リレー小説4
<Rel4.パルテノン3>

 

  ケルビム
  パルテノン採光ホール ステージ天井

 

骨の男が新たな人質として名乗り出た少女を壇上へと上がらせ、彼女を拘束する其の時を狙い、
アークエンジェルズ見習いケルビムの4人は骨の男への奇襲を仕掛けようとしていた。
奇襲と同時にホール外に控えた警官隊が突入、観客席の人質達を逃がす算段だ。
詰まり、今拘束されようとしている少女に関してはケルビムが救い出さなくてはならないという事だ。
チャンスは一瞬、失敗すれば少女は間違いなく殺されるだろう。

「(上等じゃん…!)」

以前、骨の男に幻覚を見せて拘束に成功したケルビムのアナスタシアが己を鼓舞するように笑ってみせる。
自分達はホールの天井…骨の男が自分達に気付いた様子は無く奇襲はそう難しくないと判断、
幻覚を見せた直後に急降下で一気に相手を抑えるべく行動を開始する。

「(シェイクヘッドさん、行動開始しますので、
  観客の避難誘導をお願いします!
  3人とも、行くわよ!)」

ケルビムの4人が骨の男の左右後方から迫るように降下、
其の最中、アナスタシアは骨の男に幻覚を見せるべく精神を集中させるが…
僅かな違和感を感じた。本来有り得ないはずの違和感。
有り得ないという理性を、有り得ているという直感が諭すものの時既に遅し。

「ああん?…お前らッ!?」

骨の男が降下中のケルビム達の気配を察し、視線を彼らへと向ける。
アナスタシアの幻術は発動出来なかったのだ。
いつの間にやら、ドーム内に結晶能力を阻害するAMFが張り巡らされていたのだが、
そんな事はアナスタシア達の知るところではなく、加えて言うならもう手遅れであった。
奇襲に失敗したケルビムに、骨の男を打ち破れるような手は存在せず…
詰まりは至極当然の結果が待ち構える。



待ち構えるはずだった。


Mother fucker!!!突然、大音量の演奏と共に、骨の男を取り囲んでいたフレーグ親衛隊を突き飛ばし、
何処かで見たような2人組が勇猛果敢に突進して来たではないか。
…フレーグの演奏前に飛び入り参加してきたロッカー…アンディーとリッキーである。

「んなっ!?」

ケルビムへと注意を向けたと同時に大音響の演奏で骨の男は一時的に混乱を来たす。
絶妙の奇襲タイミング…
アンディーのジークンドーらしき素早い奇襲には流石の骨の男も対応出来ず、
綺麗に肘を入れられよろめいたところへ…

「これでも食らうッス!」

体格の良いリッキーの体当たりを食らい、骨の男が後退りする。
この機を逃す警察…ヴァイスフリューゲルではない。
シェイクヘッドが間髪入れずに叫ぶ。
「突撃ィ!!人質を逃がせ!犯人の確保!」

同時にホール外に控えていた武装警官…及びヴァイスフリューゲル部員が雪崩れ込み、
其れまで骨の男の威圧で静まり返っていた会場は一気に慌しくなる。
だが…
執筆者…is-lies

  李・一清
  パルテノン広場南門

 

「急いで迎撃準備を整えろ。後、周辺に不審者がいないか眼を光らせろ」

パルテノン広場の正門こと南門には既に警察による封鎖が実施されていた。
まだ事件発生から大して時間も経過していない為か、
封鎖線前に集まった野次馬達も何が起こっているのか解っていない様子で
警官達の後ろ…緩やかな傾斜の坂道上のアテネドーム・パルテノンを見上げていた。

「おい、野次馬共を追い散らせ。
 装備はまだか?重火器をもっと集めろ」

何も知らない民衆から視れば非常に異様な身形だった。
SWAT装備の警察などは特別報道でしか目にしないようなものだったし、
今彼らが持っている物々しく物騒な事この上極まりない重火器など
とても只事ではない事態が発生しているとしか彼等には理解出来ていなかった。

「李警視、準備整いました。併し本当に…来るのでしょうか、其の敵増援というのは」

「お前達が疑問に思う必要は無い。言われた事を着々とこなせ」

「ですが…………ん?」

ふと警官の1人が野次馬達の背後に違和感を覚える。
付近のホテル横に止まっていたハズの大型タンクローリーが
其のフロントガラスを李警視達の方へと向けて走って来いたのだ。
横のショッピングモールへと続く道がある事にはあるが車は入れないハズだ。
詰まり…大型タンクローリーが向かう先は一つだけ。

「り、李警視!!あ、あれを!」

「何だ?…こ、これは……
 お、お前ら散れ散れ散れぇええええ!!!」

何も知らない野次馬達が盾になっていて攻撃は出来ない。
折角、集めた重火器も使えなければ唯のお荷物。
タンクローリーは安っぽい木製の車両止めを蹴散らし、
一気に坂道を上がってパルテノン広場へと侵入を果たす。

「と、止めろぉお!撃て撃て撃て撃て撃てぇええ!!」

「無理ですよ、あれを見て下さい!」

警官隊に言われてから一拍子置き、李警視は漸く気付く。
タンク部分に書かれた火気厳禁という赤い文字に。

「馬鹿な、特攻する気か!?」
執筆者…is-lies

  フレディック・ローディ
  パルテノン広場

 

「…大食より嫉妬へ。
 今、アークエンジェルズが行動を開始した。
 もう少しで資料にあったSSをとっ捕まえてやるから、まぁ首を長くして待ってな。
 後、ロボット技研からウチに派遣されて来た………あ…知ってたんな。
 おう。漸く方々が俺達の存在に気付いてくれたみたいだ。
 流石にリゼルハンクビル崩壊の情報操作は解り易過ぎたって事だな。
 解ってる、今のところは放っておくよ…………ん?」

無線から耳を離すと、ふと気になった音が更にボリュームを増す。
其の正体を眼で確かめるまでもなく、フレディックの身体は既に染み付いた経験によって動いていた。
車から飛び降りたと同時に、耳を劈く轟音…
背後から突撃してきた大型タンクローリーは、フレディックが乗っていた車を弾き飛ばし、
パルテノンの正面入り口を強引に突破して其の中へと突き進んで行った。

「…大食より嫉妬へ。
 増援が到着した模様。やはり背後関係があるみたいだ。
 SFESの遺産の手掛かりになりゃいいんだけどな」

先端に結晶を埋め込んだ杖を振り被ってフレディックが突撃命令を下す。
パルテノンを取り囲んでいたヴァイスフリューゲル隊員、警官、プロが行動を開始…
正面ガラス扉の破片を踏み砕き、骨の男と其の増援の確保に乗り出した。 
執筆者…is-lies

  カイト・シルヴィス
  パルテノン採光ホール 観客席

 

潜入していた警察関係者の奇襲タイミングも、骨の男の背後から隙を伺う2人組みの存在も、
ホール外を包囲した警官達の存在も、これから突っ込んで来る大型車の存在すら、
其の音を拾って完全に把握出来ていた。

「(今、俺を監視しているのがどの陣営だろうが関係ないタイミング…良い感じだ)
 暁、これからちょっと騒々しくなるが心配は要らないからな」

「?」

抱き寄せられ、きょとんと仙人カイトを見上げる暁少年。
視線の先の青年の顔には揺ぎ無き確信を宿らせた笑みが浮かんでいた。
果たしてカイトの読み通り、逃亡の好機が爆音を従えてホールへとやって来る。
骨の男が襲撃を受けた其の時、警官隊が突入した其の時、
大型タンクローリーが背後の防音壁を打ち砕き乱入した其の時、
監視の眼が逸れた其の時…
カイトの姿は暁と共に消えていた。
如何なAMFであっても機械のステルス機能を封じる事は適わない。
ついでに言えばAMFの支配下にあるこの場に於いては結晶能力の監視網が存在しない。
欺くのは余りにも容易。

「?せ、仙人様?これって…うわっ!?」
獣人少年への返答よりも先に其の小柄な身体がカイトによって抱え上げられ、
次いでカイトが小声で暁へと簡潔に指針を示す。

「ちょっと黙ってろ。今から此処を抜け出すからな。
 (さて、姿を消して高速移動…だけで逃げ切れるような連中でもなさそうだしな、
  何処から逃げるにせよ…目立たない隠れ蓑が必要か)」

ドーム天井の採光窓から見えるヘリを見やり青年は静かに…其れでいて素早く動き始めた。
執筆者…is-lies

  NBS放送
  パルテノン上空

 

上空を旋回する3機のヘリコプター…
内2機は警察(ヴァイスフリューゲル)の武装ヘリ。残る1機はTV局のものだった。
とはいえ秘密の作戦行動だった為、帝国放送(マーズインペリアル)ではない。

NBS放送の多田山リポーターはローター音に負けない大声で叫ぶ。
「御覧下さぁい!アテネドーム・パルテノンはぁ…!警察によって完全に封鎖されていまぁす!
 作戦内容はぁ!未だに明らかにされていませんがぁ!テロリストの可能性がぁ……
 ん?…ちょ……あれ…タンクローリーか?あのままじゃ突っ込むぞ!?」
最後の呟きはローター音に前半のみ掻き消されたが、
其れでも眼下の惨状と加えて臨場感を演出する方向に働いていた。
あまりの混沌とした現場に息を呑むスタッフ達。

「…大変な事になったな…
 こいつぁ…もしかしたら一連の怪事件に連なるかも知れないぞ」

101便事件を発端とした地球の崩壊現象、衛星フォボスとダイモスの異常、火星水位上昇、
リゼルハンク本社崩壊…本来、個別に起きたこれらの事件は法王庁の発表により連続した事件…
即ち『終末予兆』と広く認識されてしまっていた。

「何にせよ、こりゃまた終末予兆として荒れるぞ…
 ………?……何だありゃぁ?」
ヘリコプターの操縦者がパルテノン広場へと眼を凝らす。
警官隊が突入した直後、遅れて其の場に到着した人物が
残った警官の制止も構わず、上空からでも見えるような重火器をパルテノンへと構えていた。
執筆者…is-lies

  李・一清
  パルテノン広場

 

「李警視、何をするんですか!?」

「ドーム内の総員は直ちに退避せよッ!解放された人質が出次第、敵を潰す!
 今なら、あのタンクローリーに一撃お見舞いすればイチコロだ!」

李警視が担いでいるロケットランチャーは、
武装増強した今の火星警察が所持する兵器の中でも強力な部類の火器だ。
これでタンクローリーに積載された燃料に引火させれば、ドーム内は一掃される事だろう。

「馬鹿な!生け捕りが命令ですよ!?」

「お前達はターゲットの危険性を認知していないのか!?
 既にそんな不可能な事を真面目に考える段階は過ぎている!
 市民の安全の為にも、速やかに犯人を抹殺せよ!」

増援との合流まで見過ごしてしまったとあっては李警視の立場もかなり危うくなる。
其処で無謀というか大胆というか、李警視は警察の側を切り捨て、市民側に与する事としたのだ。
被害を更に拡大させかねない警察の愚かな作戦に反し、市民を守る為に戦った李警視…
幸いにも李警視はマスコミにも伝がある。世論を味方に付ければまだ名誉を守る事が出来るし、
そもそも今回の作戦内容からして普通ではないのだ。警察側が偉そうな事を言える立場ではない。
愚衆に歓待される自分を想像し不気味にほくそえむ李警視。
だがこんな現実逃避染みた妄想をする事自体、彼の余裕が既に底を突いている証拠でもある。

其の必死な様子に呆れ果てたような顔でヴァイスフリューゲルのフレディックが言う。
「はぁ…何勝手な事やってんだ?
 現場は俺が仕切る事になってんの。アンタは下がってくれて結構なの。
 解る?もうお呼びじゃないんだ」

「黙れ!これは市民を護る為の戦いだ!
 貴様みたいな上に言われた事しか出来ない無能な木偶は引っ込んでいろッ!!」
執筆者…is-lies

  骨の男
  パルテノン採光ホール

 

「な、何だ一体!?」

余りにも唐突なタンクローリーの乱入に、流石のアークエンジェルズも対応出来ず、
骨の男への増援…緑髪少年の合流を許してしまう。
李警視が迎撃に熱を出して重火器など手配せず、ヴァイスフリューゲルと連絡を密にしていれば、
まだマシな対応が出来ていたのかも知れないが…

「よぅリヴングレッグの決断は随分と早かったらしいな?
 で、お前は正式な飼い犬になったんか?其れともなる為のテストか?」

骨の男はというと余裕の態度だ。
彼が少年…リヴンへと連絡を取り、自分が窮地である事を伝えたのは事実だが、
別に助けを呼んだ訳ではなかった。
自分自身が或る種の人質になる事を理解しての行動であった訳だが其処は此処では割合しよう。

「…後者。すぐに逃げるよ」

「グレッグだと?……ターゲットを逃がすなッ!!」
飛び退いてタンクローリーを避けたシェイクヘッドがグレッグという単語に反応する。
すぐさま警察やヴァイスフリューゲルの隊員を嗾けるものの…

「ふん、煩いよお前ら」

リヴンが腕に巻いた包帯を外し、瘡蓋の出来た傷口を穿り返す。
明らかに異様な量の血が噴出したかと思えば、
其れらはまるでリヴン達を守るかの如く彼等を中心に円形を描く。
咄嗟に危険を察知して後ろへ飛び退く警察達を嘲笑うよう、
円を描いた血が炎上…炎の壁を創り出した。

「で、どうやって警察の包囲網を破るんだ?コイツで逃げるのか?」
手の甲でトンとタンクローリーのドアを叩いて見せるが、リヴンは其れを否定する。

「冗談。裏口から屋上まで出るから付いて来て」

屋上と聞き、天窓からちらちらと見えていたものを思い出す骨の男こと神野。
「ヘリか!そういや何機か飛び回ってたな…よしきた!」

「…と、其の前に万が一に備えておかなきゃね。
 悪いけど…ま、事故だと思って大人しく付き合ってよ」

別に探した訳ではない。単に炎の隙間から見えただけ。
ただ其れだけの理由でシェリア・ラジュールへと血の触手が襲い掛かる。

「ンなっ!?」
「!危ないですッ!!」

シェリアを押し退けて身代わりとなったフレーグを触手が絡め取った。
想定外の騒動が立て続けに起こった事もあってシェリアは手を伸ばす事すら出来ず、
フレーグが炎の壁の向こう側へと連れ去られる様を見ているしか出来なかった。
執筆者…is-lies

  NBS放送
  パルテノン上空

 

「どうしたんだ?…たった今ァー突入した部隊がァー…
 入場していた客と一緒にィー…ドームから出て来ていまァーす!」

テロが観客を人質に取っているという予想があっただけに、
タンクローリー突撃で相当派手な戦闘が行われるに違いないと考えていたリポーターは、
すぐさま退却を始める部隊を俯瞰し、失意の表情を隠せないでいた。
何だかんだ言って大きな事件はマスコミからすれば格好のネタなのだ。
特に最近では、注目されている破滅予兆に列する事でより多くの視聴者を得ようと、
関係あろうが無かろうが何でもこじつけてこれと関連付けようという傾向にある程に。

《もしもーし、火星警察能力者対策本部が、
 状況を説明するから中継を中止して駐車場へ降りて来て欲しいそうです》

「あ、警察が状況を説明するとの事です。
 スタジオへかえしまーす」

スタジオからの連絡を受け、NBS放送のヘリは高度を落としつつ駐車場へと向かう。
…真下…パルテノン屋上から彼等を狙う視線の存在に気付く事も無く。
執筆者…is-lies

  李・一清
  パルテノン広場

 

「これで良し。良いか、飽く迄…今回の作戦に問題があった点を強調しろ」

「しかし李警視…これではまるで……」

「…お前達も解っている筈だ。
 今回の作戦が人命を無視した無謀な作戦である事を!
 正義を断行せよ!」

「…アンタ、ばかだろ?」

英雄気取りで大袈裟に振舞う李警視を眺めつつ軽口を叩くフレディック。
彼は李警視を諌めるでもなく、其の暴走を実力で止めようとするでもなく、ただ事の推移を見守っていた。
もっとも、李警視はそんな大人しい彼を、自分の気迫に飲まれて萎縮したのだと勘違いしているのだが…

「撤退完了しました。但し…」
「犯人はどうしたッ!?まだ中にいるのかッ!?」
「な…中です。然し…」

隊員の台詞を聞き終えない内に李警視は、
件のタンクローリーが開けた大穴に向かってロケットランチャーを発射していた。

「まだ人質が1人……!」

爆音と共にアテネドーム・パルテノンの窓という窓から炎の腕が噴き出して狂ったように夜空を引き裂く。
これでは中に残されていた犯人達及び人質はバーベキュー必至。
AMFが発動されていたので、如何に優れた能力を保持していても生きてはいまい。
執筆者…is-lies

  NBS放送
  パルテノン上空

 

「…マジかよ?くそ、カメラ回してたか!?」

「いや、さっき中継中止しろって…」

混乱する彼らの背後…積載された機材の影に彼等は居た。
傍受していたのでヘリが高度を落としていたのは知っているし、爆発のタイミングも読めていた。
だから高速移動に加え、爆風を受けてヘリへの超長距離跳躍もこなし、着地の振動も誤魔化せている。
不可視と化した今の彼等はリポーター達には見えないし、
追っ手も、何の手掛かりも証拠も無い中、マスコミのヘリを調べるという事はあるまい。
詰まり、カイト・シルヴィス達は息を潜めているだけで離脱を完了するのだ。
執筆者…is-lies

  骨の男
  パルテノン上空

 

NBS放送のヘリが、カイトに途中乗車されてしまっていたのと同じように、
警察の武装ヘリもまた骨の男達によって途中乗車されていた。
違うところはパイロットが侵入者に気付かずに生きているのか、
侵入者に気付いて殺されてしまったかであった。

「其の血の触手…便利だな」
邪魔な荷物となったパイロットの躯を蹴り捨ててから、
今しがた武装ヘリへの移動に使用された血の触手を指して言う骨の男。

「喰ってみるかい?」
危なげながらもヘリを操縦しながらリヴンが返す。

「おいおい、其処まで恩知らずじゃない積りだぜ?
 半ば脅して俺を助けに来させたみたいなもんだからな」

リヴンはリゼルハンク崩壊後、また新たに裏社会組織へと入った。
グレッグ・サマーズ率いる人身売買組織だ。
骨の男は「俺が警察に捕まればお前の事も喋る」とリヴンを脅したのだ。
これはリヴンを従わせるという以上に、彼の飼い主となったグレッグ組織が、
リヴンと同様の存在である骨の男をも手中に収めたがるであろう事を見越しての事だった。

「…貴方達…何を」

スペースの都合で神野の膝の上に座らされていたフレーグが、
恐る恐る殺人犯と誘拐犯に対して問い掛けを口にしようとするも、
リヴンの方を向こうとした其の顔は、後ろから顎を掴まれる事で完全に固定される。

「あー、質問は受け付けねぇぜ。
 あんま煩ェと…喰っちまうからな」
神野に凄まれたフレーグには、口を噤み震える以外の事は出来なかった。

李警視の起こした大爆発のドサクサに紛れ、骨の男達は逸早くパルテノンから離脱する。
警察もすぐに其の事には気付いたが、
犯人は中で死体になっているという李警視の主張の前に動く事は出来なかった。
…これ程の事をやらかして犯人を取り逃したなどという事はあってはならない…
そんな李警視の願望丸出しな主張によって…骨の男達はまんまと逃げ遂せたのだ。
執筆者…is-lies

  フレディック・ローディ
  パルテノン広場、指揮車クリスティーン

 

今しがた到着したヴァイスフリューゲル指揮車のトレーラー部分に入ったフレディックは、
良い具合に超弩級サイズのキャンプファイヤーと化したパルテノンを、
小さなマジックミラー越しに眺めつつ備え付けの無線を手に取る。

「大食より嫉妬へ。
 アホのせいで両方取り逃した。ああ、李警視だっけ?超鮮に送り返してやれよ。
 んで…増援として来た奴…AMFの効果範囲内で異能を振るってやがったらしいぜ。
 そうそう…そんな感じの奴……断定するにゃまだ早いが……そいつだろうな。
 SS・S-Blood……SFESの遺児も結構残ってるもんだな」

広く知られている結晶能力は、其の対処法もまた広く知られるところにある。
第三次世界大戦中、既に能力者の力の発動を或る程度抑制する機構は出来ていた。
AMFは其の発展系であり能力効果を完全に封じてしまう。
人外の強い魔力で破壊する事も可能だが、能力対策としては上等な部類に入る。
だが、広く知られた結晶能力とは異なる力…限られた極一部の人間しか其の存在を知らない力…
其れこそが、今は亡き組織SFESが占有していた『セイフォートシリーズ』即ち『SS』である。
AMFに掛からず…其れでいて異能を行使出来るという事は詰まりSSであるという事だ。

無線を終了したフレディックはトレーラー内を奥へと進む。
ヴァイスフリューゲルの指揮車なだけあり、トレーラー内は高度な通信設備に満ちている。
其の中に、異能封じの手錠を掛けられ壁に寄りかかる様に倒れているアウストリ司教の姿があった。

「さて、元SFESのアウストリ司教殿。
 アンタにゃ色々ゲロって貰いたいんですよ。
 SFES崩壊の真相や…最近のSeventhTrumpetについて……色々と…ね」

「………」

アウストリに反応はない。

「…!」
電気的直感でアウストリの眼鏡を払い除けて其の瞼を開き、もう片手で手首を押さえる。

「………くそが…!死んでやがる!
いつの間にかあまりにもあっさりと行われてしまった口封じ。
能力者であれば直接手を触れずに殺すといった芸当も可能といえば可能だが、
AMFを張り巡らされた車内という、この状況では能力者犯罪とは思えない。
あるとすればアウストリの自決か…件のSSが何かを仕込んでいたのか…
何にせよヴァイスフリューゲル初の作戦は失敗に終わった。
執筆者…is-lies

  シェリア・ラジュール
  パルテノン広場

 

「フレーグちゃん…ウチの代わりに捕まってしもうた…
 ……これはアカン…アカンで」

パルテノン前駐車場で警察に保護されたシェリアだったが、
其の心は晴れる事無いどころか、狼藉者に拘束されていた時よりも暗く曇っている。
彼女にとってフレーグは目指すべき明白な道標であった。
憧れの心は実物の彼女に会って更に膨れ上がり…
そんな矢先、其の彼女が自分を助ける為に狼藉者の捕囚となってしまったのだから、
如何に天然入ったシェリアであったとしても気にしない訳が無い。

「よう嬢ちゃん、怪我はなかったか?」

後ろから掛けられた声に、ふと振り向くと、
先程、シェリアを助けたコンビであるところのアンディ&リッキーが立っていた。

「あ、ど…どうも…」

「やっぱオッサンの方じゃなくってフレーグって娘の方の身代わり買って出たんっスね。
 でもまぁ…あんだけ派手に暴れたんなら警察も大きく動くっス。直ぐに助け出してくれるっスよ」
慰めるリッキー。髑髏の刺青などした図体に似合わぬ気配りである。
一方のアンディは炎上したパルテノンを見やり、
既に現場を去ってしまったらしい賊に対し憤り地団太を踏んでいた。

「全く…何だったんだ一体よぉ?
 折角のライヴが台無しじゃねーかよFuck!!」
アンディの一言を聞いてリッキーが顔を青褪めさせる。

「あ……ああああああ!!アニキどうするんっスか!?
 飛び入りで印象付けても、こんな事件があったんじゃ皆、そっちに注目しちゃうっスよ!?」

「?」

「だーかーらー!これからの生活っスよ!
 流しで何とか食い繋いでいたっスけど肝心なのはパルテノンで一発大成功!…ってアニキの発案っスよ!?」

一拍子置いてリッキーが言わんとするところを理解するアンディ
「……おお!」

「おお!…じゃないっス!
 だからもっと堅実にって言ったんっスよ!もうお金無いっスよ!?」

詰まり、彼等は文無しの綱渡り生活者。札付きのゴロツキである。
パルテノンの飛び入り参加で名を売り人生大逆転を目論んでいた…というところだろう。
其れがこの大惨事によって全てオジャン。
とはいえ同情出来るようなものではない。甘い見通しの代償が高くつく事は自明の理。

「…どうすんべ?」

「こっちが聞きたいっス!」

「だーーー!!んだったら此処でもう一曲キメるぞぉおお!!」

「ちょ…不謹慎なぁああ!」

燃え上がるパルテノンをバックに演奏ともなれば確かにインパクトはある。
あるにはあるが流石に其れを許すほど、リッキーはプッツンしていなかった。
喚き立てようとするアンディの口を塞ごうと四苦八苦する其の様子を背に、
何やら考え込んでいるシェリアがふと閃いたようにポンと手を叩く。

「…あう、生活で思い出したわ。
 イルヴさんトコに厄介出来るのってオーディションまでの約束やった…
 どうすればええんやぁー?」

アンディとリッキーの騒動に加えシェリアもオタオタし始め、場を混沌とさせる。
丁度、ケルビムの4人が其のカオスな状況を見付け、収拾に現れるのであった。
「ちょっとちょっと!煩いわよ其処ッ!!」

「ケッ、うるせぇよ!こちとら明日からの生活を考えると眩暈がしてくんだよ」

噛み付くアンディに、ケルビム3人娘が噛み付き返さない道理は無い。
「ふん!あんなロックじゃアポカトロス様の足元にも及ばないだろうしね」

「何ィイイ!!?こんのミーハーがぁ!
 テメェ等ROCKしてねぇ!」

あっという間にゴタゴタに加わってしまう3人の姉を他所に、
ケルビムのアレクセイはシェリアを見詰め急に声を上げる。
「…あーー!やっぱアん時の姉ちゃんじゃんか!」

「……そういえば…イオルコステロ事件の…
 って、こんなトコに来てたって事はまさか、歌う積もりだったんじゃないでしょうね!?」

「フレーグちゃんを見に来ただけや。其れもこんな事になってどうしたらええんやろ?」

「あ゛?何の話だよ?」

3人娘から一方的に会話を切られたアンディが再度、話に首を突っ込んだ其の時、
アレクセイの肩をぐいっと掴んで現るフレディック。
「何なんだ一体騒動しい。そいつらがどうかしたのか?」

この現場の指揮権を持っているだけあって畏まったように状況を説明し始めるケルビム。
無論、話の途中でアンディが口を挟み、其の度にケルビムと小さな衝突を起こすものの、
フレディックは舌鋒が向けられても飄々と受け流し、アンディ達の境遇…ついでにシェリアの其れも把握する。
出来た人間だなとアレクセイは思った。

「ふぅん……そいつが例のパルテノンテロ事件の……
 ……ならお前等、SeventhTrumpetにでも厄介になってろ」

SeventhTrumpetはアークエンジェルズといった正義の能力者チームを抱えている新興宗教だ。
弱者の救済を掲げているだけあって大衆からの評判は上々であり、
地球で起こった未曾有の危機『破滅現象』から逃げるべく火星へと雪崩込んできた地球難民の受け入れも行っている。
慈善事業なのでアンディ達でも受け入れてくれるに違いない。

「おーし!そいつだ!其処へ行って捲土重来、返り咲いてやるぜ!!」
「何とか光明が見えて来たっスね」
「うーん…どっちにせよイルヴさんに連絡入れなアカンわなぁ…」

アナスタシア達はぶつぶつと難色を示すが、フレディックには頭が上がらず、
結局、3人を引き連れSeventhTrumpet本部へと戻るのだった。
ケルビムとシェリア達が立ち去った後、フレディックは指揮車へと戻り無線に手を伸ばす。

「…大食より嫉妬へ。BNウェイレア0756シェリア・ラジュールを確認。
 SeventhTrumpetの影響下に送っといたぜ」
執筆者…is-lies

  サリパパ
  パルテノン西側道路

 

逸早くパルテノンから離脱するリムジンの後部座席に乗っているのは5人。
サリパパとトールマン元大統領…護衛が2人。そして黒衣の少女『闇』であった。
火達磨になったパルテノンはビルの隙間に消え失せたものの、
濛々と立ち込める黒煙と紅に染まった空は今暫らく付き纏いそうだ。

「混乱の最中、良く助けに来てくれたトールマン統括主任」

「いえ、本来ならばとうに追放されていたこの身を救って頂いた恩義があります故」
姿勢を正し、サリパパに頭垂れるトールマン。

「はっはっは、そう畏まるな。
 ジュブナイルAを最も良く知るお前を切り捨てるほど愚かではない。
 フォボスとダイモスの件でも期待しているぞ」

「くすくす。随分と忠実な部下だね」
ワイングラスを片手に妖しく『闇』は微笑む。
といってもグラスの中に注がれているのはワインではなく葡萄ジュースだが。

「…アウストリ卿は死んだ…
 カードを公開してから…な。面白い展開じゃないか。
 そうとくれば馬鹿を嗾けて期を待つまでだ」

「随分と大胆なこと。
 …酷い人だね『理法を踏み躙る足』さん。第五次世界大戦を起こす積もり?」
真意を量るよう『闇』はサリパパの顔を覗き込む。
其の白い瞳に映るサリパパの表情は剛毅にして不敵。

「まさか、其の程度では精々、小国同士が戯れて御仕舞いだ。
 其れに私が起こそうとしているのは世界大戦なんぞではない」

「ちょっとは怖いとかそう思ったりはしない?」

「ふっ、恐れる事など何もない。
 この私には………『欺きの路』を備えた『ハーグウェイズエトガー』があるのだからな…」
執筆者…is-lies
 
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