リレー小説3
<Rel3.アテネ第二病院>

 

 

101便シャトルジャック事件の終息宣言より4日が過ぎた。
アテネの街には昼も夜もなく、 
消えることのない街の灯の下、 
酒場の前では酔払って騒いでいる若者の集団が歩道を占拠し、 
その脇を、書類袋を抱えたスーツ姿の男が走り抜けていく。 
季節感のない人波が延々と続くいつもの風景。 
第二の故郷を手に入れた人々は、更なる繁栄を求め活気付いていた。
相変わらず、ニュースや新聞を賑せているのは、 
謎の破滅現象による地球崩壊の危機、それに伴う大規模移民計画である。 
一部のメディアでは、地球からの物資が途絶えることによる影響や、 
各国の利権争い等、地球に対する疑いを助長するような記事が紙面を躍った。 
またそれに便乗するように、 
異星人の襲来や謎の組織の暗躍を唱える「物好き」も現れ始め、 
101便事件も、多発するテロ事件やオカルト紛いなゴシップ記事に埋れ、 
解決した翌日には、既に話題に取上げられることもなくなっていた。
そんな中、 
闇に葬られた101便事件に興味を示した物好きがいた。

 

アテネ第二病院の正面駐車場に停まった車の中に二人の人影か見える。 
かれこれ3時間以上も、病院から出てくる者を監視しているこの不審車に、 
病院の警備員も怪しみ始めたところだった。
「警部、もう帰りましょうよ。 
 この病院は管轄外ですよ」 
「何が管轄外だ! 
 事実上の治外法権じゃねェか!」
運転席で、缶コーヒーとタバコの臭いの混じった口臭を撒き散らしながら、 
部下に怒鳴っている中年男性。 
アテネ警察警部マクスウェイ・クレイグであった。
「大体、昨日退院した生存者の事情聴取だけで 
 我々の仕事は終わってたはずなんですよ。 
 何やってたんです? 昨日?」 
「…何度も言ったろ。 
 一昨日の夜、飲酒運転のグラサン野郎を捕まえたんだが… 
 その後…気付いたら家で寝てた…憶えてねェんだよ」 
「…要するに、警部が二日酔ッスね…」 
「馬鹿言え、ありゃ能力者だ。 
 あのグラサンヒゲ野郎…ナメやがって…」
この男が101便事件に興味を持ったのは、全くの偶然であった。 
101便事件の事後処理の担当となり、 
比較的軽傷の生存者から事情聴取するだけで、 
仕事は終わっていたはずだったのだが、 
事情により、それをスッポかしてしまったため、 
その帳尻合わせに、まだ入院中の生存者―― 
すなわち、佐竹に直接面会に訪れたが、門前払いにされてしまったのだ。 
既に本部からも捜査中止の命令が出ており、 
今、彼がここにいるのは『刑事の勘』による独断行動に過ぎなかった。
「気に入らねェんだよ。絶対ェ裏がある…」 
「そんなの解ってますって。 
 リゼルハンクの悪い噂なんて聞き飽きましたからね。 
 …深入りし過ぎると、クビじゃ済みませんよ」 
「けッ、公務員かよ」 
「…公務員ですよ」
執筆者…Gawie様

一方、アテネ第二病院裏門

 

意外というか偶然というか、
マクスウェイを巻き込む原因となったグラサンヒゲ野郎ことガウィーは彼のすぐ近くにいた。
「…あぁ、これからだ。 
 そっちはどうだ?」 
《作戦通りじゃ、 
 アレクサンドリアは全て引き上げた。 
 爆薬とアシュラ10体を残してな。 
 現在はロードスでエニルオークの最終調整中じゃ》 
「…アルベルトは?」 
《…連絡はない… 
 試作機の残骸は発見したが、コックピットは空じゃった…》 
「…そうか」 
《おしいのぉ、アレほどの素材はそうそうないぞ》 
「何か解ったのか?」 
《アルベルトから採取したサンプルと比較して見たんじゃが、 
 Dキメラとワシのアシュラには大きな差はない。 
 ただ…、何かが足らんのじゃ… 
 悔しいが、別のサンプルを拉致ってくるしかあるまい》 
「…考えておくか。…で、JHNの方は?」 
《済んどるよ。面白い副作用を発見したんで研究中じゃ》 
「…『オマケ』に時間をかけ過ぎだな」 
《注文の多い奴じゃの… 
 お前さん、何を企んでおるんじゃ?》 
「あの時、ユニバースにも言った通りだ。 
 いずれ、博士の能力も必要になる」 
《…はて?何のことじゃ?》 
「…フェイクだろ?」 
《知らんな。それを言うなら、お前さんのもフェイクじゃろ?》 
「…………」 
フルーツレイド、そこにおるな。 
 そのニヒルをちゃんと見張っておけよ》 
「ハイハイ〜了解〜」 
「…通信は以上だ。いくぞ」 
「OK!佐竹ちゃん救出ミッションスタート! 
 ついでにガウィーちゃんは能力を見せてくれるのか!?」 
「…ちょっとだけならな」
執筆者…Gawie様

  アテネ第二病院・601号室

 

6畳程の狭く薄暗い病室。 
ベッドと簡易トイレの他には何もなく、ドアの横のネームプレートは無名のままだ。
小さな窓には鉄格子が掛けられており、
この部屋が、精神病か感染症の隔離病棟であることを窺わせる。
101便事件の生存者、 
佐竹がここに入院してしてから四日目の夜景を眺めている。 
破滅現象に関する情報を得るために、 
死ぬ思いをしてまで火星にやってきたのだが、 
今、彼が置かれている状況は、 
負傷した生存者というよりは、監禁された目撃者といったところだろう。 
あれだけの事件にも関わらず、 
見舞いはおろか、警察も、新聞屋すらも姿を見せない。 
一日に一回、診察にくる医師も佐竹の質問には何一つ答えようとはしない。 
破滅現象どころか、一切の情報も得ることが出来ないのだ。 
幸い、応急処置が良かったためか、体の方は自力で歩けるまでに回復していた。 
しかし、このままでは、精神病患者としてここで暮すか、 
最悪の場合、いつ病死という扱いにされてもおかしくはない。
(シャトルジャック…SFES…破滅現象… 
  繋がっているはずだ…恐らくこの病院も…)
佐竹が昔習った武術の型を思い出しながら、 
病室を脱出すためのシミュレーションをしていた。
(次に誰かが来たときに…仕掛けるか…)」 
と思い立った矢先、外を歩く足音が部屋の前で止まると、 
ノックもなしに何者かが病室のドアを開いた。 
まだ心の準備が出来ていなかった佐竹は誤魔化す様にベッドに腰をおろす。 
いつもは警備員が三人はついているのだが、 
入ってきたのは医師と看護婦の二人だけだ。
医師はゆっくりと佐竹に近付くと、 
掌の上に小さな炎を灯し、徐にタバコに火を点けた。 
サングラスを掛けたヒゲ面が照らし出された。昨日までとは違う医師だ。 
いや、病院で白衣を着ている以上、医師には間違いないのだろうが、 
サングラスを掛け、病室でいきなりタバコを吹かす様なガラの悪い医師など、 
考えてみれば怪しすぎる。 
おまけに掌に炎を発生させるあたり、能力者と見てもいいだろう。
「…ドクター、病室は禁煙ですよ」 
「…佐竹さんですね…?」 
問い掛ける医師の後では、看護婦が怪しげな手術用具をチラつかせ、 
佐竹の緊張を更に高める。 
「何の用ですか?」 
「お注射の時間です」 
「…拒否します。 
 私は貴方方にとって都合の悪い目撃者なのでしょう? 
 自分が置かれている状況くらいは分かっていますが、 
 かと言って、素直に従うつもりはありません」 
「賢明ですね。
 そこまで分かっているのなら、
 我々がこういう手段を取らざるを得ないことも理解してくれるでしょう」
「………?」 
サングラスの医師は、意味深な科白を残しながら、 
突然、佐竹の目の前で、タバコを揺らめかせた。 
幽かな赤い光の軌跡が奇妙な紋様を描くと、 
それに躍らされるように佐竹がフラフラとベッドに倒れ込んだ。
「へぇ〜、アンタの能力ってヒュプノシスだったんだ。 
 結構、地味〜」 
「…使いようだ。 
 それよりも、急ぐぞ」 
「アイサ〜、船も手配済みよ」 
「いや、予定変更だ。先にスラム街のオレのヤサに戻る。 
 どうも最近オレの事を嗅ぎまわっている奴等がいてな。 
 大体想像は付くが、下手に触回られちゃかなわん。 
 それに、レシル達の報告が確かなら、 
 タカチマン博士にも、早めに接触した方がいいだろう」 
「ふぅ〜ん。 
 とか何とか言って、私を連れ込もうって訳ね?」 
「…いやなら帰れ。 
 ってか、そうしてくれると助かる」
執筆者…Gawie様

一方、4時間が経過し、 
尚も張り込みを続けていたマクスウェイは、 
俄かに慌しくなっている正面玄関に目を光らせていた。 
今、一台の搬送車が病院から出て行こうとするところだ。
「よ〜し、そこの搬送車、止まれ」
「刑事さん、これは越権行為…… ん?」
「…ン? 
 あッ! テメェは!!」
「チッ…」
ガウィーに気付いたマクスウェイを振り切り、 
搬送車は猛スピードで走り去った。 
後を追ったマクスウェイだったが、スラム街で見失い、 
変わり果てた搬送車を発見したのは、それから更に2時間後のことだった。
搬送車の残骸だけでも発見出来たのは寧ろ幸運と言えるだろう。 
なぜなら、スラムに乗り捨てられた車は、 
エンジンやタイヤ、その他の部品が抜き取られ、 
ものの数十分で跡形もなく解体されてしまうのだ。 
無法地帯であるアテネのスラム街に逃げ込んだモノは、 
余程の大物でない限り、事実上、警察でも手を引くしかなかったのだ。
執筆者…Gawie様
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