リレー小説3
<Rel3.エーガ4>

 

「…?」 
ぼうっとした鈍い光を感じて覚醒した頭が、 
現在の状況を確認すべく瞼を持ち上げさせる。 
起きたエーガはまず自分が防寒具の中に居り、 
次にサリシェラの姿が視界内に無いという事を確認する。 
向こうに今のところ殺り合う気が無いとは知りつつも、 
やはり色々と不安もあったのか一先ずは安堵の溜息を吐く。 
テントの中の荷物や食料はそのままだし、 
防寒具は見ての通り、今自分が持っている。 
彼女もそう遠くは行っていないだろう。 
外の空気でも吸っているのかも知れない。 
そう考えるとエーガも無性に外に出たくなり、 
大きく伸びをしてから身なりを整え、 
緩慢とした足取りでテントから外に出た。

 

「うお寒ィー」
そう呟くと、エーガはテントの中に一旦引っ込み、毛布を羽織るようにして纏い、再び外へ出た。 
そしてあっさりと、彼女は見つかった。 
寒風吹き荒ぶ中、彼女は何をするわけでも無く、ただ呆っと、こちらに背を向けて立っていた。
「おはよーさん」 
声をかけるが、返事どころか反応さえない。
「(応答ナシ、ね)」
ちょっとだけ期待していたエーガは、微苦笑を漏らした。
「風邪ひくぞー?」 
これにも返答はない。 
エーガは「ふむ」と一言呟くと、軽い足取りで歩み寄ると、
羽織っていた毛布を無造作に彼女の頭上に落とした。
「………」 
と、サリシェラが視線をこちらに向けた。二人の視線が交錯する。
「寒いだろ?」 
彼の言葉に特に返事せず、彼女は視線を戻した。 
エーガはその反応に苦笑して肩を竦め、来た道をテントのほうへ戻った。
「―――」 
小さなその音に、エーガは彼女のほうへ振り返った。
「(『ありがと』……ね。ただの聞き違いかもしれねーが 
 ――ま、どっちでもいいや)」
思いながらエーガは眼を細めた。 
視線の先には、眩い光を放つ朝日と、毛布を肩に掛け直したサリシェラの姿。 
エーガは上機嫌に、声は出さず微笑った。
執筆者…is-lies、you様
…昨日、2人の歩みを遮っていた突風は、今では嘘だったかの様に消え去っている。 
やがて毛布を羽織ったままのサリシェラがテントを畳み始め、エーガもこれに倣う。 
途中、エーガから何度か話し掛けはするものの、やはり返答は無い。 
再び西へと歩くサリシェラ&エーガ。 
変わり映えのしない荒涼たる風景の続く荒野を歩き始めてから数時間が経った頃…
「……ん?」 
遥か前方に奇妙な形の岩を見付け、エーガが呟く。 
其れに気付いたサリシェラもエーガの視線を追い…一足遅れて其れに気付く。
「あれ、何だろーね?」 
サリシェラが興味を持ったと見たエーガが、 
そう言いながら彼女の方を向いた。 
途端、サリシェラの姿が掻き消える。 
荒野の乾いた空気を包んだ毛布のみがふわりと宙に舞っていた。
「んなぬっ!?」 
一瞬遅れて先程自分が向いていた方から轟音と土煙が上がっている事に気付くエーガ。
「何だぁ?何が起こった?」 
地面に落ちる前に毛布を掴み取ると、 
エーガは早速、件の土煙の方へと駆け足で向った。 
途中、地面に空いた幾つかの穴ぼこを発見し、 
其れが各々の間隔こそ長いものの、 
一直線に件の奇妙な岩へと続いていると気付いた時には、 
眼の前の土煙も晴れ、其の中に背を見せて佇むサリシェラを見付けられた。 
地面の穴の間隔から見ると、この穴はどうもサリシェラの足跡らしい。
(オイオイ…なんつー足してんだ…… 
  …これがこの子の能力……か?)
エーガも足の速さにはかなりの自信があったが、 
サリシェラの其れは明らかにエーガ以上…いや、人間のものですらなかった。 
何らかの特殊な能力と見てよさそうだ。
「ったく…ほら、毛布忘れて………」 
手にした毛布をサリシェラに掛け様とし、其処でエーガは手を止める。 
サリシェラが見詰めている先…… 
エーガが先程見付けた奇妙な岩の正体が其処にあった。 
其れは岩ではなくグシャグシャに潰れた巨大な金属であった。 
空から落ちて来たのか、良く見ると其の周囲はクレーター状にへこんでおり、 
更には無数の金属片が一面に散乱している。
「…………こいつは……… 
 …101便……か?」
地球の東日本から発った直後にテロリストにジャックされた航宙機だ。 
エーガの仲間のセート達はこの便丸の中でSFESとの死闘を演じ、 
連盟特殊部隊によって航宙機が攻撃されるまでに何とか脱出する事が出来た。 
8日程前に101便は火星の裏側に墜落したらしいが、 
まさか自分達がこうして目の当たりにする事になるとは想像出来なかった。
「っはぁ………マジに火星の裏側って事かぁ? 
 ……………どうしたもんか………!?」
いつの間にか… 
エーガとサリシェラは覆面の男達に取り囲まれていた。 
各々銃火器や刀剣類を構え、隙無く2人への距離を詰めて来る。
執筆者…is-lies
「ココ俺タチノモノ。 
 オ前タチ余所モノ、出テイケ」
覆面集団はエーガ達の周りを回りながら、 
徐々にその包囲を狭めていく。
「な、なんだコイツ等…」
「…迂闊… 
 …全然気配に気付かなかった… 
 まるで野生の獣みたい…」
だが、男達は二人を包囲したまま、なかなか攻撃してはこない。 
むしろ、彼等から感じる気配は、殺気というよりは、驚きや恐怖に近いものだ。
こんな場所でせっかく人に会えたのだ。 
エーガも出来れば戦いたくはなかったが、どう見ても落ち着いて話し合いが出来る状況ではない。 
已む無く、エーガがナイフを取り出した、その瞬間だ。 
一番近くにいた猫背の男が先に飛び掛ってきた。
「………ッ!!」 
しかし、 
相手の呼吸を読んだような鋭い攻撃ではあったが、 
それは何とも直線的で、芸のない一撃だった。 
エーガは左手でその攻撃を往なし、そのまま相手の腕を掴んで捻り、 
地面にねじ伏せると、直にその覆面を剥ぎ取った。
「な…! 
 コ、コイツ等は…」
 息を呑むエーガの視線の先には、覆面を剥がされた男の顔。 
 だが、その顔には、ひげや猫のものらしき獣の耳がついている。
「獣……人、ってヤツか……?」
 半ば呆然と呟いた次の瞬間、エーガの体が跳ねるように動く。 
 刹那、エーガのすぐ傍を銃弾が掠めた。
(うっお、危ね。悠長に考え事してる場合じゃなかった)
 すぐにそちらに向き直って投擲用ナイフを構える。 
 相手は警戒しているのか、攻撃は続かない。 
 そこでふと思う。
(今の銃弾、最初から外れてた? 
  傷つけるつもりは無い、っていうより、下手?)
 改めて彼等を見る。
(ビビりまくってるな)
 普通逆だろうに、と内心苦笑する。 
 警戒して追撃してこない、というより、今の銃撃を、撃った本人やその周りが驚いている様子だ。 
 だがそれもそんなには保たないだろう、と心の中で呟いた、その時。 
 ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。背後から感じる、殺気という名の慣れた感覚。 
 咄嗟に動いた。
「……何…?」
 言ったのはサリシェラ。 
 上げようとしていた手をエーガに掴まれた格好で停止している。
「何、じゃねぇ。今お前、殺す気だったろうが」
 半身をそちらに向け、しかし獣人達への注意は怠らずに、エーガが答える。
「…うん。……だから…何……?」 
「テメッ……!」
 さらりと言われたその言葉にエーガは怒鳴りかける。 
 が、状況がそれを許さない。
(くっ……!)
 二の腕に熱い衝撃。 
 ほんの掠める程度だが、銃弾によって右の肩口が抉られていた。 
 咄嗟に身を捩ってなければ、肩がイッていたかもしれない。 
 一瞬とはいえ注意を怠った自分に舌打ちをする。
(流石獣人、殺気には敏感だなクソッ)
 さっきのサリシェラの殺気で完全にスイッチが入ってしまったのだろう。 
 そして、いくら素人同然と言えど、この距離だ。偶然が起こらないほうがおかしい。
(それを必然っつーんだよ)
 痛みを誤魔化すため意味の無いことを思いながら、感覚だけはシャープにしていく。 
 牽制のために、右手に構えていたナイフを、取り落とさなかった自分に若干関心しながら二本同時に投げる。 
 すぐに左手にもナイフを構え、連続投擲。銃弾を、勘だけを頼りに避けて――
(あるいは、避けたんじゃなくて外れたのかもしれねーけど)
 ――長剣を構えた男の足を掃う。 
 そこでふと思い出し、視線だけ振り返り、手を突き出した。
「…………」
 制止するように腕を突きつけるエーガに、今度は何も言わず視線だけで問う。 
 エーガも習うように何も言わないでいると……と言っても間は1秒程だが
「……コイツ等は…敵……」
 端的な言葉だが、意味は解る。『なのに何故庇うのか』 
 説明してる余裕は無い。それをそのまま伝え、襲い掛かってきた男の体に拳を埋めた。 
 男が呻いて地面に伏すのを視界の隅に映しながら、続ける。
「とにかく、任せてくれ」
 返事は無い。そして待つこともしない。何しろそんな悠長なことはしていられない。 
 一歩踏み出し、先ほど地面に転がした長剣の男に蹴りを入れる。 
 銃弾が金の長髪を少し焦がした。 
 心の奥で冷や汗をかきながら、表面的には冷静に、ナイフを投げる。 
 命中。 
 とりあえず、厄介だった銃を持つ男は全滅。
(全滅、だと……?)
 思ってからその意味に気付く。銃を構えていたのは4人は居たはずだ。 
 チラと見やると、いずれも肩や足などにナイフが刺さり、銃を撃てる状態では無くなっている。
(さっき投げたナイフ全部、当たったのか)
 外す気で投げたわけではないが、あくまで牽制用。当たるとも思っていなかった。 
 ともあれ敵は残り数人。いずれも武器は刀剣。 
 エーガは軽く息を吸い、一瞬呼吸を止め、腰を落とした。
執筆者…Gawie様、you様
 そして、ものの数十秒で、残りの男達も全て地に伏した。 
 エーガは、特に外傷を負わせていない一人の背中に、腕を捻りながら圧し掛かった。
(敵は10人……)
 それを全て一人で倒したことになる。 
 サリシェラはただ立っていただけだ。
(アイツ、任せろって言ったら本当に『全部』任せやがった……)
 殺さずに倒してくれ、という意味だったのだが、とサリシェラのほうを見ながら思う。 
 彼女はゆっくりと、いずれも地に伏す男達に視線を巡らせていた。その無感情な瞳からは何も読み取れない。
(しかも、別に俺を信用して任せたワケじゃねぇな)
 彼女にとって自分は人質兼非常食。 
 流石に後者は嘘だろうが(というかそう信じたい)、その程度のモノでしか無い事は本当だろう。 
 こちらに何か考えがあるのを悟って、こちらの願いを聞き入れようと思った。 
 もしそれが失敗してこちらが死んでも構わない。その後自分の思うように、つまり殺せばいい。 
 そんな感じなのだろう。つまり、「どちらでも」よかったのだ。 
 何だか暗い気分になってきたので、元の考え――サリシェラの事から自分の事――に戻す。
(できすぎ、だな……)
 自分が倒した男達を改めて見ながら思う。 
 できすぎというより、本来絶対不可能なはずだ。いくら相手が素人じみていて、連携も何も無かったとしても。 
 10人という数だけでなく、相手は身体能力では人間を上回る獣人なのだから。
『今の』俺なら、絶対に不可能……。「だった」
 胸中で呟き、視線を彼女に戻す。 
 そう、だが実際に自分は其の不可能を実行した。
「グ……ゥゥ……!」
自分の体の下から聞こえた呻き声で、思考を中断させられ、同時に思い出す。
自分が組み伏せている男の事を。
「悪く思わないでくれ、仕掛けたのはそっちが先だからな。 
 俺達はお前等に危害を加える気は無い――」
言ってから気付く。
「――『無かった』。 
 お前等のナワバリを荒らす気も無い。ただの遭難者だからな。 
 まぁ、この状態で言っても説得力無いが、信じてもらうより他無い。 
 意味は、解るだろう?」
含みを持たせて言う。 
相手はYESともNOとも取れない呻きを上げただけだが、エーガは勝手にYESだろうと解釈し、続けた。
「…お前等は何者…って、こりゃ別にいいや。 
 俺達はお前等の素性を知りたい訳じゃないからな。 
 お前等はどうやって此処に来たんだ?」
「…………」 
獣人は何も喋らない。
「ンなカタくなるなよ。 
 良いか?俺達は遭難してるだけなんだ。 
 早くこっから出たいんだ。 
 アテネ、イオルコス、アレクサンドリア…何処でも良いから、 
 開発区域の方まで戻りたいんだよ。 
 お前等は此処に住んでるみたいだが、 
 水や食料をどっかから調達して来てるんだろ? 
 其の場所だけでも良いんだ、教えてくれ」 
そう遠くは無いはず… 
遠ければ其の為の移動手段を彼等は持っている筈だ。 
何とか話し合いで解決しなくてはならない。 
いつにも況して慎重に話し掛けるエーガに対し、 
獣人は暫しの黙考の後、其の重い口を開いた。
「……お前達は…… 
 『白き翼』なのか…?」
執筆者…you様、is-lies
「?何だそりゃ?」 
白き翼。
そんなものは聞いた事も無い。 
そもそも此方の質問に答えていない。 
そんな事は良いからと言うエーガの言葉は、 
だが既に獣人には届いていなかった。 
獣人が其のギラついた瞳を向けているのはサリシェラだった。
「………其の女…眼の色が変わった。 
 お前は知らずとも、そっちの女は知っているみたいだな… 
 …なら残念だが教える訳にはいかない。……殺せ」 
あまりにも一方的に話を終わらせようとする獣人。 
流石のエーガもこれには焦らざるを得ない。
「お、オイちょっと待てよ! 
 そんな…訳が解らねぇぞ!?」
「…恨むなら其の女を恨むんだな。 
 其の女は知ってはいけないものを知っている。 
 この荒野で朽ち果てるが良い」 
死の宣告を言い放つ獣人。 
エーガは歯をギリっと鳴らし、何とか取り付く島を探そうとするが、 
そもそも相手の言っている『白き翼』とやらが、 
何の事なのかすら解らない現状では出来る筈も無かった。
「………お前等、白き翼の仲間? 
 ……なら手土産が増えた……かな?」 
ぼやきつつサリシェラが倒れ伏している獣人の前で屈み込み、 
其の首を掴む。いつかのエーガにした様に。
「ちょ…何を…?」
「……ごーもん。 
 …殺せって言ってる位だからあまり効果無いだろうけど…」 
件の眼で…そう、エーガが最も嫌う冥い瞳で獣人を見下し、 
淡々とサリシェラはエーガへと告げた。 
だが今度はエーガも彼女に退かない。 
「……お前なぁ、いい加減にしろよ?」 
冷ややかに簡潔に…だが併しありったけの怒気を込めた其の言葉に、 
サリシェラの方も伏せていた顔を僅かに上げてエーガを見詰め返す。 
そんなエーガ達を見、早く殺せの意を込めてか、 
サリシェラに首を掴まれていた獣人が、彼女の頬に唾を吐きつける。 
当の彼女は其れも動じずにやはりエーガを眺めるのみ。 
だが彼女の曇った瞳を突き付けられたエーガは更に一層眉間に皺を寄せる。 
一触即発 
正にそんな感じの其の時。
執筆者…is-lies
「…弱き者とばかり思っていたが… 
 成程。心の強さは十二分だな。 
 …私の監視は必要なかったか」
灰色のロングコートを纏った長身の男が、 
墓標の如く荒野に突き立った航宙機の残骸の上に立っている。 
エーガやサリシェラは獣人達に加え、 
この男の存在すらも感知出来なかったという事か…
「……… 
 ……もしかして…貴方…白きつば…」 
だがサリシェラの其の科白を遮る様に男が言う。 
「SFES如きに名乗る名など無い。 
 其れよりも貴様等、大人しく投降して貰おうか」
(…?白き翼?…もしかして組織の名前か? 
  ………まさかセレクタ以外の反SFES組織とか…… 
  …いや、名前すら聞いた事ねぇ……サリシェラは知ってるみてぇだけど…) 
 …ちょっと待てよ。取り敢えずお前誰だ?」 
エーガにしてみれば白き翼だろうが何だろうが興味無く、 
そんなものと関わり合いになるより、 
今はただただこの荒野から抜け出したい気持ちで一杯なのだ。 
警戒しきった先の獣人達より、この男は落ち着いて見える。 
これなら話し合いで何とかなるかも知れないと踏んだのだが…
「言った筈だ。SFES如きに名乗る名など無い。 
 …繰り返すぞ?大人しく投降しろ」
「……ちょい待て!俺はSFESじゃねぇ!! 
 土台、白き翼ってのも何の事なのか解んねーつーの!!」
「…………巻き込まれたのか?不運だな。 
 だがSFESと同行し、白き翼を知った以上は捨て置く訳にもいかなくてな…」
やはり聞き入れてくれない。 
投降となれば一応は何らかの施設に連れて行かれるのだろうが、 
其処で何をされるのかまでは解らない。 
だがこの荒野で屯するよりは遥かにマシというものだった。 
エーガは一歩だけ男に近付くが、 
サリシェラの方は倒れた獣人の首から手を離そうともせず、 
現れた男の方をじっと眺め続けている。
「………ならばSFESの女は実力行使で同行願おうか」
男の姿が消える。 
跳んだ。 
そう感じてエーガがサリシェラの方へと視線を向けると、 
既にサリシェラと男は激しい攻防を繰り返していた。 
どちらも体術を用いて確実に相手の急所を狙って攻撃している。 
其の攻防の早さはエーガの眼にすら止まっていない。 
…いや、サリシェラの動きはまだ解る。 
両腕だけが全く眼に留まらないが全体的な体の流れは把握出来る。 
だが男の方は動きが殆ど見えない。残像を眼の端で捉えるのがやっとだ。
(オイオイオイオイ…洒落になってねぇぞ?)
青褪めながら…其処でエーガは気付く。 
サリシェラは先程、獣人の首を握っていた筈だ。 
だが今、サリシェラは男と対峙して戦っている。 
獣人を人質には出来なかったのか? 
エーガが先の獣人の方に眼をやると、 
其の獣人の首には、サリシェラの手首だけが其処にあった。 
慌ててサリシェラの方に視線を向けた時には、 
既に彼女の腹に男の拳が深々とめり込んでいた。 
一撃。サリシェラは其の眦を決し、 
血反吐を吐きながら其の場に倒れ伏した。 
先程は動きが早過ぎて見えなかったが、今なら見える。 
予想通り、彼女の片腕は手首から先が無くなっていた。
「…分不相応な力を持った故か…脆いな。 
 ………安心しろ。殺してはいない」 
息一つ吐かずに、何という事でもなさそうに男が言った。
そして、 
「さて…そっちの男。 
 大人しく投降するか? それとも…」 
エーガの方を向き直り、再度投降を促す。
「どう言ったら解ってくれるかねェ。 
 おたく等なにか激しく勘違いしてると思うぜ?」
「勘違いしているのはお前だ。 
 交渉の余地はない。 
 こちらが与えた質問に素直に応えろ」
(…こいつ等…何焦ってんだ? 
  てか、いきなり「白き翼か」なんて言われたら 
  誰だって怪しむだろっての、普通…)
「沈黙は拒否と見なすが…」
「OKOK。 
 解ったよ。投降する」 
エーガは手に持っていたナイフをその場に落し、 
更に袖やポケットの中に隠し持っていたナイフも全て取り出すと、 
上着を脱いでバタバタと振るってもう武器は持っていない事を見せ、 
そして両手を挙げて投降の意思を示す。
「連れて行け」
男が指示すると、 
獣人達は無抵抗のエーガと倒れたサリシェラを拘束し、ジープに乗せて走り出した。
男はそれを見送った後、 
いきなり崩れ落ちるようにその場に膝をついた。 
(…ぐ…… 
  …内臓、毛細血管、全身の損傷が激しい… 
  リミットを遥かに超えていたか… 
  だが、こうでもしなければ勝てなかった… 
  流石はセイフォートだ。 
  後、2秒戦闘が長引いていたら、こちらが自滅していたな…)
サリシェラとの戦闘に余裕で勝利したかのように見えたが、 
実は立っているのも困難なほどに消耗し切っていたのだ。
執筆者…is-lies、Gawie様

場所は変わってジープの中――
(さて……と)
エーガは心の中で呟いて、今一度自分の置かれた状況を確認した。
(さっきの男は、乗ってない。運転席には獣人が二人。 
  他のジープは前に二台、後ろに二台か。んでもって)
自分の背中、正確には後ろ手に縛られているその手を見る。
(随分とまぁ厳重な結び方だこと。 
  解けないことも無さそうだが……相当骨が折れるな、こりゃ)
拘束を解いてジープを奪い、そのまま逃走。それが、最初に思い浮かんだことだった。 
だが、拘束がきつい上に、他のジープで囲まれているこの状況では、得策とはいえない。
(そもそも、ンな簡単にできるもんでもねーしなぁ……)
嘆息し、両腕の自由を奪っているロープを恨めしげに見た。 
そしてすぐに頭を切り替える。駄目と解ったことをいつまでも引きずっても意味は無い。 
ここはとりあえず、流れに身を任せるしかなさそうだ。 
最悪でも、殺される事は無いだろう。
(それに、「白き翼」ってのに、興味が無いわけでもない)
「興味本位」ということの危険性は十分承知している。 
だが、この状況では仕方ない。寧ろ、この状況に甘んじている自分に対する言い訳のようなものだ。 
我ながらツマラナイことを考えているなと思いつつ、視線を転じた。その先には、未だ意識を取り戻さない少女がいる。
(『究極の執行官』か)
いつだったかライーダが言った言葉を思い出す。確か、この少女と初めて出会った時だったか。
(解っちゃいたが、やっぱ目の前で見るとスゲーな。ほとんどバケモノだぞ、ありゃ)
先程の戦闘が脳裏に浮かぶ。 
「ギリギリ」目視できた体捌きでも十分人間離れしているのに、腕の動きに至っては全く見えなかった。 
おそらく何かの能力だろうが、恐ろしいことに変わりはない。 
相手の男は言うに及ばず。最早人外の世界だ。
(つーか俺、よく生きてるな)
昨夜の「あの時」、殺されてもおかしくはなかった。 
それを改めて再確認した。 
同時に、何故殺されなかったのか、何故抵抗すらしなかったのか、という疑問が湧いてくる。 
今朝は、なんとなく聞けなかった。もう今更聞ける機会も無いだろう。
(寝顔は普通の女のコなんだがなー)
心の中で呟いて、その少女の寝顔を見つめる。

 

――お前の望みは何だ? 
(なっ……!)
――次の任務だ、―― 
――貴様は人形だ。いいな 
――お兄ちゃん 
(やめろ、思い出すな!)

 

止まらない思考、溢れ出す記憶。 
それらに自制をかける。過去、幾度となくやってきたように。
(だから、やめろってーのに……)
止まれ止まれ止まれ。 
命じて、無理やり思考を切り替える。 
一番最初に思い出したのは、彼の仲間の事だった。
(あいつ等、心配してっかなぁ)
イオルコスに行くことは伝えたから、レオン達を通じて行方不明なことはすぐに気付くだろう。 
セート辺りは周りが逆に心配する程心配してそうだ。 
そんなことをぼんやりと思う。先程の思考とも呼べぬ思考は、なんとか頭の隅に押しやった。
その時突如、車が停止した。
執筆者…you様
「降りろ」 
隣りに座っていた猫顔の獣人がそう言って、 
エーガのロープを引っ張りながらジープから降り、 
もう一人の獣人も気絶したままのサリシェラを担ぎ上げて降ろした。
辺りを見ても、今まで通りの別に何もない荒野があるだけだ。 
立っている場所は少し小高い崖のような場所で、 
下を見下ろすと、直径200m程のクレ―ターのような盆地が広がっている。 
こんな所に連れて来て何をするつもりなのだろうか。 
アジトに招待されたのではないとすれば、 
もう一つの可能性が濃厚になってきた。
「…まさか、 
 ここが俺達の墓場になるとか言うつもりか?」
「ふん、出来ればそうしたいところだ。 
 …外の者、しかも人間をここに入れたくはないのだが…」
言いかけながら、獣人達はエーガ達を連れて崖を下り始めた。 
すると、少し下ったところで突然足元の視界が乱れ、 
唯の砂と岩石ばかりだった盆地に、まったく別の風景が現われた。 
今まで見ていたのは立体映像のカモフラージュだったのだ。 
そんな科学技術の防壁とは裏腹に、そこあったのは草木が茂り、 
花や農作物もある原始的な作りの小さな村であった。
「パパ〜!」 
叫びながら村の方から子供が二人走ってくる。 
見れば猫耳に尻尾、子供もやはり獣人だ。
「…ここは、獣人の村か…」
「お前達人間の支配を逃れ、
 それまでの文明を捨て、新たに創り上げた我等の楽園だ。 
 本来なら人間を招き入れたくはない」
「でも、さっき人間の仲間がいたじゃねェかよ? 
 (てか、ありゃ人間ってよりバケモンだけど…)
「………多少の例外はある…」
猫顔は依然としてエーガ達を毛嫌いしたような様子ではあったが、 
駆け寄って来た獣人の子供を抱き上げると途端にその顔を緩ませた。
「パパお帰り!」 
「ああ、ただいま」 
「その人だれ? リッツやジュネの友達…? 
 ……じゃ…ないみたい…」
猫耳の子供はエーガの顔を見ると、 
何かを感じ取ったように脅えたような顔をした。
「お父さん達はまだやる事があるから、 
 お前達は家に帰っていなさい」
予期しなかった和やかなムードに、 
エーガも幾分か緊張を和らげ、獣人達に軽く微笑んでみせた。 
だが、直に猫顔は「馴れ馴れしいぞ」という風な険しい表情でエーガを睨み返すと、 
後は無言のまま、乱暴にエーガのロープを引いて、 
村の中央の一番大きな建物に入っていった。
執筆者…Gawie様

「ジュネ、連れてきたぞ」
「おう、ご苦労さん。 
 リツィエルから連絡は聞いている。 
 悪いけど、お前等は外してくれ」
「…分った」
建物の中で待っていたのは、 
歳は30歳くらいで、やたらと声の大きな恰幅の良い感じの、人間の男だった。 
獣人たちが立ち去る待ってから、男はゆっくりと立ち上がり、入口の戸を閉めた。
「…さてと…」 
何故か男はエーガの拘束を解き、
「俺たちをどうするつもり…」
「その前に、ほらよ」 
エーガの質問を遮り、なにやら小袋を手渡した。
「痛み止めだ。 
 そっちの子に使ってやんな。 
 まぁ、そいつはそれくらいじゃ死にゃしないだろうが、 
 痛みは感じるだろうからなぁ」
小袋の中から出てきた注射器を見てエーガが訝しむ。 
「そう言われても信用は…」
「オレはジュネーヴァ! 
 見ての通り、獣人支援のボランティアをやっている!」
またしてもエーガの質問を遮って、男が勝手に自己紹介をする。 
何となく相手のタイプが掴めてきた。 
エーガはジュネーヴァと名乗った男から受取った痛み止めをサリシェラに施し、 
そして、男の真向かいに椅子に座った。
「俺はエーガ。 
 見ての通り、唯の遭難者だ」
「ハハハ。 
 でもちょいと説明してもらわないとな。 
 まず、そっちのSFESの女とお前どういう関係なんだ?」 
「俺の女だ」
「ほぉ、 
 で、こんなとこに何しに来たんだ?」 
「だから、デート中にスペースクルーザーが墜落して遭難したんだよ。 
 俺達が捕まった場所から東に30kmくらいのところを調べりゃ分ると思うぜ」
「そうだとしても、 
 ハイそうですかとはいかないんだよな。 
 この村を見れば解るだろ? 
 とりあえず、持ち物は調べさせてもらうぜ」 
そう言って男はエーガ達が持っていたサバイバルツールの入った袋をテーブルの上に広げた。
「…テントに、 
 固形燃料、 
 毛布一枚、 
 食料…… 
 …お前等、本当に遭難してたのか…?」 
「だからそう言ったろ?」
「ひょっとしてバカか? 
 こんな装備で…火星をナメんじゃねェぞ!」 
と、男が空になった袋を持ち上げたその時、 
袋の中から白い水晶玉のような球体が転がり落ちた。
執筆者…Gawie様
「ん? 何だこりゃ? 
 …結晶、だな…」 
 綺麗だし純度も高そうだ。 
 ………… 
 おい、こりゃ一体何処で手に入れた結晶だ?」
エーデルヴァイスが見付かってしまった。 
折角セレクタから盗み出した超結晶だ。 
本当の事を話して没収されてしまっては元も子もない。 
かといって相手はSFESにも或る程度精通していそうな集団。 
反SFES組織であるセレクタや、其の周辺の事も知っているかも知れない。 
そんな相手に下手な嘘を吐いてしまえば、心証を損なう事必至。 
そして其れは火星の裏側という地域からの脱出を難しくするという事をも意味する。 
いや、脱出する云々以前に、獣人に拳を振るった角で私刑に掛けられる可能性もある。 
ともすれば真実を語るのも下手な嘘を吐くのも禁物。 
だがエーガはジュネーヴァが質問をする前の、数秒の沈黙が気になっていた。 
何か考えていた様な……もしかしたら思い過ごしかも知れないし、 
もしかしたら結晶の正体を知りながら鎌を掛けているのかも知れない。 
併し幸いにしてドイツ秘宝エーデルヴァイスは、 そんなに有名という訳でもない。 
聞かれた事にのみ、あまり突っ込まずに答えていれば問題は無い。 
普通ならそうだ。
「俺のモンじゃねぇよ。 
 知人…つーか腐れ縁か?そいつから借りた物だ。 
 あ、傷付けないでくれよ」
「おっと、悪ぃ悪い」 
ジュネーヴァは手にした超結晶をテーブルの上にそっと置き、 
再び持ち物を探り始める。どうやら気付かれなかった様だ。 
考えてみれば当然だが、 
やはり相手がどれだけ事に精通しているか解らず… 
しかも生死が掛かっているかも知れない状況の中では冷や汗物だ。
「……なんつーかな。綺麗になんもねーって感じだ。 
 良く生き延びられたもんだ。 
 俺達と出会えた幸運に感謝するこった」
「全くだ」
「ま、こんなだったら問題はねぇか。 
 ちょいと此処で待ってろ」 
そう言うとジュネーヴァは、 
テーブルに広げた道具を再び仕舞ってエーガの側に置くと、 
彼を残して部屋から出て行った。
「……(バレて…ねぇよな?)
再度不安が沸き起こる。 
もし相手が超結晶の事に気付いても、 
先の返答ならまだ何とでも言い訳は出来る。 
だが没収されるという事態にだけは発展して欲しくない。 
何時に無く自分が弱気になっている事にエーガは気付いた。 
白き翼の男とサリシェラの、数秒の戦闘… 
流石にあんなものを見た後では其れも仕方が無いだろう。 
人間にあらざる者達…彼等が求める八姉妹の結晶… 
其の中に人の身の己が飛び込んでいる事を改めて認識し直す。
(…だがな、俺だって引けないモンがあるんだ)
エーガがそんな考え事をしている内に、 
コンコンと軽いノックをして扉を開け、背広姿の老紳士が部屋へと入って来た。
「お客様、お待たせ致しました。此方へどうぞ」
「ん?ああ……なぁ、この子は?」 
荷物を持って老紳士について行こうとしたエーガだったが、 
如何に子供とは言え、荷物のある今、気絶した人一人持って行くのは難儀だ。 
エーガの重力制御能力を使えば全く問題無いのだが、 
流石にこんな場所で自分の能力を見せびらかす訳にもいかない。
「其の娘の事はお気になさらず。 
 さあさ、此方ですぞ」 
老紳士は一方的に言うとくるりと踵を返して扉の奥にある通路へと出た。 
遅れてはマズいとばかりにエーガも其の後を追って部屋から出るが、 
ふと其の足を止め、床の上で横になっているサリシェラの方を見る。
(………又、会えるかな……?)
静かに扉を閉め、エーガは老紳士に導かれるまま歩き始める。
執筆者…Gawie様、is-lies

執務室の様な部屋に通されたエーガは、 
此処で再び先の男ジュネーヴァと対峙する事となった。 
机の上には幾つものファイルが散らかされており、 
お世辞にも片付いている部屋とは言えない。 
だが部屋の主たるジュネーヴァは其れも気にせず、 
1枚の紙切れを片手で弄びながら言う。
「おう、来てくれたか。まあ楽にしてくれ。 
 取り敢えずはお前さんの言う事を信じさせて貰うぜ。 
 お前さんはSFESの彼女とデートしてて事故ったと… 
 スペースクルーザーとは豪勢な事だ。SFESのか?」
「多分。アイツが持って来たモンだから良くは知らねぇが」
「…成程ね。 
 で、もうちっと教えて欲しい事があるんだよな。 
 ………お前さんは何処の誰なんだ?」 
改まって聞いてくるところをみると、 
やはりまだ何か怪しんでいるのだろうか。 
だが、エーガには無難な回答が用意されていた。
「さっき言った。 
 名前はエーガ。 
 エーガ・カゲヤマ、24歳。 
 国籍はドイツ。職業は古美術商」
セレクタの偽装工作が役に立った。 
身分証も持っていれば完璧だったのだが、 
それは途中でセートに預けてしまっていた。
「ドイツか… 
 あの国なら戦前の人物データバンクも結構無事に残ってるらしいから、 
 調べてみりゃ分かるな。 
 ちなみに俺は国籍はない。 
 以前の戦争で人物データがぶっ飛んじまったクチさ。 
 以来こうして放浪生活。気楽なもんだが、 
 時々、ちゃんと国籍がある奴が羨ましいって思うこともあるんだぜ」 
ジュネーヴァは自分から質問しておいて、 
自分の方が聞いてないことまで答えている。 
悪い奴ではなさそうだ。
「…って、聞きたいのそこじゃねェ。 
 SFESの彼女だが… 
 お前SFESをどこまで知ってるんだ? 
 てか、SFESと知って付き合ってるのか? 
 だとしたら… 
 お前、マニアックというか、ゲテモノ食いというか…」
「か、関係ないだろ、それは。 
 たしかにSFESの噂は聞いたことはあるけど、気にしてない。 
 それよりゲテモノってどういうことだよ? 
 あんたの方が…唯のボランティアが、 
 SFESに詳しいのも不自然じゃないのか?」
「あ、ゲテモノは言いすぎだったな。 
 いや、気にするな。 
 こっちも詳しく知ってる訳じゃないから聞いてんだ。 
 まぁ、知らねェならいいか。 
 それと… 
 さっきの結晶、もう一回見せて貰えるか?」
そう来たかとエーガは少し緊張した。 
専門的な調査をされたら嘘の吐きようがないのだ。 
だが、下手に警戒して怪しまれるのも避けたい。 
仕方なくエーガは素直に袋を開けて結晶を手渡した。
「美術商なら珍しい結晶も持ってるだろうけど、 
 まぁ、一応な。 
 ランディナス、これ見てくれ」
「かしこまりました。 
 では、失礼しまして…」
ランディナスと呼ばれた老紳士はジュネーヴァから結晶を受け取ると、 
一度別室に入り、直ぐに何かの測定器のような小さな機械を持って戻って来た。 
そしてそれを結晶に向け、そのディスプレイに表示される数値に目を凝らしている。
「…ほう、これは…」
執筆者…is-lies、Gawie様
(バレたか…?)
「すばらしい数値…」 
ランディナスは測定しながら頻りに「ほうほう」と感嘆の声を漏らしている。 
エーガとジュネーヴァが息を飲んでその鑑定を見守る。
「ふむ、これは… 
 恐らく、アリエスに分類させる超結晶ですな。 
 現在確認されているアリエスの中でも特に良いモノではないでしょうか。 
 すばらしいモノです。どうぞ大切にして下さい」
「え……?」 
ランディナスの鑑定を聞いて、 
エーガは思わず、驚いたような拍子抜けしたような声を上げてしまった。
「ん? 
 どうなされましたか?」
「い、いや…何でもない…」
「で、ランディナス。 
 この超結晶の効果はどうなんだ?」
「はい、超結晶は何れも高いエーテル波を放出しており、 
 中には八姉妹の結晶にも匹敵するほどの魔力を秘めているものも御座います。 
 ですがその効果の程は未だ解明されていないものが多いのが現状ですな。 
 この結晶も、僅かにジェミニの反応がある以外はこれといった効果は…… 
 アリエスには肉体の回復力を高める効果があるという研究結果もありますが、」 
 実の所、その高いエーテル値に見合うほどの効果が現れたという事例は、 
 残念ながら今のところありません」
「ってことは、やっぱ美術品か?」
「左様でございます」
「良かったな、宝石屋。 
 高く売れそうじゃないか。 
 ほらよ、大事な商品を返すぜ」
「あ、あぁ…」 
エーガはジュネーヴァから結晶を返してもらうと、 
その動揺を表情に出さないようにしながら、 
結晶を布で軽く拭いて袋の中にしまい込んだ。
(…エーデルヴァイス… 
  八姉妹の結晶じゃ、なかったのか…? 
  …くそ、ユニバースに騙された… 
  いや、俺が早とちりしただけか… 
  はぁ…このところ本気でツいてないぞ、俺…)
一瞬ユニバースがヤラしい訛りで嘲笑う様子を脳裏に浮かべ、 
脱力するように、エーガは椅子に腰を下ろした。
「とりあえずは問題なしだな。 
 だが、直ぐに帰してやる訳にもいかねェし。 
 しばらくこの村でのんびりしてけや」
「しばらくってどのくらいだよ?」
「さぁ、どのくらいになるかなぁ」
「逃げるかもしれないぜ」
「逃げたところで、飢えと寒さで野垂れ死ぬだけさ。 
 尤も、お前は彼女を置いて逃げるような奴に見えないし。 
 それと一応言っとくが… 
 この村の平穏を乱すような事をしたら俺が許さねェ… 
 まッ、ここの暮らしも悪くはないぜ。 
 あの彼女の事も心配すんな」
そう言い残すと、 
ジュネーヴァと老紳士ランディナスは別室に消え、 
エーガは部屋に放置された。
執筆者…Gawie様

その日、
鶏小屋のある納屋に寝床を与えられ、エーガはそこで一晩を過ごした。 
まだ暗い内にけたたましい鳴き声で叩き起こされた事と、 
鶏糞の臭いが気にはなったが、極寒の荒野で野宿するのに比べれば、 
遥かにマシである。贅沢は言っていられない。

 

エーガは干草のベッドから這い出すと、 
樽の水で口を濯ぎ、鶏小屋から産み立ての卵を一つ拝借し、それを朝食にした。 
ふと、数人の足音が納屋の方に近付いてくるのが聞こえた。
「……………のか?」 
「大体リツィエル! 
 お前がもっと上手く誤魔化してりゃ、 
 こんな面倒な事にはならなかったんだよ!!」
何やら言い争いをしているようだが、 
ジュネーヴァの大きな声が聞こえるだけで、内容は聞き取れなかった。 
エーガが外に出てみると、
「よ、起きたか」
そこにいたのは、 
ジュネーヴァとランディナス、 
昨日エーガ達を捕らえた男、恐らくリツィエルとはこの男のことだろう。 
そして彼等に連れられているサリシェラの姿もあった。 
包帯を巻かれた手首が痛々しい。 
首には金属製の首輪のようなものが取り付けられている。 
勿論、ネックレスをプレゼントされた訳ではないだろう。 
何らかの発信機か拘束具の類であると考えられる。 
それ以外は、特に何かをされた様子はなさそうだ。
「ほら、彼女を返すぜ」 
ジュネーヴァがポンと軽くサリシェラの背中を押す。
「暴れないようにちょいと細工させてもらったけどな。 
 だって恐ェだろ?その子。 
 それと……」 
「オホン!」 
まだ何かを言いかけたジュネーヴァを、 
わざとらしい咳払いでリツィエルが遮る。
「昨日はすまなかったな。 
 何せ、外部の人間がここに来るのは初めてだったから、 
 此方もこういう対応を取らざるを得なかった」
「此方の都合で大変恐縮では御座いますが、 
 今しばらく私共に従って頂きます」
「まぁ、そんだけだ。 
 問題起こさなければ、食うのと寝るのは不自由させねェよ」
それだけ言い残して、 
三人はエーガ達を置いてその場を立ち去った。
それから昼まで、エーガとサリシェラは何をするでもなく村の中を見て回った。 
相変わらず獣人達はこの招かれざる客を警戒して遠巻きに様子を窺っている。 
今はまだ気にすまいと、二人は村の中心の広場にある木陰で腰を下ろした。
「…長閑だねぇ…」 
火星とは思えない眩しい木漏れ日と、軟らかい風。 
遠くで戯れている子供達。 
不貞腐れたような顔をしながらも大人しく傍らに付き添うサリシェラ。 
それらがエーガに久しぶりに和やかな気分を与えた。 
科学技術で守られた箱庭のような環境であるとは言え、 
こんな平和な場所は他にはないだろう。
「…楽園か… 
 でも、これって、 
 現実逃避だよなぁ…」 
甘い倦怠感すら感じてしまう空気に身を任せながらも、 
エーガは落ち着いて今一度状況を整理してみた。
ここは嘗て人間の支配から逃げ出した獣人の村。 
おそらく、ここの存在は火星政府も知りえないだろう。 
見聞きしたところ、十数年前には既にあったようだ。 
だが、ここだけ自給自足するには規模が小さすぎる。 
そのためにジュネーヴァ達がいて、どこかで外部との繋がりがあるのだろうが、 
飛行機や宇宙船が出入りするような気配はない。 
密かに行っているとしても、十数年もそれを維持するのは容易くはない。 
それには相当なバックボーンが必要である。 
初めに言っていた白き翼というのがそれと見て間違いないだろう。 
ジュネーヴァが言うような唯のボランティアであるはずはない。 
ランディナスがやってみせた超結晶の解析にしても、 
そこいらの専門家が簡単に出来るようなものならエーガも苦労はしない。 
そして、サリシェラに重傷を負わせたリツィエルの強さ。 
やはり、白き翼は、SFESと同等以上の組織だと考えられる。 
そうなれば…
「…脱出は、まず不可能だな…」 
脱出は不可能。 
仮に逃げる事が出来たとしても今のエーガはセレクタにも追われる身だ。 
あとはもう残る手段は唯一つ、セレクタでもそうしたように、 
連中に取り入って、チャンスを伺うだけだ。
いや、むしろエーガにとってはセレクタにいるよりも本来の目的に近付けるかもしれない。 
ふと、仲間の事を思い浮かべながらも、エーガはかなりの長丁場になる事を覚悟した。
「ま、なるようになるさ」 
気を取り直し、エーガは立ち上がって背伸びをした。 
と、その時、背後に小さな気配を感じた。 
振り返ると、木の後ろから顔を覗かせていたのはウサギ耳の子供だった。 
エーガが突然立ち上がったので驚いたのだろう。 
ビクビクしながら、ウサギ耳がエーガに布の包を手渡した。 
開けてみるとパンが二つ入っていた。
「お、サンキュ」 
エーガが笑顔で応えると、 
ウサギ耳は今度は鍬と鶴嘴を足元に置いて、無言で走り去った。
「…はいはい、働けってことね」
執筆者…Gawie様
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