リレー小説3
<Rel3.クロノ5>

 

 

「…ったく、 
 アンタ駆け引きってものを知らないわね」 
アリエスはカウンター席でグラスをかき混ぜながら愚痴る。 
すっかりバーテン姿が板に付いているクロノは周囲の目を気にしながら、 
小声で反論している。
「…俺の所為じゃないし…」
「ツヨシン君がついてれば少しは安心かと思ったんだけど、 
 やっぱりプロのレベルってこんなもん?」
「…悪かったな…」
モップを持ったツヨシンも返す言葉がない。 
彼は一応店の用心棒も兼ねているが、 
見た目は雑用係でしかもタダ働きである。 
あまりプロがどうとかは言って、周りに聞かれたくないようだ。 
ただ一人、ルビーだけはまるでお構いなしといった様子で、 
完全に店に溶け込んでいる。
「まぁいいわ。 
 うまく潜り込めたと考えれば、それはそれでラッキーか。 
 それで、どう?何か分かりそうなの?」
「それが、店長もチーフもいい人なんだけど、 
 そこだけは上手くごまかされてる感じで…」
「あのハゲの紹介だから、相手はどう考えても堅気じゃない。 
 顔も名前も分からないけど、 
 プロとかじゃなくて、フリーで裏に通じてる奴か…」
「やっぱり金かな?」
「金もそうだけど、 
 依頼人を選ぶのは当然よ。 
 あたしだってそうだもの。 
 アンタが単に相手にされてないだけかもしれないけど」
「話くらい聞いてくれてもいいのに」
「うん、そうでないとしても、ちょっと慎重過ぎだわね。 
 こういう相手はアンタにはまだ荷が重いか… 
 いいわ、あたしが外から調べて作戦考えるから、 
 アンタは内側から調査。 
 それに、ここなら絶好の隠れ蓑になるわ。 
 タダ働きでも一応仕事見つかったわけだしね」
アリエスは勝手に話をまとめると、 
カウンターの上に少し多めのチップを置いて店を出て行った。

 

 

「お前も色々ややこしいみてぇだな?」
ふと、白髪混じりの男が横からクロノの肩を叩いた。 
この店のバーテンダーで料理長だ。 
店長、つまり最初に出会った強面の店員も、 
この中年のバーテンも、どちらかと言えば堅気の人間ではなかったが、 
クロノが働くことになってからは、意外にも色々と世話を焼いてくれていた。
「しかし、横から見ててやっぱり思うが、 
 その耳、どうにかならねぇか? 
 それと、その頭に刺さってるヤツ、痛くねぇか?」
「大丈夫っス」
「しかしなぁ、 
 少年がそういう痛々しい姿をしてるのは、よろしくない。 
 手足や目玉ならともかく、耳の再生手術ならそう難しくはないぜ。 
 ま、それなりの金は掛かるが…」
「はい、でもお金ないし」
「あ、そだな。 
 金が貯まったらイイ医者紹介してやるよ」 
クロノも少なからずここまでの事情は話していたが、 
過剰に同情することもなく、店の者は普通に仲間として接してくれていた。 
しかし、完全に仲間になったかと言えばそうではなかった。 
時々、明らかに遊びに来たわけではなさそうな不審な客がいた。 
つまり、最初のクロノ達と同じ目的の客である。 
ここが一番知りたいところだったのだが、 
ある時には怒鳴られ、ある時には寒い駄洒落ではぐらかされ、 
そこで話を聞くことは許されなかった。

 

間もなく閉店時間になるころ… 
今日もその手の客がやって来た。
「…なんだ、ガキじゃないか。 
 確かにギムレットには早すぎる。 
 まぁいい、ギムレットをそちらに…」
「はい、ギムレットですね」
ダークスーツの男は無愛想にギムレットを注文した。 
覚えたてのカクテルのレシピを頭の中で検索しながら、 
クロノがシェイカーを手に取ると、
「クロノ、今日はあがっていいぜ」
中年のバーテンが横から割り込んで、 
クロノの手からシェイカーを取り上げた。 
要するにこれがグレートブリテンが言った『モニカを指名しろ』というのと同じ、 
裏の誰かに通じる合言葉のようなものなのである。
「…人探しだ。 
 情報だけでいい…」
カウンターから追い出されながら、クロノは聞き耳を立てていたが、 
あまりに言葉少ない遣り取りで、何がなんだか解らなかった。 
尤も、クロノが知りたいのはこの依頼者よりも、エージェントの方である。 
その目的があってここに来たのは店の者も知っている。 
それでいて未だに何も教えてもらえないのだから、 
やはり、今のクロノ達には何かが足らないという訳だ。
ツヨシンもこれには何も言わない。 
それなりに、裏のルールを知っているからだろう。 
クロノは蝶ネクタイを解きながら、 
ロッカーの鏡の中の己に向かって今一度その決意を胸に刻んだ。 
執筆者…Gawie様

 

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