リレー小説4
<Rel4.フェイレイ1>

 

「ねぇユンさん…本当に大丈夫?
 難ならアタシとレシルだけで話してみるからさ?」

アテネの繁華街にある高級レストランで、
シストライテ・ワーネリスは前菜のサラダをナイフで突っつきながら、
隣で食前酒を傾けているユン・フェイレイに向かって言ってみせ、
同席しているレシル・ローゼンバーグも、ユンに心配そうな眼差しを向ける。
ユン・フェイレイがSFESからセレクタに寝返ったのも、
SFES総裁ネークェリーハによって捕らわれた弟トキオを何とか助けたいが為であり、
其のSFESが一瞬で崩壊してしまい、トキオの生存が絶望的と見られた事は、
何よりもユンの気力を奪い、落ち込ませていたのだった。

「大丈夫。
 其れに私が居ないと『D』も警戒しちゃうでしょ」

彼女達、セレクタ三人娘は、情報屋と暗殺者を兼ねるDという男を待っていた。
セレクタの一員たるエーガが其の本性を現して超結晶を盗み出した直後に、
ユンがDへと連絡を取り、エーガと其の一味についての情報収集を依頼したのだった。
結局、超結晶奪取事件はセレクタ創立者ミスターユニバースによる仕込みであり、
セレクタ内部にいるスパイを炙り出す為の罠であった。
結果、発見されてユニバースによって斬首に処されたのが、
SFES最高意思SLのニューラーズより送り込まれたレン・バートンことネッパー・ブッド。
エーガ自身の処分については不問としたのだから、最初からネッパーが狙いだったのだろう。

尚、このネッパーの頭の中は、ごとりん博士らセレクタ上層部によって解析されており、
まだ其の内容は、セレクタ内部でも公開はされていないが、
これもSFESへと繋がる重要な手掛かりになる……かも知れないと言われている。

「エーガさん…これを知ったらどう思うでしょうね…」

「仕方ないよ。ユニバースが不問にしちゃったんだもん。
 …こっちだって不信感解消できないまま付き合ってなんかいられないって」

エーガのした事はセレクタへの裏切り行為だが、
セレクタにとってはエーガも重要な人材であり、切り捨てるには惜しいと考えたらしい。
だが流石に不信感を募らせる者も少なくはなく、この三人娘もそんな手合いだった。
エーガが卑劣な悪漢などではない事は解っているものの、
信頼関係や友情関係といった聞こえの良いものなどセレクタには存在しない。
あるのは個々の信念とセレクタ全体が持つ絶対目標。
其れを達成する為の個人プレイと、結果的に表れる連携プレイ。
エーガは其のベクトルが多少異なっていた。
彼はSFESとかはどうでも良く、結晶にこそ興味があった。
…ただ其れだけの事である。

やがて周囲を落ち着きなく見渡していたシストライテが、一人の男を眼に留める。
ロングコートにサングラスという出で立ちの男が、其の長身を屈めて三人娘を見渡し、
ユンの顔を見付け、ニヤリと口の端を吊り上げた。

「久し振りね、D。
 顔を合わせるのはグ・ジンユー国家主席暗殺未遂事件以来かしら?」

「あれを暗殺を呼べるならの話だがな」

懐かしい話だとDも暫し過去へと想いを馳せた。
執筆者…is-lies

中国共産党中央委員会総書記にして中央軍事委員会主席…
中華人民共和国を支配する国家主席であるグ・ジンユーの反動分子弾圧は日に日に厳しくなり、
遂には彼の暗殺を企てる動きまでもが出てきたのだった。
当時、そんな中国国内にSFESは一人の刺客を放つ。
ユン・フェイレイであった。

 

 

  中華人民共和国、北京、天安門広場

 

特1路バスから下車し、天安門広場に犇く雑多な人民達と、
彼等を広場中心部から隔離するよう、銃を構えて整列している警官達や軍人を見やるのは、
チャイナドレス姿のSFES工作員ユン・フェイレイだ。
無数の五星紅旗は日没と共に降ろされており、代わりに広場上空は厳かにライトアップされていた。

「時間は良し。
 全人代はもう終わった様だ。早々に入るぞ」

何人もの黒服護衛を伴ってフェイレイを待ち構えていた、端正な顔立ちをしたが呟く。
彼は中華人民共和国香港特別行政区を牛耳る黒社会(ハイセーウー)の一人であり、
今回のグ・ジンユー暗殺に於ける協力者としてフェイレイが接している人物でもある。

「首尾は?」

「上々よ。
 もう狙撃手は所定のスナイピングポイントへ移ったわ」

「そうか。ならば後は特等席で奴の最後を看取るとしよう。
 ラスプーチンと対立してからの大陸人共の横暴は益々酷くなる一方だ。
 これ以上、奴等に香港を蹂躙される様を見過ごす事は出来ない」

彼ら、香港黒社会も、
ロシアと敵対した事で揺れる中国民心を統一させる為、
栄えているという理由だけで香港を人民の攻撃目標と定めた中共を、遂に敵と認識し、
グ・ジンユー国家主席の排除に乗り出した…という流れであった。
ロシアと積極的に友好関係を築き上げていたのにラスプーチン政権によって全て御破算。
このロシアを敵として非難するのは当然だが、相手の強大さもあって手を出し辛く、
民衆の関心を分散させる為にも、別の攻撃し易い標的を選ぶ必要が中国にはあった。
ロシアを叩くという事は、其れまでロシアに擦り寄っていた中共にも非があるという事になり、
其れは「偉大な国は間違いを犯さない」という中華思想的に受け入れられない事だったのだ。
中国は旧大英帝国残滓の反共主義者共に『拉致』された香港人民を解放する為と称し、
よりにもよって香港への人民解放軍派遣を決定してしまったのであった。

「…故郷の危機か……いやんなっちゃう。あまり実感無いけれどね」

SFESは故郷故、彼女が手を抜くことは無いと見ているのであろう。
フェイレイにはどうでも良い事だった。弟であるトキオが人質になっている以上、逆らう訳がない。
口数も少なく、フェイレイは男達と共に民衆を押し退けて天安門広場へと立ち入る。

 

広場ではグ・ジンユー国家主席による人民英雄祈念碑への献花式が行われていた。
香港黒社会の抵抗に遭って死んだ人民解放軍兵士の慰霊…というが、
実際には民心を扇動する目的こそが何よりも優先で、演出も酷く過剰であった。
彼は花売りの少女の手に硬貨を握らせ、献花用の花を受け取る。
飽く迄、プロレタリアートの味方である事を民衆に強調し、
其の実、「かったりぃなぁ」とか思いつつそんな様子はおくびも出さず、
記念碑塔の前へと向かい、恭しく一礼してから花を差し出すグ・ジンユー。
執筆者…is-lies

  中華人民共和国、北京、天安門広場、中国国立博物館屋上

 

「あいつがグ・ジンユーか…」

人民英雄祈念碑の東部にある中国国立博物館の屋上で、
黒いロン毛を左右に分けた黒尽くめの男が呟く。
其の声には落胆の色が多々含まれていた。

「あんな男が中国社会のトップだと?
 国家主席を白子で選ぶ国なのか?中国共産党もたいしたことねえな」

彼は黒社会に雇われた殺し屋であり、
こと殺しに掛けては世界一とまで言われる男であった。
中国の国家主席だというからどれ程の獲物かと期待していた彼にとって、
まるで隙だらけなグ・ジンユーなど全く問題にならず、
達成感を得られそうにも無いと嘆いていたのである。

「まあいい…俺は頼まれた仕事をやるだけだ。
 ちょろいもんだぜ」

狙撃用に用意した武器であるアサルトライフルを、
まるでロケットランチャーのように担いでグ・ジンユーの脳天に狙いを付ける殺し屋。
スコープなど必要ない。彼の右目には何故か照準が浮かんでいたからだ。

「死ね、グ・ジンユー…
 …そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」

暗殺もクソもない。乾いた発砲音が立て続けに何度も断続的に放たれ、
其れと共に弾丸が次々とグ・ジンユー目掛けて殺到…
しかも案の定、反動を抑え切れず狙いはブレまくっている。
国家主席の近くにいるのが中共の重鎮達が主であり、
人民解放軍まで動かされた以上、香港黒社会も容赦は無用と見ていたとはいえ、
幾らなんでもやり過ぎだ。国家主席暗殺で出方を探る程度に留めておく積りだったのだ。
こいつ本当に世界一の殺し屋…ってゆーか、そもそも殺し屋か?
色んな意味で混乱する黒社会の男の頭を更に揺さ振る出来事が起こる。

「!?」

銃弾は唯の一つもグ・ジンユーを貫く事叶わなかった。
其の全てが、突如空中に現れた正四角形のブロックによって防がれていたからだ。





「あれはトードストールの!?
 馬鹿な!
 あんなものが配備されているなんて情報は…!」

陽気でヘタレな性格である事が知られるトードストール王国だが、
結晶『Hope』到来による能力者誕生時には、能力者排他的な性格が強かったEUの中、
珍しく積極的に能力者を受け入れていた事で、
ドイツやフランスなどよりも遥かに早い段階で結晶技術を高める事に成功していた。
この不可視の防壁『スカトラ・ミステリオサ』も其の高度に発展した結晶技術の産物であり、
設置や維持に手間取るものの、肉眼で其の存在を見抜く事は不可能に近い。

驚愕に目を見開く、世界一腕の立つ殺し屋。
そんな隙だらけな彼の背後に立ち、其の肩へと手をやったのは人民服の女…帽子には八一…
まぁ…そりゃあっという間に場所特定されちゃいますわな。
抵抗も空しく、世界一腕の立つ殺し屋は其のまま人民解放軍にしょっ引かれてしまった。

《皆さん、落ち着きなチャイナ》

突然の事に慌てふためく人民達に、落ち着き払ったグ国家主席が声を掛ける。
其の態度と、彼がいつの間にやらマイクを手にしている事を見、黒社会の男は全てを察した。

《あんな暴力的で無教養な中卒ニートの反動分子如きが癇癪を起こした程度で、
 平和を愛し教養もある誇り高い中国国民が狼狽えチャイかんでしょう。
 連中のような極少数派の底の浅い考えなど私にはお見通しです支那。
 さぁ、バカは放っておいて次の予定に移りましょう。
 少数派の足掻きなどで我々が予定を変えるなどという事は有り得ないのです。
 全部、私に任せチャイナ!》

完全な国は間違いなど犯さない。完全な国には過ちなど存在しない。
故に予定は確実に履行されるものであり、何が起ころうと決して変わりはしない。
力強いグ・ジンユーの言に沸き上がる人民達。天安門広場は大歓声・大喝采に包まれる。

「…いやんなっちゃう。
 巧く利用されちゃったわね?」

「しかし…何故……
 いや、こうなった以上、我々の事も知られているかも知れん。
 すぐに逃げ……」

急いで振り向いた黒社会の男の前に、人民解放軍の兵士達が立ち塞がる。
一足遅かったか…と思いつつも男には降伏の意思など微塵も無い。
ゆらりと脱力したよう向き直ると、其の鋭い眼差しで兵士を射抜く。

「やれやれ…この俺の前に立つとは…
 どうやら勇気と無謀とを履き違えているようだな。
 お前達に俺のカンフーを見せてやる…!」

黒社会の男は急に異様なポーズを取る。
何の積りだと身構える人民解放軍兵士達。
そんな彼等を他所に男の動きは益々激しく…妖しく…不気味になっていく。
何か変なモンに憑かれた怪しい新興宗教のシャーマンの如く。

「イ尓!什麼那個腰的動作!?(貴様!なんだその腰の動きは!?)
人民解放軍兵士に解らぬのも無理は無かった。
其れは黒社会の男…香港黒社会で恐れられる重鎮である大班(ダーイバーン)の一人、
彼が独自に編み出した必殺技『まゆたんカンフー』である。
其の強さは圧倒的であり人民解放軍は手も足も出ずに倒されていった。
…などという事はなく、変なダンス踊ってる間に男は、
人民解放軍兵士によって袋叩きにされ、ボロ雑巾宛らの姿に変わり果て、
兵士に引き摺られながら其の場を退場させられるようとしていた。

「…お、おのれ……この『死の黒き龍』が眼に入らぬかッ!?」

何かのいわれでもあるのか、
こめかみ辺りの痣を見せびらかす男に、フェイレイは冷めた視線を向ける。

「ゆ…ユン?まさかお前……」

其の時、グ国家主席の近くに居た側近の内一人…
軍服に身を包んだちょびヒゲ+アゴヒゲの微妙に艶っぽい物腰の男がフェイレイの側へ来た。
其の眼が黒社会の男をひたと見据え、勝ち誇る様に細められる。

「…お前は……確か諸葛亮孔明
 くそっ…孔明の罠だったのか!」

其れを最後の言葉として黒社会の男は連れ去られる。
ユン・フェイレイはSFESに弟を人質に捕られていた。だからどんな命令にも従ってきた。
故郷である香港すらも騙して、密かに中国の軍師である孔明に取り入ったのだ。
もう香港にも戻れないだろうが、其れでも特別な感情も湧かず、
未だに乾いたままでいる自分の心に、フェイレイ自身落胆していた。
其れほどまでに弟…トキオの事が大事ならば、何故SFESなどに拾われる愚を犯してしまった?
既に過ぎ去った事を考えても意味が無いという事が理解出来ない彼女ではなかったが、
そうでもしなければ現実のあまりの厳しさに自分を保つ事も出来なかった。

「御苦労様でした、ユン・フェイレイ。
 さぁ、邪魔者が居なくなったところでグ主席の後に続きましょう」

「…良いの?私は別に…」

「香港黒社会のテロを未然に防いだ英雄ではありませんか。
 グ主席も貴女の事は高く評価しておいでです。謙遜する事はありません」

人民英雄祈念碑への献花を終えたグ・ジンユーは、次にマオ主席紀念堂へと足を運ぶ。
中華人民共和国『建国の父』とまで呼ばれる過去の国家最高権力者マオ主席を奉るこの建物の地下には、
防腐処理を施されたマオ主席の死体が水晶の棺に納められており、
死して尚、中国人民の畏敬の念を其の一身に浴びていた。

「…社会主義者とか共産主義者っていうのは、、
 どうしてこう死体とかをプロパガンダに利用するの?」

バイザーを付けた銀髪痩躯の青年…の躯と、
其の前で傅くグ国家主席を見ながら、フェイレイが隣の孔明へと問い掛ける。

「大勢の人民を制御する為にも旗印が必要なのでしょう。
 そういえばアステカ連邦首長国も似た感じの事していましたっけ」

アステカ連邦首長国とは、中央アメリカに誕生した人外の集りであり国家承認はされていない。
アメリカ合衆国とは戦争中でメキシコ辺りで激戦を繰り広げているという…。
尤もアメリカとて本気ではなく、片手間にイスラム共栄圏との戦闘や、日本皇国と連携強化を図ってネオス日本共和国とも対立していた。
「死人に口無し。
 生きている御輿よりも扱い易いですし、インパクトもありましょう」

「(…このマオ主席って、確かチェーンソー振り回して女の尻を追い掛け回した変態でしょ?
  そんなのでも御輿が務まるのね)」

地下の映像は天安門の大型モニターに映し出されていた。
本来ならば地下で安眠している人民の父であるマオ主席を映し出すなど言語道断なのだが、
其れすらもやってのけるというインパクトを以って更に民衆を鼓舞する目的がグ国家主席にはあった。
中露不可侵条約を結んだところまでは巧くいっていたのだ。
北はモンゴルやトクズオグズを緩衝地帯とし、西はイスラム共栄圏勢力で蓋をし、
其のまま中国は東のウラジオストクにさえ注意していれば何の問題もなかったはずなのだ。
あんなラスプーチンなどいうキチガイにロシアが支配されさえしなければ。
ロシアと潰し合いを行ってしまっては致命傷を受けかねない。
民衆の注目をロシアでも中国共産党でもない、何処か別のところに摩り替えなければいけない。
以前なら日本を使えただろうが、
東西分裂し、国粋主義の日本皇国と、何もかもヌルいネオス日本共和国となってからは、
人民の関心はネオス日本ではなく日本皇国…そして、より身近な超鮮やロシア…
何より中共そのものへ向きがちになってしまい、
ネオス日本を相手取りたいという中共の意思と民意が完全に乖離してしまっていた。
そんなこんなで殆ど言い掛かりに近い形で香港黒社会を敵と認定したら、後は徹底的に叩き晒し上げるのみ。

《聞きなチャイナ!
 長らく我々が御情けで付き合ってきてやったロシアも其の軍国主義と、
 モンゴル侵攻などで見られた貪欲な侵略欲から我々を裏切り、今尚無辜の同胞達を不当拘束している。
 ロシアを許してはならない!奴等にはプロレタリア正義の鉄槌が下されなければならない…!
 だが其れ以上に早期に解決しなくてはならないのが、
 旧大英帝国残滓に拉致され圧迫されている香港人民の解放である。
 香港に巣食い黒社会を形成した反共主義者達は人民を香港に閉じ込めて奴隷化し、
 筆舌に尽くし難い極悪非道をもって民族の権利と誇り…命すらも簒奪せしめた。
 男は強制収用場へ送られ拷問の限りを受け黒社会への忠誠を誓わされ、
 女は残らず強姦され、妊婦は腹を切り裂かれ胎児を引き摺り出され目の前で踏み潰された。
 奴等は表向き紳士的かつ友好的な態度で出て来るだろうが決して信用してはならない…!
 奴等は嘘吐きなのだ。親兄弟であろうと残忍な仕打ちを行う。これは奴等の民族性だ。
 20万という香港人民を虐殺せしめた旧大英帝国残滓・香港黒社会の妄言に騙される事無く、
 これら野蛮な鬼畜の所業『香港大虐殺』に我等人民の怒りを……》

「…いやんなっちゃう、頭痛くなってきたわ。
 申し訳ないけど、この辺りで御暇させて頂くわ」

「ふむ、流石に香港出の貴女には刺激が強過ぎる演説だったようですね。
 引き止めはしませんよ。
 また何かありましたら宜しくお願いしますよ、ミス・ユン」

民衆をアジるグ・ジンユーに辟易し、フェイレイは孔明と別れて其の場を後にする。
別に彼女は今更故郷である香港がどうなろうと構いやしないし、
グ国家主席の熱を込めて演説している話の真偽もまたどうでも良いものだと思っている。
だが其の内容の一部については吐き気すら催す嫌悪感を抱いており、
表面上こそ冷静さを装ってはいたものの、内面は混沌とした感情が渦巻いていた。

紀念堂を出た直後、携帯電話が振動を始め、フェイレイは気持ちの乱れを即座に整える。
SFESに叩き込まれた工作員教育の賜物であった。
周囲を見渡すと人民の中に、携帯電話をフェイレイへと見せ付けるよう揺らしている男が一人…
フェイレイは溜息をつくと足早に其の男の元へと赴く。

「SFESの工作員が…随分と回りくどい事をしているなぁ。
 もっと直球で行くかと思ったんだけれどね」

「『白昼の狙撃手(スナイパー)……ね?」

問われて、ロングコートを翻した長身の男が笑って返す。

「ま、確かに真っ昼間からでも営業してるけど其れだと呼び難いだろ?
 普通に『D』って呼んでくれて構わねぇぜ」

「そっちは随分と早く動くみたいだけれど」

「ああ。SFESのやり口は気が長過ぎるってんでな。
 だがスカトラ・ミステリオサだっけ?あんなもんまで用意されてるとなりゃ話は別だ。
 やっぱあれは孔明の罠なのか?」

「ええ。
 トードストール内戦の戦利品だって言ってたから、彼の個人的な持ち物でしょ。
 数はそんなにないし、さっきのやつを解除しない内に攻めれば問題無いと思うわ」

Dはフェイレイと同じく、グ・ジンユーの暗殺目的で此処へと訪れていた。
だが彼の雇い主は、フェイレイを差し向けたSFESとは全く別であり、協力関係になどなかった。
今回、Dとフェイレイが結託しているのはお互いの飼い主の意向とは全く関係ない現場レベルでの接触だ。
余裕のある様子のDとは違い、フェイレイの表情は真剣そのもの。
何故なら現場レベルでの接触こそが、
黒社会の下準備や孔明との接近などよりも、フェイレイが待ち望んでいたものなのだから。

「そうか。サンキュー、参考になった。
 んじゃ…お返しにお前さんの言ってた件だが……
 …日本列島の大名古屋国に行け。
 本田グループ総裁の本田宗太郎が力になるとさ」

SFESからの離反。
其れこそがフェイレイの目的であり、其の為にこれまでの全てがあった。
まずはSFESから逃れた自分を受け入れてくれる上、
SFESからの追撃を防げるくらいの宿主が必要であり、其れを情報屋としてのDに探して貰った。
対価としてフェイレイは殺し屋としてのDに、グ・ジンユー暗殺に必要な情報を提供したのである。

「だが解らねぇな……
 一か八かでも、其の弟も一緒に連れ出しちまえば良いじゃないか。
 其れに内部から崩すって手は使えないのか?」

「残念だけれど…弟がいるのはネークェリーハの専用室で、彼以外は入れない。
 ネークェリーハ自身も無駄に隙が無いし、私じゃ返り討ちが関の山よ。
 そして…其れ以前に内部工作を起こせ得ない理由があるの」

「……ライズ・ゲットリックだったか?」

人間の頭の中を覗き見出来るとか、未来を正確に予言出来るとか噂される能力者…
が、実態はSFESの持つ異様な力『セイフォート』を持つSFES最高意思の一角である。
この男が存在する以上、破壊工作自体がそもそも成立しない。

「だからライズから攻略に掛からなきゃいけない…でも」

「僻地で工作員なんてやらされてる辺り、信用もされちゃいないって事か」

攻略対象が解っていても近付く事さえ出来ないのだから意味がない。
そもそもネークェリーハが戯れで登用したフェイレイなどが信用される筈は無く、
ネークェリーハも彼女が健気に抵抗する様や、奥歯を噛み締めながら任務を果たす様を見て、
腹を抱えて笑っているのだから、玩具として遊ばれているというのが現実だ。

《弱者は強者によって搾取され、強者は一方的に富を貪る!
 このような事を許してはならない!資本主義の悪魔達をのさばらせてはいけない!
 真の平等と平和の使者である我等、中国国民が世界に解放を齎すのでアル!》

今尚、天安門に用意された画面の中で叫ぶグ国家主席。

「私は弱かったから…だからSFESなんかに囚われた。
 だから…強い力が要るの。SFESに負けないくらいの…SFESを覆せるくらいの」

《強くあれ!全人民が一致団結し己を高めなチャイナ!
 諸君等の鍛えに鍛えた拳固を奴等、黒社会に振り下ろし邪悪な資本主義を打ち砕くのだ!
 愛する家族親子供友人同胞の尊い命を護るのでアル!》

「私達の両親さ…
 中国の一人っ子政策から逃げる為に香港へ移ったの。」

中華人民共和国の一人っ子政策は、
第三次大戦を終え…人口爆発を乗り切った今であっても改善されはせず、
生まれた黒孩子(ヘイハイズ)を其れまで通りに処理していたのである。
其れは母親違いであるフェイレイとトキオの姉弟にも適用された。
国家による公然の搾取…
これから逃れようとフェイレイと両親は香港へと逃げ出したのだった。
腹の中に未だ生まれぬトキオを宿した義母と共に。

「黒孩子なら何をしても大丈夫。
 其れが中共の考えだったから…
 …私達だって臓器を取られたくなんか無いし、必死で逃げた。
 でも身重の義母には無理だった…」

中国で人間狩りを専門に行なう能力者部隊『紅衛隊』によって、
義母は香港を直前にして捕らえられ、夫と義理の娘から引き離されてしまう。

「色々調べたの。そうしたらね……此処だった」

彼女が日本人だったという事もあってか、義母の公開処刑は凄惨なものだったという。
ネオス日本共和国の彼女であっても、
当時の、日本東西分裂がそれほど周知されてもいなかった中国に於いては、
超韓民国を相手取った超軍国主義な日本皇国のイメージが強く…
結果、彼女は天安門広場で腹を裂かれ、ユン・トキオが無理矢理誕生させられた。
彼がどうやって中国で生き延び、香港にいるフェイレイ達の元へ来れたかは定かではないが、
相当の辛酸を舐めたであろう事は想像に難くなかった。

彼女達姉弟がSFESに攫われたのは、そんな矢先の出来事である。
国家の言う綺麗事に絶望し、世界の理不尽さにも絶望し、
併しそんな彼女を支えたのは皮肉にもSFESの『力が全て』という教義であった。

「私は今、この場で変わる。
 綺麗事と血で塗り固められた、この場所で…
 本当の……偽りじゃない本当の『解放』を手にする第一歩を踏み出す……!」
執筆者…is-lies

「……で、結局グ・ジンユーは今尚、国家主席やっている訳だし、
 貴方も暗殺にはしくじったって事なのかしら?」

昔話をしている内に、すっかり食事は平らげてしまい、
シストライテなどは調子に乗ってウェイターにおかわりまで頼んでいた。
フェイレイの言葉にDが暫し沈黙してから口を開く。
サングラス奥の眼はフェイレイから見えないが、其の口調が全てを物語る。

「中国の能力者に煮え湯を飲まされちまったよ。
 …ったく、何でエーテル後進国の中国にあんな奴がいたんだか…
 この時の仕事と、火星でSFESに雇われた時の仕事は稀に見る大失敗だったぜ。
 ………んで、昔話はこの程度にして本題に入ろうか」

レシルがシストライテの注文を全部キャンセルしてウェイターを下がらせる。
ブー垂れる彼女をフェイレイが宥めて黙らせると、
Dは一呼吸置いてネオス日本共和国で収集した情報を彼女達へと伝えた。

「仁内の霧…
 お前らの言ってたエーガとかいう奴の盗賊団がこう呼ばれていたらしいのは確認済みだ。 
 だが、これには歴としたオリジナルが存在していたんだ。
 ややっこしいから先に説明しとくぞ?」

「オリジナル?」

「暗殺者ギルドの前身だ」
執筆者…is-lies
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