リレー小説4
<Rel4.転機2>

 

 

包囲網中心部…代表者達

 

「ようこそ、皆さん。
 改めて自己紹介しておくとしましょう。
 私がリゼルハンク社長……
 いや……SFES総裁ネークェリーハ・ネルガルです」

トレーラーから降りて来た黒スーツの男が慇懃に一礼して見せる。
漸くセレクタは、これまでリゼルハンクやSFESの妨害で近寄る事さえ出来なかった敵首魁…
SFES総裁ネークェリーハとの対面を果たしたのである。
警戒しながらスカイライム2台からユニバース、ガウィー、ごとりん博士、細川兄妹が降車する。
運転手であるところのセレクタ構成員はそのまま待機している。
スカイライムは戦闘車両でもあり、ブラスターの銃口をネークェリーハの方へと向け、
何時でも彼を撃ち殺せるよう準備しているのだった。
後続の護衛車輌からも続々と武装した護衛達が出て来て、ネークェリーハのトレーラーを包囲した。
包囲網の第一陣も到着し、護衛達から多少離れたところで睨みを利かせる。

「どうも。火星帝国リゼルハンク本社跡地調査隊のユニ婆です。
 御初に御目に掛かり恐悦至極ですええ。
 併し…もう一人居るんとちゃいますかネークェリーハさん?
 SFES代表創立者代理…トリア・エクシテセラ・ラミアっちゅーんは何処に居るんです?」

(゚Д゚)ハァ?
セレクタ創立者ミスターユニバースに指摘されて、
ネークェリーハは鳩が豆鉄砲食らったような表情を浮かべる。

 

 

同時に、トレーラーのコンテナが吹き飛んだ。

 

 

やはり自爆かと身構える一行。
自爆の可能性は充分にあったので、予め術士達による防御結界が張られており、
其の防御力は、大規模な魔導災害が起きても9割は生き残れるであろうというものだった。
だから身構えたりショックに備えはするものの、
内心はこれでSFESはもうオシマイだなと楽観していた。

だが…

コンテナを突き破って天へと昇った其れは僅かな滞空の後に炸裂し、
天空を毒々しい紫色のカーテンで覆って行く。

 

…否……

 

「…!?我々を閉じ込めているッ!?」

ドーム状に広がっていくカーテンの巨大さは、
ネークェリーハ包囲網を其のまま閉じ込めて有り余っていた。
「シュタインドルフ殿下!火星帝とのホットラインが断絶しました!」
「アテネ空軍基地、聞こえるか!?アテネ空軍基地っ!!
 …くそ、電波通信、エーテル通信、双方断絶!」

 

「これは……『S-TAの大結界』……!」

ナオキングが呟く。
其れは地球で第三次世界大戦時の能力者側大本営…
南極の魔女国家S-TAを覆い尽くして今尚、外界から隔離しているデータレス兵器『S-TAの大結界』だった。
未だに目の前の光景を理解し切れていない少年が呟いた其の答えを、
ネークェリーハの隣に居る彼女が肯定する。

 

「其の通りですわ。規模も持続時間もあれより劣りますけれど、
 デバガメを追い出すには丁度良いでしょう?」

 

即座にユニバース達が臨戦態勢に入る。
いつの間に現れた?何処に隠れていた?どうやって出てきた?
だが其の混乱した思考を、彼女の姿が、顔が一気に冷却する。

 

 

何故ならば…

 

 

「お……おお………」

 

 

「オルトノア・ヴェル・ガイリス…」

 

八姉妹の一人オルトノア…
ユニバースが呟いたのは正に彼女の名前であった。

 

 

「残念ですけれども厳密に言えば、わたくしはオルトノアではありませんわ。
 招待状に書かれていた通り、
 SFES代表創立者代理のトリア・エクシテセラ・ラミアですわ。
 これから…まぁ良し悪しは兎も角少しばかり長いお付き合いになると思いますから宜しく御願い致しますわね?」
そう言って、どう取り繕おうが好意的に解釈しようのない不気味な微笑を浮かべるトリア。
口は笑っているが目が笑っていない。嗤っている。
この事態に度肝を抜かれて混乱している一同を嘲り笑っている。

「貴様…今までどこに居た…?」

ガウィーの言葉には、幼い少女を相手にするような柔さは一切無い。
其れは彼女が既に只者ではない事を見抜いての事であったが、
彼女と共に来たらしいネークェリーハはというと、
寧ろ、どうしてユニバース達が狼狽えているのかが理解出来ないといった感じだった。

「…ってゆーか皆さんが何をゆーとるのか私にはサッパリですな。
 トリア殿は最初から私の隣に居……」

ネークェリーハの台詞をトリアがぴしゃりと遮る。

「お黙り下男。
 御免なさいね火星帝国の皆様。
 貴方々にとって、わたくしが何処に居たかなんて問題ではないでしょう?
 問題なのは旧SFESの事でしょう?」

「…確かに。
 ですがニューラーズ率いる連中がSFESを名乗って地球に向かったって事は解ってるんです。
 あんたらが本家本元のSFESなんですか?」

「くすくす…変な事言いますのね?
 SFESは滅んだじゃない。リゼルハンク本社と共に」

其れに、ごとりん博士が反駁する。
長くSFESと戦って来たからこそ、どれだけしぶとい相手かは理解しているのだ。

「奴らがそう簡単にくたばるものとは思えんぞい。
 特に……」

「仮に彼らが生きていたとして何が出来ます?
 何も出来はしないでしょう?
 だから全ては貴方達に引き継がれたのですわ」

 

「?
 …引き継がれた…とは?」

 

「ですから……
 貴方々が新しいSFESなのでしょう?
 違うのですか?」

 

「我々が…SFES……だと?」

 

「はい。
 勘違いしている様ですから最初に言っておきますわね?
 SFESとは『SephortForceExperimentStaff』の略ではありませんわ。
 これは貴方々がSFESとの戦いの中で彼等の武器や行動を見て勝手に名付けたものでしょう?
 SFESとは…
 『Syncretism to Fracture the Exceeding Sin』
 許されざる罪を砕く為のシンクレティズム…
 詰まり…
 共通の敵である旧SFES滅ぼす為、纏まった烏合の衆…貴方達の事ですわよ?」

「馬鹿な!SFESはお前達でしょう!?」

「はい。わたくし共でした。そして貴方々もそうなりました。
 正統な引き継ぎならば、
 リライが仕掛けたリゼルハンク本社ビル武力制圧作戦で、
 貴方々がSFESと戦い、これを屠って目出度く新たなSFESになるのが好ましかったのですが…
 ライズが予想していたよりもトルはずっと性急だったようでヴァンフレム達は逃げ損なってしまった様ですわ。
 …まぁ、運も実力の内と言いますし、貴方々がSFESである事に問題はありませんわよね?」

 

「……何なんだコイツはっ?」

前線まで出てきたフレディックはラウ・レーガのコックピットから、この異様な話を耳にしていた。
火星帝国がSFES?滅茶苦茶だ。このガキは何を言ってるんだ…と頭の中が滅茶苦茶になっている。
対してアルゴーに待機していたルージェントはまだ冷静だった。
想像を超える事態の発生に、困惑の色こそ隠せずにいたが、
其れでも同僚クレージェへと通信を行い状況の確認を進める。

「クレージェ、精神連結はどうなっている?
 この状況をミルヒシュトラーセまで送れているか?」

《駄目ね…S-TAの大結界で連結が断たれている》

クレージェ・ライデラルの持つ精神連結能力『好色のベルフェゴル』は、
他者と精神をリンクし、お互いの感覚と記憶を共有する事が可能な能力である。
彼女はアルゴーに乗り込む前に、これを使って衛星軌道上のミルヒシュトラーセとのラインを作っていたのだ。
だが『S-TAの大結界』は第三次大戦末期に発動されて以来、
今日に至るまでS-TAを鎖国状態にしてしまっているデータレス兵器…
『好色のベルフェゴル』が張っていたリンクすらも途絶されていたのだった。

「ちっ、してやられたか。
 だが……どういう積りだ?こんな事をしたところで……」

「おい、ルージェント!
 神野の奴が…」

見れば、最前線に配置した鹵獲SSである神野が、トリアへと近付いて行くではないか。
命令が無い時に勝手な行動を取った場合はバームエーゼルの出力を上げる事が許されている。
だがルージェントは其れをしない。
トリアの表情に僅かな変化が見られたからだ。

 

「あら?…貴方、S-Boneですわね?
 野良になったと聞いたのだけれど…ヴァイスフリューゲルの手駒に落ち着いていたとは面白いですわね」

嘗ての下僕であるSSの一員を見付け、侮蔑の笑みを浮かべながら嘲弄するトリア。
だが其れを受けても神野は気にも留めないといった様子で、此方もニヤニヤ笑っている。

「へっ、旧SFESの連中が無能だった所為でな。
 解るか、この腕輪?バームエーゼルっていってSSの力を制御出来るんだとよ。
 こんなもん造られやがって」

「知ってますわ。S-Armが火星の裏側で白き翼に付けられたものでしょう?
 くすくす…でも中々似合っていますわ」

「ホザいてろ。
 ところでさっきリライっつったよな?まだ見付け出せてねーのかよ?ダセー」

「ふっ…もうとっくに顔は合わせていますわ。
 チェスゲームをやっている最中で…私の手番なの。
 あの子の顔が見たくなった?会わせてあげても良いですわよ?」

神野とトリアとの会話で、やはり神野をもっと問い質すべきだったと臍を噬むルージェント。
よもや、こんな人物の存在を知っていたばかりか面識まであったとは。

 

「SFESに対抗する為、SFESの力を探り、SFESと同じ力を用意した。
 正にSFESそのもの。現にSSである神野まで手駒にしているではありませんか。
 貴方々、もう立派なSFESですわよ」

「ちょいまち。
 というと…何ですか?
 旧SFESも何かと戦っていたとでもいうのですか?」

「厳密に言えば戦う準備を整えていた…ですわね。
 そして貴方々がこれから戦う事になる相手ですわ」

「馬鹿を言え。SFESはSFES。我々は我々だ。
 SFESが戦おうとしていたものが何であろうと、我々まで戦わねばならない道理など無い!」

「いいえ、SFESを屠った以上、貴方々はトルと戦わざるを得ない。
 『実』の存在を知れば齧りたくなる。識れば叛きたくなる。貴方々はそういう生き物ですわ。
 皆様には自覚がないかも知れませんけれど…
 わたくし達のいるこの世界は常に監視されているのですわ。
 570万年前から…ずぅーーっとね」

其の台詞に、今度こそ気の抜けたような声を出してしまうビタミンN。
570万年前といえば超古代火星文明期…あまりにも現実離れし過ぎた話だった。

「570万年…って……冗談も休み休みに言え。
 『守護者』か何かが見張ってたとでもいうのか?」

「ええ、近いですわね。
 監視者の名は『トル・フュール』…
 古代火星文明の支配者…『動かざるトル・フュール』と言えば解りますか?
 白き翼は『ルーラー』と呼んでいるみたいですけれどね?」

其の言葉に、フレディックが反応してしまう。
幸いにもラウ・レーガのコクピット内であった為、其の表情の変化はトリアには解らなかっただろうが、
よりにもよって秘密結社・白き翼の目標である『ルーラー』の名を出されるとは思わず、
ナジュロ達、一部の白き翼武装兵団団員が動揺を顔に出してしまっていた。
其れを眺めていたトリアの口が弧を描くのを見て、ルージェントが舌打ちするのであった。

「機械に過ぎなかったトルはいつしか己の意思を持ち、
 古代火星人の為の支配ではなく世界全体の為の支配を行なうようになりましたわ。
 まぁ…解らない事もありませんわね。世界が安泰だからこそ民も安泰。民よりも世界を優先する…と。
 当時、大き過ぎる力…宇宙をも巻き込みかねない力を有していた古代火星文明は…危険と判断され潰された……
 古代火星人は自分達を導くハズのマザーコンピューターによって破滅を迎える事となってしまった訳ですわね。
 トルが何故意思を持つに至ったのか…何らかのバグがあったのか…
 …其れはわたくし共の知るところではありませんけれども」

「…其れが、超古代火星文明終焉の真相だと?
 そして其れが未だに動き続けていると?……馬鹿げている」

からかわれているに違いないと憤るビタミンNだが、
周囲のセレクタ重鎮…ミスターユニバースやガウィー、ごとりん博士の面持ちは違っていた。

「いや……待て。実際に古代火星文明期の「生きた遺跡」は発見されている。
 そういうモノが残っていたとしても不思議ではないわい……」

「…危険なものを潰す……まさか」

ガウィーの呟きに、トリアが満面の笑みで応える。
見る者を悉く不快にしてしまう、吐き気を催す笑顔だ。

「ええ、わたくし共SFESは有難くも世界を揺るがしかねない力として認識されたようですわ」

「ふざけろ。高が人間風情がそうそうンなデカい力を持てて堪るか。
 其れとも何だ?お前等御自慢のSSってのは世界を破滅させられるとでもホザくのか?」

「くすくす、別に被害の規模で危険性が決まる訳でもありませんわ。
 其方の方がお好みとあれば…其の様にしても宜しいですけれども」

このまま話していても埒が明かない。
もう相手が何を言いたいかは十二分に理解してしまったが、
其れでも敢えて隆は其の質問をする。

「で、SFESを潰したのが其のトルって奴だとして…
 お前らは一体、何の為にこの場を設けたんだ?何の話がある?」

すると、其れまで黙っていたネークェリーハが偉そうにのたまわる。

「詰まり、過去を水に流し手を組みませんか…という事ですよ。
 旧SFESの業務を引き継いで共にトル・フュールの支配に立ち向かいましょう」

ふざけた事をぬかしやがると歯軋りする隆。
確かにトル・フュールという存在についてはセレクタも考える必要があるだろう。
トリアの言葉が真実であればリゼルハンク本社を崩壊させた謎の触手がトル…
或いはトルの操る何かなのか…兎も角、そういったものに違いないだろう。
あの想像を絶する危険な力を放置するなど火星帝国は元よりドイツにも出来はしない。
…詰まり、トリアの言う通りになってしまったと言わざるを得ない。
トル・フュールという現『実』の存在を識れば…叛きたくなる。そういう生き物だから。
併し、だからといって怨敵であるネークェリーハと手を組むなど有り得ない話である。
「わたくし共も随分と人数を減らせてしまいまして…心許ないのですわ。
 聞けば貴方々も八姉妹の結晶を……」

「……貴女は…トル・フュールの存在を知っていたんですよね?
 …では………どうしてSFESは滅んだんですか?」

トリアの発言を遮ったのは細川小桃だ。
確かに彼女の言う様、予知能力を備えるライズなどが居たリゼルハンク本社が、
そんな恐ろしい力を持った者の存在を知りつつ滅びたのは納得出来ないところだった。

「流石、鋭いですわね…小桃さん。
 ……わたくしが上に緘口令を敷いたからですわトルを誘き出すとしてね」

「……餌…?」

「はい。わたくし共の研究が本当にトルに対抗出来得るものかどうか…
 其れを手っ取り早く確かめられるでしょう?
 一応、トルが乗り出して来たから及第点といったところでしょうね。
 トルが予想よりも性急だったのが誤算だったらしく、SFESは一部を残し壊滅してしまいましたが…
 …まぁ、たかだか50000人かそこらで
 わたくし共の方針が間違っていなかった事を確認出来たのだから上等ですわね」

駄目だコイツ。やはりSFESだ。
到底、対話の通じる相手ではなかったのだ。
価値観が全く違う。同じ世界を共有出来ていない。
「…アンタらの言いたい事は解りましたええ。
 ですがワシら、没落したとはいえSFESの首魁を前にしていつまでも紳士の顔なんてしてられません」

ミスターユニバースが手を挙げると同時に、
ネークェリーハとトリアに向けて無数の銃口が向けられた。
対話の余地無しという合図であった。
チェックメイト…誰もがそう思った。

 

「…何で世界はこうも残酷なのかしら」

「そいつが現実ってもんですわええ。
 この世の理不尽に打ち勝てなかった我が身の無力さを呪う事ですな」

「ええ、そう。だからこそなのですわ。
 だからこそ全てを凌駕し、全てに打ち勝ち、全てを屠る力を欲したのですわ。
 …何処かの誰かさんは」

何の事を言っているのか理解出来ない。
さっさと捕縛してしまうべきなのだろうがユニバースは其の命令を下す寸前で踏み留まる。
何か…とても重要な事を言っている気がしたからだ。

 

「訓練して力を高める?ナンセンス。全ての存在には限界がある。
 体を弄くって力を高める?ナンセンス。全ての技術には限界がある。
 未知なる要素を求めて力を高める?ナンセンス。全ての理解には限界がある。
 限界を超えて力を高める?ナンセンス。超えられないから限界という。
 どれだけ力を高めようとも、所詮は階段を上がるだけの行為…
 より上なる存在への恐れを常に抱いたままの気休め…自己満足のマスターベーションにもなりはしない。
 最大と最小が純粋理性の限界に拠りて追い求める事が出来ないのと同じく、
 わたくし達は神の掌の上で踊らされ、
 神は其の様を見て笑い転げつつ…ふと天を見上げ、己を操る糸がないかと眼を凝らす。
 実に馬鹿げた話だとは思いません?
 充足の為の障害を排除するには力が必要。何をするにも力が必要。
 歩くのにも息をするにも生きるのにも力が必要。
 でも力には限界が存在し、
 限界故に誰も彼もが抗えず死の沼へと転落し、
 限界故に誰も彼もが仕方の無い事だと諦観し、
 限界故に誰も彼もが気にしないように敗北する。
 そう、これは敗北なのですわ。世界に敗北しているという事なのですわ。
 どうしようもない。気にしたって始まらない。
 違う。誰しも幸せになる権利を世界からもぎ取らなくてはならない。
 運命だの宿命だの摂理だのといった家畜共のたわ言なんて真っ平ですわ。
 虫が立ち塞がるなら虫を屠り、獣が立ち塞がるなら獣を屠り、人が立ち塞がるなら人を屠り、
 悪魔が立ち塞がるなら悪魔を屠り、天使が立ち塞がるなら天使を屠り、神が立ち塞がるなら神を屠り、
 …そして、この世界そのものが立ち塞がるなら世界をも屠る。
 ヒトこそ全てを喰らい屠る獣
 世界を屠る事すら厭わぬ絶対の意思は、楽園への道程を示しましたわ。
 …結論。
 最初から全てを得ていれば良い。
 そうして生まれたのがSSという力なのですわ」

ユニバースは理解した。
これこそがSFESの『教義』なのだと。
全てを上回らんとする力。限界を否定する力。暴君の力。
愚直なまでの『力への意思』。もはや妄執と言う言葉すら生温いのかも知れない。
だが其れでもユニバースに理解不能なところがあった。
其れは『最初から全てを得ていれば良い』という結論である。
先にトリアが言及した限界の話とは些か矛盾がある。
限界故に更なる力に怯えてしまう。其れを免れる為に全てを得る…では筋が通らない。
結局其れは、彼女が言うところの階段を上がるだけの行為…積み重ねの問題でしかない。

「(いや待て…『最初から』全てを得る…だと?
  …『最初から』………)」

積み重ねる訳ではない。だが動く事は必要。
もしこの矛盾を解消出来るものがあるとしたならば…其れは…

 

「…といっても、
 SSという発想を生み出したのは、わたくし共SFESではありませんけれどね。
 ずっとずっとずぅーっと昔の何処かの誰かさん。
 其の流れが今も続いているというだけの話ですわ。
 途中で幾つもの手垢がついてしまいましたが、
 …いよいよ終着。其れがわたくし共」

「そりゃ残念な事でしたな。アンタらの夢は此処でオシマイです」

「…残念ですわ。此処まで話して差し上げたというのに…
 どうもわたくしの話をあまり真剣に聞いて頂けていない御様子ですわね。
 どれだけ魅力的な話なのか、しっかり考えても良いものでしょうに…
 ……………本当に残念ですわ」

「くっ!ト…トリア殿!?
 もうコイツら駄目ですぞ!此処はトリア殿のお力でズバーンっと…」

震えながらもネークェリーハが臨戦態勢を取り、セレクタメンバーも包囲網を縮める。
だがトリアは独り微笑み、透き通る様な声で其れを唱えた。

 

 

 

「限りある者よ我が身を呪え。限りある事が齎す終焉に涙せよ。

 

 限りなき者よ我が身を呪え。限りなき事が齎す永焉に涙せよ。

 

 我等が歩むは桎梏の世界。

 

 踏み締める大地は奈落へ転じ、手を伸ばす空は果てしなく遠い。

 

 神の遺シ羽根を辿りて牢獄たる世界より逃れ得る楽園の扉希わん。

 

 なれ、吾が御名の下、真実を指し示せ。

 

 

 

 力あれ。『救済者の尾骨』

 

 ネークェリーハ!

 

 

「其れは……!?」 
「遺シ羽根の……」
『鷲の祝詞』だとッ!!」

 

 

トリアに名を呼ばれた瞬間、SFES総裁ネークェリーハは顔を驚愕に歪ませてトリアの方を向く。
彼が何かを叫ぼうと口を開くが、其処から放たれるべき言葉は紡がれる事無く、
ネークェリーハの体が光に包まれ……強大なエネルギーの奔流が発生して周囲の人間を弾き飛ばす。
脆弱なメンバーは奔流に流され、地べたに叩き付けられて即死、或いは重傷を負って動けなくなり、
それなりに腕に覚えのあるメンバーですら決して軽くはない負傷を免れず、
白き翼の幹部達、D-キメラ、サーヴァント、SSなどの超人達のみが巧く受身を取って即座に構えを直す。

 

 

だが……

 

 


 

 

 

「……」
デルキュリオスが、其れを見て表情を凍らせた。
そしてネークェリーハが何を言わんとしていたのかを理解する。
SFES総裁が最後の言葉を放てたのならば其れは「何故?」に違いないだろう。
…ネークェリーハ・ネルガルは捨て駒とされていた。
ユンと彼女の弟トキオ、エドワード、これまで数多の人間を踏み躙り貪り尽くしてきた暴君ネークェリーハが逆に捨てられた。
場の展開は急で…そして深刻。致命的。
SFES残党による話し合いの場

 

火星帝国によるSFES残党狩り場と化し、

 

そして今……

 

 

ネークェリーハだったモノによる屠殺場と成り果てていたのである。

 

 

デルキュリオス達より遅れて立ち直った包囲陣の部隊が、
濛々と立ち込める砂煙の向こうに、変異を遂げたネークェリーハの姿を捉え………絶叫をあげる。
其の風貌…宝玉を随所に埋め込まれた巨大な…蛇のようであり竜のようであり虫のようでもある巨大な異形。
巨体は一瞬、天を衝いているのではないのかと見紛う程であり、間近にいた者は足の爪の表面だけで視界が覆われてしまっている。
6本の長大な腕は其の場の全員に一切の逃げ場を許さず、視界の遥か彼方にまで伸び切っていた。

「…ンな馬鹿な……」

 

SSに…なった……だと…?」

 

彼等が目撃したのは…セイフォート誕生の瞬間であった。
同じSSである筈の神野すらも口を丸く開けて呆然としているのは、其の巨体さ故だろう。
神野が異形の身となっても身長は6mを越えはしない。
ネークェリーハが変異したこの異形は最早…

超獣……?

 

 

 

 

「ゆけ、ポーン(駒)。
 鏖(みなごろし)にしちゃえ」

 

 

トリアの其の声だけが残る。
彼女の姿は何処にもない。だが其れを深く考える程の余裕は誰も持ち得なかった。
眼前に聳える巨大な山脈の如し異形を前に、誰も彼もが冷静な判断力を奪われていたからだ。

「お…おお……おおおおおおおおおおおおっっ!!!
 素晴らしい!力が…漲るぁあああああァ!!」

異形と化したネークェリーハが、結界の天蓋に向かって咆哮を上げる。
其れだけで大気も大地も震え、人間の視界を軽く覆い尽くす程の砂埃が舞うのである。
「これが…これが力かッ!?
 これが力というものなのか!!
 世界を…トル・フュールを屠る力なのかぁあ!!」

四つになった眼球をギョロギョロと動かし下界を見下すネークェリーハ。
彼から見れば身長8mの機動兵器も人間も、等しく胡麻粒でしかない。
其の片足が大地を離れたかと思ったら次の瞬間、比較的近くに居た不幸な一団が踏み潰された。
一瞬でフルオーターの大群も火星ロボもスクラップと化し、人間は大地の染みと消える。
赤い荒野が罅割れるが、其れすら人間から見れば立派な渓谷であり、
罅割れにぱらぱらと飲み込まれ、又しても隊が1つ壊滅した。

「ッ……松崎ドラグーン隊、ヤムチャ隊、壊滅っ!
 シュタインドルフ殿下!指示を……」

だがシュタインドルフはネークェリーハの姿を眼に焼き付けたまま動かない。
其れは火星帝国陸軍のデュスコ・ステュパル将軍も同じであった。
何なのだこの生物は?いやそもそも生物なのか?SSなのか?超獣なのか?
逃げなければ、いやだがS-TAの大結界で逃げ場すらないぞ?
こんなのを相手にどうしろと言うのだ?
…彼等の頭の中はそんな混乱・諦観で満たされてしまっている。
250mの空中戦艦アルゴーですらネークェリーハの片足くらいであり、
自爆を敢行したところで、どれだけの被害を与えられるか解ったものではない。

「散れぇええ!散れぇえええッ!!
 荷物は捨てて構わない!散れぇえ!!」

最前線で護衛となっていたビタミンNが叫ぶ。交戦は不可能と判断したのだ。
とはいえS-TAの大防壁で閉じ込められている以上、逃げ場など何処にもない。
悲鳴を上げつつ蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く包囲部隊だったが、
彼等がどれだけ懸命に走ったところで、ネークェリーハの腕は彼らを軽々と潰せる程に長かった。
加えて言うならば、彼等の1000歩はネークェリーハの1歩にも及ばない。
プロギルドから派遣されていたプロの一団が纏めて叩き潰される。
ネークェリーハの6本の腕の内、最も大きなものは其れだけでネークェリーハ本体の身長程もあった。
グレムリン、ケビン、ヤス、ハグリン…
B+級の…充分に手練と言えるレベルのプロ達が、蚊か何かのようにあっさりと葬られる。
A級プロであるビショップは仲間を殺された怒りに任せ、狂ったように即死呪文を連発するが全く通用せず、
其のまま仲間が潰された際に生じた地割れに飲み込まれて消え失せた。
巨大な腕の一撃で生じた地割れと衝撃波の規模は凄まじく、
生き残っていた部隊の五分の一程が転落死するなり衝撃波で地面に叩き付けられるなりして息絶える。
1500もの精鋭部隊は、ネークェリーハが異形と化してから30秒もしない内に半数となっていた。

「弱い!こんなにも弱くて脆いのか!?
 私はこんなものに今まで怯えていたのか!?」

「ちっくしょおおおおお!」

「待て、鬼奴っ!」

破れかぶれになって立ち向かう者も何人か居たが、相手が相手である。
彼等は出鱈目な攻撃を無為に行ない、
ネークェリーハに掠り傷一つ負わせられぬまま、人数分の体液を大地へと捧げた。

 

「……超獣……違う………何ですか貴方は?」

「馬鹿、コピーっ!!?」

逃げ遅れた…というよりもぼーっとネークェリーハを見上げていた小桃に、
兄・隆が駆け寄ろうと一歩踏み出した時には、既に小桃の眼前にまでネークェリーハの爪が迫っていた。
小桃の防御結界が発動し、荒野を刳り貫きながら迫る其れを防ごうとするが、
戦車の砲撃にも余裕で耐え得る結界ですらネークェリーハの妨げにはならず、
ガラスの如く消し飛ばされ、呆気無く小桃への道を明け渡してしまう。
小桃の身体がくの字に折れて横に吹き飛ぶ。

「コピー!!
 ……!?お、お前…!?」

横手から小桃に体当たりを仕掛ける形で寸前のところ、小桃を助けたのはビタミンN…
代償として彼はネークェリーハの爪…其の先端を背中から覗かせ、異形の眼前へと持ち上げられる。
其の際の負担は獣人であるビタミンNの肉体を以ってしても耐えられるものではなく、
ネークェリーハの眼の前まで連れて行かれた頃には既に息も絶え絶えとなっていた。

がはっ!……くそったれが………こんなオチかよ…
ビタミンNを貫通したまま、ネークェリーハの爪が大地に深々と突き立てられた。
異形が下界を見下すが、其の視界内には小桃の姿も隆の姿も見当たらない。
小桃の転移魔法だろう。
だが結晶能力効果をも遮断するS-TAの大結界から外には出れない筈。
気長に狩りを楽しむかとネークェリーハは残忍にほくそ笑む。

「…力とは遍く支配するもの。
 肉体の力、心的なる力、社会的な力、
 人望だとか魅力だとか愛の力だとか…そんな反吐の出そうなものであっても『力』。
 力あるところに全ては集い、力なきところは全てを失い淘汰される。
 ならば私は力を奮って屠る側に回りますとも!
 嫌ならば…許せないならば…死にたくないならば…
 私以上の力を振るって私を屠るが良い!
 出来るか?出来るか?出来るのかァ!?
 この…何も持たぬ弱者共めらが…っ!」
執筆者…is-lies

 

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