リレー小説3
<Rel3.ハウシンカ1>

 

火星、アテネ 
リゼルハンク演習所内。

 

「はぁ…着任早々これですか」 
夜の闇の中、サーチライトに照らし出されて幽鬼の如く浮かび上がる数名の男女。 
其の内、痩せぎすの中年は然も退屈そうな溜息を吐くと共に、 
黒縁眼鏡の位置を指で軽く直し、片手に持った用紙に眼を通す。
「……此処、タカチ魔導研究所と同じ3日前にも…事件あった。 
 逃げたDキメラ…お礼参りに来た。警備員一杯死んだ」 
巨大な盾を背負った筋骨隆々の大男が、 
痩せた中年の横に並んで野太い声でそう言うが、そんな事は知っている。 
3日前の其の事件が原因で、彼等がこの演習所… 
其の実、演習所を装った、闇組織SFESの研究所の警備に充てられたのだから。
「はぁ…雑兵は死んで何ぼですよ。 
 戦闘用に特化したDキメラの前じゃ肉の壁に過ぎません。 
 精々時間稼ぎしか出来ないでしょう、はぁ…。 
 …其れよりも…私が驚いたのは、あのヴェリーヌヒルト殿の戦死ですね」
「……今でも…信じられない。 
 みつおが…生き残ったのが…唯一の救い」
「はぁ……まぁ其の件は既に終わった事ですね。 
 ライズ君も放っておけと言ってますしね。 
 其れよりも今回の事件ですが……現場で進展は?」 
中年の言葉を待っていたとばかりに1人の娘が声を掛ける。 
「も…モートソグニルさん」
「ん?…アールヴさん、どうかしましたか?」 
中年ことモートソグニルは其の娘の顔を一瞥する事も無く聞き返す。 
アールヴと呼ばれた其の娘は、黒のスーツをだらしなく着崩し、 
額には数えられない程の縫い跡…そして其れを… 
いや、顔全体を隠す隠す様に包帯が…併し大雑把に巻かれていた。 
彼女はヘラヘラさせた口を引き締める事もせずに報告する。 
「…ま…魔力…幽かに感じます…南へ… 
 逃げた廃棄品…殺ス…こ…こここ…コロスコロスきひひ」
「はぁ…解りました。では追跡班を編成しましょう。 
 (…頭部の負傷による人格障害……いつまで使い物になるやら。 
  ……時間の問題ですね。早々に司令へ処分を提案しますか)
執筆者…is-lies

そこからほんの少し離れた繁華街。 
雨上がりの湿った空気の中、何かに追われるように走る影が一つ。 
その身を隠すように入ったビルの狭間から用心深く様子を伺う。 
…どうやら、彼の者を脅かす者は見あたらなかったようだ。 
それを確認すると影はさらにビルの深淵へ潜り込み、またも身を隠すように側にあったゴミバケツの横に座り込んだ。
(…あいつら、いかれてる!)
心の中でそう呟いた。
目の前に吹き荒れる仲間の血しぶきと肉片が今も瞼の裏に焼き付いている。 
自由を求めて逃げ出した同胞達はすでに皆散り散りになり、 
すでに残るは彼の者だけになっていた。
(あいつら、きっとあたいも見つけて殺す気だ… 
  なんて様だい、何が自由だ…)
頭を抱えて震えるばかりである。
(でも…)
ふと、顔を上げ… 
(あそこにいても結局は同じ事だ…)
溜息をついた。 
「(そうだ…あんな所で死ぬよりも、ほんの少しでも望みに賭けてみよう。 
  もしかしたら上手く生き延びられるかも知れないし、 
  このままやり過ごせるかも知れないじゃないか。)」
志半ばで果てた仲間を思うと涙が溢れてきた。 
だが、今は泣くときではない。 
泣いてなどいられないのだ。 
(そうだ…あたいは…あたしは死んだりしない。 
  あたいは自由になる!絶対!)
立ち上がり、彼の者は用心深く通りの様子を伺うと、 
再び通りを出て人混みに消えていった。
執筆者…錆龍様

  同時刻 
  火星、アテネ繁華街

 

「よぉちゃん。景気はどーだい?」
たまたま入った雑貨店に居たのは、彼女とも既知の間柄でもある人物… 
情報屋とフリーの暗殺者という二足草鞋を履いた、と呼ばれる男であった。 
彼女…ハウシンカも何でも屋として情報屋暗殺者的な仕事もやっていた為、 
割と意気投合してお互い、仕事ではたまに協力し合ったりもしている。
「?…あ、お前か。アテネに居たんだな。 
 景気?良くねぇ良くねぇ。 
 とんだ地雷踏んじまったぜ…」 
ハウシンカの声に反応し、食器を物色する眼を彼女へと向けるD。 
早速出たのが自分の仕事の愚痴というのは彼にしては珍しい。
「何々?ヘマかましたん? 其れで逃げ回ってた訳か〜」
「あーうるせー。 
 火星政府の依頼も地雷ならリゼルハンクの依頼も地雷だったぜ。
 其れより丁度良いぜ…潰れた日本皇国の情報あるか? 
 『仁内の霧』でちょいと調べたい事があってな」 
食器をレジへと持っていきながらDが尋ねる。 
日本皇国といえば地球にある…いや、あった小国だ。 
正体不明の災厄『破滅現象』が激化する直前、
謎の巨大異形によって日本皇国は壊滅させられてしまった。 
結局其の異形は、居合わせた獣人達や大名古屋国英雄達によって葬られたものの、 
日本皇国の機密情報は全てが失われていた。そう全てだ。 
皇国上層部の2名…摂政・藤原と高級将校の矢部は行方が知られておらず、 
噂ではこの2人が機密情報を持ち逃げしたのだと言われるが、 
何の根拠も無いただの噂話に過ぎない。
「日本皇国ぅ?ああ、モンスターの治めてた西日本の事ね。 
 本場モンの情報屋のアンタに解んない事持って来られてもなぁ〜 
 仁内の霧ってアレっしょ?盗賊団。これっぽっちも知んねーし。 
 ンな事より、あたしからの依頼はどーなってんのさ?」
「……済まん。相手がSFESとなるとな… 
 やはり情報収集も思う様にいかない。 
 其れに…次、あそこに行ったら問答無用で襲われそうだし」
「なーんだ、もう喧嘩売ってんじゃん」
「ちげーよ。違約だ違約。 
 ……まあ依頼に関しちゃ一応心当たりはある。 
 俺は暫くアテネを出るが、取り敢えず気長に朗報待てや」
「OK、OK。良い情報期待してるゼイ♪」 
Dの情報は高価だが確かだ。数日としない内に有力情報を掴んで来るだろう。 
買ったばかりの食器が入った袋片手にDは何も言わず、 
片手だけを挙げて「任せろ」と意思表示し店から出て行った。
「……行ったか…。さぁて今日の晩飯は何にすっかな〜」
執筆者…is-lies

アテネの地理は其れなりに把握している積りだったが… 
振り向いたら自分を掴もうとする手があるのではないのか? 
向こうの影に誰か潜んでいるのではないのか? 
…この様な恐怖に駆られてアテネを走り回った為、 
今、自分が何処に居るのかすら解らず… 
併し足を止める事も出来ずにただ只管走り続けた。 
これが自由を求めた結果だというのか? 
あまりにも惨め。あまりにも絶望的。 
自由への第一歩…其の目の前に広がっているのは暗澹たる闇でしかない。
(…でもね…こっちも諦められないんだ…。 
  ………闇上等!切り開いて其の奥の自由を手にしてやるんだ!)
冥い未来を予想して萎えかける意志を無理矢理奮い立たせると、 
彼の者は更なる雑踏の中へと身を隠す。 
『あいつら』の手は良く知っている。 
真っ先に検問を敷いてエリアを閉鎖し、狂言でもって第三者達を追い払う。 
後に残るのは狩る者と狩られる者のみ。 
アテネを狩場にされる前に脱出する事は難しい。 
ならば狩られる側にある彼の者に出来るのは狩人をやり過ごすのみ。 
ゆらゆらと震え今にも消えそうな程度の希望の灯火を抱いた数秒後…
「はぁ…声を出さず、其のまま歩く」
唐突に、横からボソリと放たれた其の声と、 
背中に押し付けられた冷たい鉄の感触に言われるまでも無く硬直する。 
一瞬足を止めてしまうが、すぐに言葉の内容を理解して再び歩み始めた。
「はぁ…其れで良いです。其のまま其処の路地裏へ入って下さい。 
 此方モートソグニル。F-28でターゲットを拘束。報道操作の必要はありません。 
 アールヴさんとエイキンスキアルディさんは例の廃墟で準備を…」
執筆者…is-lies

アテネの夜の静かな空気をつんざくような爆音…を思わせるエンジン音。 
ずぶといマフラーから吹き出す煙が路上の砂を巻き上げる。 
お気に入りのハーレーにまたがり、サイドカーいっぱいに日用雑貨や食料品を積み込んで、ハウシンカはご機嫌に走り出した。 
気分がいいのは大好きな買い物だけでなく、間もなく吉報がもたらされる故か。 
とにかく気分が良かったから、ハウシンカはいつもと違う趣向に走ることにした。
「あはははは〜、気ん持ちぃ〜! 
 たまにゃあ、夜のツーリングもオツなもんですにゃー♪」 
近所迷惑もどこ吹く風、ハウシンカを載せたハーレーが夜のアテネを爆走する…。

 

 

「ちくしょう、あたいをどうする気だい!?」 
廃墟にこだまするその声は虚しく虚空に響くばかりで、響く声が震えているのは怒りか、それとも恐怖のためか。 
彼の者は前方の人影を睨み付ける。
「はあ、盗人猛々しいとはこのことですね。 
 JP-3…ジップロック。」 
それを見下すように言うのはやせた中年である。 
「アールヴさん、エイキンスキアルディさん、始末は任せます。 
 はぁ…私はこれからライズ君に報告書を書かねばなりません。 
 一体どんなにぼろくそに言われるか、分かったものじゃない。」 
言うと男はきびすを返した。 
それに習って闇から現れる人影が二つ。 
「……承知した。」 
中年男の代わりに彼の者の前に…ジップロックの前に立ったのはそれこそ見上げるような大男だ。 
「ひっ!」 
思わずすくみ上がるジップロック。 
「……悪く思うな…これも…勤めなのだ。」 
野太い声で呟く男の顔から、ジップロックは目を離すことが出来ない。 
さらに、 
「見、つけまし…たよ、廃棄品…キ、キヒ、殺す…コロス、キヒヒ…」 
スーツ姿の女までこちらを睨んでいる。 
(くそ…こんなとこでおわっちまうのかよぉ…ちくしょう、ちくしょう!)
悔しいけど、今のジップロックはまさに「まな板の鯉」だ。 
「……時間だ。」
大男が小さく呟いた。 
と…
「よーよー!ケンカ?やれやれー、もっとやれー!! 
 っつーか、あたしも混ぜて〜!」 
突然爆音を響かせ、一台のハーレーが側に止まった。 
…スーツ娘の目つきが変わる。
「やあやあ、やっぱりなんかいいことありそうな気がしてきたんだよねぇ、大正解じゃん! 
 ささ、さっさとはじめましょーやv…て、あれ?」
「キ…キヒィイイイイィィィイイイ!!?」 
突如、ヒステリックに叫び出すスーツ娘。
「ど…どうしたアールヴ?」 
大男が心配してスーツ娘アールヴに近寄るが、彼女は大男の方を見てはいない。 
顔に巻いた包帯の隙間から見える彼女の瞳は、 
恐怖、焦燥、憎悪、狂気… 
あらゆる負の感情が入り混じった漆黒の焔を湛え、 
しっかりとハウシンカのみを捉えている。
「…誰オメー? 
 どっかで見たよーな……」
「ちょ…アンタ、さっさと逃げるんだ! 
 コイツ等は………」 
ジップロックの台詞が終わるのを待たず、 
アールヴが懐から無数の札を取り出しハウシンカへと投げ付ける。 
「キィイイイイィイ!! 
 く…来るな来るな消えろ消えろ消えろォオオオ!!」
「これは…」 
飛び行く札は込められた魔力により巨大な顎へと姿を変え、 
目前のハウシンカを一呑みにすべく、床を削りながら直進して来る。 
だが彼女は慌てず騒がずハーレーを発進させて顎を回避すると、 
直ぐに愛車を降りて廃墟の壁へと姿を隠す。
「…ははぁン、あの時のレギオンかぁ。 
 見ない間に何だかプッツンしちゃってるねェ〜。 
 ってかあたしの愛車に傷付いたらどーすんだ!弁償させっぞ!」
「?(あの時のレギオン?)
「お前が…そうか…顔写真通りだ。 
 ハウシンカ・ツートンカラーアイズデス・ドラグスク…」 
何かに納得した感じで、ハウシンカの声がした方向へ言う巨漢。 
ジップロックにも其の通り名は聞き覚えがある。 
其れは彼女が少し前まで属していた組織… 
詰まりは能力至上主義組織SFESの性質故であった。 
力こそが全て。 
表の人間だろうと裏の人間だろうと、果ては人間でなかろうと、 
其れなりの力を持った者で、彼等が知らない者はまず無いとまでされる。 
だが其れでも、巨漢が何に納得したかまではジップロックにも解らない。
「はァアア、キエロキエローーッ!!キエ…!!?」 
「…オメーら物知りなんな。ンな有名だったかねあたしってば?」
ハウシンカの声はアールヴ…そして巨漢の背後から聞こえた。 
鉄仮面をしていても解る程に眼を剥く巨漢。 
彼等とて脱走者を抹殺する任を受けた、組織の精鋭。 
其れがあっさりと背後を取られたのだ。 
アールヴの足にハウシンカの蹴りがあっさりと決まる。
げぐっ!?ギ…ギヒィイイャアアアア!!!」 
恐怖に駆られてかアールヴは奇声を発し、 
魔力の篭った札を撒き散らして四足獣宜しく這いながら逃げ出す。
執筆者…錆龍様、is-lies
「あらら、逃げちった。 
 で、オマイはどーすんのさ?」
「…当然、オマエを叩き潰……」 
「はぁ…そうですねェ…退かせて貰いましょうか」 
大男を遮ったのは…痩せた中年。 
先のアールヴの奇声や戦闘の轟音を聞き付けて戻って来たのだ。
「モートソグニル…この女は…3日前のあの時に、 
 ベムブルを殺し、アールヴを狂わせたんだぞ。 
 オレサマが撤退なんて受け入れられると思うか?」
巨漢の其の台詞に驚き、ジップロックが思わず叫ぶ。 
「こ…この女が、あの研究所の一件のッ!?」 
3日前、SFESの精鋭レギオンで固められたタルシスの研究所へ侵入し、 
所内のデータを盗んでまんまと逃げ出した強盗達… 
其れが目の前のハウシンカであると言うのだから驚くのも仕方が無い。
「はぁ…私情は要りませんよ。 
 今、彼女と闘り合ったところで此方にはデメリットしかありません。 
 ライズ君も捨て置けと仰られていましたしね。」 
「…クッ……」 
大男を落ち着けさせたモートソグニルは、 
今度はハウシンカに向き直り一礼する。
「はぁ……其れではお嬢さん、私達はこれにて…… 
 ………ああ…忘れるトコロだった」 
思い出した様にポンと手を叩く中年。
「!?」
一瞬。 
ジップロックの額にはマシンガンの銃口が押し付けられており、 
マシンガンの持ち主は…無論、モートソグニル。 
彼の蟀谷には、ハウシンカがトカレフを突き付け、 
そして彼女の首にもモートソグニルのもう一丁のマシンガンが宛がわれていた。
「オッサ〜ン、この娘…おハジキ遊びは卒業だってさ」 
「はぁ…では君はどうかな?ハウシンカさん」
「…………」 
「…………」 
「…………」 
「…………」 
「あんれまあ、撃たないのん?」 
きょとんとした様子で切り出したのはハウシンカだった。 
もちろん彼女の首にはモートソグニルのマシンガンが宛われたままである。 
「はぁ…本気で言っているんですか?」 
答えるモートソグニルの声色にもまた、抑揚はない。 
「だってここで引き金ひきゃあアンタの勝ちだよ? 
 撃ちゃあいいじゃん。 
 まあ、多分あたしも同んなじタイミングで引き金引くから二人してシャットライフだろうけどさ?」 
ハウシンカの口調はむしろ何かを楽しんでいるようですらある。 
…ジップロックは息を飲んだ。
「どっする?あたしは別にいいよ?ダンディ中年としんじゅ〜てのもなかなかオツですしにゃ〜♪」 
それを聞くとモートソグニルは… 
「はぁ…やめにしましょう。 
 さっきも言った通り、ここで君とやり合うのはあまりにも我々にとってデメリットが多すぎます。」 
言ってマシンガンをおろした。 
「なんだよー!やんねぇの?!ったく、つんまんね〜の!」 
自分の命が助かったって言うのに、心底不満げにハウシンカが言った。
…と…
「あ…」 
モートソグニルは小さく叫んだ。 
ほんの一瞬の隙をついてジップロックが彼のマシンガンをはじき、逃走を図ったのである。
「おいおいソッコー逃げかよ」 
ハウシンカの呆れた様な呟きが終わる前に、 
ジップロックは、彼女自身がまだ自分にこれだけの力があるのかと驚く程の底力で、戦線離脱していた。 
慌てて大男がジップロックを追い掛けようとするも、 
其れを片腕で制するモートソグニル。 
「はぁ…放っておきなさい。 
 どうせアテネからは出られません。チャンスは幾らでもあります。 
 其れよりも今はアールヴさんを確保する方が先ですからね。 
 (まあ…これで上の許可を請う必要も無くなった訳ですし)
回れ右をし、モートソグニルは逃亡した仲間(彼の中では頭に元が付く)を追うべく廃墟から出、 
大男もハウシンカを睨みつつしぶしぶと付き従う。
「オッサン、アンタも鉛雨街だろ?」 
立ち去るモートソグニルの背に向かってハウシンカが問う。
「はぁ…懐かしいですねェ… 
 甘い血の香りに硝煙のスパイスが利いたあの空気… 
 ……破滅現象で鉛雨街もやがては滅んでしまうのでしょうが… 
 …全く、惜しい事をしたものです」 
彼が其れだけ言い終えた頃には、 
レギオン達の姿は闇のカーテンの奥へと掻き消えていた。
「……さてと……」 
ハウシンカのオッドアイが、先程ジップロックが逃げた方向へと据えられる。
執筆者…is-lies、錆龍様

一体どれくらい走っただろう。 
わからない。 
だが、今のジップロックには走った距離よりも追っ手の有無の方が重要だ。 
廃墟の闇に紛れ、先程と同様に辺りをうかがう。
…誰もいないようだ。 
ジップロックは胸を撫で下ろした。
(また…生き延びた。)
安堵がひたひたと心地よく胸を満たす。 
胸の中に溜まった緊張を、鮮度を失った空気と共に吐きだした。 
「よし…今日はこの辺で休もう…ああ、疲れた…」 
言って背後を振り返った。
「よー、いきなりとんずらぶっこいたかと思ったら、 
 な〜んだ、けっこー近くにいたんじゃん。 
 あれか、意外と緊張感ねえのな、おめえさん。 
 それともあれか?足すくんで逃げらんなかったとか?」 
鼻の頭が擦れ合う程近くに、ハウシンカの顔があった。 
「〜〜〜!!」 
声にならない悲鳴を上げ、ジップロックがしりもちを付く。 
「ンだよ、そのはんのー。 
 お前、あたしゃ命の恩人だよ? 
 ま、んなこたいいや、あとあと。」 
背後に立たれたことに全く気付かず、悶絶するジップロックを後目に、
言うが早いか背後の影は…ハウシンカは愛用のトカレフをジップロックの眉間に突きつけた。 
「まあ、聞け。 
 しょーじきに答えてくれさえすりゃ、なんもしねーわ。 
 そのかわり馬鹿なマネしたらズドンだかんね?OK?」 
震えながらジップロックはうなずいた。
「OKOK、わかってんじゃん。 
 そいじゃ質問、長生きしたけりゃ正直に答えな。」 
ハウシンカの目の色が先程のおどけた雰囲気からがらりと変わる。 
それはすでに小ずるいちんぴらのそれではない。 
雨の如く降る鉛玉の中で培われた殺気と威圧感が二色の双眸からあふれ出ている。
「アンタ、レギオンだろ?違うか?」 
抑揚のない声でハウシンカが問う。 
…ジップロックは黙ってうなずいた。 
「なるほど、そんなら話が早えわ。 
 アンタ、レギオンの中でエカチェリナって女を知らないか?」 
その問いを聞いた瞬間、今まで震えていただけだったジップロックが急に立ち上がった。 
「あ、あんた、チェリーを知ってるの!?」 
それを聞いてハウシンカも目の色が変わる。 
「チェリー?知ってんのか?」 
「知ってるも何も…チェリーはあたいと同じ時期に強化手術を受けたD-キメラだもの…」 
ハウシンカが突然ジップロックの胸ぐらを掴んだ。 
「どーいうことだ?あ?ちょいと詳しく聞かせてもらおうじゃねえか? 
 チェリーはてめえらみてえなバケモノじゃねえんだよ! 
 人間だ、人間!!わかってんのか?どーなんだコラ!」 
「わ、わかったから手ぇ離して!痛い痛い!!」 
慌てるジップロックを放り投げるハウシンカ。 
その目は得も言われぬ怒りに満ちていた。 
そんな様子を横目で見るジップロック。 
「確かにチェリーは人間だよ。 
 …いや、人間だったんだよ、あたしと同じね。 
 それともう一つ…」 
ジップロックは静かにハウシンカを見上げた。
「チェリーは…レギオンじゃないんだ。」   
「レギオンじゃない? 
 …オメー今、D−キメラだとかヌカしやがったよな? 
 じゃあ何だい?まさか……」
D-キメラ…現在、SFESが開発した人型生体兵器… 
其れは従来のキメラとは比べ物にならない程の能力を持つとされる。 
フルオーターや先行者などの兵器同様、D−キメラの使い道も、 
SFESそのものの力…詰まりはSFES最大戦力レギオンへと加えられるか、 
或いは商品としてあらゆる国や団体へと売り飛ばされる事となる。 
ハウシンカが求めるエカチェリナが、レギオンになっていないというのであれば… 
彼女の行き先は………
「……チェリーは確かにD−キメラになって、 
 レギオンにも編入される事になって…たんだ。 
 …けれど……途中……変な青い髪の奴が法王と一緒に来て……」
「??法王は知ってる。ラ・ルーなんたら… 
 いつもニコニコしててキショいオヤジだろ? 
 で、青い髪の奴ってのは?」
「…知らない。SFESの人間だったみたいだけれど… 
 サングラスをした青い髪の男…… 
 …そいつが法王に…チェリーを渡したんだ」
「…法王?チェリーみたいな境遇の奴を拾うって事は…SeventhTrumpetとか?」
SeventhTrumpetとは一種の宗教団体であり、 
迫害される獣人や能力者、改造人間などの身より無き者達を受け入れ、 
正しい能力の使い方を教え、慈善活動を行わせている事でも有名だ。 
法王ラ・ルー・ヌースは哀れな能力者を救う彼等を良しとし、 
反対するバチカンを退け、SeventhTrumpetを受け入れた。 
エカチェリナが此処に入ったとなると、ハウシンカとしても一安心だが、 
やはり解せない。 
何ゆえSFESが、手駒となる者を捨て… 
あまつさえ態々SeventhTrumpetなどに渡すのか。 
…其れ以前の問題として、 
何故、法王自らが出向いたか…という事だ。
「解らない……けれど…少なくとも… 
 チェリーはSFESに居ない。これは間違いないから」
執筆者…錆龍様、is-lies
ハウシンカの二色の双眸が遠くの街灯の光を受けて不気味にきらめく。 
先程までのおどけた表情は失せ、そこに立つ彼女はまさに闇に生きる者のそれだった。 
…ジップロックが息を飲む。 
「そうか…わかった。 
 そいじゃ、もうSFESにゃあ用はねえな。」 
落ち着いた様子でハウシンカが吐き捨てた。 
が。 
「そうとも限らないよ、チェリーを追いかければ必ずSFESの連中と衝突するはずだ。 
 アンタだって分かってるだろう、あいつらは…」 
と、 
「おめえは黙ってろや。」 
ハウシンカが片手でジップロックの言葉を制する。 
「SFES?SeventhTrumpet?関係ねえな。 
 あたしはあたしでチェリーを探す。 
 あたしの邪魔すんだったら誰だろうと容赦しねえし、 
 誰だろうがブッ殺す。誰だろうが。」 
その目に渦巻く禍々しいまでの殺気にジップロックは完全に射すくめられた。
…と。 
「まあ、それはそうと、道標はひつよーだわな。 
 こればっかりはあたしがどーにか出来るってんでもねーし。 
 つーか出来てもめんどくせーんだわ。 
 そこでだよ、ガラクタキメラ。」 
「…ジップロックだよ。」 
「ジップロック?まあいいや、
 おめー、あたしの道案内すんのとSFESの連中にぶち殺されんの、どっちがいい?」 
笑って切り出したものである。 
ジップロックは息を飲んだ。 
「ちょ、ちょっと!冗談じゃないよ!あたいはこれから……」 
渾身の説得もそこそこに、ハウシンカはいきなりゲンコツでジップロックの頭を殴りつけた。 
そして胸ぐらを掴んで… 
「そいじゃ、この場であたしにぶち殺されるって事でよろしゅうござんすね?
 OKOK、ほいじゃ今すぐ…。」 
にっこり笑った。 
「わかったわかった!わかったから!!ついてくついてく!! 
 付いていけばいーんでしょ?!」 
慌ててジップロックが答えた。 
「んはははは、そーそー、そーやって初めから素直に言えばいいんですよ、兄弟v」 
一転、肩までくみ出すハウシンカ。 
ジップロックはすっかりお手上げと言った様子だ。 
「まあ、そんならよろしくたのむわ、ジップロックだっけ?」 
「そんなことより…。」 
笑うハウシンカに反してジップロックの表情は緊張気味だ。 
そして… 
「アンタさっき…」 
切り出したものの、もっかい頭を殴られるジップロック。 
呆気にとられてハウシンカを見るや… 
「アンタじゃなくて今日から『姐さん』て呼んでちゃぶだい♪ 
 いちおーおまいの雇い主兼命の恩人なんだからv」 
笑顔で返してきたものである。 
ジップロックは深く溜息を吐いた。 
「えって、それじゃあ姐さん、さっき、マジでどーするつもりだったの? 
 あの時あいつが…モートソグニルがホントにマシンガンを撃ってたら…」 
その問いに、ハウシンカは一回考え込んで、 
「なんつーかさ、あそこで死んだらそれはそれで仕方なくねえ?」 
困った顔で答えた。
「そもそも明日も命があるなんてなあ、この業界じゃ通用しねえじゃん。おわかり?」 
…その問いに、ジップロックは返す言葉が思い浮かばなかった。
そしてここに、火星で一番不運なD−キメラと、火星で一番奔放な少女のコンビが誕生したのである。
執筆者…錆龍様
「しょぁあっ!んじゃ早速、SeventhTrumpetに行くか〜」 
「いや、ちょっと姐さん…」
「んでもSeventhTrumpetって施設沢山あるよな? 
 チェリーが居るのって何処なんだろ?」 
「…だから姐さんってば! 
 別にSeventhTrumpetの庇護下にあるって訳じゃなくって… 
 あたいが見たのは、法王に連れてかれたチェリーってだけで、 
 ……詰まり………何処にいるかまでは……」 
第一歩初っ端から立ち塞がる壁。 
法王が連れて行ったとなると可能性的にはSeventhTrumpetが第一に挙がるが、 
其れ以外の可能性も否定出来ない上、SeventhTrumpetの何処に居るのかも解らない。 
SeventhTrumpetの施設を全て回るのは相当な時間が必要になるが、 
一番堅実そうなのはこの辺りであろうか。 
だがハウシンカの答えは違った。 
「ふーん。じゃSeventhTrumpetよりも、 
 法王当たった方が話ゃ早いね。」
「無理!絶対!!」 
すぐさまジップロックが無謀だと叫ぶものの、 
ハウシンカの方は何でと言いたげにきょとんとしている。
「なして?」
「法王の居場所って…西のコリントス。 
 詰まり…アテネから出ないと行けない訳で……」 
「そうけそうけ。 
 じゃアテネから出よう」
「…あたいが逃げた事でアテネはレギオンに閉鎖されようとしてるし…」 
「そうけそうけ。 
 じゃレギオン蹴散らそう」
「……そしたらSFESも本腰挙げて来るだろうし… 
 派手にドンパチやっちゃアテネ警察やSeventhTrumpetだって黙っては……」 
「そうけそうけ。 
 じゃSFESも警察もSeventhTrumpetもブッ潰そう」
「………そんな大事起こしちまったら、 
 火星政府や…火星に集まった各国、 
 其の依頼でプロギルド、暗殺者ギルドも動くだろうし、 
 リゼルハンク…詰まり表のSFESの傘下にあるLWOSだって……」 
「そうけそうけ。 
 じゃ纏めて鏖なw」
「……姐さんマジ?」 
「おおマジ」 
親指を立て、白い歯を輝かせながら爽やかに答えるハウシンカ。 
其れを見たジップロックは「無謀だ」とか「もう終わりだ」とか 
或いは「自由への道が…」とかブツブツ小声で呟いているが…
「まーまー安心しなよジップロックちゃん♪ 
 オメー、ナイス。激しくナイス。 
 そーだよ暗殺者ギルド。其れがあったじゃんか。 
 コイツぁーディレイトの旦那に早速動いて貰わないとナw」
執筆者…is-lies

「まあ、きったねぇ〜とこだけど、好きにくつろいでちょーだいませ♪
 その代わりその辺にあるもの壊したら殺すから。」 
と言って連れてこられたコンクリむき出しの部屋は
まさに「足の踏み場もない程に」散らかりに散らかっている。 
鼻をつまみたい気持ちをグッと堪えてジップロックが通されたその部屋は、
誰が見てもハウシンカの居住スペースだと分かるだろう。 
ビールの空き缶、開封後××日のおつまみの残り、
全く分別されていないゴミ、灰皿にこれでもかと積まれた吸い殻…。 
まったく、この人はこれで生活が出来るのか。 
ジップロックは本気で頭を抱え込みたくなった。
「ところで姐さん、殺気暗殺者ギルドがどうのって言ってたけど…?」 
まじめに問いかけるジップロックとは対照的にビールのプルタブを空け、またその辺に放り投げるハウシンカ。 
「ああ、それ、明日ね、明日。 
 今日はもー酒飲んで寝てえ気分なんでござんすよ☆」
「あのねえ…」 
言ってジップロックは目を伏せた。 
「これからあたい達がやるのはとんでもなくでかいことなんだよ?それなのにどうよ、これ。 
 動くにしたって早いほうがいいし、それに姐さんは分かってないみたいだけど、あたいは狙われてる身なんだよ? 
 いわば二重三重に危険が迫ってるのにどうしてそんなに…!」
「うっせーな、おめえはよ。 
 ほら、こっちがけーかく立ててたこと言っちゃうから、 
 お客さんに知られちゃったじゃん。ばーか。」 
うんざりしたような顔でハウシンカが言った。 
「え…?」 
振り返るジップロック。 
そのつぶやきはすぐに悲鳴に変わった。
「あーら、変わったアクセサリ〜v 
 今の若者はオデコのプルタブくっつけるのがトレンドなのかにゃ〜?」 
全く危機感というものが感じられない口調のハウシンカ。 
しかしその視線の先には…
「キククク…さすがは鉛雨街の出身者。 
 相手にとって不足はありません!このわたくしがその廃棄品もろとも、地獄へ送って差し上げましょう!」 
ジップロックの足下に伸びる黒い影から「それ」はゆっくりと姿を現した。 
真紅のラバースーツに身を包み、 
金髪を奇抜というべきか個性的な髪型にし、 
尚且つ顔に化粧や珍妙なメイクまで施しているという道化染みた男… 
先程ハウシンカが無造作に投げたビールのプルタブを、 
額から剥がして指で弾き飛ばすと、ハンカチで丁寧に… 
まるで高価な陶器か何かを扱うかの様に額を拭う。 
其の行動や男の容姿などを見ても、彼の性格が容易に推測出来よう。
執筆者…錆龍様、is-lies
「なんつーか…豪く早くお邪魔かましてくれちゃってるぢゃん。 
 オメーつけられてたんじゃねぇべか?」
「ま…まさかそんな事は……」 
ハウシンカに言われて狼狽えるジップロック。 
彼女にしては周囲に細心の注意を払って動いた積もりだったのだが… 
いや、彼女は其れで既にモートソグニルにあっさり捕まった。 
恐らくハウシンカの言う様、彼女がマークされていたのだろう。
「キククク、モートソグニルを出し抜いたとしても、 
 我々とてプロ…別働隊を展開するなど基本です。 
 本来ならば…其の廃棄品さえ寄越してくれれば良かったのですが… 
 ……貴女はわたくしの美しい額に…そんな下品な飲み物の蓋を飛ばし、 
 下品な汁をわたくしの肌に染み込ませた…… 
 ……万死に値するッ!」 
叫ぶと同時に、まるで男の足元の床が水と化したかの様、 
男が床…いや、影の中に沈み込んで姿を消す。 
ハウシンカ達の視界に其の姿は見えないものの… 
禍々しい殺気は尚も彼女達を捉えて離す事が無い。
「こいつ…聞いたことがある。 
 姐さん、気を付けて、こいつは…」
「わかってるっての。」 
ハウシンカが返す。 
その目は床に釘付けになってはいるが… 
次の瞬間、ハウシンカの背後から気配がした。 
かと思うと……
「キクククク!私はここです!!」 
声が聞こえたかと思いきや、男はハウシンカの足下から突然姿を現した。 
そして二本の湾曲した刀でハウシンカを斬りつけた。 
「っのわっ!」 
すれすれで交わす。 
しかし… 
「あー!ちょっと髪切れた!
 おまい、やっていいことと悪いことがあんだろが!あぁ!?」 
ほんの少し削れた前髪に目をやり、ご立腹なハウシンカ。
「な・に・を!虫の良いことを言っているのです! 
 貴女はこの美しいわたくしの額に下品な飲み物のフタを投げてよこしたではありませんか、おあいこです。」 
言いながら男はどこから取り出したのか、これまた派手な装飾のクシで髪をとかし始めた。 
ハウシンカの目の色が変わる。 
「わーった、わーった、なるほどねえ、髪は女の命、 
 てめーの命で償ってもらいましょ♪」 
ハウシンカがこれまたどこから取り出したのか、バットを取り出し、例のホームラン宣言のポーズを取り… 
「アンタあたしの邪魔したんだかんね? 
 言っとっけど、邪魔したら殺すから。
執筆者…is-lies、錆龍様
言うが早いか、男にすさまじい勢いで挑むハウシンカ。 
なるほど、これがレギオン達を煙に巻いた戦術か… 
ジップロックはそれを固唾をのんで見守った。 
鍔競り合うハウシンカと男。 
そして… 
「すばらしい!見かけに寄らず美しい貴女の太刀筋、気に入りました。 
 んしか〜っし!貴女は私のターゲットではない。」 
言うが早いか、すさまじい力で男はハウシンカをはじき飛ばし、 
彼女に強烈な蹴りを浴びせた。 
があっ!
はねとばされたハウシンカは部屋の奥の小さな窓に突っ込んだ。 
「姐さん!」 
すぐさまハウシンカの元に駆け寄るジップロック。
しかし次の瞬間… 
「わたくしの得物はJP-3、貴女です!」 
ベッドの脇の影から男がジップロックに飛びかかった。 
「おい」 
ハウシンカが呟いたその瞬間…
「こ、これは!?」 
男の体は宙に浮いたまま、まるでビデオの一時停止のように静止している。 
「かかったね!姐さん、今だ、早く!」 
ジップロックが叫ぶと、それに呼応してハウシンカが
側にあった「あるもの」を素早い動作で男の額めがけて投げつけた。
「ああ〜〜〜!!わ、わたくしの顔に、顔に…なんて事を! 
 おのれ…またしてもこのわたくしの顔にこのようなものを…」 
捕縛が溶け、男は低い声で呟くと、額に刺さった「それ」を引き抜いた。
プルタブだった。
「こ…こんな屈辱は初めてですよ…… 
 …ち……血が…ッ!!」 
額をさすった指にこびり付く僅かな血を見る男は全身を震わせながら、 
喉から振り絞った様に枯れ裏返った声を出す。
「あはは!やーいバーカ」
「くっ…其の廃棄品…… 
 成程、取り寄せた資料にあった力ですか… 
 厄介ですね……」 
男の台詞に、ハウシンカが「へー」と呟く。 
どうやらジップロックも伊達にレギオンだった訳ではなさそうだ。 
其れが一体、どんな能力なのかは聞いておいた方が良いだろう。 
後々で彼女の能力が戦闘以外でも、何かの役に立つ事があるかも知れない。
暫し、睨み合いが続くが、先に沈黙を破ったのは男の方だ。 
「…く…くっく……キクククク…まあ良いでしょう。 
 先のわたくしの不意打ちを回避する程の貴女と、其の廃棄品が組んでいる訳ですし、 
 分が悪い。 
 負け戦ほど美しくないものもありませんので、 
 今回は…退かせて貰いましょう。 
 併し…お忘れなく。わたくしはいつでも貴女方をつけています。 
 隙あらば其の首、即座に切り落としてくれましょう!キククククククク!!」 
高笑いをあげ、再び男が影の中へと消え去る。 
気配は……もう無い。 
男は完全にハウシンカ達の前から立ち去ったのだ。 
だが、最後にああ言う事で、対象の警戒心を増大させ、 
心身ともに疲れ果てさせ、其れからトドメを刺しに行くというのが男の狙いである。 
だがこの男は、ハウシンカという人間をまるで理解していなかった。
「あー、つかれた。 
 ささ、寝よ寝よ、明日は旦那んとこ行ってぇ、それから…」
…ハウシンカ・ドラグスクとはこういう人間である。 
当然の事ながら男のことは全く気にしていないし、 
そのうえ、先程割られた窓ガラスのことなど当然目に入っていない。
「ちょ、ちょっと姐さん!いいの? 
 今度いつ相手が攻めてくるかわかんないんだよ?」 
それをまだ理解し得ないジップロックからすれば、当然それは理解しがたいことである。
「ばーか、毎度毎度こっちに気い回してるわけねーだろ。 
 あいつだって寝るだろーし、便所にも行くだろーし、 
 飯食うだろーし、こっちのことなんかいちいち考えてねっての。」 
言うとハウシンカはベッドに横になった。
「あ、姐さん、あたいはどこに寝れば………?」 
「その辺好きに寝てちょ〜だい。」 
「だって…寝ろって…この床に?」 
「あたのぼー、モチのロンだよ。」 
「…ガラス落ちているけど…??」
返事は返ってこなかった。 
代わりに返ってくるのは地を揺るがすような低いいびき…
ジップロックは大きな溜息を吐くと、ベッドの足下のゴミを避けて、
華奢な体を折り曲げるようにして眠りについた。

執筆者…is-lies、錆龍様

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