リレー小説3
<Rel3.ハウシンカ4>

 

 

  コリントス中部・法王庁 
  法王私室

 

 

「まあ其処で御寛ぎになって下さい。 
 今、茶を淹れさせましょう」
ハウシンカ達をソファーへと手招きし、小姓の少年に顎で合図を送るのは、 
十字架と翼を象った円筒形の帽子を被り、青いマントを羽織り、 
常に優しげな笑みを湛えた中年太りの男… 
法王『ラ・ルー・ヌース』其の人だった。

 

早朝に民宿を出、法王庁の番兵に法王への取り次ぎを願った所、 
あっさりと…其れはもう呆れる程スムーズに法王私室へと通された。 
流石に武器の類は一時預かられる事となったが、 
当初の予定を覆し、簡単に法王との面会に臨めてしまった。 
罠… 
真っ先に其の可能性が浮かぶ。 
レギオンの海上臨検が無かった事も併せ、 
一層用心深く室内を見回すジップロックだが、 
眼に入るのは豪奢な調度品、天蓋付きのベッド、シャンゼリアなどのみ。 
特に怪しい場所などないし、見て解る様なものなど無い。 
其れを踏まえて尚もジップロックが観察に耽るのは、 
そうでもしていないと落ち着かないという事だろう。
「さて、本題に入りましょうかハウシンカさん。 
 貴女の噂は色々と耳に届いていますよ。 
 イリーガルなプロ的なお仕事をなさっているそうですが… 
 そんな貴女が一体何の用で、今回お越し下さったのでしょうか?」 
対峙している者の素性を知りつつ、飽く迄も笑顔を崩さない法王。 
正に顔に張り付いたかの様な其の笑みの奥では一体何を考えているのだろうか。
「…法王の旦那…エカチェリナって女を知ってっかい?」
「おお、チェリーですか。知っていますとも」 
あっさりと法王が言い放つ。
「………何処に…」 
いるのか…と、ハウシンカも身を乗り出しながら叫ぼうとするが…
「隣の部屋で控えていますとも」 
ハウシンカが言い終える前に、法王が即座に返答した。 
早過ぎる。其れは相手の発言のタイミングを見計らい、 
予め用意された答えを言っただけ…そんな感じすらした。
「…嘘吐け。狸オヤジ。 
 どうやってアタシ等が質問する前にチェリーを控えさせられたってんだい?」 
笑顔のまま不気味に話を進める法王に苛付きを覚え、 
語調を荒げるハウシンカだったが、其れでも法王は余裕の態度を崩さない。
「神のお告げがあった…とでも申しましょうか」
即座にハウシンカの殺気が部屋を覆い尽くす。 
話を隣で聞いていたジップロックがビクリと震え、 
法王も笑顔は其のままに怖気付いた様に一筋の汗を流す。
「まあまあ落ち着いて下さい。 
 今すぐに会わせて差し上げても宜しいのですが…条件があります。 
 其の前に…1つだけ依頼を片付けて欲しいのです。 
 貴女お得意のイリーガルな依頼です」
慌てて法王が数枚の資料をハウシンカへと差し出す。 
クリップで写真が留められており、 
白い髪をした少年と、黒髪の少女が写っていた。 
2人とも獣人なのか獣染みた耳や尻尾が見て取れる。
「この2人を…『保護』して来て欲しいのですよ。 
 出来得るだけ穏便に迅速に…人知れずに…ね。
 2名ともD-キメラですが、
 其方のお嬢さんを脅して従わせたという貴女なら平気でしょう」 
一般には聖者として敬われている法王…
其の真実の姿が、誘拐を依頼する様な人間だったという事は、
そもそも法王等を胡散臭がっていたハウシンカには意外でもなかった。
だが、この男は一体何処まで知っているのだろうか。
こうなると全てがこの男の掌の中にあるのではと疑ってしまう。
「……アテネの海上臨検…あれもアンタの仕業…?」
「存じませんねぇ。乗るか反るか…ご返答を」
一瞬だけ法王がアーチ状の線を描いた様な眼を開き、 
瞳の奥にある冥い闇を覗かせて返答を迫る。
「先にチェリーの姿を見せな。
 話は其れからさ」
「……良いでしょう。 
 変に不信感を持たれても難ですし 
 …併し、彼女の姿を確認したのならば… 
 依頼は確実にやり遂げて貰いますよ?」
一瞬勘繰るような仕草をしたハウシンカ。 
その瞳の中には猜疑心と、もう一つ、黒い霧のように不確かな、 
だがはっきりとした負の感情が渦巻いていた。 
その様子をジップロックはただ見守るばかりだ。 
ところが、 
「いいや、やろうさ。」 
ぽん、と太股をはたいて、軽い調子でハウシンカが言い放った。
(ちょ、ちょっといいの、姐さん! 
  これはきっと罠だよ、どう考えてもこの親父の術中に…)
耳元で囁くジップロックに一発ゲンコツをくれると、 
「さあさあ、法王の旦那、そいじゃ見せてもらおうか、 
 チェリーはどこにいるって?」 
けろりとした様子でハウシンカは本題を切り出した。
「おお、それでは交渉は成立ですね、よろしい、 
 隣の部屋へ案内いたしましょう。」
執筆者…is-lies、錆龍様
法王に連れられてやってきた部屋にはしかしエカチェリナの姿はなく、
そこはガラス張りの監視室のような場所だった。 
あからさまに不信感を募らせるジップロックとは反対に、ハウシンカは全く動揺した様子はない。 
…だからといって歓喜に打ち震える様子もないのだが。
「こちらです。」 
法王に連れられて近寄った窓辺から、ハウシンカは様子を伺った。
彼女は確かにそこにいた。 
白銀の長髪を上品に垂らした、赤い服の女だった。
「チェリー…」 
ハウシンカのつぶやきは彼女の耳には入っていないのか…。 
しかしエカチェリナはハウシンカを振り返ることはなかった。 
ずっと一点を眺めたままだった。
「これでよろしいですかな?」 
法王が本心の見えぬ笑顔でハウシンカに囁く。 
と… 
「あんがと、旦那。仕事はうけら。」 
ほんのりと浮かべた笑顔でハウシンカは答えた。
執筆者…錆龍様

その帰路で… 
「姐さん、ホントにあの親父の依頼を受ける気? 
 今度という今度はあたいも言わせてもらうけどね!」 
ジップロックは強い口調で言った。 
しかしそんなジップロックの訴えなど耳に入っていないように、
ハウシンカは何かをぼそぼそと呟いているようだった。 
「わかってんの?!姐さんはこれからあの親父の口車に乗せられて、
 昔…そのチェリーがやられたのと同じ事をしようとしてるんだよ! 
 それでいいの?そんなこと、チェリーが喜ぶわけ…」 
しかしハウシンカは相変わらず何かをぼそぼそと呟いてみる。 
…ジップロックが耳を澄ます。
「あんたがたどこさ、ヒゴさ、ヒゴどこさ、クマモトさ、 
 クマモトどこさ、センバさ…」
唱っている。 
特にジップロックの言うことなど気にせずに、ハウシンカは唱っていた。 
「ちょっと姐さん!」 
と、ハウシンカがふりかえる。 
「センバ山には狸がおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、 
 煮てさ、焼いてさ、食ってさ♪ 
 それを木の葉でちょいと隠せ☆」
煮てさ、焼いてさ、食ってさ 
これを木の葉でちょいと隠せ。
「あ、姐さんまさか!」 
ジップロックの顔からサッと血の気が引いた。
「あの狸は生かしときゃ人を化かすんだ。 
 化かされっぱなしも悔しいから、煮て、焼いて食ってやろうと思ってね♪ 
 毛皮も高く売れそーだにゃ〜♪」
 「……は、はは……何言っても無駄かな… 
 ………でも、其れ…良いかも」 
単に踊らされるだけの道化ではない。 
其れを確認して少しは落ち着いたのか、 
ジップロックが一息吐いてから先の資料に目を向ける。
「…あの聖者…ラ・ルー・ヌース法王が…誘拐ねぇ… 
 ………にしても巧い事作ってるよ、この資料… 
 姐さん、どうやって狸を?」
資料に載せられているのはターゲットの住所氏名年齢などのデータのみ。 
法王を陥れる材料としては明らかに不足している。 
そもそもコリントスの正義は法王の下にあり、 
かたやジップロック等はSFESを敵に回した時点で表社会的な立場を失っている。 
圧倒的に劣勢なのだ。
「簡単簡単。告発するのがあたし等じゃなきゃいーんだよ。 
 出来れば…本人達が手っ取り早いかな」
「そ…そそそそ…其れって!?」
「早とちりすんなヨー。狸をふん縛る為に一芝居打って貰うだけだかんね。 
 真正面からお上品にやったってさ、相手は法王様だからにぃ〜。 
 地道な草の根活動なんて権力と資産を嵩にした人海戦術でイチコロ。 
 んだったらちょいとリスクあっても一気に核心突くドでかいの送ってやろーじゃん。 
 ハイリスクハイリターンってやつ♪」
「だ…だからっても…ハイリスク過ぎるってば……」
「んー、其れよかターゲットの住所は… 
 ………アテネ…北……マホン・マクマホン13F…… 
 アテネかよ!」 
誰にともなく三村風ツッコミを入れるハウシンカであった。
執筆者…錆龍様、is-lies

「オーケィ、オーケィ。まるで問題ありませんとも。 
 流石は法王様。尻尾を出さずに良く動かしてくれました」 
つい先程までハウシンカ達の居た法王の私室にて、 
サングラスを掛けた青髪の男が満足気に笑みを浮かべている。 
対する法王も笑顔の仮面を付けて応じるものの、 
其の表情はハウシンカ達を前にしていた時よりも僅かに硬い。 
「いえいえ、私は貴方の指示に従っただけですから」
「まさか。相手は幾つもの死線を潜り抜けた修羅… 
 そいつ等に悟らせなかったというのが素晴らしいと言ってるのですよ、僕は。 
 …ところでエカチェリナではやはり問題があった様ですね、法王様」 
申し訳なさそうに眉を顰める青髪の男へ、 
初めて法王が眉間にシワを寄せて不快感を顕にするが、 
其れは一瞬の事、直ぐに何も無かった様に取り繕う。無駄と知りつつも。 
「…ライズさん、其れだけは勘弁して下さい。 
 ……正直、頭の中を盗み見られるというのは気分が良くありません」
「…失敬。あまりにもあっさりと会わせたので、つい…」
こほんと咳を吐き、取り敢えずは質問に答える法王。 
「……まあ、そうですねぇ…流石に危険が過ぎます。 
 私も遊びで寿命を縮める様な事は御免被りますし。 
 …そうそう、あのナナシ…あれもD-キメラだったと知っていれば… 
 態々SeventhTrumpetで受け入れなどしなかったものを……」
「そうですね。いかに細川財団からの願いとはいえ、今回の件は代表の細川は何も知らず、 
 細川隆殿が実際に動いていたそうですからね。
 小桃嬢の助力で何とかなりはしましたが…。
 …まあ、エカチェリナに関しては、最初に法王様がエカチェリナを見初めた際、 
 もっと強く反対しなかった僕に責がありますからね。 
 今回のミッションコンプリートにてエカチェリナは買い戻させて貰います。 
 誘拐予定のナナシとナナミ…そしてジップロック自身もね」
「併し…誘拐といっても奴等は……」 
ハウシンカの相方ジップロックの反応を見ても、 
彼女等がマトモに動く可能性が低い事は法王の目から見ても明らかだ。
「はは、御心配無く。ハウシンカはデコイでスケープゴート。 
 本命は既に待機させていますとも」
……何処まで考えているのかまるで読めない。 
薄気味悪い…と、本格的な思考に移る前に其れを振り払う。 
が… 
「御気になさらず、慣れていますので」 
…1秒で見破られる。 
一瞬だけ体を震わせ、額に脂汗を滲ませる法王。
「ふ…ふむ、ところで…何故急にD-キメラの買戻しなど?」 
法王はさっさと話題を変えようとするも…
「其れは法王様程の御人が知る必要も無い些細な事ですよ」
寒気がした。法王は其れ以上の深入りを止める。 
この寒気を感じたのは2度目だ。 
最初はライズと出会ってまで数ヶ月も経たなかった頃に、 
ライズへ或る質問をしてみた時に其れを感じた。 
何故、ライズがSFESの支配者ではないのかという質問…
(…止めよう)
考察など必要無い。ただ黙って従っていれば良い。 
この男に従っていれば地位も金も勝手に転がり込んで来る。 
座したままこの世の全てを手に出来る。 
素晴らしき日々。疑う必要すら無い。 
嘗て様々な姦計を張り巡らせ、ペドフィリアでありながら其れを周囲に悟らせず、 
法王にまでなったという狡猾な策士としての一面は微塵も残らず、 
いつから自分が従うだけの人間に成り下がったのかすらも忘れ、 
法王は目先の悦楽を優先する事にした。 
其れが最終的に、自分に何を遺すのかも考えずに。
執筆者…is-lies

「これあげる。おねえちゃん、これをチェリーだと思えば、 
 寂しくないよね?」
今も心の中にしみいるように響く、無邪気なあの声。 
ハウシンカは首からさげたおもちゃのビーズのネックレスをぼんやりと見やりながら、珍しく感慨にふけっていた。 
そう、このネックレスこそ、自分とエカチェリナを繋ぐたった一つの記憶の残骸…
「ねえ姐さん、仕度は済んだ?」 
軽い調子で話しかけるジップロックの声で我に返る。
「ああ、まだ残ってるけど後でやるわ。 
 つうかおめー、意外と張り切ってんのな。」 
テキパキと仕度をするジップロックを横目に見ながらハウシンカがぽつりと漏らした。 
「だって、敵に動向を知られるよりはそれよりも早く動いた方がいいでしょ? 
 何でも先手先手で行かなきゃ。」 
へえ、と、味気なく返す。
「それにしても姐さん、これはあくまであたいのカンなんだけど…」 
ジップロックは真剣な声色でそう囁いた。 
ハウシンカの視線が動く。 
「あの親父、絶対ただじゃチェリーを手放さないと思う。 
 さっき見ての通り、裏じゃあんな事やってる爺だ、 
 そんな奴が…」 
「わかってるって。」 
ジップロックの声をハウシンカが遮った。
「ありゃあ人を化かすっていったろ。 
 あいつから腐ったみてえな臭いがしたよ。 
 自分より力のない物を食いもんにする下衆野郎の臭いがね。 
 いっちばん嫌いなんだ、あたし、ああいうのが。」 
ハウシンカの瞳から、殺気が吹き出す。 
が… 
ジップロックは何故か、そんなハウシンカの様子を横目に嬉しそうに口元をつり上げた。
執筆者…錆龍様
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