リレー小説3
<Rel3.本田ミナ1>

 

とても安らかだった。 
何もかもが満ち足りていてた。 
衣も食も住も…どれも恵まれていた。 
斯様な人間が貧しい者にとる態度は大まかに2つ… 
過剰に蔑むか、過剰に同情するか。 
彼女は後者だった。
火星…地球が長年掛けたテラフォーミング計画によって、 
第二の地球と呼べる程にもなって来た星だが、 
使い捨ての道具として獣人達が働かされていると聞いた頃、 
彼女は火星の獣人解放を父に御願いしてみた。 
何でも出来る優しい父は笑顔で其れに応じてくれた。 
彼も火星の解放を目的としていたからだ。
父ならば何でも出来る。 
父ならばすぐに火星の獣人を解放出来る。
偉大な父に心酔していた当時の彼女は信じて疑わなかった。 
だが…………

 

 現在宇宙には雑多すぎる量の意識が氾濫しており、 
これらは我の作る新次元で生きられる要素は皆無である。 
「AD計画」は、まずそのような下等すぎる意識をすべて粛正せねばならない。

 

 第4次世界大戦の勃発

 

父は徐々に変わっていった。いつの間にか父の姿をした何者かへと。 
突然、一人称を「我」に改め、狂人の戯言としか思えない計画を実行に移そうとし、 
自分を慕ってきた部下や実の娘たる彼女をも虫ケラの様に殺そうとした。 
併し最期には…嘗ての父の優しい笑顔で、彼女を救ってくれた……
楽しかったあの日々はもう戻らない。 
国は……滅んだ。 
父は……死んだ。
執筆者…is-lies
本田ミナは眠たげな眼を直ぐに驚愕に見開く。 
其処は全く知らない部屋だった。 
シャンデリアに明るく照らされた室内には、 
TVアニメか何かの女の子キャラクターが描かれたポスターがあちこちに張られ、 
つけっ放しの大型TVではビデオのアニメが映されており、 
「テクマクマヤコン」とか呪文の様なものを少女キャラが唱えている真っ最中だ。 
ミナが横たわっている、ふかふかのベッドに取り付けられているテーブルの上には、 
色とりどりのゼリー、ショートケーキ、アメリカ国旗の付いたピラフ、オレンジジュースが置かれている。 
やはりというか何というか、皿も全てアニメキャラが描かれていた。
ミナは混乱した。 
自分は確か、火星行きの航宙機101便に乗船していた筈。 
そして其処で非合法組織SFESに襲われ……
其処から全然思い出せない。 
慌ててミナは周囲を注意して見る。そして部屋の中に数人の男女が居る事に気付いた。
「大統領閣下、ミナ御嬢様が御目覚めになられました」 
ベッドからちょっと離れたテーブルに座りながらノートパソコンを弄っている女が、 
後ろで其のパソコンの画面を覗き込んでいるスーツ姿の紳士に向かって、首も動かさずに言う。
「おお、オハヨウ。気持ち良く眠れたかね?」 
満足気にミナを眺めるスーツ姿の紳士。
「あ……あの……貴方…は………」
「ああ、私かね?TVで見ないか?
 アメリカ合衆国大統領ビンザー・デリングだよ。
 其れにしても似合っている。私の眼に狂いは無かった」
アメリカの大統領閣下が何故、自分なんかの眼の前に居るのだと考えるよりも、 
似合っているという科白に反応し、漸くミナは自分の格好に気付く。 
何故かは知らないが、オレンジ色の衣装を身に着けていたのだ。
「え…えっ!?」 
混乱するミナに黒服の男が近付き、彼女にオレンジ色の帽子丸眼鏡を装着させる。
「やはり君にははづきたん衣装が似合っている。 
 …私的にはおんぷたんの方が良かったのだが……」 
訳の解らぬ事をホザくビンザー・デリング。 
だが彼に何を言っても無駄だ。 
何故ならこの男は、
『PSゲーム・魔女っ子大作戦』も持っている程の魔女っ子フェチだからだ。
「さて、早速だが…ちょっと質問させて貰っても良いかな? 
 ミナ君…君は魔法は使えるのかな?」
「い……いえ……」 
これは彼女が最も気にしている事なのだが、 
偉大な父…本田宗太郎が世界最高クラスの能力者であったというのに、 
彼女自身は能力を使う事すら出来ないのだ。
「……そうか……惜しい!実に惜しい…ッ!!」 
デリング大統領が伏目になって悔しそうに呟く。 
何故ならこの男は、
『魔女っ子変身セット(対象年齢4歳以上)』も所持している程の魔女っ子フェチだからだ。
「………あの…その…大統領閣下………」 
大統領という肩書きを持った変態の前に、何故自分が居るのか。 
兎にも角にもこの変態から聞き出そうと、勇気を振り絞って口を開こうとしたミナに、 
デリングは本人では優しい笑みの積りでいやらしい笑顔を見せてこう言った。
「大統領閣下?もっと気軽にパパと呼んで欲しいなぁ」
執筆者…is-lies
吐き気がした… 
生まれて初めて殺意を覚えた… 
(リリィ…!)
思わず、護衛アンドロイドであるリリィの名を叫びそうになったが、 
湧き上がる不快な感情をどうにか押し殺し、 
ミナは今自分が置かれている状況を分析することに勤めた。
「あの…101便はどうなったのですか?」
「安心したまえ、乗客は無事に救出され、テロリストどもは全員死亡した」
「私と一緒にいた人達は… 
 タカチマン博士やユーキンという人達も乗っていたはずなんですが?」
「ああ、言っただろう? 
 テロの首謀者ユーキン及び数名の能力者を含むテロリストは死んだ」
「そんな…!? 
 では、SFESという人達も…」
「SFES? 何の事かね? 
 奴等に何を言われたかは知らんが、それはもう心配しなくていい。 
 私は君を奴等の魔の手から救ってあげたのだよ」
「…許せない… 真実を公表します…!」 
ミナはベッドから起き上がると、 
衣装の一部であると思われる丸眼鏡を放り投げ、デリングに歩み寄る。 
それに対してデリングは、ポケットに両手を突っ込んだまま、 
にやけ顔でミナを見下ろして言う。 
「無駄無駄。 
 君は自分の立場を忘れてはいないかね? 
 あの本田宗太郎の娘の言葉を誰が信じる? 
 そんな事をすれば、君自身が不利になるだけだよ」
「その時は、縛り首でも火あぶりでも、お好きなようにどうぞ」
「ぬ… 
 ぬはははは! イイッ! 
 君の口からそんな科白が聞けるとは! 
 おい、今のちゃんと録画してあるなッ!?」
「バッチリです」 
デリングの言葉を受け、黒服の男がパチンと指を鳴らすと、 
大型モニターに先程のミナの言葉がプレイバックされる。 
《…その時は、縛り首でも火あぶりでも、お好きなようにどうぞ》 
自分でも信じられないような自分の言葉に思わずたじろぐミナ。 
だが、デリングも、ミナ自身も、
徐々に発現しつつある彼女の力の兆候には気付いてはいない。
「まぁ、落ち着いてよく考えたまえ。 
 あ、そうそう、 
 明後日、火星帝主催のパーティが開かれる。火星の独立記念日だ。 
 君には私のパートナーとして出席してもらう予定だ。 
 良い返事を待っているよ、プリンセス」
呆気に取られているミナの前に、デリングは跪き、 
再びいやらしい笑みを浮かべると、 
そのまま、ミナの反応を見ることなく部屋を後にした。
執筆者…Gawie様
アメリカ大統領のパートナー… 
本来ならば、それはファーストレディの役目だ。 
しかし、デリングの妻は既にこの世にはいない。 
3年前にテロリストによって暗殺されたからだ。 
以前から、デリングのマニアックな趣味や離婚説などが噂されてはいたが、 
世間一般では、妻を失った悲しみを乗り越えて大統領になった男として英雄視されている。 
尤も、デリングの本性を知ってしまったミナにとっては、 
当時囁かれたスキャンダルが現実味を帯びてきた訳なのだが…
何にせよ、火星の独立記念パーティとなれば、 
火星政府の要人が多く集まるはずである。 
期せずして訪れたチャンスに、ミナは決意を新たにする。
「其れでは頼みましたよ」 
「ああ、任しときなさい」
先程、ノートパソコンを弄っていた女が、 
部屋から去り、入れ替わる様に白髪の老婆が入って来る。 
ミナの姿を一瞥すると、1つ溜息を吐く老婆。
「……随分な格好にされてるねぇ… 
 まぁ、暫くはこの煩い部屋で我慢しとくれよ」
子供をあやすかの様に優しい口調で語りかけ、
老婆はミナのテーブルに、コーンポタージュの入った器を置く。
「そう身構えなくっても良いよ。私ゃただの世話役さね。 
 ほら、其処に置いてあるカードキーがあるでしょ? 
 其れでこの建物の中を或る程度は見て回れるわ。 
 今は訳あってお外に出してあげられないけど、何とか我慢してね」
老婆の目配せした方向には化粧台があり、 
其の上にあるミナのバッグの側には、 
ミナと書かれた白いカードキーが添えられている。 
どうやらガチガチに監禁されている訳では無い様だ。 
とはいえ、脱走を許すとは到底思えないが…
「朝食は朝7時30分。昼食は12時。夕食は夜6時。 
 其れまでは基本的に自由にしていてくれて構わん。 
 後、大統領命令だからTVは付けっ放しにしておいてね。 
 何か用事があったら其の部屋の壁にあるボタンを押しとくれ」
其れだけ言うと老女は出て行き、 
部屋にはTVアニメの効果音やらが溢れるのみとなった。 
自分がどんな環境に置かれているのだろう? 
ちょっと回ってみても無駄ではない。 
そう思ってベッドから出ようとした時…
ぐうぅぅ〜
………………………
食事を平らげてから、彼女は部屋を後にした。
執筆者…Gawie様、is-lies

天井には前時代的なシャンデリア、 
壁には価値のありそうな油絵が幾つも飾られた廊下を行くミナ。
見知らぬ場所で…しかも、いつもは隣に居る筈のリリィも居ない… 
SFESにジャックされた航宙機内でも、リリィと別行動した事はあった。 
だが其の時でも隣には人がいた。 
ユーキンバンガスおトメさん… 
この3人は義賊をやっているらしく、 
リーダーの少年ユーキンは優しく面白い人… 
気弱そうな少年バンガスは…まあ外見通りだがやる時はやる人… 
紅一点のおトメさんは…聞いて驚いたが、実は狐の妖怪だそうだ。 
確かに其の言動のあちらこちらに狐の其れを感じる事もある。 
彼等、正義盗賊『ロバーブラザーズ』は、 
ジャックされた便内…しかもリリィが居ない所で、 
ミナの側に居て、常に彼女を勇気付けてくれた。 
目の前で死者が出たり、バケモノと遭遇したりもした101便での出来事… 
其の中でユーキン達がどれ程、ミナの支えになったであろうか。
併し、此処では其のユーキン達ですら居ない。 
完全にミナ1人だけなのだ。だが怯えていては時間を無駄にするだけ… 
其れは父を失った大名古屋国大戦で身に染みて解っていた。 
絶望の地でも己の足で歩く事。 
其の信念を貫きながら、ミナは回廊を進む。
やがて見えて来たのは小さなホールだった。 
窓から取り入れられた光がホール内を照らしている。 
2つあるソファーの間にはデリングの胸像があった。 
悪趣味と思いつつも、ホールの中へと踏み入るミナ。
「…で、今更どうしようと言うのですか?」 
「!?」
入ったのと殆ど同時に女性の声がし、ビクっと震えるミナ。 
良く見ると、ソファーの1つに誰かが座っている。 
髪の長さからして女性だろうか。
其の女はどうも携帯電話で誰かと話していたらしく、 
ミナの事には気付いていない様だ。
「…其れがどうかしましたか? 
 あの時にも来なかった様な人間がぬけぬけと… 
 …はい?……ふン、良い気味ですね。 
 ……何です?用が無いのならもう切りますよ?」
数秒の沈黙の後、女は携帯電話を切る。 
其れを待っていたのか、今度は胸像の向こう側辺りから老人の声が来た。
「話は済んだか?」
「…ええ。待たせてしまって申し訳ありません」
「いや、良い。其れよりお前で先に行っててくれんか? 
 ワシはもう少し此処の油絵を見て回るとするよ。 
 戻るにはまだまだ時間があるしな」
「畏まりました」
女がソファーから立ち上がり、ミナが来たのとは反対側の回廊へと向かう。 
そして今度は胸像に隠れて見えなかった老人が姿を現した。 
白いドレスシャツを纏った初老の紳士である。 
足音の代わりに低いモーター音がホールに響き渡る。 
老人は電動の車椅子に座っていたのだ。 
壁にある油絵を見ながら、静かに呟く老人。
「…己の脚で歩く…其れはとても難しい事だ。 
 時に人に寄り掛かり、時に物に寄り掛かる。 
 其れは良い。人とはそうやって持ちつ持たれつつ歩むものだ。
 だが…ほんの少し、寄り掛かる積りであったのが… 
 いつの間にか其れ無しでは…支え無しでは歩けぬ様になる。 
 支え無しでは転んでしまう様になる。 
 そしてワシは転んだ人間を大勢見て来たよ」
ミナは慌てて隠れようとするが、老人は其のまま続ける。 
「…本田宗太郎……アヤツもそうだ。 
 前支配者という支えを求めてしまった故に転んでしまった」
「え……!?」
唐突に出された父の名に、 
隠れる事も忘れて唖然とするミナ。
「警戒せんでも良いよ、本田ミナ。 
 君は大使館内への移動を大統領閣下から許されているのだ。 
 そうコソコソする必要も無い」
執筆者…is-lies
「大使館内?あの…アメリカ大使館なんですか此処は? 
 …っと、其れより本田宗太郎…いえ、前支配者って……」
「まあ1つずつ話していこうじゃないか。 
 別に君自身、時間が惜しいと言う訳でもないのだろう? 
 此処はアテネ市内にあるアメリカ大使館さ。 
 君は101便事件後、デリング大統領閣下が保護したのだ。 
 後、君は大統領閣下の養子となるが… 
 本田宗太郎の娘という君の境遇を考えてのものだと思う。 
 あまり邪険にしないでやっておくれ」
「…で、前支配者というのは?」 
今、この老人にSFESなどについて問い詰めた所で、 
デリング同様、しらばっくれるのが目に見えている。 
ミナは聞きたい所だけを率直に質問する。
「……詰まらぬ話になる。 
 結晶の到来直後、ちょっとした魔術集団が出来てな。 
 数々の魔術儀式を執り行っていたそうだ。 
 だが其の集団はもう解散してしまったよ。 
 儀式の事故で死者を出してしまったのが原因であるとか言われとった。
 だが最近になって…こんな噂が流れた。 
 彼等は前支配者に殺された…とな。 
 本田宗太郎があの馬鹿げた戦を始める前、 
 今言った魔術集団最後の儀式を行っていたのだ。 
 其の前支配者と関係付けても悪くはあるまい?」
「……ちょっと待って下さい。 
 何故、貴方がそんな事を知っているんです? 
 …土台、貴方は何者なんですか?」
「…ワシは以前、宗太郎の下で働いとった者でな。 
 其の時、宗太郎が前支配者の儀式を行っていたのを見た。 
 忌々しい儀式であると注意はしたが… 
 焦っておったのか、宗太郎は聞かんかった。 
 其の所為だったのかどうかは知らんが…末路は見ての通りよ」
「…末路…」
「…すまんね、失言だったよ」
「いえ、父の過ちは知っていました。でも…」
ミナは言いかけた言葉を飲み込んだ。 
知らなかった――― 
ミナは父親としての姿しか見ていなかった。 
そんな父親の過ちに反発し、 
今、その罪を自分が背負っていこうと心に決めていたつもりだった。 
だが、宗太郎が何を背負い、何のために戦っていたのか? 
それを考えた事はなかったのだ。 
勿論、自分の平和主義に疑いはない。この頑固さは父親譲りだ。 
過ちを犯してまで戦おうとする想いまでも否定するほど愚かではなかったが、 
それら全てを受け入れられるには、ミナの存在は小さすぎた。
「…思えば、本田宗太郎にとっては、 
 先の名古屋大戦は、以前の戦争の延長戦に過ぎなかったのだろう。 
 いや、一部の能力者や獣人共にとっては、 
 以前の戦争はまだ終わってはいないのだろうな」
執筆者…is-lies、Gawie様
人類に突如もたらされた結晶の力。 
人々は挙ってその力を求めたが、その好奇は直に恐怖に変わった。 
力の暴走を恐れた平和論者が能力者の排除を唱えたのが始まりだった。 
最初は他愛もない小競り合いに過ぎなかったが、 
ある時、その小競り合いの最中、街が一つ消えた。 
これが以前の戦争の始まりだ。
「しかし、知っておるかね? 
 実際には結晶能力を多く使用したのは非能力者の方だった。 
 能力者側はそれに対抗するためにより強い力を求めたが、 
 結局は圧倒的な戦力差の前に破れ、あるいは自らの力で自滅していった。 
 君は、どう思うかね?」
「…間違っています。 
 相手を認めようとしなかった者も、 
 認めてもらえない事に反発した者も…」
「それが解っていながら戦争は起きてしまった。 
 人類は皆愚か者だな」
「そ、それは…」
「…君は玲佳様のことを憶えているかね?」
「…いえ」
「そうか…そうだろうな。 
 玲佳様は君を産んでから間もなく… 
 あの御方は人類にその答えを見せてくれたのだ。 
 残念ながら、それも報われなかったのだがね」
「母が…?」
宗太郎も玲佳の事に関して多くを語らなかった。 
浅はかな平和主義を唱える前に、 
この老人が知っている何かを自分も知らなければならないとミナは思った。 
だが、なぜかこの場では母玲佳の事をそれ以上尋ねる気にはならなかった。
「ここの資料室にもいくらかの記録が残っている。 
 退屈しのぎに覗いてみるといい。 
 尤も所詮は記録。真実とは限らんがな。 
 まぁ、ワシの昔話を聞くよりは勉強になるだろう。
 本田ミナ、君はまだまだ若い。 
 十分に世界を歩き、世界を見、世界を聴くが良い。 
 己の脚で歩いて欲する真実へと突き進み給え。 
 本田宗太郎の為にもね」
「あ…あの……… 
 何故……そんな事を教えてくれるんですか? 
 …貴方は…昔はどうあれ…今は此処の…… 
 アメリカ側の人間なのでしょう?……だったら…」
ミナの問い掛けは至極尤も。 
この老人がアメリカ側の人間だとすれば、 
ミナに何かをする理由というものが見当たらない。 
問われた老人は僅かに眼を伏せ、鼻で笑いながら答える。
「…ふふ……さぁてね…… 
 …本田宗太郎を無理にでも止めていれば… 
 君もこんな目に遭わずに済んだのかもと思ってね… 
 ……いや、忘れておくれ。 
 今のワシが何を言っても君には…………」
「あ、此処に居ましたか、副社長」
老人の科白を遮って、童顔の若い男がホールへ入って来る。 
其の両側にはミナの部屋でも見た黒服の男が付き添っていた。
「ニューラーズから話は聞きましたけど、 
 もういい加減に帰還しないとマズいですよ。 
 後10分で出発の用意を完了させて下さいね。 
 ………あれ、この子は?」
「気にするな。さあ社長を待たせては申し訳ない。 
 直ぐにでも出ようではないか」
其のまま何事も無かったかの様、 
ミナに背を向け、車椅子の老人は立ち去った。 
彼等が視界から消えるよりも早く、 
ミナは資料室を探しに歩き始める。己の足で。
執筆者…is-lies

  アメリカ大使館、資料室

 

ミナが老人と話していたホールの更に奥、 
通路の片隅にあった扉の中に其れはあった。 
あまり手入れのされていない一室には、 
CDケースが並ぶ棚と、1つの端末がちょこんと用意されていた。
「………八姉妹………これだ……」
棚から『八姉妹』というラベルの付いたCDケースを一枚抜き取り、 
端末のディスクドライヴに挿入して目当ての情報を探し出す。
《八姉妹・玲佳。 
 出身…韓国。貧しい家庭に生まれ日本へ密航。 
 戦争で子を失った本田グループ総裁に養子として引き取られ、 
 数年後、第三次世界大戦の際には密かに能力者側を支援する。 
 能力者の軍が比較的有利な土地に移動し、 
 アジア圏で纏まった際には玲佳自身も能力者軍と接触。 
 この時、『宗太郎』と邂逅、彼を伴侶とする。 
 宗太郎の助けもあって窮地を挽回したものの、 
 玲佳自身は娘・本田ミナを出産後に死去》
「………韓国………密航?」
事の仔細な情報はしるされておらず解らないが、 
あの副社長と呼ばれた老人が言っていた様、 
確かにこの資料室にはミナも知らない情報があった。 
其れまでのミナは母が韓国出身であるなど知らなかったし、 
密航後に養子として本田家に入っていたという事実に至っては、 
今の今まで想像すらしていなかった。
嘗て宗太郎が総裁となっていた本田グループは、 
宗太郎が総裁となる前は完全な非能力者側だった。 
第三次世界大戦終結前に宗太郎の子飼いが本田グループの総裁となり、 
其れからグループは能力者派でも非能力者派でも無く、
中立の立場を取り続ける事となった。
能力者派の宗太郎が、戦争の趨勢を読み取り、 
第三次世界大戦での能力者の勝利が難しいと判断して、 
先んじて一時的に身を隠す場所を作ったという事だろう。 
そして捲土重来を果たすべく着実に力を蓄え… 
第四次世界大戦が起きた。 
成程。確かに第三次大戦の延長線上に第四次大戦がある。
何もまだ終わっていないのだ。 
結晶、能力者、獣人…1つすら解決されてはいない。 
父が世界大戦を起こしてまで実現しようとした夢は全く実現されなかった。 
精々、親能力者新興宗教のSeventhTrumpetが獣人に僅かに甘くなった程度である。
ミナは父の意志を継ぎ、これから第一歩を踏み出さなくてはならない。
獣人、能力者の解放。
だが…何故、父はあんなに焦っていたのだろう。 
老人の話を真実とするならば、 
この前支配者も調べてみて良いだろうか。
執筆者…is-lies
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