リレー小説3
<Rel3.エーガ1>

 

 

クノッソスに於けるセレクタの集合まではまだ時間がある。 
セレクタの一員、エーガはナクソス島で時間を潰していた。
ナクソス島… 
クノッソスがあるクレタ島の北部に位置し、 
撓わに実った葡萄で上質の葡萄酒が造られており、 
其の他にもあらゆる酒が揃えられ、泥酔天国とも言われる島である。 
火星のポリスにある各酒は其の3割近くがナクソス島の出で、 
世界に名を轟かせる酒豪も、殆どがこの島に訪れている程だ。 
そんなナクソス島の町には、言うまでも無く酒場が溢れ帰り、 
其の彼方此方から芳醇な香りを感じる事が出来るだろう。 
又、レアメタルの発掘地としても有名であり、 
アダマンチウム、ミスリル、ヒボタニウム等が大量に産出されている。
「マスター! もういっちょ追加!」
「…お客さん良く飲むね。 
 こう言っちゃ難だけど気分悪くならないんですか?」
「大丈夫大丈夫。俺、酒はかなり強い方だからさ」
この酒場宿を開いてあまり経っていないマスターの視線にも構わず、 
差し出された酒をゴクゴクと豪快に飲むエーガ。 
外見は長い金髪をした若者だが、其の飲みっぷりは中々のものだ。 
明日にはクノッソスにセレクタ全員が集合する。 
よってナクソス島での最後の1杯を楽しんでいる真っ最中であった。 
無論、何も飲んで時が来るのを待っていただけではない。 
地球の破滅現象が或る程度落ち着いた事…… 
近々、火星帝主宰の火星独立記念日が、 
アテネ西部のポリス・コリントスで行われるという事… 
…様々な情報を入手していた。 
酒場町だけあって其れなりに情報も集まっていた訳だ。
「さて、そろそろ行くかな……マスター勘定!」
空のボトルで埋め尽くされた席を立ち、 
勘定を済ませてからエーガは店を後にする。 
マスターは貰った札束を握り締めたまま、 
バッカスの化身の如き男の後姿をただ呆然と見送っていた。
執筆者…is-lies

「エーガさん、遅過ぎですよー! 
 ……一体、何杯飲んでいたんですか?」 
酒場の外で待っていたセレクタの一員ライーダが、 
間髪入れず、出て来たエーガに話し掛ける。 
セレクタの一員といえど外見は10代後半の少年であり、 
身に纏った術師のケープが無ければ、完全にただの子供にしか見えない。
「んー…まあ良いじゃないかそんな事。 
 …っかし、ふぅー飲んだ飲んだ。この島の酒は絶品だな。 
 ……出来ればもーちょい滞在したかったが… 
 明日にゃクノッソスに集合だからなー。まー仕方無いか」
「はぁ…マジメにやって下さいよぉ…… 
 ……SFES、今は大人しくしていますけど… 
 又、いつ動き出すか………」
「SFESねぇ…確かに101便関連は只事じゃ済まなかったわな。 
 セレクタの仲間も結構、死んじまったみてーだし…」
「そうですよ!早くSFESを倒さないと… 
 ………もっと多くの人達が犠牲になります……!」 
俯きながらそう言うライーダの瞳は正義に燃えており、 
其の表情にも義憤、そして悲しみが入り混じっている。
「…なぁライーダ。お前は何でセレクタに入ったんだ?」
「……昔、行き倒れ寸前になっていた僕を… 
 …拾ってくれた人が居たんです。でも……SFESに殺されて………」
「なぁる、復讐ね。」
無益だとは思うが、エーガは理解出来ない訳ではない。 
やらないに越した事は無いが、やっていけないとも思わない訳だ。
「で、エーガさんの方はどうなんですか?」
正直、エーガにとってあまり聞かれたくなかった質問だ。 
エーガはSFESや前支配者に恨みがあってセレクタに入った人間ではなく、 
セレクタが集めている八姉妹の結晶を奪取しようとして入った盗賊だからだ。 
既にセレクタ幹部ユニバースには適当な目的を言ってはいるが、 
実際、一緒に仕事をする仲間に下手な嘘を言って怪しまれるのだけは避けたい。
「…ま、人には言えない秘密が一つや二つあるもんだって事だな」
「え…エーガさんズルいですよぉ! 
 僕はちゃんと喋っ………」 
言い掛けてライーダの視線が、 
これから乗り込むクノッソス行きの船に向けられる。
「ん?何かあったか?…って、うわっ!?」 
何が起こったか解らないエーガを、 
直ぐに物陰へと引っ張り込んで隠れ、 
怒りの表情で…併し額には脂汗を浮かび上がらせ、 
ライーダは物陰からキっと船を睨めつけている。
「オイオイ…何だよいきなり……?」
「…SFESです………しかもアイツは…!!」
SFESと聞いてエーガも、ライーダの視線を追う。 
其の先に居たのは船の甲板に佇む1人の少女。 
赤いコートとショートカットの金髪を風に靡かせ、 
手に持った本の文字に無気力そうな瞳を向けている。
「…SFES究極の執行官…… 
 ………サリシェラ・リディナーツ…… 
 ……さっき言った…僕の恩人を殺した奴です!!」
「………あれが…SFES…?」
赤いコートなど服装は少々派手な印象だが、 
術士の様に特別異彩を放っている訳でもなく 
又、其の容貌もごく有り触れた…普通の少女に見える。 
尤も、此処は能力者の星・火星。外見で其の力を窺う事は出来ない。 
だがエーガは其の外見から何かを感じていた。 
別に敵意だとか秘めた実力だとかそんなものを感じた訳ではない。 
何か…酷く懐かしい様な……心に底にある暖炉に微かな火が点ったかの様な… 
少々言葉にし難いが、エーガは恐怖などではなく暖かさを感じたのだ。
やがてSFESの少女は風に寒さを感じたのか、 
本から眼を離す事なく歩き始め船内へと消えた。
「エーガさん、早く乗りましょう。 
 ……思わぬ獲物です…此処で逃がす訳にはいきません」
確固たる意思を秘めた瞳で船に向って進みながら、 
エーガに乗船を促すライーダ。 
其処にいつもの大人しく引っ込み思案なライーダの顔は窺えない。 
余程、憎い仇なのだろう。其の気持ちは解らなくも無い。 
だがエーガとて得体の知れないSFESとの交戦はなるべく控えたいし、 
セレクタそのものの方針としてもSFESとの衝突は時期尚早。 
今はセレクタという組織そのものの隠蔽で精一杯なのだ。 
これから集合のあるクノッソス行きの船の中でSFESとの交戦は、 
幾らなんでもリスクが大き過ぎる。 
船を変えるのが一番無難な選択だろうが、 
この便を逃がすと集合時間に間に合わなくなる可能性も出てくる。 
余裕を持って船を頼むべきであったが、 
エーガは酒に溢れるこの島に出来るだけ長く滞在したかった為、 
ギリギリまで時間を詰めてしまっていたのだった。 
何より既にライーダは船に入ってしまった。 
面倒事が起こらない様にと願いつつエーガも船内に進む。
執筆者…is-lies

  アトゥン・ワイラ号、客室

 

「あっ…」
真っ白い用紙に走らせていたペン先がズレ、 
今まで書いていた文章を台無しにする。 
セレクタへの報告書を纏めていたライーダは、 
既に書けなくなった3枚目の報告用紙をくしゃくしゃに丸め、 
背後へとぞんざいに放り投げた。 
すると用紙は直ぐに発火して僅かに残った塵芥がカーペットの上に落ちる。
何処と無くクラシックな印象を受ける客室の中で、 
ライーダはエーガに待機している様にと言い付けられていた。 
この船の中でSFESと戦闘を行ってしまえば、 
船の行き先でもあるクノッソスにもSFESは眼を光らせるだろう。 
其れはライーダも十分に心得ていた。 
併し仇サリシェラはSFESの擁する実験部隊のバケモノの一角。 
正面から戦っては勝ち目は薄いだろうが不意を打つ事が出来れば… 
何より仇を目の前にして見逃す事など、そう簡単に納得出来る訳が無かった。
不満を顔一杯に出しながらライーダは4枚目の報告用紙を手に取った。
執筆者…is-lies

  アトゥン・ワイラ号、リフレッシュルーム

 

何か気になった。 
自分でも解らないが、何かが気になった。 
あのSFESのサリシェラに感じた暖かさ… 
其れが解らない。 
何故、初対面の敵にこんな感覚を抱くのか。 
別に彼女の様な女性がタイプという訳でもないし、 
何より相手はエーガよりもずっと年下の子供だ。 
解らぬ理由を考えるのに飽きたエーガは、 
大きく伸びをした後、室内のソファーに背を預ける。
リフレッシュルームには大きなTVが設置されており、 
他の乗客達が自販機でジュースを買ったりしてニュースを見ている。 
一週間程前に起きた航宙機101便のジャック事件は既に忘れ去られ、 
地球の破滅現象や、其れに伴う地球移民の話もあまり無く、 
4日程前に起きた衛星フォボスとダイモスの異常がニュースを独占している。 
此処まで立て続けに大事件が起きると不安も掻き立てられようというもの。 
実際、恐怖に駆られて怪しい宗教に入るものも少なくなく、 
中でも最近、力を付けているのがSeventhTrumpetというキリスト教系の宗教だ。 
エーガは宗教には興味が無く、良くは知らないが、 
このSeventhTrumpetは終末思想を持った宗教らしい。 
あまり良い印象は受けない。
これからの事を考えてボーっとしている内にエーガは、 
目の端で敵であるサリシェラの姿を捉えた。どうも今入室したらしい。 
彼女は一直線に自販機に行ってグレープジュースを買うと、 
エーガとは少々離れた席に座り、片手で器用に本を読み始める。
(どれ………点数稼ぎにでもなりゃいーが)
サリシェラに気付かれない様、部屋を出て、手洗いに入るエーガ。 
数分後、出て来たエーガは長髪をオールバックにして括り、 
眼鏡を掛け、顔には軽く化粧をしていた。変装である。
(ナンパ装って行き先聞き出せれば…まあ上等か。 
  ……もしかしたらクノッソスの集会を狙ってるのかもしんねーしな)
だが其れ以上にエーガはサリシェラの事を知りたがっていた。 
あの訳の解らない暖かさの。懐かしさの理由を。
執筆者…is-lies
「よっ、何見てんだい?一人旅?」
出来るだけ相手を刺激しない様、軽く接し、 
サリシェラの読んでいる本をチラリと覗き見る。 
相手も公の場でそんな力に訴える事はしない筈だ。 
其の点ではエーガも或る程度は落ち着けていた。 
彼女の見ていたページには様々な美術品の写真がクリップで留められており、 
中には御世辞にも趣味が良いとは言えない様な禍々しそうなものもある。 
どうも本ではなく何かのファイルらしい。所々に文字もあるが、 
サリシェラが直ぐにファイルを閉じたので見る事は出来なかった。
「………………誰?」 
まるで死んだ魚の眼の様な瞳をエーガに向けるサリシェラ。 
其のどんよりと曇った瞳の奥には敵意も警戒心も見出せない。 
ただただ物憂げそうな眼差しで、話し掛けて来たエーガを見ている。
「オイオイ、そんな顔してたらツキが逃げるぜ? 
 …俺? 俺は景山ってんだ。美術商の見習いやってるんだ。 
 ………で、君は一人旅?」
「…………旅じゃないです。……お仕事」
仕事……セレクタの集会を攻撃する可能性が高くなった。 
セレクタの動きがバレたのか? 
内心、舌打ちしつつ平静を装って更なる情報を聞き出そうと試みるエーガ。
「仕事? 其の年で船にまで乗って? 偉いねェ〜。 
 どんな仕事してるの? 
 俺は訳の解らない石の像とか落書きみてーな絵とか売ったり買ったり… 
 儲かりはすっけど合わねーっつーかなー」
「……………………」
「……(…成程、其処は秘密ね) 
 だーかーらー、そんな顔してちゃいけねーって。な? 
 笑う門には福来るってゆーだろ? 
 笑ってみなよ、きっとそっちのが可愛いだろーしさ」
根拠は全く無い。 
このサリシェラというSFESの少女、 
別に不美人という訳ではないが、美人とも言えない微妙なもので、 
其の陰鬱な態度から一種、近寄り難い雰囲気すら持っている。 
笑っただけで魅力的になるとは到底思えない。 
だが何もしなければ話が続かない。 
話が続かなければ情報も入り様が無い。 
其れに何より、エーガは彼女の無機質さが嫌だった。 
彼女に先程感じた暖かさとは全く無縁の冷たさに居た堪れなくなっていた。
「…………笑う?」
「そう。笑った方が……」
「…消えて」
サリシェラの片手がいつのまにかエーガの首を掴んでいた。 
エーガの動体視力を以ってしても、其の動きが全く見えなかった。 
いや、動きというよりは寧ろ、 
次の瞬間にはもう首を捕まれていたという感じだ。 
一方、サリシェラの方はエーガの方など見てもおらず、 
買ったジュースを飲みながらTVのニュースを眺めていた。
「オイオイ、落ち着け落ち着け」
気さくな笑みは其の侭に、 
エーガは己の首を掴んでいる少女の片手に手をやる。
「……?」
サリシェラの指を自分の首から外そうとするが、 
まるで万力に挟まれている様に、彼女の指は微動だにしない。 
彼女の細腕の何処にこれ程の力があるというのだろうか?
(……もしかして…やべえ?)
一瞬で酔いが醒めた。
「わ、悪かった。変なこと言っちゃったかな。 
 悪気はない。よく言われるんだ、デリカシーがないってね。 
 でも、暴力はいけないよ」
早口で言い訳してみるが、 
喉元を掴まれているので声が変になって今一緊張感に欠ける。 
サリシェラの人差指が頚動脈辺りに爪を立てる。
「…正直に言おう。 
 君とは確かに初対面だけど、 
 なんか…初めて会ったという気がしない。 
 あ、変な意味じゃないよ。 
 似てる…気がしたんだ。俺の知ってる子に…だから…」
事実であったとしても言い訳としてはベタである。 
見え透いた嘘だと言わんばかりにサリシェラが眉間に皺を寄せるが、 
意外にも、強ち興味がない訳でもなさそうだ。
「………… 
 誰…? 大切な…人?」
「え…っと、い、妹…とか?
「……………」
(…ダメっぽい…何言ってんだ俺は…!? 
  てか、疑問形で答えてる辺りでオワッテる…)
恋愛シミュレーションゲームじゃあるまいし… 
やっぱりまだ酔っているのか、 
それとも脳の血流を妨害されているためか、 
碌な言葉が思いつかない。いや、もうこれ以上の言い訳は逆効果である。 
脳がピリピリと痺れてきた。 
いっその事、気絶したフリでもしようかと思った、その時だ。 
サリシェラの腕から突然スッと力が抜けた。 
エーガはゆっくりとその腕を首から外す。 
鋼鉄の万力の如くエーガの首を締め上げていた少女の腕は、 
今は柔らかく、か細い、普通の少女の腕だ。
傍から見れば、恋人同士が手を取り合っているようにも見える状況に、 
ハッと気付いたエーガは慌てて距離を取った。
「……その、ゴメン…」
一言謝る以外に言葉はない。 
そんなエーガを振り返ることもなく、 
サリシェラは何事もなかったように客室の方へ去っていった。
執筆者…is-lies、Gawie様
その場に残されたエーガも、 
まるでナンパに失敗した優男のような自分の姿に気付くと、 
照れ隠しでもする様に自販機でジュースを2本購入し、 
それをポケットに入れながら再び手洗いに入った。
眼鏡を外し、オールバックに括った長髪を解く。 
鏡に映ったその顔にはびっしりと脂汗が滲んでいる。 
そのまま暫し猛省。
「やれやれ、危なかった…」
危うく反撃してしまいそうになった――― 
酔っていたとは言え、認識不足は否めない。 
他の乗客も見ている場所で手荒なマネはしないと高をくくっていたが、 
あの時もろに頚動脈に入っていたら言い訳する間もなく失神していただろう。 
いや、それならばまだマシだ。 
他の乗客が見ていても、怪しまれずに殺す事も出来たかもしれない。 
そういう能力を持っていないとも限らない。 
下手に反撃する素振を見せたら即座に喉を握り潰されていただろう。 
仮に第一撃をかわしたとしても、相手に警戒されることは必至。 
ライーダまで巻き込んで戦闘にでもなったら、 
最悪、この船を沈めてしまう事もになっていたかも知れない。
(…あの子、サリシェラとかいったっけ… 
  あれがSFESか… 
  ユニバース達が慎重になるわけだ。 
  てかマジであんな連中と殺り合うつもりか? 
  こりゃ、巻き込まれる前に俺も勝負かけた方が良さそうだな…
  ………ん? 
  …待てよ………?)
そうだ。ついさっき首を捕まれ、慌てた自分が言った台詞を思い返し、 
初めて『其れ』にエーガは気付いた。 
何故、自分が初対面のサリシェラに暖かさを感じていたのか… 
妹であった。 
今はもう居ない…妹。
「………そっか…」
外見はサリシェラと似ていた訳ではない。 
サリシェラの金髪と菫色の瞳に対し、エーガの妹は髪も瞳も漆黒。 
其れに背丈も違う。妹はサリシェラよりも更に小柄で幼かった。 
だが、純粋にサリシェラが纏っている雰囲気とでもいうのか… 
サリシェラの姿は、エーガに何処と無く妹を思い浮かばせていた。
(…あの落ち込んだ様な顔………かな…?)
エーガの妹は、良く泣き、良く笑う子であり、 
たまに落ち込む事もあったが、其の後で見せる笑顔は格別だった。 
サリシェラの雰囲気が、落ち込んだ妹に何となく似ていた… 
初めて会った彼女に懐かしさを覚えたのは、恐らく其れが理由なのだろう。
(くそっ、今日はどうかしてるぞ俺…! 
  ………………戻るか……)
自室に戻ったエーガを待っていたのは、 
ライーダの不機嫌そうな顔と、収集した情報の纏め作業だった。 
其の後、警戒を怠らずに纏まっていたものの、 
遂にSFESサリシェラが動き出す様な事は無かった。 
船は無事、クレタ島のクノッソスへと到着したのだ。
執筆者…Gawie様、is-lies
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