リレー小説4
<Rel4.タカチマン5>

 

 

暗がりの中を一人、どれくらいの距離を歩いたのだろうか。
エリシャを誘拐し、結晶を強奪したブリクサ一味が残したメモには、
簡単な地図らしきものが記してあるだけであった。
徒歩以外に移動手段が無い事もあって、タルシスの地図はかなり頭に入っている。
勘を頼りに、何とかその区画に辿り着いた。
この地域はマフィアが絡んだ犯罪の温床。
数キロ先には閉鎖区域となっているタルシス・モーロックがあるはずだ。
昼間なら遠くアマゾニス海も望めるだろう。

近辺には倉庫や何かの研究施設の廃墟がまばらに存在している。
道の周りにも廃材やドラム等が散乱している、殺伐とした場所だ。
いかにも、連中の潜伏先には打って付けだろう。

彼は地図と勘を頼りに、更に歩く。
そして。一つの建物の前に辿り着いた。
長方形の無機質な建物。打ちっ放しのコンクリートで出来た壁。
ポリス建設の初期から使われていた建物だろうか。
中からは微かな光が漏れ出している。
銃を握り締め、中へ踏み込んだ。

そして玄関から入ったすぐのホールに、その男は居た。

「ほう・・・やっぱりのこのこ来やがったか。
 こっちから出向く手間が省けて助かるぜ」

「ブリクサ・・・・!!!」

「!!タカチマン!!!来ちゃ駄目ぇ!!」

椅子に腰掛ける男ブリクサ。手には文庫本が握られている。
そして、男の後ろには椅子に縄で括られたエリシャが居た。

「エリシャと結晶を返してもらおうか」

「フン・・・返せと言われて返すわきゃねえだろう?
 こっちとしてはお前を始末しなけりゃ、先へ進めねえんだわ。後顧の憂いを絶つ、ってやつだな。
 お前に話すことは特に無え。とっとと死んでくれ」

とブリクサが指を鳴らすと、マシンガンを携えた細身の男が部屋の脇から現れる。

「くたばりやがれ!!!」

ズダダダダダダダダ

銃弾は確実にタカチマンを捕らえたが・・・

「・・・・・僕を甘く見るなよ?」

弾は全て彼の直前で止まり、カラカラ地面へと落下していった。

「ほお、防御結界か・・・それもここまで高度なものを展開出来るとはなあ。
 やるじゃねえか。そう来なくちゃな!!!」

細身の男は銃を絶え間なく乱射しつつ此方に接近して来る。

「そんな強力な結界、長い時間持つわきゃ無えだろ!?」

「チッ!」

弾丸が何発か体を掠り、鋭い痛みを覚える。
結界を絶え間なく張る事は出来なかったタカチマンは、空いたドアを潜って隣にあった薄暗い部屋に飛び込んだ。
間一髪、半分壊れているドアに弾丸が数発命中する。
奥へ走る。部屋は塵が散乱しているらしく、靴の裏でガラスで出来た何かを踏んだような感触がした。

「(覚えたばかりで上手く使えるかはわからない・・・でもやるしかない)」

暗がりで身を屈め、男が侵入して来るのを待つ。

「ヴィレム!フランツと一緒に奴を追え!」

隣の部屋でブリクサが叫んだ。敵は二人ではない、もう一人居るらしい。
そして、男・・・フランツが部屋に踏み込むと、

ブオオオオオオ

と低い音を立てて、強力な結界がフランツを包んだ。

「コイツは・・・やべえっ!!」

男の体からメキメキと骨が軋む音が聞こえた。
間髪入れずにタカチマンは男の前に飛び出し、銃の引き金を引く。
発射された火炎弾は男の左の二の腕を直撃し、腕が根元から吹き飛んだぐあああああああッ!!!!!
男は絶叫し、血が噴出す左肩を右手で押さえて蹲る。まず一人は倒した。
だが、魔力の消耗は大きい。ブリクサともう一人の敵に襲われて生き残れるだろうか。
ブリクサがこちらに向かってくる気配は無い。
自分が手を下すまでも無いと言う事なのだろうか・・・

「気配を消してるつもりだろうが・・・」

「!!!!」

「甘いぜ」

暗がりに隠れていたのは巨漢・ヴィレムであった。
大きな体とは裏腹な素早い身のこなしで、両手に持つ刀身が十字架の形をした妙な大剣で襲い掛かる。
何とか逃げようと走るが、床に散乱していた塵に足を取られ、満足に動けない。

「フランツがやられたのは予想外だがな。あんな大技を連発出来るわけはないって事だな。死ね」

バチイッ

「・・・・あ?」

剣を構えた巨漢だったが・・・閃光が走ると何故かそのまま前のめりになり、大きな音を立てて倒れてしまった。
意識は飛んでおり、口からは泡を吹いているようだ。

「やった・・・俺、やったでーっ」

男の背後から現れたのはジョニーであった。
手にはエリシャの発明品である「ビリビリ君」が握られている。
なんと後ろから男の股間に一発、最大出力でそれをお見舞いしたようであった。

「電流流すのって快感!俺、マニアになっちゃうかも!」

「うるさいよ。
 あれ程来るなと言ったのに・・・僕を付けて来たんだな?」

「ごめんな。どうしても悔しかったから・・・男は二度の失敗は許されへんのや。
 へタレの汚名を返上してみせなあかんのや、博士の敵も討たなきゃ・・・」

「わかったよ・・・ただ、大きい声でわめくなよ。あと、君は表に出るな。
 裏から通路を探ってエリシャを助けろ。ブリクサは僕が引き受ける」

小声で会話する二人。

「わかった。・・・にしてもこの剣、意外と軽いで、俺でも持てる・・・何か特殊な結晶でも使ってんのかな」

意外なほど呆気なく倒れた巨漢の男ヴィレム。
男が持っていた、妙な形の大剣をジョニーが両手で掲げてみせた。
剣は刃の部分が十字型になっており、振ってみると剣で斬ると言うよりは鶴嘴で殴りつけるような格好になる。
確かに敵に当たり易いと言えばそうかも知れないが、殺傷力は期待できない妙な武器であった。

「待てよ。これ、もしかしたらミスリルかも知れない」

「みすりる?」

「ああ、レアメタルの一種だ。エーテルを打ち消す性質があるらしいが、実物らしき物を見たのは初めてだ]

「じゃあ魔法の防御にも使えるかな?・・・にしても変な形やなあ。でも、これは貰っとこ」

1m近い長さのこの剣には、背負う為のベルトが付けてあった。それを使って肩から担ぐジョニー。

 よっしゃ、はよ、ブリクサのおっさんぶちのめして姉ちゃんを助けるんや」

 

「フランツ!ヴィレム!何している!・・・・チッ、情けねえ奴等だ」

「タカチマン!大丈夫なの!?」

隣のホールからブリクサとエリシャの叫ぶ声が聞こえた。

「ジョニー、行け!裏から出ろ!」

ジョニー少年は背中に巨大な剣を担ぎ、急ぎ足で部屋の奥の扉から出て行った。
見たところ単純な構造の建物だ。ブリクサにさえ見つからなければエリシャの元まで辿り着けるだろう。
尤も、他にまだ仲間が居なければ、であったが、ブリクサの口調からしてそれは無さそうな気配である。
相手は此方を甘く見ている。間違いない。
タカチマンは意を決し、ホールに飛び出る。
そして、丁度此方に向かって来るブリクサと真正面から対峙する形になった。

「・・・・お前があの研究所にさえ来なければ、こんな事にはならなかったのかも知れないな。博士も、俺も、お前も」

「・・・・・・言いたい事はそれだけか?」

無機的なホールに暫し沈黙が流れた。そして。

「喰らいな!!!」

闘いの幕が切って落とされた。
後ろではエリシャが心配そうな目で闘いを見つめ、声を上げている。
タカチマンが弾丸を放ち、ブリクサの能力・・・鉱物操作によって生まれたコンクリートの盾がそれを次々と防ぐ。
そしてブリクサが放ったコンクリートの弾丸や剣はタカチマンの反物質シールドで弾かれる。
一進一退の攻防が続く。

「ハッ!なかなかやるじゃねえか。やっぱり少し、高を括ってたらしいな」

敵の攻撃は防ぐ事が出来るが此方の攻撃もダメージを与えられない。
こう言った状態になって有利なのは、体力、魔力のある方に決まっている。
元傭兵のブリクサにはそれがあった。
彼の周囲の床や壁は、彼の能力により殆ど抉れ捲れ上がり、元の無機質な部屋は見る影も無い。
だが、彼の魔力は無尽蔵かとも思える程であった。
操作できる範囲や量は多くないらしく、動き回ってまだ完全な壁や床に手を触れ、次々に攻撃を放つ。
タカチマンは段々、敵の攻撃が防ぎ切れなくなりつつあった。

ぐっ!
重い一撃を胸に、二の腕に受けるタカチマン。体に痺れが来る。
防御出来る時間は残り少ない。

 

「タカチマンっ!いやあっ!やめて!」

後方で椅子に縛り付けられたエリシャが叫んだ。

「しーッ、姉ちゃん、助けに来たったで!」

「ジョニー!あんたも付いて来たの?」

その後ろからそろそろと近づいてエリシャのロープを解いたのはジョニーだった。
エリシャの座っている椅子の後ろには半分空いているドアがある。
先ほどの廊下からここを通って出てきたようだ。
彼はしてやったり、と言う感じに笑ってみせる。戦闘に集中しているブリクサは気付いていない。

「姉ちゃん、こっちの廊下から逃げるんや」

「嫌よ、タカチマンを置いて逃げれないよ!」

 

戦闘はブリクサが優位に立っており、離れていた二人の距離は縮まって来ている。
ブリクサの必殺の間合いは広くないらしく、タカチマンはある程度距離を保ちながら戦っていたが、
体力の消耗から足が付いて来なくなっている。
そして最悪のタイミングで弾が切れた。

カチッ

「!!!(弾切れか・・・僕はもう駄目だな。でもジョニーがエリシャを逃がしてさえくれれば・・・)」

「随分粘ってくれたが・・・そろそろ終いにしなくちゃあな。俺も疲れちまったわ・・・」

「クッ・・・・」

「じゃあなッ!!!」

ブリクサが手を翳し、もう駄目かと思ったタカチマンが反射的に目を閉じる。
轟音と共に技が炸裂したかと思ったが痛みは無い。
ゆっくりと目を空けると、

「タカチマン・・・だい・・・・じょうぶ?」

ブリクサの鉱物操作能力でコンクリートの破片に全身を貫かれたエリシャが立っていた。 

「エリ・・・シャ?何を・・・・」

「タカチマン・・・だいじょ・・・・・」

「・・・・・ねえ・・・ちゃん?」

ブリクサとタカチマンの間に滑り込むようにして入り込んだエリシャは、
ブリクサの技に胸、肩、首・・・彼方此方を破片によって貫かれ、血を吐いてその場に倒れ込んだ。
破片は頭部にも軽く突き刺さっていた。
一瞬、タカチマンに笑顔を向けたように見えたが、それは錯覚だったのかも知れない。

「ああ・・・・そん・・・な・・・」

「チッ・・・・(ガキまで殺るつもりはなかったんだがな・・・・)「う・・・・うああああああああああああああああ!!!!」

激昂したジョニーが剣を手にして切りかかるが、

「うらッ!」

ブリクサの蹴りで跳ね飛ばされてしまう。

「畜生・・・なんで・・・・なんで姉ちゃんまで・・・・畜生ォーッ!!!」

間髪入れず、ブリクサがタカチマンの首を掴んでギリギリと締め上げる。

「お前があっさり死んでくれたら、こんな事にはならなかったのにな?」

「クッ・・・・ぐあッ

足は中に浮き、頭は混乱し、意識が遠のく。
救えなかった大切な存在を想い、自分は敗北したのだと悟る。

「・・・・裏切り者・・・裏切り者」

「・・・あ?」

傷だらけのジョニーがエリシャを抱きかかえながら呟いた。
エリシャの血の量は夥しく、ジョニーも全身赤く染まっている。

「お前・・・なんで・・・・博士の仲間だったんじゃないのかよ・・・・
 博士も・・・姉ちゃんも・・・・なんで・・・なんで!!!この裏切り者めッ!!!!」

「何を言ってやがる。そんな事・・・最初からわかってる!」



ドクン

ドクン


ジョニーの叫びに、何故か鼓動が早くなるタカチマン。



裏切り者


裏切り者裏切り者


裏切り者裏切りモノうらぎりもの


ウラギリモノウラギリモノうらぎりモノ



裏切り者とのジョニーの叫び声。
一瞬、視界が赤く染まったかと思うと、様々な声と映像が頭の中に溢れ出して来た。
全身は赤く光り、凍て付くような、時間を凍らせるかの様な波動がブリクサとタカチマンを覆いだした。

「な・・・なんだこいつ・・・・これは・・・ただの能力じゃない・・・こんな力を隠し持ってたのか!?」








視界は現実から切り離されて。
突然、浮かび上がる様々な映像と言葉。白い視界はぼやけてはいるが・・・
確かに、暗い部屋の中に何人か人が立っていた。だが顔が・・・無い。

ここは無くした記憶の世界なのか?何故?


ね・・・ぇ・・・・カリ・・ソさん・・・・・
ど・・・して・・・・・・・・・・・・??

わ・・・われを・・・裏切・・・ので・・・か?

違う!・・・俺は・・・・!!

・・・・・・・・・・・・裏切りモノ

違う!!

・・・裏切リモノ!!

違う違う違う!!!

ウラギリモノ!!!!







「うあああああああああああああああああ!!!!」

映像の中の人物が叫んだ言葉で、タカチマンは引き現実に戻された。何が起きているのか飲み込めない。
だが。ブリクサが止まっていた。完全に動いていないのだ。
それだけではない。自分も動く事が出来ない。指一本、動かす事が出来ない。
いや、体を動かす、と言う概念そのものが一瞬で消え去ってしまった様な、不思議な感触だった。
意識だけが切り離されて宙を漂っているようだった。
そして何故か・・・暖かい。わけがわからない。

どれだけの時間が経ったのか、まるで分からないが・・・・
感覚的に「暫く」した後、体の感覚が戻ってきた。

 

ブリクサはそのまま、意識が戻らずに膝をついて倒れ込んだ。
絶命しているようであった。 

 

 

 

 

 

 

「ねえタカチマン?
 助けてくれて、その・・・ありがとう。
 でもね、さっきのは・・・もう使わない方がいいよ?」

真っ白な部屋の中、目の前に立っているのはエリシャだ。

「エリシャ。どうしてだ?
 正体はわからないけど、僕はこの力で君を守ったんだぜ?」

「ううん・・・何故かはわからないけど、凄く悪い予感がするの。
 他の人にも見せちゃ駄目だよ?どうしても、守らなきゃいけないものがある時以外は、絶対ダメよ。
 きっと、あなたを手に入れようとする人が、また現れるから」

「・・・?」

「うん・・・あれ、どうしてかな?
 私、あなたの昔の事とかはわかんないのにね?」

そう言って彼女は微笑んだ。

「そうだ。僕、君に言い忘れた事があったんだよ。
 ずっと忘れてた言葉。やっと思い出した」

「うん・・・でもね・・・・・もう、聞けないかもしれないの」

「どう言う意味だ?」

「私、もう、行かなきゃ行けないかも知れないの。ずっと此処には居られない」

そう言うと、段々とエリシャの影は薄くなって行き。

「待ってくれよ!まだ、話したい事が沢山あったのに・・・・」

「ごめんね?もし・・・戻って来れたら・・・沢山お話しよ?
 それから、ずっと、一緒にいるの」

「待ってくれよ!!」

 

「だから今は、さようなら・・・」

彼女は最後に微笑みかけ、消えた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

暫く白い空間を漂った後、ゆっくりと目に入ってきたのは、灰色の天井と蛍光灯の光だった。

「やっと目が覚めたかのう?」

「・・・・・・あなたは・・・二階堂博士・・・?」

「・・・話は聞いたで。そんな事があった後では無理も無いな。
 因みにお前さん、5日間寝とったんやで」

目覚めた先は病院の一室のようだった。全身に痛みを覚え、体も動かせない。
ブリクサと闘っていた時、自分の中で何かが目覚める感覚を覚え、
頭の中でよくわからない映像が再生され、気が付いたらブリクサが倒れていた。
その後の事はよく覚えていない。

「孫から聞いた話では、お前さん、
 あの娘をこの病院まで背負って来たその後、直ぐに倒れたらしいな」

「そうだ・・・・エリシャは・・・?」

「・・・・・・・命は・・・助かった。
 でも・・・意識が・・・・」

部屋の隅にいたジョニーが呟いた。
彼には特に大きな怪我は無い様だった。

「どういう意味だ?」

「どういう意味も・・・無いよ!
 医者の話やと!意識はもう戻らんて!!うわああああ!!!」

少年はそのままその場にへたり込んでしまった。

「ジョニーもずっとこうじゃ。可哀想だが・・・脳がやられてしまって昏睡状態ならしい。
 医者の言う分には、回復する見込みはかなり薄いそうや・・・・」

「・・・・そんな・・・・・・・・・・」

「ユゼフ君も可哀想な事になってしまった・・・。
 本来なら彼には良い将来があったはずや。何と言っていいのやらな・・・」

呟く二階堂博士からは、以前会った時の溌剌とした雰囲気は微塵も感じられなかった。
彼は身近な者を失って悲観に暮れる老人そのものであった。

 

夢の中のエリシャの笑顔だけが、こびり付いて離れなかった。
執筆者…shack様

 

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