リレー小説3
<Rel3.『青』5>

 

「そうだな…俺はムキムキマッチョメンでも雇ってみると良いと思うぞ。 
 あ!そうだ、イルヴさんでも中々、ハァハァ…」
「シェリアさんなんかどうです? 
 可愛いんだから良い客引きになるんじゃ…」
「そ、そんな…うちが可愛いなんて……」
彼等は、店の客入りの悪さに辟易し、 
宣伝方法の1つとして店前に客引き役を出そうと話し合っていた。 
因みに『青』の意見は黙殺されていたりする。
「ふむ…だがシェリアを出すとしたら、 
 一緒にもう一人を付かなくちゃいかんな」
椅子に座り腕組しながらイルヴが言う。 
昨日、長い買い物からイルヴが帰ってきた時には、 
既に強盗ゴレティウは『青』達の手によって警察に引き渡されていた。 
シェリアの謎の歌の能力で既に気絶していた為、 
デブといえど運び出すのはそう苦にはならなかったらしい。 
併し如何せん、ぐちゃぐちゃになった家具だけはどうしようも無い。 
『青』達から事の次第を告げられたイルヴは、 
シェリアを1人にしないという事をしっかりと『青』、エース… 
そしてシェリア自身にも言い聞かせたのだった。
「『青』お前、シェリアと一緒に客引きする気はあるか?」
「…………女と2人っきりってのはちょっと……」
『青』には正に拷問といった所であろう。 
だが併しイルヴは冷静に質問を変える。
「…じゃあ店に来た客への対応はちゃんと出来るか?」
「………手合いによっては…」
接客とは無縁の暮らしをしていた『青』にとっては、 
依頼者がちょっと傲慢な態度を取っただけでも黙っていられるかどうか怪しい。 
実際、フリーランサーの頃は自分の気に入った仕事しか請けていなかったのだから。
「…シェリアも『青』も1人でやらせるのはちと不安か。 
 呼び込みは……今は『青』にして貰おうか。 
 エース、辛いと思うがワシが不在の時は2人の面倒を良く見てくれ」
「はい、解りましたイルヴさん」
丁度話が纏まった其の時、 
『青』、エース、イルヴが外から来る気配に気付く。 
シェリアの方は解っていない様だが其れも無理が無い。 
『青』達は大名古屋国大戦での活躍で、 
日本国内では英雄として畏敬された程の実力者達なのだから。
やがて扉を開いて入って来たのは…
執筆者…is-lies

「いや、参った参った。 
 丁度この辺りで居なくなっちゃってさ。 
 娘と一緒に暫く探したけど……」
カウンター越しにイルヴ達と話し掛けているロングヘアの美女。 
タンクトップにジーパン、上にはジャケットを羽織っている。 
まるで桜の様なピンク色の長髪を手で払い、 
ハキハキとした声で彼女が示した依頼内容は……
「…ま……迷い猫探し………ですか……」
絶望の2文字が『青』やエースに圧し掛かる。 
差し出された依頼前金は其れなりに相場というものを弁えたものだったが、 
所詮は迷い猫探し。無いよりはマシといった程度でしかない。 
顔を見詰め合ってどうしようかと悩む『青』&エース。 
シェリアの方は受ける気満々で猫の特徴なんかを聞いている。 
彼女にとっての初仕事…だがそんなに難しくも無さそうなので、 
結構リラックス出来ているのだろう。 
一方、イルヴの方も依頼の仔細を用紙に纏めている。 
彼にとっては折角の仕事、手放す訳にはいかない… 
いや、彼は完全に仕事と割り切って動いていた。 
そうでもしないとやっていけないというのは解らない気もしない『青』とエースであった。
猫の特徴は… 
白猫。ずんぐりと太っている。青い瞳。 
左前足に結構大きな切り傷跡。 
鳴き声が間延びしている。鰹節が大好物。
見失ったのは此処からそう離れていない西の商店街。
成功報酬…330UD(約26400円) 
内、140UDが前金として支払われた。
乗り気ではないものの、イルヴとシェリアに手を引かれる様にして、 
哀れな迷い猫を探しに商店街へと向かう一行。
執筆者…is-lies

雑踏と商魂逞しい人々の掛け声が飛び交う商店街の中、 
イルヴ達は手分けをして猫を探していた。 
探索には依頼者と其の娘も加わっているものの、 
この広い商店街の何処かと言われてもハッキリしない。 
其れに既に商店街から出ているのかも知れない。 
流石にイオルコスの外という事は無いだろうが、 
時間を掛ければ掛けるだけ探索範囲は広がってしまうし、 
猫自身も危険に晒される事となる。
「はぁ……… 
 イルヴさんの為とは言え…… 
 …猫探しってのはなぁ…」
愚痴をこぼしつつ路地裏なんかを見て回る『青』。 
だが如何せん商店街は広い上、 
イオルコス自体に移民が集まっている為、 
猫の様な小さなものは余程注意していないと見逃してしまいそうだ。 
暫く探してみたものの、まるで発展しない状況に、『青』は徐々にイライラを募らせる。
そんな時、人波を掻き分けて『青』の前に現れたのは依頼者の娘であった。 
母と同じピンク色のショートヘアをした少女で、薄いキャミソールを着ている。 
見てみた所、結構大人しそうで顔も悪くない。成長したら美人になるだろう。 
だがホモの『青』にはそんな事、関係無かった。寧ろ女性は逆効果。 
ゲンナリと顔を嫌そうに歪めようとするが、 
相手が客である事を思い出し、直ぐに表情を無理に繕う。
「えーっと……依頼者の娘さんの……」
「…………メアリーよ」
依頼人の娘は少女らしからぬ大人びた口調で名を教える。 
別に気取った感じは無く、自然に落ち着いている印象を受ける。
「そうだ、メアリーさん。 
 そっちはどうだったんですか?」
「…見付からない。あのコ、良く動き回るし」
「此処がハズレなのか、 
 単純に猫が見付かり難いだけなのか………」
頭をポリポリと掻きながら溜息を吐く『青』。 
この場にイルヴが居れば攻撃魔法が飛んで来た事だろう。 
もう少しこの辺りを捜索してみようとした其の時、 
『青』の携帯電話から着信音が辺りに鳴り響く。 
「はい、もしもし。あ、イルヴさん。 
 え……見つかった?」
執筆者…is-lies、you様

しばし時は遡り……

 

「をや、にゃんこだ。」
言いながらライハが道端で丸まって寝ているその猫の前に座り込む。 
中肉中背、肩ほどまでのほぼ白に近いグレーの髪。
何処か悪戯っ子っぽい双眸もまたグレー。 
更には肌も白く、これに白のロングコートを着てるのだから全身見事に白づくしだった。 
軽く撫でてやると、迷惑そうに「んなぁ〜ご」と、間延びした声で鳴いた。
「何をしてる。早くいくぞ。」
後ろから冷静な声を出したのはレオン。 
黒革のジャケットに、長い黒髪。
背はライハより少しばかり高く、腰にはダークカラーの剣が一振り。 
これまた黒い瞳は、今は道端で突然猫とじゃれ始めたライハに向けられている。 
明るく、お調子者のような印象を与えるライハとは対照的に、冷たく凛とした感じの男である。 
顔の印象からその姿まで、見事に対極的な二人だ。
「いーじゃん。別に急ぐわけでもないんだし。」
振り返ったライハは、猫の両前足を後ろから持って、猫を後ろ足で立たせている。 
当の猫はといえば、もう諦めたのか、大人しくしている。
「それはそうだが……」
言いながら、傍の路地に眼を向けるレオン。 
何か感じるものがあってか、ライハもつられてそちらに眼をやるが、特に変わった事はない。 
だが、ライハはなんとなく理解した。
「何か、居た?」
視線を自分の頭上へ戻しながら呟く。 
レオンもライハにつられるようにして路地のほうから視線を戻す。
「ああ、こちらの様子を見ていたな。 
 まぁ、ただ様子を伺っていただけだから、特に問題は無いだろうが…
 …少し、気になるな。」
「でも、もーどっか行ったんしょ?」
言ってから、猫の右前足をてしっとレオンの足へ当てる。 
更には、「猫パンチー」とも呟いたが、
レオンは両方キッパリと無視し、「ああ」とだけ言った。
「無視か。……まぁいいや。そーいうヤツだってことは解ってたし。 
 ま、こんなトコにいつまでも座り込んでるワケにゃいかんし、行くか。」
「……その猫も連れていくのか?」
呆れたような視線の先には、ライハに抱き抱えられた猫。 
太り気味の胴を抱えられるようにして、ライハの腕の中に収まっている。
「んにゃ、ダメか?」
キョトンとして聞き返すライハ。 
猫はその状態が気に入ったのか、気持ち良さそうにじぃっとしている。
「まぁ構わんが……飼い猫だろう。首輪がついてるぞ。」
「ほぇ? 
 ……おー、ホントだ。随分立派な首輪してんなー、お前。」
言われてライハが見れば、
確かに白い毛並みに覆われるようにして、ゴツい首輪がついている。
「ま、放し飼いにされてるみたいだし、ちょっと連れ歩くくらいなら問題ないっしょー。 
 とゆーワケで、れっつごー。 
 そろそろお昼だし、腹ごしらえでもすっか?」
「……猫を連れたままじゃ、飲食店には入れないぞ。」
「んむ、確かに。 
 ……そーいや、近くに商店街があったな。店先で買うなら猫抱いてても関係ないだろ。 
 よし、決定〜」
一人で勝手に決めて、スタスタ歩き始めるライハ。 
レオンは、もう一度先ほどの路地に眼をやり、ライハの後を追った。
執筆者…you様
ふと、ライハ達を面倒そうに眺める2人が、 
彼等の行く手を遮る様に立っていた。
「……で、間違いはありませんな?」 
其の内の1人…ローブを纏った隻腕の老人が、隣の女性に尋ねる。 
併し決して隙は見せず、ライハ達を油断無く見張っていた。
「……無い無い。 
 あー、場合によっては追加報酬出すわ」
ピンク色の髪をした強気そうな女の其の台詞を聞き、 
隻腕の老人ことイルヴが携帯電話で『青』達に連絡を入れた。
「『青』か?猫は此方で見付けた。 
 今、回転寿司屋の前にいる。直ぐに来い。 
 後、エース達にも連絡を入れておいてくれ」
会話を聞き、自分達の状況を良く見直すライハ一行。 
イルヴ達が見付けたと言った猫というのが、 
自分が今抱いている太っちょ猫の事であると気付くのに1秒しなかった。
「あ、…あ〜……お宅の猫? 
 いや、さっき見付けたんだけど…ちょっと連れ…」
「……近くに人気も無かったし、交番に行こうとしていた」
ライハを遮って、波の立たない様にレオンが話し合う。 
大名古屋国大戦の英雄・術士イルヴ…彼の顔はレオン達も知っている。 
下手に正直に話して疑われるよりも、 
僅かに脚色して何事も無く終わらせるのが良いだろう。
「飼い主が見付かって何よりだ。返す」 
ライハから猫を受け取り、地面に降ろしてやるレオン。
一方のイルヴは胡散臭げにライハ達を見遣っていたものの、 
彼にとっての依頼内容は猫探し。 
猫が見付かり相手も其のまま渡すと言っている。 
ならば既に自分のやるべき仕事は終えた。後金を貰って終わりである。 
動作の一つ一つがまるで洗練された戦士の様な依頼人、 
猫に付けられた妙にゴツい首輪、 
…これらは深く追求せず、後は依頼人に任せる事に決めた様だ。
執筆者…you様、is-lies

  イオルコス、イルヴ何でも屋

 

「さて…どこから話したものか」
老術士イルヴが其の貫禄を感じさせる顎鬚を摩りながら、 
客である2人の男とカウンター越しに向き合っている。 
稲田加藤…そう偽名を名乗ったレオン&ライハが求めたのは情報だった。 
其れも八姉妹の情報である。
結局、猫捜索依頼者の親子は其の場で猫を受け取り、 
イルヴ等に成功報酬を払ってからイオルコスを去ったのだが、 
其の直後すかさずに入った依頼がこれだったのだ。
「…ワシもそう詳しい訳ではありませんが… 
 確かに貴方々の言う様、ワシ等は名古屋大戦中… 
 敵艦アマノトリフネの中で其の一つ、ワイズマンエメラルドを見ましたな。 
 直径は5mを下らない…かなり巨大な結晶で、 
 青い輝きを放ちながらアマノトリフネ司令室に聳え立っていました」
「其の後は何処へ行ったか解るか?」
「……ふむ…いや…面目の無い話ですが、
 どうしても其処だけは思い出せなく… 
 …あの時は我々も生き残る事で精一杯だったからでしょうが…」
直ぐ近くで棚の整理をしながら話を聞いていた『青』やエースも、 
口には出さず(無駄口叩くとイルヴに怒鳴られる為)心の中で同意する。 
大名古屋国大戦勃発…名古屋侵入…9人の能力者との戦闘… 
アマノトリフネ起動…本田宗太郎との戦闘…脱出…… 
其の全てを彼等は鮮明に覚えていた。だがどうした事か、 
ワイズマンエメラルドの其の後についてはまるで覚えていない。 
いや、其れ以上に何か大きな事を忘れている気がする。 
だが思い出せない。綺麗に其処だけ記憶から抜けていた。
「ワシ等もまだ此処には来たばかりですし、 
 情報が欲しいのなら本格的な情報屋に頼んだ方が良さそうですね」
「…そうか……なら仕方が無い…」
僅かなりの金をイルヴに差し出し、 
其のままレオンとライハは店を出て行こうとしたが…
「…お待ちを。 
 ……あまり頼みた……いや、 
 …情報については…其れなりの人間を知っています。 
 ……アテネのリゼルハンク本社で働いてる奴でして…」
「リゼル…ハンク…?」
「なあエース、リゼルハンクってな何だ?」 
声を潜めて隣のエースに質問する『青』。
「…えっと会社の名前ですよ。 
 大手の多角企業だって事は知ってますけど…。 
 そうか…確か本社はアテネにあったんだ」
「…そいつはイオルコスの近くに住んでいますし、 
 宜しければ皆さんを紹介しましょうか?」
「ど…どうする?」
ライハが少々怯んだ感じでレオンの意見を問う。
「………貴重な情報があるのは確かだろうが… 
 ……ちょっと相談させて貰えるか?」
即答を避け、ライハと相談を始めるレオンだったが、 
其の態度からして既にイルヴやエースに訳ありと見破られてしまっていた。
「…反(アンチ)リゼルハンクかな?あの2人」
「反…?何其れ」
先程から質問に回ってばかりの『青』。 
地球ではあまり情報収集をするタイプではなかったのだが… 
これも未知の惑星・火星に訪れた不安からであろうか。
「リゼルハンクって大きな企業だから、相応に敵も多いんですよ。 
 この2人の態度、反リゼルハンクの人達なんじゃないかって…」
イルヴは小声で話し合うエースと『青』を視線で一喝し黙らせると、 
再びレオン達の方へと佇まいを直す。 
どうやら彼等の方も話が纏まった様だ。
「…良いだろう。紹介しておいてくれ。 
 金は…そうだな……相手が話に応じる様なら180UD」
「畏まりました。少々時間を頂けますか? 
 ああ、其れと連絡は何処に入れれば宜しいでしょう?」
「…直ぐ近くだ。ホテル・アステレクメン… 
 フロントに託けてくれれば良い」
「じゃ、稲田。そろそろ行きますか」 
「そうだな……宜しく頼むぞ」
「はい。有難う御座いました、稲田様、加藤様」
執筆者…is-lies

二人の男が帰った後、しばらくの間客は来なかった。 
何分経ったか判らない。 
耐え切れず『青』は欠伸をする。
「ふあぁ…暇だ。眠くなってきた…」
「駄目ですよ。寝たら。ほら、コーヒーです。」
「…幾ら大名古屋大戦を経たとはいえ、精神的にはまだまだか。」
そんな他愛の無い会話が続いた或る時、店の扉が開いた。 
其処には見覚えの有る人物が立っていた。
「あ、貴方は…」
「デルキュノ…」
 『青』が呟く。 
其処に立っていたのは数日前別れたデルキュリオスであった。 
しかし彼は数日前まで着ていた服では無く、白の戦闘用スーツを着用していた。
恐らく、別れてから買い換えたのだろう。
「…数日振りだな。店を開いたと聞いたが、どうだ、順調か?」
「まあ、それなりといった所と言った所か。
 …所で、何の用だ?
 幾ら共に戦ったとは言え、所詮それだけだ。態々店を見に来る義理も無いだろう?」
「…ああ、その通りだ。
 しかし…ここで説明するのもなんだ。奥の部屋を貸してもらえないか?」
執筆者…鋭殻様

奥の部屋でテーブルを囲むように、五人が座っている。
「…それで、用というのは?」
「前支配者についての情報だ。」
「!」
「…前支配者?なんや、それ?」 
一人だけ前支配者について何も知らないシェリアが首を傾げる。
「…簡単に言えば、古代の魔王といった所だろうな。さあ、まずはこれだ。」 
デルキュリオスが机の上に紙を広げる。
其処には何やら古代文字らしきものが書いてあった。
「…古代文字か。ふむ、なになに…」 
イルヴが文を読み始める。

 

 原初、世界は漆黒の闇の中にあった。 
 其の闇の世界には『7つ首の前支配者』という怪物が、 
 蟻達を支配して君臨していた。この怪物には、 
 『ゼムセイレス』『アウェルヌス』『アゼラル』 
 『カンルーク』『プロノズム』『モイシス・トコアル』 
 『ヘルル・アデゥス』の7つの首があり、 
 全てに打ち勝つ強大な力を持っていた。 
 闇の世界の上部から現れた『甘露を求める鷲』は、 
 光を放つ魂の剣で『七つ首の前支配者』を倒し、 
 これを深く、冥界へと閉じ込めた。
  次に『甘露を求める鷲』は白い秤、赤い土、紫の石を食べ、 
 8人の娘を出産したが、7番目の娘ルチナハトは闇の世界に酷く怯え 
 『甘露を求める鷲』にこう言った。 
 「私は光の世界を創ります。どうか手助けをして下さい」。 
 『甘露を求める鷲』はルチナハトの補佐として『動かざるトル・フュール』を任命した。 
 『動かざるトル・フュール』は、幽閉した『七つ首の前支配者』の魂の一部を切り取り、 
 これを蟻に入れて『黒き奴隷』を創造し、彼等に世界創造の手伝いをさせた。 
 見よ光輝く天と地を。見よたわわに実る果実の山を。 
 其れは全てルチナハトが望んだが為に誕生した。
  ルチナハトは光の世界に歓喜し、其の中で無邪気に戯れていた。 
 併し其れを見た黒き奴隷達はルチナハトに欲情し、彼女を陵辱した。 
 『動かざるトル・フュール』は黒き奴隷達のこの行いを良しとせず、 
 『七つ首の前支配者』を使い黒き奴隷達を捕まえ処刑しようとしたが、 
 黒き奴隷の1人であり、ルチナハトの陵辱に加わらなかったサタンは…

 

「あれ?此処から先はどうしたんやろか?」 
文章が途中で途切れているのを指し、シェリアが尋ねる。
「…元の石版が破損していて、ここまでしか解読出来なかったらしい。
 それよりも、此処で目を向けるべき点は、『前支配者の人数』『前支配者の名』だ。
 敵の幹部である者の名と、叩くべき人数は最低限知っておくべきだと思ったのでな。」
「ゼムセイレス、アウェルヌス、アゼラル、カンルーク、プロノズム、モイシス・トコアル、へルル・アデゥス…か。
 …あんな奴等が七人も居るのか。全く恐ろしいぜ。なあ、エース?」 
『青』がエースの方を向くと、彼は黙り込んだまま、文章を見つめていた。
「…動かざる…トル・フュール…」
「おーい、どうした?」 
『青』の言葉にエースはハッとし、『青』の方を向く。
「あ、え−と、なんでしょうか?」
「…どうしたんだよ、そんなに見入っちまって。
 まあ、いいか。こういうのは初めて見るのかもしんねえしな。」
「…」 
デルキュリオスが、コホン、と咳払いをする。
「…続けるぞ。」
「あ、ああ…」
「そしてもう一つ。
 …これは噂でしか無いが、嘗て前支配者を召喚した組織は現在も『一応』残っているらしい。」
「…何だと?」
「一つはSFESという組織、もう一つはLWOSという組織として…」
「!!」
一同が驚愕の表情を見せる。が、又もシェリアは何のことか判らず、きょとんとした顔をしている。
まあ、表の世界の人間にとっては、当たり前なのだが。
「…嘗て前支配者を召喚した組織は「マハコラ」と言うらしい。
 しかし、その前支配者を召喚した際に事故が起こり、その結果としてか、マハコラは解体する事になったらしい。」
「…。」
「そのマハコラに嘗て所属していた男、「ヴァンフレム・ミクス・セージム」「バルハトロス・レスター」の二人は、
 それぞれ人員と技術を持ち出し、ヴァンフレムは直接SFESの基盤を、
 バルハトロスは「ユーディル」と呼ばれる研究機関を併合し、
 今のLWOS…正式名称「Living Weapon development Organizations」を築き上げた。」
「ユーディル…十数年前、突如、LWOSに吸収された組織じゃな。
 成る程、そういう訳だったか…」
「更に言えば、そのLWOSの現所長バルハトロスはアゼラル、
 いや、前支配者の一角、アゼラルの「直属」だ。」
「直属?」 
何も知らないエースは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「前支配者に仕える忠実な配下の事だ。」
「じゃ、そのバルハトロスっつー奴を締め上げて前支配者の居場所を聞き出せば…」
「話は最後まで聞け、『青』。
 生憎、今は前支配者はSFESの元に拘束されている。
 序でに言うと、それを奪還しようとしたLWOSも、数日前、SFESの攻撃で壊滅的な被害を受けた。」
「…何故SFESは前支配者を拘束したんです?」
「……単刀直入に言えば、「お遊びが過ぎた」だ。
 今回の京都焼き討ち、そして破滅現象には、さすがのSFESも堪忍袋の緒が切れたのだろう。」 
その言葉を聞いた途端、『青』の顔が凍りつく。 
「…何だと?」 
『青』が拳を握り締めながら、そしてゆっくりと呟く。
「言葉の通りだ。奴等のお遊びで、地球は破滅しようとしている。」 
その言葉に『青』の中で何かが切れた。 
ある程度予想はついていた。
嘗てイプトが消滅した事件。そして今回の地球の破滅現象。全く状況が同じだった。
本来ならば落ち着いて聞くべき内容であった。しかし。 
それが前支配者の「お遊び」だったと聞いた『青』は理性を失い、その刃をデルキュリオスへと向けた。 
「フザケんなぁーーーっ!!」 
「?!『青』さんッ!止めて下さいっ!!」 
エースが制止しようとするが、『青』はデルキュリオスに殴りかかる。 
しかし、その拳がデルキュリオスの顔を捉える事は無かった。 
デルキュリオスはそのまま『青』の拳を掴んだまま、床へと叩きつけた。
近くに座っていたシェリアが思わず後退る。 
床に仰向けに倒れた『青』を見下ろしながら、彼は呟いた。 
「…理性を取り戻せ。感情が先走った刃に、切れ味等無い。
 そんな物で、前支配者に勝てると思うな。」
執筆者…鋭殻様
「あーあー、あかんって皆さん。 
 そんな喧嘩なんて犬も食わんわ。コーラでも飲んで落ち着きぃ」 
シェリアがカウンターの上からコーラの缶を5つ取り、 
お盆に乗せて『青』達へと持って来た。
「…い…犬も食わんって…夫婦じゃねぇ!! 
 ってかコーラ飲んで落ち着けんのかよッ!?」 
首だけぐるんと回して『青』がツッコむ。 
だが其の時には既に険悪なムードはぱっと取り去られていた。 
流石に再び掴みかかる様な真似は出来ず、 
舌打ちしながらも『青』はコーラ缶のプルタブを外す。
ぷしゃーーー!!
『青』の顔に勢い良くコーラが掛かる。
「……シェリア、これ…いつ買った?」
「へ?ついさっき買って来たばかりや」
「……走ったな?其れか腕振ったな?」
「当たり前や、温うなっちゃ台無しやし。 
 其れよかアオさん、いきなりプルタブ外すなんて危ないでー 
 ちゃーんとゆっくり外さなあかんて」
何も言うまい。袖で顔を拭いた『青』がシェリアを責める事は無かった。
「まあ『青』さん、良かったじゃないですか。 
 ……何とか…前支配者達の情報が入って来て」 
何とか宥めようと話し掛けるエース。 
だが『青』はぶすっとしたまま頷くのみ。 
『青』と言えど流石にショックは軽くは無いだろう。 
尤も、イルヴやエース達には其の理由など知る由も無かったが。
「良く其処まで調べ上げたものだな」 
イルヴが感心した様に言う。 
前支配者とは個人的に何らかの因縁があるイルヴ… 
其の彼からして認めさせる程の情報だった。 
だが、だからこそ見極めは肝心である。ガセネタでないという証拠は無い。 
今のイルヴの科白は正直な賛辞であると共に、暗にソースの正体を求めていた。
「……安心しろ。信用出来る情報元だ」
「…そうか…… 
 此方から求めたのでは無いにせよ面白い話だった。 
 ……で、デルキュリオスよ。 
 情報料は幾ら欲しいのだ?」
執筆者…is-lies
「そうだな…まず交通費として300UD(約24000円)、
 情報提供の見返りに2500UD(約200000円)。
 …それと、魔法、呪術等の資料の提供を頼む。」 
交通費と情報提供料は妥当だ。寧ろこれだけの情報に2500UDは安い方であった。
それはともかく、気になるのは最後の見返りである。
「ふむ…何故資料を欲しがる?」
「能力の研究だよ。そういった事を研究するには様々なデータが必要だろう?」 
そういうと、デルキュリオスは腰に付けてある袋から何冊かの本を取り出す。
『魔法基本理論』 
『呪術図解解説』
『古代より伝わる呪術』
「へえ…こんな本を持ってるんですか。」
「……こういった本を色々と読んでいるのだが、色々と判らない部分も多くてな。
 やはり、こういった事は専門家に頼むが良いと思ってな。どうだろうか?」
「ふむ…良いだろう。少し待っていろ。金を出してくる。」 
そう言うと、イルヴは奥の方へと消えていった。
「ふう…」 
エースが椅子にもたれかかり、少しして溜息をつく。どうやら緊張していたようだ。 
デルキュリオスは先程出した資料をしまい始めている。 
と、デルキュリオスの鞄から一枚、何かが落ちた。
「あ、デルキュリオスさん、何か落ちましたよ?」 
シェリアがそれを拾い上げる。
写真であった。端の方はボロボロになっており、色も少し褪せていた。 
中に写っていたのは、デルキュリオスと数人の男女だった。
不思議な事に、デルキュリオスの姿は今目の前にいるのと変わりなく見えた。
只一つ、背中に白い翼のような物が生えているのを除いて。 
写真の右下には、『神明4年 私を受け入れてくれた友と、ドイツにて』という文字が書かれていた。
「これって…」
「…あ、落としてしまったか。済まないが、返してくれ。」 
少し焦ったような口調でデルキュリオスがシェリアに話し掛ける。
「あ、はい、すみません…」 
シェリアは慌てて写真を返す。 
丁度その時、イルヴが戻ってきた。
「…約束の金と…資料のコピーだ。 
 言っておくが資料は君が求める程のものかどうかは解らん。 
 一応はワシの方で其れなりに使い物になりそうなのを選んだ積もりだが…」
イルヴが手にした金と資料の束をデルキュリオスへと手渡す。 
素早く資料を捲り大まかな内容について目を通すと、 
デルキュリオスは瞼を閉じ「問題無い」と呟く。 
どうやら御眼鏡にかなった様だ。
「早速、今貰った資料で研究を進めてみるとする。 
 又何か用事が出来たら寄らせて貰う。 
 …ではな……」
マントを翻しデルキュリオスが店から出て行った。 
入口の扉が閉まると同時に『青』がエースと話を始める。
「なぁ…アイツの着てた…タイツみてーなのって戦闘用のスーツだよな? 
 ……………何だ?きな臭そうだぞ…」
「火星ですからね。用心は必要ですよ此処」
一方、イルヴは茶色のコートを纏い、 
カウンターの上にあった小銭をポケットへと放り込んで入口に向う。
「エース、ワシは今からちょっと外へ行って来る。 
 シェリアと『青』の面倒をちゃんと見ていてくれよ」
「解りました。行ってらっしゃいイルヴさん」
デルキュリオスの前に来た2人から受けた依頼… 
リゼルハンク職員の紹介の為の外出だろうか。 
イルヴは荒んだ風の吹く外へと出、 
店内はエース達3人のみがポツリと残った。
「…7つ首の前支配者……か…」
「僕は其の……前支配者って解らないんですけど… 
 ……そんなに凄い奴なんですか?」
「……ああ…恐ろしい奴だぜ」
「恐ろしいって…体重1000トンあるとか… 
 マッハで空飛んだり分裂したり眼を見たら石になるとか…?」
「……いや、そうじゃねぇけどよ… 
 まあ、兎も角恐ろしい奴なんだ!」
あまり過去については話したくないのか、 
『青』は詳しくは言わず棚の整理を再開する。 
己の無力さを痛感させる出来事であった為…というのもあるのだろう。
結局イルヴは「遅くなるから先に食べて先に寝ろ」とだけ電話を寄越し、 
其の日の内には帰って来る事は無かった。 
『青』達は冷蔵庫内の有り合わせで食事を済ませ、 
早々に各々の布団へと潜り込んだのだった。
執筆者…鋭殻様、is-lies

 

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