リレー小説4
<Rel4.玄藩丞号3>

 

   ニューラーズ
   玄藩丞号・10〜11号車 食堂

 

壇上から降りたニューラーズが席へと戻ろうとし…
…途中、脇で独りグラスを傾けていた女性を見付け、そちらへと向かう。
「アヤコさん、そんなに端っこの方で飲んでいても面白味が無いのでは?」

女…アヤコ・シマダが答える。自分の立場を皮肉った口調で。

「放っておいてくれるかしら?
 どうせ有志を募る為に掲げた人形に過ぎないんでしょう?」

「まさか。もしそうならば既に御役御免ではありませんか。
 そうなっていないのは、貴女の力が必要であるという事です」

「兵隊として?」
「頼もしい味方として」

アヤコの指摘も何処吹く風。
あまりにも飄々と言ってのけるニューラーズに、毒気を抜かれたのかアヤコは深く溜息をつく。
ニューラーズはアヤコのネームバリューを利用して新SFESを纏め上げた…
アヤコほどのものが離反に踏み切ろうとしている…其の事実が旧SFES内に燻っていた叛乱の火を燃え上がらせ…
結果、此処にSFES離反組という集団が存在しているのだ。
其の役目を果たした今、アヤコの立場は非常に微妙なものとなっている。
先の挨拶がニューラーズによって行われた事からも、
アヤコの後ろで糸を引いていたのが誰であるか…集まった全員が同じ想像に行き着いた。
詰まり首魁としての挨拶だった訳である。この瞬間アヤコは一兵卒へと堕した。不満も当然であった。

微笑み、アヤコの許を去るニューラーズ。其の背を眺めつつアヤコが呟く。

「………まぁ、良いけれどね。
 前支配者の件さえしっかりしてくれるのなら」

 

「アヤコ嬢も相変わらずですか」
ニューラーズが着席した其の対面に座す童顔の青年…ラーズスヴィズ。
嘗てのSFESに於ける若手ナンバー1…SLにまで上り詰めた男だ。尤も新SFESではそんな肩書きも過去のもの。
此処では全てが正当な評価の下、立場を決定された。
旧SFESが放置して来たような…分不相応な立場に着く者が出るような事にはならない。
ネークェリーハ然り、ジェールウォント然り。
だからラーズスヴィズは此処でも幹部なのだ。

「彼女の興味の対象は専ら前支配者ですからね。
 …前支配者を取り戻したいのは我々も同じ…ならば一緒に居て貰った方が心強い」

「数少ない神族級ですからね」

数少ない…というラーズスヴィズの言葉を、ニューラーズが鼻で笑う。
「フッ…
 アヤコ嬢、高津のD-キメラが3名、SSが4名…これだけいて数少ない…ですか?」

「少ないですよ。我々が元々抱えていた人数を考えますとね」
だがラーズスヴィズは堂々と言い返した。
其れを受け、少し浮かれていたとばかりにニューラーズは弛緩した顔を引き締める。

「…そうですね。
 LWOSはジェールウォントを使って交渉可能として、『かの組織』もありますからね…
 ……LWOSへの交渉は早々に行なう必要があるでしょうね。
 万が一の場合があっては…今の我々の戦力では対抗出来ないでしょう。
 セレクタや…ライズ達も気掛かりです。
 …一刻も早くロシアの彼女へと合流しなければ…
 エインヘルヤルを利用するのに、彼女は欠く事の出来ない人材です」

SFESすらも把握していなかった組織の存在…
しかも其の組織はSFESの持つ最大の力であったSSサリシェラを捕獲する程の力を有していた。
逃げ出して来たサリシェラの報告に、当時のSFES重鎮達は計り知れない程の衝撃を受ける。
自分達にすら気付かれる事も無く火星の裏側に村を一つ作り上げて其れを維持していた…
少なくともSSを倒し得る力を秘めた人材が2名。そしてSSの弱点をも知っていた…
組織…『白き翼』
未だに何を目的としているのかも定かではない集団…
ニューラーズにとって最大の気掛かりであった。
目的が解らない強大な存在…しかも向こうはSFESの存在を知っているのだ。
今のニューラーズ達にとって面白い存在である訳が無い。

「(薄気味が悪い…何故、ヴァンフレムはあんな…)」

其処へ唐突に掛けられる声。
「ちょいとばかし良いかいボス?」

「シルシュレイ…何の用ですか?」

ピアス男シルシュレイがニューラーズの背後…
彼女の護衛である剣士・常盤の肩越しに顔を覗かせていた。
シルシュレイ・セディルムといえば旧SFESの最大戦力レギオン部隊中でも有名人だ。
身体能力は非常に高く纏まり、若手にしては豊富な経験により戦闘技能も洗練されている。
況してやそんな彼がSSという力まで与えられたのだから、SFES最強とまで呼ばれるのも不思議ではなかった。
だがこういった周囲の評価とは裏腹に、彼の戦いというものは常に地味なものである。
彼は大暴れというものをあまりしない。
手加減…周囲への配慮…殺しを忌避するような戦い方…
彼は『子供』や其れに関わる者を殺した事が一度もなかった。

「例のJK-112だけどよ…高津はやる事やったら処分する方針らしいぜ?」

「そうですか。セレクタに提供する積もりでしたがそうもいかなくなりましたからね。
 足手纏いの役立たずを置いておく訳にも行きません。高津への餌となるなら上等でしょう」

「ボス、悪ぃな。
 俺にゃあずぇーんずぇーん上等じゃねーんだわ」

シルシュレイがギターの上に指を滑らせると同時に、
腰から提げた携帯アンプより重低音の不気味なイントロが流れ出る。

「…ではどうしろと?」

「逃がしてやれよ。
 セレクタに持ってけねぇってんなら、もう関わる理由もないだろ?
 高津を取るか…俺を取るか……どっちか選んでくれ」

詰まり、シルシュレイとはこういう男だった。
絵に描いたような反・旧SFES。
新SFESが旧SFESと同様に暴虐への道を進むとあらば彼は即座に敵に回るだろう。

「…俺は構わないぞ。ゼロと戦う前の手慣らしくらいにはなる」
ニューラーズの背後に控えていた常盤・貞宗が名刀『漣』の鍔口を親指で音も無く押し切りながら言い放つ。
彼もシルシュレイ同様、人間として最高の力を持った男だった。
暗殺者ギルドには属していなかったものの『音速の暗殺者』という異名まで持ち得るほどの実力者…
…其れが己の力に限界を感じ…旧SFESよりSSを与えられたという『人間として既に洗練されたSS』である。
ただ単にSSとなっただけの連中とは格があまりにも違い過ぎる。

新SFESの中でも最上位に位置する戦士達が対峙する。
周囲にいた構成員達も其の剣呑な空気を感じ取り、場は一触即発の様相を帯びて来た。

「待ちなさい、常盤。
 …馬鹿馬鹿しい。
 仮に高津を取ると言ったら…此処で強硬手段に出るとでも?」

「そりゃそーだ」

あっけらかんと言うシルシュレイ。
今度は静観していたラーズスヴィズが口を挟む。

「酔狂だね、貴方も。
 D-キメラや実験体を哀れみ、組織との対立すら辞さない…
 …どこかの誰かを思い出すなぁ…」
やんわりとした口調ながらも、決して下手に出ているものではない。

「何だ何だ?俺も『あの人』みたいになるってか?
 でも今はアズィムもいねぇし、何よりレイネがいねぇ。これも予想外だったよな?」

予想外の事態を新たに引き起こしてやっても構わない。そういう遠回しな脅しだ。

「……ふん、まあ良いでしょう。
 もし高津のところから彼が脱走するようなら…其れは高津の責任、我々は感知しない。
 但し…」

「解ってるよ。これからの働きに期待しといてくれや」 
執筆者…is-lies

   ジョージ・玖玲
   玄藩丞号・10号車2F VIP用09号客室

 

「ハイ…っと。
 …一応、応急処置デスから動かしちゃダメですヨ?此処で安静にしてイテ下さイ。
 アテネに着いタらシッカリした病院デ診て貰ッて下サイね」

「感謝しますぞ」
「ありがとうございます、リトさん」

新SFESの構成員リトは、微妙に語調の狂った喋り方をしながら、
来客…ジョージ・玖玲の片腕に巻きつけられた包帯を固定する。
彼女が診た時には、彼の腕は切断されており回復魔法などでは治療できない重傷であった。
こんな怪我を今の今まで隠していたというのだから理解に難いとリトは思っていたが、
ジョージ達、来客側に立ってみればそうでもない。
先にこんな怪我を見せてしまえば乗車を拒まれる可能性すらあったからだ。
が、其れは実際のところ要らない心配であった。
この玄藩丞号に乗っていた人間に、堅気など一人も居はしなかった。

「でモ、そんな怪我スルなんて随分ト物騒でス。
 子供達多イんですカラ、あまり危なゲな事しチャ、メッ!でスヨ」

「善処致しましょう」

「ムー…疑わシイでス。
 難なラ、アテネのオ医者様を紹介シマすよ?」

リトがジョージに施したのは、消毒や止血、仮縫合であって、腕を癒着させた訳ではない。
技術の進歩で、欠損した肉体を生体部品で補うという事も可能になっているとはいえ、
この腕の接合ですら、本格的な設備を有した場所でなければ綺麗に治りはしないだろう。
今しばらくの辛抱が必要とされる。
「どうしよう…ジョージがこんな大怪我を…」

「幾ら腕の再生とか不可能ではないとはいえー
 早めにお医者のところへ行った方が良いでしょうねぇ」

とはいえこんな列車の中だ。
ジョージの腕を奪った原因から逃げて来た以上、アレクサンドリアに戻る事は出来ず、
途中で降りてもあるのはだだっ広い荒野のみ。
列車は既に飛ばせるだけ飛ばしており…併しアテネ到着まではまだまだ掛かる。
悩む駿三郎と御付の双子メイド。
併しジョージは今までそうだったように、辛い顔一つ見せず淡々と言ってのける。
「ご安心を、駿三郎様。
 多少時間が掛かろうともアテネにさえ到着すれば如何様にでもなる事です。
 其れより、今日はもう晩くなりました。隣の部屋でお休み下さいませ」
執筆者…is-lies

   細川・小桃
   玄藩丞号・13号車1F 後冷凍庫側通路

 

ネークェリーハがペンギン太郎をシメた其の窓の側、
まるで変わる様子の無い風景をぼーっと眺めつつ携帯電話に対応しているのは細川小桃だ。
彼女に電話を掛けて来たのは、彼女と細川財団を繋ぐパイプ役…
小桃の意志に従って細川財団の力を行使する、小桃サイドの人間だった。

《うん。そう…細川代表から……其の様に》

「……そう…ですか。
 …兄さんの処理した案件を探っている人達が……」

《その場は細川代表が戯言と言い切って追い返したけれど…
 リゼルハンク本社崩壊でSFESの情報統制に綻びが生じてしまったんだと思う。
 時期的に見ても情報の出所は十中八九SFES…
 小桃ちゃんは未だにSFESと行動を共にしているみたいだけれど…早々に離れた方が良いよ》

元より、SFESと共にいるのは社交的な意味でしかなかった。
彼女…細川小桃の興味の対象である物件に迫るにはどうしてもそういった高度な伝を必要とする。
第四次世界大戦後、所在不明に陥ってしまった大名古屋国アンドロイド『リリィ』…
17年前…第三次世界大戦の混乱に乗じて『ある組織』がアメリカから奪った『ビフレスト』…
いずれに迫るとしても一筋縄ではいかないだろう。
細川財団は火星に於いて非常に強い力を持ってはいたものの、
財団代表…祖父である細川春英に逆勘当を食らわせ…袂を分かちたのだ。
一応、財団の人間に協力者がいて、其の力でもってSFESへの売り込みを果たし、
リリィやビフレストの存在に迫る事が出来た。
そういう意味ではSFESに尻尾を振る旨味は大して残ってはいない。

其れよりも…
興味が湧いた。
兄…細川隆が細川財団の力を間接的に使って起こした違法行為…
これをSFES経由で暴き…交渉のネタとして細川春英を脅迫しようとした一味の存在に。

小桃はあの祖父に脅迫を仕掛けた一味とはどんな者達なのかと、
あれこれ想像を巡らしながら14号車…D-キメラ達の檻がある貨物車輌へと向かった。 
やがて『ダダ及びペンギン出入り禁止』の張り紙がされた扉が見えてきた。
…と同時に、騒がしい叫び声が2人前。

「オルァアア!!出せ!!!出さんかい!!!」
「はう〜!?たぁ…助けてくださ〜い!」

そういえばキララを待たせていたんだったなーなどと考えつつ、
表情も歩幅も変えず、そのまま扉を開いて貨物車輌の中へと入る小桃。
そしてカオスな光景が彼女の眼を汚す。

 

檻の格子に首を挟まれ、尺取虫よろしく不気味な動きで檻ごとのた打ち回っているJK112ナナシ…
そんなナナシにメイド服のスカートを噛み付かれ、床を引き回され喚き散らすキララ…
「ちょ…誰か、何とかしてってばー!
 オチオチ寝てられないよ!」
別の檻の中で縮こまり、両手で耳を覆い隠しているのはジップロックだ。
常人ならば理解に少なからぬ間を必要とするであろう其の光景に、
しかし小桃は動じる素振りも見せず、つかつかとナナシの許へ歩み寄る。

「さっさと出せー!!
 妹助けたいんじゃー!!
 お前出せ!!」

「はい。
 キララは檻を引っ張って」

「あ、はいです〜」

小桃はあっさりとナナシの要求を呑み、檻から飛び出た頭へと手を伸ばす。
何をする気だと思う暇もなく…ナナシの頭と檻とがそれぞれ逆方向へと引っ張られた。

うぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!?
スポーン

抜けた。首が。
いや、体が。
既に空となった檻はキララの手を離れ、甲高い金属音を立てながら床の上を転がっていった。
其の場に残ったナナシは首の激痛に苛まれ、意味不明な言葉を発しつつ首を弄り、首間接の微調整を行なう。
やがて調整が済んだのか、深い溜息を吐いてから……また先程のような怒鳴りを上げたのだった。

「てめぇ殺す気かぁぁぁあああ!?」

「あうあう…ダメです〜、御嬢様は言われた通りにあなたを出しただけでぇ〜」

小桃の胸倉を掴み上げようとしたナナシを、キララが止めに入り、
檻の中から様子を窺っていたジップロックは、あたいも助けてーと自己主張を始める。
そんな時だった。彼女達の思いもしない来訪者が現れたのは。
執筆者…is-lies

   ネークェリーハ・ネルガル
   玄藩丞号・13号車1F 後冷凍庫側通路

 

「おい、クソ兄貴」

「何ですか?シュヴ」

「何ですか?…じゃねーよ。自分の胸に聞く為、ブレストオープンして死ね。
 どうしてこんな夜中にキメラんトコなんていくんだよ?」
「ふぁああ…眠ィ……
 元総裁サンさぁ…何するっての?あーあー」

寝ていたところ、隣室のネークェリーハに叩き起こされ、
「大事件だ。四の五の言わずともかく着いて来い」と言われて来た2人の構成員…
ネークェリーハの妹であるシュヴァンリーと、褐色肌の少年シャールヴィーは、不満たらたらの様子であった。
流石にそろそろ説明しないとマズイかと思ったネークェリーハは事情を説明する事にした。
嘗て組織の長をやっていただけあって、タイミングを掴む事には多少の慣れがあるようである。

「なぁに、ちと思うところにしましてね…
 あのクソ小生意気なD-キメラの餓鬼が処分されるという話を、
 シルシュレイの野郎に聞かせたのが、あの小桃嬢であるというのですよ」

「……それがどうかしたん?」
シャールヴィーは半開きの眼を眠たげに擦りつつ言う。

「これだからお子様は……
 詰まり小桃嬢はキメラの糞餓鬼を…直接的ではないにせよ助けたい側なのです。
 多分、何となく好みだとか、知り合いに似てるからだとか…そんなしょーもない理由でしょうが…
 これ…実は糞餓鬼の中の核…でしたっけ?高津が取り出そうといってるのは。
 それを奪取する目的で行なった小桃嬢の策略…と、考える事は出来ませんか?」

「…おいコラ、クソ兄貴。
 嬢ちゃんを嵌める気かよ?」

「えげつねぇなぁ……ふぁああ…」

ネークェリーハは新SFESでの地位向上を目論んでいた。
其の為、新SFESの重要な協力者である小桃に取り入ろうとしていた訳だが巧くいかなかった。
だから彼は方法を変える事にした。即ち脅迫である。

「ふふ、嵌めるなど人聞きの悪い。
 私は不審点を問い質すだけですよ。生意気なクソガキを甚振りつつね。
 巧くいったらお前達にも相応の…」

「おいおいおい、オレがンなの許すとでも思ったのかよ?
 とっととクソして寝ろ。そしてそのまま眼ぇ覚まさずに死ね」

「元総裁さーん、リスクが高過ぎだって。
 大人しくしてよーぜー?」

ネークェリーハはタイミングを掴む事は出来たが、人の心を掴む事は出来ていなかった。
このまま2人が協力しないと、脅迫材料であるナナシを甚振る余裕が生まれず、
いや、其れ以前にニューラーズ辺りにチクられては元も子もない。
ネークェリーハがマズいと思った其の時、貨物室側から凄まじい悲鳴が聞こえてきた。

「ぬぅ!?これは一大事だぁあ!行くぞ貴様ら!問答は後だぁあ!!」

ネークェリーハは何らかの異常事態を感じ取り、これに便乗して計画を進める事とした。
残された2人も、先の叫び声は捨て置く事も出来ず、足早にネークェリーハの後を追う。

 

 

「なっ!?テメェ!?」
「!だ、大丈夫か嬢ちゃん!?」
「…なんだよ…これ?」

貨物室に駆け付けた3人が見たのは、
足にしがみ付いたキララを引き摺り、小桃へと迫るナナシの姿だった。

この時、ネークェリーハの脳細胞がフル回転を始めた。

「小桃嬢ォ!今助けますぞぉおお!
 オイ、オマエ等!ちょいとこのクソキメラを畳んでやれィ!!」

結局、ネークェリーハは脅迫作戦を懐柔作戦へと戻した。小桃に恩を売ってしまおうと。
だが既に小桃はSFESの許を去る気満々であり…全くの無意味でしかなかったが、
彼がそんな事を知るはずも無く、連れて来た2人をナナシへと嗾けるのであった。

「クソが!」
「…ッ!」
シュヴァンリーが首輪に付いたジッポライターを点火…胸元に炎の車輪が形成される。
シャールヴィーが妙なポーズをとると同時に、ゴツいベルトが発光…少年の全身を金色の鎧が包み込む。
だが……
執筆者…is-lies
   ナナシ・コール
   玄藩丞号・14号車1F 貨物室

 

「やべ…どうしよ……」

流石のナナシも表情を曇らせる。
あのネークェリーハという片目スコープ男は先に舌で翻弄してやれた事からも大した相手ではない事は確実。
併し彼と同行して来た2人は能力者…
能力者学校で、能力というものがどれだけ多様性に富み、
工夫次第で自分が思いもよらない効果を発揮し得るという事をナナシは理解していた。
しかも相手はそこ等を闊歩している能力者ではない。
女の方はチョーカーに鎖でつないだジッポライターに、
少年の方はベルトに其々、赤い球体を緑の線で囲ったようなマークがあった。
厳選された能力者に訓練を施して技能を高めた能力者軍隊…SFES最大戦力レギオンのしるしである。
嘗てナナシもレギオンと戦った事がある。
みつお01という男やヴェリーヌヒルトという女…いずれにも当時のナナシが対抗出来る相手ではなく、
保護者染みた存在であったヨミの助けがなければ敗北を喫していたであろう。
又、能力者学校で相応に知識を付けたと思った矢先、
ジップロックを囮にして攻めて来たレギオンと交戦…
常盤貞宗…そして、D-キメラの少女紅葉と戦い…次の瞬間、彼はこの列車の…檻の中にいた。
決して侮る事の出来ない相手…其れがナナシの持つレギオン観であった。

「今回も2対1…でもなぁ……」
ナナシには確信があった。
以前、負けた常盤と紅葉は……別格。
異常過ぎる。
紅葉とは其れ以前にも拳を交えた事があった。
強い相手だった。
D-キメラ特有の高い身体能力も、意表を付く攻撃も
周囲の空間に意識を溶け込ませて、自分以外の全ての動きを止めてしまう能力にせよ…
とても強い相手だった。
併し奸智に長けたナナシは巧く紅葉を誘導して辛くも戦い続け、
妹ナナミの助けもあって紅葉を退ける事に成功していた。

だが

次に紅葉と相対した時…
彼女はまるで違っていた。
ナナシに偏愛感情を持った子供っぽい性格のD-キメラ・KK-100紅葉…
中身も外見も同じ…だが、まるで違っていた。
ナナシは一瞬で…何がなんだか解らない内に倒されてしまったからだ。

「(あいつらよりは…弱い……はず…)」

ふと、何故こんなに弱気にならなきゃいけないんだと己を叱咤するナナシ。
慎重さと無謀さ、臆病さと果敢さ…其の区別を付けるには、まだ経験が不足していた。
其処へ…

「……私を人質にすればうまくいくかも」
ナナシにだけ聞こえるような小声で小桃が呟く。
何を考えているんだと訝しむのも後回しにしてナナシは即・行動を起こす。 
「!?」
「!!き、っさまッ…!」

ナナシの行動を見、反射的に攻撃を中断する2人。
相手を焼き尽くすまで追い掛ける火炎の車輪は、虚空に巻き取られるようにして消え失せ、
極めて高い防御力と機動性を兼ね揃えたヒヒイロカネパワードスーツも、
其の役目を果たせぬまま立ち尽くすのみ。

「おっと!近付くんじゃねぇ!
 こいつがどうなってもいいのか!?」

小桃の首を腕で挟み込むナナシ。
細い少年の腕ではあるものの、D-キメラの腕力ならば人間の首を圧し折る事など造作も無い。

「てめぇ……恩を仇で返すかよ…」
「あーあー、やっぱこうなった…
 元総裁サン、こりゃ引いた方が………」
「ぐぬぬぬ…」

ネークェリーハはナナシを攻撃させる事が出来なかった。
再び脅迫路線に計画を修正する事も一瞬、考えはしたものの、
D-キメラレベルの相手と真正面から闘り合うには現在の戦力は心許なく、
妙にナナシがレギオン出身の2名を警戒して慎重策を採ってくれた事で、
寧ろ、命拾いをしたと言っても過言ではないだろう。

「ほら、お前も来いや!」
「はう〜!」

小桃を盾にする形で愚図るキララに車内の先導をさせる。
ネークェリーハ、シュヴァンリー、シャールヴィーの3人は、
ナナシ、彼に捕まっている小桃、キララの3人に渋々道を開けるのだった。

 

キララ、ナナシ、小桃の3人が出ていった直後、扉はナナシの蹴りでもって軽く拉げさせられ、
ネークェリーハ達の居る14号車と、ナナシ達が逃げていった13号車は隔離される形となった。
無論、この程度でネークェリーハ達3人を無力化出来る訳はないが、
其れでも十分、時間稼ぎにはなる。

「おのれ…キメラのクソガキ……このままで済むと思うなよ…!
 …だ……だが…ニューラーズは………くそ…!」

額に血管を浮かべて悔しがるネークェリーハ。彼の悪い癖だった。
下等と見下す者から受けた屈辱を意識するあまり冷静な判断を下せなくなってしまう。
卑しき出のものが高貴なる自分に逆らってよいはずが無い。顔に泥を塗るなど許されざる行為…
…そもそも自分がどれだけ高貴な出であったというのか…
そんな事など微塵も考えずネークェリーハ・ネルガルは驕り高ぶっていた。

「安心しとけってのクソ兄貴」
対照的にシュヴァンリー・ネルガルは落ち着いていた。
いつの間にかタバコを吸っており、ネークェリーハの顔目掛けて、フッと煙を噴き出す。

「ごほっ!?な、何を暢気に…!」

「ニューラーズが言ってたのは、あのガキが逃げる事…に限ってだろ。
 嬢ちゃん拉致られちゃダマっちゃいられねぇってこった」

そう。逃げたナナシを捕縛する為に…ではなく、
捕らえられた小桃を救出するという名目であれば大義名分も立つ。

「なぁるほど。
 んじゃ…ニューラーズねーちゃん達が動くのも時間の問題か。
 ……まー…シルシュレイにーちゃんの件もあるし、手荒な事にはならないだろーけどさ」
言いつつ、シャールヴィーの装備しているパワードスーツの拳で以って、
拉げた扉は其の役目を果たし切り、13号車側の通路へと吹き飛んだ。
障害は既に無い。
即座に13号車通路へと駆け出すシャールヴィーとシュヴァンリー。
だがネークェリーハは……

「手荒にならなぁい?…この私をあれだけコケにしてぇ?
 ………そんな事…あってたまるかッ!!」 
ブチキレるネークェリーハの背後…檻の中でジップロックは、
救いの光明が無情にも立ち去ってしまい、がっくり項垂れているのであった。
執筆者…is-lies

 

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