リレー小説4
<Rel4.転機5>

 

 

  白き翼、ルージェント・ラスパーニュ
  S-TAの大結界南西部

 

 

《済まねぇ……ミリィでも駄目だった…》

クレージェの駆るラウ・レーガの手の椀の中でフレディックが言う。
ネークェリーハの攻撃が生み出した巨岩の嵐で、
クレージェのラウ・レーガもブースターを破損してしまい、一時は墜落も覚悟した彼等だったが、
颯爽と現れた新たなるラウ・レーガによって事無きを得た。
其のパイロットは白き翼武装兵団中将にして七大罪『嫉妬』のルージェント・ラスパーニュ…
…表向きはヴァイスフリューゲルのリーダーという事になっている男であった。

「気にするな。
 事が急過ぎた。想定外も良いところだ。
 寧ろ良く怖気付かず冷静に対処し、生き残ってくれたな」

クレージェのマシンを掴んで牽引しながら西へと向かうルージェントのラウ・レーガ…
出撃する前に旗艦アルゴーの進路を大凡計算していたので、
光学迷彩機能に惑わされる事無く一直線にアルゴーへと進めていた。

《どうするの?このままだと遠からず全滅よ》

「……待て、通信だ」

突如、ルージェント機に入って来た通信はアルゴーからのものであった。

《…繋ぎました、どうぞミスターユニバース》
《どうもどうも…アローアロー聞こえてますか?
 火星帝国のミスターユニバースです。
 ヴァイスフリューゲルのぉ…ルージェントさんですね?》

ミスターユニバース…組織セレクタのボスであり、
白き翼の総帥リヴァンケとも旧知の仲であるという原初の能力者…
他の人間ならまだしも、下手をすれば自分達のボスと同格の相手である。
厄介な奴と繋いでしまったなと内心で舌を打つルージェント。

「……そうだが何か?今は………」

《いえね、ちょいと協力して欲しいんですよ。
 ネークェリーハの成れの果て…そいつについて有益な情報があり、
 もしかしたら…運良くアイツを倒せるかも知れませんええ》

「………だからどうした?我々に何をしろという?」

《何かするのは当然です。
 あのバケモンを倒さない限りワシらは全滅してオシマイですからな。
 …ワシらはSSの弱点であるコア、そして奴の力の一端についても理解出来ています。
 だが其れでもバケモノを速やかに倒せるかといえばそうではありません。
 参加している全ての能力者の力が必要とされるでしょう》

ユニバースが欲しているものとは、ヴァイスフリューゲルの情報なのだろう。
確かに協力しないでこの場を切り抜けられるなどという甘い事は無いに違いないし、
そもそも火星帝国側の戦力として参加しているのだから協力は大いに結構。
だが直接交戦したミルディールからの情報ならまだしも…
白き翼『七大罪』の能力といった情報を大々的に明かすという事は避けたいところだ。

《ヴァイスフリューゲルの得た情報、部員の能力情報、
 バームエーゼルの機構情報及び一部貸与を要求します》

「…………」

これはミスターユニバースの攻撃だ。
彼がヴァイスフリューゲルの正体を知っている筈は無いものの、
確実にヴァイスフリューゲルを胡散臭く思っている。
こんな状況であっても後々に何かあっても有利となるよう、
疑惑の組織ヴァイスフリューゲルにメスを入れようとしているのだ。
其の中身が白き翼の出先機関でしかない事を暴露されてしまうのは…非常にマズい。
バームエーゼルに関しては既にミルディールが異形の肩上で戦闘していた際に幾つか取り付けていたが、
あの巨獣に、どれだけの効果があるかは不明だ。前例が全く無い。

《さぁ、この状況で嫌とは言わせません、ええ》 

白き翼の中心は総帥リヴァンケ…
彼に忠誠を誓う手足である七大罪に、こんな重要な事を勝手に決める権限は本来存在しない。
其れ以上に組織・白き翼…そして総帥リヴァンケへの裏切り行為となってしまう。
リヴァンケを敬愛するルージェント達は、
ミスターユニバースへの返事に僅かな間の沈黙を禁じえなかった。

「………良いだろう、だが当然…そちらの情報も…」

《ほぅおぉ…言うじゃありませんか。
 あんまり時間も掛けられないんですがねぇ…?
 理不尽に思われるのは当然でしょうが、
 此処はチャチャっと行きましょうや?》

ミスターユニバースは自分が主導権を握っているとばかりに高圧的に接する。
状況は飽く迄イーブンだった。先手を取られてしまったのが何よりマズい。
人員の大半は火星帝国が用意した軍勢…次いでセレクタの構成員、ヴァイスフリューゲルだ。
詰まり全軍の司令塔はシュタインドルフ皇太子と、火星帝国のデュスコ・ステュパル将軍になる。
…ミスターユニバースはヴァイスフリューゲルに先んじて其処に付け込んだ。
異形への対処に頭を悩ませる彼等を説得し…自分を売り込んだのだ。
より多くを動かせる者こそが頭脳と化す。
ヴァイスフリューゲル…というより白き翼の方針である少数精鋭というものが裏目に出た。
セレクタよりも隷下の人数が少ない…要するにセレクタが全軍の頭脳となった。
セレクタの情報をヴァイスフリューゲルが得る口実が封じられている。
情報公開の要求そのものが、全体の足を引っ張ってしまう。
そしてミスターユニバースは一方的に全てを搾取出来る立ち位置を築いている。

「(……流石、総帥と旧知の仲というだけはあるわね)《私だ、デュスコ・ステュパルだ。
 ルージェント隊長…小競り合いをするような状況に無いぞ!
 責任は私が取る!緘口令も徹底させよう!情報を……》(外野は黙ってろよ、くそっ…
  ユニバースに知られちゃ緘口令もクソもねーよ!)」

火星帝国の将軍であっても、セレクタと白き翼の事は恐らくは知らない…
軽々しく言ってくれるものだと舌打ちするフレディックだが、
こうなってはルージェントも要求を呑まざるを得ない。

「…解った。但し…我々の立ち位置は理解して欲しい。
 出せるものは出すが、出せないものは出せない。そして其の理由について一切の質問は受けない」

《おっとこまぇ〜》







ヴァイスフリューゲルからの情報も仕入れ、
同志ガウィーやごとりん博士と数分の協議を経、
ミスターユニバースが旗艦アルゴーのオペレーターに指示を出す。
艦橋から全部隊への放送を、憎々しげな様子で許可するシュタインドルフ皇太子と、
其れを尻目に当然だと言わんばかりに鼻を鳴らすウェッブ博士…
リゼルハンク本社崩壊で既に勝利したと思っていたシュタインドルフは、此処に至って、
其れまで注意深く駒を進めていたミスターユニバースに出し抜かれ、其の主導権を完全に奪われてしまった。
せめて自分が主張するよう超古代火星文明とSFESの繋がりをもっと重要視していればと思うウェッブだが、
直ぐに、もうそんな事がどうでも良くなっている事を思い出して軽く頭を振り思考を切り替え、
今や混成軍(といっても大した人数は残っていないが)の実質的な主と化したミスターユニバースの放送に集中する。

《どうも皆さん、ミスターユニバースです。
 敵…ネークェリーハの情報を纏めさせて頂きました。
 アルベルトさんの話によるなら怪物の体はI-ショゴスっちゅー生体兵器の其れだそうです。
 どうもこれ、航宙機内でシストライテさん達が交戦したっちゅー欺瞞兵器の事みたいなんですわ》

《あの気持ち悪い偽者野郎が?
 ……そうは見えないけど…》

返事をしたのはエーガと共に身を隠しているシストライテ。
彼女はSFESに乗っ取られた航宙機101便の内部にて、人間の姿を模写する異形兵器と戦っている。
だがそんな事は、セレクタ以外の人間には解らない。

《はいはい、ご存知でない方に教えておきましょう。
 このI-ショゴスってのは粘菌の群から成る怪物…謂わばスライムみたいな奴でしてね、
 基本的に不定形で…自由自在に姿、のみならず身体機能までも変化させてしまうそうです。
 ヴァイスフリューゲルの御嬢さんが肩の上で戦った小型の異形なんかは其の分体でしょう》

ユニバースのフォローでミルディールは得心する。
身体機能を読めなかった…というよりは読めるものが無かった。
そして同時に、『影』がネークェリーハを取り込めなかった事についても、
実際には肉体の一部を取り込めており、
他の部位からの攻撃で『影』を破られてしまったに過ぎないと理解出来た。
あのバケモノの肉体は「そうあれ」と思えば「そうなる」存在であり、確定された機能が無い。
其の時、其の状況に応じて如何様にでも変貌を遂げる。

《……でも……》

《ああ、納得出来ないな…
 という事は詰まり…『そうあれ』と思う『それ』が確かに存在するという事…
 其れがバケモノの核…というところか?》

《………不定形の上に核の存在…何だこりゃ?》

ハーティス博士が眉を顰める。
ネークェリーハの力に脅威を感じているとかそういう類のものではなく、
何か思うところがあるような…そんな意味深な表情であった。

《どうしましたハーティス博士?

《…いや、ちょっとな………
 ……其れより、あのデカブツからチマチマ核探しってのは現実的じゃないぞー》

やや強引に話を逸らすハーティス博士だが、
実際問題、核探しの重要さは誰もが気にしており、敢えて博士を追及しようという者は居なかった。
彼の言うよう、ネークェリーハの巨体は其れそのものが武器であり防具でもある。
人間一人を丸ごと飲み込めるような大型の魔法弾であったとしても、ネークェリーハの前では粉のようなもの。
そんな粉のような攻撃を延々と続け…敵の体を徐々に抉ってゆき、核を打ち抜かねばならない。
…残った戦力で果たしてどれだけ掘り進められるというのか。

《ですよねぇー
 ハイ、大凡のアタリをつけて……レシルさん達に頑張って貰いますええ》

《わ…私……?》

いきなり指名されて狼狽えるレシル。
確かに彼女は対SS用の封印能力を備えてはいるものの、
使用条件の厳しさから実用性に乏しいと一蹴されていたのだ。
だが今やユニバースは、この危機を乗り越える為、
取り敢えず取り得る行動は全て取っておくべきだと考えを改めていた。

《……大規模な拘束・封印系の能力者に出張って貰う事にした。
 核の位置も不明だし、形を変える可能性もあうというのだからな。
 …充分に観察して弱点と思しき箇所を探して総攻撃だ》

《核があると思しき箇所を絞り込めたら封印作業に入ります。
 帝国軍やプロの皆さんにも封印能力者が結構居ますし…全員でやれば或いは…》

《全てを核の封印に集中…
 ハズレだったら其の場で終わり…ヒャハ、クレイジーだ》

暗殺者ギルドのブラスト・ジェイナスがタチの悪いジョークだと苦笑いするが、
実際、其の通り…現戦力でネークェリーハに太刀打ちするならば其れ位のミラクルにしか縋れない。

《相手の言ったカリプソってのを使って何とかバケモンの気を引きつつやっていくしかない…か》

《…ちょっと待て!
 カリプソを道具にするつもりか!?馬鹿な!
 ネークェリーハの話を聞いて何とかカリプソで見逃して貰うべきだ!》

だが、そうそう上手く纏まりはしない。
この場にいるのは其の殆どが百戦錬磨の戦士達ではあるものの、
最初の…虐殺という他無い一方的な殺戮を前に戦意を打ち砕かれている者も多い。
無理に戦うよりもカリプソを差し出す方が良い。そう考える者もまた多い。
併し…

《やれやれ…まだ縋るか…?》

《…カリプソ……化け物が言ってた目当てのブツか……無駄な事を…
 アレに我々を見逃す気などある訳がない》

答えたのは暗殺者ギルドマスター・ディレイトとプロギルドマスター・白水…
普段は対立している彼等も今回ばかりは同意せざるを得ない。

《だな。トリアって奴ははっきり命じた…皆殺しってな。
 …生き延びたければ戦え。其れしかないぞ》

ギルドマスター2人の同意を得、ミスターユニバースは上機嫌そうに口笛を吹く。
執筆者…is-lies

  オリュンポス山頂

 

つい数日前まで仙人が住んでいたとされる其処には、今や何も残されていない。
小屋は荒らされ、木々は引き裂かれ、泉は土砂を含んで濁ってしまっている。
この山頂部分にだけ台風が来たかのような様子である。
そんな主を失ったオリュンポス山頂に『闇』の姿はあった。
リライ・ヴァル・ガイリス……
嘗て組織SFESの実験体であった彼女は鏡と向かい合っている様、トリアと対峙している。
リライが薄茶色のセミロングヘアであるのに対し、トリアは目元まで覆う黒い長髪。
何処か病的な雰囲気を纏うリライに、顔まで病的なトリア…
だが顔立ちは瓜二つ。体型も背丈も白い肌も全く同じ。

「…あれが貴女の一手?
 中で何やってるのかは知らないけど随分と大きく出たね。
 最悪、こっちの駒は全滅したって考えないと駄目かな?
 S-TAの大結界は盗聴盗撮防止と、中の人間を皆殺しにする為のもの…
 生き残れるって考えは…やっぱり甘いよねぇ」

彼方に出現した巨大なドーム…S-TAの大結界を目線で示し、トリアの反応を窺うリライ。
大戦の英雄達やシュタインドルフを駒として扱おうとしていた彼女にとっては、
折角、近付けた彼等を失ってしまうのは面白くない…
…併し結界で遮られた以上、もう空間転移で中の様子を探る事も出来ない。
あれだけ大規模なものを持ち出した以上…其の内部でも相応の持て成しがされているのだろう。

「中は面白い事になっているのに、
 こんな遠くから指を咥えて見る事しか出来ないなんて不便ですわね、リライ。
 まだ『特権』も満足に使えないなんて……出来損ない……くすくす。
 あれが消えるのは5時間後…楽しみにしていなさいな」

今はまだ結界の中を行き来できないリライを見下すようにトリアは笑ってみせる。

「リライぃ…どうせ貴女の事…
 リゼルハンク本社の崩壊で満足し、シュタインドルフの動向から目を離してしまったのでしょう?
 駄目ですわよ、ゲームはまだまだ始まったばかり。
 其れにしても…貴女の駒って火星帝国軍?セレクタ?…もしかして白き翼?」

「教えてあげない。
 其れに駒はまだまだ沢山あるもの。
 ……ふふ、トリア…まさか自分だけだなんて思ってた?」

「ヘプドマスの間抜け共よりは遊び甲斐がありそうだという点は認めて差し上げますわ。
 熾烈な凌ぎ合い、鬩ぎ合いの中でこそ進化がある…
 ……彼女達では力不足なのですわ。
 大いなる鷲の大舞台の主役としても、八姉妹の後を継ぐ娘としてもね」

「ふぅん…?
 ま、良いよ。
 メーニッゲッストローエースは、もう片方の『守護者』が封鎖したみたいだし、此処は用無し。
 最初に大駒出しちゃったのを精々後悔すると良いよ」

リライは空間転移で其の場より立ち去る。
もう其処で得るものなど何一つ無いと判断したからだ。

「……くすくす…
 まさかS-TAの大結界に…其の程度の役割しか与えていないとでも?」
執筆者…is-lies

  セレクタ ミスターユニバース
  S-TAの大結界最南部

 

「ユニバース、前々から思っていたがお前は碌な死に方せんな。
 お前の力は『反能力』…立派な封印系の能力者じゃないか」

ごとりん博士の指摘した様にミスターユニバースには、
周囲の結晶能力を無効化するという力が備わっていた。
…彼がネークェリーハを倒せるかどうかは兎も角、
あの異形の再生能力を無効化ないし弱めることくらいは出来るかもしれない力である。
なのにユニバースは異形に立ち向かわせた者達とは別にS-TAの大結界の縁へと向かっていた。
彼は、混成軍の残存兵力がネークェリーハを倒せるなどとは露にも思っていない。

「仕様がありませんよ。
 どうせバームエーゼルくらいしか有効そうな手がありませんし、
 正直に言うより、ちょっと希望があって其処目指して皆で一致団結!
 …ってのが幸せでしょ?彼らだって」

「……変わったな…第三次世界大戦の頃のお前なら」

「そりゃもう。14年も前ですぜ?
 形振り構ってたらワシらの目的は果たせない…そう確信させられましたええ。
 …何にせよ向こうも賭け。こっちも賭け。
 どちらかが成功すれば万歳じゃありませんか」

ユニバースは自らの力でS-TAの大結界をどうにか出来るかも知れないと考えていた。
勿論、確証は何ら存在しない。
E(エーテリック)兵器と似たようなものではあるが、
D(データレス)兵器は古代火星文明期の未解析技術によって成り立っている。
現時点ではユニバースによる大結界の無効化も、
封印能力者達によるネークェリーハの封印も、等しく成功する見通しが全く無い。

「大結界に辿り着く前にワシが死んじゃ元も子もありゃしませんし、
 ぞろぞろ団体様で行ったら却って標的にされちまいます。
 ワシらがダメだったら、向こうに合流…
 向こうがダメだったら、ワシらに合流…問題ありませんええ」

何ら説明しなかった以上、見捨てる事も選択肢には含まれている。
ユニバースがこの結界無効化を提案したのは火星皇太子シュタインドルフとデュスコ将軍、
そしてセレクタのごとりん博士、ガウィー、フルーツレイドといった昔馴染みのみだ。
飽く迄、リスク分散…だが、いざという時はセレクタも皇太子も切り離す覚悟がユニバースにはあった。
執筆者…is-lies

  S-TAの大結界中央南西部

 

「ん…ん……おぉ!」

其れまで息を潜めて隠れていたニンゲン達が挙って牙を剥いて来た様を見、
異形ネークェリーハは残忍な喜悦の相に表情を歪ませた。
ニンゲンが牙を剥いた…といっても、
其れはあまりにも小さ過ぎてあるんだか無いんだかも解らないような牙…
90人位は居そうだが、其のサイズはネークェリーハから見れば塵芥同然。
千人どころか万人集ったところで物の数ではない。

「やっと出て来ましたか。
 併し数が頼りないですなぁ?もっと景気良く出て来なさい。
 其れとも、まさかこれで全部ですかね?」

物足りなくて一気に全滅させるのも面白くないといった様子で、
露わな嘲りを見せるネークェリーハに対し、
部隊の現地指揮官の一人にされてしまったプロギルドマスター・白水が叫び返す。

「聞いとるかバケモノめがっ!
 お前が御所望のブツはワシらが何処かに隠した!
 精々、潰してしまわぬよう注意するのだな!」

大嘘だ。何なのかも解らないものを隠せる訳が無い。
ネークェリーハの「回収」という科白を聞いて一か八か吐いたハッタリだ。

「む?……ふぅむ?
 では少し趣向を変えてみましょうか」

カリプソの回収はトリアより命じられた使命であり無視する事は出来ない。
途中でカリプソを見失ってしまった為、ハッタリであったとしても出鱈目に攻撃する事は憚られる。
…本来のネークェリーハ・ネルガルであればこのような思考は笑い飛ばしていただろう。
力を得れば増長し、下克上を経て自分が一番になろうとする…そういう男だからだ。
にも関わらず今のネークェリーハは馬鹿正直にトリアの命令を守ろうとしている。



彼を良く知るエドワードは真っ先に其の違和感に気付けたが、
タルシス・モーロック襲撃時にヴァイスフリューゲルから齎された情報によるならば、
SSという存在は反逆を許されぬ様、SFESによって力を強制的に制限されたり、
最悪の場合は遠隔地から自滅コードを入力されて一瞬で殺されてしまうのだという。
恐らくネークェリーハも其れを理解して仕方なく従っているのだろうと結論付ける。

前を見据えればネークェリーハの爪先から無数の小型異形共が湧き出してくるのが見えた。
どうやら一人一人づつ縊り殺していくらしい。

「遠距離でも力を発揮出来る奴等は出来るだけ離れ、
 近距離でなきゃダメな奴等は直ぐ後ろに引っ付いていろ!
 防御結界展開、護衛はバケモンを絶対に結界士に近付けさせるな!
 遠距離攻撃開始!ガス欠しねぇ程度にデカブツに叩き込んでやれ!
 分析班、デカブツの動きに少しでも妙なトコがあったら報告!」

飛来して来た異形を愛刀・暁太刀(アカツキノタチ)で切り伏せながら指示を飛ばす白水。
炎の力を付与された其の刀に斬られた小型異形は、
切断面から炎を巻き上げ、末端の細胞をバラバラと崩れ落としながら、
其れでも尚、食い下がろうと爪を振り上げはするものの、
白水の背後に佇む暗殺者ギルドマスター・ディレイトが指を鳴らすと同時にサイコロステーキと化した。

「腕は衰えていないようだな、『白獅子』」

アルビノの白髪紅眼の壮健な外見から付けられた異名でもって白水を呼ぶディレイト。
其の左右には暗殺者ギルドが誇る腕利きジェイナス姉弟が控え、
今し方、異形を屠った得物であるところの、直径1mmにも満たぬワイヤーでもって更に雑魚を蹴散らしていく。

「そっちも随分と気配隠すのが巧くなったんじゃねぇか?
 ったく…俺じゃあもう全然気付けん。
 …『サラマンデル・リヴォルバー』!」

言いつつ白水は、掌に創造した6つの火球を異形の群に目掛けて放つ。
炎の壁に包まれて異形の動きが多少読み易くなったところで…

「君は切り刻むのと締め付けるのとではどっちがいいと思う?
 僕は締め付ける方だね。動きを封じた後が本当のショータイムだからさ 」
「貴方は切り刻むのと締め付けるのとどちらがいいと思う?
 私は切り刻む方かな。だってそっちのほうが楽しいし」

ジェイナス姉弟のワイヤーが異形共を囲み、一斉に締め付け、切り刻む。
本来ならば粘菌の集りであるI-ショゴス相手に、斬ったり突いたりは効果が期待出来ない。
だが次々と燃え移る炎が其れを有効打とする。
細分化された異形達は炎の前に容易く屈し、白水達の妨げにならない。
其の動き…攻撃パターンも事前にヴァイスフリューゲルの少女から入手した通り。
I-ショゴスのデータを持つセレクタと、実際に何体とも戦ったデータを持つヴァイスフリューゲル…
其の二つが揃った今、敵はネークェリーハ本体…核を特定するのに掛かる時間のみである。

「…敷往路メイ達は狂極堂達と共に前線に行けぃ。侵攻を僅かなりとも足止めしろ。
 封印も戦闘も出来るとはいえあまり深入りするな」

「解りましたギルドマスター。
 『キロ・フレア』!!」

英雄メイの構えた薙刀の穂先に集中した魔力が巨大な火球と化して射出され、
異形の群を次々と蒸発させながら其の最奥…ネークェリーハの右足の中指爪先へと減り込む。
恐らく旧式であれば戦車すらも薙ぎ払えるであろう紅蓮の一撃…だが、
メイが新たに編み出したこの大魔法ですら、ネークェリーハにとっては針で突かれた程度であり、
バケモノは尚、自分の足元で無駄な足掻きを繰り返す小さき者共を見下して悦に浸っている。

「どうしましたぁ?敷往路メェエイ?
 大戦の英雄ともあろう者が不甲斐無いんじゃありませんか?」

LWOSの戦闘機から右肩を爆撃されながらも高みの見物と洒落込むネークェリーハに、
白水達も内心、煮え繰り返りはするが決して其の感情に流されたりはしない。
兎に角、全身を突いて相手の僅かな反応から核の位置を特定しなければならない以上、
敵の傲慢さは寧ろ好都合であった。

「……核か…
 私の機能ならば直接攻撃する事も出来るが」

D-キメラのアルベルト・ジーンが異形の群を素手で薙ぎ払いつつ隆へと上申する。
持つ力は、彼を在籍させているセレクタ自身が使用に制限を設けさせている。
100Mという限界範囲はあるものの、空間ごと対象を握り潰してしまえる其の能力を以ってすれば、
たとえネークェリーハの体の奥底に核があったとしても絶対安全圏とはならない。

「知ってる。
 んだが、そいつぁちょいと待っとけ」

2M程もある大剣を軽々と振るってアルベルトにも劣らぬ戦い振りを見せる隆。
…勿論、普通の人間にはこんな芸当は出来ないし、彼は能力を持たない非能力者である。

「…細川財団は人体改造にも随分と御執心のようだな」

「情報古ぃーぞ」

隆に庇われる形となっている小桃は、最大の武器である魔法をまだ使わず、
微量な魔力を込めたヨーヨーで兄・隆の大雑把な攻撃から逃れた小型異形を打ちのめす。
量が少ないとはいえ人外級の魔力を持つ小桃の一撃である。
喰らった小型異形は一瞬の内に火達磨と化し、ボロボロに崩れて土へと還った。

「…………奥の手は……まだ早いです………
 だって、まだ出来る事が…ある」

「そうだ。精々今はイイ気にさせとけ。
 核を探り当てさえすれば気兼ねなく総力で叩き潰せるぞ」

赤外線追尾ミサイルでネークェリーハの頭部を叩きながら言うのは、
小桃のパートナーアンドロイド・キララだ。
戦闘モードを起動させており、普段の頼り無さはとっくに成りを潜めている。

「…だな……封印出来るかどうかも定かじゃないんだ。
 万が一の時に備えるのは間違っていない」

白水が呟く。彼が部下から聞いた話では、
A級プロのビショップが即死魔法をネークェリーハに放ったものの、効果が無かったという。
ビショップは仲間のサポート・救護を蔑ろにし、
挙句、効く訳の無い機械兵士などの相手にも只管、即死魔法を唱える危ない青年だったが、
其の魔力はプロギルドに所属する能力者達の中でもピカイチだった。
そんなビショップの力が通用しなかったという点は充分に留意すべきところと考えられる。

「(個々に生命として成立している無数の群体…故に、
  ビショップの持つ死の力でも、個々の細胞を殺す事しか出来なかった…
  ……そういう事なのか……?
  何はともあれ、やはり核を狙うしかない)」

ミスターユニバースから得た情報によるならば、SSには核が存在するという。
核という中枢がある…其れが明らかなだけでも余裕はかなり違っていた。
もし何もかも謎の敵であったならば、立ち向かうという選択肢は有り得なかっただろう。

「どうだトゥルカス?
 ネークェリーハの動きに何か妙なところはあるか?」

《いえ、まだ何とも…
 ネークェリーハが自身が核の場所を把握していない可能性も…》

旗艦アルゴーからネークェリーハの観察に徹しているB-級プロ・トゥルカスが白水に答える。
核の位置を見抜けるであろうと白水から期待される程に洞察力のあるプロではあるが、
やはり観察には相応の時間を掛けなければならない。

「ヴァイスフリューゲルが言うには何となく解るらしいが…
 ………引き続き、目を離さず観察していろ」
執筆者…is-lies

  S-TAの大結界中央南西部

 

LWOSの多脚型戦闘ポッド「テトラレッグ」が蛙のように跳躍しながらネークェリーハへと迫る。
この4つ脚のメカは、もっと優雅にホバー移動する事が出来るのだが、
ネークェリーハによってズタズタにされた大地では其れも適わず、
かなりスピードの落ちる移動方法に頼らざるを得なかった。

《乗り心地はどうだい?》

「うぇえ…ちょいと揺れ過ぎだろ……
 今度からはホバーといわず空を飛べるようにしてくれよ」

テトラレッグのコクピットに入っているのは『青』とエドワード。
当然、彼等にはテトラレッグのような有人ロボットを操作するような技術は無く、
LWOSのベリオムがアルゴーから遠隔操作すると言い出さなければ、
彼等の到着はもっと遅れてしまっていただろう。

《お前らが仲間思いなのは良く解ったが、
 最前線でドンパチやる奴が出遅れちゃマズいだろ?》

酷い頭痛で会話もままならなくなったエースに気を取られ、
エドワードと『青』の2人は総攻撃の参加に間に合わなかったのだ。
其処でベリオムが、脱出用のマシンをくれてやると言って『青』達を送り出した。

群がって来る異形共にテトラレッグの武装…
30mm機関砲や20mm6砲身ガトリング砲で応戦するものの、やはり効果は薄い。
ズタボロの挽き肉と化して尚、再生…或いは互いに融合して欠損箇所を補っている。

「……なぁ…俺達が出てったところでやれる事なんてそう無いんじゃないか?
 『青』は大丈夫らしいが、俺は……」

英雄『青』は周囲の温度を高めるという奥の手を持ってはいるものの、
エドワードが持つのは高速射撃のスキルのみ。彼の力では異形群に対抗出来ない。

《安心しろ。
 このテトラレッグにはこういう武装もあるんだ》

ベリオムがテトラレッグのレーザー砲を解禁…
放たれた青白い槍が異形の群れを焼き尽くし消し去っていく。
其の効果は奥のネークェリーハ本体へも届き、爪の表層を僅かに削り取る。
ラウ・レーガ級とまではいかずとも相当に高い戦闘力を持つマシンであった。

「へぇ、こいつぁ凄いな。
 よぉし…俺はこれから出て行って一暴れしてくっから、
 エドワードはコイツに乗って戦ってくれ。
 ベリオムさんよ、エドワードの世話は任せたぜっ!」

返事を待たずに『青』はコクピットポッドを開けて飛び出す。
己の肉体に絶対の自信を持つ『青』には、ネークェリーハへの恐怖など微塵も無い。
右腕を巨大なブレードに、左手を鏃のように変形させて、
ネークェリーハから新たに湧き出てきた異形共を蹴散らしつつ本体へと突撃する。
大戦時の秘密兵器と融合した事によって『青』が得た力は、I-ショゴスと近いものがあった。
バケモノ染みた変化・変形は出来ないものの、腕を武器に組み替える程度は何ら問題が無い。
『青』が切り伏せて放置していった異形達をテトラレッグのレーザーで焼き払いながら、
其の暴れっぷりに呆れるよう、鼻を鳴らすエドワード。

「やれやれ……あれが日本最強の男…か……
 確かに戦闘力は凄いもんだが…ありゃ長生き出来ないな。
 ところでベリオムさんよ…」

《何だ?》

「何でなんだろうなぁ……
 バームエーゼルには俺の情報も使われてた筈なんだろ?」

《…確かに。
 だがお前の情報の出元がHF(ハーミットファントム)とかいうイカサマ野郎だって事は解ってたし、
 こっちも相応に調べ上げて裏を取った積もりだぞ》

ヴァイスフリューゲルの対SS用新兵器バームエーゼルは、白き翼が主になって開発していたが、
白き翼の後援者である生体兵器開発の大手組織LWOSも其れに協力している。
そしてバームエーゼルの精度向上に貢献したLWOSの情報とは、エドワードが提供したものだった。
SFESに入り浸っていた怪しい男HF…彼がエドワード達に齎したSFES内部の資料である。
この情報でもってバームエーゼルは、以前にSSサリシェラを捕縛した時より一層の進歩を遂げた。

でもさ、効いてないぞバームエーゼル

《……確かにな。
 ヴァイスフリューゲルのミルディールは交戦中に20個近いバームエーゼルを埋め込んだ…
 …あれからもう結構時間も経ってるってのに全然衰えてねぇ…》

「でもSSだと効くんだろ?
 となるとアレは…SSじゃないって事にならないか?
 何者なんだ一体」

《其れが解ってりゃ此処まで苦労はしてないかもな》

「ちぇっ……まあ…成るようにしか成らないか…」
執筆者…is-lies

「そうだな。成るようにしか成らない。
 …悪く思うなよ」

ベリオムはテトラレッグを自動操縦状態にすると携帯端末を閉じた。
彼の姿はアルゴー内の医務室にあった。
目の前のベッドに横たわって魘されているのは…英雄フライフラット・エース。
LWOSと白き翼が最重要視している少年であった。

「ベリオム…さん?」

「ああ、何でもねぇよフィー。
 …此処は危険だ。コイツと一緒に大結界の縁まで逃げるぞ」

毛布でエースを包んで担ぎながらベリオムが言う。
…ベリオムが『青』達にテトラレッグを与えたのは親切心などではない。
エースと『青』達とを引き離す為の方便でしかなかった。

「(くそ…バルハトロス……!)」

彼等の転機はヴァイスフリューゲルによるタルシス・モーロック襲撃作戦であった。
これまで白き翼と協議して共に監視していた対象が、自ら懐へと飛び込んで来たのである。
白き翼の総帥リヴァンケが、LWOSのバルハトロス所長に事を荒立てぬよう忠告してはいたものの、
基本的にバルハトロスはリヴァンケを信用していない。
リヴァンケのやり方を常々、温いと感じていた彼は、
タルシス・モーロック襲撃作戦の際、強引にでもエースを捕獲しようとしなかった白き翼を見限り、
独自にエースを捕獲するようにLWOSの方針を変更したのだった。
目の前に無防備な状態で孤立したエースが居る。バルハトロスからの命令を遂行するまたとない好機である。 
執筆者…is-lies

 

 

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