リレー小説4
<Rel4.敷往路メイ5>

 

  アテネ、火星帝国立ロボット技術研究所

 

「ふぅむ……興味深いね。
 君の家に伝わる詩が超古代火星文明期の其れと、ほぼ一致しているとは…」

アテネにある火星帝国最大のロボット技術研究所の中に集められた一同は、
メイの話した『鷲の祝詞』に対し、非常に高い関心を抱いたようであった。
何故、ロボット技術研究所で超古代火星文明の話などするのかと思ったメイだったが、
どうやら火星のロボットとはメイの考えているようなモノ(大名古屋国製のフルオーターなど)ではなく、
超古代火星文明の遺跡から発掘されるオーバーテクノロジーの産物『守護者』のようなものを指すらしい。
火星の遺跡には古代の凄まじい英知が秘められており、
其処から発掘される超古代火星文明の遺物を蘇らせるのも科学の発展に繋がると、
半ば考古学を取り込んだ形でロボット技術研究所が成り立っているのであった。

「やはり…そうなのですか。
 何故、こんな事が?」

「アルベルト、何とか思い出せないか?」

火星帝国ロボット技研の所長であるイワガ・ウェッブ博士が、
両目に装備したカラフルな多機能スコープで隣に立つ男を見やりながら言う。
聞けば、火星帝国立ロボット技術研究所が『鷲の祝詞』に注目したのは極最近…
このアルベルトと呼ばれた黒スーツの男が、
まだ石版の破損で全文を解読出来ていなかった『鷲の祝詞』の一部を聞いただけで、
スラスラと全文を思い出して破損箇所を埋めてしまったのがきっかけなのだ。
アルベルト自身にも其れが何なのか…どうして自分が其れを知っているのかも解らない始末…
其処へ、敷往路家の『鷲の祝詞』の話を聞きつけたという流れであった。
アルベルト・ジーンは暫く無言で、
シュリスによってモニターに表示された超古代火星文明の石版に記された詩を見やる。
メイは、このアルベルトという男を見たのは初めてだが、其の名前には覚えがあった。
101便事件に乱入して来て、ジャックされた航宙機ごとSFESを倒すとか言った男が、
確かSFESのゼペートレイネ「アルベルトちゃん」と呼ばれていたし、
共闘していたレシルという少女術士の発言からも、
セレクタという…恐らく反SFES組織に関わっていたものと記憶していた。

「(……まぁ、同名の別人なんでしょうけど…)」

だが其れにしては、このアルベルト…
研究員とは思えない身なりだし、
其の身体から感じる力は警備員とかですら有り得ない様な…
人外の力をメイ達に思わせていた。ハチやタクヤは尚更だ。

「…ねぇ、シュリスさんさぁ。
 このアルベルトってのは獣人なの?なーんか違う匂いがするんだよね」

「おいおい、D-キメラを獣人と一緒にするなよ。
 D-キメラっていうのはSFESの開発した新型のキメラ(合成獣)さ」

「…成程、道理で。
 でも見てくれは人間とそんな変わらねぇのな」

じろじろ自分を見詰めるタクヤを無視し、アルベルトは沈黙を破って溜息を吐く。
どうやら何も思い出せなかったようだ。

「………………
 いや…俺のメモリーにストックされている情報には、
 其の詩と合致するものは何一つ無い。
 ……寧ろ、これは……」

「ズバリ!『超獣の核』だろう!」

突如、室内に入ってきた桃色長髪の白衣眼鏡が何か叫ぶ。
そして其の隣の、獣人と思しき半袖半ズボンの猫耳少年も間延びした口調で問う。

「ふぁいなるあんさー?」

「ファイナルアンサー!!」

妙な2人の登場に目を白黒させるメイ達に、
親切にもシュリスがこほんと咳払いして解説を買って出てくれた。

「紹介しようか、D-キメラ研究員のハーティス・ポルフィレニス博士だ。
 で、隣のちっこい子が彼の自信作であるマジルナ君。
 SFESから出資を受けてD-キメラの研究をやっていたのを、
 リゼルハンク崩壊後に火星帝国のリゼルハンク跡地調査隊が保護した。
 今回はアルベルト…D-キメラの記憶に関わるという事で特別に呼ばせて貰った」

「よーろーしーくーねー☆」

無邪気に笑って愛想を振りまくマジルナ少年。
自信作…という事は詰まり、この愛らしい少年もD-キメラという事なのだろう。
だが其れ以上にメイには気になる事があった。

「超獣の核……
 あのアテネ旧市街地を滅ぼした超獣の事ですか?」

待ってましたと言わんばかりに、メイの顔面直前にまで顔を近付け叫ぶハーティス博士。

「そのとーりー!
 想像出来るかぁ?あの巨体に含まれる厖大なエネルギーが人間サイズに納まっているのだ!
 パンクしないだけの器も必要だし、巧くコントロールする機構も必要となる。
 俺様が一番手取りたかったが…SFESの高津博士が核を占有しちまってたからなぁ…俺様涙目ww
 だがしかぁーし!俺様の弛まぬ努力と愛の力によって僅かだが核の入手に成功し、
 俺様版D-キメラであるところの『DNGナンバー』を製作したのであーる!…御静聴感謝感激」

「そんな…SFESはそんな滅茶苦茶なものを開発していたんですか…」

D-キメラに関して、以前に戦ったチューンドキメラのような…
普通の合成獣並の力を想像していたメイも其の認識を改める。
火星が尋常ではないという話を良く聞いていたが、其は能力者や獣人が多いという以上に、
こういった超古代火星文明の遺産を利用…或いは解析して生み出された新技術の存在故のものだった。

「…でだ、
 其処の高津式D-キメラ…AK-78アルベルト・ジーンが今の詩を知らないとなると…
 考えられるのは『超獣としての記憶』なのではないかと…そう考える訳だ」

「詰まり、D-キメラというよりは超獣と関係がある…
 …と考えた方が良いのかな、この『鷲の祝詞』は」

火星帝国に行けば謎も解けると気楽に考えていたヴィンテルアルク達だが、
現実は更にややっこしく、火星帝国ですら其の全容を解明できていなかった。
よりにもよって嘗て火星の街を滅ぼした超古代火星文明期の怪物達が知っているかも…
…などという、妙な雲行きになってしまっていた。しかも其れすら確証がある訳ではない。

「限りある者よ我が身を呪え。限りある事が齎す終焉に涙せよ。
 限りなき者よ我が身を呪え。限りなき事が齎す永焉に涙せよ。
 我等が歩むは桎梏の世界。踏み締める大地は奈落へ転じ、手を伸ばす空は果てしなく遠い。
 神の遺シ羽根を辿りて牢獄たる世界より逃れ得る楽園の扉希わん。
 なれ、吾が御名の下、真実を指し示せ…
 ………とても陰鬱な内容ですね。
 まるで何もかもに悲嘆しているような……」

「案外、超古代火星人はそんな心境だったのかもね。
 …考えてもみなよ、超古代火星神話の内容をさ」

ふとシュリスが遠くを見詰めるような眼をして言いつつ、
端末を操作してモニターに翻訳した古代火星神話を表示させる。


《原初、世界は漆黒の闇の中にあった。 
 其の闇の世界には『7つ首の前支配者』という怪物が、 
 蟻達を支配して君臨していた。この怪物には、 
 『ゼムセイレス』『アウェルヌス』『アゼラル』 
 『カンルーク』『プロノズム』『モイシス・トコアル』 
 『ヘルル・アデゥス』の7つの首があり、 
 全てに打ち勝つ強大な力を持っていた。 
 闇の世界の上部から現れた『甘露を求める鷲』は、 
 光を放つ魂の剣で『七つ首の前支配者』を倒し、 
 これを深く、冥界へと閉じ込めた。
  次に『甘露を求める鷲』は白い秤、赤い土、紫の石を食べ、 
 8人の娘を出産したが、7番目の娘ルチナハトは闇の世界に酷く怯え 
 『甘露を求める鷲』にこう言った。 
 「私は光の世界を創ります。どうか手助けをして下さい」。 
 『甘露を求める鷲』はルチナハトの補佐として『動かざるトル・フュール』を任命した。 
 『動かざるトル・フュール』は、幽閉した『七つ首の前支配者』の魂の一部を切り取り、 
 これを蟻に入れて『黒き奴隷』を創造し、彼等に世界創造の手伝いをさせた。 
 見よ光輝く天と地を。見よたわわに実る果実の山を。 
 其れは全てルチナハトが望んだが為に誕生した。
  ルチナハトは光の世界に歓喜し、其の中で無邪気に戯れていた。 
 併し其れを見た黒き奴隷達はルチナハトに欲情し、彼女を陵辱した。 
 『動かざるトル・フュール』は黒き奴隷達のこの行いを良しとせず、 
 『七つ首の前支配者』を使い黒き奴隷達を捕まえ処刑しようとしたが、 
 黒き奴隷の1人であり、ルチナハトの陵辱に加わらなかったサタンは… 
 (以下、石版破損の為解らず)》

「…超古代火星文明期の火星にも封建制とか奴隷とかがあったらしいし、
 実際、火星には原始人染みた未開文明と、超高度な文明とが同時期に存在していた。
 こりゃ凄い格差だよ。しかも最後は文明だけを地下に残して古代火星人は消滅してしまった。
 内乱でもあったのか、何かの事故なのか……
 遺跡にある高度な文明を以ってしても古代火星人の心は決して豊かにはなってなかったと思うんだ」

「今の我々だってそうであろう。
 如何に文明が発達しようとも人の欲は底無しである。
 火星人も我々と変わりはしなかったという事であるな。
 うむ、親近感を感じてしまうのである。ダメであるなぁ…」

ヴィンテルアルクの其の科白に、メイは奇妙な胸騒ぎを覚えた。
超古代火星文明が地球文明の未来の姿であるならば、
即ち、超古代火星文明の末路とは地球文明の末路という事になる。
古代火星人も今の地球人も何ら変わらないとするならば、
即ち、これから人類が辿る路とは古代火星人が没した破滅への道に他ならないのか。
地球の破滅現象、火星で続発する異常事態…全てが何らかの警鐘…
…或いは、予兆なのではないのだろうか。
執筆者…is-lies

  アテネ、火星帝国立ロボット技術研究所、寄宿舎

 

メイ達はロボット技研に数日滞在するという話になった。
というのも、所長のイワガ・ウェッブ博士が、
メイの敷往路家は超古代火星文明の末裔ではないかという大胆過ぎる仮説を出し、
其の調査としてメイの身体やエーテル値などを詳しく調べてみたいというからだった。
勿論、メイとて年頃の女の子。渋るのも仕方の無い事だったが、
ヴィンテルアルクがいつの間にか日本神宮会本部へと連絡を取ってしまい、
其処から小泉首相へと話が行き…恐らくはディレイトにも行き……
ネオス日本共和国内閣総理大臣から直接頼まれる事になって遂に折れてしまったのである。
併し…

「御嬢、話がどんどん大きくなってない?」

「ああ。ネオス日本共和国に暗殺者ギルド…今度は火星ロボット技研……
 部外者をあまり増やすべきじゃないってのに、あのヴィンテルアルクって奴…」

タクヤとハチが愚痴る。
とはいえ、火星暗殺者ギルドが護衛についたという事は詰まりディレイトの意思だ。
多分、ディレイト自身もこれは予想していなかったに違いない。
ネオス日本共和国と組めばカオス・エンテュメーシスやメイの調査もすぐ出来る…
…だが実際のところネオス日本共和国で解ったのは、
敷往路家が超古代火星文明に繋がっている可能性という凄まじいもので、
火星帝国の協力無しでは進展しなくなってしまったのだった。

「……火星と地球に繋がりなんてあるのかなぁ…」

「『移民説』だっけ?
 今の地球文明と超古代火星文明ってのは酷似しているから、
 古代火星人が地球に移住したって説があるけどオカルトだよね。
 本当に移住したなら古代地球人は超古代火星レベルの文明を持ってないとおかしいもん」

其の時、部屋の扉から慎ましやかなノックが聞こえた。
同じく滞在中のヴィンテルアルクかイリサかと思って「どうぞ」と返したメイだが…

「失礼致します、メイ様」

入室して来たのは其のいずれとも違う、メイド服の少女。
第四次世界大戦で大名古屋国側の主力としてメイ達と死闘を繰り広げ、
大戦後の101便事件では共闘を果たしたアンドロイド・リリィであった。

「貴女は……リリィ?」

「お久し振りです。101便ではお世話になりました」

丁寧に御辞儀してみせるリリィ。
101便事件ではリリィの主である本田ミナがSFESに誘拐され、
其の後リリィはミナを取り戻すべく、同じく101便事件の協力者であるタカチマン博士と共に火星に残った。
彼女が求めている本田ミナの消息は火星到着直後に地球へと戻ったメイですら知るところにある。
アメリカ合衆国のビンザー・デリング大統領がミナを保護し、
このデリング大統領の提案で彼女は連合議会議員になったと報道されていた。
アメリカとSFESの繋がりは明らかであった。

「リリィ、どうして此処に?」

「…御嬢様は今現在、アメリカ合衆国と共に大名古屋国の復興に向けて動いておられます。
 これが御嬢様の意思によるものなのか、
 或いはビンザー・デリング米国大統領の意思によるものかを見極める必要があると判断し、
 然るべき日に備え、身体機能の増強やメンテナンスを此方で受けておりました」

然るべき日というのは、とどのつまり強襲という事だろう。
アンドロイドらしく物騒な事を淡々と考えるものだと呆れるメイ達。

「でも、丁度良かったです。
 …リリィ、教えて欲しい事があります」

「はい、私に答えられることならば」

「私と八姉妹の結晶の関係について、何か知っている事はありますか?
 何で私が八姉妹の結晶を起動できる人間なのか知っていますか?」

そう。リリィとの接触が、何よりも早く自分を知る事に繋がる。
メイの…敷往路の魂が八姉妹の結晶と関連する事を知っていたのは、
第四次世界大戦の首謀者であり、本田ミナの父親でもある『本田宗太郎』だった。
彼はメイに結晶を起動させる力がある事を知って彼女を誘拐した事があったからだ。
其の宗太郎の側近であったアンドロイド・リリィならば、メイと八姉妹の結晶の関係も或いは…

「…まず先に申し上げておきたいのは、
 メイ様が特別な魂を持つ存在である事を突き止めたのは当時の大名古屋国ではないという事です。
 よって私が答えられるのは極々限られた一部である事を御了承下さいませ。
 宗太郎様はビッグヘッドと呼称される存在から、特別な魂を持つ者達の情報を入手しました」

「……ビッグヘッド?
 其れは一体、誰なんですか?」

「本名不明、年齢不明、性別不明、容貌不明、拠点不明…
 チューンドキメラを介して宗太郎様と接触していた為、SFESに繋がりを持つ人物と思われます」

「SFESそのものではないのですか?」

「可能性は低いと思われます。
 何故なら、第三次世界大戦直前にSFESと敵対していた大名古屋国は、彼等から偽情報を掴まされましたが、
 ビッグヘッドが齎した情報…詰まり
 八姉妹の結晶『ワイズマン・エメラルド』起動方法の情報は間違いなかったからです」

「!?
 ワイズマン・エメラルドの起動方法を教えたのが、其のビッグヘッドだというのですか!?」

今、リリィが言った事が本当ならば、
ビッグヘッドとやらを調べさえすれば謎は一気に氷解する事になる。

「御嬢!こりゃとんでもない話になったよ…
 『鷲の祝詞』とか『超獣』とか…
 そんな回りくどい…関係あるんだかないんだかも解らないモンとは違う!」

「……私が八姉妹の結晶を起動できる理由…其の特別な魂を持つのは何か理由があるんですか?
 其れとも、単なる偶然ですか?」

八姉妹の結晶の起動方法のヒントが解った以上、メイ自身の情報を探るのは大した意味がない。
だが其れでも聞かずにはいられなかった。
他でもない自分の事なのだ。得体の知れない何かが無い事をリリィの口から証明して欲しかった。
そしてリリィは証明した。メイが得体の知れない何かである事を。

「いいえ、メイ様が八姉妹の結晶を起動出来るのは、
 メイ様がBNウェイレアだからです」

聞いた事の無い言葉に首を傾げるメイ。
だが其の言葉は初めて聞くのにも関わらず十分な不吉さをメイに与える。

「仔細は不明ですが、当時のビッグヘッドが言うにはBNウェイレアとは…
 『四凶の一、サーヴァントの子孫に連なる事でルチナハトから得た八姉妹の特性を持ち、
  アカシックレコードに誤認を起こさせる事で微々たるものながら『ヘプドマス』に参加出来る因子』
 ……であるそうです」

「…さっぱりですね。これはビッグヘッド本人を探した方が良いでしょう。
 そうだ……私の質問だけでゴメンなさいね。リリィは何の用で来たの?」

来たと同時に質問攻めにしてしまった事に漸く気付き、
今更ながらもメイはリリィがこの部屋を訪れた理由を問うのだった。
其れは単純にリリィ側の目的を無視して話をしてしまった為でもあるが、
リリィの言った話…詰まり自分が得体の知れない何かであるという話を心の何処かで気味悪がり、
別の話をしたかったからというのもあった。
「……プロとしての敷往路メイ様に依頼をしに参りました。
 どうか、SFESとの対話に御参加下さいませ」

「SFESとの…対話?」

「はい。
 火星帝国のリゼルハンク本社跡地調査隊本部ビルに届いたSFESからの手紙には、
 SFES総裁ネークェリーハ・ネルガル SFES代表創立者代理トリア・エクシテセラ・ラミアが、
 調査隊との対話を行いたい旨を記していました。
 タカチマン博士が籍を置いている火星帝国立ロボット技術研究所や、
 火星帝国軍、プロギルド、暗殺者ギルド、火星特殊警察ヴァイスフリューゲルも参加します。
 …メイ様も、どうかこれに御参加下さいませ」 
執筆者…is-lies

 

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