リレー小説4
<Rel4.第2次フォボス調査隊>

 

 

 彼の名はハーリー・ウィンズ。
 先のフォボス遺跡探査隊が壊滅したときに残された僅かな映像を頼りに、再編成された調査隊の撮影担当に命じられた男である。
 二ヶ月前、フォボスに向かった調査隊によって遺跡が発見され、
 同時に彼等の前へ、数多くの異形の竜、人型の機械兵たち、さらには三体もの守護者が現れ、あっという間に壊滅させられた。
 あれから各国は対策に対策を講じて、新たな調査隊を編成した。
 命を賭けるこの調査に集う人物は当然少なく、ハーリーがこの調査隊に加わると言ったときに、上司や同僚に何度も止められた。
 しかしハーリーを動かしていたのは偏執とまでいえる探究心であり、すぐに上司や同僚は彼を止められないと悟った。
 調査隊に参加したのはやはり、生命の危険よりも偏執的な探究心が勝るような人物ばかりだ。
 ハーリーはその場に集った面子を順々にカメラに映していった。
 考古学の異端者、柳・王林。
 『ウルトラマッドサイエンティスト』、ニルトーイ・ホムラム。
 何よりも戦いを求める極悪非道のA級プロ、ハルマー。
 その他にも『暴風男』テンペスト・アンダーソン、『グリィンテイル』レイゾリック、
 『狂姫』御坂景子、『風の王者』ノルトーラ、『チートマシーン』レッシャー・マスチフなどなど、
 軽くメンバーを見渡しただけでも壮観なくらいの面子が揃っている。
 まぁ実際に調査するのは柳、ホムラムを含めた八人程度で、
 他の二十三名は調査員の護衛、そして異形や守護者と戦う役だ。少し多すぎる気もしないことはない。
『もうすぐ到着します。全員、遺跡内部までは宇宙服を装着してください』
 合成ボイスのアナウンスが響く。小型宇宙船の窓からは、赤い火星の大地がよく見えた。

「にしてもよぉ、よく昔の火星人はこんな遺跡を作れたなぁと思うんだよ俺様は」
 無機質な壁に囲まれた遺跡の通路を歩きながら、ハルマーがおどけた調子で言った。
 その態度は油断としか取れないが、彼としては余裕を気取っているのだろう。
「私としては類人猿にここまでの知能があったことが驚きですわね」
 無表情のまま、御坂景子が返す。その古代人を侮蔑した言葉に、柳がげらげらと笑った。
「むしろ類人猿は我々だよ。こんな技術を作り上げることなど、恐らく我々には出来ん。古代人は我らの技術をはるかに……」
 そこで柳の言葉が途切れる。ハーリーは不思議に思い、カメラを柳に向けた。そこにはニヤニヤと笑う柳の顔があった。
「さて、類人猿である我々は、古代人の技術に勝てるか否か? それは当然ながら『勝てる』、だ。出番だぞ」
 通路の先にある部屋はとてつもなく広く、一種の闘技場を思わせる。
 その部屋は、二ヶ月前の調査の際に、異形の竜と機械の兵隊が大量に出現した場所だった。
 そして今も、異形の竜たちが獲物を今か今かと待ち構えている。
「ケッ、ぞろぞろと無駄に多い連中ばかりだなオイ」
 ハルマーが唾を飛ばす。それが合図だったのか、一斉にプロたちが飛び出していった。

 

 

 圧勝であった。
 さすが世界中から集められた戦闘のプロフェッショナル。
 ハルマーの放つ魔法弾は一撃で竜の翼を抉り、テンペストが巻き起こす竜巻で機械兵たちはなぎ倒され、
 レイゾリックの放つ衝撃波が竜たちをひるませ、御坂景子の刀による一閃で次々に竜たちが屠られていく。
 ノルトーラは風の刃で機械兵が切断されていき、レッシャーがサイコキネシスで動きを止めていく。
 あっという間に、竜や機械兵は数えられるほどにまで減っていた。
 凄い。凄すぎる。ハーリーは猛烈に感動していた。こんな戦闘を撮影することなど、人生を百回繰り返しても出来ないだろう。
「おい、退いてくぞ」
 誰かがそう言った。こちらの被害はゼロ。つまり無傷であの多量の異形を退けたのだ。
 退却していく竜たちを映す。この広大な部屋の奥へ奥へ……と、そのとき。
 それの存在に気づいた。
 竜たちが消えていった、部屋の奥にある通路に、巨大な異形の影が見えた。
 肉食獣を思わせる巨大な獣に、筋骨隆々の男性の上半身がくっついたような姿。
 その異形が発するオーラは、今までの異形とは一線を画している。
「『守護者』です!」
 調査員の一人が、結晶探査機を手に叫ぶ。あれが、この先にあるものを守る三体の守護者のうちの一体なのか。
「あれを倒さなければ先へは進めない、ということか。
 ふん、古代人も現代人も考えることは一緒だな。大事なものは番人を置く、それだけだ」
 ホムラムの独り言が、カメラにおさめられた。
 巨大な『守護者』が獣の四本の足を交互に前に出しながらこちらにゆっくりと歩いてくる。
 距離は目測で100メートルといったところで『守護者』は止まった。
「よくぞここまで来た!」
 予備動作一切無しで、筋骨隆々の男の部分が突風のような大声を出した。
 それにあわせて獣の部分も吼え、鼓膜と脳がガンガンと揺さぶられる。なんて大きな声だ。
「ここから先へ進みたくば、我という壁を乗り越えてみよ!
 我が名は『インフェルノ』!
 『紫の石』を封印せし守護者が一つ、地獄を冠するものなり!」
 再び獣が吼える。
 なんという重圧感だ。今まで紛争やテロの現場を撮影し、何度も生命の危機に立ったハーリーでも、ここまでの危機感は初めてだ。
 もう次の一瞬には、確実に生命を奪われてしまいそうな。
 どうやらそんな状態になっているのはハーリーだけでなく、調査員、柳、ホムラム、そしてプロたちにすらも腰を抜かす者がいた。
 一人を除き。
「なんだァ? よく喋るケモノだなオイ」
 戦慄する一同をよそに、ハルマーはそんなことを言った。
「原始人が作ったガラクタはさっさとスクラップにでもジャンクにでもなってろボケ。
 おらテメェら! こんなポンコツにビビってんなら今すぐ愛しのママんところに帰っとけ!」
 ハルマーも吼える。
 インフェルノと名乗った守護者の咆哮で凍った神経を、ハルマーの咆哮が一瞬で溶かした。
「……そのような汚い言葉は一体どんな教育を受ければ思いつくのかしら」
 御坂景子がやれやれというように首を振る。
「おまえみたいに育ちはよくねーんだよ。代わりにお嬢様にゃ到底できねーことが出来る。ざまーみろ」
 それに応えるように、ハルマーはゲラゲラと笑った。

「ラックマン! リヒター! ノルトーラ! 壁を作れ! 俺はデカイ一発をかましてやる!」
 いつの間にかプロたちのリーダーのように振舞うハルマー。
 皆、彼のことを心の底で認めたらしく、ラックマンとリヒターがバリアを、ノルトーラが気流の壁を張った。
 インフェルノの獣部分の口が開かれ、そこから大量の槍──どうやら氷のようだ──が発射される。
 その多くは気流で進路を変えられてあらぬ方向に飛び、それでもハルマーに向かう氷はバリアに遮られた。
 ハルマーが手のひらに魔力を集中させているのがわかる。
 小さなもので異形の竜を屠るほどの強さを持った魔法弾、大きなものならばあの巨体をも吹き飛ばすだろう。
 ふん、と無理だとでもとでも言いたげな柳の顔に、ハーリーは気づかない。
 一軒家ほどの大きさを持つインフェルノはやはり、その巨体に見合うだけのパワーと、にぶさを持つらしい。
 獣の前足が踏み潰そうとするたびに部屋が振動するが、動作が遅いせいで誰も潰せていない。
「花鳥風月、花の段──桜花繚乱」
 御坂景子の刀が煌く。
「タイフーン・インパクトォ!」
 テンペストの拳が風を纏う。
 二人の攻撃が大木のように太いインフェルノの左前足を吹っ飛ばした。バランスを失い、倒れかけるインフェルノ。
「案外もろいぞコレ!」
「よっしゃ、次は俺の出番だ!」
 次々と飛び掛り、インフェルノに攻撃を加えていく。まるでスズメバチを倒すために群がるミツバチのようだ。
 その守護者の名が示す、地獄が始まったのは、次の瞬間だった。
 インフェルノの口が大きく開いた。それに気付いた数人はその場から退き、気付かなかったものは、

 粉々に砕け散った。

 数秒後に、いやに冷たい風が吹き込んできた。粉々の、ガラスのようになったプロたちの残骸が、風に流されて転がる。
「な、なんだぁ……?」
 誰かが呟いた。ハーリー自身、今何が起きたのか理解できなかった。
 あのインフェルノの獣部分の口が大きく開き、近くにいたものは一瞬で石のように固まり、石のように砕かれてしまった。
 そしてその後に、冷たい風が流れて──
「温度を奪ったな……!」
 ホムラムが、狂人らしい笑み(いや、狂人らしい笑みというのがどういうものかは知らないが、そのときのホムラムの笑みは狂人のそれだった)を浮かべて言った。
「あのデカブツ、プロどもの『温度』を極限まで奪いおったんだろう。
 絶対零度……とまではいかなくとも、極限まで凍らされた物体はひどくもろくなるというわけだな。
 どうやら温度を調整できるようだ……おい、今の撮ったか?」
 もちろん撮った、とハーリーは返す。
 プロたちの半数は今ので死んだろう。なのに彼らの死よりも、彼らの死を映像に捉えたかどうかを心配する。
 そんなハーリーたちは、確かに狂っているのだろう。
 どういつもこいつも狂人だらけだ。
 再び獣の口が大きく開く。さっきの攻撃がもう一発来るのか……とハーリーはカメラを構えなおした。
 その大きく開いた獣の口に、特大の魔法弾が撃ち込まれた。ハルマーだ。
 一瞬でプロたちの人数を半分まで減らした化け物が、今の一撃で獣の胴体が弾け飛んだ。
 柳がとても驚いた顔をしていたが、誰もそれには気付かなかった。

 

「誰がやられた?」
「さぁ……やられた奴、粉微塵になっちまってるからわからねぇぞ」
 もう動かないであろうインフェルノを横目で見張りつつ、残っているメンバーを確認する。
 調査員は柳、ニルトーイ他六名。
 残存しているプロはハルマー、テンペスト・アンダーソン、御坂景子、ラックマン、リヒター・ホッヘ、ノルトーラ、
 レッシャー・マスチフ、G.ドマソン、ボックスドッグス、松崎ドラゴニク、ノナ・ソリスの計11名。
 ハーリーの心に浮かんだ不安が、いつまでも心の中にのしかかる。三体もいる守護者のうちの一体に、半分まで消された。
 あと二体の守護者に……残り半分で勝てるのかどうか。
 それに、この遺跡のすべて制覇したわけではないのだ。新たな仕掛けが自分たちに襲い掛かるかもしれない。
「ほほう、こいつは……なるほど、結晶と機械の見事なコラボレーションだな」
 ニルトーイが調査員の二人にデータの採取をするように命じる。
 ふと、柳が守護者の残骸に手を触れているのが見えた。その顔は、何故か残念そうな表情が浮かんでいた。
執筆者…夜空屋様

 遺跡の奥の奥、どこかにある場所に、一人の少女がいた。
 光などあるはずもない暗闇の中で、少女の周囲だけぼんやりと淡く照らされている。
 もしそこに誰かいたなら、暗闇に浮かぶ少女の姿は、この世のものではないように見えるだろう。
 ショートヘアの深紅の髪。白いワイシャツと髪の色と同じショートパンツ。革製のロングブーツ。それだけ見れば普通の少女だろう。
 しかし、彼女は何も無い空間にまるでそこに椅子があるかのように座り、浮かんでいた。
 少女の周りには三つのリングが回転している。その中央で彼女は、そこにキーボードでもあるかのように指を動かしている。
 それだけでも十分異様だが、何よりも彼女には、人間ならば耳にあたる場所に機械のようなものがあり、片方はそこから短いアンテナがついているのだ。
 そしてトドメに、彼女は一切瞬きをしていない。
 少女は人間ではない。もしもそこに誰かがいたなら──そう気付くのに、一分もいらないだろう。
 少女の指が止まる。しばらく思案するように俯き、再びキーボードを叩くように指を動かす。
「──『インフェルノ』大破。セキュリティレベル3へ移行します。『インフェルノ』の修復作業に入ります。3,2,1,修復完了まで残り3799秒。
 侵入者は第一隔壁エリアに侵入。第一隔壁から第三隔壁まで乱数代入──迷宮プログラムをONにしました。
 破壊された『ダオラ』『テスカトル』および『鉄機兵』の回収作業に入ります。……回収準備完了。作業開始。作業完了までかかる推定時間は1241秒です」
 少女の唇が動く。発せられる言葉は確かに人間の声なのだが、どこか無機質な響きを持っている。
 少女がふと顔を上げた。またやってしまった、と自嘲するようにため息をつき、首を振る。
どうやら、誰もいないこの空間で言葉を発したのは不本意だったらしい。
執筆者…夜空屋様

 一通り調べ終わったらしいニルトーイが号令をかける。
「ようし、先へ進むぞ!」
 何時の間におまえが指揮ってんだよ、とハルマーが茶化しつつ、一行は先へ進む。
 この広大な広間の先に、小さな通路が見えている。
 いや、遠いからそう見えるだけであって、実際には戦車が通れるくらい広いようだ。
「何やってんスか! 置いてっちゃいますよー!」
 甲高い少女の声。ノナ・ソリスだ。それで気がついたが、柳の姿が見当たらない。ハーリーはカメラはそのままであたりを見回した。
 柳は、インフェルノの残骸のところにいた。
「おいおいじーさん、一人になると死亡フラグ立つぞー!」
「わかっとる! 今から行くわい!」
 ボックスドッグスが軽口を叩き、柳がそれに返した。

 

 

 彼らが通路の奥に消えた数分後のことだ。
 砕け散ったパーツが、インフェルノの残骸に集まっていく。
 剥き出しになった機械を覆うように、まるで傷口を縫合するかのように、パーツが集まっていく。
 やがてパーツ同士が、粘土をくっつけるように、混ざり合っていく。
 元の形を取り戻すように。
執筆者…夜空屋様

 戦車が通れるほど広い通路を真っ直ぐ歩いていく一行がまず目にしたのが、行き止まりであった。
「おい、行き止まりだぞ」
「見ればわかる」
「……他に道、無かったよな?」
「おいおいちょっと待て、どうなってんだ?」
 第一次調査隊の全滅映像は見ている。
 あの映像によれば、奥に『何か』が安置された部屋があったはずなのだ。
「まさか……この遺跡、本当に生きてるのか?」
 リヒターが呟く。
「そうだろうな。この遺跡、マジに生きている」
 ニルトーイが同意する。柳も神妙に頷いた。
「……おい、学のねぇ俺に誰か説明プリーズ」
 ハルマーが説明を求める。
「読んで字のごとくだ。この遺跡は生きていて、自在に通路を変えていく。その証拠がすぐ後ろにあるぞ」
 見てみろ、とニルトーイが促すまでもなく、その場の全員が理解する。
 今まで自分たちは、ここまで真っ直ぐに来た。途中に分かれ道など無い。ここまで一直線だ。
 目の前にある通路は、右に曲がっている。
「……なぁ、これ、どう思う?」
 誰かがそう呟く。ニルトーイがそれに返そうとした。
「どうも何も、これは゛っ?
 返事をしている途中で、ニルトーイの頭蓋が粉砕され、胴体も遅れて爆散した。
 一瞬遅れて、調査員四人とテンペスト、ドマソンの頭が吹き飛んだ。
「……え?」

 行き止まりだったはずの通路は、全員の視界から外れた途端に行き止まりではなくなっていた。
 待ち構えていたかのように異形の竜があふれ出し、
 先ほどはそれらを簡単に倒していたはずのプロたちを、逆に虫を潰すように殺戮しはじめた。
 まず、松崎ドラゴニクが竜に丸呑みにされた。
 ノルトーラが風の刃で応戦するが、挟み撃ちにされて上半身と下半身を分断された。
 ラックマンが逃げようと走り出し、竜の一匹に尾で串刺しにされて息絶えた。
「──なにボサッとしてやがる!」
 突然ハーリーの身体が引っ張られる。ボックスドッグスがハーリーの服を掴み、引き摺っていた。
「逃げるんだよ! 態勢を立て直せば──」
 そこまで言って、腹から角が生えて、ボックスドッグスが死ぬ。

 ハーリーはカメラマンだ。映像を撮るのが仕事であって、声を出していい仕事じゃあない。
 だが、彼はその仕事を、自分の意思で裏切ることにした。

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」 

 

 ハーリーは自分の足が勝手に動いていることに、しばらく気がつかなかった。
 普通、こういう状況だと人間の足はすくむばかりかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。
「おう、逃げてんのか。そりゃ名案だぁ!」
 いつの間にかハルマーが並んで走っていた。背中に柳を背負っている。
「とにかく逃げろ! ……おいリヒター!」
「なんスかハルマー先輩ぃ!?」
 併走するリヒターが叫ぶ。息も絶え絶えだ。そのリヒターの横で御坂景子が息切れひとつ起こさずに走っている。
「壁を張れ! ……通路を封鎖しろ!」
「でっ、出来ますけど!? でもまだ人がっ」
「逃げ遅れた奴は仕方ねぇ! さっさと張れ! ──それともあの竜たちのクソになりてェのか!」
 ハルマーの怒声が飛ぶ。ハーリーは今気付いたが、どうやらハルマーとリヒターは先輩後輩の関係にあるらしい。
「……クソッ!」
 リヒターが足を止め、振り返る。
 手をかざし、一瞬でバリアが通路を塞いでしまった。
「ま……待っ、てっ!」
 誰かがバリアの向こう側に残された。彼らの後ろから、異形の竜たちが重戦車のごとくこちらに向かってくる。
「お、おい! 開けてくれ!」
 残されたのは、調査員の一人と、ノナ・ソリスだった。開けてくれと、バリアの壁を叩く。
「死にたくないっ! お願い、ちょっと解除して、また張りなおせば……っ!」
「ダメだ。……悪い、囮になってくれ。あいつらの餌になってる間に俺らは逃げる。……リヒター、解除すんなよ」
 懇願するノナに、ハルマーは死刑宣告を言い放つ。
「で、でもっ……先輩っ!」
「解除すんなよ。解除したら死ぬと思え。
 おまえの壁は一時のしのぎにゃなるだろうが……それでもあの量の連中にゃ時間稼ぎにもなんねぇよ」
「おいっ!」
 耐え切れず、ハーリーはハルマーに掴みかかった。
「あんたさっき、あいつらを簡単に倒してただろ! なんで戦わないんだよ!」
「はァ? 俺に指図すんな!
 じゃあ何か? ざっと十匹はいるあの竜どもを全部俺が倒すのか? それにかかる力がどれくらいのモンかお前わかんのか?
 ろくに戦いを知らねぇカスが俺を何だと思ってんだボケ! 俺はテメェらの道具じゃあねぇんだよ!」
 言い返そうとハーリーが口を開いたが、何か言葉を吐く前に、バリアに何か巨大なものがぶつかる、鈍い音がした。
 見ると、バリアの向こうに残された調査員が、バリアと竜に挟まれて、潰されていた。
「……もう遅いんだよ。クソッ、テメェのせいで逃げる時間が、」
「先輩!」
「無くなった……ってなんだよリヒター、バリアがもう壊され……はぁ!?」
 ハルマーが驚きの声をもらす。ハーリーもすぐに驚いた。
 異形の竜たちが、背を向けて立ち去ったのだ。
「何が、起こった……?」
 柳も、天地がひっくり返った光景を目撃したような顔をしている。
 いや、残った調査員、景子、レッシャー、その場の全員が、何が起きているのか理解できなかった。
「あ、あいつら……何で……?」
 リヒターがへなへなと座り込んだ。異形の竜たちは、もはや侵入者など存在しないと振舞うように──通路の奥に、消えた。
 バリアの向こうには、ノナの死体は無かった。
執筆者…夜空屋様

《どういうことだ?》
《何が?》
《何故侵入者を生かす?》
《まったく、インフェルノの人格は誰を参照にしてたの? 頭固すぎ。
 ここであいつらを全滅させても、また他の連中が来るだけよ?》
《頭固いは余計だ。
 ……で、一体何をするつもりだ。女一人を連れて行って……》
《ま、インフェルノはゆったりとエンピレオのとこまで来なさい。OK?》
《ふん、まぁいいだろう。ゆったりとそっちまで歩いていく。
 ……ところでプルガトリオよ、パラディソは何をしている?》
《わざわざ聞くまでもなく、いつもと同じよ。……ってインフェルノ、あんた此処の守護者の情報はリアルタイムで知っておけるようになってるでしょうが》
《いや、あいつ呼びかけても反応無いぞ?》
《面倒くさがってるだけよ。……ったく、あいつの人格の元を見てみたいわ。もう死んでるけど》
《……プルガトリオ、本当におまえはよく喋るなー。お前の人格の元になった奴を見てみたいよ》
《うっさい。通信切るわよ》

 

 通信が一方的に切られ、インフェルノはため息をついた。
 機械であるインフェルノはため息をつく必要は無いのだが、元になった人格のせいなのか、よくため息をついてしまう。
 もはや完全に修復した巨体を震わせ、インフェルノは通路を歩く。
 戦車が軽く通れそうな通路は、インフェルノが歩く部分だけはインフェルノの巨体に合わせて通路が広がっていく。
 まさしく、遺跡が生きているかのように、である。
執筆者…夜空屋様

 竜たちが去っていった光景を呆然と見ていた第二次フォボス遺跡調査隊は、もはや七人にまで減っていた。
 ハーリーの不安が段々と膨らんでいき、彼の頭の中を覆い尽くしていく。
 以前本で読んだ地球にある伝説を、ふと思い出した。
 蝶を探しにジャングルをかきわけ進む探検家が偶然にも古代の遺跡を見つけるが、
 その話を祖国で話しても誰も信じず、やがて探検家は高熱にうなされ、発狂して死んでいったという話だ。
 まるで遺跡がその探検家を呪ったかのように。
 頭に浮かぶ妄想を振り払おうとしても、ハーリーの不安は妄想になって覆いかぶさる。
 自分は、このまま生きて帰れるのか、いや、死を覚悟してここまで来たはずだ、だのに妄想は離れない。
 いつまでも、いつまでも。 
 残り七人。他の全員は守護者や異形の竜に殺されてしまった。
 ノナ・ソリスは死体こそは見つからなかったが、生きてはいないだろう。
 カメラマンのハーリー・ウィンズ。考古学者の柳・王林と、調査員が残り一人。
 プロはハルマー、御坂景子、レッシャー・マスチフ、リヒター・ホッヘ。
 三十名近い人員が、あっという間にこれだけになった。
 今、ようやく気付いた。
 大広間では傷一つ負わず倒した彼らが何故、先ほどの奇襲で一気に壊滅する事態になったのか。
 簡単なことだ、奇襲されたからだ。
 大広間の戦いはこちらも万全の状態で挑んだ。だからこそこちら側は相手側に対応できた。
 しかし、先の奇襲は万全ではなかった。予想外の攻撃に、態勢を立てられなかったのだ。
 こんな誰でもわかる単純なことを理解するのに、ひどく時間がかかった気がする。
 あともう一つ、決してこちら側は弱くなどない。
 しかし、大広間で勝てたのは相手の攻撃を一発も受けなかったからであって、
 向こう側の攻撃が一発でも当たれば、人間の肉体など簡単に壊れてしまうのだ。

 死が、自分の足を引っ張っているような錯覚に襲われる。

「……こんなところで立ち止まってたら、またさっきの連中が来ますわ」
 壁にもたれかかっていた御坂が言う。
「そうだな……。歩くぞ」
 呆然として座り込んでいたリヒターを軽く蹴り、ハルマーが言った。
 全員、なんとか立ち上がれた。
執筆者…夜空屋様

《一番隔壁から最終隔壁までコード入力。侵入者が移動を開始しました。エンピレオまでの推定到達時間は残り962秒。
 「ダオラ」ナンバー21、捕獲した侵入者を最終隔壁まで連れてきてください。決して危害は与えないように》
 赤髪の少女は伝えるべきことを言い終わると、何も無い空間を叩く指を止めた。
 椅子から立ち上がるように空中で立ち上がり、それがスイッチだったのか、彼女の周囲で回っていたリングが停止する。
「さてと……これからとっても非道いことをしなくちゃね」
 そう言いながら何も無い空間を歩く少女の顔は、まったく笑っていなかった。
執筆者…夜空屋様

「なんか……変だネ」
 今まで一言も喋らなかった小柄な男……レッシャーが不意にそんなことを言った。
 というか、今まで一言も喋らないから一瞬誰の声かと思った。
「あぁ? 何が変なんだよ」
「育ちの悪い人は頭も悪いんですか?」
「うっせぇ! 頭悪くて悪かったな! んじゃあ育ちも頭もいいお嬢様よ、何が変なのか言ってみろよ!」
 ハルマーが怒鳴る。
「……一本道ですわ」
「はぁ?」
「先ほどの奇襲で気付かなかったんですか? 恐らくこの遺跡には『統率者』がいます。
 それが『守護者』かどうかは知りませんし、その『統率者』が何人いるかは知りません。
 しかし、今までただ侵入者を排除するために攻撃した竜たちが……
 『守護者』が出てきた途端に逃げたところを見れば、恐らく『統率者』は『守護者』に間違いないでしょう。
 あの竜たちはかなり攻撃的ですわ。なのに先ほどの奇襲のとき、壁を隔てた向こう側にいた竜たちを、私たちは一切察知できなかった。
 気配一つ、感じなかった。振動一つすらも。
 決定的なのは、連中がノナを生かしたまま去っていったことですわ」
「えっ?」
 ハーリーは驚いた。死体が無かったノナ・ソリスが、てっきり死んでいるかと思っていた。
「普通の方には見えなかったでしょうけれど、私の眼はとても視力がいいんです。
 連中がノナを生かしたまま口の中に入れているところまでしっかりと、ね」
「怖ぇなー、透視能力かよ」
「より精密な透視、と思ってくださいませ。
 あなたの筋肉の動きや血液の流れまで透視できますわよ?」
「そいつは厄介だ。先に始末しておくか」
「え?」
 氷の槍が、御坂景子の心臓を抉っていた。
「ちなみに先ほどの推論だったが、なかなか賢いな。概ね正解だ。
 が、残念ながら一つ。この迷宮の壁は振動を一切通さない仕組みにできるのだよ。
 ……気付かなかっただろう? 私がここまで歩いてきた地響きに!」
 御坂景子の身体が倒れる。一瞬で、生命を断たれていた。きっと彼女自身何が起こったのかも、理解できていなかっただろう。
 振り向くと、今まで歩いてきた通路には大きく広がっており、倒したはずのインフェルノの獣部分が、こちらを睨んでいた。
「ふっ、フザケんなぁっ! てめぇジャンクになってたじゃねーか! 直ってんじゃねぇっ!
 リヒター! 壁張って逃げるぞ! ……リヒター?」
「せ……んばぁぃ……お、れ、」
 リヒターもまた、氷の槍で貫かれていた。さらに、レッシャーの頭も氷の槍で抉られていた。
「あ? おい、ちょっと、待……待てよ……!」
「……簡単に壊れるからおかしいとは思っとったが……! やはりっ! 守護者があの程度の攻撃で壊れるわけが無い!」
 ハルマーの恐慌とした顔。柳の嬉々とした顔。調査員の唖然とした顔。悠然としたインフェルノの顔。顔が、顔が、顔が。
 ハーリーは。自分はどんな顔をしているのか。わからなかった。

 足が、勝手に動いた。インフェルノの反対側、自分たちが向かっていた方向へ。
 部屋が見える。光が見える。原色のままの光がこぼれる、一筋の光がこぼれる、あの部屋に入れば……!
「ちくしょぉっ! クソがぁッ!」
 息を切らして走るハーリーを、柳を背負うハルマーが追い越す。これがプロとの違いか。
 後ろを見ると、調査員も息を切らして走り、インフェルノがこちらに向かって悠々と歩いていた。
「この結晶反応……おい! あの部屋に入れ!」
 柳が機械を見ながら、ハルマーに命令する。
「あぁ!? 何言ってんだ、あの部屋に入るしか他にねーだろが!」
「阿呆か! あの部屋……例の、前の調査隊が最後に映した、結晶の部屋だ!」
「なにィ!?」

 ハーリーの不安がまたひとつ増える。
 何故、この遺跡の『統率者』は、わざわざ自分たちをあの部屋に招き入れるのか。
 恐らくあの部屋は、この遺跡の重要な場所のはずだ。まさか、あの部屋は何も無いただの罠?
 それに御坂景子が言った、『一本道』。
 そうだ、遺跡を自在に変化させる力を持つのなら、自分たちを永遠に遺跡で彷徨わせることができるはずだ。
 なのに、まるで誘うように一本道が続いてる。それも、部屋に向かって。
 しかし、今はあの部屋に入る他に選択の余地は無い。もう少し。あと数十歩。もう、部屋の中が見える──。
 部屋の中に、入った。

 

「いらっしゃい、侵入者さん。
 ……あ、もう残り四人? ちょっとやりすぎちゃったかな。まぁいいわ。
 ようこそ『エンピレオ』へ! 歓迎はしないけどね。
 私は『プルガトリオ』。『紫の石』『エンピレオ』を封印せし守護者が一つ、煉獄を冠するものよ」
 結晶の柱が乱立する幻想的な部屋に、巨大な──超結晶、
 いや、八姉妹の結晶に匹敵する力の波動を感じる、淡い紫色の透き通った結晶が、円柱形の台座の上でその存在感を放っている。
 その巨大結晶の前に、赤髪の少女が立っていた。
 白いワイシャツと髪の色と同じショートパンツを着て、革製のロングブーツを履いている。
 『守護者』と名乗った少女の横には、丸い盾が浮かんでいる。
 なんの変哲も無い鉄製の盾にしか見えないが、盾の中央に丸い目(しかも眠たげにまぶたが眼球を半分覆っている)のようなものが付いていて、それがこちらを睨むように向いている。
「私は盾です」
 突然、そんな声が響く。
「ああ、コイツも『守護者』よ? ただの盾に見えるけどね」
 プルガトリオと名乗る少女が盾を指差す。
「いえ、私はただの盾です」
 ……どうやら、あの盾も守護者らしい。ただの盾にしか見えないのだが。
「……オイ。囲まれたぞ?」
 ハルマーの声だ。背後はインフェルノが追いつき、部屋の中も異形の竜や機械兵がハーリーたちを取り囲む。

 不安が、妄想が、恐怖が、現実になっていく。 

 プルガトリオと名乗った少女は詰まらないような顔をしながら、とても楽しそうな口調で、ハーリーたちに告げた。
「貴方達はここで全滅してもらうわ。それも、とびっきりタチの悪い方法でね」

 相変わらず表情は変わらないが、それでも楽しそうに上ずった声で、次のような言葉を言った。

「……そうね、だけど、二人だけは生かしてあげる
 貴方達全員の中から、たった二人だけ。
 相談して決めていいし、殺しあって決めていい。『生き残る二人』を決めてくれればそれでいいのよ」
 OK? と、少女は念を押した。
 生き残るのは二人? ふざけている、一体なんのドラマだとハーリーは思ったが、
 次第に輪を狭めてくる竜や、今にも自分たちを踏み潰しそうなインフェルノの威圧感が、ドラマではなく現実だということを叩きつけてくる。
 どうにか脱出する方法は無いかと周囲を見渡すが、
 自分たちが先ほど走っていた通路はすでに何も無い壁へと変貌しており、
 さらに竜たちと守護者、結晶の林に取り囲まれたこの部屋に他に通路は見当たらない。
 もはや、選ぶしか他にない。希望への選択などではない。絶望への選択だ。

「おっ、おれを生かしてくれっ!」

 唐突に、調査員の最後の一人がそう叫んだ。

「うぉっ!?」

 あまりに唐突だったからか、ハルマーが間抜けな声を出した。

「な、なぁっ! 頼むよ! 本当はおれ、こんなところになんか来たくなかったんだ……!
 なぁ! 死にたくないんだよおれは! なぁ、頼むよ……」

 見ると彼の手足はガタガタと震え、顔からは涙だか汗だか鼻水だかわからないものが流れ、
 なんだかその姿を見ると、こっちは彼ほど恐怖はしていないことがわかり、少し安心した。

「んー、そうねぇ……」

 叫ぶ調査員を品定めするように、少女はまばたきをしているところを一度も見たことがない眼をぎろり、と見開いた。
 と思うとわずか一秒で品定めは終わったようで、彼女は、

「ダ・メ♪」

 相変わらずの無表情と、とてもとても楽しそうな声で、死刑宣告をした。
 自分の懇願が却下され、死が内定してしまった調査員は、
 口を魚のようにパクパクさせて、それから何事かわめきながら少女に飛び掛った。

「……これだから。『物理接触障壁の展開を要請します』

 飛び掛ってきた調査員をこき下ろすような視線を投げかけ、少女は奇妙な言葉を紡ぐ。

『許可します』

 横に浮かぶ盾の声が聞こえた。
 調査員の身体が、ばしゅうと音を立てながら消えていた。
 ハーリーが驚いたのは、名も知らない調査員がたった今死んだことに、自分がなんの感慨も湧かなかったことである。
 人死にに慣れてしまったというより──恐らく、疲れたのだ。
 もはや諦めていた。自分には映像を撮ることしか能がない。能力者のような能力は無いし、獣人のようなパワーも無い。
 いや──そんな力などあっても、この状況を脱することなどできやしないのだ。

「……殺すなら、わしを殺せばいい」

 老人の声が聞こえた気がする。誰の声か気付くのに数秒かかるほどに、ハーリーは呆けていた。
 柳だった。

「ただ、殺す前にその結晶を調べさせてくれ。その結晶に触れさえすれば、わしは満足だ」

 この状況でなんという探究心だろう。知識の探求のためならば自分の命さえ投げ出すその老人が、なぜだかハーリーは羨ましかった。

「ふぅん。貴方は、立派な学者さんだわ」

 少女はそう言うと、立っているその場所を横に移動した。

「どうぞ。エンピレオに触れることを許可するわ」

 柳が歩き出す。
 エンピレオに近づくにつれて、自然と柳の手はエンピレオが放つ光を掴むように伸ばされていく。

「素晴らしい……! こんな状態のいい結晶が、世界に存在しているとはな!
 間違いない……超結晶だが……いや、違う? これは……、一体、なんだ?
 違う、何かが違う……」

 ぶつぶつと老人の呟く声はハーリーのところまで届かないが、その音声はハーリーがいまだに捨てずに持っていたカメラが拾っていた。

「これは……まさか、八姉妹の結晶と同質の……、いや、しかし……
 まさか、これこそが、『恒』エネルギー体だとでも……」
 やはり、柳の呟きはハーリーには聞こえない。
 柳の手が、エンピレオに触れようとした。
 表情が変わったところを見たことがない少女が、笑った気がした。

「──ッ! じいさん、それに触るなぁッッ!」

 叫ぶハルマー。言い終わる頃に、柳の姿は消えていた。

「私は、盾です」

 宙に浮かぶ盾が、何かを言った気がする。

「盾だから、守るべきものは守ります。これ、盾の常識です」
 この場には似合わない、間抜けな声が広間に響く。

「さって、残り三人よ。あと一人は死んでもらわなくちゃね」

 少女の愉快そうな声が聞こえる。

「三人……ってことは、なんだ、ノナも生きてんのか」

 ハルマーの声が聞こえる。さすがプロだ、こんな状況になっても声が震えていない。
 ハーリーは情けないことに、腰を抜かしていた。頭の中は不思議なほどにまっさらになっていて、走馬灯すら浮かばない。

「うん、あの子──ノナっていうの? 彼女はちょっと、イケニエになってもらうのよ」

「はぁ? さっぱりわけがわからんが……俺は生きる!」
 ハルマーの手のひらがへたり込んでいるハーリーの頭に向けられる。
 その手のひらから魔法弾が──

 発射される前に、ハルマーの頭蓋は、後ろから飛んできた氷の槍で、簡単に砕け散っていた。

「これでいいのか、プルガトリオ?」

「うん、ありがと、インフェルノ。さーて、はじめますか」

「私の名はパラディソです」

「誰に言ってんの? あぁ、結界閉じといてね」

 ハーリーは、考えるのをやめた。

 異形の竜の一体が、ゆっくりと前へ歩み出る。
 そいつが口を開くと、ノナ・ソリスの身体が勢いよく飛び出された。
 地面に着地するや否や、叫んだ。
「ぷはぁーっ! あぁもう、暗いし狭いしなんかベトベトするし、一体あたし何に閉じ込められて……うそおっ、竜の中ぁ!? さ、最悪……」
 よく喋る少女だ。ハーリーは改めてノナの姿を眺めた。
 黒い艶やかな髪を短く切り揃え、前髪をヘアピンで留めている。眼は黒い。小柄で身長は低く、150cmに届くかどうかという程度だ。
 竜の口の中にいたからか服はボロボロだが、よく見れば、服装に気をつかう女の子であるとわかる。
 灰色の横線が入った黒のタートルネックの上に半袖の黒いパーカー、紫色のフレアスカートにひざまであるロングブーツ。
「あれ、ここどこ? ってうわっ、何この部屋!? あ、ハーリーさん! 何その横の死体! って盾が浮いてるぅ!」
 まことに騒がしい少女である。
「よく喋るわね、ノナさん? 早速だけど、ちょっと精神をブチ壊させてもらうわ」
 プルガトリオと名乗っていた少女が、ノナに言う。機械兵たちが動き出した。
「は? 何言ってるんスか?
 ……あぁ、もしかして、守護者さん?」
 近づいてくる機械兵を意に介さず、プルガトリオと対峙するノナ。
「そう。このエンピレオを守護する守護者の一体、プルガトリオよ」
「そーですかー。
 ……いや、だから? 何よ、精神ブチ壊すって。意味わかんない」
「意味がわからないならそれでいいよ。
 どっちにしろ、貴女にはちょっと残酷なことするから、大人しく捕まってちょうだい」
 機械兵がノナの腕を掴んだ。
「お断りするっス」
 ずるり。
 機械兵の手が、ウナギでも掴むように、ノナの腕を滑っていた。
「……なにそれ。随分とまぁ、珍妙な能力ね」
 呆れるように目を細めるプルガトリオ。ハーリーはわからなかったが、今のがノナの能力らしい。
「なっ、そのバカを見るよーな目はやめろよ!」
「接触した物体間との摩擦をほぼゼロにするってところかな? 服越しにも使えるみたいだけど……ま、なんにせよ大した能力じゃないわね」
「こらぁ、バカにすんなって言ったろ!」
 ノナが吠えた。すると突然、プルガトリオがその場で滑って転んだ。
「!?」
「ちょっと意識すれば好きなところに『ワックス』を塗りつけられんのよ!
 これがあたしの能力、『どこでもワックス』!」
 …………。
 ハーリーは思った。ネーミングが微妙である。
「……前言撤回、大した能力とネーミングね」
 倒れたまま、呆れた声を出す。
「だからバカにすんなぁ!」
「案外有効な能力ね。これを足に受けたら、立ち上がれなくなる」
 そう言いながら、あっさりとプルガトリオは立ち上がった。
「……は? え、何よそれ!? なんで普通に立ち上がって──」
『結晶能力効果消滅』
 盾が喋った。
「文字通り結晶能力の効果を消滅させる結界を張ってみました」
「は──!?」
 なんてペテンだ。これでは、誰もエンピレオに触れることなど出来やしない。
 いやそもそも、守護者らがこの部屋にハーリーたちを招き入れなければ、絶対にこの部屋になど来れなかった。
 一度は止めた思考を、再び回転させる。何故守護者らはハーリーたちをこの部屋に招きいれた?
 わざわざ侵入者を二人生かす理由はなんだ?
「わ、ちょっ、離してっ!」
 機械兵がもう一度、ノナの腕を掴む。今度は滑らない。そしてその掴んだ腕を、エンピレオの方へ引っ張っていく。
 柳はエンピレオに触れようとして消滅した。ならばノナもそうするのか? いや、ならばノナを生かす理由にはならない。ならば何故?
 気が付くと、ハーリーの後ろに機械兵が立っていて、ハーリーを無理矢理立ち上がらせた。
「貴方、カメラマンだよね? じゃ、今からすることを撮影しててね」
 撮影?
 まさか、ハルマーを殺したのは、カメラマンである自分を生き残らせるため? ならば、何を撮影させようというのか?
 ハーリーの頭の中で、様々なことが駆け巡る。
 機械兵にカメラを構えさせられた。

 機械兵に腕を後ろに回されて身動きを封じられ、ノナは巨大な結晶──エンピレオの前に立たされた。
「な、何をするつもりなのよ……!」
「非道いこと」
 一言だけ言って、プルガトリオは片方の手をノナの頭の上に乗せ、もう片方の手でエンピレオに触れる。
「何をしてるっス、か──ぁ?」
 すぐに異変は起きた。
 ノナが暴れだそうとしたのだ。手足を振り回そうとするが、機械兵に押さえつけられていて、足しか動かせていない。

「ガあアああァっ! うっ、うるさいィ! やめて、やめてぇ……! 気持ち悪いぃ……! なんだよこれ!
 あ、ア、頭がっ、割レる、ァあああああアああ!」

 叫ぶ。叫ぶ。暴れる。叫ぶ。
 やがて、気絶したのか、おとなしくなっていた。
「──おしまい」
 終わったのか、ノナの頭の上に乗せていた手を引っ込める。機械兵が腕を放すと、気絶しているからか、そのままノナは倒れてしまった。
「さ、次は貴方」
 機械兵に腕を掴まれ、ノナと同じようにエンピレオの前まで引っ張られる。カメラは持ったままだ。
 やはり腕を後ろに回され、エンピレオの前に立たされる。プルガトリオの手が頭の上に乗せられて、

 まさか、『見せしめ』か。
 ようやく守護者たちが二人生き残らせる理由に思い至ったが、その後すぐにハーリーの頭の中はわけのわからない言語でパンクした。
執筆者…夜空屋様
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