リレー小説3
<Rel3.ハウシンカ8>

 

 

「ねえねえ、だからさ、あのオッサンの部屋番教えて! 
 あたしのお友達のパパなんだよ!」
「ダメだったらダメだ。 
 ヤツはお前と違って能力者房に入ってるんだ。 
 そこは俺は管轄外、残念だがお前に教えてやることはできん。」
朝っぱらから口論を繰り広げるのはフォノゥとハウシンカである。 
何度食って掛かっても結果は同じ、フォノゥは結局ハウシンカに最後までグレンの居場所を吐かなかった。
しかしながら諦めの悪いのもハウシンカの特徴である。 
フォノゥが去った後、 
「ねえちょっと?」 
お隣の囚人さんに、 
「ねえ、コレあげるから教えてくれない? 
 『グレナレフ・オールブラン』、彼何号室?」 
狭い格子の隙間から細い指を滑り込ませてまんまと胸元に潜ませた大粒の砂金と情報を交換した。
「へえ、な〜んだ、わけわかんないこと言ってたけど、隣の舎じゃん。」
そうとわかれば話は早い。 
のんびり寝転がりながら夕食の時を待つ。
「さあて、そいじゃあ機会は大食堂でのディナータイムv 
 色々聞きたいことあるし、何聞こうかメモでもしとこうかニャぁ?
 ………まずはこれだよね〜」

 

@出たくない理由
『理由』という2文字の上には態々小さく『わけ』と書いてある。 
最初に知るべきは、グレナレフがどうして出たくないのかだ。 
ハウシンカの様に何か用事がある…と考えるのが妥当なところか。 
其れが解ればハウシンカにも何か手伝える事があるかも知れない。 
グレナレフの用事が済めば、取り敢えずは彼を同行させる事が可能となる。
Aどうやって出る
グレナレフ自身は無理と言っていた。 
だが何かある。予感でしかないが、何処と無く余裕のある彼の態度… 
そして「自分を連れ戻しに来た」という予想には、 
連れ戻す手段が存在するという前提を匂わせている。 
確実ではない。だが可能性としては有り得るなくもないだろう。
BRとの関係
蛇足である。が、興味が無い訳でもない。 
ルークフェイドや隆がグレナレフの脱獄を手助けする其の訳。

 

「…今はこんなで……さぁてと…食堂行くかね〜」
執筆者…錆龍様、is-lies

ブロック中の収容者達が集う大食堂は流石に広く、 
集まる収容者達の数に比例して武装所員の人数も半端ではない。 
彼等が手にしたサブマシンガンならば、此処の全員を十秒足らずでミンチに出来そうだ。 
収容者達も其の恐ろしさは理解出来ているのか、従順且つスマートに列を作っていた。
(グレナレフちゃんグレナレフちゃん、どーこーにーいーるー? 
  いねぇの?いねぇの?なーんだ、先に来ちゃったか。 
  …ま、いーや。入ってくる連中見てる方が探し易そうだしー♪)
銃口の威圧を受けつつハウシンカが、トレイ片手に席に着く。 
トレイの上に載せられた不味そうな食事には眼もくれず、食堂入り口を見張る。
「…にしても本当に臭いね此処ァ。鼻が曲がっちゃうよーい。 
 ………おんやぁ?」
良く見ると、ハウシンカの席周辺…、殆ど誰も座っていない。 
彼女のテーブルを中心に大体6〜7メートル程距離をとって他の収容者達が食事をしていた。 
其の原因がハウシンカと同じテーブルに座った、 
全身から悪臭を放つ超ド級のデブである事に気付くのに、そう時間は掛からない。
(うわ〜、くっせ〜。 
  でもこれはいいかもニャぁ、なんかに使えるよね、このくさい…じゃねえ、臭い♪)
そう言うところは人一倍悪知恵が働くハウシンカである。 
早速お隣の囚人さんに、 
「ねえねえ、あの隅っこに座ってる超くっせー豚は何者かニャ?」
一瞬囚人はうっぷとむせ込み涙目になると、 
「…ゴレティウのことか… 
 なんかよくわからんが強盗で捕まったそうだぞ…」 
それ以上何も言わなかった。 
ハウシンカが鼻をつまみながら周りを見回してみると、
みんな出来るだけ息をしないで涙目になりながら食事をしている。 
中には「もうダメだ!」なんて言いながらテーブルを離れて帰ってこないヤツまでいる…
これだ〜♪
飯食うのも忘れてハウシンカは思想にふけった。 
そして。
「よーよーはろはろ〜?そこのくさ…スパイシーなおじさん、ちょっと良いかな?」 
全身から悪臭を放つデブに…ゴレティウに何気ない様子では近寄るハウシンカ。 
普段つけてるターバンも、この時ばかりは頭ではなく、顔を口と鼻を覆っている。
「ん…?見ない顔だな、何者だよ、お前?」 
ハウシンカの方を振り返るゴレティウ。 
刹那、サラサラと光の粒のように舞う激臭オーラがハウシンカを直撃する。
(さすがにきっついかな、これは。)
ハウシンカも肩をすくめた。 
が、こんな所で音を上げるハウシンカではない。 
「ねえねえ、ちょこっとお話がしたいんだけど、付き合ってもらえないかニャぁ?
 もちろん、話の進み方次第ではちゃ〜んとお礼もするんだけどな?OK?」 
 にんまり笑って見せたその手には、先に囚人に渡した砂金がきらりと光っていた。
しかし、何故かゴレティウはそんなハウシンカを横目でちらりと見ると鼻で笑って見せた。 
「残念だな、お嬢ちゃん。 
 そんな小物で俺様を釣ろうというのは女の浅知恵ってもんだよ。 
 俺は優しいから教えてやるが、此処ではそんなもんハナクソ程度の価値しかねえぞ。」 
自慢げに言ってみるものの、明らかに砂金を見つめるゴレティウ。
(ほんとはほしーんじゃん。バカだから引っかかってくれると思ったのになあ)
仏頂面でうなずいてみせるハウシンカ。 
「まあ、俺様も惚れてくれた女に冷たくするほどケチでもねえから、まあ、付き合ってやらんこともないんだな。」 
と、視線を砂金からハウシンカに移す。 
ものすごく不本意だが、そこは作戦、 
「じゃあ、お願いできるかニャぁ?」 
にっこり笑って見せた。
さて、そんなわけでこのくさいデブを巻き込んだわけだが… 
(それにしてもグレたん来ないニャぁ。 
  出来るならこんなデブさっさと引き払いたいんだけど…)
扉の方をちら見しながら様子を伺う。 
とりあえず自分はグレナレフとの接触を制限されている。 
周りの警備も万全、接触は一見困難。 
その警護に穴を開けるとすれば… 
「ねえアンタ、もし良かったらあたしが合図したらあそこの警備のおっさんに話しかけてみてくれない? 
 んで、出来るだけ長い間話引っ張ってて欲しいんだけど…」
「朝飯前だぜ!」 
息んでみせるゴレティウ。 
(それくらい幼稚園児でも出来るッつーんだよ…)
溜息一つ漏らす。 
と…
(おーっと!来た来た!)
ようやく食堂にグレナレフが姿を現した。 
「ねえ、おっちゃん、早速だけどお願いできる? 
 警備さんに絡んできて、GOGO!」 
促されるまま、ゴレティウが警備員に向かっていく。
(さーて、どっきどきの密会開始v 
  デブ公、うまく引きつけてるよ〜…)
執筆者…is-lies、錆龍様
「ん…お前は……ドルのお嬢さんじゃないか。何だ…まだ何かあるのか?」 
近付いて来たハウシンカに気付いたグレナレフは、 
最寄の席に座って面倒臭そうに溜息を吐きつつ、 
手にしたフォークの先でハウシンカを指す。
「ま、いーからいーから。気にしないでサ」  
未だに訝しむ様子のグレナレフの前に座って続ける。 
「率直に聞いちゃうケドよー、 
 グレナレフっちは何でこっから出たくないの?教えておじーさーん♪」
「…はぁ??」
「出る気は無いって昨日言ったよねー?何で?」
「…ああ、其れ片付けるから脱出してくれってか?」
「………ドルの奴…こんな強引さまで娘に移すなよなぁ…」
「あー、パパの許に居たのって2年ぽっちよ?
 土台、血ぃ繋がってる訳じゃないし自前自前」
「…まぁ…別に良いがな。 
 金あんだろ?フォノゥ…だったか?奴に渡しとけ。 
 後でそっち行って話をすっからよ」
「へいへーい。金出すのアタシだって事忘れずにお話しよーねー」
執筆者…is-lies

ハウシンカの独房にグレナレフが来訪したのは1時間後。 
看守フォノゥはハウシンカの金をあっさりと握り、今日の来訪を見てみぬフリすると言う。 
フォノゥの其の態度には、 
誰が何をしようと此処から脱走なんて出来ないという諦観が含まれていた様にも見える。 
尚、食堂で警備員の気を逸らす為に使ったゴレティウという男は食堂に置いて来た。
「よっ、こっちの部屋は俺のトコよりもちょいとは綺麗か。隣座るぜ?」
「いーよん。床に座らせるのもお客にゃ難だしね〜。 
 んじゃー早速ベシャって貰いましょー!吐け吐け〜☆」
「…何だよベシャってって……ま、いーけどね。 
 出ない理由だっけか? 
 このアルカトラス刑務所に、中々面白そうなネタがあるからってトコかな」
ハウシンカは相槌も入れず黙ってその話の続きを待った。 
逆に彼女のリアクションを待つように、グレナレフは「ネタがある」と言っただけで視線を逸らせる。
「…ネタって?」 
仕方なくハウシンカが先を促す。
「実は、ここに聖女様が捕らえられている…らしい」 
どこか遠慮がちに切り出したグレナレフの口調からは、嘘臭すぎて、逆に信憑性すら感じられた。 
眉唾ものにも程があるが冗談を言っているようには見えなかった。
「まぁ、聖女様ってのはツッ込まないとして、 
 要は、その女を助け出したいって事?」
「まだよく判っていない。 
 俺も昨日知ったことだからな」
「昨日知った? 
 じゃあ…?」
「あぁ、昨日知らされたんだ、面白そうなネタってのをな。 
 それがここを出たくない理由の一つ」
「………出たくない本当の理由は…?」
「もう一つの理由は、 
 お前みたいに俺に接触しようとする奴等から逃れるためさ。 
 まぁお前が初めてだ。 
 だが…無理だ…たとえ、SFESでもな」
「…なによそれ、理由になってないし…」
「今は動けない。かと言って死ぬ訳にもいかない。 
 呪われてんだ俺、実は」 
何だかんだと理由を付けて自分の殻に自分から閉じこもっている輩は少なくはない。 
もしも、このグレナレフがそうであったなら、ハウシンカはこれ以上彼に関わろうとはしなかっただろう。 
食えない奴―それがハウシンカが感じたグレナレフの第一印象だった。 
そんな彼の、意味ありげに、少年が自嘲的に悩みを打ち明けている様な口振りからは、 
逆にそういう内向的な悩みのようなものは感じられなかった。 
…といってもそれ以前に他人の悩み事云々はどうでもよかった。 
むしろ「面白いネタがあるからお前も乗れ」と言わんばかりの挑発的なものを、ハウシンカは感じ取り、 
勝手にそう解釈した。
「呪いねェ… 
 そういうの聞くと、余計…(ブチ壊したいとか思う♪) 
 その呪いってのがその聖女様とかと関係ある訳? 
 なんだか解んないけど、 
 とりあえず、会ってみたいじゃん? その聖女様ってヤツ?」 
余計な詮索は無しだ。する気もない。 
こうなれば手当たり次第だ。犬も歩けば…、だ。 
手がかりらしきものを見つけたら、とにかくぶつかってみるのが彼女流である。
グレナレフはフッと鼻で笑って答えた。 
上手く話に乗せてやったというのと、 
逆に彼女の勢いに乗ってやるかという両方の意味で。
「行くか? 
 まぁどっちにしても俺の気は変わらないと思うけどな」
「関係ない関係ない。ボランティアですよ♪ 
 で、どんなヤツ?」
「…ミラ… 
 ミ、見れば解るさ。多分知ってるかも知れん。 
 戦後最強最悪の能力者、死なない死刑囚…
「もしかして…モニカ・マッドカタファルク… 
 ここにいたの? てかまだ生きてたんだ… 
 あれが聖女様?」
「まぁ、確かに聖女様って柄じゃないわな、あの子は」
「どこにいるの?」
「ここの最下層だ。行くのは簡単なんだが、 
 下手に近付いたら即プチ殺されるかもしれないな。 
 もう一人囮がいるといいんだが…… 
 あ、そうだ。アイツは誘えないか? 
 さっきお前と一緒にいた、なんだあの、ヒデブなヤツ
「あ、アイツ? 
 なるほど、囮ねェ…」 
確かにあのヒデブことゴレティウならば、 
其の体臭で相手の気を引くなどお茶の子さいさいだろう。 
…というかゴレティウ本人の意思如何に関わらず、 
問答無用で気を引いてしまう。違いない。 
唯、相手は名高い戦後最強最悪の能力者… 
ゴレティウの悪臭で気分でも害そうものならば… 
………… 
あのデブが死んだ所でハウシンカ達にデメリットは無いが、 
気を悪くしたモニカに近付くのは其れは其れで勇気が要る。 
だがハウシンカはそんな事も考えもしないのか 
或いはお構いなしなのか…朗らかに笑いながら続ける。
「あはは。まあ確かに気を逸らさせる程度は出来るかもね。臭うし。 
 ……って、囮アイツだけに任せて大丈夫? 
 囮の囚人何人か捕まえて来よっか?」
「要らない。ぞろぞろ集団で行って変に訝しまれても難だしな」
確かに殆ど移動制限は無い様だが、警備が全く無い訳ではない。 
そして一応は能力者収容の施設だ。 
食堂の警備を見ても、能力者達の集まりを警戒している事が解る。 
複数人数で纏まって行動などして目を付けられては敵わない。
「ふーん。ま、いーや。 
 ほんじゃまちょっくらデブ引き摺って来るから待っててーねーんv 
 (何て言おっかにゃ〜…とびっきりの女が居るとかで釣れるかにゃ?)

 

其の言葉にあっさり食い付いたゴレティウを加え、 
ハウシンカは意気揚々と戻って来たのだった。所要時間3分。
執筆者…is-lies、Gawie様

「おう、何処に居んだ其の上等なナオンってのは? 
 言っとくがそんじょそこらの女じゃあ…このゴレティウ様は動かせねぇぜ」 
とか言いながら、 
既に詳しい話を聞く為、動いてしまっている事に、 
ヒデブ男ゴレティウは気付いていなかった。 
これだけ使い易ければ囮として十分に役立つだろう。
「んふふ、この刑務所の最下層区画。 
 そらもー美しさのあまり鼻血ブーもんよ?」 
ゴレティウの鼻を指先で突付いて鼓舞するハウシンカだが、 
其処でデブがキラリと眼を光らせる。
「…ん?最下層区画って……何かやヴぇえ奴なんじゃねぇのソイツ?」 
デブにしては鋭い。 
とはいえ隠していても結局其処には突っ込みを入れられる。 
隠して不信がられるよりもちゃんと話した方が後々楽… 
…なのだが、やはり其処はハウシンカ。 
態々話すのも面倒だし、此処で一応は話しておいて、 
ゴレティウが気付かない様ならば其の侭地下へ連れて行き、 
もし其れで後から気付いたゴレティウに何か言われても、 
「自分はちゃんと言った」と答えるだけで済ませられるの望んでいたのだった。
(チッ、めんど〜。余計なトコで頭回すなよ〜♪) 
 大丈夫大丈夫。此処はちゃんとした能力者用監獄だし、 
 万が一何かあるとしても、あたし達が居るんだしー。 
 …もしかしてゴレちゃんってばビビり?」
眉を顰めてニヤリと笑う。 
ハウシンカの其の挑発的な態度に対し、 
鼻息を噴出し、胸を張って答えるゴレティウ。 
「ほぉ……其処まで言われちゃ引き下がれねぇな。 
 良いぜ、案内しな」
「どうやらOKみたいだね。 
 まあ特に警備が激しい訳でも無いし、普通にしてりゃ大丈夫さ。 
 気楽にしてな。さぁ行こう」

 

グレナレフを先頭に、2人は部屋を後にした。 
ワザとらしいくらいに力強く足を前に投げ出すように大股で進むグレナレフだったが、 
少し進んでは、立ち止まってハァ〜っと大きく溜息を吐き、また歩き出す。 
モニカのいる最下層を近付くにつれ、その回数も増え、ハウシンカを少々イラつかせた。
「あのさぁ、そんなに気が重いんだったら止めとく?」
「いや、すまん。 
 気にするな。 
 相手が相手だから慎重になってるだけだ」
「そりゃまぁ、あのモニカ・ザ・マッドカタファルクだもんね。 
 アタシも会うの初めてだし。緊張はするわね〜」 
モニカはチンピラ等の反社会的な者達の間ではある意味英雄視されていた。 
マッドカタファルクというのも、彼等のリスペクトからそう呼ばれるようになった通り名だ。 
本名は不明、史上最強最悪と云われた能力者がどう生まれたかも不明である。 
一説では何の取り得もない少女がある日突然変貌したとも言われているが、 
俗に語られる武勇伝の方が誇張され、その出生は伝説化していた。
執筆者…is-lies、Gawie様
「…彼女は……」 
グレナレフが言いかけた所で、下りの階段がなくなった。 
最下層に到達したのだ。 
そこは独房というよりは何かの研究室のような場所だった。 
脇にそれっぽい装置が立ち並ぶ、長い一直線の通路の先に、 
彼女はいた。
両手足がなく、ダルマ状態で、 
無数の鎖で縛られ、天井から吊るされている。
戦後の暫定政府、現連合本部に単身乗り込み、 
2万人を無差別に殺害、 
当時のA+プロ十数人で漸く取り押さえた最凶の犯罪者がそこにいた。
ハウシンカ達の前に、威圧感が壁のようにズンと立ち塞がった。
「…確かに、とびっきりの女…だけど… 
 無理あったかなぁ……?」
ここへ来て、あんな嘘には流石に無理があったかと、 
ハウシンカはゴレティウの顔を窺った。 
そのゴレティウも騙されたと言って怒るかと思ったが…
「ハァハァ… 
 ハァハァハァハァハァハァ… 
 …お、俺…なんか…おかしい……」
ゴレティウは何故か興奮している様子だ。 
欲情してるのか? 気に入ってもらえたのか? 
いや、違う。 
ゴレティウの様子がおかしい!
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ… 
 ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ… 
 ウ、グゥゥ………!」
「……臭ッ!!!!」 
今更言うまでもなくゴレティウの体臭は強烈だったのだが、 
今の彼の悪臭は臭いの域を超え、消臭剤入りのマスクもまるで効果はなく、 
臭覚神経を直接攻撃してくるようだった。
「まさかコイツ… 
 目覚めやがったのか…!? 
 (…ミラルカ…お前は見境無しか…  
  何がそんなに……?)
「め、目覚めたって………?」
「…偶々波長が合ったんだろう… 
 波長が合うと言っても奇跡に近い確率だがな。 
 俺の時もそうだったんだが… 
 このデブと兄弟ってのは納得いかないな……」
「そんなことよりどうすんの!? 
 この臭い…死にそ………」
「制御が効かないんだ。 
 デブ、落ち着けデブ!」
「…お、俺は………」
新たなる能力者の誕生。 
人類の新たなる進化。 
神秘を目の当たりにする瞬間。 
…であるはずだった。そのはた迷惑な現象を、 
ハウシンカは我慢できずに蹴り飛ばした。
「…ッせェ!!!」
腐臭を発する肉体が、空気の抜けたボールのようにモニカの前に転がる。 
グレナレフはモニカの波長がゴレティウの能力を目覚めさせたような事を言っていたが、 
そのモニカもこの悪臭には流石に気分を害したようだ。 
モニカの目が、ギラリとハウシンカ達を睨みつけた。
しかし・・・ハウシンカは一向に顔色を変えない。 
こればかりはハウシンカならではといえるのだが・・・ 
特別何故かこの場においても彼女はこの実感を抱いていないらしい。
「べっつにあたし一人こんなとこでぶっ殺しても意味ねーじゃん?よく考えてみなよ。」 
鼻をつまみながら、地に転がるゴレティウの巨体の横をすり抜け、ずずいとモニカの前に出る。 

・・・依然モニカの表情は怒りを湛え、その鋭い目はハウシンカを睨み付ける。 
「バカ、よせ!!」 
止めてみるものの、グレナレフの言葉は虚しく地下に響くばかりだ。 

「あんたもさ、こんなとこにいたってつまんねーだけじゃん? 
 ここに何があるよ?新鮮な空気?静かな時間?いいや、ちがうね。あるのは退屈だけさ。 
 実際思わないかい?こ〜んな窮屈な所にいたって何にもなんないじゃん。 
 つうわけでさ、ねえ聖女様、一つ取引をしようか。」
モニカの目から先程の鋭さが失せる。
「今さ、ちいとわけあってあたしはここにぶち込まれてる訳なんだけど…
 いつまでもこ〜んなとこにいるわけにもいかないんだぁ。
 だってやんなきゃいけないことが山程あるんだもん。 
 そこで相談よ、聖女様、アンタの力、あたし達に貸しちゃくれないかい。
 どっちにしろある程度仕事片づけたらこっからおさらばしなきゃいけないからね。 
 何もただって言ってる訳じゃない、言ったじゃん、取引だって。 
 もしもあたし達に協力してくれたならあんたに自由をあげよう。 
 あたし達がおさらばするときゃあんたも連れてったげる。 
 悪いハナシじゃ、ないと思うんだけどね?」 
ハウシンカはモニカに親指を立てて見せた。
モニカ・マッドカタファルクほどの能力者の協力を得られたならば、 
絶対不可能と謂われるこの刑務所からの脱獄も可能性が見えてくるだろう。 
やるやらないは別としても、モニカにとってもまず悪い話であるはずはない。
「ね? 
 動けないんだったら、あたしがアンタの足になる。 
 アンタは好きなだけ暴れてくれればいいから♪」
執筆者…Gawie様、錆龍様
脱獄を考えるなら、このモニカの力を使わない手はない。 
当然の発想だ。 
当然、それを実践した者はこれまでに何人もいた。 
だが、その全員がこの場所で無残な肉塊となった事をハウシンカは知らない。
グレナレフの説明不足が悪いのか、 
先走ったハウシンカが悪いのか、 
ハウシンカが、今やろうとしている事は、 
子供が喧嘩に勝つために、虎の協力を得ようと、その檻に踏み込む行為。 
それと同じである事を知る由もなかった。
ハウシンカの問い掛けを聞き、暫くそれを見据えていたかに見えたが、 
モニカにその声は全く届いてはいなかった。 
「ねぇねぇ」と更に歩み寄ろうとするハウシンカを、 
再び鋭い眼光が貫いた。 
ハウシンカの体は一瞬で弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「……………………ッ!! 
 は……話も、聞かねェって訳…?」
流石のハウシンカも言葉を失った。 
幸いにも、ブヨブヨした何かが衝撃をやわらげてくれたお陰で、 
この快闊な少女が凄惨なミンチになる姿を見ずに済んだ。 
ブヨブヨした感触の上でハウシンカは呆然とする。 
寝そべっているのが腐臭を放つゴレティウの肉の上である事に気付いて、慌てて起き上がろうとするが、 
脳震盪で朦朧としたまま上手く歩けず、グレナレフの肩を借りて漸くよろよろと立ち上がった。
「バカ、死ぬとこだったぞ。 
 モニカは既に人間じゃない、モンスターだ」
「…ちょっと待ってよ。 
 聖女様とか、モンスターだとか、 
 アイツ何なの? 
 アンタは何がしたいの?」
「…ディレイトの情報が確かなら… 
 あそこにいるのは八姉妹の一人だ。 
 俺は、ちょっとな、話があるんだ」
「話? 
 聞いてくれそうにないけど? 
 なんか相当怒ってるみたいだし」
「俺なら説得出来るかもしれない。 
 というか俺にしか説得出来ないかもしれない。 
 まぁダメかもしれんが…」
そう言いながら、グレナレフはハウシンカをその場に残して、 
モニカの方に向かって歩き出した。
「モニカ… 
 いや、モニカの中にいる者よ。 
 怒っているのか? 
 当然だろうな… 
 お前達を犠牲にしても、結局俺達は何も出来なかった。 
 ディレイトから、お前がモニカとなってここにいると聞いてな。 
 ならせめて俺も一緒にここで朽ちようとも思った。 
 もう諦めるしかなかった。 
 …だが、聞いてくれ………」
グレナレフの問い掛けも虚しく、 
モニカの怒りが治まる様子はない。 
グレナレフの体はいとも簡単に宙に弾かれて、 
念動波に弄ばれる。
「………ぐッ…! 
 もはや心も失くしたか…… 
 完全にモニカと融合し、魔物となってしまったのだな……」
グレナレフは床に這い蹲り、 
完全に諦めかけた。 
その時、後方から何かがブヨブヨと揺れながらグレナレフの上を飛び越えていった。
「ゴレティウバリア〜!!! 
 臭〜〜〜!!!」 
気絶したままのゴレティウの巨体を担いで、それを盾にして突っ込むハウシンカだった。
「おっさん!おっさん! 
 そんな煮え切らないような告白じゃ女の子振り向いてくれないでしょう〜! 
 いけェ♪ ゴレティウ爆弾!!」 
ハウシンカは背負い投げの要領で、ゴレティウをモニカ目掛けて投げつけた。 
通用するはずもなく、念動波で跳ね返された巨大な肉の塊がハウシンカ達の視界を覆う。 
咄嗟にそれを踏み台にしてモニカに飛びついたのはグレナレフだ。 
両手でモニカの頬を掴み、そのまま額をこすり付けるようにして訴えかけた。
ミラルカいい加減にしろ! 
 俺達は敗北した。理想は叶わなかった。 
 確かに今は間違った方向に流れているのかもしれない。 
 だが、少なくともあの時よりは平和だ。 
 俺達のようなのが大人しくしてればな。 
 そうだ。どうせなら俺も取り込め。それなら少しは寂しくないぞ。 
 それでもダメか……? 
 ………………………………? 
 …違う? 怒ってない? 
 非能力者も、誰も憎んでないのか? 
 ……あぁ 
 ………そうだな… 
 …解った。必ず伝える………!」
グレナレフがそっとその手を解くと、 
怒りで歪んでいたモニカの表情は徐々に緩み、 
まさに聖女のような微笑みを浮かべた。 
そして、そのまま安らかに瞳を閉ざした。
執筆者…Gawie様
「ねぇ、どうなったの…?」
「あぁ、話はついた。 
 モニカの方も成仏してくれたみたいだ」
「成仏ね〜 
 それで、どういう話してたの?」
「言わね。 
 お前に話すとバカにしそうだしな」
「け、おっさんのクセに…」
ハウシンカには結局何が何だか解らなかったが、 
グレナレフの満足そうな顔で、とりあえず納得してやることにした。
(…しかし、結晶を抜け出したミラルカの意思がモニカと融合… 
  こんなこともあるのか……… 
  兎も角、ミラルカは結晶に戻った。 
  これで、カオス・エンテュメーシスも光を取り戻すだろう。 
  だがディレイト、これで良かったのか……?)
 聖女様とやらは無事に開放されたらしい。 
グレナレフは相変わらず具体的な説明を寄こさなかったが、 
本人が言うのだからそういう事らしい。 
この騒ぎを聞きつけたのか、 
慌しくこの部屋にやって来た看守兼囚人であるフォノゥの言葉もそれを証明していた。
「…お前等か…」
「あ、看守さん、いや、コレはね…」
「急に『軽くなった』から、まさかと思ったが… 
 モニカを倒したのか…?」
「あぁ、彼女は逝った。安らかだったぜ」
「…そうか、ご苦労だったな」
グレナレフとフォノゥは、たったこれだけのやり取りで、事なきを得た。 
別に所内の規定によるお咎めもないとの事だ。 
このフォノゥも何か知っていたのだろうか。 
実際ハウシンカはここに来てまだ数日だ。 
それ以前におっさん同士で色々あるのだろう。 
ハウシンカも敢えてそこは追求しなかった。
「…さて、 
 それじゃ、次いくか」
「え!? 
 ってまだ何かあるの?」
「あ? 
 お前、俺を連れ出す仕事があるんだろ? 
 俺はいつでもいいぞ」
「出たくないとか言ってたクセに」
「俺もやることが出来たんでな。 
 隠居にはまだ早かったようだ」
「んじゃ、早速脱獄といきますか」
「オイオイお前等、 
 仮にも看守の前で脱獄とかそういう事いうなよ。 
 次はお前等をここに繋ぎ止める事になるぞ」
「フォノゥ、なんならお前も一緒に来るか? 
 お前、そろそろ看守務めで刑期の方は全うしてんじゃないの」
「…いや、俺はここでいい…」
「そうか。 
 …おっと、忘れるところだった。 
 そこのヒデブ、多分死んではいないと思うから、後頼むわ」

 

その日の夜、ハウシンカはここへ来て初めてシャワーを許可された。 
他に使える武器がなかったとは言え、この戦いでゴレティウを道具として多用し過ぎた。 
このままでは他の受刑者にも迷惑だ。 
念入りに体のを洗ったが、このゴレティウ臭はそう簡単には落ちなかった。
「臭い落ちないよう〜 
 …泣きそう。乙女台無し…」
執筆者…Gawie様

 


そして翌日… 
ハウシンカは早速脱獄の打ち合わせをするべく、グレナレフを訪ねた。
「……やっぱり臭いな」
「うっさい! 
 アンタの為にやったんじゃん!」
「悪かった。 
 そりゃそうと、ここから抜け出す準備は出来たのか?」
「あ、そうそう。 
 あたしもバッチリ考えてきたッスよ♪ 
 外は宇宙空間ってのがまず問題。 
 フォノゥの話じゃこのエリア内では人質とか暴動作戦はまず逆効果。 
 とりあえずは管理棟までは行かないと話にならない」
「そのとおりだ」
「それでね。一日一回食料とか物資を運ぶ便があるじゃん。 
 アレを……」
「アレはダメだ。人は乗れない構造になっている」
「あ、やっぱり… 
 …で、人を運ぶとなるとよ。 
 昨日もちょっと見たんだけど、ここに収容される人間を運ぶボートがあるっしょ? 
 アレを……」
「アレを乗っ取るのか? 
 …で、この収容棟と管理棟を行き来するだけのボートを乗っ取ったところで、 
 一体どこに逃げるつもりだ?
 てか、あんなので宇宙に逃げる気か? 
 早くて即撃墜、遅くとも10分くらいで酸素切れでアウトだろ」
「…じゃあ、 
 アンタならどうすんの? 
 あたしがアンタを連れ出す事を予想してたんなら、 
 脱獄の手段があるって事でしょ!?」
「そんな事は一言も言ってない。ただそう読んだだけだ。 
 てか待て待て、ちょっと待て! 
 お前、脱獄の算段もなしにここに送られてきたのか?」
「いや、あたしはただアンタを説得しろとしか…」
「まいった…… 
 って事は、外からの手引きを待つしかないって事だな。 
 ちッ、折角やる気になってやったのに… 
 お前、結構したたかな子かと思ったけど、 
 やっぱり鉄砲玉だな。肝心なところが抜けてるよ。 
 もしここを出られたら、ドルの奴にも言ってやらないとな」

 

ハウシンカにルークフェイドからの手紙が届いたのは、 
それから五日後の事だった。
執筆者…Gawie様

 

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