リレー小説4
<Rel4.クロノ・ファグル1>

 

 

   アテネ、ピンクドラゴン、応接室

 

組織セレクタの所有する怪しげなクラブの中、
上客を持て成す為の小奇麗な洋室に通されたのは年端もいかぬ少年と2人のメイド少女。
少年の方は小学生にすら見えない。幼稚園児といったところか。
メイド達の方は良く似た顔立ちをしており、姉妹かとも思えるが、髪の色が全然違う。
白海グループの御曹司である白海駿三郎御一行と相対する形で黒塗りのソファーに座っているのは、
ピンクドラゴンの店長、バイトのクロノ・ファグルルビー。
不本意ながら、この店で作ってしまった借金の為に住み込みで働いていたクロノ少年と其の『守護者』ルビー、
彼の面倒を見ていると自称する少女アリエス、
そして部屋の様子を監視カメラで窺っていたユニバース達は、
来訪者・駿三郎から齎された情報に困惑の色を隠せずにいた。

「あいつら……今度は駿二に乗り移りやがったのか!?」

憤るクロノの隣で、何の話か解らずにいる赤毛の少女ルビー。
仮面の少女アリエスは只管、沈黙と様子見に徹しているが、
決して無関心ではないという事が其の集中具合からも見て取れた。
白海駿三郎が話したのは、兄である白海駿二何者かに操られているという事…
クロノの妹であるミンファ・ファグルも同様で、駿二と共に行動しているという事…
話によればミンファの耳から出た羽虫が守護者を機動させたという。
実に荒唐無稽な話ではあるが、クロノに其れを疑う気持ちなど微塵もありはしなかった。
何故なら、そんな荒唐無稽なモノを実際、目の当たりにした事があったからだ。

「くそ…一体何人いやがるんだ……
 火星保安部にミンファに駿二に……」

「いや、情報古いって。
 火星帝国保安中央局は何か火星帝が直々に粛清に乗り出したらしいよ。
 聞いたところによると神魔による精神汚染が深刻だったからとかでウチの対神装備が使われてたって。
 其れにエレオスっていう追っ手が言うには敵はアスタロトアスモデウスって奴みたい」

茶髪のメイド・ノエルが言う。
白海グループは火星帝国の内情にも精通しており、そういった情報も入って来易いのであろうか。
だが何よりハッキリと「敵」と思われる相手が出て来たのはクロノにとっても衝撃的だった。
と同時にアリエスがルビーの方を向く。
仮面の置くの眼が自身を見透かす様な感じがしてルビーが眉を顰めた。

「ねぇ、アンタ『守護者』でしょ?何か思い出す事無い?」

「んー?解んないよ。
 ぼくが再起動した遺跡より前の事は殆ど思い出せないし」

口を尖らせそっぽ向きながら嫌々答えるルビー。
得体の知れない上、マスターであるクロノに対しても高圧的なアリエスには、
あまり良い印象を持っているとは言い難い様である。

「ああ、そう。マスターを誤認するだけあって故障か何かしてるね」

遺跡から発掘された古代火星文明の遺産『守護者』であるルビーが、
偶然遺跡に迷い込んだクロノ・ファグル少年を自身のマスターであると誤認してしまった其の原因は、
クロノ自身、おおよその見当が付いていた。
目の前まで迫った彼女が頭に落石を喰らってダウン…再起動したらクロノをマスターだと応えたのだから。
火星帝国立ロボット技術研究所も、其れが原因としているし、
修理さえすれば恐らく彼女の記憶も完全に蘇るのであろう。
…尤も、其の代償を想像出来ないほどクロノ少年は愚かではなかったし、
未だに未知のD(データレス)兵器である『守護者』を弄る事にも抵抗があった。

「アスタロト…に、アスモデウス……
 そいつらが『憑依するバケモノ』の正体なのか…?」

「さぁ〜…今度追っ手が来たら締め上げて聞いちゃいましょうか〜?」

お気楽に言ってみせる青髪メイドのシエル。
クロノの表情が凍りついた。

「…待てよ、お前ら…
 もしかして…追っ手そのままにして此処に来たのか?」

「だ、大丈夫じゃないかな?
 こっちは列車で来たんだし……」

クロノは駿三郎の見通しに深い溜息をつく。
彼がアレクサンドリアモーロックで相対した『憑依するバケモノ』は、
宿主である火星保安部員の頭部を粉砕されて尚、立ち向かってくるような異常な存在だったのだ。
其の追っ手が果たして列車だけで逃げ切れるような相手なのか…
執筆者…is-lies

クロノ一同を別室にて監視していたユニバース達は、
駿三郎少年の話す『憑依するバケモノ』の話のメチャクチャさに軽く噴き出してしまうが、
クロノのあまりにも真面目な様子と、其の科白の内容に笑い声を止めモニターへと見入っていた。

「そういえばクノッソス会議でグレートブリテンさんの報告にあった火星保安部員ですが…
 …あれ、セイフォートとは違ったんでしょうかね?」

「さぁな…だが確かにメイドの言うとおり火星帝国保安中央局は大規模な人事異動をやっとった。
 確か保安総監の首も挿げ変わってたし、元の保安総監がどうなったかさえ定かにはされとらん。
 …其れに『守護者』の起動だと?これは技研にも話を聞いておく必要があるな」

白海駿三郎の情報を整理するに、
彼が『守護者』の起動を見たというのは恐らくアレクサンドリアの白海研究所だろう。
火星ロボット技研のシュリス・キリウが派遣されて『守護者』の調査に当たっていたものの、
其の目の前で白海駿二が独力で『守護者』起動に成功させてしまったという事件があったはずだ。
シュリス・キリウの所属する火星ロボット技研には、
セレクタのアルベルト・ジーンが行動を共にしている為、情報は比較的簡単に入手できる。
データレス兵器とは超古代文明に由来する『守護者』などの超兵器の事であり、
其のメカニズムは今尚解明に至っていない。
白海駿三郎の言が真実であれば『憑依するバケモノ』アスタロトやアスモデウスは、
超古代火星文明の技術に精通した存在という事になる。
ごとりん博士が興味を出すのも無理は無かった。

「何なんだ一体?SFESとは関係ないのか?」

「…しぃー、其れより話が進んでますよ」

ユニバースに注意され、ビタミンNもモニターへと注目する。
低画質な画面の中では駿三郎達と行動を共にして来た2人の少年が、
これまで自分達の見聞きした事をジェスチャー交じりでクロノへと伝えている。
執筆者…is-lies

「そんな訳でクロノぽん、駿二を助けられそうなのは、もう…」
「ああ、お前とお前の母ちゃんしかいそうにない。
 あの人だけだったからな、人に憑依する羽虫をどうにか出来たのは…」

クロノの友人である、ぽん吉とブーは、
嘗て『憑依するバケモノ』の下僕と思しき羽虫が、
クロノの母親であるミント・ファグルによって倒される所や、
ミントが羽虫…そして其の背後にいる存在についても詳しそうに語っていた所を見ている。
クロノがアレクサンドリアから去ると同時にミントも居なくなっていた為、
彼女が息子クロノと共に行動していると考えていたようだが、

「いや…母ちゃんは俺と一緒にいないぞ?どっか隠れるとか言ってたし…
 母ちゃんからは…コイツに付いてけとしか」

と言ってアリエスの方へと指をさした。
2人の少年は其の少女の事こそクロノから聞き及んでいたものの、実際に顔を合わせるのは始めてだ。
仮面にローブという怪しげな風采に警戒感を抱いた様で、
胡散臭いと言いたそうな…というよりもそういう意思を伝える為の視線をアリエスへと向ける。

「あれが何であるのかなんて知る必要ないわよ。
 いえ、寧ろ知らないでいるべき。
 貴方達だってアレが自分達の理解の範疇に無い存在だって解っているからこそ、
 わざわざクロノやあ…いや、ミントを頼ったんでしょ?」

アリエスの言う通りだった。
信仰心を糧とした神魔の類でもなく、人間社会に巣食う未知なるもの…
其れ故に、何処へも訴え出る事が出来ず、結局は其の存在に通じるミントを頼っていた。

「連中の事はあたしに任せて。
 アンタ達があいつらに深入りしたって、どうせ何も出来ないんだから」

言い返したい事は山ほどあるが、
現状、『憑依するバケモノ』について知っているのはアリエス(とミント)のみ。
己の無知は重々自覚してはいるものの、
だからといって連中の事を知って自分達にどれだけの事が出来るというのか。
警察も何もかも頼りにならないという状況ならば、自分達の力で…
そういう考えが現実離れしたものである事が解らないほど幼稚ではなかった。
僅かな助けにでもなればという気持ちも持って此処へ赴いたブー達だったが、
結局のところ、自分達の非力さを再認識するだけとなってしまったのである。 
執筆者…is-lies

   アテネ、ピンクドラゴン、入り口

 

ピンク色のネオンで龍を象った如何わしい看板を掲げた其の店に立ち入ったのは、
身長2メートルはあろうかというスキンヘッドの巨漢であった。
其の身を包む黒スーツは所々が破けドス黒い血の後のようなものが染み付いており、
掛けているサングラスも半分程が欠けている。
両手の指は親指を除いて全て基節の辺りで切断されており、脳天にも大きな瘡蓋が出来ていた。
異様な姿の来客に怖気付きつつも店員が笑顔でもって対応する。

「い…いらっしゃいませー、ピンクドラゴンへようこそ〜」

「…此処に白海駿三郎さんはおいででしょうか?」

「あ、いや…えぇと…失礼ですがどちら様でしょうか?」

急に出された其の名前に、うろたえた時点で答えを言ったも同然だった。
スキンヘッドの巨漢は厳つい顔に似合わないニコニコ笑いを浮かべながら、
いきなり其の腕を伸ばして店員を壁へと叩き付ける。

「私の事はどうでも良いですよー。
 駿三郎さんは何処にいる?」

咽びながらも乱れた思考を何とか立て直す店員。
こんな稼業をしているのだから、こういう時の覚悟も備えもあり、
「話すから乱暴するな」とか未だに混乱している様子を装い、時間稼ぎを行う。
巨漢の暴挙は監視カメラによって警備室へと伝えられており、
雇われ者の荒くれ達が得物を片手に、入り口へと押し寄せて来た。

「おう何じゃいワレぇ?」
「良い度胸しとんなアンちゃんよぉ」
「おんどりゃ、何モンじゃあコラ?」

ヤクザ者達に囲まれ一斉に凄まれる巨漢だったが、
動揺の片鱗すら見せず、ニコニコしたままこう答える。

「ああ、失礼しました私こういう者ですぁッ!!」

巨漢の口から放たれたスタングレネードによって、周囲が閃光と破裂音に包まれた。
執筆者…is-lies

   アテネ・ピンクドラゴン、接客室

 

アリエスの科白で、ぽん吉達が意気消沈し、
重苦しい空気に陥ってしまった部屋の静寂を破ったのは、店長の携帯電話だった。

「もしもし、俺だ。
 ……何だって!?くそっ、お前達は少しでも時間を稼げ!」

怒鳴って電話を切るとピンクドラゴン店長は駿三郎達を無視し、
部屋の天井を見上げて叫ぶ。視線の先にあるのは安っぽい蛍光灯…を模した監視カメラだ。

「ダンナ方、敵襲ですぜ!どうす…」

店長の科白は、壁を突き破って現れた巨漢によって遮られた。
片腕で抱えたチンピラ一人の首を軽々と圧し折り、男は割れたサングラスの狭間から駿三郎を見遣る。

「どうもー。お久しぶりですね駿三郎さん。
 アスモデウス様とアスタロト様は貴方を大変鬱陶しくに思っておいでです。
 だからまぁーちゃっちゃっと死んじゃって下さーい」

「エレオス……!」

駿三郎が敵意も露わに巨漢の名を呼ぶ。

「まさか、こいつがお前らの言ってた…」

「はい〜。ノエルが頭をちゃんと射抜いたはずなんですけどね〜。
 ピンピンしちゃって、やっぱり人間じゃないです〜」

クロノの問いに答えたのはシエルだ。
彼女もノエルも、メイドの嗜みとして高い武力を備えており、
特に彼女達の上司である白海家執事のジョージ・玖玲に至っては、
古今東西の格闘技のプロであり重火器の専門的知識まで獲得している程だ。
クロノも白海城に遊びに行ったりした事があり、
こういった超人達が警護する駿三郎を襲おうとする敵が尋常ではないと予想していたので、
寧ろ冷静に相手を観察する事が出来た。
これはアレクサンドリア・モーロックでクロノが仕留めた火星保安部員と同等の存在だろう。
指を切断されようが脳天を射られようが止まらない…
モーロックでは古代火星文明の遺産とルビーの力でもって消し飛ばした訳だが、
この場には遺産ウルグザハニルなど存在しない。自分達の力で何とかしなくてはいけない。

「…奴等の手先ね。
 羽虫に体を乗っ取られた慣れの果てってところかしら」

「……ジョージさんが居ないっていうのに…」

ノエルが苦々しい顔を浮かべながら言う。
執事ジョージはエレオスとの戦闘で片腕を失い、今はアテネの闇医者BJの許で治療を受けている。
このBJというのがどれだけの腕を持っているのかは定かではないが、
切断から或る程度時間が経った腕を接合治療するとなれば、すぐに戻って来れるとは思えない。
恐らく駿三郎サイドでは最強であろう人物の欠席を確認しエレオスが微笑む。

「ほうほう、あの執事さんが居ないと思ったら療養中でしたか。これは好都合。
 なら今の内にさっさと片付けて……
 …おや、貴方は………?」

エレオスの視線がターゲットである駿三郎から、クロノ・ファグルへと移った。 
「何と……このような場所で貴方を見つけられるとは、クロノ・ファグル。
 鼠退治の積もりでしたが……これは目的を変更せざるを得ませんね。
 私はエレオス。正々堂々と捻り潰して差し上げますので覚悟して下さい」

慇懃にふざけた一礼をするエレオス。
既に其の眼は駿三郎を見てはいない。いつでも殺せるというのだろう。
駿三郎を庇うように前に出ていたノエルが、無視された事で憤るものの、
得体の知れない敵『憑依するバケモノ』の尖兵であるエレオスに対する警戒は解かず、
其の一挙一動を注意深く見守っていた。流石は戦闘職・メイドといったところである。

「…お前らなのか?」

怒気を孕ませたクロノの声に、エレオスがとぼけながら言う。

「何がですか?」

「駿二やミンファに乗り移っているのはお前らなのかって聞いてんだよ!」

愛する妹ミンファや友人・駿二に乗り移っている『憑依するバケモノ』達への怒りを込め、
クロノ・ファグルは『憑依するバケモノ』達の使徒たるエレオスへと咆哮を上げた。

「はは、全く以って其の通りですが何か?
 小僧に憑依しているのは我等の偉大なる指導者アスモデウス様です。
 小娘に憑依しているのはアスモデウス様の妹君であり私の創造主でもあるアスタロト様です。
 其れが何か?」

だが少年のそんな裂帛の気合にもエレオスはまるで動じず、挑発を楽しむ。
主達の事を明かすとなれば生かして返すような積りは無いのだろう。
これまでエレオスから逃げてきた駿三郎達は、
此処で彼との決着を付ける事になるであろう事を認識する。

「クロ君!下がって!」

クロノの前へと躍り出たのは『守護者』ルビーだ。
手に嵌めたミスリル製のグローブを構え、エレオスを真っ向から睨め付ける。

「ほう…貴女がアスモデウス様の話にあった『守護者』ですか。
 ならば我々に歯向かう理由など貴女には無い事が解るでしょう?
 既に貴女を創造したエンパイアは滅び、地球に跋扈していた猿が今や火星を席巻している。
 解りますか?忌々しいエンパイリアン亡き今、
 貴女の所有権は、嘗てエンパイリアンと共に火星を治めた我々に帰属するのです。
 猿達ですらも近い内に前支配者が地球ごと滅ぼすでしょうし、
 そして其の前支配者達もアスタロト様とアスモデウス様が始末するでしょう。
 将来的にも全てを制するのは我等なのですよ」

エレオスが偉そうに何かホザく。
其の場の誰もが彼の言っている事の意味など解りはしなかったが、
エレオスの…『憑依するバケモノ』の持つ凄まじい傲慢さだけは伝わっていた。
いや、一人だけ他の誰とも違う反応を示した者がいた。
アリエス…この少女だけはエレオスの言葉の意味を把握したかのよう顎に手をやり、
何か思案に耽っている様な態度を取る。
尤も、仮面を付けて其の表情を隠す彼女の所作を、
果たしてどれだけ鵜呑みにして良いかは解ったものではないが。

「?何?ぼくのマスターはクロ君だぞ!
 お前みたいなツルッパゲなんかじゃないやい!」

「……やれやれ、これは修理が必要そうですね」

エレオスが肩を鳴らして一歩前へ出る。

「ちょっとアンタ」

一触即発といった状況でも、何の気兼ねもせずエレオスへと声を掛けるアリエス。
エレオスが「何だこのチビ?」と言いたそうな鬱陶しげな表情を浮かべる。

「アンタは口が軽そうだし一応聞いとくわ。
 トル・フュールが何処に行ったか解る?」

「……驚きましたね。トルの名をご存知の猿がいるとは…。
 併し何処へ行ったとは異な事を…。
 あのトルが何処へ行けるというのですか?」

「あーあー、ずぇーんずぇん参考にならないって事は良く解ったわ。
 序に……あんたがマヌケだって事もね」

次の瞬間、
アリエスの魔法弾がエレオスへと迫る。
店長がブーとぽん吉の肩を押して共に身を伏せる。
2人のメイドが駿三郎を連れて部屋から飛び出す。
ルビーがクロノを抱えて部屋から飛び出す。
エレオスの口からスタングレネードが放たれる。

 

 

監視カメラが破壊されたのか、画面は砂嵐のみを映す様になり、
ミスターユニバース達が其れ以上の情報を得る事は出来なかった。

「…参りましたなぁ。こりゃ直ぐにクロノ君を保護すべきでしょう」

「あのエレオスとかいう奴もひっ捕らえたいところだの。
 頭の中には面白い情報が詰まっていそうじゃ」

ごとりん博士に頷き、ユニバースが通信機でセレクタ構成員に集結指示を出す。
かなり後手に回ってしまったが、想像していた以上に只事ではない様子を前に、
ミスターユニバースは内心、興奮を隠せないでいた。
今回の一件、恐らくSFESは無関係だろうが、
もう片方…前支配者にはかなりの関係があると見たからだ。
執筆者…is-lies

 

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