リレー小説4
<Rel4.タルシス・モーロック5>

 

   火星、タルシス・モーロック

 

 ビルの頂上から見下ろすモーロックのドームの周囲ではいまだに戦いが続いているが、どうやら勝敗は見え始めていた。
 彼女──リライは首を振り、西側で地に伏している異形──神野を見下ろす。
 あわただしそうな人の群れの中で一際目立つ異形姿の神野は、何かの拘束具を取り付けられて身動きがとれないらしい。

 このタルシスの戦闘が始まる数分前、何ヶ月かぶりに彼女と再会した神野はひどく驚いていた。リライも少なからず驚いてはいた。
 しかし彼女の目的は神野ではなかったし、神野も再会したリライに対して何か思うところはないらしく、たいした会話も無く二人は別れた。
 別れ際に、リライは神野に言う。

『ピンチになったら呼んでね、助けてあげる。あなたは一応、恩人だし』

 しかし神野は生かされたまま捕まったようなので、ピンチとかではなさそうだ。そう判断して、リライは本来の目的を果たすことを始める。
執筆者…夜空屋様

 タルシス・モーロック地下のある一室。
 そこで女は机に向かい、手紙のようなものを書いていた。
 さらさらと筆を走らせ、4,5行程度の文章を纏めると、紙を丁寧にたたんで封を閉じる。

「それじゃあ、リヴンくん。おねがいね」

 女が振り返り、そこで暇そうに立っていたリヴンに手紙を差し出す。

「リヴンくんとか言うな、呼び捨てでいい。
 ……というかそのくらい、自分で渡しなよ」
「組織から脱け出すときは直接的にやっちゃうといろいろと面倒なのよ。わかるでしょ?」

 リヴンは頭をかきながら、面倒くさそうに手紙を受け取る。
 この女──ダンテ「おねがい」を聞いてやる義理は無いのだが、聞かない理由もとくに見つからなかった。

「……まぁ、いいけど、あんたはどうやってここから脱出するつもりだよ」
「私は愛すべき友にエスコートさせていただくからご心配なく」

 ダンテはそう言いながら微笑む。
 ひどく老成したような微笑を眺めながら、リヴンは部屋の隅で青薔薇を手に持っている女を見た。
 見かけない顔だが、彼女がダンテの言う『愛すべき友』とやらだろうか?
 まぁいいかとリヴンは手紙をポケットに入れ、生気の感じられない少女を連れて何も言わず部屋を立ち去った。


 リヴンが立ち去った後、
 青薔薇を手に持つ女──ブルーローズ・アイアンクローバー・ワンダーグラウンドはダンテに訊ねる。

「あの子が、セイフォートの血、とやらなの?」
「ええ。私もあちらもお互い面識はなかったけれど、あの子がS-Bloodらしいことはわかっていたわ」

 そう答えながら、ダンテは目を閉じる。

「……少なくとも、キュウビはそう言ってたわ。
 ひどく濁った純粋すぎる血の河。『透き通り過ぎて底の見えない、燃え盛る真赤の沼』──だそうよ」


 それから二人は他愛のない会話をする。
 ハンマーヘッドシャークとゴブリンシャークはどっちが不気味かとか、
 やはりラヴクラフト神話はノンフィクションだったのかどうかとか、
 意外な紅茶のフレーバーというものはなんだろうかとか、
 まっさらなジグソーパズルと真っ黒なジグソーパズルはどっちがより精神を蝕むだろうかとか、
 そんなことをおしゃべりしているうちに、部屋の外が騒がしくなってきていた。
 それとほぼ同時に、部屋の中に唐突に一人の少女が現れる。

「ごめん、遅れた」

 黒衣の少女リライはそう言うと、ん、と背伸びをする。
 ブルーローズはふ、と笑い、ダンテは微笑んだ。 

「それじゃあ、いこうか」


 部屋の扉が勢いよく開かれた。カフュとエドワードが部屋の中の三人に対し構える。
 だが、二人の視界に映った、黒衣の少女と青い女とエプロンドレスの女は──

 最初から何もなかったように、消えうせていた。
執筆者…夜空屋様

最下層まで辿り着いたエース達を、血塗れのシェイクヘッドが出迎えた。
押さえている脇腹からは血が止め止めも無く溢れ、イエローのタイトスーツを真っ赤に濡らし、
意識も朦朧としているのか、エースが声を掛けるまで其の存在にも気付かなかった様だ。

「シェイクヘッドさん!?しっかりして下さい!」

「……エース…か……ぐふぁ!

吐血して倒れるシェイクヘッド。すぐさまエース達が駆け寄る。

「…やべぇな。傷が深過ぎる…
 お前の回復魔法でもどうにもならんかも知れないぞ」

「やってみなくちゃ解りませんよ。
 『それは水のごとく汚れを流す 蛍火の癒し!』

エースの回復魔法は、肉体の治癒力を高める他、静心や殺菌消毒の効果もあるが、
其れでも応急処置に過ぎないだろう。このメンバーでは対応出来ない。
班を分けて、シェイクヘッドを上へ連れて行かせるべきかとベリオムが思っていると、
シェイクヘッドが其の体に鞭打ち、エースの制止も無視して上体を起こす。

「……待て…もうグレッグには逃げられている………
 其れより…此処はもうじき爆破される……すぐに逃げるんだ…」
執筆者…is-lies

「ひぃはは!手応えのねぇ奴等だ!
 どぉれ……」

勝利の雄叫び代わりとばかりにズボンのチャックを開けた其の時だった。
自称・精神病者の頭上に、ヘリが2機…錐揉みしながら墜落して来たのは。

「あ?あひぇえええええ!?
 た…『澤魔君があなたにおくる空白の絶技』ッ!!」

一瞬「間」を作る能力。でも間が出来るだけで回避行動とか出来る訳ではない…
詰まり…無駄無意味。

 

 

 

 

 

「……おい大丈夫か博士?しっかりしろ」

「…ああ、問題無い」

目の前に居たのがゴツい黒人…コードネーム・セントゲオルグだった為、
多少タカチマン博士も狼狽えたが其れを顔に出す事は無い。
タカチマンが咄嗟に張った防御結界もあって何とか一命を取り留めた一同だが、
ナオキングは目を回しているし、ティルシェルチェも全身を強かに打ち付けたのか巧く立ち上がれずにいる。
セントゲオルグやタカチマンは比較的、無事だったが其れでも所々に負傷が見られる。
ヴァイスフリューゲル部員であるガーラモルテは流石に超精鋭らしく全くの無傷だ。

「ナジュロとフェイタル・ファーラーは上空か…
 ……さっきの奴等は生きてはいないだろう、私達もモーロックの援護に向かうべきか」

隣を見てみるとクワキウトルとダンプカーの残骸…
そして股間を晒したまま倒れている変態の姿があった。グレッグ四天王の一人…澤魔養だ。
四天王が敗れた事で恐れを為して逃げたのか、周囲にはグレッグファミリー構成員の姿も無いし、
ガーラモルテの言う様、今が攻め時かと思ったタカチマン達の前に…

「へへ、久し振りだなぁタカチマン博士よぉ。
 この6年間…お前にブッた切られた左腕の痛みを忘れた時はねぇぜ?」

…クワキウトルをぶつけてきた男…フランツが立ち塞がった。
直前で飛び降りるなりしたのか、全身に擦り傷切り傷があり、右腕のマシンガンももげてしまっている。
満身創痍といったところだが、其の瞳には積年の憎悪が湛えられており退く気配は全く無い。

「やはり貴様か…
 相変わらずモーロックに屯していたとはな。
 6年間、全く進歩していないと見える」

涼しい顔して挑発するタカチマン。
逆にフランツの顔は見る見る真っ赤になってゆく。

「…タカチマンさぁん……誰ですかこの人?」

「確か助手だったか?
 くく…そういやあの事件の事は教えてるのかよ?」

只ならぬ因縁を感じて見守っていたガーラモルテだが、
流石にフランツが足を止めずに近付いて来る状況を黙って見ている程に甘くは無い。

「貴公らに勝ち目は無い。
 …無駄な抵抗は止めて大人しく投降…」

「うるセぇっ!雑魚は引っ込んでろ!!」

フランツが左手に構えた拳銃をタカチマンの額へと向ける。
距離はまだ取れているし、ボロボロのフランツが命中させられる訳は無いのだが、
其れ故、誰に当たるかも解らないという危険極まりない状況となった。

「博士よぉおお…
 てめぇの右腕をちぎって俺の腕として使ってやらぁあ!!」

すぐさまガーラモルテとセントゲオルグがタカチマンの前に出、
ナオキングとティルシェルチェも悲鳴を上げる体を無視して立ち上がる。
だがタカチマン博士は其れらを掻き分け、自らフランツの目前へと歩み出た。

「…聞かせろ。
 あの時…ブリクサは何故エリシャを巻き込んでまで私を狙った?
 殺すだけならいつだって出来たはずだ」

「へっ…ガキを巻き込んだ事をまだ悔やんでるのかよ。
 そんな甘っちょろい事だから…」

「こうなるんだ」

ナオキングの背後から現れたのはヴィレム…
巨体に似合わぬ素早い動作で少年の首を腕で挟み込み宙吊りとする。

「き、貴様…あぐっ!?

ティルシェルチェを蹴飛ばし、セントゲオルグやガーラモルテを牽制するヴィレム。
彼もフランツ同様、かなり負傷してはいるものの元傭兵…
非戦闘員であるティルシェルチェや不意を突かれた術士の少年に遅れを取る道理は無い。

た…タカチマンさ…ん……っ!
恐慌を来たし、唯一の武器である杖を手放してしまったナオキングを尻目に勝ち誇るフランツ。

「へへ、形勢逆転ってな……
 …ガキを人質に…か。あの時を思い出すぜ。
 質問の答えだがな…
 ただただ純粋にお前さんが憎かったからさ。
 ブリクサの旦那の立場を横から掻っ攫ったお前に対する復讐さ」

ニヤニヤしながら言うフランツに、タカチマンが僅かに目を細める。

「其れだけか…心底、見下げ果てた男だ」

と冷ややかな口調で言いはしたものの、
実のところタカチマンの受けたショックは少なくない。
SFESによってタカチ魔導研究所が競売に掛けられてしまった時の事を思い出す。
…記憶喪失状態だったタカチマンを受け入れたのが、
当時の魔導研究所の所長ユゼフ・シュヴァンクマイエル…彼への尊敬の念は今も変わっていない。
そんな思い出の場所である研究所だからこそ、競売の一件はタカチマンを酷く苛立たせていた。
ユゼフ博士の助手ブリクサもまた同じ気持ちだったのだろうか。
タカチマンよりも付き合いの長い人物であった事には違いない。
其れが次期所長の座を、突然湧いて出て来た…何処の馬の骨とも知れない男に掠め取られるとしたら…

「へっ、所詮…現所長のお前にゃ関係のねぇ話だろ?
 旦那が終ぞ手に出来なかった所長の椅子の座り心地はどうだい?」

「…其れがどうした?
 私がお前等を捻り潰すのに何か躊躇するとでも思っているのか?」

愛銃プルートに手を掛け、一歩ずつ間合いを狭めるタカチマン。
併しフランツとヴィレムは気付いていた。彼の内心が決して平静ではないという事に。
動揺している。

「(戦場じゃあそいつは命取りだぜ?)」

フランツの想定ならば、タカチマンは決して助手の少年を見捨てたりしない。
エリシャ・シュヴァンクマイエルを助けられなかったというトラウマを今しがた抉ってやったばかり。
詰まりタカチマンが折れれば其れで勝利。
タカチマンが折れずにナオキングをも犠牲にしてしまうならば…其れは其れでも構わない。
…フランツは既にタカチマンへの復讐しか頭になかったのだ。 
歩みを進めるタカチマンはフランツの挑発を受けたというのもあるが、
其れ以上に、早く事態を収拾すべきであると焦っていた。
助手のナオキング・アマルテアは魔力量に天性のものを持っているものの、
感情の昂ぶり(主に困惑)から暴走させてしまう事があるのだ。
101便ではテロリストBIN☆らでぃんに捕まった際、感極まって暴走…
其の有り余る魔力で周囲に無差別攻撃を行ってしまったのだった。
状況はほぼ一致。あまり長引かせるべきではないという判断である。

「へぇー、じゃあどうする…よォ!?」

フランツの咆哮と同時にヴィレムがナオキング少年をタカチマン…
…そしてフランツの目の前へと放り投げた。

「た、タカチマンさぁあん!!?」

「!!」

ナオキングの体がタカチマンの視界を塞いだ其の瞬間。
フランツにとって絶好のチャンスが到来する。相手は隙だらけ。2人纏めて撃ち殺してしまえば良い。

「あばよっ!!」

フランツが拳銃の引き金を引く…

 

 

 

 

「あ?」

…前に、其の手首が地面に落ちた。
あまりにも咄嗟の事だったのでタカチマンも反応が一瞬遅れたが、
すぐに状況を把握し、ナオキングを抱えつつもプルートをフランツの脳天へと向ける。
痛みに喘ぐフランツの傍には、エーテルで具現化されたであろう刃が地面に突き刺さっていた。

「エアロブレーダー……ナジュロか」

同じヴァイスフリューゲル部員だけあってガーラモルテは一目で見抜けた。
瓦礫の山の上に佇んで一部始終を見下ろしていたのは、先にヘリから出ていたナジュロとフェイタル・ファーラー。

「悪ぃー悪ぃー。狙いが外れちまった」

大嘘だ。
彼もガーラモルテ同様、タカチマンとフランツの間にある因縁染みた空気から、
自分がフランツを仕留めるのは適切ではないと考えていたからだ。

「ぐ……このっ!!」

ヴィレムが十字架型の拳銃をタカチマンへと向けるものの、
ガーラモルテの大剣が彼の眼前に振り下ろされ、殺意の射線を遮った。

「無駄な抵抗は止めろ。勝敗は疾うに決している」

ガーラモルテの口調は重く、此処で発砲などしようものなら容赦しないという意思を滲ませている。
ヴィレムはフランツの長年の相棒ではあったものの、
タカチマン博士への復讐心に取り憑かれて狂ってしまったフランツとは違う。
復讐に関しても、自分の命を本気で掛けてまで…という程、執着はしていない。
だから武器を手放したのは自然な成り行きであった。

「………フランツよ…俺は降りるぜ?」
「ヴィレム…てめぇ…!?くそっ……!
 こうなったら、せめてお前だけでも地獄にィ!」

殺気だけで人が殺せるならばフランツの其れはそういう錯覚すら与えかねないものだった。
だが能力者でもない彼に斯様な超常の力など備わってはおらず、
武器を失った手で無様に地面を掻き毟る事しか出来はしなかった。

「………」

其の様子を眺めていたタカチマンは、
向けていた銃を所在無げに仕舞うと踵を返し、ナオキング達の許へと戻る。

「タカチマン博士、トドメは刺さないのか?」

「作戦の目的は末端の連中ではないのだろう?
 どうせ何も出来ん。放っておけ。」

別に、哀れさを誘うフランツの姿に同情した訳ではない。
あの事件の裏にあったブリクサの感情を今更ながらに知って熱が冷めてしまっただけだ。
他のメンバーもタカチマンの個人的な敵であるという事を考え、異論を挿みはしなかった。
恐怖で腰の抜けてしまったナオキングを見、其の無事を確認出来て一息吐こうとした其の時、
気持ちの弛みを許さないとばかりにHQからの通信が入る。

《こちらHQ。
 作戦終了。全隊員、速やかにタルシス・モーロックより退避せよ。
 繰り返す。
 作戦終了。全隊員、速やかにタルシス・モーロックより退避せよ》

「?何だ…何が起こっている?」

《先行チームが自爆装置を発見。今から解除は間に合わない。
 全隊、可能な限りタルシス・モーロックから離れるんだ》

「……っ!?走れぇ!!」

急な事態に戸惑いつつも、先ずは駆け出すセントゲオルグ達。
タカチマンもナオキングの手を引きつつ其の場を後にしようとするが、
其れをフランツの怨嗟の声が踏み止まらせる。

「痛ぇ…クソが、痛ぇぞ畜生ぉ……!
 殺す!ブッ殺すぁあ!!」

「よせフランツ、こっちもすぐ逃げるぞ!」

ヴィレムがフランツの止血をしながら一緒に連れて行こうとする。
ヴァイスフリューゲルの作戦終了で命拾いした形のヴィレム達だったが、
どうやら今のフランツには其の事すら関係なく、
タカチマンへの復讐の念でしか動いていないようである。

「片腕じゃあもうダメだ……両腕…両腕をもぎ取ってやるぁあ!!」

「………」

「タカチ…マンさん……」

「行くぞ、ナオキ」

「覚えとけッ!俺はフランツ!
 フランツ・ノヴァク!いつか必ず殺す!

フランツの叫び…そしてモーロック爆発の轟音を背にタカチマン達は戦線を離脱した。
執筆者…is-lies
 
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