意味がない……
だが傭兵達の弾丸は、少女達の命はおろか其の近くに迫る事さえ許されなかった。
ISは限られた女性の能力者にしか扱えないという、珍妙な制約があるものの、
其の性能は一般的なガンガルをも凌駕する。
少女達の周囲に張り巡らされた防御障壁に阻まれ、傭兵達の攻撃は掠り傷一つ与えられない。
逆に少女達が構えた銃砲により傭兵達は一方的に殺戮されていく。
其処から放たれたのは弾丸でもなければ光線でもない。
石だ。
異教徒を石打ち(ラジム)で殺す為だけの武装であった。
一思いに一瞬で殺す事も可能であろうテクノロジーを得て尚……
……というよりは、圧倒的優位を得たからこその武器。
愚かで哀れな傭兵達は、たっぷりたっぷり時間を掛けて肉を打たれ骨を砕かれ恐怖と絶望と苦痛に塗れて、
苦しみのたうち回りながら、しかし掴む手も走る脚も見る目も罵る口さえも耕され、
芋虫のように身を捩らせる事しか出来ない。
其れは釣りの生き餌のようにIS達を引き付けて……ネークェリーハが期待した役割を果たす。
こうして愚かな数人の傭兵達が石を投げられて殺されている間に、
ネークェリーハ達はまんまと戦線離脱に成功したのだった。

 

 

「捕虜の処遇は、改宗が1。奴隷化が3。処刑が2です。はい。
 IS使いは全員無事ですが、ガンガルが4機、シェズ7体を損失。
 先鋒隊のムジャーヒディーン(戦士達)20余名が戦死しました」
紅い機体を駆るムスリマ『ジアル』がキシリアへと戦果を報告する。
このIS部隊の隊長でもある。
はじめ、イスラムは女性を兵士とは見做さなかった。
男であれば仮に非戦闘員であろうと殺す事は罪にならなかったが、
女であれば戦闘員であろうとも殺す事は許されなかった。
当時、女が戦場に出る事など殆ど無かったからだ。
だが世界が変わった。
女兵士の出現という現実に、イスラムは適合せねばならなかった。
結局、時代に即した変化を成さねば生き残れない。
そして女にしか起動出来ないという珍奇な兵器の為、自らも女を戦場に出す事になった。
其れを体現したIS部隊であるというのに、バビロニア共和国は自らをこう評して未来の展望を語ったのである。
我々はイスラムの伝統を忠実に護ってきた。これからも護っていくし、
ダール・アル=ハルブ(非イスラム世界)をダール・アル=イスラム(イスラム世界)に纏めるジハード(努力)を続けていく。
……何も、ISが初めてではない。
旧世紀に起きた女兵士の問題もそうだし、ハラーム(不浄)であり食さなかったチョウザメをハラール(浄)としたのもそう。
幾らでも変わる。でも変わらない。変わったと見做さない。よって変わっていない。
其れは純粋な神への信仰ではなく、
信仰する為の信仰であり、教義を維持するための信仰であり、また己が世界を維持する信仰だった。
聖典に綴られた文字ではなく、法学者の口から紡がれる言葉が信仰を創り上げる。
斯くして不変の真実たる聖典は……無限の解釈を許し、複数の異なる真実を醸成し、
正義を対立させ、幾らでもシスマ(宗教分裂)する。何度でもシスマする。いつまでもシスマする。
そして殺し合う。幾らでも何度でもいつまでも。
「何しているの? 『ノビノ』
隊長ジアルが声を掛けたのは同じIS使い部隊に所属する少女だ。
ノビノと呼ばれた青い機体を駆る其の少女は……アラブ系が大半であるバビロニア軍の中に於いて珍しくコーカソイド。
彼女は何処か茫洋とした眼差しで、死体だらけのオアシスを彷徨い歩いている。
「……うん。良い仕上がりだよね」
其れは隊長ジアルに向けられた言葉ではなく、
胸の内に満ちた想いが意図せず口から溢れ出た独り言だった。
「性別判定は相変わらずだけど、充分に実用可能だよ、これ。
 ちょっと興味出てきた……かな。『プロジェクトBNウェイレア』
白皙の面を上げて空を仰ぐ。
ノビノ(盲)などという偽名に似つかわしくない程、彼女は物事の先を見ていた。
執筆者…is-lies
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