リレー小説4
<Rel4.玄藩丞号6>

 

 

列車内を駆ける黒髪の若い男は白海グループより派遣された協力員である。
着ているオレンジ色の道着は秘境の道場「亀屋」で修行を積んだ者にのみ与えられる名誉。
向かう先は巨大な気配を感じた10号車の2F部分。
細川財団やSFESことリゼルハンクグループに比べると、
白海グループの支配力はイマイチと言わざるを得ない。
だが今、この玄藩丞号を動かしているのが白海グループの力である事は、
同乗している細川財団・SFESの面々も理解しているところだ。
更に、其の場で起こった事件を白海グループの人間が解決したとあれば良い宣伝となろう。
ほくそ笑みながら道着男は2Fへと上がり扉を蹴破る。

「SFESの皆さん、ただいま助太刀に…」

瞬間、道着男は長大なチェーンに引っ叩かれ「ウバァラオ!?」とか言って其の場に倒れる。
併し其れを眼にした者は其の場に居なかったし、気に留めている者も居はしなかった。

 

「ちっ、お前キメラだろ!?ナナミ何処にやった!?」

「ウガァアアアッ!!」
タイラントからの返答は無い。獣染みた咆哮を上げてナナシへと両腕を振るう。
腕の先は変形し、片方が鋭利な鎌…もう片方がトゲの付いた鉄球となっていた。
更に鉄球の先端には射出式のチェーンが備え付けられており、其の攻撃力は先の通り。
鉄球や鎌をバク転で避けるナナシだったが、
彼が地を蹴ったのを見計らってから射出されたチェーンに足を絡め取られ、引き寄せられる。

「くそぉ!?」

タイラントの腹にある模様が盛り上がると、おちょぼ口の様に開いて凄まじい冷気を浴びせ掛ける。
其の正体は液体窒素…水の凝固点を遥かに下回る其れを受けては、
如何にD-キメラといえどもタダでは済まないだろう。必死にチェーンを切ろうと足掻くナナシだが、
足を引っ張られている体勢に加え、冷えたチェーンが急激に体温を吸収してゆき力を奪う。
更には…

「助太刀するよ」
ランクラウンの空気操作が又してもナナシを捕らえに掛かっていた。
一方、弟のランポイントはというと小桃にターゲットを絞っている。
魔力の素地が違い過ぎる為、牽制の域を出はしないが、確実にナナシは追い詰められていく。

「ちっくしょぉお!」
ナナシが叫ぶ。今まさに吹き付けられようとする液体窒素。
だが横手から放たれた銃弾の雨がチェーンを叩き切ったお陰で直前に辛くも脱出する。

「貴様はデカブツを足止めしていろ。其の間に能力者達を黙らせる」
ガトリングガンの回転を止めてキララが言う。
人数的には相手が上だがローズルと高津は観戦に徹しており、実質は3対3。
ランポイントとランクラウンはこの場では最も身体能力が低いだろうが、能力が凶悪極まりなく、
更には姉弟ならではのコンビネーションで、相当手強い。
そしてD-キメラ・タイラント…恐らくこの場で最大最強の壁…
ナナシ達3人も力を合わせ、お互いに協力し合わなければ突破は難しいだろう。
協調性の無いナナシではあったが、妹ナナミを救う為という事もある。舌打ちで同意を示す。

「ウガッ!!」

タイラントの口から地獄の業火が放たれ、ナナシを近寄らせまいとするが、
瞬間的に全力を出し、残像を生じさせながら相手を翻弄するナナシのスピードには追い付けない。
炎は列車の屋根を次々と溶かすに留まるものの、ナナシもまた反撃の糸口が掴めないでいる。
双方手詰まり。だがナナシとタイラントではスタミナも全く違う。状況は刻一刻と悪化する。

タイラントの攻撃対象から外れたキララが、片手で小桃を抱えながらランポイントへと疾駆…
迫り来る空気弾を小桃の反魔法で防ぎつつ、そのまま一気に距離を詰める。
主を危険に晒すなど本来、あってはならない事。だがナナシ達の状況は全員の力を欲していた。
其れが解らないほどキララは頑迷ではなかったし、小桃もまた同様。

「ほう、JK-112が果たしてどれだけ持つかな?」
「…来なさい」
キララから放たれた牽制のガトリング弾を軽快なリズムに乗りつつ飛んで回避…
屋根へと姉弟2人揃って着地して鷹揚に手を掲げると、其処から巨大な魔力の奔流が発生した。
合体魔法…小桃が構えを直して相殺に努めようとした其の時…

「ウガァッ!!」

タイラントの突進…しかも進路上に味方が居るのもお構いなしの…
ローズルや高津を除き、其の場の全員が屋根に上っていた為、ほぼ一直線に戦場が展開されていた。
故にこんな荒っぽい事、出来る訳が無いとナナシは思っていたのだが…
現実にタイラントは其れを敢行して見せた。察知出来たのは直接対峙していたナナシのみ。

「やべぇ!お前等、避けろォ!」
横っ飛びとなって屋根の縁を掴んでぶら下がり、
何とかタイラントの突進を回避したナナシが叫ぶものの、もう遅い。

「……っ!」
ランポイント達に集中していたキララでは回避出来ない。
小桃が咄嗟に結界を張り、何とか弾き飛ばされるのみに留めるが、
キララは背後から直撃を食らい、持っていたガトリングガンを列車の外へと落としてしまう。
アンドロイド・キララにぶつかった程度で止まりはしない。
そのままタイラントはキララと対峙していたラン姉弟にも其のままの速度で迫る。

「…なっ!?」
ランクラウンは一瞬、自分の見た光景を疑った。
迫り来るタイラントではない…自分を空気操作で横手へと跳ね飛ばした我が弟の姿に。
そしてランポイント少年の胸部にタイラントの鎌がめり込んだ。

「ランポイント!」
ローズルが叫ぶ。よもや調整された最新式D-キメラが仲間まで巻き込むなど予想外もいいところ。
膝を折り崩れ落ちてくるランポイントの体を、即座にランクラウンが抱き止める。
少年の表情は茫然とした…およそ生気を感じさせぬものとなっており、
衣服は深く袈裟懸けにされ、とめどめもなく溢れる血が既に手遅れである事を理解させた。

「なんで……ッ、あんたが作った兵器だろ! なんで弟が死んでるんだよ!」

「何事にも事故というものがあるだろう?それと同じだよ。
 それよりもあの破壊本能・・・素晴らしい・・・」

感情を剥き出しにして叫ぶランクラウンに詰め寄られて尚、高津紳輔は他人事のように言い捨てる。
死者に興味は無い。既に過去のもの。古きもの。思考に値しない。
…即ち、高津紳輔とはそういう男だった。

 

「…こいつ……敵も味方もお構いなしかよ…!
 ヤロォオ!!」

タイラントの両腕がロケットパンチとなってナナシに迫るものの、
ナナシは真っ向から其れに向かって疾駆…飛んで来たタイラントの両腕へと飛び乗り、更に跳躍する。

「ウガァ!?」

放たれたナナシのローリングソバットに、額の角を砕かれたばかりか、
勢いに押され其の横っ面を、キララのミサイルポッドの斜線上に晒してしまうタイラント。
間髪要れず殺到したミサイル群が、反応し切れないでいるタイラントへと突き刺さり次々に爆発…
剛獣の強靭な皮膚を炸裂させ、周囲に赤い肉片をばら撒く。
苦悶の叫び声を上げる暇すら与えず、小桃がタイラントに集中させていた魔力を解放する。
相変わらず、呪文詠唱の一言すらない魔法行使ではあるが、其の威力は先とまるで変わらないものだった。
要するに…

ガギャアァアアアッ!!!!
タイラントの身を焼く魔力の焔は決して衰える事無く獣を包み込む。
しかも其の火炎は超再生能力を有したナナシが見ても、
D-キメラの再生力では到底追い付かないと認識を下せる程の勢いを持っていた。

 

「ほう…これは凄い……
 細川小桃の持つ力はD-キメラの其れと比べても遜色が無いばかりか、凌駕しているぞ…
 こんな人間が存在したとは…いや、何か理由があるな」

感心そうに、火達磨となったタイラントへと魅入る高津。
己の創造物が焼き尽くされる様を前にしても全く狼狽えない其の様を見る者がいれば戦慄した事だろうが、
ローズルもランクラウンも、倒れたランポイントを蘇生すべく其の場から姿を消していた。
尤も即死状態の上、この列車に蘇生などという力を持った者はいない。徒労である。

 

「っかし、解んねーなぁ…
 お前さぁ…どうして呪文も唱えないでこんな魔法使えるんだよ?…本当に人間か?」

ナナシも一応、SeventhTrumpet教団の運営する能力者学校『選ばれし者達の学び舎』に通学していた事があった為、
能力というものの一般的な基準は把握していたのだが、小桃の力はどう贔屓目に見ても人間の域を超えている。
魔法行使の基本として教わった2つのタイプ…プリセットタイプとヴァリアブルタイプ。
プリセットは魔法の属性や効果を予めパターン化しておき、詠唱によって行使するタイプである。
イメージを固定してしまうので制御は比較的安定しており、訓練次第で詠唱も不要となるが、
反面、固定してしまったイメージをもう一度変化させるのは難しいという短所もある。
ヴァリアブルタイプはイメージを固めず、其の場の状況に応じてイメージを練る為、
非常に多彩な用途に能力を使う事が出来る反面、制御はプリセットタイプに比べ圧倒的に難しい。
これだけの知識で語るならば小桃はプリセットタイプなのだろうが、
彼女は詠唱も無しで、幻術・魔法霧散・物理防御結界、大爆発、火炎といった能力を易々と行使して見せた。
詰まりプリセットとヴァリアブルを絶妙のバランスで両立した、何れも最大限に使いこなせている…という事だ。
…人間業ではない。というか魔力量からしても既に人間ではない。
小桃は一冊の古ぼけた本を出した。
本はかなり年代を感じさせる古さだった。
それと同時に普通の本にはない威圧感と空気を漂わせていた

「なんだこりゃ?レ・・・ゲ・・・?レゲェ?」

レメゲトンです。」

「レメゲトン?ああ・・・」

ナナシはバカだが自分の興味のあることには勉強熱心だ。
施設にいた頃、施設の図書館でソロモン王の遺産というものを読んだことがある。
その中でレメゲトンという魔法書を見た覚えがあった。
レメゲトンの中には77の悪魔を召喚する方法が載っていて其々が召喚者に知識やら力やら授けるという。

「お前の尋常じゃないそれはよーわかった。
 だがそれだけじゃ納得いかねー。いくら悪魔の力使っていようとお前そのものが異質だ。
 それだけのことができる理由にしちゃ常人なら納得いくだろうが俺は納得いかねえ。」

「・・・・・・」

小桃は黙ったままだった。
表情も変えず汗も流さず彼女は黙ったままであった。

「ま、言いたくなけりゃそれでいいけどよ。」

こうなると何言っても無駄だろうとナナシは判断したのか
これ以上の追求をやめた。

「今は・・・人間・・・です。でも時期に・・・分かります・・・」

「あ?意味わからん。」

小桃は一応質問の答えのような答えを出したが答えになってはいない。
時期に分かるとはどういう意味なのだろうか?

「お前達、まだ油断は出来んぞ。」

そこへ埃まみれのキララが戻ってきた。

「あ?油断も何も奴さん燃えに燃えまくってるやん。
 これもうどう見てもこのまま真っ赤に燃え・・・」

ナナシが言いかけた時だった。
タイラントがゆっくりと動き始めた。
その身は未だに燃え続けているが体から燃えカスとなった肉片が落ち始めている。
普通ならばこのまま燃え尽きてる所だが
タイラントの戦闘意欲は燃え尽きてはいなかったのだ。

「・・・こんなのあり?っていうか・・・なんなんだこいつ・・・

流石のナナシもこればかりは予想をしていなかった。
ほぼ骨だけで動くタイラントを見て呆気にとられていた。

「アホかっちゅー話だよ。もう」

正直ナナシは泣きそうだったのは此処だけの話である。 
生きているはずが無い。普通の生物ならば。
だが相手はD-キメラ…しかも曲がりなりにもSSに由来する体を持つ者だ。
小桃の炎で肉が燃え尽きても、D-キメラの核とSSと…双方の力が強力に作用し、
即座に肉の体を捨て、骨を外殻とした新しい体を形成したのだ。
次々と骨が膨張し、トゲや刃物のような部位が所々に現れる。
炎の威力は、内部に多数の分厚い層を備えた外殻によって遮断されて致命傷を与えられず、
それどころか小桃の炎を取り込み、身を覆う強力な防壁として展開するのだった。

「…ありかよ、こんなのッ!!」

だが灼熱の炎を纏ったタイラントにとっては、列車の屋根など既にマトモな足場ではない。
先程の様な突進も行なえまい。そうナナシは思っていた。
元々、タイラントは鈍重なパワータイプ。慎重に距離を取って相手の大振りな攻撃を避け、
隙を見計らってから攻撃を叩き込み即離脱…遠距離攻撃を行なっても良い。
詰まり、長期戦こそ免れないし、其の力も侮れないだろうが、
小桃やキララといった面子が揃っている状態で、
且つ多対一に持ち込む事が出来たのならば、そこそこに余裕を持って戦えるのだ。

「ガァアアッ!!
 ムァアアアァグァアアアヌァアアアズィイイガァアアアアァアアイィィイ!!!!

併し…タイラントのスペックはナナシの予想を遥かに上回っていた。
背部からワイバーンの翼…が変化したのであろう硬質の器官を翼に見立てて広げると、
其の異形の器官より凄まじい勢いで炎が噴出され、嘗て無い高速移動を可能としたのだ。

「げっ!?」

軽く飛んで突進を避ける積りだったナナシは、これに対応出来ずに直撃…
タイラントの体から突き出ていた巨大な棘が左腕へと刺さり、
皮一つで繋がっているような歪な状態にしてしまう。
苦悶の声を上げるナナシに、追い討ちとばかりに振り下ろされた鋭い鎌が、
ナナシの右肩から腹辺りにかけて其の肉体を深々と引き裂く。
更にはタイラントの体を覆っている炎に焼かれるというオマケつきだ。

っぐがぁあ!!調子に乗ってんじゃねぇえ!!」

タイラントを蹴り、其の反動で離れるナナシ。
其の衝撃で左腕が今にも千切れ落ちそうになっているが、
D-キメラ体内のナノマシンならば、そんなに時を置かずして完治させられる筈だ。
とはいえ今のままでは勝負にならない。
治るまでは逃げに徹さざるを得ないだろう。

追撃を掛けようとするタイラントをキララがミサイルで撃ち落すが、効果はあまり無い。
吸収した炎をミサイル着弾点にある外殻から噴出する事で、
所謂リアクティヴアーマーの要領でダメージを最小限に抑えていたからだ。
しかも外殻はD-キメラの特性でもって直ぐに修復してしまう。

「ちっ、手持ちの武器で使えそうなのはこれくらいか」

キララが手にしたのはビームナイフだ。
ガトリングガンは失い、爆発物の効果は薄く、相手は硬くて再生もする。
だが高出力ビームナイフであればタイラントの外殻を貫ける可能性がまだある。
ナイフがタイラントの外殻を貫いた其の瞬間に、爆発物で攻撃…今度こそタイラントを粉砕する。
外殻の内に用意された空気の遮断層を、このビームナイフだけで抜き切るのは難しいだろうが、
其れ以外に効果的な攻撃を行えないというのも事実。
小桃の魔法は大味なところがあり、
高速接近戦を行って来るようになったタイラントには使い難いというのもある。

「…私の魔力を、キララのナイフに注げば……多分…外殻は破れる…」

「となると、こっちは其の瞬間にミサイルを発射する役目か。
 …待て、ならナイフを使うのは……」

小桃とキララの視線が、右腕一本のみのナナシへと向けられた。

「………?
 …俺?」 
いきなりの提案に其の意図を把握出来ないでいたナナシが、
この腕でどうやって?と問い返そうとするのを待たずして降り掛かる無数の黒い塊。
列車の護衛をしていた武装ヘリ群が、爆裂魔法の余波から立ち直って攻撃を開始したのだった。
放たれたゴム製の暴徒鎮圧弾は十字状に展開し、相手の体を強かに痛めつけて動けなくするもので、
D-キメラであるナナシやアンドロイドのキララにとってはどうという事も無い攻撃ではあるが、
生身に加え、己の魔力を大量にナイフへと注ぎ込んだ小桃が食らっては無力化されかねない。
ナナシとしてはもっと回復を待ちたかったところだが、どうも敵は其処まで寛容ではないようだ。
下が騒がしくなって来ている事から列車内のSFESも動き出したと見てよい。
紅葉や常盤Lvの相手が出て来てタイラントと挟み撃ち…という形になれば全ては終わる…
其の前に当面の障害であるタイラントを排除し、ナナミを救出…脱出せねばならない。

転げ回って火炎弾を避け、渋々とキララが投げたナイフを受け取る。
手にした瞬間、ナイフに満ちた小桃の魔力に圧倒され、一瞬放してしまいそうになるが、
これが最後の希望であるだけに何とかナナシはナイフを手の内へと押さえ込んだ。
癒着中の傷口は脆くまともに腕を動かす事もままならないが、やるしか手は無い。

「ったく……南無三」

高速で飛来する暴徒鎮圧弾を足場とし、眼にも留まらぬ速さで宙を跳ぶナナシ。
この芸当は以前、ナナシが脱走したSFESのアテネ第7研究所で披露して戦闘ヘリを撃墜した時のものだ。
護衛ヘリが其の時に落としたものと同型らしい事を見抜き、同じ戦法で掛かったナナシの眼は正しく、
あっさりと自分以上の高度を取られた戦闘ヘリは反撃も出来ず、そのままナナシの蹴りで吹き飛ばされ…
…其の先を飛行していたタイラントへと衝突した。

「ウガァアアァァァア!?」

全く想定していなかった攻撃に混乱を来たしたのか、我武者羅になって暴れるものの、
其の致命的な隙にナナシが入り込まない訳は無く、
タイラントは飛びついて来たナナシに甲殻へ深々とビームナイフを刺し込まれた。
絶叫を迸らせるタイラント。
其の一撃が外殻を抉っただけに留まらず、其の体の奥深く…本体にまで届いている事をナナシ達へと知らせる。

「今だッ!」

タイラントの炎に身を軽く炙られ、所々に重度の火傷を負ったまま落下するナナシが叫んだ時には、
既にキララの両目はターゲットであるタイラント…其の体に刺さったナイフにのみ向けられていた。

「上出来だ」

キララの装備していたゴツいアタッチメントの数々が其の顎を次々開く。
全ての火力を集中させなければタイラントに致命打を与える事は出来ないとの判断からである。
かくして放たれたミサイルの雨がタイラントの…唯一の弱点となって其の場所へと吸い込まれて行き…

グァギャァァアアアアァァアッ!!
爆発。
タイラントの甲殻や血肉が雨となって降り注ぐ。

「やったか!?」 
「グガガガガ・・・」

爆発の炎の中、タイラントは元の人間サイズに戻っていた。
腕はなくなり、はらわたは腹からはみ出ていて、足は皮膚がなくなり骨が丸見えの状態だった。
不気味にも左の目玉が飛び出ていてなんとも無残な姿だ。

「うひょー・・・これまたグロテスクなお姿におなりで。
 つかあの状態で動けるのかよあいつ。
 凄まじいほどタフだねえ。」

「お嬢様は見てはいけない。」

「〜?」

流石のナナシも通常なら動けない状態になってるはずでも動くタイラントには驚きを隠せない。
むしろウンザリ来るくらいだった。
一方小桃はキララに目を隠され何が何だか分からなかった。

 

「もう良いだろう。」

ふーっとため息をつき高津がつぶやくように言った。

「あ?」

「私もね、暇じゃないんだよ。それにもう飽きた」

高津がそう言うと
タイラントはゆらゆら揺れながら高津の元へ行った。

「試験としてはまだまだだな・・・
 助けがいたとは言え失敗作にボロボロにされるようでは
 量産しても役にはたたんな。
 もっと改良する必要があるな」

高津はそう言うと手の平サイズの赤いひし形のカプセルから七色の光を放ち、タイラントをその中に吸い込んだ。

「お、おい、てめえ!」

「ああそうだ・・・小桃嬢、私は貴方に凄く興味を持った。
 何時かは貴方を研究したいものだ。」

「高く・・・付きますよ・・・?」

高津はふっと笑うとその場を去ろうとした。

「まてっつってんだろが!この腐れジジイが!」

無視されたナナシはついにキレて高津目掛けて壊れた列車の屋根をぶん投げた。
だが投げた屋根は高津に当たる前に消え去った。
高津の周りの空間が歪んでいる。
高津が作った装置が発生させた結界の影響で空間が歪み、それが防御壁となったのだ。
科学者ならこのような事態に備えた防御方法など思いついてるものだ。
そして興奮するナナシには目をくれず、高津は小桃の方をちらっと見て口を開いた。

「小桃嬢・・・この後どうなさるおつもりで?
 このような事しては貴方も貴方のおじい様の立場は危ういものですよ?」
「私は・・・あの人の人形じゃありません・・・だから・・・」

「自分の道は自分で行く!お嬢様はそう言いたいんだよ!
 解ったか!このスカタン!」

「お前には聞いとらんのだよ。つかしゃべんな」

「かー!」

高津の一言にナナシ怒り、高津に罵声を浴びせまくってる
時、小桃は先ほどのナナシの一言で何か心の中で動くものが在った。
「自分の…道……………」
細川小桃…彼女にとってナナシに協力したのは単に、
妹を救おうとする其の姿に、兄である細川隆を重ね合わせたからに過ぎない。
全面的に高津達と争う積もりなど無かった。
だが、ナナシと行動を共にしている内に…
どう表現すれば良いのか小桃にも解からなかったが、敢えて言えば『高揚感』、
徐々に覚醒していく様な、楔を打ち破り本来の姿へと回帰してゆくような錯覚を覚えていた。
列車は線路に従い一直線に進んでいく。
乗る者共が何も考えず何もせずとも、やがて其の終着点へと辿り着くだろう。
だからという訳ではないが、彼女は其れを一種のタイムリミットとしていた。
特に決めていた訳でもない漠然と定めた刻限。
ナナシを助けた事から始まった其れにより、今彼女は結論を出すに至っていた。
この列車から降りてみようと。

「で、お前は、どうする?
 小桃嬢の力ならば、此処から逃げる事も出来るが…
 RV-113を見捨てるか?」

「ハァ?何寝言垂れてんだ?寝てから言えカス。
 さっさとルクレツィアの部屋に行くぜ!」

ナナシは既に修復した腕の具合を確かめるよう振り回すと、キララの先導に従い奥へと進む。
…ナナシ・コールにとって高津は創造主であるという以上に唾棄すべき存在であったが、
無理をして殺す程のものではなく、ナナミの救出を優先させたという事なのだろう。
新SFES部隊やタイラントとの激戦による決して軽くは無い消耗、
これから本格的に投入されるであろうと予測される新SFES部隊…
それらを考え、早急にナナミを確保して逃げ出す…道理には適っている。
だが併しと其の場に残された高津は冷たい目線を一行へと向け、
遠ざかるナナシの背を見やりながらニヤリと口の端を吊り上げるのであった。
執筆者…is-lies、R.S様

   ナナシ・コール
   玄藩丞号.5号車2F 西側通路

 

「本当に残念ですよ小桃嬢」

ルクレツィアの部屋は、既に眼と鼻の先…
其処まで来ていながら、ナナシは最悪の敵と対峙する破目になっていた。
抜刀した常盤の背後に控えている一団は元レギオンの新SFES構成員達だ。
中にはヴェリーヌヒルト並の気迫を漂わせている者も居り、強行突破が不可能であると理解させられる。
其の中央で腕組しつつ小桃を見据えていたのは新SFESの首魁であるニューラーズであった。
どうやらタイラントに手間取り過ぎたようだ。

「このような事をなさられては…困りますね。
 春英氏…貴女の祖父様も大変、心を痛めておいでですよ」

「うるせぇ!ナナミ何処だ!?ナナミ出せっ!妹なんだ!」

常盤までいる以上、今の疲弊した状態で戦闘を行うのは無謀と判断し、
威勢は良いものの一応、手を出したりはせず会話に持っていこうとするナナシ。
ニューラーズは眼鏡の位置を直し光らせ、視線を小桃からキララへ、キララからナナシへと泳がせる。

「貴方がJK-112…ナナシ・コール…だったでしょうか?
 RV-113…ナナミ・コールをお探しなら貴方の後ろの部屋ですよ。
 ルクレツィアの部屋には居ませんね。」

あっさりとナナミの居場所をばらしてしまうニューラーズ。
小桃が何の積もりだと考える前に速攻で釘が打たれた。

「但し、我々が其れを見逃す道理はありません。
 さぁ…どうします?」

直ぐにナナシを取り押さえられてしまいそうな武力を突き付け、
既に交戦状態へと突入してしまっていた相手に対し、今更何を求めているのか…
ナナシには何が「どうします?」か理解出来なかったものの、小桃には解った。
詰まり小桃への脅迫であった。「ナナシやナナミは見逃してやるから小桃は戻れ」という…。
さもなくばナナミの部屋の場所をわざわざ教えたりはしないし、問答無用で取り押さえている筈だからだ。
SFESはナナシの脱走には関与せず、細川小桃…を通じて細川春英との協調を重視している。
以前は細川春英の勢力圏外であったSFESも、今では細川と繋がりが深くなり過ぎ、
春英と反目する小桃とは、無関係を通り越して敵対同然の立場になってしまっていた。
恐らく細川春英はSFESを小桃の目付け役として利用する為、支援をしていたのだろう。
ニューラーズがネークェリーハを利用しての茶番劇にも騙される事無く、
逆に新SFESを手駒にしてしまっていると見た小桃は、春英の悪魔的な性格を一層強く心に刻んだ。
だが…

「……断ります…祖父とはもう関係がありません」

其の瞬間、ニューラーズが不気味な笑みを浮かべた。
一瞬遅れて小桃が気付く。
春英の手駒などとんでもない。SFESの牙は健在だった。
そもそも先程、自分が思い浮かべた提案を良く考えてみるべきであったのだ。
SFESはナナシなら見逃す。其れは高津の責任であるとなっている。
だがナナミは違う。ナナミはルクレツィアの管理下にあり、高津が失敗作の烙印を押したナナシとは違う。
が、ニューラーズはナナミまで交換条件とした。
要するにニューラーズは、ルクレツィアや高津といった連中の危険性を熟知していたのだ。
高津とルクレツィアがナナミの取り合いを行っていたのは前からの事だし、
今でこそルクレツィアのものとして扱ってはいるが、高津が異議を唱えているのも周知の通り。
第三者にナナミを排除させる事で内部抗争の火種を消し、新SFES内部を纏め、
其れと同時に、極めて優秀だが性格に問題のあるマッドサイエンティスト2人組の関心を、
ナナミを連れ去った細川小桃…延いては細川財団へと向けさせていようとしているのだ。

そういえばそうだ。SFESは「違約には違約を以って返す」性格だったのだ。
既にSFESと敵対行動を取ってしまった小桃は、報復の対象に違いない。
こうなれば後は自ずと答えが出てくる。
要約すれば、ニューラーズは細川財団攻略をも視野に入れており、
小桃には其の為の外交カードとして「ナナミを攫って逃げろ」と言っているのだった。
そして拒否する道は無い。
万一、小桃が投降したとしても新SFESには何らペナルティーが存在せず、
細川財団に借しを作れるし、ナナミの件にしても一先ずは高津とルクレツィアの諍いを止められる。
どうやら細川財団と新SFESの争いは水面下で疾うの昔に始まっていたらしい。

ニューラーズがぬけぬけと言う。
「残念です。至極残念ですが…
 皆さん、小桃嬢に手を出してはいけません。細川財団とは良い仲でいませんと…
 が、小桃嬢を連れ回した其処のJK-112には少しばかり痛い目に遭って頂かなくてはいけませんね」

ニューラーズの科白に対話の限界を悟ったよう、小桃が通路いっぱいに障壁を展開する。
彼女の推測が正しければ、ニューラーズには小桃を害する気はないし、ナナミを守る積もりも無い…
だが、ナナシは別だ。
シルシュレイとの約束事とて、事が此処まで大きくなった以上、ナナシを殺してしまっても大義名分は立つ。
そんな中、ニューラーズはナナシを攻撃する旨を示した。
小桃やキララが守るであろう事を見越しての命令であった。

「…早くナナミさんを……
 こちらは瞬間移動魔法を準備しておきます」

突進してきた元レギオン達が障壁に遮られている内に、ナナミを助けに行けと指示する小桃。
不本意ではあるが今はニューラーズの策に嵌る他、術がない。
ナナシは頷きもせず、ナナミの部屋へとドアを蹴破って転がり込む。
必死になっているナナシには悪いと思いつつ、
既にこの場で行われているのが戦闘行為でも何でもないという事を知る小桃がキララと共に、
ナナミ誘拐を阻止しようとするSFESを必死に塞き止める細川小桃…という構図を描き、
其れを見てニューラーズは一層、愉快そうにほくそ笑むのであった。
執筆者…is-lies

   ナナシ・コール
   玄藩丞号・5号車2F VIP用04号客室

 

扉を破って侵入したナナシの視界にすぐ入ったベッド…
其の上で横になっていたのは見紛う事なきRV-113ナナミ・コールであった。

「ナナミ…大丈夫か?」

返事は無い。一瞬、取り乱しそうになるナナシだったが、
規則正しく小さな寝息を聞き取り、漸く張り詰めっ放しだった表情を和らげる。
ルクレツィアがナナミを溺愛していた事から当然ナナミが無事であると知ってはいたが、
列車の中でナナミの姿を眼に出来たのは初めてだったのだから、安堵の息を漏らすのも仕様が無い。
だが気を抜いてばかりもいられない。
小桃が敵を抑えている内に逃げ出さねばと茶番劇に組み込まれている事も知らず、
ナナシはナナミをお姫様抱っこにして通路へと飛び出す。
通路の先では既に小桃が転送魔法の陣を張り終えていた。
SFESの兵は障壁の解除に手間取っていて攻撃出来ないでいる。
あの陣に入れば、この列車から脱出できる。
恐らく、この列車内で目を覚ましてから最も気を抜いた瞬間だったろう。
だから…

あれ?
だから、ナナシは撃ち抜かれた。
そしてナナミも。

「なッ!?」

これにはニューラーズ達も驚愕せざるを得ない。
ナナシとナナミを貫いた光を放ったのは、障壁のある方向とは正反対…
小桃達が来た道に立っている銀髪の少年D-キメラ…MI-111ナナルであった。

「……貴様……!」

其れは高津の差し金…
ナナミを独占するルクレツィアに対する嫌がらせ。
あわよくば、ナナシが奪ってきたナナミを横取りしてやろうという策謀。
これならば新SFESを束ねるニューラーズに対しても、
ルクレツィアの警戒意識に難があったと主張する事で、
正式にナナミを自分のものと認めさせる事が出来るかも知れない。
何という事は無い。
以前にナナミを研究所から逃がして再捕獲し、高津の管理能力を非難…
高津からナナミを横取りしたルクレツィアへの意趣返しであった。
てか新SFES、ドロドロだな。
ナナシの負傷に気を取られている内にナナルが迫る。
退路は自ら結界にて塞いだ。
転送陣を発動してしまえばナナシ達を見捨てる事になってしまう。
小桃は転送魔法を中断せざるを得なかった。
超獣の核を持ったD-キメラという存在に興味が無いという訳ではないが、
其れ以上に、妹ナナミを守ろうとするナナシを見捨てる事が出来なかった。

「キララ」
「了解」

キララがナナシとナナミを担ぎ、小桃がスリット入りのスカートを払う様にして捲くり上げる。
ネークェリーハがこの場に居ればインプラントスコープで倍率アップ録画モードにしていただろう。
何の積もりだと思いつつもナナルは一先ず意識をキララへと集中し、
最優先ターゲットであるナナミを回収すべく、彼女を抱えたキララへと其の腕を振るおうとした。
其の直ぐ傍を小桃が通った事をナナルが察知したのは、彼女に後ろへ回られてからだった。

「!?」

如何にナナルがナナミとキララに集中していたとはいえ、ナナルはD-キメラ…
其れもD-キメラの父である高津紳輔の側近を任される高レベルな戦士である彼が、
人間相手に、こうも容易く背後を取られるなど本来ならば有り得ない事だ。

其のショックが如何程のものかは、
ナナルがキララの蹴りを無防備に受けてしまった事から計り知れよう。

「……この程度で死ぬなら其れまでだぞ。
 気をしっかり持て」

小桃の結界を攻略して追い掛けて来る新SFES構成員達の足音は今やどうでも良い。
どうせ本気で捕まえる気など毛頭ないような連中だ。
寧ろナナルへの壁となってくれるだけ有難い存在と言えなくもないだろう。
落ち着いた口調でキララがナナシへと言いはするものの、
ナナシの負傷は実のところ決して軽く無い。
流石に同じD-キメラなだけあってナナルはナナシの核部分を狙っていたからだ。
D-キメラの天敵とは即ちD-キメラであり、
彼等のナノマシンはD-キメラ由来の攻撃で其の機能を大きく落としてしまう。
タイラントとの戦闘でかなりの消耗を強いられていたナナシに、
核を狙ったナナルの攻撃は殊更に応え、致命傷に近いダメージを与えていた。
朦朧とする意識を繋ぎ止めるだけで精一杯なのか、キララへ悪態を返す事も出来ず、
時折呻いたりしながらも、自分と同じようにキララに抱えられたナナミの手は決して離さなかった。
逃げながらも頃合を見て背後へ攻撃魔法を放つ小桃。
既に大規模な魔法を連発し、タイラントを倒す為に相当の魔力を注ぎ込み、
更には不発に終えたものの転移魔法すら使ったのだ。
今尚、これだけの余力があるというのは驚異的だが最早戦い続ける事は不可能。
転移魔法を使うだけの力も残されてはいない。

「…またレメゲトンの悪魔から力を貸して貰う事になりそうですね…」

或る程度、追っ手達から距離を取って脱出の余裕が出来たと小桃が思った矢先、
キララの眼が、遥か先の食堂車輌の窓からゴツいライフルを構えたスナイパーの存在を確認していた。
車内で目を付けていた要注意人物の一角である、笑顔を浮かべたエプロンドレスの女だ。

「これ以上進むと撃たれる」

小桃達が戦闘能力という点で目を付けていた相手とは即ち、
アヤコ、高津のD-キメラ3体、常盤、シルシュレイ、そしてこのリト。
ニューラーズが指揮している連中といえどナナシに対しては今更容赦も無いだろう。
ナナシとナナミを連れている以上、これ以上進む事は不可能だった。
限界を悟った小桃が柵の上へと器用に飛び乗り、ぶつぶつと何事かを呟く。
空中に魔方陣が描かれ、其処から水飛沫と共に現れたのは、
宙に浮く巨大なエイの異形「フォルネウス」。
小桃の持つ魔法書レメゲトンに記されし上級悪魔であった。
其の背の上に小桃とキララが飛び降り、漸くキララが抱えていた荷を其処へ降ろす。
キララの装備の重量だけでも相当なものになるが、
フォルネウスは僅かに高度を下げただけで、航空にはまるで支障が無いようである。

「…ヘリが来る……
 フォルネウス、出て下さ……」

油断があったかもしれない。だが其れでも、
小桃にすら察知されずに其処まで近付いていたなどというのは有り得ない話。
いつの間にか通路に現れていた少女のシルエットが其の眼を光らせると同時に、
其の眼下の通路上に寝転がった状態のナナミが現れた。
偽物を掴まされたのかと、
自分達の側にいるナナミを見遣った時には、既にナナミの姿は其処に無かった。

「(…瞬間移動……)」

小桃自身も持っている力ではあるが、
世界にも数えるほどしか居ない瞬間移動能力を、よもや食らう側になるとは思っていなかった。
…初めての体験故に反応が遅れてしまった。
ナナシとナナミは手を繋いでいたはず…
だがナナミは一人で列車の通路に横たわっている。
切断面を晒したナナシの手首を握りながら。
ナナミのみを瞬間移動で持って行かれた為である事は明白であり、
既に傷だらけだったナナシに更なる痛手を負わされてしまう。

「…彼女は渡せません」

最後の最後で現れた、とんだ伏兵の正体は、高津の護衛となっていた3体のD-キメラ最後の一人。
顔面を包帯で覆った女キメラだった。
恐らく、妙に興奮していたのか冷静さを欠いていたナナルが、
ナナミ確保に失敗するであろう事を見越しての伏兵だろう。
即座に奪還しようと一歩前に出た瞬間、後続のレギオン達が次々と押し寄せて来た。
悪態をつくキララだったが、最早どうしようもない。
ナナシには悪いが、ナナミは諦める他無いとフォルネウスを奔らせる小桃。

フォルネウスのヒレが波打ち、周囲の空気が震え、
発生した衝撃波が自然と敵を近づけなくなる障壁と化す。

戦闘ヘリすらも凌ぐ速度で逃げるフォルネウスの後姿を見詰め、
新SFESの主たるニューラーズは追撃しようかと問う部下へ、首を左右に振ってみせる。
ナナミを奪って貰う事には失敗したが、一先ずは細川財団への貸しを作る事で良しとしたのだ。
だが其処で良しとしない奴が居た。

最早、地平線の上にぽつりと浮かぶ点にしか見えなくなったフォルネウスに向かって、
ひたすらビームを乱射しているナナルがそうだった。

「正確な射撃ですね。1発2発は当たったかも知れません。
 ですが小桃嬢までいる事を失念して貰っては困ります」

「やかましい!あの出来損ないは、この手で…!」

小桃の件が余程応えたのか、
完全に頭へ血が上ってしまっているナナルに、やれやれといった態度のニューラーズ。
高津でない人間が話し合っても無駄だと早々に諦める辺り、ナナルの性格には辟易しているようだ。
もうフォルネウスが完全に視界から消えて尚、攻撃を続けるナナルの腕を、
横手から掴んで来たのは、眉間に皺を寄せたルクレツィアである。

「ナナミを…ナナミを撃ったわね…ッ!」

「何事にも事故はあるもんなんだよ」

高津の影響をモロに受けたナナルの其の発言に、
ルクレツィアが鬼の形相となってナナルの腕を締め上げた。
D-キメラの強靭な肉と骨がルクレツィアの細い手の中で悲鳴を漏らす。

「……貴方、死ぬ?」

「やってみろよ…?事故が拡大しても良いならな!」

結局、高津達の引き起こす問題はこれからも暫く続きそうだと、
今しがた出した「良しとしよう」の結論を訂正したくなったニューラーズは、
溜息を吐きつつ、線路の先…遥か彼方にあるアテネを見据える。

「頼みますよ…デリング大統領」 
執筆者…is-lies

 

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