リレー小説3
<Rel3.クロノ4>

 

 

新聞配達のバイトをしていた習慣のためか、 
クロノ・ファグルはまだ夜も明けきらぬうちに目を覚ました。 
3年間一度も休まずに続けていた日常の義務は今はない。 
休刊日でもない。 
強制的に解放されたとは言え、またバイトを始めない限り、とりあえずはずっと休みだ。 
腹の奥からじわりと滲み出てくる安息感を覚えつつ、クロノは再びベッドに体を沈めた。 
…が、その妙な空白が広がるにつれ、今度は喉を逆流するような焦燥感に追い立てられる。 
「起きろ」と「寝てろ」が繰り返すタイミングに合わせ、クロノは布団を跳ね除けた。 
そして、飛び起きた勢いのまま、スニーカーの紐を結び、朝靄の街の中へ駆け出した。

 

(…強くならなければ…!)
約1時間のロードワークを終え、宿の前まで戻ってくると、 
休む間もなく玄関のガラス戸に映った自分の姿に向かって拳を振るう。 
ふと閃いて、時々蹴りも入れてみる。
「なってねェなぁ」 
「ホント、全然なっちゃいないわね」 
「マスター脇が甘いですぅ〜」
と、何処からか、無神経な言葉が浴びせられた。 
クロノが真面目にトレーニングしているというのに、 
彼の努力を嘲笑うような事を言う奴等がいる。 
昨夜再会してから、頼んでもいないのに同行しているツヨシンと、 
深夜に帰って来てまだ少々酒臭いアリエス。 
そして、恐らく状況がまだよく解っていないルビーだった。
「…んだよ。じゃあ相手してくれよ」
クロノはシャドーボクシングを止め、 
恥ずかしさで頬が赤くなるのを汗を拭って隠す。
「10000年早いわ。 
 まずはこのツヨシン君に勝てるようになってから言いなさい」
「はぁ?なんで俺なんだよ? 
 偉そうに、お前こそ10000年早いぜ」
「あら、アンタも自分の力量が解ってないみたいね。 
 なんなら試してみる? 
 遠慮なく撃ってきなさ〜い」
「言うねェ。 
 マジ実弾使うぜ?」
「どうぞどうぞ」
何故かクロノを忘れてツヨシンとアリエスが顔を引き攣らせながら向かい合う。 
クロノが止めに入る間もなく、一瞬の攻防が繰り広げられた。 
ツヨシンが銃を抜いた瞬間、アリエスの動きが緩やかにして目で追えないものになる。 
そして、一発の銃声。 
明らかに射撃の軸線上からアリエスが逃れていたのはクロノにも判った。 
だが…
「なぬぅ…!」
よく見ると、 
間違いなく外れたはずの弾丸が、アリエスのこめかみ直前で寸止めされていた。
「ちょ…… 
 (…弾道が曲がった? 
  ゆ、油断した〜! 
  くそ〜生意気なサル〜!)
「はい、俺の勝ち。 
 実戦ならお前死んでたな、はっはっは!」 
ツヨシンが勝ち誇る。
「…ちょっと待った。今の反則」
勿論油断したアリエスが悪い。 
しかし、寸止めしたツヨシンにも油断があった。
「何言ってんだよ? 
 大体おッ……」
誰もまだ勝負が付いたとは言っていない。 
呆れた様子で肩を竦めるツヨシンをアリエスの不意打ちが襲う。
くッ… 
 お、お前の方こそ…反則だろ…」
一番呆れたのは見ていたクロノだったが、 
兎も角、油断してはいけないという事だ。
「ま、まぁとにかく! 
 せめてプロとしてやっていけるくらいにはならないと、 
 話にならないって事! 
 多分、ツヨシン君は丸腰でも今のアンタの10倍は強いわ。 
 そういう相手がどんな武器や能力を隠し持っているか分らない。 
 油断は禁物。常にあらゆる可能性を瞬時に洞察する事! 
 今日はそれが言いたかったのよ」
説得力はない。
「そう言う訳で、 
 ツヨシン君の銃撃をかわして一発でも入れられたら、 
 あたしも相手してあげるわ。 
 (どんなに早くても一年はかかると思うけど…) 
 じゃ、あたし他に用事あるから、またね」
無茶苦茶だ。 
無茶苦茶だが、やるしかない。 
クロノは蹲っているツヨシンに歩み寄る。
「…ツヨシン、さん。 
 お願いします…!」
執筆者…Gawie様

斯くして、クロノの無謀な修行が始まった。
宿の裏の入り組んだ路地で、 
一定エリア内しか動かないツヨシンに対して、 
何処からでも、何をしてもいいから、とにかく攻撃を当てろ、 
というものだったのだが、 
初日の結果は…… 
言うまでもなく、無謀の一言だった。
「…単純すぎ。 
 射撃の練習にもならねェ。 
 これなら鹿や野兎を撃つ方がもっと難しいぜ」
ゴム弾を使っているとは言え、 
当たればデコピンの10倍は痛い。 
装填回数、22回。 
ツヨシンは132発を発射し、 
クロノは体に132箇所のアザを作った。
「まだまだ銃ってものをナメてるな。 
 超音速の弾丸は、銃声が聞えた瞬間には既に到達してる。 
 どんなに素早い奴でも目で見て避けるなんて事は出来やしないんだ。 
 それに、マンガじゃ『肩を撃たれただけだ』とか言うけど、 
 弾が当たったら骨が砕け、砕けた骨が血管を引き裂く、 
 そうなりゃ止血も難しい。 
 とにかく、生身で喰らっちゃいけないんだ」
「…ンなこと言っても…」
「そりゃあ、いきなり出来る訳ゃないわな。 
 最初に言ったように、 
 弾を避けるんじゃなくて、弾道を予測するんだ。 
 発射のタイミングを見極めて、銃身の延長線から逃れる。 
 けど勿論、撃つ方もバカじゃない。 
 相手が避ける方向を予測するし、 
 軸足を踏み込んだ瞬間を狙ったりもする。 
 広い場所なら素早い動きで狙いを付けさせないのもアリだが、 
 こういう狭い場所では、すれすれの所を撃たせるのがコツだ。 
 まッ、口で説明出来るのはこれだけ。 
 後はもう体で覚えるしかないな」
銃… 
其れを手にした時、 
人類は生物の頂点に立った。 
爪牙の代わりに作り出した刀剣を、更に凌駕した必殺の武器だ。 
それに素手で立ち向かえというのはデタラメにも程がある。 
しかも、世の中にはそのデタラメをやってのける者がいるというのだから、 
流石の努力家少年クロノも気が遠くなり、 
バカバカしさすら感じてしまう。
「今日はもう終わりにしようぜ。 
 暇つぶしって事で授業料はマケてやるけど、 
 弾代は請求するからな」
「…うぃッス」
「さて、そろそろ時間だな。 
 今日もいくか、ピンクドラゴン」
修行はさておき、 
第一の目的はやはり何といっても情報収集だ。 
折角見つけた蛇の道に通じる裏口… 
他に伝手はなく、何が出てくるかも分からないが、 
ツヨシンもプロだ。 
それに、ルビーという頼もしいボディーガードもいる。 
ヤクザ者には負けはしない。 
今日こそはと、三人は夜の街に繰り出した。
執筆者…Gawie様

アテネ一の歓楽街。 
独立祭も控え、街はいつにも増して活気に充ちている。 
溢れるネオンサインと流行歌、欲望のオーラが老若男女を問わず昂揚感を沸き立たせる。 
こういう場所に慣れていないクロノも、 
群がる客引き達をあしらっている内に次第に堂々とした歩調になってきた。
ピンクドラゴンの前までやって来て足を止めると、 
しつこく付いて来ていた客引きも何故かそそくさと退散してしまった。 
やはりここが裏稼業の窓口になっていることは彼等も知っているようだ。 
三人はピンク色のドラゴンが迎える門を潜って、鏡張りの階段を下り、 
そして金の装飾が施された木製のドアを引いた。
「いらっしゃいませェ」
低い嗄れ声で出迎えたのは、昨夜と同じ強面の男だ。 
場に似つかわしくないクロノ達を見て、 
一瞬「また来たのか」と言わんばかりに眉をひそめるが、 
高級クラブらしく、丁重に挨拶をする。
「また来たぜ。 
 モニカ嬢に会わせてもらおうか?」
「申し訳ございませんが、 
 モニカという名の者は当店にはおりません。 
 人探しなら他を当たられた方がよろしいかと」
「あ? 昨日は休みって言ったじゃねェか」 
ツヨシンのあくまで強気の態度に、男の嗄れ声も凄みを増す。
「お客さんも鈍いぜ… 
 篩いにかけられてんのが解んねェかね。 
 こっちも先生方も商売でやってんだ。 
 客じゃない奴に用はねェんだよ」
「…そうかよ。 
 じゃ、VIPルームに案内してくれ。 
 これならで文句はねェよな?」
「ほう… 
 では、武器と身分証はお預かりします。 
 三名様、ご案内ィ〜」
半ばヤケクソではあったが、 
チャージ料と少しの酒なら何とかなると思っていた。 
しかしプロとは言え、そこはまだ少年だ。 
酒の魔力に抗う術を知らない。 
その結果…
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ! 
 ツヨシンの!ちょっといいトコ見てみたい〜!」
…やってしまった。 
一度アルコールが入れば後は美味しいお客さんだ。 
早々に酔い潰れたクロノを余所に、 
ツヨシンは眼鏡っ子指定で女の子を指名しまくり、 
ルビーは勧められるままに次々と高級ボトルを空ける。 
そして閉店時間が過ぎ、

 

  翌早朝……
「…な、なんで俺はこんな所で皿洗いなんかやってんだ…?」
「…俺、こういう仕事慣れてるし、 
 このままここでバイトしようかなぁ〜」
昨夜の飲み代、しめて15,800UD。 
勿論ぼったくりではない。それだけ飲んだのだ。 
厨房の二人の様子を見ながら、 
こうなる事は予想していた強面の男が嘲笑う。
「やれやれ、プロの兄さんが飲み代も払えないなんてなぁ。 
 プロの査定も厳しいんだろ? バレたら格下げか? 
 まぁ、通報しないでおいてやるから、精々働いて返してくれや」
執筆者…Gawie様

 

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