リレー小説4
<Rel4.ハウシンカ2>

 

   ロシア、ハバロフスク市庁舎前

 

「た、助けて…」
「くそぉ!放せ!放しやがれェ!!」

彼等は皆、両手足首を一括りに縛られ、広場の石畳の上に転がされていた。
人集りの出来た市役所前広場に響き渡るは半ば呂律の回っていない情けない叫び声。
其れよりは幾許か素直に、震えて命乞いを囀っている者も何人か居るが、
先の男の放った虚勢で以って其れは儚く掻き消えてしまい、彼等の運命を掌握せし悪鬼に届く事はなかった。

今、この広場で行なわれている惨劇の進行役である2人の悪鬼は、
生殺与奪の全てを握った小虫共を嘲りの表情で見下しながら、
広場の中央…一際目立つ噴水の前で縛られている男の許へと歩み寄る。
噴水へと凭れ掛かるようにしている、逆立った髪をした貴族風の男は、
震えて視線の定まらぬ眼差しでもって、悪鬼達の…其の恐ろしい風貌を見遣る。

「光の使者、キュア・レーニン!
突然、悪鬼の片割れ…
全身黒ずくめのヒラヒラした衣装を纏い、スパッツを履いたヒゲハゲ中年が、
片手に持った鎌を振り上げ、何かホザく。

「光の使者、キュア・スターリン!
残る悪鬼…
先の黒ずくめの服を白色に直し且つスカートにしたような衣装を着た恰幅の良いヒゲ中年が、
片手に持ったハンマーを振り上げ、何かのたまう。

何事と思う暇もあればこそ。

「「二人はシベリア!!」」

ホワイト親父ことキュア・スターリンのハンマーが、男の頭部を胴体へと陥没させ、
ブラック親父ことキュア・レーニンの鎌が男の筋肉質な体を正しく二等分にした。
広場の周囲から沸き上がる悲鳴…それらを一喝して黙らせると、
キュア・レーニンは血濡れの躯を足蹴にして愉しげに言うのであった。

「このマッシブ家当主…デミートリィは能力を用いて男を幼女に変えていた!
 届出の無い整形・トランスフォームは同志にあるまじき叛逆行為…
 ぶっちゃけありえなーーい!」

続いて、キュア・スターリンも遺骸を踏み付ける。
「挙句、其の幼女達といかがわしい事をしていたという証言多数!
 よって穢れた一族諸共、粛清する事が決定されました」

「や…止めてくれェ!!お願いだぁああ!!」
「この子は…この子だけは…」
「えーーーん!!えーーーん!!!」
「グ…ズ…ギャアアアアム!!」

広場の様子は酸鼻を極めた。

 

 

そんな光景を市庁舎の窓から俯瞰する人影があった。
本来ならば市長が執務しているであろう部屋に集まっている数人の男達には、
流石に装いの点で大きな違いがあるものの、キュア・レーニン達にも匹敵するであろう冷酷な眼光を宿していた。
その中に於いて違和感を齎す、和服を纏った黒髪の幼女が口を開く。

「…随分と血腥い事だ。しかも動機が不純極まる。
 プロレタリア正義が聞いて呆れるぞ」

男達のリーダーと思しき老齢の男が其れに応える。
「不穏分子の抹消も私に与えられた重要な任務だ」

「ほう…随分と富豪ばかりが不穏分子となるのだな。
 ブルジョア民主革命の兆しだとでも?ロシアで?
 肥え太った豚を飼いならす事は得意であったと聞くが…
 其れに…富豪の下…全ての民は平等ではなかったのか?」
無論、貧しい意味で。そう腹の内で付け足す。
民需度外視の軍拡によってロシア市民の生活は非常に貧しく、
富の配分にせよ、上層部へ集中されている。
詰まり、下層部の叛乱こそあれ、上層部が叛乱を起こすなどまずあり得ない。
となれば今回の大貴族処刑の実態とは…

「ちっ、イポーンカ(日本女郎)如きが」

「現行法では、跡継ぎのいない貴族の土地は一度、議会に返上され競売に掛けられるそうではないか。
 …鏖殺とは巧くやったものだ。
 あのマッシブ家の資産を回収すれば議員同志の懐も随分と温かくなりそうではある。
 其れ以上に、反共寄りになった議席が減らせて万々歳か?」

幼女が典雅な…其れでいて嘲りも露な笑みを見せる。
相対しているロシア国家保安委員会KGBの面々もこれには憤り、
荒っぽそうな大男達が幼女へと睨みを利かせる。

「ブチ殺すぞイポーンカ?
 キュア共の淫獣にゲロ犯されてーか?」

其の時、老齢の男が、強く床を踏みつけ踵を鳴らす。
瞬間、身を震わせた大男達は先の威勢など微塵も残らず消し飛ばされ、
口を噤んで上司である男の方をチラチラと窺い見るのであった。

「慎め。其の娘は指導者同志の大事な客人だ。
 だが客人よ、これは覚えておくが良い。
 違法であるか合法であるか…そんなものは大した問題ではないのだ。
 問題なのは…此処がロシアであるかそうでないかだ…
 ラスプーチン指導者同志のロシアであるかそうでないか…其れが全てだ」

 

 

僅か数分で、ロシアの有力者デミートリィ・マッシブの一族は、
性別も年齢も…否、そもそも人間であった事すら解らないほど、
細切れの肉塊となって広場を赤く染め上げていた。

鏖殺完了!
 オニ親愛なる指導者同志にチョー栄光あれ!」

「続きましてはぁ〜
 私達を狙撃して暗殺しようとしたザケンナー…いや、
 叛逆者アーニャ・カプランベリヤを粛清しまーす!」

手械足枷を着けたまま引き立てられて来られたのは、まだあどけない子供だった。
気だるげな雰囲気を纏った子供アーニャの眼は何も映してはいない。

「カプランベリヤ…あの特殊警察の家か……」
「眼が見えないと聞いたが…
 そんな子が暗殺者?冤罪だろ、馬鹿げてい…」
観衆の一人は、脳天に鎌を突き立てられる事で、
言い掛けた言葉を其のまま飲み込まざるを得なかった。

「同志諸君、諸君等は反体制派?
 ぶっちゃけありえなーーーーい!!」

「口を慎んで下さい同志諸君。
 Что у умного на уме, то у дурака - на языке(賢者は語らず、愚者は語る)!」

倒れた元・観客の現・肉袋を広場へと蹴り転がし、高笑いするキュア・スターリン。
其の暴虐に恐れ戦き、自分はああはされまいとロシアに忠誠を誓う民衆達…
ラスプーチン大統領による恐怖政治の見せしめ効果は存分に働いているようであった。
併し…例外というものが存在した。

 

 

「ねぇねぇ、アレさ、何やってんの?見世物?」

隣に居た観衆に尋ねた少女ハウシンカ・ドラグスクの、左右で異なる色彩を持った眼差しは、
広場の上へと追いやられて行く盲目の哀れな子供へと向けられている。

 

「メップリャー!
 あーあー、さっさと粛清するメポッ!
 薄汚い反乱分子に、これ以上吸わす空気はねぇメポッ!」

キュア・レーニンの腰ベルトからぶら提がっているのは、人語を操る謎の黄色い小動物。
巨大な眼と下半身を持つ、醜怪極まりない異形の生命体淫獣メップリャーであった。
KGBキュア・レーニンのパートナーでもある彼は、血糊に塗れた牙を見せながらアーニャを嗤う。
処刑場へと向かうアーニャ…を引っ立てる兵達の足を阻むものは何処にも無い。
先程、処刑されたデミートリィ・マッシブ一族の残骸は綺麗に掃除されていた…
このメップリャーと、そして…

「ミップリャー!
 罪ある者も罪なき者も等しくオモチャミポッ!
 これだから粛清は止めらンねーミポッ!」

キュア・スターリンの相方でもある淫獣ミップリャーの腹の中に収まっていたからだ。
醜悪さはどちらも同じようなものではあるが、メップリャーと違い、体毛の色はピンク色…
一応、雌であり、よく人目を憚らずメップリャーとイチャツキまくっている。
そんなん見てもおぞましいだけではあるが…。

「でもまぁ…これはアレだよ。社会の為。
 ああいう社会不適格者を排除するのも社会主義。文字通りじゃん。
 身体的にも精神的にも劣る連中は淘汰されるべきだって。この世は弱肉強食なんだから」

「そういえば、アーニャ・カプランベリヤには精神病院通院歴もありましたね。
 キュア・レーニンの言う通り、役に立たないならせめて…こういう形で役に立って貰わないと」

即ち、自らの無能を隠す為の生贄。嗜虐心を満たす為の生贄。
この国の精神病院とは詰まり其の為の備蓄庫みたいなものであった。
元凶たるはロシア大統領ラスプーチン……
だが現在のロシア議会はこの男の独裁状態にあった。誰も意見出来ない。誰も逆らえない。
「ミップリャー!
 でもでっち上げの処刑をしたところで、狙撃の真犯人は未だのうのうと暮らしてるミポッ!
 下種な叛逆者野郎を見逃しちゃ栄光あるラスプーチン指導者同志の名に傷が付くミポッ!
 何としてでもとっ捕まえて…」

「ですね。
 …という訳でサックリ処刑遂行しましょう」

キュア・スターリンが兵に命じ、広場に用意させた吊るし台を見上げる。
手枷に付けられたワイヤーロープを用いて生贄を吊るし上げ、死ぬまで滅多打ちと滅多切りに晒すというものだ。
流石に暗殺未遂犯ともなると処刑も陰惨なものである。真偽は別として。

「おーい、ちょっと待っておくれーい!」

狂気を以ってか、憐憫を以ってか、民衆が固唾を呑んで見守る其の光景に似つかわしくない間延びした陽気な声。
民衆を掻き分けて広場へと上がって来たのはハウシンカ・ドラグスク… 
すぐさま兵が駆け寄り、彼女を退場させようとするも、其れをキュア・スターリンが手で制する。

「?何ですか貴女は?」

下らない理由ならアーニャの隣に吊るし、一緒に見せしめにしてやると言わんばかりの、
悪意に満ちた視線を受けつつ、ハウシンカは言ってみせた。

「いやー、ちょっくら其処の子を探しててねぇ…少し聞きたい事があるんだなコレが。
 アーニャ・カプランベリヤ…やっぱチェリーとも一緒の部屋だったヤツだね、うん」

吊るし上げられ、万歳をした格好で宙ぶらりんとなっているアーニャの顔を覗き込み、一人納得するハウシンカ。
其の恐れ知らずというか空気の読めていないような様子は淫獣達を酷く不快にさせた。

「ミップリャー!
 何だコイツぅミポッ!?私達の神聖な粛清活動を邪魔する気かミポッ!?」

「メップリャー!
 こりゃ叛乱分子だメポッ!キュア・レーニン!とっ捕まえて尋問だメポッ!(*´д`*)ハァハァ」

淫獣、下心丸出しである。

「そんなんじゃねーっての。てかメポミポうるせーよ。
 アーニャーん?見えてる…訳無いか。聞こえてるー?耳は大丈夫っしょ?」

「…何だい?」
ハウシンカの問い掛けに、今まで大人しくしていたアーニャが口を開く。
状況を解っているのかいないのか、豪く落ち着き…何処か人事な態度が垣間見える。
「おしおし。
 憶えてるー?昔、同じ部屋でエカチェリナと一緒にいたハウシンカ様だよー?
 ひっでぇ病院だったよなー。飯ぁマズいし暖房だって碌なん無かったよな」

にこやかに話し掛けるハウシンカ。無論、コケにされた淫獣ズが黙っている訳は無い。

「メップリャー!
 てめーもそいつみてーに処刑してやってもいーんだぞメポッ!?」

「ミップリャー!
 淫獣ナメんなよミポッ!
 メップリャーッ!この馬鹿にヤキいれてやれミポッ!」

「メップリャー!
 ったりめぇだメポッ!いくメポ、キュア・レーニン!!」

結局、実力行使で排除しに掛かろうと、鎌を振り上げキュア・レーニンがハウシンカへと疾駆する。
今まで処刑してきた愚民共と同じよう、ちょっと捻ればすぐ壊れる。其の程度の認識だった。

「さっさとおうちに帰りなさ〜い!!」

だから彼が、鎌を振り下ろす直前、
ハウシンカの持った釘バットで股間を粉砕されるのは仕方のない事だった。
口を開き切って圧迫された喉からは騒々しい悲鳴など出ては来ようはずもない。
精々、目を剥き、汚液を撒き散らす股間を押さえて床に膝を突く程度しか彼には出来ない。

「キュア・レーニン!?」

「メ…メップルァアアア!!?
 お前ェ、自分が何やってんだか解ってンのかメポォっ!?
 もう許さんメポッ!メップリャーが必殺の…めぼへぁああ!!?

文字通り、キュア・レーニンの腰巾着してた淫獣メップリャーは、
釘バットで脳天カチ割られて汚い花火と化した。

「わ…私達に逆らうというのは詰まり、指導者同志ラスプーチン大統領閣下に逆らうという事ですよ?
 このロシアでそんな事が許されるとでもお思いなのですか?」

「カンケーねぇし…ていうか相変わらずなのよな、この国も。
 おいアーニャん、動くなよ〜」

怒りに震えるキュア・スターリンに背を向けたまま、ハウシンカはトカレフを構える。
アーニャの手械足枷から伸びたワイヤーロープが断ち切られ、広場からの解放を声高に告げた。
其れを合図としていたように、広場にダンプカーが突っ込む。
キュア・スターリンの頭が茹だっていた隙に、
周囲にいたロシア兵や民衆は蜘蛛の子を散らすように道を開け、ハウシンカの逃亡路を築いてしまった。

「に、逃がすなァー!!」

呆気に取られていたロシア兵達が事態を把握し、機関銃を構え直した頃には、
アーニャを担いだハウシンカが荷台へと飛び乗り、キュア・スターリンへとウィンクを送っていた。
そのままダンプカーは爆走…ハバロフスク広場を後にする。
キュア・スターリンは突然の出来事にまるで対応出来ず、茫然とハウシンカたちを見送る事しか出来ないのであった。
「ミップリャー!!
 何してるミポッ!キュア・スターリン!!
 西部劇ジジイから何て言われるか解ってるんかミポッ!?
 あのいけ好かない日本女の前でこんな無様晒しちゃタダじゃ済まないミポッ!
 おめーの不始末はミップリャーの不始末にもなるんだミポッ!どーしてくれるミポッ!
 どう責任取ってくれるんだミポッ!?何とかしろミポッ!おい、聞いてるのかミポッ!?
 オマエ、ちょっとマリオ顔だからって調子に乗ってるんかミポッ!?いい加減にクッパと決着付けろミポッ!
 粛清しか能がないクセにミップリャーを無視するなんて良い度胸だミポッ!
 偉そうな態度取る前に、そのスネ毛を何とかしろっていうんだユダヤ野郎ミポッ!
 オマエがそんなビビリでヘタレで無能でヒゲだから、いい歳こいても出世できないんだミポッ!
 何とか言ってみ………」

「うるせー雑魚」
淫獣ミップリャーの頭をハンマーでブッ潰し、其の脳漿を床へとブチ撒けさせるキュア・スターリン。
転がった目玉を踏み潰し、キュア・スターリンは其の場に現れた上官へと敬礼する。

「敵と内通していた謀反者をたった今、粛清致しました」

「………ふん、そんな事はどうでも良い。
 早々に追撃を出せ。このハバロフスクから決して逃がすな」
KGBのリーダーである老齢の男の命令に、キュア・スターリンは畏まったように頭を下げた。 
執筆者…is-lies

「全く…何という無茶を……!」

サイレンの鳴り響くハバロフスク市内を逃げ回るトラックの運転席…
其の中でルークフェイド・リディナーツがハンドルを握り締めながら叫ぶ。助手席にはグレナレフ・オールブランの姿もあった。
尤も、顔には眼の部分のみに穴の開いたマスクをして怪しさ大爆発といった感じである。
どうしてもロシア在住の義父に会いたいというハウシンカに根負けする形で同行していたのだが、
其の義父の正確な居場所は解らず、思い当たる場所へと手当たり次第に向かってみたり、
周辺の住民に聞き込みしたりという行き当たりばったりなものではあるが。

「あの2人はキュア・レーニンとキュア・スターリン…
 KGBロシア国家保安委員会じゃないですか!
 CIAやマラーイカに匹敵する情報機関…そんなのを相手に…!」

世界三大諜報機関…
アメリカ合衆国のCIA、ロシア連邦のKGB、イスラム共栄圏のマラーイカの3つである。
嘗てCIAやKGBをも凌駕するとされた諜報機関にメディナット・シオンのモサドがあったものの、
モサドを擁するメディナット・シオンは今現在、其の力を大きく衰えさせてしまっていた。
理由は結晶到来という世界規模での一大事を前にしたイスラム諸国が、
原理主義者達を押さえ切れなかった為に興ってしまった『イスラム共栄圏』の拡大であった。
全世界に散らばるユダヤ人のネットワークを利用していたモサドは、
イスラム共栄圏の本格的な台頭を察知して妨害活動に出たものの、其の悉くに失敗…弱体化の憂き目に遭う。
尚、この一件に関しては、
兵器売買に於いてイスラム共栄圏との繋がりが深い中華人民共和国による妨害と見る者が少なくないが、
極少数、アメリカ合衆国の動向に注目する人間も居るには居る。
というものの、メディナット・シオン弱体化と同時にアメリカ合衆国で膨大な票田を束ねていたユダヤ人の力も衰え、
其れまでユダヤ勢力に猛反対されていたユミル・クリプトンが大統領に就任してしまったからである。

「だってああでもしないとアーニャん粛清されてたじゃん。マズいって」

ハウシンカが探している義父であるところのドルヴァーン・ドラグスクの所在について、
ルークフェイド達が有力な情報を手に入れたのは2日ほど前であった。
心当たりとしてハウシンカが調査対象と指定した幾つかの精神病院の内一つ。
嘗てハウシンカが入院し…やがてドルヴァーンが彼女を引き取りに現れた病院だ。
既に病院は潰れていたものの、当時の職員に話を聞いてみたところ、
どうもハウシンカの部屋担当がドルヴァーンに問題児の件を相談したのが事の発端だったらしい。
詰まり、この担当者はドルヴァーンとのパイプを持っていたという事に他ならない。
担当者の名前や行方は解らなかったものの、
ハウシンカの部屋担当であったというのならば同室であったアーニャが知っている可能性が高い。
では何故、ハウシンカが知らなかったのか?突っ込むのも野暮な話である。
そうしてアーニャを探している内に、ハバロフスクでの処刑という話を耳にするに至ったという訳だ。

「といってもなぁ…相手がマズ過ぎだろ?
 ラスプーチン政権の…しかもKGBともなりゃハバロフスクの主要路は全部封鎖されただろうな。
 どうする…何処へ逃げる……」

グレナレフが雑貨屋で購入したハバロフスクの地図を広げ、何処か逃げられそうな場所がないかと目を凝らす。
とはいえKGBを相手に土地勘もない彼等に出来る事など高が知れている。
詰まり…勢い任せに出てって藪蛇ってゲームオーバー。
…となる筈だったが……

「…逃げるなら……ウスペンスキー教会の前まで行ってよ…」

ハウシンカに手械を壊して貰い、自由になった両手を摩りつつアーニャが呟く。
其処に何かあるのかと思いつつも問い質す余裕もなく、言われるがままハンドルを切るルークフェイド。
カーブと同時に一瞬、バックミラーに映った影を見、今度はグレナレフが眼を剥いた。
黒いマスクに黒のスーツ、赤いベレー帽といった装いの集団がマンモスに乗って迫ってくるではないか。

「あ…あの服装は…『ディーカヤ・コーシカ』!
 エリート中のエリート部隊じゃないか!何でいきなりこんな奴等が…ッ!?」

「てか突っ込みどころが変!何よ、あのマンモスは?」

「知らないのか?ロシア連邦の軍はフウイヌム(乗用異形)としてマンモス達を使ってるんだ。
 シベリアの永久凍土から発掘した奴をクローン技術で蘇らせて…」

「うわ、知らない方が良かったヨ」

AKやスチェッキン等で武装したディーカヤ・コーシカを背に乗せた改造マンモスの突進力は凄まじく、
ハウシンカ達の乗っているトラックでは到底、逃げ切れそうにない。
先からハウシンカがトカレフで度々反撃を試みてはいるものの、
改造マンモスは攻撃を受けても微動だにせず、ディーカヤ・コーシカには命中しない。
やがてSVDでタイヤを狙撃されるに至って、到底アーニャの指定した場所まで行けない事を悟る。
トラックが年季の入った建物の壁に衝突する直前、3人(と、ハウシンカに抱えられたアーニャ)は飛び出し、
即座に逃げようとするものの、行く手を塞ぐように現れた改造マンモス達に取り囲まれてしまう。

「ちぇ…練度高ぇーでやんの。やっぱ罠かぁ…
 いやー、さっき広場で感じたんだよねェ〜、幾つもの粘っちぃ視線をさぁ」
口を尖らせつつトカレフを構えるハウシンカ。

「そういう事はもっと早く…
 いや待てよ……すると連中は網を張っていたって事か?
 もしかして…お前を………」
グレナレフも護身用の拳銃を構えるものの、大した訓練もしてないので戦力にはならないだろう。

「いんや、そりゃない。
 だって話聞くまでアーニャんの事なんて忘れてたし」

「……まさか、アーニャさん…貴方、仲間が?」

能力者であり、プロとしてのライセンスも持っているルークフェイドといえど、
この状況を切り抜けるほどの力を有してはいない。だから先程のアーニャの発言に期待してしまう。
そして其の藁にも縋るような憶測は…正しかった。

「………………遅いよ」

アーニャの呟きと共に、行く手を塞いでいたマンモスが突如、炎上…咆哮を上げて暴れ狂う。
其の上に乗っていたディーカヤ・コーシカ達が手綱を取ろうとするものも叶わず、
自身も火達磨となった上で次々と落とされていく。

「お前等はさっさと行け。ここは俺が掃除してやる」

「何者だ!?」

炎の逆光を受けた影に向かいディーカヤ・コーシカ達が銃口を向ける。
だが影は全く怯まず、一歩一歩…熱で氷が溶けて水浸しとなった街路を踏み締め其の姿を現す。
剣を持った黒髪の男は赤い瞳で兵達を一瞥…鼻で笑ってから名乗りを上げた。

紅蓮の死神アリオスト……」
執筆者…is-lies

   ロシア、ハバロフスク、シェロヴ通り

 

 

マンモスの上に立ちながら無線機からの報告を聞いていた老齢の男は、
アリオストなる謎の男の介入報告を受け、大仰に叫んでみせた。

「な…何ィイイイィッ!?…ぐ…紅蓮の死神だとぉおォオオオオオオオオッ!?
 …誰だ其れは?」

《はっ、自分も聞いた事がなく…
 …多分…どこぞのプロだか傭兵ではないかと…
 如何致しましょう、HQ》

「プロか…敵に回すには厄介だが、連中を逃がす訳にもいかん。
 退かぬようなら始末してしまえ」

其の隣では和傘を広げ、暢気に寛いでいる和服の幼女の姿があった。
マンモス備え付けの大型鞍に敷かれた座布団の上に正座して湯飲みを傾けている。

「あのカプランベリヤの者はスケープゴートであったと聞いたが…
 もしやアタリであったのか?」

「…誤算だった……
 介入があるとすれば寧ろ其の次の予定者の時かと思ったのだがな…
 あのニコライ達を誘き寄せるには、そこそこの餌を用意した積りだったのが」

「そこそこの餌?…ああ、最上の餌リゲイル・エックハルト達はまだ来ていなかったな。
 だが本当に其のニコライ元大佐が……まぁ、妾が気にするような事でもないか」
執筆者…is-lies

   ロシア、ハバロフスク、レーニン通り

 

 

「えぇい邪魔だ退けぇ!!」

ディーカヤ・コーシカが突然の闖入者に狼狽えながらも、
ハウシンカ達を逃がしてなるものかとAK-252を構え、大声で威嚇する。
だが彼らは内心こう思っていた。何故、自分達は直ぐにコイツを撃ち殺そうとしないのだ?…と。

「何やってんだアンタ!早く逃げろッ!」

「そりゃこっちの科白だ。さっさと行け。
 アーニャ、道を教えてやれ!基点はボスで間違いない」

まだアリオストなる男に物言いたそうなグレナレフの袖をアーニャが引っ張る。
見れば目が見えないはずなのにも関わらず路地の奥を指差しているではないか。
だが男は一人。しかも武器は何の変哲も無い剣でしかない。相手は改造マンモス2頭…
其の上に乗っているエリート部隊ディーカヤ・コーシカが計6人程。歩いて来ているのは10人。
常識的に考えて太刀打ち出来るものではない。
だが相手が行けと言っているのだから遠慮する事は無いと、ハウシンカは即断する。

「アーニャん、先導ヨロシクね〜ん☆
 センセやグレナレフっちはアーニャんが転ばないよーに気ぃ付けて」

この場に居ても碌な目に遭わないのは確実。
結局、グレナレフも闖入者に従わざるを得ず、一行はアーニャに導かれるまま其の場を後にした。

「邪魔だ死ねェ!」

未だ退く様子も見せない闖入者へ、漸く浴びせ掛けられるAK-252の洗礼…
放たれた無数の弾丸がアリオストの頭部胸部股間蜂の巣にしていく。

結晶兵器が主流となった現代に於いても通常の銃火器は現役であった。
2200年…人口爆発と其れを口実として行われた世界規模での民族浄化に歯止めを掛けるべく、
アメリカ合衆国主導で始まった空前規模での火星開拓事業の発足…
そして其れに伴う軍縮の煽りで通常兵器の進化は著しく阻害され、停滞したままであった。
結晶『Hope』到来による能力者・結晶技術の登場が其れに拍車を掛けた。
が、結晶防御技術の充実や、反能力者の登場も視野に入れられ、通常兵器が排斥される事はなく、
そして其の判断は正しかったと言わざるを得ない。
もし世界が結晶技術や能力者のみに頼っていたならば、
第四次世界大戦の結果は全く違ったものとなっていただろう。

「へっ!くたばったか」
「Чтоб ты сдох, мудак(死ね、クソ野郎)!」 

アリオストが顔立ち端正なイケメンであったことから、
ブサメンのディーカヤ・コーシカ達が劣等感や僻みを丸出しにして口々にホザく。
そして元イケメンのボロ雑巾の姿を拝んでやろうと一歩前に出た其の時、
調子こいてた哀しきブサメン達が次々鮮血を迸らせて倒れて行く。
何事かと再び構えるディーカヤ・コーシカの眼に映ったのは、無傷のアリオストではないか。

「ふっ、残像だ」

何というお約束。何という美形の王道。
涼しい顔して剣を振るい、血糊を飛ばすアリオストに苛立ちを隠せなくなるブ男共。

「こ…コイツぅ……」
「HQ、ターゲットはレーニン通りを右折…アムールスキー通りに増員を…!」

通信兵にみなまで言わさずアリオストがかませ犬を袈裟懸けに処す。
混乱したディーカヤ・コーシカが応戦しようとするものの、
人間の限界まで至っているかのようなアリオストの動きに対応出来ず、街路は彼等の返り血で彩られていく。
其の紅さは周囲の炎に勝るとも劣らず。
正に紅蓮の死神と呼ばれるに相応しい様相を呈するアリオスト。
対し、落ち着きを取り戻したディーカヤ・コーシカ達は銃火器を捨てると軍用ナイフを構え、
アリオストを包囲…ジリジリと距離を詰めて来る。

「…来いよ、モテない雑魚共」

上に向けた人差し指を曲げて挑発してみせるアリオスト。だが…

「お前達は下がれ!」

ディーカヤ・コーシカ達への一喝…
彼らの包囲を割り、真正面からアリオストと対峙したのは…
改造マンモスの上で仁王立ちとなっている、西部劇風の装いをした老齢の男…
ディーカヤ・コーシカの隊長であった。
オールバックで纏められた髪は全て白髪であるものの、力強い眼差しが年を感じさせない。
両手で2挺のコルトSAAを弄び、アクロバティックなガンスピンを見せ付ける。

「私の名は……リボルバー・オセロットっ!!」

(…何だ?緊迫した状況だってのに、脳から汁が垂れ出そうなこの構図は?)
執筆者…is-lies

  ロシア、ハバロフスク、ウスペンスキー教会

 

 

「お待ちしておりました、同志アーニャ。
 上の塔でお嬢様が御待ちです。どうぞ」

教会前の広場で一行を出迎えたのは黒服の男率いる集団だった。
服装はどれも地味だが其の眼光は既に修羅場を潜り抜けた者の其れである。
ハウシンカ達を見るや否や、懐に手を突っ込んだりして周囲を剣呑な空気が覆ったものの、
黒服の男とアーニャとの間で何やらやりとりがあった後、ハウシンカ達も一緒に来て欲しいと言われてしまった。

「何よ何よ何よ?
 なーんか大事になってなーい?」

ハウシンカからすれば、ちょっとアーニャに質問するだけの積もりだったのだが、
どうも雲行きが怪しい。これは巻き込まれフラグだ。
そう思い、聞きたい事だけ聞いて早々にトンズラかまそうとしたものの、
とうに周りは黒服率いる集団によって包囲されていた。
其れによくよく考えてみれば既にハバロフスク市内は封鎖されているのだから、
一時的に身を隠すという意味で、一先ずは彼等の言う通りにしてみようと結論を出すのだった。

黒服の男とアーニャの後を追って、辺り一面に宗教画が描かれた聖堂に入り、
横手の階段をひたすら上がり、カモフラージュされた扉を幾つかくぐると其の部屋へ着いた。
扉を開けて一層明かりが強くなったと思ったら其処は別世界。
教会の荘厳さはナリを潜め、上品さと可愛らしさが強く押し出された其の部屋には、
所々にファンシーなヌイグルミが転がっており、丸く小さなテーブルの上にはお菓子の山…
フリルとリボンで飾り付けられたカーテンや、開けっ放しのクローゼット内に見えるフリフリのドレスといい、
一瞬、部屋の主の精神年齢を疑いたくなりそうな具合であったが、其の必要が無い事をすぐに悟る。
精神年齢ではなく…実際年齢だった。

「お初に御目文字致しますわー
 わたくし、リスティー・フィオ・リエル・オーディアと申します。
 今後ともよろしゅーお願い申し上げますわー」
《で、愛らしい俺様チャンがガッデムファックサックサノバビッチコックちゃんだ!
 名前忘れんじゃねーぞ、忘れたら目ン玉にボールペンで直接カキカキしちゃるかんな!》

ソファーにちょこんと座った…何だか間延びした印象のある女の子が深々と頭を下げる。
其の腕の中にある、サングラスを掛けたヒマワリのような玩具っぽいモノは、
器用にタバコを掴んだ手…ではなく葉っぱを揺らして下品なオーラを発していた。
第一印象、何だコイツら?
「えーっと、お嬢ちゃんさぁ…何?」

率直にハウシンカが切り出してみた。
兎にも角にも情報が少な過ぎる。
ハバロフスクの警戒を凌ぐだけの付き合いになるだろうとはいえ、
あまりにも得体の知れない相手を前に、落ち着く事など出来はしない。

「ボスですわー。
 このロシアに変革を起こす急進的革命家ですわー。
 弾圧、粛清、貧困、腐敗…今のロシアはロシアじゃありません」
《詰まり、ラスプーチン独裁帝国ってこった。其れを救うヒーローが俺様チャン達ィ!
 ここいらじゃオーディア家っていや有名なんだぜ?大統領のマグナム程度にゃな。ゲヒャヒャ!》

確かに今のロシアの酷さは眼に余る。ロシア出身のハウシンカは兎も角として、
ルークフェイドやグレナレフは言葉もないといった様子であった。
公衆の面前で行われる反乱分子の粛清といい、幾らなんでも血腥過ぎる。
2人とも様々な国を飛び回っていった経歴があるのだが、
ロシア連邦、中華人民共和国、超鮮、イスラム共栄圏、ムガベ帝国、
ヨハネスブルグ自由民主主義共和国、アステカ連邦首長国などといった、
数多の火種を抱えた国家に対しては一歩、身を引いた場所から接していた。
彼らも或る程度の風聞を聞いてはいたものの、事実は小説より奇であったのだから、
ロシアへの判断は、恐らく正しかったのであろう。

故に、こういうレジスタンス運動家がいる事は何ら不思議に感じない。
だが其れにしては幼過ぎる。こういう運動を指導するに値するとは到底思えない。
普通に考えれば、彼女がボスの影武者であるか、優秀なブレーンが付いているか…

「ふぅん…ナショナリスト?」

「日本人みたいな事を仰るのですね。パトリオティストですわー」

「(ま、どーでも良い事だけどね)」

「おねーさま達がアーニャさんを助けてくれたお陰で、
 わたくし達の計画も予定通り行えますわ。本当に有難うございましたわー」

「アーニャんは革命の闘士ですかい。
 いつの間にンなハッスルこくよーになっちゃってんだか」

「…助けてくれた事には感謝します。
 ただ、私達はアーニャ・カプランベリヤさんに少し話を聞きたかっただけでして…」

巻き込まれては敵わないとばかりにルークフェイドが事情を説明しようとするが、
少女リスティーは微笑みながら其れを片手で制した。

「知っていますわー。あちこちで聞き込みしていたそうですわね。
 ドルヴァーン・ドラグスクという人の事………R・Bさぁ〜ん!」

リスティーが黒服の男を見やる。
髪を左右に分けた長身の青年R・Bは怜悧さを秘めた眼でハウシンカ達を一瞥し、
一礼してからスーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

「失礼かと思いましたが…
 思い当たる節が御座いましたので、少し調べさせて頂きました。どうか御容赦を」

写真に写っていたのは…何処かの大勢の報道陣に囲まれた、30代後半と思しき筋骨隆々な男だ。
周囲の人間達の興奮し切った顔とは違い、其の表情は落ち着き払われているようだが、
服から覗き見える体の所々には痣のようなものが見られる。
写真の男…ドルヴァーンの顔を見てハウシンカとグレナレフは一瞬、言葉を失った。

「馬鹿な!ドルがどうしてこんな…!?」

「…………何、これ?
 何でマスコミがこんな群れてんのさ?オヤジは何やらかしたんだよ!?」

興奮して写真を分捕るべく突っ込んで来たハウシンカを、闘牛士宛らに避けるR・B。
其の様子を覚めた眼で眺めつつ、馬鹿馬鹿しそうに投げやりな態度でリスティーは言う。

「なぁーんにも」
《強いて言や、ヒッキーやってただけジャン。ニートニート!》

「ラスプーチン政権となってからはロシアで度々ある事です。
 社会不満の捌け口として無実の者が槍玉に挙げられる事は…」

R・Bが言及した様、今のロシアでは必要な行事でもあった。
ラスプーチンの恐怖政治は効果を上げてはいるものの所詮、弾圧。長続きする道理は無い。
政府への不満が臨界点にまで達すると民衆は決起し、既存の社会を崩壊させようとする。
だからこそ、そういった民衆の不満を開放する為の対象を与えていかねばならない。
即ち、思想、人種、種族…そういったものを差別対象に指定して徹底的に攻撃する。
対象に非があろうが無かろうが民衆の怒りを政府から逸らす為の生贄とするのである。

「シベリアのイルクーツク収容所へ送られたばかりです。
 第三次大戦の英雄・竜王ドルヴァーンともあろう方が、全くの無抵抗だったそうですが…
 恐らく…周辺への配慮だったのかと」

「ドルの奴……何だってこんな……くそっ!」

グレナレフが悪態付く。ドルヴァーンはいつもこうだった。
朴念仁なデジタル人間のクセに、其れに徹する事も出来ずにいた事をグレナレフは知っていた。

「……成程、貴女が私達を此処に呼んで自己紹介までしたのは…こういう事でしたか」

「そういう事ですわー」
《まッ、仲良くやってこーぜぇ?ゲヒャヒャヒャヒャッ!!》

ルークフェイドへと笑い掛けるリスティー。其処に悪意はないのだろうが、
最初から組織に組み込む気でいたのがハウシンカには気に食わなかった。
だが一応、KGBから隠れてハバロフスクに潜伏する事は出来たし、ドルヴァーンの情報も得た。
後は…どうやってドルヴァーンを救出するかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイ━|Φ|(|゚|∀|゚|)|Φ|━ホ!
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             其の頃の紅蓮の死神
執筆者…is-lies
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