リレー小説4
<Rel4.ユリアン1>
白き翼 宇宙戦艦ミルヒシュトラーセ
そこは戦艦内の個室というには十二分に広い居住空間だった。 高級な調度品ばかりで構成されたその部屋は、権力に魂を売り渡した彼の深層心理を如実に表しているようだ。 彼――ユリアンはマホガニーのテーブルに乗せられた装置の電源を切りながら、しばらく虚空を眺めていた。 ついに、始まったのだ。育ての親であり、かつての師匠である仙人、カイト・シルヴィスへの復讐が。 それにしても、予定を随分繰り上げることになってしまった。それというのも。 「・・・あのバカヤロー、死ぬの早すぎだっつーの」
溜め息の代わりに、マスクからコーホーという呼吸音が響いてくる。 このタイミングは、予定外だった。 いくら勝てない相手だったとはいえ、いくら最初から見えていた結果とはいえ、相手の弱点などの情報は教えておいたはずだ。 だと言うのに、無謀にも攻撃を仕掛けて返り討ち、瞬殺。何が知能犯だよ。 もう一度溜め息。当然それはコーホーという音に変わる。
「とりあえず、まずは報告をしないとな・・・」
ユリアンはそうつぶやくと、面倒くさそうにゆっくりと立ち上がった。 その仕草は、まるでカイトの動きをそっくりそのまま再生しているかのようだった。 だが全身を漆黒で染め抜いたその姿は影以外の何物でもない。
「おや、どうしました、ユリアン?」
会議を終えて自室に戻ってきた仮面の男は、扉の前でそれこそ影のように佇む男の姿を見て足を止めた。 男に声をかけられて影、ユリアンは一歩前へ歩み出て跪く。
「面を上げてください。中へ入りましょう。それより、どうしたのですか?」
「は。オリュンポスのほうで動きがありました由をお伝えに」
ユリアンは男の招きに従いながら、その冷静な問いかけに頭を垂れて答える。
「ユリアンに任せていたあの件ですか。どのように?」
「申し訳ございません、予定より二日ほど早くグィンナル・カウフォメン大尉が絶命いたしました。
カイトが出てくるにはまだ大分時間はかかるでしょうが、予定の変更等を視野に入れておかれた方が宜しゅうございましょう」
「グィンナル・・・?」
顎に手を当てて、仮面の男はどこか遠くへ目を向ける。暫くの後、何かを思い出したように小さく頷いた。
「ああ・・・彼か・・・。・・・わかりました、考えておきます」
「現在、グィンナル大尉が用意した傭兵たちがオリュンポスに入り込んでいるようです。 ですが恐らく遺跡の情報を持ち帰れる者はいないかと存じ上げます。また、生存者も恐らくいないでしょう。 ・・・いえ、一名のみ山中に入らなかった少年は無事でしょうが・・・」
「少年、か・・・」
カイトが子供をその手にかけないという情報はこの男にも入っている。 当然その少年が死ぬということはありえない。だが、彼は何かが気にかかるようでしばらく思案していたが、
「念のため、その少年の身元を調査しておいてください」
顔をユリアンに向けてそう言った。対してユリアンは一礼とともに即答する。 「既に」
その答えに、男は満足げに口元を歪めた。 「流石。・・・それで?」
「アメリカ合衆国・・・ジュブナイルAに所属する、ファルフという名の能力者です。 ミニスカトック学園の生徒のようで、カラスの召喚などを行えるようです」
「アメリカの人間が・・・? ・・・デリング大統領も伊達に国の元首ではないということか・・・。尤も情報源が何かにもよりますが・・・。 それにしても・・・」
男はそこで言葉を切ると、ユリアンの方へと身体を向ける。 「カラスとはまた、面白いじゃないですか」
「私もそう思っておりました」
ふふふ、と押し殺した笑いがマスクから漏れた。
「ユリアン、仙人の件は変わらず任せます。動きがあり次第報告を。直通回線の使用を許可します」 「御意」
「それから・・・その前にSeventhTrumpetへ赴いてください。いくつかやってきてもらいたいことがあります」 「仰せのままに・・・」
ユリアンが答えるのと同時に、男――リヴァンケは、天使が伝えるべき言葉を言いつけるのだった。
自室に戻ったユリアンは、その漆黒の装甲を外し始めた。その下から現れるのは、当然機械である。 そして黒い装甲の代わりに彼は純白の装甲を身に着ける。 マントも取り外しそれらをまとめて傍らのカプセルに収納すると、最後に彼は漆黒のマスクを取り払う。 そこから出現したもの、それは、美しく整った青年の顔だった。 恐ろしげなマスクとは裏腹にその顔はどこか幼げな雰囲気を残した耽美なもので、純白の騎士姿によく合っていた。 とはいえ鎧の色を黒から白に変えたところでこのような姿で街をうろついていては人目につくのは変わらない。 そこで彼は、その鎧の上にさらにごくごく普通の若者らしいカジュアルな服を着こなした。青と紫の中間のような――それはカイトのものと同じ――色の髪をややうざったそうにかきあげて鏡を見る。 装甲の上であるにもかかわらず、それは問題なく彼の身体を中に収めていた。 平均的な体格の彼の姿がやや大きく見えるが、どう見ても一般人だ。よほどのヘマでもしない限り、バレることはないだろう。
「よし、行くか・・・」
暫くの後、天使の衣装を纏った堕天使が静かに荒野へと降り立った。
執筆者…ぽぴゅら〜様