リレー小説4
<Rel4.転機7>
火星帝宮殿の執務室に皇帝レオナルドの姿はあった。 彼は宮殿の庭園を一望出来る見晴らしの良い窓の前に立っている。 皇太子シュタインドルフと、彼が率いて行った混成軍… 彼等が遭遇した未曾有の危機について火星帝と話し合いに来た宰相パルハゴスも、 事件の規模の大きさと旧SFES絡みの事情から、皇帝の後ろ姿へと掛ける声は控えめなものとしていた。 「火星帝陛下、測定の結果…S-TAの大結界は後5時間程で消滅すると予想されました。 現在、ビスマルク将軍が……」 「…やはり南極を包んでいるもの同様、破る事は叶わぬか?」 「………残念ながら… 南極のものよりは強度も劣るようですが、 其れでも破るには途方も無い時間をかける事になるでしょう」 「そうか…… シュタインドルフの一件はビスマルクに一任する。 話す事はもう無い。下がってよいぞ」 実の息子の危機に対する冷淡な態度に、宰相パルハゴスが僅かに眉を顰めるものの、 火星帝が実子シュタインドルフを、 能力者だったからという理由で冷たくあしらっていた事を知っているが為、 大して気にもしていないのだろうと結論付け、余計な口出しなどはせず一礼して其の場を後にした。 「ジ・ハウント、疑問を持つ。 レオナルドは何を悲しんでいる?」 一人になった火星帝レオナルドに語り掛けるのは、火星帝の姿無き相方ジ・ハウント。 「…悲しみなど。 奴はSFESを侮った…其れだけだ」 「其の通り。 主様を封印していたSFESを侮った。 だからこうなるのは当然。 なのにレオナルド、お前の心は揺らいでいる。何故だ?」 「……ジ・ハウントよ。 お前は前支配者がこの瞬間に滅んだらどう思う?」 火星帝の問い返しに、暫くの間ジ・ハウントの声が止む。 「…ああ、前支配者が勿体無い。 ジ・ハウントを直属にしてくれないまま滅ぶなんて哀しい。 ……そうか、そういう事なのかレオナルド。 お前は息子シュタインドルフに何かを期待していたのだな。 だが、やはりジ・ハウントは疑問に思う。 シュタインドルフが能力者だと解った瞬間、冷遇したのはレオナルドお前だ。 何でニンゲンはこうも矛盾している?何で相反する思いを抱く? 何でシンプルになれない?何で自分から状況を複雑にする? ニンゲンが下等生物だからか?其れとも高等生物だからか?」 「余一人を捕まえてニンゲンを語るか。 …シンプルだとも。 誰もがシンプルに自我を押し通さんとする。だからこうなる。だから余とて道化とならざるを得ぬのだ」 「?ジ・ハウント、理解できない。 レオナルド、お前が何を言っているのか解らない」 そんな折、廊下から叫び声が響いて来た。 何が起こったのかと火星帝が疑問符を浮かべた次の瞬間、 扉を乱暴に押し開けて宮殿の近衛兵が駆け込んで来た。 常に不動の姿勢で佇み火星帝宮殿を守護している彼等に相応しくない狼狽振りである。 「火星帝陛下ぁ!大変です…っ! 殿下の部隊が……部隊が……!!」 「どうした? 心落ち着け話すのだ」
シュタインドルフ・フォン・シルバーフォーレスト皇太子率いるSFES討伐軍は全滅した。
イオルコス未開発領域に残された巨大な傷痕は、 大結界内部でアルファベット兵器級の尋常ならざる爆発が起こったものと推測され、 S-TAの大結界を内側より破壊したのも其の爆発であったと結論付けられた。 大結界を破壊してしまう程の途方も無いエネルギー… 其の只中にいた皇太子達が生存しているなどと考える者はいなかった。
これが、破滅現象に端を発する一連の怪事件と結び付けられない筈も無く、 法王代理であるサミュエル・スタンダード枢機卿は、 事件発覚の直後、正式にこれをしるしとして認定した。 そして善と悪の最終戦争が間近に迫っていると改めて強調し、 今回の事件は其の前哨戦のようなものであると位置付けたのであった。 SeventhTrumpet特殊チームのアークエンジェルズから死者が出た事で、 否応無しに、そういった説明をしなければならなくなったという訳だ。
地球の破滅現象を避ける為、火星に滞在していた各国首脳も、 惨劇の舞台が地球から火星に移り変わったと判断し、次々と火星を後にして地球へと戻って行った。 理解を超えた尋常ならざる何かの胎動を感じ取り、 訳も解らず慌てふためいて右往左往する盲目で愚かなるニンゲン達には、 地球であろうと火星であろうと安全な場所など何処にもないという事実を知る由も無かった。
「……また…始まりましたか…… 果たしてこれが何時まで続くというのか」 「ゼロ… 始まったって…もしかして高宮の小父さんの言ってた…」 「……… でしょうね…私もこの感覚は久しいですが、忘れようがありません。 古代火星文明期に蒔かれた『Hope』という種は、BNウェイレアという形で発芽し終えました。 ビッグヘッドが彼等を利用して参加しようとしているヘプドマスとやらの正体は解りませんが、 少なくとも…古代火星文明の遺産に関わるものとみて間違いないでしょう」 「其処に行き着くんだね…結局」 「これからは古代火星文明を引き継ぐ者達が表舞台へと上がる事になるでしょう。 地球と火星両方で、嘗て古代火星文明を滅ぼした『管理者の鉄槌』が下るかも知れないと言うのに」
ニンゲン達に逃げ場など無いし、其れを退けるだけの力も無い。 しかし其れはゆっくりと、だが確実に彼等へと近付いていた。 ネークェリーハと戦った混成軍が思い知らされていたように、 彼等もいずれは自らの無力さを痛感させられる事になるだろう。 世界の舵取りを行っている者が、ニンゲン達など無視して滅びへの道を突き進んでいる為に。
執筆者…is-lies
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