リレー小説4
<Rel4.パルテノン1>

 

  シェリア・ラジュール

 

「はぁ…結局まだ帰って来れないって事やね」
《おお、イルヴさんにも何か考えがあるんだろうとは思うが…
 ま、そんな訳だから店番はもうちっと頼むわ。
 …っと、イルヴさん呼んでるから切るぞ》

「…あ、アオさーん?アオさーん?
 ……切れてしもた……うち、今アテネなんやけどなぁ…」

少女…シェリア・ラジュールは一方的に切られた携帯電話に溜息を吐き、
人込みに溢れ返るアテネドーム・パルテノン前広場の喧騒を小高い坂の上から眺めると、
片手に持ったリュックサックを慌てて背負い直し坂を駆け下りた。

アテネ中心部の大事故発生からそう月日が流れた訳でもないというのに、
今現在、彼女の居るアテネ東部はそんな事も忘れたかの如く陽気な雰囲気に包まれている。
いや…これを陽気と言うべきか、妖気と言う方がしっくり来るのかも知れない。
邪な熱気に支配されたパルテノンで今日、催されているのはチャリティライヴだった。

「(それにしても驚いたわなぁ…
  オーディションが中止やなんて…)」

シェリアがアイドルを目指し選んだオーディション先がアプリットプロダクション。
だが不幸にもリゼルハンク崩壊事件にたまたま審査員らが巻き込まれ、
予定にあったオーディションを急遽中止としてしまったのだ。
中止の報を聞き、しょんぼりと肩を落として帰路に着くシェリアだったが、
今日がパルテノンチャリティライヴの日であるという事を思い出し、
折角アテネくんだりまで来たのだからと、
気持ちを観光気分に切り替えパルテノンにまで足を運んだのであった。

「(うちがアイドルになったら此処で歌ったりするんやなぁ…
  今の内に先輩の歌とか立ち振る舞いとかしっかり見とかんとあかんわ)
執筆者…is-lies

  ????

 

「お久しぶりですな、司教殿」

パルテノン最前列の特等席で
妙に尖がったカツラや付け髭をした怪しい男が、
隣に腰掛けたプロフェートのアウストリ司教に声を掛けた。

「此方こそご無沙汰しております。閣下」

「おっと…ご勘弁を。これは御忍びですぞ?
 誰が聞き耳立てているのか解ったものではありません。
 …そうですね…この場では『サリパパ』とでも呼んで下さい。

付け髭を弄る中年男に、アウストリ司教は畏まって頭を下げる。

「そうそう司教殿……SFESは…本当に潰れたのですかな?」

「…はい。本社の全滅直後、
 残った下部組織も基盤を失い、独立、分裂、統合、瓦解…
 そもそもキナ臭い組織でした…いつかはこうなるかと……
 兎も角、最早SFESとしては機能しておりません。
 斯く言う私も…独立側ですが」

「新法王…いや法王代理がSFESとの繋がりを持たない以上、
 其の様に大人しくしているべきでしょうな」

法王ラ・ルー・ヌース…本名チャペロ・グリマークは、
奴隷の売買を通じて組織SFESとは蜜月にあったが、
法王代理となったサミュエル枢機卿はSFESの存在自体を知らない。
勘付かれない内にSFESとは縁を切った方が後顧の憂いもないと考え、
アウストリ司教は既にSFESに繋がるあらゆる物証を処分していた。

「ええ…ですがサリパパ殿。
 火星軍の連中は何故ああもしつこく跡地の調査やっていたのでしょうか?
 彼等とてSFESとは関係浅からぬ筈…」

「…火星に目敏いのがね。
 ニヴルヘルを発掘したと聞くが、あれは唯の遺跡…
 結局、何の物証も出せなかったそうです」

「しかし…遺跡となると……」

「ああ、勘の良い奴なら……気付くかも知れませんな。
 念の為…SeventhTrumpetの方で、
 カナンにある『デリングの扉』を封鎖しておいて下さい」

「畏まりました。
 でですな、サリパパ殿。
 我等SeventhTrumpetは近年、反火星政府感情が高まっており…」

「旧市街再開発と同時に能力者法が改正されたそうですな。
 其れは不満も出ようというものですが…其れで?」

と言いつつも、もう付け髭男にはアウストリ司教の話が読めており、
既にYESの返答を口の中に用意していた。

「(今や法王の権力をも得たSeventhTrumpetか…
  だが我等に縋り付く事態でもあるまい…何か裏があるな…
  ……フッ…精々、利用させて貰うとするよ。
  同じように君等も私を利用するが良い)」

「…是非とも…SeventhTrumpetを支持して頂きたいのです。
 アメリカ合衆国に」 
執筆者…is-lies

  カイト・シルヴィス

 

最前列、特等席でこのようなSFES云々、支持云々という会話が交わされていたのと同時刻、
ちょうどアテネの駅前にチャリティライブとは至って縁のなさそうな男がそのチラシを片手に
これまた普通なら縁のなさそうな少年を連れてパルテノン広場へ向かって歩いていた。
「ね、『仙人』さま早く行こうよ!広場いっぱいになっちゃうよ!」
チラシが握られていない男の左手をぐいぐいと引っ張りながら少年――――暁は声をあげる。
「わかった、わかったっつーの。んな引っぱんなって」
ぶっきらぼうに男――――『仙人』は返した。
暁の身長にあわせてかがんでいる為か、その際紫がかった髪をうざったそうにかきあげた。
(あーあー、なんで可愛くもないアイドルを見るためにアテネくんだりまで・・・。
  人ごみ好きじゃねぇっつの。まあ人を隠すのは人の中って言うけど・・・)」
表には出していないが彼は正直このライブを見に来るのはイヤだった。
彼自身にそういう趣味がないというのもあるが
迂闊に外に出て自分のことをやけに熱心になって探っている連中と出くわしたくなかったのだ。
しかし・・・。
「ねー、ほら始まっちゃうよ!『仙人』さまー!」
彼の前方へ駆け出した暁がじれったそうに声を張り上げる。その声に彼は再び前に視線を戻した。
「わかってるっつーの。あと暁・・・」
彼はいいながら暁にかけよると、その場にしゃがんで耳打ちする。
「『仙人』って呼ぶなって言っただろうが」
「・・・えへ、ごめんなさい」
悪びれもせず暁はぺろりと舌を出した。
『仙人』はそれを見て軽く暁の頭をぐりぐりする。
「イタイイタイ、ごめんなさぁーいお兄ちゃん!」
「それでよろしい」
彼は暁を解放すると、立ち上がってそのまま暁の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
ここで彼は周りの突き刺さるような視線に気付くが、
それが悪い人――――主に幼児虐待の親とか――――を見るような視線であることに気付く由はない。
このような場の雰囲気とアンバランスなライブ鑑賞者が発生した経緯はわりと単純である。
時間と場所はやや遡るが――――。 
執筆者…ぽぴゅら〜様

  骨の男

 

「はぁー……」
 ライヴ会場へ続く広い廊下、その途中にある喫煙席に一人の男が座っていた。
 ここに座っていても会場の熱気が伝わってくる。
まだライヴは始まってもいないというのにこの熱気。男はその熱気を煙草の煙でごまかしていた。
(姿変えるためとはいえ……まさかどっかの宗教のお偉いさんが来てるとはな。バレてねーよな……)
 彼の胸にはこの会場のスタッフである証明のネームプレートがある。
 そこに書かれている名は「ヒガイ セガワ」。
 ……ヒガイという名前なのだろうか。えらく変わった名だ。
(ま、リゼルハンクも潰れたし……いきなりSFESの奴らが来ることもねーだろ。
  来たって逃げ切れる自信はあるしな)
 そろそろはじまる時間だ。煙草を灰皿に押し付け、男は立ち上がった。
 と、立ち上がったところで誰かとぶつかってしまった。
「あ、すいません」
 男はぶつかってしまった少女に謝る。自分で言った謝罪に自分で違和感を感じながら、だが。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
 少女はそう言い、何事も無かったような顔で歌手控え室へと向かって行った。
 ……ピンク色のケバケバしい取り巻きたちを連れて。
(うぉっ!?)
 男は思わず声に出してしまうところだった。何十人といる取り巻きが全員男に目だけ向けているのだ。しかも全員の視線に怨念がこもっている。
「(怖っ! 久々に怖っ!)
 男は現実の格闘、殺し合いは何度も経験し、さらにセイフォートという超常の力を得ていたにも関わらず、
 そのときの「フレーグたんファンクラブ」に気圧されていた。
「……なんだったんだよ」
 取り巻き全員が見えなくなった後も、男は動けないままでいた。これが人気アイドル追っかけの恐怖。

 

 男は「骨の男」と名乗り、呼ばれていた。
 他者の肉を喰らい、その力を自分のものとする異能力者の中の異能力者。
 本来は能力を持たない普通の人間(それでも人間の中でも強い部類に入っていた)だったが、
 セイフォートという力を得てからは所属していた組織を抜け出し、以後逃亡生活を続けている。
 そして今、なぜか骨の男はチャリティライヴのスタッフをしていた。
 それまで生やしていた無精髭をすべて剃り落とし、髪も短く切り揃えた。
 口調も少し変えて、よほど見知った人でもなければ本人とわからなくしたのだ。
 まぁ、そんなに人相を変えたいなら整形でもすればいいだろうが、あいにくそんな金は無い。
 遠くでは観客の歓声と共に、悪魔みたいな芸名の司会者がライヴの始まりを告げている。
 骨の男はゆっくりと息を吐き、長い廊下を歩き始めた。煙草の臭いは消えなかった。
執筆者…夜空屋様

  

 

《全ての女をXXXせよ!雌豚共を売り飛ばせ!
 犯し放題俺は魔王!
 女は全て俺の奴隷!やりたい時に俺はやる!
 そう犯し放題俺は魔王!
 人は皆、肉の塊!妬んで憎んで殺し合え!
 悲鳴の雨を降らすのだ!
 ジジイババアは抹殺し、ガキ共奴隷にせよ!
 おぞましい世界が此処に!
 魔王!魔王!魔王!魔王!魔王!魔王!魔王!魔王!!
 魔王!俺は全てを支配する!
 魔王!売られた喧嘩は全て買う!
 魔王!触れる者皆八つ裂きじゃ!
 これが魔王の生き様じゃ!
 タンバリンなどXXXしてくれるわぁ!
 XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!
 XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!XXXX!
 XXXX!!!!》

けばけばしいライトの点滅を受け
伸ばした髪をトランス状態で振り乱しつつ
暴力的な音楽を織り成していた『アポカトロス』の演奏が終了した。
同時に大歓声。
ドーム内を支配する黄色い声は、
来場したアポカトロスファンの多さを物語っていた。
流石に主演の一角だけはあるといったところだろう。
だが…

「ふん、下らん。子供騙しだな」
「全くですなサリパパ殿」

其の熱はアウストリ司教、謎のサリパパ…

「あー詰まんねー」
「うーん、耳が痛いや…」

及び謎の仙人とお子様まで届く事はなかった。

《はい、素晴らしい演奏でした。
 先の『スパイク』に勝るとも劣らぬ熱さです!
 放送禁止用語の雨霰はちょっとお子様には刺激が強過ぎたかもですね。
 続いては……》

「「ちょーっと待ったぁああ!」」

突如ステージへと乱入し司会者バフォメット良子を押しのけマイクを占領する2人組。
だが警備も観客も動じたそぶりは無く寧ろ「演れ演れ」と声援を送るのだった。
既に恒例化したアテネドーム飛び入り参加である。

乱入者達は客も警備も何一つ咎めようとしない其の様を見、
顔を見合わせ「やっぱり火星は自由の星だ」とか何か言いながら笑うと
前置き一切無しで演奏を開始した。

《子供等の大きさの巨大な塊が空気の床で眠る。
 限界の縄を解き、さあ我等と共に彼の地へと誘おう。
 絶えず打たれ続けし人生を呪縛する双子星。理想郷の破壊者。
 さあ、主に平和を
 …AD ASTRA!!》

静謐な出だしから曲調は一転する。
アポカトロスとまではいかないまでも相当に熱を感じさせるものだ。

「へぇええ…何や、さっきまでのうるさいだけのと違って、
 うちはこっちのが好きやなぁ…要チェック要チェック……」

後ろの方の席で感心したように耳を澄ますシェリア。
観衆達は予想以上の高レベルグループの登場に熱狂するも…

《……南へ、南へ消える…
 AD ASTRA……》

演奏終了後、周囲の熱に浮かされる事無く、
醒めた目付きでステージを眺める視線が4つ。

「…時間長引かせおってからに」
「ですな。どうせ飛び入りするなら少女の方が萌えると言うのに…」

「ああぁあ…暇だ暇」
「フレーグちゃんまだかなぁ…」

まあ、この人達は言ってしまえば特殊な性癖を持ってたり、
そもそも興味なかったり、土台目的のプレイヤーが違っていたりする訳だが。

《俺はアンディ!こいつはリッキー!
 2人っきゃいねぇしロックグループ名も未定だが、
 この火星で絶対成功収めてやるぜ!応援宜しくよ!》

バフォメット良子へマイクを返却し、ステージから飛び降りる2人組。
彼等が観客の拍手に応えて鷹揚に腕を振ってみせる中、バフォメット良子が司会を再開する。

《はい飛び入り有難う御座いました。
 いやー、凄いプレイヤーが来てくれましたね、良子まだドッキドキです。
 此処に来ている業界の皆さんのお眼鏡に適えばお二人の夢の大きな第一歩となるでしょう。
 さて、続いてのグループは『マウス』です!》

一斉に歓声が起こる。だが先程までの歓声とはやや異なり、
熱狂的というよりも寧ろ気狂いの域に達しているかのような異常な興奮具合だった。
スポットライトの洗礼を受け『マウス』がステージへ現れる。

中央に立つ其の小柄な少女こそ、
シェリアも憧れるアイドル・フレーグであった。
其の左右には、彼女の髪の色を模したのか…
ピンク色の服を着た親衛隊もどきが大仰な整列を成し、
フレーグをステージの前まで導く通り道を作り上げていた。
彼女が進むと親衛隊もどきから楽器を手にしたグループメンバーが合流していく様は、
人数が人数だけに中々の演出効果がある様で、観客の期待はいやがおうにも高まる。

『轢殺ドライビング』よろしくお願い致します》

先の飛び入りの為の調整であろうか、前置き抜きで少女フレーグは演奏の始まりを告げる。
暫しの軽快な前奏を経、天衣無縫の純粋さを秘めた声による歌が会場を満たした。

《貴方と初めて行ったドライビング。
 バンクへGO、ピストルでBANG、夢を袋へ詰め込んで其れ未来へ駆け出そう。
 道行く皆をミンチに変えて明日への道を直走る、初めてのドライビング。
 振り向けば沢山の仔犬ちゃん。ワンワンワンワン追ってきた。
 光放つ私のショットガン、どんどん遠くなる仔犬ちゃん。其れでもまだまだ道は続く。
 光放つ私のショットガン、後ろの車でビリヤード。仔犬ちゃんはもう来ない。
 念の為にピストルBANG、止まった車からオジサン引き摺り下ろして乗り換えよう。
 オジサンへお礼に愛車のディープキスをプレゼント》

演奏そのものは馬鹿陽気、歌詞はヘンテコ。
にも関わらず暁やシェリアは其の予想以上の『声』に思わず息を呑む。
素人がどんなに練習を重ねてもこの『声』は真似出来ないと思わせるほど、
声そのものがまるで神性を帯びているかのような圧倒的存在感を放っており、
演奏も歌詞も一気に呑み込んでしまっているのである。
本来ならばこれは失敗だろう。歌詞や演奏を生かしてこそ其の歌は人の心に残るものなのだから。
だがフレーグの其れは変な歌詞や演奏を覆い隠し、
自分1人の声のみで全てを引っ張ろうという尋常ではない力が籠められていた。
この声が既に才能の域にあるという事を、一度耳にしただけで理解させられたのだった…
これこそが『天才』と呼ばれる者なのだと。
執筆者…is-lies

  ケルビム

 

「うぉおおおおお!フレーグたーーーーんっwww」
「フレーグたん愛してるーーーー!!!」
爆音のような声援に耳を押さえながらも4人の姉弟は、
一応、任務を忘れてはいないようで、眼下のホールに向けて眼を光らせていた。
SeventhTrumpetアークエンジェルズ見習いである4人の少年少女…ケルビムである。
「ふぅーん、確かに印象に残る声ね」
「騒がれてるのも伊達じゃないって事…かぁ」
ケルビムの4人はホール天井付近にある彫像に腰を掛け、
遊び9割任務1割というしょーもない心持ちでホール警備を務めている訳なのだが、
そんな彼女達を責めるというのも少々酷なのかも知れない。
何しろ年頃の少年少女達だ。
人気アイドル達の生演奏を目の前にして気を緩めるなというのは難しいし、
そもそも、確かに人が集まり警備も必要とはいえ大した事件などそう起こるものではない。
だからといって不真面目だという点には何の変わりも無い訳だが。
そんなダラけ切った彼女らの態度に一石を投じたのは本部からの指令であった。
4人を代表してアナスタシアが通信機を取る。
「もしもし……ああ、フェイタル・ファーラーさん。一体どうし………
 …………ええ!?ちょ……そんなの聞いてな………
 た、確かに先走ったのはそうですけれど………
 …うぅ…解りました。突入の時間は?……はい、はい。了解」
通信を終えたアナスタシアの表情は先程と打って変わり、任務10割の其れに変貌を遂げていた。
眼は鋭さを増し、口元は真面目に引き締められ、純白の翼を広げて他3人に注目を呼び掛ける。
ホールの照明を背に受けた其の姿は正に戦乙女ワルキューレと呼ぶに相応しい。
「どうしたの、アナ」
「…警察の作戦が始まるわ。
 前に署から脱走した奴…あぁ、イオルコスで私達が捕まえた奴ね…
 そいつが偽名を使って此処で働いてるらしいの。
 これの捕縛に協力するのが任務。
 アークエンジェルズも動員されて外で待機中。
 要するに内と外からの挟み撃ち」
執筆者…is-lies

  警察

 

 ライブ会場の外では、警察が続々と到着しつつある。
 と、言っても服装は決して制服を着ている訳ではなく、寧ろ制服姿の者は極一部であり、
 大半の警官達は私服や或いはスーツと言った一般人と同様の服装をしていた。
 理由は簡単である。
 潜伏中のターゲットに対しての擬態である。
 警備や見回りに見せかけた警官数人の姿をターゲットに視認させることにより相手に此方の数を悟らせぬようにする。
 警官の数だけでも一〇以上は居り、その其々が拳銃を隠し持っている。
 警察の中では其れなりに体術に優れた人間を選抜したはずである。更に警察側の人間は其れだけではない。
 しかしこの屈強なる警官たちの仕事はアークエンジェルズの援護に過ぎない。
「総員に告ぐ。相手は並の相手ではない。
 常に二人一組で行動し、奴を検挙する際は用心棒の先生方の力をお借りする事、単独行動は死に繋がる。
 更に、生きて帰還する為にも細心の注意を払って行動せよ」
 小型の通信機を利用して、警官の指揮を執っているらしい男が言った。
 随分、高級そうなスーツ姿の如何にもキャリア組と言った風貌の男である。
 黒ブチ眼鏡や七三別けの髪型、一七〇センチに満たない身長からは屈強さは無い。
 しかし、何処か俊敏そうな男である。戦場で生き残る人間というのは案外こう言った人間なのかもしれない。
 エリート特有のプライドの高そうな面構えをしてた。
「へぇ、ウチの御坊ちゃまは如何も俺達を信用してないみたいだぜ」
 警察官らしい黒人の男が同僚の白人の男に言った。
 二人ともラフな服装で、ジーンズに筋肉で胸周りがパンパンに膨らんだティーシャツを着ている。
 白人の男のが黒人の男よりも一〇センチ近く背が高かったが、体重には大差ないようである。
 黒人の男は其れだけの筋量を有している。
 二人とも体重は一〇〇キロを裕に超えている。プロレスラー並の体格である。
「まぁ、そう言うな。能力者とやらを連れて来なけりゃならないって事なんだろ?
 舐めて掛かって死人が出たら洒落にならない」
「ケッ、死んじまう奴は死ねば良いんじゃねぇのか?」
 どうも、黒人の男は悪ガキが何を誤ったか警官になってしまったと言うような様子である。
「オイオイ相棒。そんな発言は宜しくないぜ」
「だがな相棒。大体、こんな筋肉達磨みてぇな一般人がそう何人も居やがるかよ」
「確かにそいつは○ァックな作戦だな。指揮官さんは意外にお馬鹿さんなのかも知れないな」
 白人の男もまた、会話を聞く限りでは大人になった悪ガキに変わりなかった。
「オイ、見ろよ。アイツ」
 二人が会場内の人気の少ない廊下を歩いている時、向こう側から歩いてくる人影を目視した。
 髪の短い幾分か普通でない様子の男である。
 最初に気が付いたのは白人の男である。最初に指先が震え、次にその姿を確認した際に見た目で気が付いた。
 目の前に現れた渡された写真にそっくりの男であった。
 最初に起こった指の震えは、歴戦を潜り抜けてきた男だからこそ知りえた、直感によって測った実力の差である。
 もし、此処で戦ったら殺されるかもしれない。
「どうやら、奴が俺たちのターゲットらしいな相棒」
 黒人の男が笑った。
 笑いながら、此方へ歩いてくる男の目の前に、懐から取り出した銃の銃口を突きつけた。
「痛い目にあいたくなければ署まで御同行願おうか?」
 不敵な面をして黒人の男が言った。
 どうやら、その相棒に比べると随分と鈍感らしく、相棒のように直感によるその男との実力差を感じ取れなかった。
「――お前、非能力者か?」
 骨の男。セイフォート能力者であるその男が訊いた。
「おいおい、銃口突きつけられた状態で質問する何ざ、良い度胸してるじゃネェか兄ちゃん。其れとも自殺志願者か?」
「――ならば、喰う価値も無い」
 突然、骨の男の右腕が白人の男の視界から消えれば陽気に笑う黒人の男の口から上の部分が切断されて宙を舞う。
 ―― 一体、何が起こったのか?
 白人の男には其れが分からなかった。
 手刀?
 空手だったら黒人の男だってブラックベルトを有しているし、大会では結果を残してきた筈である。
 不可解な事が目の前で起きていた。
 しかし、同僚の男が殺されたと言う事と、次は自分の番であると言う事だけはこの白人の警察官にも瞬時に理解出来た。
「フリーズ!」
 怒鳴りながら白人の男が必死の形相で骨の男の方へ右手首から先を失った右腕を突き出した。
 右手首は丁度、拳銃を握ったままで先程の同僚の首の様に宙を舞っている。
 白人の男は右手を切断されたらしかった。
「指揮官……この男、ヤバ……過ぎ……る」
 其れが最後の言葉となった。
 最後の力を振り絞って本部へと連絡を入れる。
 そして、次の瞬間、白人の男は心臓を刳り貫かれて前のめりに倒れていた。
「――雑魚を殺す程度なら使えるな、この能力」
 其れは、骨の男が逃亡中に三流以下の能力者から奪った能力であったが、
 その威力は恐らく、既に使っていた本人の其れを遥かに上回る切れ味となっていた。 
執筆者…タク様

  骨の男

 

「ったく、もうバレるとはな。変装した意味ねーじゃねぇか」
 骨の男は、今人間を二人殺したとは思えないような口調で言う。
それは慣れたというよりも、興味関心が湧かないといったほうが正しいだろう。
「さてと、こんな死体くらい普通に発見されるだろーし……ってかもう発見されてる?
 にしてもこいつら間抜けだなー。こんなコンサート会場にスーツで来る奴が……いや、いたか。そのくらい。
 ま、格闘家としての微妙な足使いとか、拳銃使いの腕を僅かに浮かせた動き方とか、見分けやすかったよ。
 ……訓練が足りなかったな、ご愁傷様。訓練してても勝てねぇだろうけど」
 遠くで聞こえる熱気に耳を傾けつつ、足元に響いてくる振動を確かめる。
数はおよそ十人程度、骨の男に向かって小走りで近づいてくる。
この廊下に監視カメラは無いし、
恐らくはつい先ほどに死体となったこの二人組みに発信機が仕掛けてあるのだろう。
「……さてと」
 足踏みの振動はいよいよ近くなっている。この場合の最善策は何か。
「逃げる、だな」
 だが、しかし。
執筆者…夜空屋様

  カイト・シルヴィス

 

 コンサート会場の熱気に包まれながら、その異変を感じ取れるものは少なかった。
しかし少ないとは少数、つまり『いる』ということである。
最初からこの作戦の関係者である警察とアークエンジェルズを除いて、
この異常に自らの感覚だけで気付けたのは、『仙人』もしくは『カイト』と呼ばれる、彼だけであった。
「……?」
「どうしたの、カイト兄ちゃん?」
「いや、なんか暇だなーと」
「えー楽しくないの?」
 本当は何かの集団が会場を取り囲んでいること、
さらに会場のどこかで人が二人死んでいることも感じ取れていたのだが、
子供にそんな血なまぐさいことを教えるわけにはいかない。
カイトは当たり前のように当たり前の、いつもの顔を崩さずにそう言った。
だから彼、カイト・シルヴィスはこの事件に関わることはない。
彼は一人の、コンサートを見に来た観客であり、子供たちの保護者だからだ。
この事件に関わるのは、警察と、アークエンジェルズと、元凶である骨の男だけなのだ。
観客も、歌手たちも、司会者も、決して巻き込まれてはいけなかった。
それでは何故、巻き込まれてはいけないものたちが巻き込まれてしまったのか。
それは、骨の男が作り上げた死体二つと元凶の骨の男を、
その『何も知らない、本来巻き込まれてはいけない人物』が見てしまったからだ。
執筆者…夜空屋様

  骨の男

 

「うひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! はぁひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
 それを見た彼には不幸なことだっただろう、最後に見たものが人間の死体だったなんて。
「静かに──しろっ!」──ぃぱっ!?
 骨の男の蹴りで全身の骨が砕け散り、
突き当りの壁にぶつかって死んだ彼がフレーグたんファンクラブの会員であり、
彼女の歌に感極まってトイレに駆け込んでいて、
直後に出された警察のさりげない封鎖に気付かなかったことを書くことは、
物語に名も出されず死んだ彼への手向けになるのだろうか。
とにかく名も出されなかった彼の死は、関係の無いものを巻き込むきっかけになってしまったのだろう。
いやそれとも、死体となった二人の先走りか。そんなことは、起こってしまってからでは遅いのだ。
執筆者…夜空屋様

「ねぇ、何いまの悲鳴っぽいの?」
「さ、さぁ……」
 会場はあまりにもタイミングが悪く、音楽が鳴り響きやかましい演奏中ではない休憩時間であった。 
執筆者…夜空屋様

  警察

 

 警察官達が動き出したのは、
作戦指揮官の方へ二人の警官の死が報告されてから間も無くの事であった。
「……チッ。死者は出したくなかったのだが……、
 あの低脳なサル共め、勝手に動きやがって」
 指揮官であるエリート警官、李一清は命を落した部下に対して悪態を付いた。
別に部下の死を惜しんでいる様子は無く、
死人が出たことによって自分の評価が下がる事を嫌がっている様子であった。
アテネにある名門大学を卒業した後、キャリア組として警察官となったエリートである。
つい一分前に死んだ二人の警官が十年以上掛けて昇進する所一年間で出世する事を約束されている。
そんな彼だからこそ、部下の失敗によって自分の顔に泥を塗られた事に対して腹が立って仕方が無かったのである。
「李警視。作戦の実行を急がせた方が宜しいかと」
 傍に居た部下の男が一清の態度に対して、見るに見かねて進言した。
一清よりも一回りは年を重ねただろう男であり、ベテラン警部の風格すら漂わせていた。
叩き上げと言った言葉のよく似合いそうな、無骨な男である。
蓄えた口髭、やや額が禿かけた髪を短く刈り込んでいる。
肩幅の広い恰幅の良い体付きを覆うようにラガーシャツの袖を捲くって着ており、
ジーンズを太い太腿でパンパンにして穿いていた。
「黙れクズ。貴様の様な低偏差値の滲み出た男に指図を受けるこの私ではない」
 一清が傍で立っているベテラン警部を下から見上げるようにして睨みつけた。
「良いか? 総員、よく聞いて欲しい。
 勝手な行動に出た我々の仲間が二人、ターゲットに殺された。
 現在、コンサートは休憩時間に入っており、
 もし、一般人によって二人の死体が発見されれば、混乱がおき、
 其れこそ潜伏中のターゲットが暴走する可能性を生み出す。
 多少強引では有るが作戦を開始せよ」
執筆者…タク様

  ケルビム

 

「――どうやら、作戦開始みたいね」
「予定よりは少し早いかな?」
「アレクセイ、足を引っ張らないでね」
 作戦開始の知らせは、丁度、休憩時間で楽屋に戻って待機していたケルビムの元にも届いていた。
 其れを受けて、手早く、戦闘の準備に取り掛かり、戦闘用のヘルメットや強化服へと着替えて行く。
「足を引っ張る? オイオイ、其れはオレの台詞だ」
 アレクセイが姉に対して反発する。どうも、三人の姉に比べれば子供っぽさが残っている。
「五月蝿い、アレクセイ。任務中」
 其のアレクセイを嗜めるナターシャ。態度や口調は大人っぽかったが、
弟をからかい半分で嗜める其の態度には未だ年相応の子供らしさも残っているらしかった。
「うっ……先に話しかけてきたの、そっちじゃん」
と、ナターシャに食って掛かるアレクセイ。
「アレクセイ、無駄話してる暇があったらとっとと仕度しな遊びじゃないんだよ」
 今度はアナスタシアがアレクセイを嗜める。
 此れにはアレクセイもたじろぐのかと思いきや更に声を大きくして、
 自分をからかう三人の姉に反発する負けず嫌いな弟が其処に居た。
《オイ、お前等、随分と楽しそうだが此れは遠足の類じゃ無いんだぜ》
 突如、通信機越しにケルビムの四人を嗜めたのは
アークエンジェルズの実動隊員「シェイクヘッド」デュオニス・デュミナイである。
デュオニスはこの作戦に参加する為に外で待機している警官たちに混じって居たのである。
既に特徴的な黄色がメインのタイトスーツと黄色のサークレットを身に付けて、いつでも戦える状態であった。
「あ、デュオニスさん。酷いんだぜコイツ等」
《アレクセイ、任務中だ》
 不服そうな面して自分の先輩に不満を漏らそうとするアレクセイ。
やはり、三人の姉と比べると格段に精神年齢が低いらしく、先輩にまで怒られては、拗ねてしまった。
「すいません、デュオニスさん」
《いや、分かれば良い。しかし、相手は一筋縄で事が運ぶほど楽な相手じゃない。
 既に、屈強な警官が二人ほど殺されているからな。気を付けて掛かれよ》
執筆者…タク様

  骨の男

 

「一人、二人、三人、四人……たった四人でこの俺を検挙する気かよ」
 通路の壁を背にした骨の男を取り囲んでいるのはは四人の私服姿の警官だった。
 其の四人の各々の手には拳銃が握られている。
「大人しくしろ! 動けば撃つぞ!」
「あ〜あ、お前等、相当運悪いわ。今のオレは滅茶苦茶強いぜ――残念だけど手加減ができねぇかもしれねぇな」
ニヤリと笑う骨の男。
「黙れ!」
警官の中の一人が言った。
警察の制服ではなく、警備員の制服を着ていることから警備員のフリをして逮捕の機会をうかがっていたらしい。
「黙れって……さっきから吼えてんのはどっちだよ?」
その警備員姿の警官の方へ歩み寄れば、すっと右手を伸ばして警官の頭を鷲掴みする。
恐ろしい程、速い動作であった。
「はい、お前の人生、終わったぜ」
次の瞬間、警官の頭蓋骨がひしゃげ、
中から血と脳漿と脳味噌が混ざったような物が噴出し、一人の人間が完全に壊されていた。
「ったく、雑魚ばっか殺した所で何の面白みもネェじゃネェか」
好戦的な男は残虐な笑みを残る三人の警察に向けていた。 
圧倒的な力の差に怯えた警官を刈り取るには1秒とて掛からない。警官達は瞬時に物言わぬ肉塊と成り果てる。
「クソ詰まらねぇクセに数だけはありやがる。
 ………目障りなもんだなオイ。
 この騒ぎじゃ…多分、穏便に逃げる…ってのも無理そうだしよ。
 やっぱマトモな職にゃつけねぇってっか」
骨の男は一度、SeventhTrumpetのアークエンジェルズに拘束され警察送りになった事がある。
しかも脱走して逃亡中の身である訳なのだから就職など出来たものではない。
状況を把握出来ているのかいないのか。
警察が迫ってきているというのが解ったとしても
異形の力を持つ骨の男は微塵の恐れも抱いてはいなかった。
いや、寧ろ其の顔に禍々しい笑みさえ宿らせ、軽快に携帯電話を操作し始める。
警察組織など敵ではないという傲慢にして超然とした思考…
人間を超えた力を持つが故、人間と同じ価値観を共有出来ていない。
すなわち…狂気。
「まあ良いぜ。穏便に逃げるのが無理なら大胆に逃げてやる。
 ……あーもしもし?俺だ。
 ちょいとお前に協力して欲しい事があってよぉ」
執筆者…タク様&is-lies

  シェリア・ラジュール

 

「ああー、もう…やっぱり間近で見るフレーグちゃんは一味も二味も違うわなぁ…」
シェリア・ラジュールは、つい先程終わったフレーグの歌を頭の中で反芻させ
実に夢見心地で幸せそうな…ふやけきった表情をしていた。

「うちもいつかフレーグちゃんと肩を並べるアイドルになってみせるでー」
えいやと気合いを入れるように握り拳をしてみせる。
パルテノンに寄ったのは間違いではなかったとこの時シェリアは確信した。
だが実際のところ、事態は最悪な方向へと転がり込んでしまっていたのだった。

突如、ステージに出てきたのは…演奏が終わって引っ込んだばかりのフレーグ親衛隊。
また演奏が始まるのかと一瞬思う観客達だが、すぐに其の考えは消し飛ぶ。
親衛隊達の表情が…異様な緊張に満ちている。
そして何より、彼らは後ろ歩きとなってステージへ現れたのだ。
まるで…何かを取り囲みつつ一定の距離を取っているかのように…
…いや、かのように…ではなかった。そのものなのだ。
続いてステージへ現れたのは…アイドルのフレーグ・アイディトネッラ・ティアシウス…
…そして彼女の細首を掴んだ「骨の男」であった。

「な……!?ふ…フレーグちゃん!?」

「?ど…どういう事、仙人様!?」
「なーんか妙な事になってんな…」

「や…奴は……まさかS-Bone…生きていたのか!?」
「…バカな!SFESの崩壊から逃れて……」

観客達のどよめきを無視し、骨の男はマイクを取る。
《あー…あーーー…テステステス。
 早速で難だけど…お前ら全員人質な。
 暫くの間、俺の指示に従ってもらうぜ。くっくっく。
 警察の奴等もいるんだろ?ウザいから手出ししてくんなよ?》
執筆者…is-lies
 
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