リレー小説4
<Rel4.バルハトロス1>

 

 

 

 火星・アテネ郊外、レスター邸。

 

付近に広がる高級住宅街の中でも一際巨大な豪邸は、LWOS副所長ジェールウォントが組織の権勢をアピールするべく、
着飾るだの贅を凝らすだのといった事柄に無頓着な所長バルハトロスに代わり地球より著名な建築家を招いて設計・建築させたものである。

 元々彼自身が研究室に篭りがちな性質である上、組織の運営の為に地球と火星を頻繁に行き来する為、本来の主が足を運ぶことは少なく、
専ら外部からの賓客――主な顧客である政府要人や軍将校等――の応接・宿泊の為のゲストハウスとして使用されており、
それは活動拠点が超弩級スペースコロニー『アーク・トゥ・エデン』、通称『箱舟』に移ってからも同様であった。
 しかし、今は状況が違った。『箱舟』はSFESによる前支配者略取に端を発する火星への進撃の途上でSFESの攻撃により大破。
完膚無きまでの敗北を喫したLWOSはSFESに吸収されることとなり、その首魁たるバルハトロスはその動きを大きく制限され、仕方無く火星の邸宅へと逗留する羽目になっていた。


 ――1階奥の書斎。レスター邸の中でも比較的生活の痕跡が見て取れるそこには、入口側を除く全ての壁に書架が備え付けられている。
その裏には、ありきたりであるがちょっとした仕掛けが施されており、正しい手順で操作することで地下に続くエレベーターへ繋がる扉が現れるようになっていた。


――現在その扉は開かれ、エレベーターの階数表示も地下を指している。


「――隠し部屋の研究室、ですか。この様な場所に招待して頂けるとは思いませんでしたよ」
 几帳面に積み上げられた書物、書類の山。
LWOSの研究施設程とは行かなくとも、凡百の研究者にとっては十分以上の代物だろう高度な研究機材の数々。
それらを見回しながら、仮面の男――白き翼総帥リヴァンケは仰々しく呟いた。
「……後にも先にも貴様だけだろうな」
「それはそれは、光栄の極み」
 心底不愉快そうに吐き捨てた白髪の中年――LWOS所長、バルハトロス・レスターの言葉に、リヴァンケは敢えて慇懃な言葉を返す。
その態度に元より眉間に皺を寄せ不機嫌そのものであったバルハトロスの表情は更に険しさを増す。
「ふん……そう思うならその『仮面』を外せ。その仰々しい喋り口も止めろ。リヴァンケ、いや――ラスアーク・アズ・リアン

 そう言いながら、バルハトロスは目の前の男を睨みつける。
敵意の多分に混じった視線を受けてリヴァンケは仮面の奥の目を一瞬細め、観念したかのように息を吐くと、無言で仮面に手を掛け、ゆっくりと外した。
その下から現れたのは均整の取れた男の顔。白き翼という秘密結社の頂点に立っているとは思えない程の若々しさに満ちており、
目の前に立つバルハトロスが還暦も間近といった年齢であることもあって、その若さはより際立っていた。
「やれやれ……お気付きでしたか。いや、貴方なら遅かれ早かれ気付くとは思っていましたがね」
 フッ、と苦笑した様に呟くリヴァンケの表情にバルハトロスは激発しそうになるも、臨界点一歩手前で怒りを押し留める。
「それが判っていて良くも私の前に姿を現せたモノだ……この裏切り者め。マハコラでの件、忘れたとは言わせんぞ」
 とても同盟者に対するものとは思えない憎悪に満ちた言葉を投げ付けるが、リヴァンケは苦笑を浮かべたままであった。
「それはそれは。申し訳無い事をしました」
 瞬間、バルハトロスはリヴァンケの襟元を掴み上げるとそのまま壁へ押さえつける。

「いい加減にしろよ、ラスアーク……!
 ドブネズミの分際でセファリエを誑かし、あまつさえ拐かした挙句死へ追いやった貴様がッ――」

 隠し切れない憎悪と殺意、そして劣等感がない交ぜとなり、狂気滲む形相で呪詛のように言葉を絞り出すバルハトロス。
その全身は怒りに震え、今にも目の前の男を縊り殺さんばかりの勢いである。
事実、目の前に立つのが海千山千の古強者であるリヴァンケでなければそうしていただろう。

「……誑かしても拐してもいない、と言っても信じてはもらえないでしょう。
 彼女の優しさに甘え己の目的に邁進するあまり、その死を看取ることすら出来なかったのは事実。
 その不甲斐なさは弁解のしようがない。私では彼女を幸せになど出来なかった。
 しかし、それでも……それでも彼女は私を選んでくれた。
 貴方、いや、お前の言葉は、アイツの想いすら踏みにじっている。そんなことも判らない程に耄碌したか、レスター」

 普段の慇懃な立ち居振る舞いからは考えられない程に語気を荒げたリヴァンケの眼光がバルハトロスを貫くが、それでも彼は怯まない。
能力者、それも超一流の威圧や殺気というのは単なる心理的なものに留まらない"圧力"を有している。そんなものを受けてなお、抵抗の意思を見せる。
――非能力者ではあるものの、バルハトロスもまた数多くの修羅場を踏み越えてきた男であった。


『――』


 沈黙と膠着、そして、沈静。剥きだしの感情は鳴りを潜め、再び仮面に覆われる。

「――ふん、久しぶりに見たぞ、貴様のその"顔"。
 ここに至って、あまつさえ彼女のことにさえそのふざけた"仮面"を被り続ける気だったなら本当に縊り殺していた」
 掴まれ乱れた襟元を正し、仮面を被り直すリヴァンケを一瞥しながら吐き捨てるバルハトロス。
その声色からは隠す気のない侮蔑の感情が読み取れたが、先程のような怒りに沸騰し狂気すら滲ませたものではなかった。
むしろ相手<リヴァンケ>に対する――ある種の歪んだ――信頼を基とした憎まれ口に近い。
「高貴な方々を相手にする内に身についた処世術ですので、そう簡単には変えられませんよ。
 しかし、ドブネズミの作法が命を救うとは、世の中何があるか判らないものですね。
 それで、この度はどのようなご用件で?
 まさか宿怨を再燃させ、あわよくば私を葬り去ろう、などというためだけにここまで招いた訳ではないでしょう?」
「ふん、当たり前だ。これを見ろ」
 そう言いながら、バルハトロスはタブレット端末を放って渡す。
受け取ったリヴァンケは内容を一通り読んだ後、はあ、と深く溜息を吐く。
「……諦めが悪いですね、貴方も。ここまでやられてまだ抗うと?」
「諦め? 貴様やヴァンフレムを叩き潰すと決めた時にそんな言葉は忘れた」
「――LWOSという組織全体がSFESの管理下に置かれているこの状況で我々が協力するのはリスクが大きく、リターンは不透明です。
 これはつまり、最低限の対価として我々が成果を如何様に扱っても構わない。そう受け取っても構いませんね」
「貴様にとっての神魔と同じだ。年季が違う。この程度くれてやる」

――『処刑人の改良に関する諸案』。
リヴァンケが手にするタブレット、その画面に映し出された文書のタイトルである。 
執筆者…鋭殻様
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