リレー小説3
<Rel3.サテライトキャノン4>

 

  火星、コリントス 
  火星帝宮殿、屋上バルコニー

 

「…ウルグザハニルが起動したか……」
黒服の保安総監は夜空に浮かんだ2条の光を眺め、 
其の体を震わせながら誰にとも無く呟いた。
「…ちっ!あれからどれ程の時が経ったのか知らんが… 
 未だに其の恐怖が魂から抜けぬとはな……! 
 ………だが…おかしいぞ……何処に攻撃している?」

 

 

  同宮殿内、火星帝執務室

 

火星帝レオナルド・フォアレイ・シルバーフォーレストは、 
窓から見える不可解な光景を見つつ部下達に次々と指示を出している。
「そうだ…早急に連絡を取り給え…以上だ」
部下を部屋から出し、部屋に1人っきりとなると、 
椅子に深く腰を掛け今後の動きを模索する。 
保安総監の失敗にはほとほと愛想が尽きた。 
そう言いたそうに眉間を歪ませ…だが同時に、 
保安総監に対して最早遠慮は要らないと、其の口は笑っていた。
「レオナルド……
 アイツはおかしい。保安総監はおかしい」
火星帝以外、誰も居ない筈の部屋の中に、 
火星帝以外の其の声が響き渡る。
ジ・ハウント、アイツから嫌な匂いを感じる。 
 ああ、あれは主様に逆らう下賎の徒。サーヴァント。
 抹消しろ。抹殺しろ。断罪しろ。死刑にしろ。 
 …主様、前支配者様達の為に」
執筆者…is-lies

  火星、アテネ 
  リゼルハンク本社ビルの一室

 

(……今…確かに感じたぞ……… 
  ………嘗て我等を滅ぼしたウルグザハニルの波動…!!)
(…馬鹿な!エンパイアが滅んだ今、 
  あれの起動方法を知っている者は……!)
(……いえ…他にも幾つか心当たりがあります。 
  …エインパイア以外でも『サーヴァント』達が居ます…… 
  …まあ、どちらもとっくに滅んでいたとは思っていましたが…)
(サーヴァントか……あの大戦が起こんなきゃ… 
  こんなひ弱な精神体になんぞならなかったってのによ…… 
  …今じゃ誰かに召還されねぇと動けねぇし、 
  この封印も全然解けねェ……くそったれがァ!)
(良いではないか。ウルグザハニルが起動したという事は、 
  遺跡の復活も近い…即ち、我等の肉体の復活も近いという事だ!
  ………もう少し……もう少しの辛抱だッ!)
声ですらないテレパシーの様なものを用いて、 
狭い一室の中、魔王・前支配者達の密談が行われていた。

 

 

  同ビル内、20F休憩ホール

 

「…ヴァンフレム、これは一体………?」
第四次世界大戦の最中、SFESに引き抜かれた能力者フランソワは、 
今ではSFESの隠れ蓑たるリゼルハンクに於ける、副社長秘書となっていた。 
ビルの各所からも、衛星から放たれ闇夜を切り裂く光は目撃されており、 
此処、光が良く見える休憩ホールにも人だかりが出来始めている。 
フランソワと副社長ヴァンフレムは其の最前列にて光を眺めていた。
「…衛星から放たれた2色の光… 
 ……これぞウルグザハニルだ……! 
 1世紀も経たずにこれを見る事が出来たとは…… 
 …ふふ、運が良いものだ…実に運が良い!」
窓の硬質ガラスに両手を付け、嬉々として2つの衛星を見やるヴァンフレム。 
フランソワはそう長くこの老人の側に居た訳ではないが、 
其れでも彼女がヴァンフレムのこんな嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。
「………ウルグザハニル…… 
 …そう…これが………予想以上に早く見れましたね。 
 ではアカシックレコードのDLを急がないと……」
「焦るな。時間はたっぷりとある。 
 …所でフランソワ。ライズは何処へ?」
「…つい先程エインヘルヤルの見学に」
執筆者…is-lies

  火星、レムノス島 
  ラトイメンプセーフェイ

 

元々は大名古屋国が生産していた人型ロボット兵フルオーターは、 
大戦以前からも其の高い機能が認められており、 
大戦後では各国でも製造される事となった。其れほど優秀だった訳だ。 
火星も例外ではなく、此処も、数あるフルオーター工場の1つである。 
SFES最高意思…SLと呼ばれる1人、ライズ・ゲットリックは、 
其の工場内でロボットの製造工程をぼーっと眺めていた。
「…SLと言え…あまり大きな顔をして欲しくないものだ。 
 此処は遊び場ではない。用が無いのなら早く出て行ってくれないか? 
 …作業員達が動揺している。其れに君が言った先の話……」 
ライズの背後から如何にも不愉快といった感じの口調で話し掛ける工場長。
「……大した事じゃないだろ? 
 其れにアイツは絶好のスケープゴート兼踏み台だ。 
 巧くいったらお前にも相応の便宜を図ってやるよ」
「………まあ良いがな。 
 …これから忙しくなるぞ」
天井に備え付けられたTVに映っている衛星を横目で眺め、 
其の人物はライズから離れて工場の奥へと入っていく。
執筆者…is-lies

  月周辺宇宙空間、『箱舟』

 

コロニー連盟に所属する最大手生物兵器研究組織LWOS。 
其のコロニーである『箱舟』にも其の報は届いた。
《諜報部門のセルディクス・ヴェーリッヒからの報告です》
合成音声が流れた数秒後、モニターに衛星の写真とレポートが表示される。
「……衛星か…………まさか…… 
 …今更こんな事が…………!」 
テストの見落としを発見した子供の様、 
LWOS所長バルハトロスの顔には焦りと微かな笑みが浮かんでいる。
「………幾つもの流れの内…あるものは途絶え、あるものは受け継がれ、 
 あるものは分化し、あるものは統合した…… 
 …………ウルグザハニルの起動…これも流れなのでしょうか」 
一瞬だけバルハトロスを見遣り、其の場を立ち去る仮面の男。 
下部分を欠いた仮面から露出した男の口は真一文字に紡がれていた。
執筆者…is-lies

  火星、アレクサンドリア 
  某地下駐車場地下、セレクタ基地

 

「……まあまあそんな慌てないで。 
 で、空がどうしましたって?」
ノックも無く部屋の中へ駆けて来たセレクタ諜報員に、 
取り敢えず落ち着く様に言ってから、 
深々と椅子に腰掛けるセレクタ幹部ミスターユニバース。 
其の軽そうな態度とは裏腹に抜け目の無く冷徹な性格で、 
全体の維持の為には部分を放棄するという方針を持っており、 
其れが度々、他のセレクタメンバーとの衝突を生んでいる。
「……フォボスとダイモスから怪しげな光が… 
 …………TVでも既に報道されています!」
「…光?どれどれ……」
あまり興味が無さそうにTVの電源を入れ、 
…流石のミスターユニバースも其の眼を剥く。 
あまりにも現実離れした其の光景は、 
何か只事ではない事件が起こるのではという不安を、 
ユニバースを始めとしたセレクタ構成員達の心に刻み付ける。 
クノッソスの集会を数日後に控えながら、この大事は頂けない。
「…凶兆…なのか………?」
執筆者…is-lies

  火星、アテネ 
  新興宗教SeventhTrumpet本部

 

SeventhTrumpet… 
組織名は黙示録の7つのラッパの最後のラッパより。 
キリスト教系の新興宗教。 
最後の審判はもうすぐだと主張し、 
其の証として能力者達の出現を『神の力の表れ』であると説いている。 
そんな事から能力者を敵視しているバチカンとは仲が良くなく、 
能力者に対する偏見の少ない現法皇ラ・ルー・ヌースの計らいが無ければ、 
きっと異端扱いされていたに違いないだろう。
衛星フォボスとダイモスの異常を見て、 
この世の終わりを連想する人間は決して少なくないだろう。 
己の理解の範疇を超えた事態に遭遇すると、 
人間というものは大概は悪い方へと…しかも大袈裟に考えてしまうものだ。 
SeventhTrumpet本部の面々も其の例には漏れなかった様である。
「お……おい、あれ……… 
 …最後の審判が来たんじゃないのか…!?」
「ばっ…バカ言ってんじゃねぇよ! 
 ……サミュエル様の話じゃ……まだ……」
流石に終末論を唱えていただけあって、 
真っ先に思い浮かんだのが『この世の終わり』だったらしい。 
恐怖に駆られた信者達が狼狽える中、緊急の放送が始まる。
《皆様、落ち着いて聞いて下さい。 
 これから司教様よりお話があります。 
 慌てず騒がず速やかに礼拝堂へとお集まり下さいませ》
信者達は一も二も無く礼拝堂へと向って走り出す。 
SeventhTrumpet司教サミュエル・スタンダードから、 
まだ世界は滅ばないという言葉を聞く為に。

 

 

  SeventhTrumpet本部、礼拝堂

 

信者達に埋め尽くされ、通路にまで人が詰まった状態の礼拝堂。 
其の教壇に立ち、説教に臨んでいる金髪の中年こそ、 
SeventhTrumpetの司教サミュエルであった。 
老眼鏡を掛けた其の顔に幾つものシワ、 
そして後退した額には微かな冷や汗が浮かんでいる。 
だが其れらを信者達に悟られない様、派手な法衣を翻し大仰に両腕を広げ、 
まるで天から神の声を受け取っているかの様に言ってみせる。
《…全ては神の御心のまま……。 
 火星の衛星…フォボスとダイモスに起きた異変… 
 これは神が起こしたしるしなのです! 
 何の? 知れた事…世界の破滅のしるしを措いて他にありません!》
一斉にザワつく礼拝堂内。中には叫び出したり其の場に跪いたりする者も居る。 
…司教サミュエル自身も若い頃から終末思想を持った男であったのだ。 
こうなっては最早、歯止めが効かない。
「どうすれば良いのでしょうか!?司教様っ!」
「お助け下さい、司教様!」
「我々は助かるのでしょうか!?」
《静まりなさい!》
サミュエル司教の一喝で礼拝堂は一気に静まり返った。 
畏敬する司教の次の言葉を聞き逃さぬ様、 
信者達は呼吸の音すら抑え、サミュエルに耳を欹てる。
《安心なさい。時間はまだあります。 
 あのしるしは我等を急かす為のもの… 
 …少しでも多くの『善なる能力者』を保護するのです!》

執筆者…is-lies


  火星、アテネ北西部

 

崖の近い閑静な工場地帯。 
煩い時といったら、たまにやってくるダンプが、 
近くのゴミ処理場にゴミを捨てに来た時程度である。 
だが其の時間はいつもと違っていた。 
工場の人間達がガヤガヤと騒ぎながら空を見上げているのだ。 
其の近くに年季の入っていそうな小さな建物が一軒。 
木のドアに天使のレリーフが入っているこの建物は孤児院であった。 
其の2階では黒いコートを着た若い女性が、 
窓の枠に乗って空に輝く2つの衛星を眺めている。 
下を見れば、1階で眠っていた孤児達が外に出て、 
好奇心を丸出しにし空を観察しているのが見えるが、 
女性は下の子供達程、衛星に興味を持ってはいなかった。
「………ウルグザハニル………… 
 …守護者でも目覚めたのか…?…いや、其れだけじゃないな。 
 ウルグザハニルを使えるところを見ると、 
 少なくとも俺よりは新しい型みたいだが……… 
 …だが……随分と危険な…そして目立つ武器を使ったものだな…」
ポニーテールにした緑色の髪を振り、 
窓の外とは反対方向…即ち室内に視線を向ける女性。
「全く……今日は何か特別な日なのか…?」
其の先にはベッドで横になって寝ている1人の少年が居た。 
外の騒ぎはこの部屋の中にも聞こえて来るが、 
併し尚、少年は静かな寝息を立てて眠っていた。
執筆者…is-lies

  火星、アテネ 
  スラム地区のボロ宿、203号室

 

「…何だ…………?」
魔導科学の第一人者…エーテル先駆三柱の一人タカチマンも、 
外の騒がしさを訝しみ、窓を開けてこの光景を目の当たりにしていた。 
幾度と無く魔導実験を繰り返して来たタカチマン博士ですら、 
あまりにもスケールの違う超常的な空に眼を奪われている。 
妖しい光を発する衛星フォボスとダイモスを眺める内、 
タカチマンは眩暈にも似た感覚を抱き、 
短く呻くと片手を額に、片手を窓の枠へとやる。
「……!!」
激しい頭痛と共に、 
閉じた瞼の裏に浮かび上がる映像… 
其れは
盤上に置かれた2つの小さな光。 
母の様な優しい微笑みを浮かべたゼペートレイネ。 
遺跡で機械を弄くっているおかっぱ頭の男性と、 
其の隣で満足げに笑む黒髪の若い男。 
SFESのシンボルマークでもあるリンゴの樹。 
アメリカ大統領の前にクレーンで運ばれる巨大な結晶。 
涙を流しながら叫んでいる朴訥そうな女性。 
人差し指を突き付け怒鳴る片目がスコープの男、 
即ちSFES総裁であるネークェリーハ。 
そして………
赤い携帯電話
凶笑
憎悪と微笑み
真紅の世界

 

ぐ……っ? 今……のは………くっ!」
「だ、大丈夫ですかタカチマンさん!?」 
博士の異常に気付き、慌てて駆け寄って来た助手の少年ナオキングが、 
頭痛のあまり倒れようとしたタカチマンの体を何とか支える。
「……失われた…私の過去……だったのか……?」
執筆者…is-lies

  アテネ南東部、ミルトア海 
  ミロ島の宿の一室

 

「…何が……起こっている?」
既に理解可能な範囲ではなかった。 
火星を周回する衛星の内片方は赤く、もう片方は青く燃えており、 
そして其の衛星から地上…大雑把に言えば南西部へ射し込む光が見える。 
臨海商業都市アレクサンドリアか其の辺りだ。 
空を見遣っていた、黒髪をポニーテールにした男セート…そして其の仲間達。 
101便内でタカチマン博士達と共に勇敢にSFESと戦った彼等も、 
この大異変を目の当たりにして少なからず衝撃を受けている模様だ。
「……イオリ、カイト 
 …貴方達はアレクサンドリアに向って下さい」
「ちっ、かったりぃな…」 
「了解」
セートの仲間の内、呼ばれた2人が直ぐに支度を始める。 
其の2人は101便にも乗り合わせた非戦闘員の乗客2人組であった。 
既に彼等からは視線を外し、セートは携帯電話を取り出しす。
「もしもし」
《…セートか、お前も見てるな? 
 ………っかし何なんだ…ありゃ……?》
「……只事ではないでしょう。 
 アレクサンドリアにはイオリとカイトを向わせました。 
 私達は予定通り、明日にはイオルコスへと出発します」
少しでも情報が欲しい。 
闇組織SFESと101便で一戦交えてからと言うものの、 
アテネでは大っぴらに動き回る事も出来ずに、 
不得意な変装までして雀の涙ほどの情報しか手に入らなかった。 
彼等が其処まで慎重になっているのは、 
沈み行く101便内でセート達を助けたゼロという能力者… 
SFESとも敵対している訳でもなく、中立した存在らしい… 
そしてSFES側もゼロの存在は知っていた。 
…詰まり、ゼロが自分達を逃がす事ですら、 
SFESは計算に入れているかも知れない。 
確証は無いが、用心するに越した事はないだろう。 
だが其れでもあの光はあまりにも興味をそそられる。 
まず間違いなく何かがある。 
其れが彼等の求めるものかどうかまでは解らないが…
執筆者…is-lies

  アテネ北西部、パルナッソス

 

「………」
既に眠ってしまった使い魔を置いて散歩に出ていた男魔導士は、 
赤と青という対照的な灯火を燃やすフォボスとダイモスを眺めていた。 
夜風が彼の体を打つたびに其の白髪が躍り衛星の光を受けて輝く。
「…随分と変わった風景を見れたものですね。 
 ……併し何なのでしょう…自然現象とは到底思えませんけど… 
 …あの光が射しているのは……随分と遠いみたいですが 
 何にせよ、面白そうな事が起きているみたいですね」
中立を自負する能力者ゼロは、 
其の特殊な光が消えるまで、微笑みながら衛星を見遣っていた。
執筆者…is-lies

  アレクサンドリア・モーロック前

 

巨大なドームがあった其の場所はサテライトキャノンで削り取られ、 
ドームそのものは完全消滅、ドームの真下の区画が露出してしまっていた。 
其の数十メートル手前… 
サテライトキャノンの攻撃で均された地面。 
機械類の破片やらが散乱する其の中、地の一部盛り上がり、 
鱗で覆われた手が、墓から出てくるゾンビよろしく現れ、 
続いて其の全身が土中から這い出て来た。 
南天桂馬であった。
「ぐ……ふぅ、やっと出られたか……」
「…全く、とんだ災難だったな…」 
続いて現れたのはイワガ・ウェッブ博士。 
白衣に付いた土汚れを払い落とし、 
両目に装備した多機能スコープを調整する。
彼等はサテライトキャノンの一撃が来る其の直前に、 
巨大ロボット・ドリモーグで地面に潜っていたのだ。 
とはいえ避け切れた訳ではなく、ドリモーグの背部は消滅し、 
地中の中で停止してしまい、今まで土中に閉じ込められていたのだ。 
ドリモーグのスペック表には、地中潜行は推奨しないと書いてあり、 
強襲用ロボット本来の運用方法ではなかったが、 
実際はそういう使い方は良くやるし、 
ドリモーグなら多少の岩盤であればどうにかなるものだ。 
とはいえ其の侭では暑苦しくて溜まらないし、何より進展しない。 
そんな訳で南天が必死こいて堀り進んで来た訳だ。 
研究者とはいえ超人兵器・獣人の端くれ。 
あまり深く潜っていた訳でもないので、南天もそう苦にはならなかった。
「…全く、大した遺物だ。 
 ……見ろ。モーロックが消し飛んでしまっておるわ。 
 幸い、他のポリスに攻撃がいってる訳ではなさそうだが、 
 …………あの衛星の光…各ポリスにも余裕で観測されているだろう」
「……となると、やはり… 
 其れなりの隠蔽も難しいですか…… 
 …併しあの男……一体……」
「保安部の人間らしかったが… 
 …………まあどうせ生きてはおるまい」
暫くウェッブ達は其の場でサテライトキャノンが残した傷痕を見ていたが、 
やがて其処へ数名の人影が向って来た。必然的に警戒を強める2人。 
何せ今は自分達の身を護る警備員もプロ達ですら其の姿が見当たらないのだ。
「……此処はモーロックがあった筈ですが… 
 …この様は一体、どうした事か…………まあ良いでしょう。 
 其れより………火星政府立ロボット技術研究所長イワガ・ウェッブ博士 
 ……ですね?」 
現れた者達を代表してメガネを掛けた女性が前に出てウェッブに問う。
「…だとしたらどうする?」
「………この状況…そして衛星… 
 噂に聞くサテライトキャノンでしょうか? 
 …そして……これは事故ですか?」
「……ならどうした?」 
相手がサテライトキャノンの名を出した事に動揺したが、 
表情は変えず、勤めて冷静に振る舞う。 
……もうウェッブには相手が何を言いたいのか解った。 
そして相手の素性の大体の見当も。
「いえ、大した事ではないのです。 
 我々が此処に赴いたのも全くの偶然です。 
 ちょっとした仕事がありましてね。 
 ……ただ……ウェッブ博士に移籍のご案内でもしましょうかと…」
「……ふん、やはりそうか。 
 …お前達がSFESという組織か?有名だそうじゃないか。 
 何でも人材の確保に躍起になっているとか…」
「ふふ、SFESであるとは限りませんよ。 
 幾らSFESが活発にヘッドハントに精を出しているとしても… 
 ……と言いたい所ですが…まあ半分は当たりですね。 
 …この状況はウェッブ博士にとっても相当危険なのでは? 
 あの冷徹な火星帝の事…唯で済むとは到底思えませんが…」
「…………」 
「うぇ…ウェッブ博士……」
「じき、此方に私達の様な…あまり一般的ではない方々や 
 野次馬、マスコミが大挙して押し寄せて来るでしょう。 
 無論、火星の保安部も…… 
 ……我々に一番最初に出会えた幸運を大事にしようとは思いませんか? 
 …これからも充実した設備の中で、 
 好きな研究に打ち込みたいというのであれば…」
「…ナメて貰っては困るな。 
 ワシとてここまで築いた今の立場にいくらかのプライドはある」
「ほう…」
その時モーロックの方角から一台の車が近付いてきた。
「おや、あの方は…」
「白水…生きておったか」
「邪魔が入りましたね。 
 今日のところはこれで失礼しましょう」
メガネの女性は名刺を差し出し、 
直に逃げるようにその場を立ち去った。
執筆者…is-lies、Gawie様

世界中を震撼させた今回の事件… 
後の観測で、火星から放たれた光によって、 
火星木星間の小惑星がいくつか消滅していたことが分かった。 
この事態に最も肝を冷やしたのは他でもない、 
アメリカ大統領ビンザー・デリングだ。 
地球では破滅現象、火星では大破壊を引き起こした謎の発光現象。 
もしもの事があれば、人類の大半はコロニーに孤立してしまう。 
アメリカは直に調査団の派遣を要請した。 
一方の火星政府も、アメリカの調査団の受け入れには難色示したが、 
今回の事件は、事故の原因は調査中としながらも、 
流石にその動揺を隠せなかったようだ。 
結局、各国共同の調査団を結成することで折り合いがついた。
そんなことになるとは露知らず、 
大破壊の引金を引いた張本人、クロノ少年はまどろみの中にいた。 
暖かい光を瞼の向こうに感じながら夢を漂っていた。 
不意に左耳の激痛がクロノを叩き起こす。 
絶体絶命の状況下に置かれていた所為か、 
今までそれ程の痛みを感じなかったのが不思議なくらいだ。 
頭には包帯が巻かれ、応急処置は施されたようだが、 
触ると、やはり左耳がない。 
泣きそうになるくらいの痛みを堪え、クロノはゆっくりと瞼を開いた。
焚き火がパチパチと燃えている。 
よく見ると、見事に真っ二つに割れたサテライトキャノンの残骸も一緒にくべられている。 
やはり発射の瞬間に壊れてしまったのか、 
超古代兵器も年月には耐えられなかったようだ。 
暴発していたかも知れないという事を考えるとゾッするが、 
これで良かったのだろう。
傍らには機能を停止したルビーが眠っている。 
ロボットのクセに、可愛い寝息まで立てているその姿は、 
人間の少女とまるで変わりはない。
周りを見渡すと、 
焚き火を中心に数人の人影が二人を取り囲んでいる。
「よ、やっと起きたか、小僧」
そこにいたのは、 
仮面の少女、肩にライフルを担いだ青年、ハゲのおっさん、プロの少年。 
つまりアリエス、D、グレートブリテン、ツヨシンである。 
どうやら争っている様子はなく、ただ黙って二人を見守っていた。
執筆者…Gawie様
「っ……此処は…?」
周囲は先と同じく森…だが其の奥に眼を凝らせると、 
衛星の…いつもの鈍い光を反射し輝く海が見える。 
どうも浜辺の森らしい。
「アレクサンドリアの最北端だ。 
 プロ連中はサテライトキャノンでも全滅しなかったらしいから、 
 此処までお前等を担いで逃げて来た訳だ。 
 …ま、此処まで来れば余程の事が無い限りは見付からないだろうな。 
 幸い、モーロックの方に人目は集中してるし、 
 プロ連中も其れなりに打撃受けてるから深追いはしない」
ばつが悪そうに眼を逸らしながら答えるD。 
火星政府の依頼で…既に破棄したとはいえ、 
又、最初は監視だけだったとはいえ、 
クロノを狙っていたのも確かな事実なのだから。
「………アンタ達は? 
 …俺をどうするんだ?」
暫く、焚き火の中で燃えるサテライトキャノンを眺めた後、 
訝しげにクロノが当然の質問をする。 
思えば地下の遺跡に落ちてからというものの、 
普段にも況して運が無く、大きな事件に巻き込まれてしまったらしい。 
南天による誘拐、ルビーの暴走、白服のバケモノ、サテライトキャノン… 
今のクロノが最も欲しているのは、 
現在の自分の状況を知らせるモノだった。
「俺はグレートブリテン。 
 モーロックの中でも会ったよな?」 
グレートブリテンが己の顔をルビーの其れに変化させて見せる。
「…こっちのガキはツヨシン。 
 んでそっちの2人はついさっき会ったばかりだが、 
 俺達と取り敢えず協力して此処までお前等を持って来た善意の人達だ」
「本気で言ってんのかよ…?」
クロノは三白眼でグレートブリテンを睨む。 
ライフルを持った善意の人なんて到底信用出来る話ではない。
「な訳ねーだろ…って言いたいが、丸っきり嘘でもない。 
 オイ、説明頼む」
「…火星政府に雇われてアンタの監視してたのよ… 
 ……まっ、依頼人があんなバケモノって時点でもう降りたけどね。 
 其れに………さっき其処のハゲから聞いたけど… 
 あたし達も地球崩壊なんかの片棒担ぐのはゴメンだし… 
 あのまま放って置いたらアンタ達、プロ達に見付かってたでしょ? 
 そしたら又、どっかで例のヤバい実験させられるかもって思っただけ」
仮面を付けた少女、アリエスもやはりクロノの方を見ず、 
しかも何故か声も少々ボソボソした感じにして話す。
「…?(何だ……この娘、どっかで……) 
 ……ま、まあ其れは良いや。 
 で、俺をどうするんだよ?」
「……家に帰す……なんて事は出来ないんだよな。 
 今のお前は狙われの身なんだぜ。しかも火星政府にだ。 
 其れに……他にも色々ヤバい連中を知っている。 
 お前の家なんざとっくに張られてるんだ。 
 ………どうするって聞いたよな? 
 取り敢えずそりゃ保留だ。 
 今は火星政府から身を隠すのが先決だろ? 
 ………俺と一緒に来い。 
 少なくとも今よりは良い様にしてやる」
一瞬、周囲の人間達を見回した後、 
グレートブリテンは立ち上がって浜を見遣る。
このハゲは何者なのだろうか? 
悪意はないにしても、 
少年の身を案じて言っているとは思えない。 
結局、用があるのはあくまで守護者とマスターであることは疑うまでもない。 
当のクロノもそれは直感的に感じ取った。
執筆者…is-lies、Gawie様
「…ヤだね。 
 ルビーも渡さない」
「そんなに尖がるなよ。 
 他にどうしようもねェだろ?」
「どうするもこうするも、 
 俺はただ、元の、普通の生活に戻りたいだけだ。 
 政府だか保安部だか知らないけど、そんなのに誰かの許可がいるのかよ?」
「理不尽なもんさ。 
 だがなぁ… 
 だったらなんで最初からそうしなかった? 
 白海の坊ちゃんが守護者の所有権を認めたとか言ったっけ? 
 そんなもん通る訳ねェだろ? 
 ガキの理屈で問題ややこしくしたのはオメェだ」
「分かってるよ。 
 けど…………」
家にはまだ幼い弟達、 
体の弱い妹、 
碌に働かない母親。 
何故か身の上話をしてしまうクロノだったが、 
まったく答えになっていない。 
要するに家族が心配だと言いたいのだろう。 
踏ん切りがつかないのも理解出来る。 
ルビーを守りたいと思ったのは正直な気持ちだったが、それも思い上がり。 
安っぽい反骨心が結局は周りの者を危険に晒してしまうという矛盾。 
己の無謀さを呪うクロノに同情する者はここにはいない。
「…家族ねェ。 
 てか親の顔が見てみたいぜ」 
うんざりだという顔でDが呟く。
――ビシッ!! 
透かさずアリエスの鋭い裏拳が入る。
「ッ…なにを…」
「まあまあ、 
 もういいじゃん、子供なんだしさ?」
「ならお前等で何とかしな。 
 俺は子供のお守りなんてゴメンだぜ。じゃあな」 
そう言うとDは一人先にその場を立ち去った。 
Dの姿が見えなくなってから、再びグレートブリテンがクロノに問う。
「もう元には戻れない。 
 それは解るな? 
 問題はこれから、 
 どうだ、俺と一緒に来るか?」
相手は政府の関係者だ。 
ぐずぐずしていると直に見つかってしまうだろう。 
かと言って警察に訴え出るのも危険だ。 
今のクロノには、元の生活を取り戻すだけの力も知恵も覚悟も足りない。 
しかし、どうしてもグレートブリテンの言葉を受け入れる気にはならなかった。 
クロノは黙って首を横に振った。
「そうか、好きにしな。 
 まぁ、もしも困ったら、ここに来るといい」 
グレートブリテンはそう言ってカードのようなものを投げてよこした。 
ピンク色の名刺に、住所と店名だけで名前は入っていない。
ピンクドラゴン? 
 これ…キャバクラじゃんかよ」
「俺にもくれ」
少年二人にはちと早い。 
クロノにはさっぱり意味が分からなかったが、 
ツヨシンの方は直に気付いた。
「裏の窓口か…」
「そういう事だ。 
 モニカちゃんを指名するんだぜ」
「誰につながるんだ? 
 てかお前が出てきたら殺すぞ」
「それは言えねェ。 
 まぁアテネだから少し遠いが、 
 気が向いたら遊びに行ってみな」
それだけ言い残し、グレートブリテンは浜辺の方へと歩き出すと、 
そのまま海の中に消えていた。
執筆者…Gawie様

ツヨシン達と別れ、クロノは家路を急いだ。 
眠ったままのルビーを担ぎ、方角だけを頼りにひたすら歩いた。
「ところで…… 
 何で憑いて来るんだよ?」
「え、あたしも帰り道同じみたいだし、 
 近くまで送ってあげようかと思って…」

 

5キロは歩いただろうか。 
流石に歩くペースも遅くなってきた。 
そのペースに合わせるようにアリエスも後を付いて来ている。
「おんぶ、代わろうか?」
「いいよ。 
 先に行けばいいだろ」
「あっそ、じゃあね」
早歩きで先に行ってしまったアリエスの背中を見ながら、 
クロノはちょっと後悔した。 

 

それから更に5キロほど歩いたが、 
いつまで経っても見慣れない風景からは脱出せない。 
夜明け前には家に帰りたいところだったが、 
徒歩ではとてもじゃない。ヒッチハイクしようにも車が全く通らない。 
諦めてこの辺りで一休みしようかと思った時だ。 
前方から近付くヘッドライトが一つ、バイクだ。 
何でもいい。クロノはダメもとで親指を高々と突き上げた。
「よッ、少年、乗ってくかい?」
「………なんだ、お前かよ」
どこかでかっぱらって来たのだろう。 
側車付きのバイクに跨っていたのはアリエスだった。
「なんだとはなによ? 
 相変わらず可愛くねェガキね」
「お前だってガキじゃないか…」
「いいから、ほれほれ乗った乗った」
照れ臭そうにしながらも、クロノはその言葉に甘えた。 
ルビーを側車に乗せ、アリエスの後に跨る。 
自分と歳は然程変わらないはずの少女の背中に、クロノは妙な懐かしさを憶えた。
アリエスの背中で暫くボ〜ッとしていた。 
ふと気付くと、バイクは既に自宅に近くまで来ていた。 
夜明け前で、町にはまだ人通りはなく、家々には明りが点いていない。
「ざっと見た感じ、怪しいのはいないわね。 
 急いだ方がいいわよ」
「あ、ありがとうな」
「じゃね、いってらっしゃい」

 

クロノは自宅の玄関に差し掛かった。 
よく見ると、部屋には小さな明りが灯っている。 
誰かが起きている。母親か、妹か。 
クロノは一先ずルビーを玄関の脇に降ろし、そっと玄関の扉を開いた。
執筆者…Gawie様

 

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