リレー小説4
<Rel4.タカチマン2>

 

   火星 タルシス 火星帝国立ロボット技術研究所タルシス支所

 

 

「ふう・・・」

コーヒーを入れて自室に戻った火星帝国立ロボット技術研究所タルシス支所長ことタカチマン博士は
椅子に腰掛けると、すぐに小さなため息を漏らした。
この数ヶ月、色々な事が一度に起こりすぎた。
ハードワークには慣れているタカチマンでも、さすがに疲れがたまっているようだ。
ここ数日も満足に眠れていない。軽く目眩もする。

その背中に、唐突に声がかかった。

「モゴモゴ・・・なあ博士。いきなり言うんもアレやねんけど・・・
 「姉ちゃん」・・・どないやろな。いや、変わりないのはわかってんねんけど・・・」

「またお前か」

好物のスティックチーズを食べながらやってきたのはジョニーだった。
最近は調査もおざなりに、101便事件以降すっかり仲良くなったユーキンやナオキングらとつるんでいる。
手には「男どアホウ甲子園」と書いたマンガ本が握られていた。お前やる気あるのか。

「気になってしょうがないんや。リゼルハンクが潰れた件以来、どうも身が入らんくってな。
 気が付くと、つい昔のことばっかり考えてしまうんや。
 ・・・・・板神もまた最下位転落やし・・・・」

彼は野球狂で、地元の野球チーム「スパルタ板神サーベル・タイガース」の熱狂的なファンだった。

「野球の話はいいだろう。お前は暇さえあればいつもそれだ。
 見ればわかる、お前みたいな能天気なタイプは、分かり易い標的がなくなるとそんな状態に陥り易い」

「あやや。しっかり見抜かれとったな。それはそうと、姉ちゃんに会えるのは博士だけでしょう、
 最近博士疲れてはるみたいやし、どうです、今日くらいは結晶の調査は皆にまかせて、散歩がてら行ってみたら?」

「・・・そうだな。久しぶりに行ってみるか。・・・皆には留守にすると伝えておいてくれ。」

「いってらっは〜い」


「・・・博士、意外と簡単に乗ってはったなあ。あの人に会うのは博士にとっては苦痛に近いハズなんやが。
 でも、こうでもして外に出てもらわんと、いくらなんでも体に毒や」

「その「姉ちゃん」って誰のことなんですか?」

「ナオキングお前何にも聞いてへんのか?まあ、無理も無いわな、あの人自分の事は滅多に喋らへんし。
 俺がその人を知ってるのは、まあ、昔なじみと言うか何と言うか・・・
 お前もその内聞かせてもらえるかもな。まあ、ちいとも楽しい話じゃないんやけど・・・
 少なくとも、俺の口からは言えへん話やな」

「そうなんですか・・・」
執筆者…shack様

久々の外出だった。地球ほどは強くない火星の陽光が、ひどくまぶしく感じられる。
バスに乗って彼が向かったのはタルシスの郊外にある、そう大きくない規模の私立病院だった。

「こういうものだが・・・3−206号室の患者に面会したい」

古臭いリノリウム張りの廊下を歩き、1つの個人部屋の前に辿り着く。
ドアには「エリシャ・シュヴァンクマイエル」とある。

コンコンとドアをノックすると、中から返事が聞こえてきた。

「はい、どなた?一般の方の面会は禁じられているよ」

「私だ。タカチマンだ」

ドアが開いて中から出てきたのは白衣を着た初老の医師だった。

「やあ、あんたか。あんたなら仕方ないな」

「意識はどうだ?まさかとは思うが」

「ああ、変わり無しだよ。変化があったら真っ先にあんたに知らせるところさ。
 それにしてもなんだい。最近姿を見せないと思ったら」

「厄介ごとが多くてな・・・なかなか来れなかっただけだ」

そう広くない病室の窓際のベッドには、若い女性が点滴を打った状態で横たわっていた。
部屋には生命維持装置が発する「ピッ・・・ピッ・・・」という無機質な音だけが響き渡っている。

「エリシャ・・・だ。わかるか?」

「もう6年くらいになるのかい。維持費は全部あんたが出してるとはいえ・・・。
 何度も言うがこの娘はもう意識が戻ることは無いよ。
 帝都の最新医療技術でも無理だ。残念だがね」

「わかっているさ・・・わかっている。だが」

「ああ、あんたの気持ちはよくわかってるつもりじゃ。生命維持装置は外さない。
 だがな、こうして無理に生かされているこの娘に・・・・」
「言うな。わかっている・・・気持ちの整理がつかないだけだ。落ち着いたらまた来る・・・・」

 

 

帰り際、公園のベンチに座って新しいタバコに火をつけた博士は昔の事を思い出していた。
自分が拾われて今にいたるまでに起こった事。彼にとっての人生とはその7年間の事であった。
記憶を無くしている彼にとっては、それ以前の事など今の自身の人生ではない。
(レイネ・・・私にとっての人生とはこの7年間の事なのだ。
  お前は何故、そんなにも消えた過去を求めるのだ・・・・?
  お前は今、どこにいる・・・私はもう一度、
  過去と向き合うチャンスが欲しい・・・)」

暫く考えを巡らせていたが、やがて睡魔に襲われる。彼は陽光の中、ゆっくりと眠りに落ちていった。 
執筆者…shack様

   2407年 (神明07年)

 

 

火星の首都・アテネから800kmほど東にあるポリス、タルシスの朝は遅い。
ここタルシス高原は、年代的にラグナロク時代の遺跡と言われる巨大顔面岩「顔」で有名な地である。
明らかに人為的な造形がなされているのだが、何かの施設跡などでもなく、
ただ純粋な岩としてポツンとそこにある。ちょうどオーストラリアのエアーズ・ロックのように。
作られた意図が不明な上に文献などにも全く登場しない事から、
オカルト好きの間では「火星七不思議」の筆頭としてあげられているらしい。
超巨大な人型兵器の頭部で、体部分は埋もれているのだと言う素っ頓狂な説を唱えるものもいた。

遺跡から2キロ程南下した所にある繁華街は人ごみで溢れかえり、
治安のあまり良くない区画ではあちこちで怒号、罵声、嬌声などが際限無く聞こえてくる。
しかし夜が明けるといつも、町は不思議なほどに静まり返るのだった。

その繁華街から少しだけ西にそれた場所に、その建物はあった。
「シュヴァンクマイエル魔導研究所」
ヨーロッパの洋館のような二階建てのその建物は、近代的な町並みの中にあって明らかに浮いている。
しかもエーテル科学の研究所とくれば怪しさ満点である。わざわざ写真を撮りに来る観光客までいるほどだ。

火星時間午前7時過ぎ。勢い良くドアが開く。

「パパ、プルートの散歩行って来るわ」

研究所のドアが開き、中から15〜6歳の少女が出てくる。
金色の長い髪に黒いリボン。レースなどがついた黒くフワフワしたドレスを着ている。手には黒いロープ、
それに繋がれたいかにも番犬然とした大きいドーベルマン。
ここの所長の娘だった。犬の散歩は少女にとって日課であった。
何も変わらない朝だった。その男を見つけるまでは。

 

散歩コースである研究所の脇の路地に入ろうとした時だった。
「・・・!!ワン!!ワンッ!!!」
「ちょ、ちょっとどうしたの??」
何かの臭いに敏感なのだろうか、犬は少女を引っ張って走り出す。
ビルに挟まれた狭い路地の真ん中に、若い男が脇腹から血を流し、うつ伏せで横たわっていた。
どこかの研究員のような白いコートには、まだ新しい血がべっとり付いている。

「う・・・くっ」
「!!大変・・・この人ケンカかな?最近多いもんな。どうしよう・・・
 もしもし、お兄さん?」
「う・・・あ・・・・」
 (眩しい・・・人の声?僕は・・・あれ、どうしたんだろう)」
「この時間は砂嵐が来るかもしれないから、特別に家まで運んだげる!すぐ人呼んで来るから、待ってなさい」
そう言ってすぐに少女は走り出し、犬と男は取り残された。

「(わからない・・・僕は何でここに倒れてるんだろう。この生き物は、えっと・・・犬・・だっけ?)」
犬は興味深げに青年を凝視している。妙な沈黙が訪れた。
「(あれ、どうしてだろう・・・・何も思い出せない・・・・・)」

2分ほど後、先ほどの少女と白衣を着たスキンヘッドの大男が1人、走り寄って来た。
「こりゃケンカですかね〜。いいんですかお嬢様?こんなのに構ってたら、また所長に怒られちゃいますよ」
「うるさい、いいから運びなさい!」
「へいへいっと!」
白衣の大男は、青年を力ずくでおぶって歩き始めた。
執筆者…shack様

青年が運び込まれたのは、屋敷の二階にある小部屋だった。
窓際にあるベッドに、乱暴に寝かせられる。
「よっこらせ!」

「うっ・・・・・」

「傷は大した事無いみたい。それよりブリクサ、パパを呼んできて!」

少女はガサゴソと救急箱の中を弄っていた。
「ねえ、大丈夫なの?傷は思ったより平気そうなのに、さっきから唸ってばかりじゃないの」
青年は何も答えない。

暫くするとドタバタと言う大きな音が聞こえ、青年を部屋に担ぎこんだブリクサと呼ばれた大男と、
白髪の混じった金髪が眩しいヒゲの中年男が部屋に入って来た。

「ほう、こりゃあケンカかね。エリシャ、適当に手当てしてやりなさい」

「もうやってるよパパ。脇腹が切れてるけど、他は全然大した事無い。病院は行かなくてよさそうだわ」

「青年。君、何をしてたんだい?」

「思い・・・出せない」

「思い出せないってどういう事だよ。ん?」
ブリクサが近寄る。身長だけでなく声も大きい男である。

「思い出せないんです。何があったか。・・・自分の事も」

記憶・・・喪失?

「んな事言って、人ん家に厄介になる気かい?大方ガラの悪いのにボコられた乞食ってとこだろうよ。気に食わねえな」

「やめなさいブリクサ。気にしないでくれ、こやつは乱暴者だが、そう悪い奴じゃない。
 それより思い出せない、と言うのはどう言う事だね」

「思い出せないんです。何があったのか、自分が誰なのか」

上半身をベッドから起き上がらせて青年が話し始めるが、
「怪我人は寝てなさい!」
と少女に一喝されて再び横になった。
「本当なんです・・・物や言葉なら分かります。ただ自分の事が、わからないんです」

「うーむ、ショック性のものなのかも知れんな」

「本当に記憶喪失みたいね・・・どうしようパパ。暫く寝かせておく?」

「そうするしか無いようだな。様子を見て、これからの事はまた後から考えよう。
 この部屋は空き部屋だ。気にせずゆっくり寝てなさい」

そう言って所長と呼ばれた中年男と大男であるところのブリクサはそそくさと部屋から出て行ってしまった。

「所長、本気ですかい?」

「悪いかね?雰囲気で分かるが・・・あの男は恐らく能力者だ。
 何か事情がありそうだ。暫く様子を見る事にしようじゃないか」

「ふん・・・まあ、良いですがね。研究の邪魔にならなければ」

 

 

「よいしょ・・・これで手当ては終わりね。そういえばあなた、名前は?」

「・・・・・」

「そっか、わかんないんだっけ。うーん、名前無いと不便よね。このコートに何か無いかしら?」
少女は脱がされた青年のコートの中を弄っている。

「何かなこれ・・・名刺?名札?」

少女は血濡れになって半分破れている紙を取り出した。
他に出てきたのは良く分からないメモ用紙のような紙切ればかりである。

「うーん、破れててよく読めないけど・・・・「タ」・・これ、「カ」かな?それから「チ」」

紙切れの読解を始める少女。隣では先ほどの犬が、訝しげな目でその様子を観察していた。
「駄目、これしかわからないわ。「タカチ」?変なの。ニホンゴ?
 確かにあなたアジア人っぽい顔立ちね。でも目は青いから、ハーフか何かかしら?」

何も喋らない青年を無視して、少女は半ば一方的に話を進めていた。
「でもここまでしか分からないと、名前とは言えないわよね。
 じゃあ、私が付けたげる!う〜ん・・・・・・・「タカチマン」はどうかしら」

「・・・変な名前・・・・・」

「贅沢言わないの!!カッコいい名前じゃない、感謝しなさいよね!
 …自己紹介がまだだったよね。私、エリシャ・シュヴァンクマイエル。
 さっきいた金髪ヒゲのジェントルマンがパパのユゼフ・シュヴァンクマイエル。
 エーテル光学の研究をしてるらしいけど、難しい事はわかんない。
 見て分かると思うけどこの子は犬のプルート。」

「ワンッ!」

「で、さっきあなたをここに運んできた大男がブリクサ・ピウスツキ。パパの助手。乱暴者でちょっと苦手。
 あと研究の手伝いに学生が一人来てるけど、今日はお休み。これがこの家にいる人全てよ」

「・・・・どうして君は僕を助けてくれたの?」

「どうしてって・・・・どうしてかな?パパがいつも困ってる人を見たら助けてあげなさい、
 って言ってたから、かな?」

「・・・そっか」
タカチマンは何か言わなければと思ったのだが、言葉が出てこない。

「(こんな時、こんな気持ちを伝える時、なんて言ったらいいんだったっけ・・・思い出せない)」
言葉を必死で思い出そうと無言でうつむいていると、

グ〜

と、情けない腹の虫が鳴った。
「あ・・・・」

「やっぱりお腹空いてるのね。そうじゃないかと思ったわ。待っててね、すぐ食べ物持ってくるから」
そう言うと彼女はそそくさと出て行ってしまった。
部屋にはタカチマンとプルートが取り残される形になった。

「君・・・プルートって言うのか。僕の事・・・怖くないのか?」
「(じ〜)」
「・・・・・」
「(じ〜)」
「えっと・・・よ、よろしく・・・・」
「ワン!」

気まずい沈黙が流れたが、エリシャが戻って来た事でそれはすぐに消え去った。
「おまたせ、ジャーン!!」

彼女がお盆に載せて持ってきたのは、器の中に盛られた白い粒粒がスープに浸っている不思議な料理だった。
「これ、「お茶漬け」って言うの。ニホンジンの友達に教えてもらったんだけど、簡単だし美味しいんだよ」

・・・怪しい。ほんとに美味いのか?
タカチマンは恐る恐る添えられたスプーンで料理を口にした。

ズズ・・・

「・・・・どう?」

「・・・・美味しい」
美味しい。初めて食べる食事をタカチマンは一気に平らげてしまった。

「良かった、気に入ってもらえたのね。まだあるよ、食べる?」

「貰っていいの?」

「もちろんよ!今度は私の取って置きのトッピングを教えてあげる!」
そう言って彼女はお椀を抱えてそそくさと出て行ってしまった。せわしないものである。

数分後。
「これ!裂けるチーズ干し椎茸!これをいれるとコクとまろやかさがアップするのよ」

「うん。いただきます」

「どう、どう?」


「・・・・・・ブーッ!!!!」
・・・盛大に噴出してしまった。タカチマンはそのサディスティックな味わいに身悶えした。
「この味がわからないなんて、あなたオコチャマね!!」
執筆者…shack様 

翌日。
すっかり動けるようになった記憶喪失の青年ことタカチマンは朝食のカップ麺とお茶漬けを食べた後、
言われるがままエリシャ少女に連れまわされて強引に研究所の中を案内されていた。

「ここが、私の部屋よ」

一人部屋にしてはかなり大きなエリシャの部屋は内装こそ年相応の少女の部屋と言った趣ではあるが、
床や机の上には見た事も無い奇抜なデザインの壷や、羽の生えた靴、意味不明の電飾が付いたヘッドギア、
ブースターの様なものが付いたランドセルなど、奇妙な品々が所狭しと転がっていた。
天井まで届きそうな大きさのシェルターのようなものまである。なんだこの部屋は。

「私、発明が趣味なの。見て見て。まずこれが跳躍力倍化シューズ。略して「跳べるさん」、
 これが脳内映像投影ヘッドギア。略して「妄想くん」、で、これが・・・」

「それ、略って言わないよ」

「うっさいわね!私は天才発明少女なの!だからいいの!」
全く反論になっていない。

 

ひとしきり発明品を自慢されへとへとになったタカチマンだが、少女の屋敷案内は全く終わる気配が無い。
家中の隅から隅まで引っ張り回されてしまった。

「ふふふ、変わった家でしょ?パパがここを買い取るまで、地球のヨーロッパって所から来た偉い人が住んでたんだって。
 あ、ここが、メインの研究室よ。この時間なら中にいるわね」

二階まで吹き抜けになった、ホール状の巨大な研究室。
壁にはよくわからない機器、結晶などが取り付けてある。
床には巨大な魔方陣が描かれていた。
それは格調高い雰囲気の屋敷の中にあって、異空間とも呼べるような光景だった。
部屋の中では、白衣を着た2人の男性が何やら装置を弄っている。
エリシャにパパと呼ばれた中年男性、昨日タカチマンをおぶってここまで連れて来た大男の二人である。

「パパ」

「やあ、おはようエリシャ。それと・・・」
中年男性が作業を中断して歩み寄って来る。

「君。もう動けるようになったかね。傷の具合はどうだい?」

「もう大丈夫です。あの・・・・あ・・・」
(あれ?こんな気持ちの時、なんて言えばいいんだったっけ・・・また、思い出せない)

「そういえば自己紹介がまだだったな。私はユゼフ・シュヴァンクマイエル。
 ここでエーテル光学の研究をしていている。一応、所長さ。
 あまり名は知られていないがね。ハハハ」

「これ・・・・ライブラ結晶・・・ですよね」
タカチマンは装置に取り付けてある結晶の中でもとりわけ大きな結晶を見つけた。

「ほう・・・わかるのかね?」

「はい。それにこの魔方陣・・・これも・・・・」
タカチマンはこの部屋の機器類や結晶を目にした瞬間に、
自分が嘗てこの手の研究に携わっていた人間であると言う事を思い出した。
だが、自身の生い立ち、関わっていた人々、そして感情と言うものだけが、
どうしても思い出せないのであった。

「・・・・君、本当に記憶を無くしているのかね?」

「その呼び方が正しいのかどうかはわかりませんが・・・。自分の事以外は大抵思い出せます。
 この部屋の中にある機械や結晶の殆どに見覚えがあります」

「ううむ・・・・不思議な事もあるものだね。しかし、これは好都合だな・・・」

「あの、少し、見せてもらってもいいですか?何かまだ思い出せるかもしれない」

「ああ、構わんよ。それと君、名前は?」

「タカチマン!名前分からないって言うから、私が名前付けたのよ!」
話に入って来られなくて退屈していたエリシャが自慢げに片手を挙げる。

「タカチマンか・・・うむ、良い名前だね」

「そうですか?変だと思うけど・・・」

「まあ、いいじゃないか。本当の名前を思い出すまで、君はタカチマンで決まりだ」
タカチマンは不服そうであった。

「それはそうと実は昨日、アルバイトの学生に逃げられてしまってね。
 ハハハ、父親が末期癌で危篤な上に交通事故にあってしかも家が火事らしい」

「パパが厳しくしすぎるからでしょ?」

「そうかね、この程度の仕事に耐えられんようじゃ、一人前の学者にはなれんよ。
 まあそれは置いておいてだ。タカチマン君、もしこの部屋にあるものが少しでもわかるなら、
 私の研究を少し手伝ってくれんかね?人手が足りなくなってしまったのだよ」
 
「所長!」

「不満かねブリクサ。しかし、今は猫の手も借りたい状態なのは君も分かっておるだろう。
 この研究が完成するまでの間だ、良いじゃないか」

「フン・・・・・まあ、良いですよ。足手まといにならなければね」

「と言うわけでエリシャ。タカチマン君を少し借りるよ。いいかね?」

「わかったわ・・・・。いいもん、今日はゴンゾウお爺さんとジョニーが来るんでしょ?ジョニーと遊ぶから」

「ああ、二階堂博士達か。昼過ぎには来ると言っていたよ」

「じゃあそれまで「まもるさん」の続きでも作るわ・・・」
エリシャは不満そうに研究室を後にした。 

 

 

「驚いたな・・・・君の結晶に関する知識は博士号ものだぞ。一体どこでこんな知識を身につけたのだ?」

「わかりません・・・・」
メインの研究室に記憶喪失青年タカチマンを招いたユゼフ・シュヴァンクマイエル博士は、
験しにと思い結晶のサンプル集を彼に見せていたのだが、
そのほぼ全ての結晶の効力や利用法などをすらすら説明してみせるタカチマンに驚愕していた。

「まあ、当然そうだろうが・・・しかしどうも、
 状況からしても君の無くした記憶と言うのはあまり穏やかなものではなさそうだな」

「自分でも、そんな気がしています。むしろ、この方が幸運だったのかもしれません。
 僕には何か、良からぬ力があるように感じます・・・」
 
「そうか・・・実はいま私達が開発しているのは、結晶能力を自制、制御するための技術なのだよ」

「結晶能力を自制する?」

「そうだ。私は地球のポーランドという国の生まれでね。学生時代に能力に目覚めてしまった。
 当時はまだ能力者も今ほど多くなかったから、保守的な私の家族は私を追い出した。
 能力者のちょっとしたコミュニティーで生活している時に、
 私は自分の力を制御できずに苦しんでいる人々を数多く見た。
 その後彼らの役に立ちたいと思い、能力者の星である火星にやってきた私は研究者となったというわけだ。
 娘が生まれるすぐ前の事だよ」

「はあ・・・」

「この技術を応用した装置などを携帯できるようになれば、無益な戦闘なども少し減らせるかもしれない。
 甘い考えだと思われるかもしれないが、能力者と非能力者の戦闘が少しでも減れば、と思ってね」
その会話を遠巻きに見つめているのは大男・助手のブリクサだった。
彼は優れた知識と頭脳を持っていたが、傭兵などをして力を持て余していた。
偶然知り合ったユゼフが、ここに雇っているのだ。
ユゼフ博士は才能を持て余している人材を手元に置きたがる癖がある。人が良過ぎるのだ。
(ふん・・・それは甘い博士・・・何故軍事目的に利用されるだけだとわからんのだ。
  まあ、俺は精々あんたの研究を利用させてもらうぜ・・・)
「なあタカチマン君・・・どうせ行くアテは無いのだろう、研究員として家に居候してみないか?」

「え?」

「君が居れば、研究が捗って大助かりだ。部屋も空いているし、何よりエリシャが喜ぶ。
 あの娘は遊び相手がいないからね」

「遊び相手がいない?」

「そうだ。不思議に思わないか、今日は平日だ。あの娘は学校に行っていないんだよ」

「そうなんですか?」

「もちろん、不良だとかじゃない。昔、たまたま知りあった獣人の子と友達になったせいで、
 普通の人間から酷くいじめられたのさ。獣人と仲良くしたって理由だけでね。それ以来学校には行っていない」

「そんな理由でいじめられたりするんですか・・・・」

「ここはそう言う星だ。獣人差別と言うものはかなり根強いよ。
 標的を定めた人間達の排他性というものは恐ろしい。自分たちと違う存在を徹底して排除しようとするからね。
 私自身が家を追われたのと同じ事だ」

「・・・・・・・」

「おっと、私がこんな事を話したなんて、あの子には内緒だからな。
 どうだ、居候の件は。悪い話じゃないはずだよ」

「そうですね・・・そうさせていただけますか?」

「うん、なら決まりだな!エリシャにも後で話そう。きっと喜ぶと思うよ」

ピンポーン

「おおっ、もう昼時か、話しすぎたね。二階堂博士が来たようだ。玄関まで来なさい、紹介しよう」 

 

玄関の扉を開けて立っていたのは、腰は曲がっているが快活そうな雰囲気を漂わせているアジア系の老人と、
眠そうな目をした10才くらいの少年だった。少年はクチャクチャとスティックチーズを食べている。
老人は褪せた白いポロシャツ、少年は野球帽にロックグループのツアーTシャツというラフな服装。
庶民的でどこにでもいそうな雰囲気の2人だった。

「よぉユゼフ君、ご無沙汰やなあ」

「二階堂博士、お元気そうでなによりです。
 ジョニー君も元気そうだ」

「まあなー。なあなあ、エリシャねーちゃん上にいてる?新しい発明品見せてもらう言うとったんや」

「ああ、居るよ。お上がりなさい」

「おじゃましまーすっ」
言うなり少年はパタパタと階段を駆け上がって行ってしまった。

「ハハハ、あの子はよほどうちの娘が好きなんだな。確かに、あの娘は我が子ながら美人だからね!ハハハ」

「年頃のガキやさかいな。家でもエリシャちゃんの子の事ばっかり話しとる」

「ん?そう言えば彼、学校は?」

「ああ、勉強が簡単すぎてつまらんちゅうて、こないだ通信教育に切り替えたんや」

「なるほどね。そうだ、紹介しよう。こちら、二階堂権造博士だ。火星に来たばかりの頃お世話になった。
 エーテル通信技術の専門家でね。財閥お抱えの研究機関、二階堂エーテル技研研究所の所長を務めておられる。
 ポリスの建設には初期段階から携わられているんだよ」

「アンタが昨日ユゼフ君が電話で話してた記憶喪失男やな。よろしゅうな」

「はい・・・よろしくお願いします」

「偉大な方さ。火星のポリスで使われているエーテル通信機構の多くは博士の手によるものなんだ」

「買いかぶりすぎや、わしゃ大勢で国の仕事を手伝ったにすぎん」

「因みに博士達は一週間くらいここに滞在される予定だ。部屋は余ってるからね。
 さっき上に上がっていった少年は権造博士のお孫さんで、二階堂ジョニー君。
 見た所普通の少年だが、アテネ国立高校の入試問題をスラスラ解ける秀才君だ。将来は博士の研究所を継ぐらしいね」

「本人はそう言うとるが、どうだかねえ・・・」

「ああそうだ、立ち話はなんですね。お昼を取ってから研究の経過をお見せしましょう。助言も頂きたいですしね」

「ああ。それが目的でタルシスくんだりまで来たんやからな。
 お前さんの革新的な研究の経過とやらを見せてもらうよ」

「お昼にしよう、タカチマン君、エリシャとジョニー君を呼んできてくれ」

「わかりました」

タカチマンは階段を上がり、エリシャの部屋を目指した。
エリシャの部屋の前に着いたタカチマンだが、中からなにやら怪しげな声が聞こえ、中に入るのを躊躇う。

バシィッ!!

はあうっ!イイッ!そこやでッ!!
「・・・・・・・」

バシィッ!!

どう!?ここがイイんでしょ!?まだまだいくわよっ!!
バシィッ!!

オヒョウッ!この!内角低めギリギリ140kmシュートって感じがたまらへんわ!
バシィッ!!

「・・・・・・・」

意を決してドアを開けたタカチマンは、部屋の中央で怪しげなプレイに勤しんでいる二人を発見した。
エリシャは何やらイボイボのついたムチのようなものを振り回し、
それを上半身ハダカで足元に這いつくばっている少年の背中に打ち付けている。
少年はよくわからない蛍光色のスコープを装着し、口元は恍惚の表情を浮かべていた。
何だこのガキ共は。

「あ・・・・・タカチマン」

あああああ〜気持ちええ〜・・・・ぇへ???」

「・・・・・・ごはんだって」

「あ、あのね、勘違いしないで、コレ、電流流して体をマッサージする新発明品なの、略して・・・」

「じゃあね」

「あっ・・・」

「姉ちゃん、続きやって〜な!」

「・・・・・・うるさい」

「へ??」

 

 

数分後。
食堂に集った皆だが、エリシャとタカチマンの間には、微妙な沈黙が漂っていた。
ジョニーはスコープのせいで前が見えていなかったのか、何のことかよくわからないらしい。
テーブルの上には出前で取ったらしいピザ、パスタ等の簡易な洋食が並べられていた。
権造博士の手土産である「お好み焼き」も置かれていたが、あまり手は付けられていない。

「なあ姉ちゃん、「ビリビリ君」、アレ最高やわ〜、絶対特許取るべきやて!」

「・・・・・・・」

「なんや、押し黙ってもうて。あ、俺は二階堂ジョニーてんねん。
 よろしゅうな、てかアンタ誰や?新しい研究員?」
ピザを食い散らかしながらジョニーが言う。

「そうか、ジョニー君はすぐ上に行ったから紹介していなかったな。
 新しい研究員、まあ、そんな所だ。この際だから発表しよう。
 タカチマン君が正式に我が研究所に居候する事になった!」

「そ、そうなの・・・?よ、よかったわね・・・」

「・・・・うん。よろしく・・・あと、さっきはごめん」

「うん。別にいいよ。そっか、居候・・・・・・家族・・・?」

エリシャが小さな声で呟く。

「そう言うことになるかな、ハハハ。もちろんただ飯とはいかないよ、きっちり働いてもらうからね」 
執筆者…shack様 

 

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